2022/02/25 【失敗学第93回】アウトソーシングの事例(会員限定)

概要

人材派遣業を営むアウトソーシング(東証一部)で、長年にわたり、「レガシー」と称する粉飾決算が組織的恒常的に行われていた(2020年12月期は1,576百万円の売上過大)。

経緯

アウトソーシングが2021年12月28日に公表した「外部調査委員会の報告書」などによると、一連の経緯は次のとおり。

2013年
アウトソーシングでは、遅くともこの頃から、「レガシー」と称する粉飾決算(詳細は下記の「内容・原因・改善策」を参照)を組織的に行っていた。

2021年
2月:アウトソーシングの子会社であるアウトソーシングテクノロジーの子会社(アウトソーシングから見て孫会社)のアネブルなどで、本稿で取り上げるのとは別の不適切な会計処理(前渡金を用いた外注費の先送り)が発覚した。
9月8日:アウトソーシングの会計監査人である有限責任監査法人トーマツは、「アネブルには、2月に明らかになった不適切な会計処理とは別の不適切な会計処理があるが、そのことをアウトソーシングテクノロジーの内部監査室が隠蔽している疑いがある」旨を指摘する内部告発文書を受領する。
9月9日:アウトソーシングテクノロジーの監査等委員会は、会計監査人から、内部告発文書を受領したことの共有を受けるとともに、調査対応の要請を受ける。
9月10日:アウトソーシングの内部監査室は、アウトソーシングテクノロジーの監査等委員会からの要請を受け、本件疑義についての調査を実施することとなった。
9月29日:アウトソーシングの内部監査室による調査の結果、本件疑義につき確度が高いことが判明したため、アウトソーシングの取締役会は外部調査委員会の設置を決議した。
12月28日:アウトソーシングは、外部調査委員会の調査の結果、粉飾決算は孫会社のアネブルだけにとどまらず親会社や他の子会社でも行われていたことが判明したとして、「外部調査委員会の報告書」を公表した。

2022年
1月14日:アウトソーシングは、外部調査委員会の調査結果を受け、過年度の有価証券報告書等および決算短信等の訂正を公表した。
2月1日:アウトソーシングは、粉飾決算の関与者の処分と組織変更および人事異動による権限の見直し(一部は3月中に実施)を公表した。
2月22日:東京証券取引所はアウトソーシングに対して「改善報告書」を提出するよう請求した。

内容・原因・改善策

アウトソーシングが2021年12月28日に公表した「外部調査委員会の報告書」によると、調査委員会の調査により判明した事実のうち主なものならびにその原因および当該不正を受けて策定した改善策は次のとおりとされている。

「レガシー」と称する粉飾決算
内容 アウトソーシンググループでは、親会社および一部の子会社で「レガシー」と称する粉飾決算を組織的に行っていた。

レガシーには、主として次の2つの手法があった。
①「バーター取引」と称して、求人情報会社などの取引先との間で交渉を経たうえで期をずらして売上取引および経費取引を行い、これにより売上高の水増し計上等を行う手法(バーター取引による売上高計上額分が当期の営業利益の水増し分となり、翌期においては反対取引としての経費取引(募集費等)が計上されることから、翌期の営業利益を減少させる)
②経費(入社祝い金や送迎費や募集費など)の計上に関して、本来費用計上すべき期間に計上せず、費用の計上を翌期に先送りする手法(費用の先送り)

親会社では専務取締役の指示に基づき、事業管理部担当者が製造・サービス統括本部の各部署の責任者に対してレガシー案の策定を要請していた。
例えば、2018年7月19日には、事業管理部担当者が、製造・サービス統括本部の執行役員や部長等に対して、下記内容のメールを送信することによって要請をしていた。
『本日の統括本部会議で今期▲8億の挽回策が必要となります。
挽回策を各自提出して頂きますようお願い致します。
①オーガニック挽回策は各自(営利)6千万円以上
②レガシー策は、別途記載
本メールを受け取った方は、挽回策を入添付シートに入力し返信をお願い致します。
期日:7/24(火)正午迄
提出先:事業管理統括部 ●●』

また、粉飾の内容は「レガシー早見表」に集計され、組織的に管理されていた。

その他、受注損失引当金の計上回避、減損損失の計上回避、費用処理すべきソフトウェアについてソフトウェア仮勘定に据え置くなどさまざまな方法により利益のかさ上げが図られていた。

原因 動機
・アウトソーシングでは右肩上がりの成長への固執があったが、足元では業績不振となっており、それを解消させなければならないという経営陣のプレッシャーもあった。また、2018 年6月から子会社のアウトソーシングテクノロジーの株式の上場(子会社上場)を検討しており、アウトソーシングテクノロジーの営業利益も水増しさせるインセンティブがあった。一方で、アウトソーシングテクノロジーがアウトソーシンググループの中核的な子会社(親会社グループの収益、経営資源の概ね半分を超える子会社など)として扱われると子会社上場が難しくなるために、アウトソーシングテクノロジー以外の営業利益も水増しさせるインセンティブがあった。
・アウトソーシングの専務取締役が率先してアウトソーシングでの不適切な会計処理に関与しており、社内で不適切な会計処理を行うことが常態化し、こうした処理に異議を唱える者も現れなかった。その結果として、アウトソーシングにおいて内部統制が無効化された。

正当化
(従業員の賞与の減額回避)
従業員の賞与への悪影響の回避年俸制が適用されない従業員の賞与は、会社の業績等を勘案して支給するものとされ、取締役会の決定により支給しない場合もあるとされているところ、年俸制である専務取締役や執行役員らが、予算の大幅な未達による従業員の賞与の金額や支給の有無に対する悪影響を懸念し、従業員にできる限り十分な金額の賞与を支給すべく、業績不振の年度において各期の売上高・営業利益の予算達成または未達幅の縮小を企図していた。
(レガシーのルーチン化)
アウトソーシンググループでは、「レガシー早見表」により粉飾の実態を共有・管理することが組織的にルーチンとなっており、社内業務の一環として正当化されていた。
(会計監査に対する誤った理解に基づく会計監査人に対する不適切な対応)
専務取締役らは、少なくとも抽象的には不適切な会計処理であることを理解していたものの、会計監査人(有限責任監査法人トーマツ)に対しては、そのような処理に係る取引の実態等を積極的に告げる必要はなく、正確な説明をせずとも何らかの説明ができれば問題ないといった誤った認識を有していた。会計監査人は、会社から正確な情報を得ていることを前提として意見を述べるものであるところ、アウトソーシングでは、前記のとおり取引の実態に即した説明をしていないにもかかわらず、本件会計監査人より無限定適正意見を得ることができたことで、本件会計監査人から一つのお墨付きを得られたものとの誤った考えに至り、その後の不適切な会計処理を正当化していた。

