2021/12/17 (新用語・難解用語)予想信用損失モデル

コロナ禍の中、取引先が突然倒産するということも起こり得る。こうした事態に備えるために欠かせないのが貸倒引当金の計上だ。一方で、貸倒引当金の計上は会社の利益を引き下げることになるだけに、その計上にあたっては難しい経営判断を迫られることになる。

こうした中、企業会計基準委員会(ASBJ)は、今年(2021年)の夏から貸倒引当金に関する会計基準の改正を進めている。これにより、貸倒引当金の算定方法は大きく変わる可能性がある。

今回の改正は、日本の会計基準を国際的に整合性のあるものとするため、後述する「予想信用損失モデル」に基づく金融資産の減損に関する会計基準の開発が行われている。ここでいう「金融資産の減損」とは貸倒引当金の計上と理解すればよい。

現行の日本の会計基準では、下表のとおり、債権を貸倒れの確率が低い順に「一般債権」「貸倒懸念債権」「破産更生債権等」の3つに分類したうえで、それぞれ右記の方法により貸倒引当金を算定している。

債権の区分 貸倒引当金の算定方法
一般債権 過去の貸倒実績率など合理的な基準により算定
貸倒懸念債権 ・担保及び保証のない部分のうちの必要額(財務内容評価法)
又は
割引現在価値(キャッシュ・フロー見積法)
破産更生債権等 担保及び保証のない部分の全額(財務内容評価法)

割引現在価値 : 将来受け取れると見込まれる利益またはキャッシュフローが、今現在はいくらの価値を持つかを表すもの。(n年後の資産の価値)÷(1+割引率)ⁿにより計算される。割引率とは、将来の価値を現在の価値に直すために用いる率のことで、利回りなどを考慮して仮定の数値を設定する。例えば割引率を5%とすると、1年後の1万円の現在の価値は「1万円÷(1+0.05)=9,524円」となる。

これに対し、国際財務報告基準(IFRS)で採用されている貸倒引当金の算定方法が、「予想信用損失モデル()」だ。

 予想損失モデルは米国会計基準にも存在するが、本稿ではIFRSに基づく予想損失モデルについて説明する。

予想信用損失モデルでは、下表のとおり、・・・

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2021/12/17 (新用語・難解用語)予想信用損失モデル(会員限定)

コロナ禍の中、取引先が突然倒産するということも起こり得る。こうした事態に備えるために欠かせないのが貸倒引当金の計上だ。一方で、貸倒引当金の計上は会社の利益を引き下げることになるだけに、その計上にあたっては難しい経営判断を迫られることになる。

こうした中、企業会計基準委員会(ASBJ)は、今年(2021年)の夏から貸倒引当金に関する会計基準の改正を進めている。これにより、貸倒引当金の算定方法は大きく変わる可能性がある。

今回の改正は、日本の会計基準を国際的に整合性のあるものとするため、後述する「予想信用損失モデル」に基づく金融資産の減損に関する会計基準の開発が行われている。ここでいう「金融資産の減損」とは貸倒引当金の計上と理解すればよい。

現行の日本の会計基準では、下表のとおり、債権を貸倒れの確率が低い順に「一般債権」「貸倒懸念債権」「破産更生債権等」の3つに分類したうえで、それぞれ右記の方法により貸倒引当金を算定している。

債権の区分 貸倒引当金の算定方法
一般債権 過去の貸倒実績率など合理的な基準により算定
貸倒懸念債権 ・担保及び保証のない部分のうちの必要額(財務内容評価法)
又は
割引現在価値(キャッシュ・フロー見積法)
破産更生債権等 担保及び保証のない部分の全額(財務内容評価法)

割引現在価値 : 将来受け取れると見込まれる利益またはキャッシュフローが、今現在はいくらの価値を持つかを表すもの。(n年後の資産の価値)÷(1+割引率)ⁿにより計算される。割引率とは、将来の価値を現在の価値に直すために用いる率のことで、利回りなどを考慮して仮定の数値を設定する。例えば割引率を5%とすると、1年後の1万円の現在の価値は「1万円÷(1+0.05)=9,524円」となる。

これに対し、国際財務報告基準(IFRS)で採用されている貸倒引当金の算定方法が、「予想信用損失モデル()」だ。

 予想損失モデルは米国会計基準にも存在するが、本稿ではIFRSに基づく予想損失モデルについて説明する。

予想信用損失モデルでは、下表のとおり、債権を(上から)貸倒れの確率が低い順に3つのステージに区分し、それぞれ右記の方法により貸倒引当金(=予想信用損失)を算定する(「一般的なアプローチ()」と呼ばれる)。

