2022/03/31 【役員会 Good&Bad発言集】「ビジネスと人権」への対応(4)(会員限定)

<解説>
人権に関する悪影響の予防・軽減

前回までは(1)で「ビジネスと人権」への対応についての総論を述べたのち、(2)で「人権方針」、(3)で「人権デュー・ディリジェンス(人権への悪影響の特定)」について解説したところです。

「ビジネスと人権」への対応(1):「ビジネスと人権」への対応についての総論
「ビジネスと人権」への対応(2):人権方針
「ビジネスと人権」への対応(3):人権デュー・ディリジェンス(人権への悪影響の特定)
「ビジネスと人権」への対応(4):人権デュー・ディリジェンス(その他のステップ)
「ビジネスと人権」への対応(5):苦情処理および是正措置(救済措置)
「ビジネスと人権」への対応(6):人権問題であることへの気付き

今回は、「人権デュー・ディリジェンス」の実施手順のうち残りのステップ(「人権に関する悪影響の予防・軽減」「対応の実効性の追跡調査」「情報発信と外部とのコミュニケーション」)について解説します(下のステップの図は外務省のパンフレットより引用)。
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国連人権理事会が策定した「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)の原則19には次のような定めがあります。

19.人権への負の影響を防止し、また軽減するために、企業はその影響評価の結論を、関連する全社内部門及びプロセスに組み入れ、適切な措置をとるべきである。
a.効果的に組み入れるためには以下のことが求められる。
ⅰ.そのような影響に対処する責任は、企業のしかるべきレベル及び部門に割り当てられている。
ⅱ.そのような影響に効果的に対処できる、内部の意思決定、予算配分、及び監査プロセス。
b.適切な措置は以下の要因によって様々である。
ⅰ.企業が負の影響を引き起こしあるいは助長するかどうか、もしくは影響が取引関係によってその事業、製品またはサービスと直接結びつくことのみを理由に関与してきたかどうか。
ⅱ.負の影響に対処する際の企業の影響力の範囲。

「人権への負の影響」(以下、「人権への悪影響」)については、すでに「ビジネスと人権」への対応(3)において、その特定方法やリスクベース・アプローチによるスコーピングを解説していますので、そちらを参照してください。そのようにして特定した「人権への悪影響」につき、次のステップとして予防・軽減を図る必要があります。OECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス(以下、OECDガイダンス)の74ページによると、予防(防止)とは、「負の影響がそもそも発生しないようにするための活動(例えば、負の影響が発生するリスクを低下させる活動)」で、軽減とは「負の影響が発生した場合に影響を少なくする活動」と定義付けたうえで、人権デュー・ディリジェンスの最重要目標は「予防(防止)」であるとしています。人権侵害の回復の困難性を考慮すると、事後対応より事前対応に重きを置かなければならないということです。

実効性を持って「人権への悪影響」の予防・軽減を実現するには、責任者を特定しておかなければなりません。責任者を特定しなければ物事が進展しないのは、あらゆるプロジェクトで言える話であり、人権デュー・ディリジェンスとて例外ではありません。また、会社の規模によっては事務局を設けて複数の担当者を配置する必要も生じることでしょう。責任は権限と表裏一体であり、権限の遂行には予算の割り当ても不可欠となります。ただ、事務局の担当者に権限を集中させるよりも、事業ドメインの決定、取引先の決定、事業計画や予算の策定、リスク管理システム、内部監査などすでに社内に存在する既存のプロセスや仕組みに統合して展開した方が、より実務に落とし込まれた形で「人権への悪影響」の予防・軽減を実現できるものと思われます。また、取引先にも、新たに事務局の担当者が出ていくよりも、購買部門など既存の接点を活かしながら展開していく方がスムーズにサプライチェーンを通じた「人権への悪影響」の予防・軽減を実現できることでしょう。そのためには経営トップによる強い指導力のもと、部門間をまたぐ調整を経て、人権への取組みに関するガバナンス体制を構築する必要があります。まずは経営陣・管理職クラスが人権ガバナンスについて研修を受けてもらい、意識を変えていくところからスタートすべきです。