機会
(発覚しづらい仕組みを利用)
募集費を利用したレガシーは「足がつきにくい」(レガシーが発覚しづらい)と目されていた。なぜなら、経費等の先送りのうち、前払いチケット制の募集費に関しては、前払い時には請求書を受領するものの、チケット使用時(会計上費用計上をすべき時)には請求書を受領しない仕組みとなっており、経理部門が関与せず、雇用戦略統括部による経費計上時期の恣意的な操作が容易な状況となっていた。このような状況にあったことが、経理部門による内部統制が機能せずに、不適切な会計処理を継続して行うことができた。
(内部監査室長のコンプライアンス軽視の姿勢)
アウトソーシングテクノロジーの内部監査室長は、コンプライアンス意識に重大な問題が認められる人物であった。そのため、東京証券取引所や会計監査人に対して、真実を語らずに不正を隠蔽したり、会計監査人によるヒアリングを受ける者に対し、自ら作成した想定問答に従って回答するよう指導を行うなどの問題行動が認められた。内部監査室長は、内部監査の際に「不正は上手くやればいいんじゃないの。やるならとことんやったほうが良い。」「(2021年2月に孫会社のアネブルで不適切な会計処理が発覚した際に、不適切会計処理は)会計上の不備といっても大した金額ではない。」といった発言を行っていた。
(取引先がレガシーに協力しやすい環境)
不適切な会計処理にあたって必要な取引先による協力を得られやすい事業環境にあった。すなわち、アウトソーシングの取引先の多くは非上場のいわゆる中小企業であり、取引先との関係上、アウトソーシングがバーゲニング・パワーを有することが多く、取引先の管理部門の状況に鑑みて、いわゆる「バーター取引」による売上高の水増し計上等や請求書の操作等への協力を求めやすい状況にあった。
(与信管理の形骸化)
アウトソーシングにおいては与信管理が形骸化していた。その結果、「バーター取引」による売上高の水増し計上額が相手会社の当時の売上高を超える金額となっているような状況でも、容易に与信が通っていた。
(レガシーを容認する雰囲気の醸成)
・子会社のアウトソーシングテクノロジーでは、そもそも子会社社長がレガシーを黙認していた。
・孫会社のアネブルの創業者である元代表取締役社長は前経理部長に対し、具体的な仕訳まで指示することはなかったものの、「仕掛これくらい、やれねえかな。」「在庫何とかならないか。」などと言って最終的な目標金額を伝えることで、不適切な会計処理をするよう迫っていた。
・2021年2月に孫会社のアネブルで不適切な会計処理が発覚した際に、隠蔽または事態の矮小化を図ったため、不適切な会計処理自体を容認する意識の醸成につながった。
(不十分なガバナンス)
・アウトソーシングでは、社外取締役に対して将来の幹部候補となる執行役員や従業員に対する教育といった役割を求めており、在任期間が長期にわたる者が複数在任しているなど、執行側との関係性が近く、実質的に独立性が低いとも評価され得るところであり、必ずしも取締役会による監督が適切に機能していなかった。
・アウトソーシングでは、監査等委員が複数の子会社の監査役を兼任し、執行役員等の教育等の役割を求められるなど負担も大きく、監査機能を十分に発揮しきれていなかったと考えられる。監査等委員会は、会計監査を会計監査人(有限責任監査法人トーマツ)に全面的に委ねており、不適切な会計処理の早期発見に対する十分な監査・監督機能を有していたとは言い難かった。
・アウトソーシングには内部監査室が設置されているものの、構成員は6名(2021年は8名)のみであり、その傘下に206社の連結子会社を有する会社の内部監査体制としては十分ではなかった。このような状況では、各拠点につき数年に1回程度の業務監査を行うことで手一杯であった。こうした内部監査の対象として、経理や会計はテーマとはならず、会計監査は会計監査人に全面的に委ねていた。
(内部通報制度の機能不全)
アウトソーシングでは、国内のグループ会社全体が利用できる内部通報窓口が設置されており、毎事業年度数十件の通報が行われていたが、過去4年間で会計処理に関係する事項についての通報は存在していなかったほか、内部通報の状況が監査等委員会に共有されておらず、通報状況を踏まえた内部通報制度の機能に対する検討が行われていないなど、内部通報制度が不適切会計処理の早期発見や予防措置として機能しているとは言い難い状況にあった。
(会計処理に関するルールの未整備)
アウトソーシングにおいては、「レガシー」の経費等の先送りの一つである入社祝い金に関する費用計上を行うべき時期をはじめとして、会計処理に関する社内ルールが明確に定められていなかったことから、会計処理について恣意的な解釈が可能であったため、経費等の先送りにつながっていた。

改善策 ・実現可能な事業計画・予算の策定
・関与者の責任の明確化
・コーポレート・ガバナンス体制・組織体制の再構築
(1)管理体制強化による適切な権限配分の実現
(2)取締役会による監督機能の強化
(3)経理部門の人員拡充・良質な人材の確保
・内部統制部門の強化(子会社管理)
(1)管理部門の人員拡充・良質な人材の確保
(2)内部監査体制の見直し
(3)監査等委員会による内部統制機能の強化
・内部通報制度の実効性確保
・会計処理に係る社内ルールや経理会計システムの見直し
・コンプライアンス意識の改革、再発防止策の徹底
<この失敗から学ぶべきこと>

アウトソーシングには、創業者であり筆頭株主である現代表取締役社長の強いリーダーシップの下、右肩上がりの成長を強く求める経営方針により会社を大きく成長させてきたという歴史があります。それだけに、右肩上がりの成長を強く求める考え方が事業部門の役職員に浸透しており、それがレガシーと称する粉飾決算の蔓延につながったものと思われます。

また、アウトソーシングでは子会社のアウトソーシングテクノロジーを子会社上場させようとしましたが、2018年12月期におけるアウトソーシンググループの営業利益15,073百万円のうち、アウトソーシングテクノロジーの事業だけで約半分(7,267百万円)を占めており、アウトソーシングテクノロジーが中核的な子会社に該当するような状況にありました。このように上場会社である親会社から見て中核的な子会社に該当する子会社の株式は上場が難しいことから、2018年以降において、アウトソーシンググループ全体の営業利益を水増しして、アウトソーシングテクノロジーの利益のグループ全体の利益に対する寄与率を下げるべく、不適切な会計処理が容認されていました。つまり、数字をゆがめてでも子会社上場をさせるという間違ったミッションのもと、粉飾決算が蔓延していったことになります。またに、親会社と実質的に一体の子会社の上場については、東京証券取引所等より、「慎重に判断していく」という考え方が示されていることから、アウトソーシングとアウトソーシングテクノロジーの双方で監査等委員に就任していた者は、アウトソーシングテクノロジーが「親会社と実質的に一体の子会社」とならないよう、アウトソーシングテクノロジーの監査等委員としての積極的な監査業務は控えていました。「親会社と実質的に一体の子会社」とならないようにするのであれば、そもそもアウトソーシングテクノロジーの監査等委員に就任すべきではなかったと言えます。