 営業債権等については、下記のステージの区分を判断することなく、常に全期間の予想信用損失に等しい金額で貸倒引当金を算定するという「単純化したアプローチ」が認められている。
債権の区分 予想信用損失(貸倒引当金)の算定方法
(ステージ1)金融商品の信用リスクが当初認識以降に著しく増大していない場合 12か月間の予想信用損失(今後1年間に発生すると見積もられる貸倒損失)に等しい金額
(ステージ2)信用リスクが著しく増大しているが信用減損金融資産に該当しない場合 全期間の予想信用損失に等しい金額(債権の予想存続期間において見積もられる貸倒損失)
(ステージ3)信用リスクが著しく増大し信用減損金融資産に該当する場合

信用減損金融資産 : 貸倒引当金の計上が必要な金融資産

上表のとおり、「一般的なアプローチ」では、信用リスクが当初認識以降に著しく増大したかどうかを評価することに特徴がある。そして、その評価においては、金融商品の「予想存続期間」にわたる債務不履行発生リスクの変動を検討することになる。この点、(ステージ1)の予想信用損失(貸倒引当金)の算定方法は「12か月間の予想信用損失に等しい金額」とされているが、12か月の予想信用損失は全期間の予想信用損失の一部分にすぎず、予想信用損失の対象期間を12か月に限定することに理論的な根拠はない。あくまで運用の単純化による事務上のコスト軽減と便益の観点から12か月とされている。

「一般的なアプローチ」による予想信用損失(貸倒引当金)の算定イメージを図で示せば以下のとおりとなる。

60572

また、予想信用損失(貸倒引当金)には以下の3つの要素を反映しなければならないこととされている。

要素 説明
(1) 将来予測情報 過去の事象、現在の状況、将来の経済状況(マクロ経済情報を含む)の予測で、過大なコストや労力をかけずに利用できる合理的で裏付け可能な情報を反映させる。
日本の会計基準には、将来予測情報に関する定めはない。
(2) 偏りのない確率加重金額 原則として、複数(最低2つ)の将来予測のシナリオを用意し、それらを確率加重することが要求される。
日本の会計基準には、貸倒見積高の算定にあたり使用するシナリオに関する特段の定めはない。
(3) 貨幣の時間価値 貨幣の時間価値を反映する方法で金融商品の予想信用損失を見積もらなければならないとされている。
日本の会計基準では、貸倒見積高の算定にあたりキャッシュ・フロー見積法を用いる場合(本稿の一番上の表の「貸倒懸念債権」参照)以外には、貨幣の時間価値を考慮した貸倒見積高の算定の定めはない。

確率加重 : 予想信用損失を一定範囲の生じ得る結果を評価すること。予想信用損失の見積もりは、「最悪の場合のシナリオ」を見積ることでも「最善の場合のシナリオ」を見積もることでもない。そのため、たとえ最も可能性の高い結果が「信用損失が発生しないこと」であっても、信用損失が発生する可能性と信用損失が発生しない可能性の両方を常に反映しなければならない。

要するに、現行の日本の会計基準では、基本的に過去の実績および現在の状況に基づいて貸倒引当額が見積もられるのに対し、IFRSの予想信用損失モデルに基づき見積もられる貸倒引当金は、将来予測情報、将来予測的なシナリオを用いるなど、フォワードルッキングな引当てが求められている点が両者の大きな相違点と言える。

予想信用損失モデルの導入により最も影響を受ける業種は長期の債権を保有している金融機関だが、貸倒引当金は基本的に業種を問わずすべての会社で計上される。したがって、予想信用損失モデルが導入されれば各社に影響が及ぶことになる。自社の利益額を左右しかねない本会計基準の改正動向には注目しておく必要があろう。

2021/12/16 「他社での経営経験を有する者」のみを社外取締役とすることの是非

上場会社における独立社外取締役というと、弁護士や公認会計士といったいわゆる士業が就任するケースが比較的多いイメージがあろう。独立社外取締役に占める士業の割合が増えているのは事実だが、独立社外取締役の属性として最も多いのは「他の会社の出身者」であり、2021年の東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書によると、独立社外取締役のうち58.5%(2020年の調査結果)が「他の会社の出身者」となっている(同白書の99ページ参照)。

