有価証券報告書等で役員報酬の詳細な開示が進んだことにより、上場企業各社の役員報酬実務において新たに悩ましい問題が生じている。それは、各役員に報酬制度の内容をしっかり説明しなければならなくなった、ということだ。一見すると当然のことのようにも思えるが、従来、「総合的に勘案して支給額を決定」といった程度の極めてざっくりとした役員報酬開示しかしてこなかった企業の多くは、自社の役員に対しても役員報酬制度の説明をほとんど行っておらず、月額と賞与の実額のみが経営トップから口頭で伝えられるに過ぎなかった。少し前までは、こうした企業の役員からは以下のような信じ難い話が実際に聞かれた。
●自分に適用されている標準額を知らない。
●変動報酬が具体的にどのようなKPI・算式・評価方法に基づいて変動するのか詳しく知らない。
●株式報酬もあるらしいが、退任時まで全額“お預け”であるため、そのボリュームや変動の仕方はよく知らないし、十分な説明も受けていない。自分としては、退任後、孫にお小遣いをあげられる程度の金額が残れば満足である。
役員報酬開示が進んだことで報酬の内容の詳しい説明が必要になったのは業務執行役員に対してだけではない。報酬委員である社外取締役についても同様のことが言える。これまで形式面が先行していた報酬委員会は30分程度で終わってしまうことが多かった。事務局から現状と課題認識が非常にコンパクトに説明され、「その解消を企図した役員報酬制度の見直し案がこちらになります」と“出来上がり”が提示される。報酬委員である社外取締役も「あまり自由に発言すると議事進行の妨げになるのではないか」と本末転倒な遠慮をしがちであり、「本来は報酬委員会で審議すべきだが、審議事項に上がっていないもの」を指摘することにも消極的になってしまっていた。そして、「委員の皆様からも特に異論はございませんでしたので、可決とさせていただきます」として閉会となる。こうした状況も、報酬委員会の活動実績開示が充実してきたことにより変化し、最近は社外取締役である報酬委員(長)自ら年間のアジェンダ・セッティングを事務局とすり合わせするといった事例が増えてきている。
役員報酬の内容の説明は企業にとっては新たな負担とはなるが、そもそもインセンティブ報酬はその内容が理解されて初めてインセンティブとして機能する。したがって、開示の充実にあわせて役員に対してもより丁寧な説明が行われるようになったことは、役員のパフォーマンス・マネジメント、さらには報酬委員会の審議の充実という点で、役員報酬開示強化のプラスの効果と言える。
従来から日本企業は報酬に関するコミュニケーションが苦手であり、報酬額は会社や人事から降ってくる所与のものであって、期待される役割を踏まえて上長と報酬額について「合意する」という感覚は薄かった。一方、英語圏においては、「Compensation Manager(報酬を決めるマネージャー)」という概念があり、管理職の入り口くらいの段階から、自身の職務として部下への報酬コミュニケーションを行うという経験が蓄積されていく。女性の登用を中心に組織の各階層において多様性の強化が進む中、管理職初任者から経営トップに至るまで、評価やその報酬への反映を人事任せにせず自ら言語化し、支給対象者とコミュニケーションをとることで報酬への納得感を高めていく力の重要性は、日本企業でも今後高まっていくだろう。