今回の粉飾決算の発覚の発端は、内部通報制度の利用ではなく、会計監査人である有限責任監査法人トーマツへの通報でした。会計監査人への通報は社内の内部通報制度が信頼されていないことの裏返しとも言えます。実際に、外部調査委員会による調査において、従業員の中には、通報により不利益な取扱いを受けることを懸念し、内部通報制度の利用を躊躇する者も存在していたとのことです。内部通報制度の利用が少ない会社では、周知の徹底に加えて、信頼性の向上にも余地がないか検討した方が良いと言えます。

外部調査委員会による調査結果によると、アウトソーシングでは、社外取締役に対して将来の幹部候補となる執行役員や従業員に対する教育といった役割を求めていたとのことですが、そもそもただでさえ日常的なコミットメントが期待できない社外取締役に執行役員や従業員への「教育」の役割を求めるのは理解に苦しみます。経営陣への教育プログラムは別途用意して、社外取締役には本来の「業務執行取締役の職務執行の監督」にリソースを割いてもらうべきですし、仮に「教育」を期待される方であれば、社外取締役ではなく、顧問に就任してもらい、「知見の披露」と依頼すべきです。また、アウトソーシングでは、毎月の各セグメントの予算の達成状況の報告や未達見込みの場合の方策の検討といった「アクセル」に関する議論が中心であり、会計・経理に関する問題をはじめとする「ブレーキ」に関する議論はほとんどなされていませんでした。その原因として、在任期間が長期にわたる社外取締役が複数在任しているなど、執行側との関係性が近く、実質的に独立性が低いとも評価され得る独立社外取締役が散見されたとのことです。上場会社の指名委員会では、社外取締役の取締役会での発言内容が独立性の高い発言なのかどうか確認して、もし「名ばかり社外取締役」に該当するのであれば、次の株主総会では入替を図るようにすべきです。

2022/02/24 議決権行使率低下で考えさせられる株主構成のあり方

個人株主のうちいわゆるデイトレーダーと称されるような頻繁に株式の売買を繰り返している株主は、株価の動きや配当の増減には敏感に反応する一方で、議決権行使には関心を持たない傾向にある。また、同様に短期的な売買や配当にしか興味を持たないヘッジファンドも存在する。さらには、中東の投資家が日本企業の株式を投資対象とする場合、言語の壁もあり、議決権行使の担当者を置くまでには至らないケースも少なくないようだ(2017年3月3日のニュース「議決権不行使率上昇の背景と対策」を参照)。こうした株主が増加した上場会社では必然的に議決権の行使率は低下することになる。

もっとも、大株主や役員などの株式保有比率が高い上場会社であれば、議決権行使率が多少下がったとしても、株主総会運営に支障をきたすほどの事態にはならないはずだ。しかし、上場会社の中には、親会社があるにもかかわらず議案の議決権行使率が10%台にとどまり定足数に達しないことから、定足数を必要とする議案を可決できないところもある。・・・

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2022/02/24 議決権行使率低下で考えさせられる株主構成のあり方(会員限定)

個人株主のうちいわゆるデイトレーダーと称されるような頻繁に株式の売買を繰り返している株主は、株価の動きや配当の増減には敏感に反応する一方で、議決権行使には関心を持たない傾向にある。また、同様に短期的な売買や配当にしか興味を持たないヘッジファンドも存在する。さらには、中東の投資家が日本企業の株式を投資対象とする場合、言語の壁もあり、議決権行使の担当者を置くまでには至らないケースも少なくないようだ(2017年3月3日のニュース「議決権不行使率上昇の背景と対策」を参照)。こうした株主が増加した上場会社では必然的に議決権の行使率は低下することになる。

もっとも、大株主や役員などの株式保有比率が高い上場会社であれば、議決権行使率が多少下がったとしても、株主総会運営に支障をきたすほどの事態にはならないはずだ。しかし、上場会社の中には、親会社があるにもかかわらず議案の議決権行使率が10%台にとどまり定足数に達しないことから、定足数を必要とする議案を可決できないところもある。このパターンに該当するのが、東証市場第二部に上場している昭和ホールディングスだ。

定足数 : 決議を行うために必要な最低限の出席取締役の数。取締役会の定足数はその過半数(定款でこれを上回る割合を定めた場合にあっては、その割合以上)である。

同社は2021年6月25日に第120回定時株主総会を開催したものの、議案「取締役(監査等委員である取締役を除く)6名選任の件」の議決権行使率が15.86%しかなく、普通決議を行うために必要な議決権定足数(議決権の3分の1)に達しなかったため、議案の審議にさえ至らなかった。そこで2021年9月29日に第120回定時株主総会の継続会を開催したものの、当該継続会での本議案の議決権行使率は12.31%とさらに低下し、同様に議案の審議には至らなかった。そして2022年2月20日に開催した第120回定時株主総会継続会(2回目)でも本議案の議決権行使率は12.61%にとどまり、本議案の決議は持ち越しとなった。昭和ホールディングスは、「既に2回の継続会で議案の審議に至らず、再度の継続会の開催することを含めて適切な対応を行うべく今後の対応について検討を進めて参ります。」(原文ママ。同社のリリースより引用)としている。

継続会 : 会社法上、株主総会は、延期または続行することができるとされている(会社法317条)。ここでいう「延期」とは株主総会の成立後に議事に入らずに開催日を後日に変更することであり、一般的には「延会」と呼ばれ、「続行」とは株主総会の成立後に議事に入るものの、全ての議事の審議を完了せず残りの議事の審議を後日に先送りすることであり、一般的に「継続会」と呼ばれる。

昭和ホールディングスの2021年3月期の有価証券報告書の【大株主の状況】には、第一位の株主として「SIX SIS LTD.」が58.43%の株式を保有している旨が記載されている。つまり、「SIX SIS LTD.」さえ議決権を行使してくれれば、取締役選任の議案は容易に審議できるように見える。しかし、「SIX SIS LTD.」はスイスの金融機関であり、カストディアン(投資家の代わりに有価証券の保管・管理などの業務を行う金融機関)として株式を預かっているに過ぎない。実質株主はイギリス領バージン諸島(BVI)に本社があるA.P.F. Group Co., Ltd.とされているが、A.P.F. Group Co., Ltd.は J トラスト(東証二部)の連結子会社から訴訟を提起されており、裁判中に被告であるA.P.F. Group Co., Ltd.の資産が散逸しないようBVIの裁判所が選任したReceiver(保全管理人)がA.P.F. Group Co., Ltd.のダイレクター(日本の会社における代表取締役)に就任しているという状況にある。要するに、同ダイレクターがA.P.F. Group Co., Ltd.の議決権を行使しないため、昭和ホールディングスの取締役選任議案は審議さえできずに暗礁に乗り上げることとなったわけだ。2021年6月25日に開催された定時株主総会には、A.P.F. Group Co. Ltd.の代理人を称する者が出席したものの、議決権行使書の持参がなく、しかも持参した委任状の内容に不備があったため、A.P.F. Group Co. Ltd.による議決権行使はないと判断されたという経緯もある(当該経緯については昭和ホールディングスの2021年7月15日のリリース「当社監査等委員会による第120回定時株主総会における議決権及び運営に関する調査に関するお知らせ」を参照)。