「他の会社の出身者」が「経営経験」まで有していれば、その経験を自社にフィードバックしてもらうことが期待できる。2021年6月に行われたコーポレートガバナンス・コードの改訂では、このようなメリットを考慮して、補充原則4-11①に「独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべき」との文言が追加されたところだ。さらに「他の会社の出身者」が「現役」の経営者であれば、経営者としてのリアルタイムの知見を提供してもらうことが期待できるだけに、現役経営者が独立社外取締役候補者として人気が高いのもうなずける。

もっとも、上場会社の現役経営者は多忙を極めており、別の上場会社の社外取締役を務めるほどの時間的余裕がないのも事実。また、当該経営者が所属する上場会社の株主の中には、「他社に貢献する暇があるなら、もっと自社の企業価値を向上させて欲しい」として、他社の社外取締役に就任することへの反対論もあろう。それでも、他社の経営者を社外取締役に招聘する上場会社は多い。しかし、他社の経営者ばかりを独立社外取締役として揃えるのも考えものと言える。それを再認識させることとなったのが、・・・

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2021/12/16 「他社での経営経験を有する者」のみを社外取締役とすることの是非(会員限定)

上場会社における独立社外取締役というと、弁護士や公認会計士といったいわゆる士業が就任するケースが比較的多いイメージがあろう。独立社外取締役に占める士業の割合が増えているのは事実だが、独立社外取締役の属性として最も多いのは「他の会社の出身者」であり、2021年の東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書によると、独立社外取締役のうち58.5%(2020年の調査結果)が「他の会社の出身者」となっている(同白書の99ページ参照)。

「他の会社の出身者」が「経営経験」まで有していれば、その経験を自社にフィードバックしてもらうことが期待できる。2021年6月に行われたコーポレートガバナンス・コードの改訂では、このようなメリットを考慮して、補充原則4-11①に「独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべき」との文言が追加されたところだ。さらに「他の会社の出身者」が「現役」の経営者であれば、経営者としてのリアルタイムの知見を提供してもらうことが期待できるだけに、現役経営者が独立社外取締役候補者として人気が高いのもうなずける。

もっとも、上場会社の現役経営者は多忙を極めており、別の上場会社の社外取締役を務めるほどの時間的余裕がないのも事実。また、当該経営者が所属する上場会社の株主の中には、「他社に貢献する暇があるなら、もっと自社の企業価値を向上させて欲しい」として、他社の社外取締役に就任することへの反対論もあろう。それでも、他社の経営者を社外取締役に招聘する上場会社は多い。しかし、他社の経営者ばかりを独立社外取締役として揃えるのも考えものと言える。それを再認識させることとなったのが、独自の技術やデザインでヒット製品を連発し、最近はオリジナルのスマートフォンBALMUDA Phoneが話題を呼んだ新興家電メーカーのバルミューダ(マザーズ上場)の事例だ。

12月決算のバルミューダは、2019年3月の株主総会で眼鏡メーカーのジンズホールディングスの代表取締役である田中 仁 氏を社外取締役として招聘した。同社はその目的として、「田中氏の長年にわたる経営者としての豊富な経験と幅広い見識を活かし、当社経営陣から独立した客観的・中立的な立場により、取締役会の意思決定の妥当性・適正性を確保する」ことを挙げている(バルミューダの第18期定時株主総会招集通知より抜粋)。しかし、バルミューダの期待は同社が携帯端末事業(5Gスマートフォン開発及び販売)に参入することと業績の上方修正などをリリースした2021年5月13日に裏切られることとなる。これらのリリースが適時開示された15時より前の同日正午頃に、田中社外取締役がバルミューダ株式の買付け(以下、本取引)を行っていたのだ。業績の上方修正はインサイダー取引規制における重要事実に該当することから、軽微基準に該当しない限り、公表前に当該情報を知って株式の売買を行うことはインサイダー取引規制に抵触する可能性がある。そこで、バルミューダは本取引の翌日(5月14日)、東京証券取引所および証券取引等監視委員会に対して、自社の社外取締役が重要事実の公表前に株式の売買を実施した旨の情報提供を行った。

本来であれば、バルミューダはその後すぐに社内処分を行うべきだったが、実際に社内処分およびそのリリースが行われたのは、当該取引が発覚してから6か月後の11月であった。このように社内処分が大幅に遅れた結果、同社はコンプライアンスを軽視しているのではないかとの疑念の声が投資家から上がっている。また、バルミューダは処分の理由について「田中 仁 社外取締役の錯誤による社内規程違反」とするだけで、上記リリースでは本取引がインサイダー取引規制に抵触するのかどうかについて一切触れていない点にも投資家は不満を募らせている。