なお、人権デュー・ディリジェンスを実施した結果、サプライヤーが「人権への悪影響」の主体であることが判明しても、サプライヤーに責任を転嫁できる訳ではありません。サプライチェーンの中で、それぞれの企業が負の影響を特定し対処する責任を果たさなければなりません。「サプライヤーが勝手にやったこと」で済ませるのではなく、発注元として負の影響を軽減させるよう可能な限り自社の影響力行使に努めるべきです。

対応の実効性の追跡調査

そのようにして構築した「人権への悪影響」の予防・軽減のためのプロセスが、実際に機能しているかどうかは、追跡調査(トラッキング)をして効果を測定する必要があります。この点に関して、国連人権理事会が策定した「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)の原則20には次のような定めが設けられています。

20.人権への負の影響が対処されているかどうかを検証するため、企業はその対応の実効性を追跡評価すべきである。追跡評価は、
a.適切な質的及び量的指標に基づくべきである。
b.影響を受けたステークホルダーを含む、社内及び社外からのフィードバックを活用すべきである。

追跡調査では、「人権への悪影響」の予防・軽減を図るために計画した内容が実践されているかを質的および量的指標に基づき調査し、判断して、改善計画に繋げます。追跡調査は、リスクが高いところに重点的に実施すべきです。経団連がまとめた「人権を尊重する経営のためのハンドブック」(以下、経団連ハンドブック)の43ページには、「サプライチェーンにおいては、取引関係の性質、影響力が行使できる範囲、人権への影響の深刻さなどを考慮しながら、リスクレベルに応じて、行動規範の遵守要請、質問票などによる自己評価、現場訪問、監査(内部または第三者レビュー)など、適切な手段を使い分けて追跡調査する」方法が提案されています(下図参照)。
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経団連ハンドブックの44ページには、「取引先に書面調査を行い、得点率に応じてランク分けを行い、あるレベル以下の得点率の取引先には回答内容を確認。内容の理解が不十分であった取引先に対して指導を行う(繊維製品)」「取引先CSRガイドラインに関する調査の定期実施により、リスク把握および重要項目に対する改善の要請と改善成果を確認。重要取引先には、現地監査を実施(チェーンストア)」といった取組事例が紹介されており、参考になります。

改善計画の策定と実行はとても重要な手続きです。OECDガイダンスの17ページでは「デュー・ディリジェンスのプロセスは固定的なものではなく、常に進行し、反応し、変化するものである。プロセスに繰り返しフィードバックを取り込むことによって、何が有効で何が有効ではなかったかを知ることができる。企業は、負の影響を回避し、対処するために、システムとプロセスの継続的な改善を目指すべきである。」と記載されています。

情報発信と外部とのコミュニケーション

人権デューデリジェンスは「実施して終了」ではありません。人権デューデリジェンスの最後のステップとして「外部とのコミュニケーション」があります。この点に関して、国連人権理事会が策定した「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)の原則21には次のような定めが設けられています。

21.人権への影響についての対処方法について責任をとるため、企業は外部にこのことを通知できるように用意をしておくべきである。影響を受けるステークホルダーまたはその代理人から懸念が表明される場合には、特にそうである。企業は、その事業や事業環境が人権に深刻な影響を及ぼすリスクがある場合、どのようにそれに取り組んでいるかを公式に報告すべきである。あらゆる場合において、情報提供は、
a.企業の人権への影響を反映するような、また想定された対象者がアクセスできるような形式と頻度であるべきである。
b.関与した特定の人権への影響事例への企業の対応が適切であったかどうかを評価するのに十分な情報を提供すべきである。
c.それと同時に、影響を受けたステークホルダー、従業員、そして商取引上の秘密を守るための正当な要求にリスクをもたらすべきではない。

冒頭の「責任をとる」という表現が目を引きます。「人権への悪影響」の予防・軽減だけが企業の責任ではなく、それにどのように取り組んだのかにつき公表することまでが企業の責任に含まれるということになります。いわゆる「説明責任」という位置付けです。説明責任の履行を果たすにあたっては、説明する相手方(ステークホルダー)が容易にアクセスでき、内容を理解し、意思決定に役立つものでなければなりません。そのための具体的な手続きとしては、OECDガイダンスの33ページの記述が参考になります(文中の「RBC」はResponsible business conduct(責任ある企業行動)の略です。また、赤字が媒体で青字が具体的に説明する内容になります)。