昭和ホールディングスの2021年3月期の有価証券報告書の【所有者別状況】によると、同社の株主数合計9,504人のうち9,382人、保有割合にして34.00%を個人が占めている。つまり、親会社のA.P.F. Group Co. Ltd.(58.43%)と議決権行使への関心が薄い個人(34.00%)が同社の議決権の大半(92.43%)を握っていることになり、A.P.F. Group Co. Ltd.の動向次第で、株主総会が一気に機能不全に陥るという状況にある。それが現実化したのが本事例というわけだ。

昭和ホールディングスのケースは実質株主である親会社の議決権行使がないというかなり特殊な事例ではあるが、今後は政策保有株式の縮減を促すコーポレートガバナンス・コード【原則1-4】の影響を受け、上場会社間での株式持ち合いが減少することが予想される中、株式を持ち合っていた各社では、放出された株式の受け皿をどうするのかという議論が必須となってくる。個人株主の増加には議決権行使率の低下という副作用があることを考えると、長期安定的に株式を保有し、かつ、コーポレートガバナンスにも関心が高く議決権行使にも積極的な年金基金のような株主に自社株式をホールドしてもらうよう、運用会社等と地道に対話を続けていくのが王道と言えそうだ。

2022/02/22 ディスクロージャーワーキング・グループの議論から見える四半期開示の新たな形

岸田総理が就任時の所信表明演説(2021年10月8日)で四半期開示の見直しを表明したことを受け、金融庁に設置された金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループ(以下、DWG)では、四半期開示の見直しについて議論が行われている。

岸田総理の所信表明演説の内容(抜粋)
企業が、長期的な視点に立って、株主だけではなく、従業員も、取引先も恩恵を受けられる「三方良し」の経営を行うことが重要です。非財務情報開示の充実、四半期開示の見直しなど、そのための環境整備を進めます。

四半期開示見直し論の背景には、主に以下のような意見がある。

① 中長期的な企業価値を重視するのであれば四半期情報の重要性は低くなる。そこで、四半期開示は維持した上で四半期報告書と四半期決算短信を統一することや、四半期開示の任意化を検討すべきではないか。
② 決算短信を簡素化する一方で、企業の実情に応じて決算説明資料の充実化が図られ、それに基づいて対話が促進されることは望ましいが、四半期報告書の必要性については検討の余地があるのではないか。
③ 四半期開示制度は投資家や企業の短期的利益志向を助長し、また、作成に多大な労力がかかるため働き方改革の流れに反する。

上記のうち最もよく耳にするのは、③の「四半期開示制度は企業の短期的利益志向を助長するためやめるべき」との意見だろう。これに対し、DWGの各委員からは・・・

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2022/02/22 ディスクロージャーワーキング・グループの議論から見える四半期開示の新たな形(会員限定)

岸田総理が就任時の所信表明演説(2021年10月8日)で四半期開示の見直しを表明したことを受け、金融庁に設置された金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループ(以下、DWG)では、四半期開示の見直しについて議論が行われている。

岸田総理の所信表明演説の内容(抜粋)
企業が、長期的な視点に立って、株主だけではなく、従業員も、取引先も恩恵を受けられる「三方良し」の経営を行うことが重要です。非財務情報開示の充実、四半期開示の見直しなど、そのための環境整備を進めます。

四半期開示見直し論の背景には、主に以下のような意見がある。

① 中長期的な企業価値を重視するのであれば四半期情報の重要性は低くなる。そこで、四半期開示は維持した上で四半期報告書と四半期決算短信を統一することや、四半期開示の任意化を検討すべきではないか。
② 決算短信を簡素化する一方で、企業の実情に応じて決算説明資料の充実化が図られ、それに基づいて対話が促進されることは望ましいが、四半期報告書の必要性については検討の余地があるのではないか。
③ 四半期開示制度は投資家や企業の短期的利益志向を助長し、また、作成に多大な労力がかかるため働き方改革の流れに反する。

上記のうち最もよく耳にするのは、③の「四半期開示制度は企業の短期的利益志向を助長するためやめるべき」との意見だろう。これに対し、DWGの各委員からは以下のとおり反論が相次いでいる。「四半期開示をやめるべき」といった意見は皆無と言える。

・四半期開示制度が企業の短期的利益志向を助長するという明確な根拠がない。
・中長期の目標に対する進捗度を確認するために四半期開示は有用。
・四半期開示制度をやめると情報の非対称性による資本コストの上昇や、日本市場の情報開示の信頼性が失われてしまう。
・四半期開示制度を始めた趣旨は「投資者に対し企業業績等に係る情報をより適時に開示する」「企業内において、より適時な情報把握により的確な経営のチェックが行われる必要性」であるが、これは今も変わらない。

情報の非対称性 : 自社の情報については、経営陣など社内の人間の方が投資家よりも詳しいということ。
資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。

②は要するに「投資家との対話で用いられるのは決算説明資料であり、四半期報告書は不要」との意見だが、これに対するDWGの各委員の意見の中には、四半期報告書の見直しの必要性に言及したものもあるが、やはり廃止論は聞かれず、むしろ監査法人のレビューを受けていること等による四半期報告書への信頼性を指摘するものが主流となっている。

・決算説明資料、四半期決算短信や、適時開示で投資家との対話が可能な部分はあるが、いずれも法定開示ではないため、虚偽記載に対する罰則・課徴金がない。四半期報告書は法定開示書類であり、監査人のレビューを受けているため信頼性が非常に高く、維持すべき。
・四半期報告書により不適切な会計処理が早期に発見できた事例が過去において見られる。
・投資家との対話に資するよう四半期報告書の内容の見直しを行うことは必要。

①は要するに「四半期報告書と四半期決算短信を統一することや、四半期開示の任意化を検討すべき」との意見だが、これに対しDWGの各委員からは、四半期報告書と四半期決算短信の重複を解消すべきとの意見は聞かれるものの、四半期開示の任意化には反対する声が主流となっている。

・任意化は開示の後退につながる。なお、四半期開示を任意化しても、四半期開示はそれほど減少しないはず。
・四半期開示を任意化すると、企業の開示すべき内容を判断することとなり開示コストが増大する可能性がある。
・四半期開示の任意化は、非財務情報を含む記述情報の充実度と合わせ、開示に向けた各企業のスタンスの見える化につながるとの意見があるが、非財務情報は財務情報を補完するものであり、非財務情報を充実させただけでは投資情報は充実しない。
・四半期レビューのない任意開示は信頼性が乏しい。
・四半期報告書と四半期決算短信の開示の重複は解消すべき。