こうした声に反応したのか、バルミューダは明日(2021年12月17日)に臨時株主総会を開催し、社外取締役をもう1名追加する(現在、同社の社外取締役は田中氏1名のため、可決されれば社外取締役は2名となる)としている。バルミューダが提案した社外取締役候補者は、ミクリード(マザーズ上場)代表取締役社長の片山礼子氏である。田中氏と同様、「他の上場会社の現役経営者」である片山氏を社外取締役候補者として選任した理由として、バルミューダは招集通知において「積極的なダイバーシティ経営」「長年にわたる経営幹部及び経営者としての豊富な経験と深い識見を有し、現在、上場会社の代表取締役を務めている」点を挙げているが、少なくともそこには「コンプライアンス」の文字は見当たらない。これを受け、同社が失われた信頼を取り戻すためのピースはむしろコンプライアンスへの造詣が深い社外取締役ではないのか、そして、現在の社外取締役の構成で果たして投資家の期待に応えることができるのか、さらなる疑問の声が上がっている。

【追記】
2021年12月17日に開催されたバルミューダの臨時株主総会で片山氏が取締役に選任され、2021年12月24日に田中氏が取締役を辞任している。

2021/12/15 労働時間だけでは評価できなくなった過労死

過労死は、「業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡」または「業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡」と定義されている(過労死等防止対策推進法2条)。この2つの定義のいずれにも含まれる「業務における」という文言が示すとおり、過労死は労災事故(業務災害)の一つとして取り扱われることを経営陣は改めて認識しておきたい。

そして、今年(2021年)9月15日付から、・・・

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2021/12/15 労働時間だけでは評価できなくなった過労死(会員限定)

過労死は、「業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡」または「業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡」と定義されている(過労死等防止対策推進法2条)。この2つの定義のいずれにも含まれる「業務における」という文言が示すとおり、過労死は労災事故(業務災害)の一つとして取り扱われることを経営陣は改めて認識しておきたい。

そして、今年(2021年)9月15日付から、前者(脳・心臓疾患)に関する認定基準が20年ぶりに改定されている(厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準 改正に関する4つのポイント」参照)。具体的には、従来は「時間外労働が発症前1か月間に100時間超または2~6か月間平均で月80時間超」の場合に業務と脳・心臓疾患発症との関係が強いと評価できるとされていたところ、「一定の負荷要因」の状況も考慮して評価することとなった。この「一定の負荷要因」には、以下の業務が該当する。

① 勤務時間の不規則性(拘束時間が長い勤務、休日のない連続勤務、勤務間インターバルが短い勤務、不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務)
② 事業場外における移動を伴う業務(出張の多い業務、その他事業場外における移動を伴う業務)
③ 心理的負荷を伴う業務
④ 身体的負荷を伴う業務
⑤ 作業環境(温度環境、騒音)

仮に上記の業務を行わせている会社で従業員が脳・心臓疾患により死亡した場合、たとえ時間外労働の時間数が月100時間(または2~6か月間平均で月80時間)未満だったとしても、「この水準に近い」時間外労働を行わせていた場合には、過労死認定される可能性がある(厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準 改正に関する4つのポイント」の1ページ参照)。「この水準に近い」というのが何時間なのかは明らかにされていないが、「週55時間以上働く長時間労働者は脳卒中や虚血性心疾患のリスクが高まる」とするWHO・ILOの見解は一つの指標となるだろう。

ILO : 国際労働基準を設定することにより世界の労働者の労働条件と生活水準の改善を目的とする国連の専門機関。IPOとは「International Labour Organization(国際労働機関)」の略称である。

自社で過労死が発生すれば、「遺族から労災保険で補償されない損害の賠償を請求される」「マンパワーを失うことにより生産性が低下する」「会社のイメージダウンにつながる」等々、企業活動へのダメージは大きい。これらのダメージはすべての労災事故に共通するが、過労死だけは会社(経営陣)が意識さえすれば明確にリスクを下げられるという点において、不慮の事故など他の労災事故とは性格が異なる。経営陣は会社にとって何一つ得にならない過労死を防ぐ努力を惜しむべきではない。上記に挙げた負荷要因をできるだけ軽減するよう努める必要があろう。

