現在多くの上場会社が直面している「企業価値向上」に向けた課題は、全上場会社の約半数がPBR1倍割れとなっていることを勘案すると、“証券市場全体の課題”と言っても過言ではない(PBRの向上策については【役員会 Good&Bad発言集】PBRの向上 を参照)。企業価値向上に向けた方策は会社によって様々だが、東京証券取引所に設置された「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」(以下、市場再編フォローアップ会議)は下記の4つ方策を提案している。
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
市場再編フォローアップ会議による「中長期的な企業価値向上に向けて各社が取り組むべき方策」
(1)資本効率や株価に対する意識改革
(2)コーポレート・ガバナンスの質の向上
(3)英文開示の更なる拡充
(4)投資者との対話の実効性向上 |
資本効率 : 資本効率とは、投資家から見れば「出資額に対するリターン(配当、キャピタルゲイン)の割合」を意味し、会社側から見れば「投下した資本に対して生み出された利益の割合」を意味する。たとえ利益が出ていても、資本効率が悪ければ、投資家から評価を得ることはできない。
既報のとおり、市場再編フォローアップ会議では、2022年4月に実施された東証の証券市場の区分の見直しの実効性を向上させるため、市場区分の特性に応じて中長期的な企業価値向上を促すための方策や、上場維持基準に適合していない上場会社に対する経過措置の取扱いを検討している(*)。2023年1月10日に開催された第6回会合では、このうち「中長期的な企業価値向上を促すための方策」について、これまでの議論の内容を上記の4つの方策ごとにまとめた「論点整理」と当該論点整理を踏まえた「今後の東証の対応」の2つの草案が示された(下表の左列と中央列を参照)。なお、当該「東証の対応」を受け、当フォーラムでは、「上場会社が実施することが期待される具体的対応の例」につき有識者を交え検討したので(下表の右列を参照)、あわせて参考にされたい。
証券市場の区分の見直し : 東京証券取引所では2022年4月4日に従来の本則市場(一部・二部)とマザーズ、JASDAQ(スタンダード・グロース)の市場区分を廃止し、新たに3つの新市場区分(プライム市場、スタンダード市場、グロース市場)を創設した。
(1)資本効率や株価に対する意識改革
市場再編フォローアップ会議は、「我が国においては、経営者が資本効率や株価を意識していないケースが多く、経営者の意識変革、企業経営における自律性の向上が必要」との問題意識のもと、「経営者の意識改革」を上記4つの方策の中で最初にに取り上げている。ただし、そのうち資本コストに関する意識改革(下表の左列一番上の行)は既にコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の原則5-2でも示されており、目新しい提案ではない。
資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。
【CGコード原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表】
| 経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、自社の資本コストを的確に把握した上で、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、事業ポートフォリオの見直しや、設備投資・研究開発投資・人的資本への投資等を含む経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである。 |
そこで東証では、コーポレートガバナンス・コード原則5-2の趣旨を踏まえ、プリンシプルベースに基づき対応するよう、上場会社に通知するとしている。したがって、上場会社としては、既にCGコード原則5-2をコンプライしていたとしても、コンプライの内容を再度点検して十分な対応ができているかどうかを確認しておく必要がある。継続的にPBRが1倍を切っている上場会社は、東証から正式に要請される前に、表の右列の赤字の方策に早急に取り組む必要があろう。
プリンシプルベース : 大まかな原理・原則だけを定め、細かな運用は現場の判断に任せるという規制方法のこと。「原則主義」とも呼ばれる。プリンシプルベース(原則主義)の反意語は「ルールベース(細則主義)」である。
| 論点整理(案) |
論点整理を踏まえた今後の東証の対応(案) |
東証の対応(案)を受けて期待される上場会社の対応例 |