以上のDWGでの議論を踏まえるならば、四半期開示の見直しの方向性は、「四半期開示の廃止」ではなく、四半期報告書と四半期決算短信の開示の重複の解消、すなわち「四半期開示の効率化」となることが考えられる。

四半期決算短信の最大の目的は“速報性”にある。しかし、現状では四半期決算短信と四半期報告書の提出日が近接している企業が多い。また、両者の内示内容には重複している部分もかなりある。

上記のとおり、DWGの各委員からは「監査法人がレビューしている四半期報告書の信頼性は非常に高い」という意見が多く聞かれることを踏まえるならば、四半期報告書が廃止される可能性は低いと言えるだろう。四半期決算短信は速報性という本来の目的を果たすため、主要な財務指標、KPIのみの開示にとどめ、四半期報告書を維持するのが現時点の有力案となっている。ただし、四半期報告書については、投資家との対話に資するよう開示内容が見直される可能性がある。

斬新な意見として、仮に四半期報告書を廃止した場合、四半期決算短信で開示された内容を臨時報告書で開示させてはどうかというものがあった。臨時報告書は法定開示書類であり、虚偽記載があれば罰則・課徴金の対象となる。四半期決算短信の開示をそのまま臨時報告書で開示すれば一定の信頼性は得られるだけに、無下には否定できない意見と言えよう。

2022/02/21 従業員とインサイダー情報の接点

自社にないものを補い、成長を促す手法として(資本)業務提携(以下、業務提携)があるが、業務提携に関する情報は時としてインサイダー取引の引き金になりかねない。業務提携交渉を担当している経営陣が交渉の過程で自社の株式を売買することは論外として、業務提携のリリースを出す前に、・・・

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2022/02/21 従業員とインサイダー情報の接点(会員限定)

自社にないものを補い、成長を促す手法として(資本)業務提携(以下、業務提携)があるが、業務提携に関する情報は時としてインサイダー取引の引き金になりかねない。業務提携交渉を担当している経営陣が交渉の過程で自社の株式を売買することは論外として、業務提携のリリースを出す前に、従業員が業務提携に関連する社内資料を閲覧したり、業務提携先候補とのNDA(Non-disclosure agreement=秘密保持契約)の締結に関与したりすることは珍しくない。その従業員が自社の株式を売買すれば、“インサイダー疑惑”を持たれる恐れは十分にある。

それが現実のものとなったのが、東証マザーズに上場する株式会社モルフォの従業員による株式の買い付けだ。従業員(既に退職。以下、元従業員)は金融庁から当該株式の買い付けがインサイダー取引に該当するとして1,288万円もの課徴金納付命令を受け、処分の取消しを求めて金融庁(国)を提訴した。本件は控訴審(高裁)まで争われ、一審、二審ともに元従業員(原告)が勝訴、課徴金納付命令は取り消されている(東京地裁判決は2021年10月29日、東京高裁判決は同年11月24日)。本裁判の結果は一部新聞などで報道されたが、当フォーラムでは判決文に基づき、「なぜ裁判所がインサイダー取引と認定しなかったのか」より詳しくお伝えする。

モルフォは2004年5月に設立された画像処理技術の研究開発等を行う会社であり、2015年12月11日、デンソー(東証一部)との間でディープラーニングによる画像認識技術の車載機器への適用に関する基礎的研究などを内容とする業務提携と、第三者割当増資によりデンソーに対しモルフォの普通株式26万1,800株を割り当てる内容の資本提携を行うことを取締役会で決議し、公表した(モルフォのリリースはこちら)。当時従業員であった原告がモルフォの株式を買い付けたのは「2015年9月17日~10月30日まで」の間で、株式数は3,206株、金額は1,118万6,850円に及んだ。一般的には、一従業員が自社の株式を購入する金額としては高額であり、この金額の大きさも、インサイダー取引を疑われる要因となったことは否定できないだろう。

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とはいえ、それがインサイダー取引に該当するかどうかを判断する上で最も重要なのは、金額ではなく購入のタイミングだ。モルフォとデンソーが業務提携に至る2015年12月11日までの経緯は下表のとおり。

両社が業務提携に至るまでの経緯(いずれも2015年)
6月15日 モルフォとデンソーが初会合。モルフォ側からは代表取締役などが出席。
7月29日 両社間で秘密保持契約を締結。
8月4日 デンソー側から、「2~3か月で終了する小規模のプロジェクトを複数行い、その結果によって、技術的に共同開発が実現できるか否かを2015年末までに判断したい」旨の要望が出される。
9月11日 打合わせ後の会食で、デンソーがモルフォに対し、業務提携だけではなく資本提携などの意向を有している旨の申し出が初めてあった。
9月18日 モルフォの代表取締役は、同社の常務取締役よりデンソーからの資本提携の申出等について報告を受け、了承。
10月15日 両社が資本業務提携を行うことに合意。
12月11日 モルフォがデンソーとの業務提携および資本提携を取締役会で決議し、公表。

元従業員である原告がモルフォの株式の買い付けを開始したのは9月17日であり、これはデンソーとの資本業務提携をモルフォの代表取締役が了承した前日に当たる。そして、元従業員はモルフォがデンソーとの資本・業務提携を公表する12月11日より1か月以上前の10月30日までには、全3,206株(1,118万6,850円)の株式の買い付けを完了している。問題は、元従業員が「両社が資本・業務提携を行うことを決定した」という「重要事実」を知った時点だ。

重要事実 : 投資判断に著しい影響を及ぼす会社情報のこと

元従業員は、デンソーからモルフォに対し初めて資本提携の申し出があった2015年9月11日以前のモルフォの社内資料を閲覧しており、その資料にはデンソーの案件について「協業」の文言が用いられていた。また、元従業員は、デンソーとの交渉内容は社内の打合せなどで把握していた模様だ。この点について元従業員は、「協業」とは単にソフトウェアの開発・提供等といった業務の遂行のために顧客からの何らかの協力を受けることを含む広い意味の言葉にすぎず、「業務上の提携」を意味するものではないなどと主張した。

一方、金融庁(国)は、元従業員が重要事実を知った時点について、「8月4日の打ち合わせにおいて、デンソーがモルフォに対し、画像処理及び画像認識の分野で技術的に共同開発が実現できるか否かを平成27年末までに判断したい旨の要望を行っているが、この要望に係る作業を実施することはそれぞれが技術を提供し合い、相互に協力して研究や開発を行わなければなし得ないものであり、業務上の提携の一つである技術提携等にほかならない」とし、同時点を「8月4日」と認定。上述のとおり、元従業員である原告がモルフォの株式の買い付けを開始したのは9月17日であるため、金融庁の認定に基づけば、当該買い付けはインサイダー取引に該当することになる。