2021/12/14 水素エネルギーの現在地と日本のポジション(会員限定)

脱炭素化の流れが加速する中、新たなエネルギーとして期待を集めているのが水素だ。

水素のエネルギー利用に向けた取り組みが進む欧州では、水素を単に化石燃料に代わるエネルギー源としてではなく、水素という新産業を世界に先駆けて確立することによる産業振興、コロナ禍からの経済復興の政策的切り札と位置付けている。日本は、トヨタの水素自動車を筆頭に、水素エネルギーへの取り組みで世界をリードしてきたが、現在は欧州に勢いがあり、下記のとおり取り組みの方向性も日本とは異なる。

「水素=CO2を排出しない」というイメージがあるが、厳密にはそうではない。確かに水素にはエネルギーとして使用する際(燃焼時)にCO2を排出しないという特徴があるが、その製造過程によってはCO2が発生する。そこで、生産時にCO2排出を伴うか否かによって、水素は下表のとおり「グリーン水素」「ブルー水素」「グレー水素」の3種類に大別されている。

水素の種類 製造過程におけるCO2の排出の有無
グリーン水素 再生可能エネルギーを用いた水の電気分解によって、CO2を排出せずに製造される。
ブルー水素 化石燃料由来だが、CO2の 回収・利用・貯留(CCUS=Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)を行う。
グレー水素 化石燃料由来で、CCUSを行わない。

EUはグリーン水素を推進しているが、日本ではブルー水素を推進しているという点で、両者の水素戦略には大きな違いがある。そして、先般開催されたCOP26では、日本の「石炭火力発電+CCUS」という方針に対し不名誉な「化石賞」が与えられてしまった。

COP26 : 英国グラスゴーで2021年11月1日~12日に開催された「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議」のこと。COP26では、「パリ協定」と「気候変動に関する国際連合枠組条約」の目標達成に向けた行動を加速させるため、締約国が一堂に会して議論する。COPとは「Conference Of the Parties」の略で「コップ」と読む。「Parties」とは条約を結んだ締約国の集まりのことである。

もっとも、グリーン水素にも課題がないわけではない。もともと水素は化石燃料に比べ製造コストが高いが、特に再生可能エネルギーを用いるグリーン水素の製造コストは1kg当たり2.5~5.5ユーロとされ、化石燃料を用いる水素製造コストの1.5ユーロを大幅に上回る。こうしたなかEUは、水素製造のスケールアップと再エネ発電拡大を行うことによるコスト削減を狙っており、2030年にはグリーン水素が化石ベースの水素と同等の価格競争力を持つことを目指している。電源構成において、高い再エネ比率を持つ欧州の強みを生かした戦略と言える。技術面では、大量生産に対応できる水の電解装置の開発が必要になるが、欧州では、ドイツの大手電機機器メーカーのシーメンスなどが先行して技術実証実験を重ねてきており、水素製造技術でも他地域に比べ競争力を持っている。

EUは2025年以降、水素インフラを整備し、貯蔵施設の整備や既存のガスパイプラインを使った長距離輸送を実現させ、2025~2030年には、水素をエネルギーシステムの主要な一部に押し上げる構想を持っている。最終的には水素を基幹電源の一つに位置付け、CO2排出量が多い産業であるエネルギー産業の脱酸素化の機会とするとともに、製鉄業、航空、海運業など脱炭素化が困難と言われる産業分門でもエネルギーとして利用されることを目指している。

EUの水素戦略は、新たなインフラ投資の機会としても大きな注目を集めている。欧州委員会は、EU域内の経済成長を実現するため、官民の巨額の資金を投じて関連産業を支援することとしており、2030年までに必要な投資額を、電解槽関連については最大420億ユーロ、電解槽と風力・太陽光発電施設の接続および規模拡大については最大3,400億ユーロと試算している。また、水素エコシステム構築のため、EU加盟国、欧州投資銀行、産業界等から構成される「欧州クリーン水素同盟(European Clean Hydrogen Alliance)」を設立し、同盟を通じても、水素の実用化に向けた多くのプロジェクトに投資が行われている。

欧州委員会 : 欧州連合(EU)の政策執行機関。

さらに欧州委員会は、水素関連の基準、規制の整備にも取り組んでおり、ここでもEUが世界を主導する役割を果たそうとしている。

気候変動は企業の事業継続をリスクにさらす一方で、ビジネスチャンスという「機会」を生む。水素という新たな産業分野で世界の覇権を握ろうと邁進する欧州と渡り合うには、投資や基準作りなど、企業だけの力ではどうにもならない部分がある。日本政府が主導的な役割を果たすことが期待されるところだ。