a. デュー・ディリジェンスのプロセスに関する適切な情報を、例えば、年次報告書、持続可能性報告書、企業の社会的責任(CSR)報告書、またはその他の適切な開示形式を通して、取引上の秘密保持およびその他の競争またはセキュリティに関する懸念事項に十分に配慮しながら、公開する。公開する情報としては、RBC方針、RBCを企業方針および経営システムに組み込むために講じた措置、特定された重大リスク領域、特定され優先され評価された重大な負の影響またはリスク、優先順位付けの基準、上記のリスクを防止または軽減するために行った行動に関する情報、可能であれば改善について見込まれていたタイムラインと指標およびその結果、実施状況および結果を追跡調査する手段、ならびに企業が行った是正措置またはそのための協力も含める。
b. 上記の情報を、企業のウェブサイトへの掲載、企業構内、現地の言語の使用等、容易にアクセスが可能、かつ適切な方法により公開する。
c. 企業が原因となったり助長したりする人権への影響に関しては、特に、影響を受けたかその可能性のある権利保有者に、時宜を得た、かつ文化に配慮した、アクセスしやすい方法によって、上記の情報のうち特にそれらの人々に関係するものについて伝える用意をする。
とりわけ、それらの人々からもしくはそれらの人々のために懸念があげられた場合はそうである。

多国籍企業の場合、説明責任の履行にあたっては「現地の言語の使用」も重要となってきます。また、ウェブサイトだけでなく、社内報や工場構内などでの掲示、労働組合への情報提供などの方がステークホルダーにリーチしやすい場合もあるので、コミュニケーションの手段は検討を重ねる必要があります。

コミュニケーションにあたっては、機密事項やセキュリティに関する懸念への配慮も必要となります。OECDガイダンスの付属文書Q48によると「機密性の高い情報に対するアクセスを情報提供者が承認する対象に限定する」「情報源を匿名にする」「可能であれば、なぜその情報が共有されていないかについて、正当な説明または根拠を示す」「例えば苦情またはリスクの対処後等、個人を危険に晒さない状況となるまで報告を遅らせる」「独立した第三者を招いて企業のデュー・ディリジェンスのプロセスの見直しを行い、その調査結果を一般公開し、関連する協働イニシアティブに開示する」などの手法が紹介されています(OECDガイダンスの87ページを参照)。

サステナビリティレポートなどでの開示は、インターネットで容易に実例を知ることができます。例えば日産自動車のサステナビリティレポート(2021年版)では、「社会性」の章の中のトップに「人権」を据えており、次の構成で説明しています。
●人権に関する方針・考え方
・人権尊重に関する基本方針
・人権尊重に関するこれまでの経緯
●人権に関するマネジメント
・人権に関するガバナンス
・従業員およびサプライヤーとの協働による人権のマネジメント
●人権に関する実績

さて、以上の解説をご覧いただければ、誰の発言がGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。

<正解>
GOOD発言はこちら

取締役C:「人権への悪影響の『予防』と『軽減』に同じ程度リソースを費やすのではなく、『予防』に力を注ぐべきと考えます。」
コメント:いったん人権侵害が行われると、それを回復することはとても困難なものとなります。回復の困難性を考慮すると、事後対応となる『軽減』より事前対応となる『予防』に重きを置かなければならないというのは当然のことであり、取締役Cの発言はGoodです。

BAD発言はこちら

取締役A:「人権デュー・ディリジェンスを実施しておけば、何かあったときにサプライヤーに責任を転嫁できるというメリットがありますね。」
コメント:人権デュー・ディリジェンスはサプライヤーなどに責任を転嫁するために実施するものではありません。また、責任転嫁もできません。「サプライヤーが勝手にやったこと」で済ませるのではなく、発注元として負の影響を軽減させるよう可能な限り自社の影響力行使に努めるべきです。人権デュー・ディリジェンスの実施を免罪符のように考える取締役Aの発言はBad発言です。

取締役B:「人権は何事にもまして優先すべき事項である以上、人権侵害が起きた場合に、その事実を公表することで企業秘密を暴露する結果になっても構わないと考えるべきです。」
コメント:企業秘密の暴露により企業価値が低下する可能性がある場合には、企業秘密を暴露しない形で人権問題の公表を探るべきです。国連の指導原則も「商取引上の秘密を守るための正当な要求にリスクをもたらすべきではない」と明言しており、取締役Bの発言はバランス感覚を欠いたBad発言です。