しかし東京地裁は、「業務上の提携」を「行うことについての決定」(金商法166条2項1号)とは、それが一般投資家の投資判断に影響を及ぼすものであるという観点から、「ある程度具体的な内容を持つものでなければならない」と判示。また、モルフォの代表取締役は同社の創業者であり、会社設立以来代表取締役を務め、同社の発行済み株式総数の約1割を保有する筆頭株主であったことから、同社の意思決定に大きな影響力を有しているとし、「業務執行を決定する機関」(金商法166条2項1号)に該当するとの判断を示したうえで、モルフォの代表取締役Hが資本提携の申出を了承する旨を決定したのは、「9月18日」の打ち合わせの時であるとの判断を示した。

金融庁は、資本提携の申出に先立ち、モルフォの代表取締役は8月4日の打ち合わせ後にモルフォがデンソーとの「業務上の提携」を「行うことについての決定」をしたと主張したが、東京地裁は「デンソーの打ち合わせ資料に記載された要望内容はデンソー自体が新規車載カメラ等の開発に際し抱えている課題や問題意識を列記したものにとどまり、直ちにモルフォとデンソーとの協業の内容自体が、一般投資家の投資判断に影響を及ぼす程度の具体的な内容を持つものではない」とし、金融庁の主張を斥けた。結果として、元従業員が株式の買い付けを始めた9月17日までに重要事実を「知った」と認める余地はないとし、金融庁の課徴金納付命令を取り消している。

本件はインサイダー取引に認定されずに済んだとはいえ、課徴金納付命令を受けることや、裁判沙汰になること自体避けたいというのが企業側の本音だろう。資本・業務提携に関する打ち合わせに参加していた従業員はもちろん、事後的に資料を閲覧した者、さらには資本・業務提携の話を社内で漏れ伝え聞いた者もインサイダー取引の当事者になり得る。資本・業務提携案件を進める際には、関与する従業員の絞り込みや文書・口頭を含む情報の徹底管理が望まれる。

2022/02/18 変化する証券アナリストと監査法人の関係

証券アナリストと監査法人はいずれも資本市場を支える重要なプレイヤーだが、個別企業を巡って両者が実務上の接点を持つことはなく、証券アナリストが監査法人の監査報告書を利用するだけの関係に過ぎない。なぜなら、監査法人の方が情報源(企業)により深く入り込み確度の高い情報を得ているものの、監査法人には守秘義務があるため、監査法人から証券アナリストを含む投資家側に対して提供される情報は監査報告書に限定されているからだ。しかも、意見差控不適正意見でもない限り、証券アナリストを含む投資家側が監査報告書から受け取るメッセージは「財務報告は適正である」という極めて限定的なものであり、平時であれば「当然の前提」として、とり立てて注目されることはない。

意見差控 : 監査人が監査意見を表明しないこと
不適正意見 : 監査人が財務諸表は適正ではないという意見を表明すること

こうした証券アナリストと監査法人の関係を大きく変えることになったのが、・・・

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2022/02/18 変化する証券アナリストと監査法人の関係(会員限定)

証券アナリストと監査法人はいずれも資本市場を支える重要なプレイヤーだが、個別企業を巡って両者が実務上の接点を持つことはなく、証券アナリストが監査法人の監査報告書を利用するだけの関係に過ぎない。なぜなら、監査法人の方が情報源(企業)により深く入り込み確度の高い情報を得ているものの、監査法人には守秘義務があるため、監査法人から証券アナリストを含む投資家側に対して提供される情報は監査報告書に限定されているからだ。しかも、意見差控不適正意見でもない限り、証券アナリストを含む投資家側が監査報告書から受け取るメッセージは「財務報告は適正である」という極めて限定的なものであり、平時であれば「当然の前提」として、とり立てて注目されることはない。

意見差控 : 監査人が監査意見を表明しないこと
不適正意見 : 監査人が財務諸表は適正ではないという意見を表明すること

こうした証券アナリストと監査法人の関係を大きく変えることになったのが、2021年3月期の有価証券報告書についての監査報告書から導入されたKAM(監査上の主要な検討事項:Key Audit Matters)の記載だ。KAMとは、監査法人が当年度の財務諸表の監査の過程で監査役等と協議した事項のうち、職業的専門家として当該監査において「特に注意を払った事項」を指す。具体的には、監査報告書に「KAMの内容及び決定理由」「監査上の対応」が記載されることになる。もともとKAMは会計監査がブラックボックス化しているとの批判を打ち消すために、監査法人による情報提供の充実や監査報告書の透明化による監査の信頼性確保を目的として導入されたものであり、監査報告書でKAMが開示される結果として証券アナリストの分析が深化するという流れは、政府・金融庁の目論見どおりと言える。

実際、今月(2022年2月)2日には日本証券アナリスト協会が「証券アナリストに役立つ監査上の主要な検討事項(KAM)の好事例集」(以下、好事例集)を公表するなど、証券アナリスト側からもKAMを評価する動きが出てきている。これは、日本証券アナリスト協会が日本公認会計士協会の協力を得て2021年3月期決算企業のKAMをスクリーニングし、23社の優良KAMと“特別枠”3社のKAM(全般的な評価は高くなくても、ある点においては証券アナリストにとって役立つ、または監査法人・被監査企業へのメッセージとなるKAM)を選定し、アナリストによるコメントとともにとりまとめたもの。

本好事例集によると、証券アナリストはKAMを評価している点として、①監査の品質の評価について一定の材料を得ることができる、②会社のリスクをより良く理解できる(ガバナンスの観点から監査役等と監査法人がどのようなリスク認識を共有しているかを把握できる)、③会計上の見積り等について、証券アナリストとは別の観点から監査法人がチェックすることにより、証券アナリストの財務分析において有用な情報になるといったメリットがある、ことを挙げている。KAMの導入により、証券アナリストにとって、“平時”の監査報告書も有用なものになったと言えるだろう。また、本好事例集のような証券アナリスト側からのフィードバックにより、KAMがより一層役立つ内容に洗練されていくことが期待できる。

会計上の見積り : 繰延税金資産の回収可能性の判断、減損会計における将来キャッシュ・フローの見積りなど、財務諸表を作成するにあたって必要になる様々な見積りのこと。

本好事例集は78ページとボリュームがあり、すべてのKAMに目を通すのは時間を要するが、取締役や監査役としては、少なくとも①自社と同業種に属する企業のKAM、②自社のKAMと同じテーマのKAMには目を通しておきたい。また、日本証券アナリスト協会内に設置されたディスクロージャー研究会のメンバーである現役アナリストがカバーしている企業についてのコメント(本好事例集のうち【担当アナリストのコメント】として緑色の背景で記載されているコメント)も一読をお勧めする。これは、当該企業に固有のリスク情報が詳細かつ分かりやすく記載されているかという観点から作成されたものであり、監査法人も参考にすることが予想される。監査を受ける側の企業としては、監査法人対策としても内容を確認しておきたいところだ。