2021/12/13 パートナーシップ構築宣言と賃上げ宣言の違い

与党は12月10日、来年度の税制改正の概要をまとめた令和4年度(2022度)税制改正大綱を公表した。その中には、岸田総理が掲げる「成長と分配」政策の柱である“賃上げ税制”も盛り込まれている。

賃上げ税制には、法人税法上の大企業(資本金1億円超)向けと中小企業(資本金1億円以下)があるが、ほとんどの上場企業が該当する大企業向けの賃上げ税制では、前年と比べた「継続雇用者の給与総額の増加額」の最大30%を法人税額から控除する。具体的には、継続雇用者の給与総額を対前年比で3%増加(=賃上げ)させた場合には控除率15%、4%増加させた場合には控除率を10%上乗せ(すなわち、控除率は25%となる)、さらに教育訓練費を対前年比で20%増加させた場合には控除率5%が追加的に上乗せされ、これらをすべて合計した控除率は30%となる。

企業からの関心が高かったのが、・・・

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2021/12/13 パートナーシップ構築宣言と賃上げ宣言の違い(会員限定)

与党は12月10日、来年度の税制改正の概要をまとめた令和4年度(2022度)税制改正大綱を公表した。その中には、岸田総理が掲げる「成長と分配」政策の柱である“賃上げ税制”も盛り込まれている。

賃上げ税制には、法人税法上の大企業(資本金1億円超)向けと中小企業(資本金1億円以下)があるが、ほとんどの上場企業が該当する大企業向けの賃上げ税制では、前年と比べた「継続雇用者の給与総額の増加額」の最大30%を法人税額から控除する。具体的には、継続雇用者の給与総額を対前年比で3%増加(=賃上げ)させた場合には控除率15%、4%増加させた場合には控除率を10%上乗せ(すなわち、控除率は25%となる)、さらに教育訓練費を対前年比で20%増加させた場合には控除率5%が追加的に上乗せされ、これらをすべて合計した控除率は30%となる。

企業からの関心が高かったのが、賞与等の一時金が賃金増加額の対象になるのかという点だ。政府・与党内には、企業が現預金や内部留保を増加させていることへの不満がかねてから蓄積しており、賃上げ税制の対象に、一過性の性格が強い賞与等の一時金を含めることには否定的な意見も多かった。しかし、最終的には岸田総理の「成長と分配」政策の実現を優先するため、賞与等の一時金も対象とした。

その際、否定派を抑えるために入った適用要件が、“賃上げ宣言”だ。税制改正大綱の47ページには下記の記述がある。

(注1)資本金の額等が 10 億円以上であり、かつ、常時使用する従業員の数が1,000 人以上である場合には、給与等の支給額の引上げの方針、取引先との適切な関係の構築の方針その他の事項をインターネットを利用する方法により公表したことを経済産業大臣に届け出ている場合に限り、適用があるものとする。

ここでは、「給与等の支給額の引上げの方針」に加え「取引先との適切な関係の構築の方針」の公表も求めているが、対象が「資本金10億円以上、かつ常時使用する従業員の数1000人以上」の企業に限定されていることからも分かるように、これは主に下請企業に対し不当に低い価格で取引を行わないよう、発注元企業に釘を刺すもの。大企業が自社の賃上げのために下請企業との取引価格を引き下げるようなことがあれば、下請企業は賃上げが難しくなるからだ。

「取引先との適切な関係の構築の方針」について、「パートナーシップ構築宣言」とどう違うのかとの疑問の声も聞かれるが、パートナーシップ構築宣言は、親事業者と下請事業者との望ましい取引慣行の遵守を宣言するものであり、社会的要請としてより多くの親事業者による宣言が求められるのに対し(パートナーシップ構築宣言については2021年10月1日のニュース『「パートナーシップ構築宣言」を利用したSDGsウオッシュに懸念の声』を参照)、「賃上げ」するかどうかは元来各社の経営判断によるものであり、また、労使交渉を経ることなく経営側が一方的に宣言するものでもない。すなわち、パートナーシップ構築宣言とは異なり、“賃上げ宣言”はあくまでも賃上げ税制の適用を希望する企業のみが、その適用要件を満たすために求められるものであり、賃上げ税制の適用を受けない企業は行う必要がないことが確認されている。