・まずは、経営者に対して、自社の資本コストや資本収益性を的確に把握し、その状況や株価・時価総額への評価を行ったうえで、必要に応じて、改善に向けた方針や具体的な取組などを開示することを促していくことにより、それをきっかけとした対話の促進や、経営者のリテラシー向上を図っていく。
・特に、継続的にPBRが1倍を割れている(=資本コストを上回る資本収益性を達成できていない)会社に対しては、改善に向けた方針や具体的な取組などの開示を求めていくべき |
【2023年春】
経営陣や取締役会において、自社の資本コストや資本収益性を的確に把握し、その状況や株価・時価総額への評価を議論のうえ、必要に応じて改善に向けた方針や具体的な取組などを開示することを要請
・特に継続的にPBRが1倍を割れている場合など、明らかに改善が必要な会社に対しては、開示を強く要請
※ コーポレートガバナンス・コード原則5-2の趣旨を踏まえたプリンシプルベースの対応として、上場会社に通知(成長性が重視されるグロース市場については別途検討) |
・外注を使うなどして株主資本コストやROICなどの指標(資本コスト等)を算定する。算定した資本コスト等を基に、経営陣や取締役会において、資本収益性の改善に向けた方針をとりまとめるとともに、事業の再編に取り組む。
(参考)
【役員会 Good&Bad発言集】
事業ポートフォリオマネジメント(1)
事業ポートフォリオマネジメント(2)
事業ポートフォリオマネジメント(3)
・プライム市場上場会社やスタンダード市場上場会社のうち、CGコード原則5-2をコンプライしている会社は、自社のコンプライ内容が論点整理(左列)の趣旨に整合しているかどうかを点検しておく。
・改善に向けた方針や具体的な取り組みなどを開示する。 |
| 東証が2007年に策定した企業行動規範について、その後のコーポレート・ガバナンス等に関する進展を踏まえつつ、上場会社の責務を明確化するとともに、実効性確保などの観点から全体的に点検を行い、必要な見直しを実施すべき |
【2023年度中】
企業行動規範等について、資本収益性への意識や株主の権利の尊重など、上場会社の責務を明確化するとともに、実効性確保などの観点から全体的に点検を行い、必要な見直しを実施 |
自社のコーポレート・ガバナンス基本方針の見直しの要否を検討する。 |
| ・経営者(上場会社)の意識付けとなるよう、株式報酬制度に関する理解の促進や推奨、資本市場やコーポレート・ガバナンスに係るリテラシー向上のための研修機会の提供やベストプラクティスの共有なども積極的に行っていくべき |
【順次実施】
その他、経営者(上場会社)の意識づけに資するため、株式報酬制度に関する理解の促進や推奨、資本市場やコーポレート・ガバナンスに関するeラーニングなどの研修コンテンツの点検・アップデート、事例の取りまとめ・公表など |
株式報酬制度を導入していない会社では、任意の報酬委員会などで、株式報酬制度の導入の要否を検討する。 |
(2)コーポレート・ガバナンスの質の向上
上場会社のコーポレート・ガバナンスは、CGコードの導入・改訂への対応などを経て、以前に比べると相当改善されてはいるものの、形式を整えることが優先された結果、内容(質)が伴っていないとの批判も見受けられる。そこで論点整理では、今後は「質の向上」にも注力していくべきということが2つ目の方策として掲げられた。
| 論点整理(案) |
論点整理を踏まえた今後の東証の対応(案) |
東証の対応(案)を受けて期待される上場会社の対応例 |
| 例えば、「検討中」というエクスプレインのまま、数年間も放置している事例があるなど、コンプライ・オア・エクスプレインが形骸化している企業が見られることから、東証からコンプライ・オア・エクスプレインの趣旨を改めて周知するとともに、エクスプレインとして不適切な事例等を明示し、適切にコンプライ・オア・エクスプレインを実施していない企業に対しては、必要に応じて改善を促していくべき |
【2023年秋】
コンプライ・オア・エクスプレインの趣旨を改めて周知するとともに、エクスプレインとして不適切な事例等を明示
※ コンプライ・オア・エクスプレインが適切に行われているかどうか自主点検を促すとともに、改善の必要性が高い上場会社については個別に働きかけ |
自社のCGコード対応を振り返り、エクスプレインとしている原則と年数を特定し、コンプライに向けたスケジュールや責任者を決め、早期のコンプライを目指す。 |
| 指名委員会・報酬委員会を設置する上場会社が増加している中で、その役割・機能が明確ではないケースも多く見られることから、指名委員会・報酬委員会の活動状況に関する開示を引き続き促していくとともに、活動状況の実態把握を進めたうえで、その状況や事例の取りまとめ・公表すべき |
【2023年秋】