例えばカプコンの2021年3月期(連結)の監査報告書(監査人:有限責任あずさ監査法人)におけるKAMと【担当アナリストのコメント】は下表のとおりとなっている。

カプコン
デジタルコンテンツ事業におけるゲームソフト仕掛品の評価の合理性
監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由 監査上の対応
株式会社カプコンの当連結会計年度の連結貸借対照表において、ゲームソフト仕掛品24,443百万円が計上されており、総資産の14.9%を占めているが、この大半がデジタルコンテンツ事業におけるゲームソフト仕掛品である。
注記事項「(重要な会計上の見積り)2.ゲームソフト仕掛品の評価」に記載のとおり、ゲームソフト仕掛品は、収益性の低下に基づく簿価切下げの方法を採用している。
ゲームソフト仕掛品の収益性の低下に基づく簿価切下げの方法として、発売前のタイトルについては、計画販売収益から見積追加開発費用及び見積販売直接経費を控除した正味売却価額とゲームソフト仕掛品の帳簿価額との差額を帳簿価額から切り下げる。
発売後のタイトルについては、計画販売収益と販売実績を比較し、計画を著しく下回る状況に該当する場合、計画販売収益の見直しを行い、見直し後の計画販売収益から見積追加開発費用及び見積販売直接経費を控除した正味売却価額とゲームソフト仕掛品の帳簿価額との差額を帳簿価額から切り下げる。
このうち、計画販売収益の見積りの基礎となる販売本数及び販売価格は、コンソール市場、ユーザー購買動向等の予測を基に、前作及び類似タイトルの評価、価格戦略、顧客への提供手段等を参考に見積もられるが、特に、前作既存ユーザーの維持及び新規ユーザーの獲得の予測については高い不確実性を伴い、経営者の判断が見積りに重要な影響を及ぼす。

以上から、当監査法人は、デジタルコンテンツ事業におけるゲームソフト仕掛品の評価の合理性が、当連結会計年度の連結財務諸表監査において特に重要であり、「監査上の主要な検討事項」の一つに該当すると判断した。

当監査法人は、デジタルコンテンツ事業におけるゲームソフト仕掛品の評価の合理性を検討するため、主に以下の監査手続を実施した。

(1)内部統制の評価
ゲームソフト仕掛品の正味売却価額の見積りに係る内部統制の整備及び運用状況の有効性を評価した。評価に当たっては、特に、発売後タイトルに係る計画販売収益と販売実績との比較を網羅的に実施することを担保するための統制に焦点を当てた。

(2)ゲームソフト仕掛品の評価の合理性の検討
ゲームソフト仕掛品の評価において重要となるタイトルごとの計画販売収益の見積りに当たって採用された主要な仮定の合理性を評価するため、主に以下の手続を実施した。
①発売前タイトルの検討
・計画販売収益の見積りの基礎となる販売本数及び販売価格の根拠について、マーケティング責任者に対して質問したほか、関連資料を閲覧した。
・前作既存ユーザーの維持について、計画上の販売本数と前作の販売本数を比較するとともに、マーケティング調査資料を閲覧し、その合理性を評価した。
・新規ユーザーの獲得について、当該タイトルのコンテンツ内容及び新規のゲーム要素を把握するとともに、当該ゲームジャンルのユーザー規模に関する外部情報と比較し、その合理性を評価した。
・販売価格について、地域別及びプラットフォーム別の価格設定並びに価格推移について、前作タイトルの販売価格と比較し、その合理性を評価した。
②発売後タイトルの検討
・発売後タイトルの計画販売収益と販売実績を比較し、計画を著しく下回るタイトルの有無を確認した。

【担当アナリストのコメント】
ゲームソフト仕掛品の評価は、証券アナリストによる財務分析や業績予想に対して大きな影響を及ぼす可能性がある。一方、その評価の合理性、妥当性について、外部の分析者が正しく判断することは難しい。KAMとして焦点を当て、その合理性評価の流れが示されたことは、証券アナリストにとっても大変有益である。ゲームコンテンツに関連した資産の評価に関しては、同業他社についても同様の課題があるが、同業他社と比較しても 合理性の判断手続について詳細かつ分かりやすく記載されている。

このように同業他社と比べて高く評価されている企業のKAMの内容は把握しておきたい。

また、これまでのところ、KAMと言えば「固定資産の減損」が代表的なテーマとなっているが()、その「減損」に関するKAMについて現役アナリストが高く評価したのが名村造船所(監査人:有限責任監査法人トーマツ)の2021年3月期(連結)の監査報告書における下記の「固定資産の減損の検討における将来キャッシュ・フローの見積り」だ。

減損 : 固定資産による将来の現金回収見込額が簿価を下回った場合に、下回った分だけ損失を計上すること。

 日本公認会計士協会が2021年10月に公表した『「監査上の主要な検討事項」の強制適用初年度における分析』によると、2021年3月期の監査報告書に記載されたKAMのうち、もっとも多く選定されたテーマが「のれんを含む固定資産の評価」であった。
名村造船所
固定資産の減損の検討における将来キャッシュ・フローの見積り
監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由 監査上の対応
重要な会計上の見積りに関する注記(3)及びセグメント情報3. 報告セグメントごとの売上高、利益又は損失、資産、負債その他の項目の金額に関する情報に記載されているとおり、会社は新造船セグメントにおいて継続して営業損失を計上しており減損の兆候が存在する。当連結会計年度末の有形固定資産及び無形固定資産の残高は35,298百万円であり、セグメント別に「新造船」18,753百万円、「修繕船」5,966百万円、「鉄構・機械」899百万円、その他4,632百万円、全社5,048百万円により構成され、新造船は有形固定資産及び無形固定資産総額の53%を占める。さらに、連結損益計算書及び注記事項(連結損益計算書関係)に記載されているとおり、当連結会計年度において佐世保重工業株式会社における新造船事業休止を意思決定し、新造船事業用資産を中心に共用資産を含むより大きな単位で総額8,269百万円の減損損失を計上している。これらの金額は連結財務諸表に重要な影響を及ぼすものである。なお、会社は減損会計の適用における資産のグルーピングについては個別の会社における事業単位で行っている。また、共用資産に減損の兆候が識別された場合、減損損失の認識及び測定は共用資産を含むより大きな単位で行うこととしている。特に、引き続き会社及び函館どつく株式会社にとって主要事業となる新造船事業は、市場の好不況の波が大きく、不況期においては赤字が継続する特徴を有しているが、会社は翌連結会計年度以降新船型の建造を計画するとともに、会社及び函館どつく株式会社において更なる原価低減を進めることにより事業収益を安定化する計画である。
会社は、減損の認識判定を実施するにあたり、資産グループの継続的使用によって生ずると見込まれる割引前将来キャッシュ・フロー総額と正味売却価額のいずれか高い金額と固定資産の帳簿価額を比較している。将来キャッシュ・フローは、経営者によって承認された4ヵ年の中期経営計画を利用し、それ以降は各資産グループの主要な資産の残存経済的使用年数に亘って中期経営計画を基礎として景気サイクルを加味することにより将来の不確実性を織り込んで見積もっている。
将来キャッシュ・フローの見積りにおける重要な仮定は、4ヵ年の中期経営計画における将来キャッシュ・フローの見積り及びその後の期間の市場予測であり、主要な資産は土地であることから経済的使用年数が長期に及ぶ。なお、中期経営計画は、新造船事業については主として新造船の船価、為替相場及び主要な原材料である鋼材価格等の外部要因の変動の他、新船型の建造計画の進捗及び原価低減の達成度により重要な影響を受ける。また佐世保重工業株式会社において計上された減損損失の額は、事業再構築計画における修繕船事業に係る将来キャッシュ・フローを踏まえて測定されており、この中で新造船事業から修繕船事業への人員及び資産の転用による修繕船事業拡大を計画していることから今後の需要及び受注の動向に重要な影響を受ける。
このように、特に会社及び函館どつく株式会社の主要事業である新造船事業と事業再構築を意思決定した佐世保重工業株式会社における修繕船事業に係る将来キャッシュ・フローの見積りについては不確実性の高い外部要因等により重要な影響を受け、経営者の判断を伴うため、当監査法人は当該事項を監査上の主要な検討事項に相当する事項に該当するものと判断した。
当監査法人は、固定資産の減損の検討における将来キャッシュ・フローの見積りを検討するにあたり、主として以下の監査手続を実施した。