指名委員会・報酬委員会の活動状況等に関する実態調査、その状況や事例の取りまとめ |
任意の指名委員会・報酬委員会を作ってはみたものの、形ばかりの運用になっていないか、委員にアンケートを実施し、活性化策を検討する。 |
(3)英文開示の更なる拡充
市場再編フォローアップ会議は、海外投資家が日本への投資を忌避する理由として、絶対的な情報量の少なさを挙げるケース少なからず存在することから、「プライム市場は、グローバル投資家との対話にコミットした企業向けの市場であることを踏まえれば、その基盤となる英文開示について更なる拡充を促していくとともに、将来的に義務化を行うことが考えられる」という方向性を3つ目の方策として示している。もっとも、コストパフォーマンスの観点から、やみくもに英文開示を義務付けるのではなく、企業負担や投資家の利用状況等を踏まえて英文化の対象とする書類の範囲等を確定する必要があるとしている。
| 論点整理(案) |
論点整理を踏まえた今後の東証の対応(案) |
東証の対応(案)を受けて期待される上場会社の対応例 |
| 英文開示について更なる拡充、将来的に義務化を行うことが考えられる |
【2023年度中】
プライム市場において、個別の働きかけや情報周知活動等の取組を継続的に実施しつつ、義務化する内容について決定・公表 |
英文開示に未着手のプライム上場会社は、英文開示が義務化される前から、外注先の選定や開示内容についての打ち合わせを進め、英文開示義務化に備えておく。
(参考)
2022年1月26日のニュース「有報、CG報告書の英文開示、プライム市場選択会社にとっては底辺からの検討課題に」
2021年9月2日のニュース「英文開示で海外投資家を満足させるためのチェックリスト」 |
【2023年度中】
スタンダード市場やグロース市場において、英文開示に関する事例の取りまとめ・公表 |
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(4)投資者との対話の実効性向上
市場再編フォローアップ会議が掲げた方策のうち4つ目が、投資者との対話の実効性向上だ。これは、「依然として対話に消極的な姿勢が見られる上場会社が少なくない」との問題意識に基づくもの。「対話に消極的」とは、必ずしも投資者に対する情報提供の少なさではなく、むしろステークホルダーとの対話を通じて自社の経営を改善するための“気づき”を得ようという姿勢の消極性を問題にしている。「対話して終わり」ではなく、対話の内容を企業価値向上に向けた「次の経営行動」につなげるようにしなければならない。
| 論点整理(案) |
論点整理を踏まえた今後の東証の対応(案) |
東証の対応(案)を受けて期待される上場会社の対応例 |
| 特にプライム市場の上場会社は、建設的な対話を中心に据えて企業価値向上に取り組むことが期待されており、投資者との建設的な対話を促す観点から、経営陣と投資者の対話の実施状況やその内容を明らかにするよう求めていく必要がある。 |
【2023年春】
プライム市場において、経営陣と投資家の対話の実施状況やその内容等のコーポレート・ガバナンス報告書への記載を要請 |
・開示に備え、経営陣と投資家の対話の実施状況を振り返り、まとめておく。
・その内容は社外取締役にも提供し、社外取締役に投資家の問題意識を共有してもらう。
・「対話して終わり」ではなく、対話の結果を企業価値向上に向けた経営行動につなげるよう意識する。 |
| 投資者との対話にはCEOなどの経営陣が中心となり対応することが想定される一方で、社外取締役についても、株主からの付託を受けて経営を監督する立場として、投資者からの求めがあれば積極的に対話に応じることが期待される。しかしながら、現状では投資者との対話を行う社外取締役は限定的であり、その役割を十分に認識していない社外取締役も見られることから、社外取締役に期待される役割を適切に理解してもらうための啓発活動が必要 |
【順次実施】
社外取締役に対して期待される役割の理解促進のための啓発活動(社外取締役の役割等に言及した冊子の社外取締役への送付など)を実施 |
社外取締役の教育の一環として、社外取締役に左記の冊子の閲覧を要請する。 |
| 他方、上場会社に対して企業価値向上を適切に働きかけるためには、投資者側の役割も重要である中、現時点では対話を担う投資者は一部に限られていることから、今後は企業年金などのアセットオーナーにも積極的に対話に関わるように促していくことが重要 |
【順次実施】
企業年金などのアセットオーナーにおいて、企業との対話への意識・関心を高めていくための取組について、関係者と連携しながら対応を検討 |
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