(1)将来キャッシュ・フローの見積りに係る遡及的な検討
前連結会計年度末における経営計画と当連結会計年度の実績との比較及び変動事由を検討することにより、見積りの遡及的な検討を実施した。

(2)将来キャッシュ・フローの見積りの合理性の評価
● 会社及び函館どつく株式会社における新造船事業並びに佐世保重工業株式会社における4ヵ年の将来キャッシュ・フローについて、基礎となる将来計画と経営者によって承認された中期経営計画との整合性を検討した。
● 新造船事業に係る中期経営計画について、既受注船の船価及び竣工引渡予定時期については契約書との整合性を、見積工事原価総額については決算における見積りとの整合性をそれぞれ検討した(見積工事原価総額の検討は、上記「工事進行基準を適用した売上高の工事の進捗度の見積り、工事損失引当金の見積り」の「監査上の対応」を参照)。佐世保重工業株式会社の修繕船事業に係る中期経営計画について、既受注の案件については契約書との整合性を、工事原価総額の見積りについては、過去の実績に操業度による影響及び事業再構築による固定費相当の増加が反映されていることをそれぞれ確かめた。
● 会社及び函館どつく株式会社における新造船事業に係る4ヵ年の中期経営計画のうち、新造船の受注が確定していない期間及び中期経営計画以降の期間に係る船価及び工事原価総額の見積りについては、過去の一定期間における市場船価及び為替相場並びに鋼材価格の実績を基礎として、一定のリスクを加味した不確実性に対する経営者の評価について以下の検討を実施した。
・上記期間の見積りに含まれる主要な変動要素である新造船市場予測について、経営者へ質問するとともに利用可能な外部データとの比較を行った。
・船価については、市場船価及び為替相場に係る過去実績の趨勢分析を実施した。
・見積工事原価総額については、鋼材価格に係る過去実績の趨勢分析を実施するとともに、直近の見積工事原価総額にこれらの影響が反映されていることを確かめた。
さらに、特に会社の新船型建造計画及び原価低減について、以下の検討を実施した。
・新船型建造計画における、今後の市場動向及び船価の見積りに関する仮定について、経営者への質問により理解するとともに利用可能な外部データとの比較を行った。また工事原価総額の見積りは、部門の責任者に質問するとともに、各原価要素の算定根拠について基礎資料を閲覧して見積りに関する仮定を理解し、類似船型との比較を行った。
・原価低減について、材料費及び加工費の低減計画に関する仮定を理解し、供給業者との交渉状況を確かめるとともに、過去の原価低減実績と照らし、施策の実行可能性を検討した。
● 佐世保重工業株式会社の修繕船事業における4ヵ年の中期経営計画のうち受注が確定していない期間及び中期経営計画以降の期間に係る修繕船需要と受注予測並びに工事原価総額の見積りについては、過去5年の受注実績に一定の需要変動リスクを加味した不確実性に対する経営者の評価について以下の検討を実施した。
・上記期間の見積りに含まれる主要な変動要素である修繕船需要予測について、経営者へ質問するとともに利用可能な外部データとの比較を行った。
・受注価額及び工事原価総額の見積りについて、過去実績についての趨勢分析を実施するとともに、見積工事原価総額に事業再構築による固定費相当の増加が反映されていることを確かめた。

【担当アナリストのコメント】
固定資産の減損自体は多くの企業に共通するリスクであり、被監査会社固有のものとはいえないものの、将来キャッシュフローの見積りの仮定が長期にわたり不確実性が高いため、KAMとして取り上げることは適切と考える。
監査上の対応においては、被監査会社側の見積りの仮定に関し、様々な要素を検証した過程が記載されている。内容は詳細であり、証券アナリストにとって分かりやすい記載であると評価する。また、証券アナリストが被監査会社の固定資産の減損リスクを考慮する上で、有用な情報を提供するものと考える。

やはり記載内容が詳細であればあるほど情報量が増えるため、証券アナリストを含む投資家側からに歓迎される傾向にあると言える。

また、ニフコ(監査人:有限責任あずさ監査法人)の2021年3月期(連結)の監査報告書における「有形固定資産の減価償却方法の変更理由の正当性及び注記の適切性」についてのKAMの記載は、「監査手続が具体的に記載」「監査に対する信頼を得ることができる」と高く評価されている(【全体及びその他の評価コメント】参照)。会計監査への信頼が高まれば財務報告自体への信頼も高まることを踏まえれば、KAMを財務報告の信頼性向上のツールと捉えることもできる。監査人が中小監査法人ということで、財務報告の信頼性不足に悩む企業にとっては、監査人にKAMの記述を充実させてもらうなど、KAMを積極的に利用したいところだ。

もっとも、企業がいくら監査法人に「投資家に満足してもらえるようKAMを詳しく書いて欲しい」と依頼したところで、監査法人側の対応にも限界がある。なぜなら、監査報告書のKAMの記載のうち「監査上の主要な検討事項の内容」(上表の左側)はあくまで企業が有価証券報告書の注記等に記載した内容が再掲されているに過ぎず、KAMで未公表の事実が明らかになることはないからだ。すなわち、投資家の満足度を高めるには、まずは企業自身が有価証券報告書の注記等において詳細な開示を心掛けなければならない。また、「監査上の対応」欄(上表の右側)には有価証券報告書の注記等には記載されていない情報も記載されるため、監査法人と打ち合わせして開示内容および量の充実を図ってもらうことも考えられる。2022年3月期決算まで残された時間は少ない。今のうちに、2年目のKAMの記載の充実に向けて打てる手は打っておきたい。