2021/11/15 「平均勤続年数」に見る数字のトリック

年明けの3月から本格化する新卒採用のための会社説明会に向け準備を進めている企業も少なくないことだろう。学生は労働条件をはじめ様々な角度から企業を分析するが、注目される指標の一つが平均勤続年数だ。平均勤続年数が長いことは、学生にとって安心材料となる。また近年、投資家はIT投資、研究開発以上に「人材投資」を重視しているという調査結果も出ている(生命保険協会「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート 集計結果(2020年度版)」18ページ参照)。海外に目を向ければ、米国証券取引委員会(SEC)は2020年8月に非財務情報に関する規則を改正し、新たに人的資本についての開示を義務付けており(2020年11月から適用開始)、改正規則では「人材の維持」に対応するための取り組みも開示対象となっている。日本でも非財務開示の充実に向けた検討において、人的資本に関する開示はテーマの一つとなっているが(2021年9月2日開催 第1回 金融審議会ディスクロジャーワーキング・グループ 事務局資料32ページ参照)、人的資本への注目度の高まりとともに、今後改めて平均勤続年数に注目が集まる可能性もある。・・・

CSR : 「Corporate Social Responsibility」の略で、「企業の社会的責任」と訳される。企業を「社会の構成員」として位置付けることで、企業は取引先・消費者・株主・従業員・地域社会などのステークホルダーに対し責任ある行動を行い、社会的課題に応え、ステークホルダーとの間で信頼関係を築いていくべきという考え方。

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2021/11/15 「平均勤続年数」に見る数字のトリック(会員限定)

年明けの3月から本格化する新卒採用のための会社説明会に向け準備を進めている企業も少なくないことだろう。学生は労働条件をはじめ様々な角度から企業を分析するが、注目される指標の一つが平均勤続年数だ。平均勤続年数が長いことは、学生にとって安心材料となる。また近年、投資家はIT投資、研究開発以上に「人材投資」を重視しているという調査結果も出ている(生命保険協会「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート 集計結果(2020年度版)」18ページ参照)。海外に目を向ければ、米国証券取引委員会(SEC)は2020年8月に非財務情報に関する規則を改正し、新たに人的資本についての開示を義務付けており(2020年11月から適用開始)、改正規則では「人材の維持」に対応するための取り組みも開示対象となっている。日本でも非財務開示の充実に向けた検討において、人的資本に関する開示はテーマの一つとなっているが(2021年9月2日開催 第1回 金融審議会ディスクロジャーワーキング・グループ 事務局資料32ページ参照)、人的資本への注目度の高まりとともに、今後改めて平均勤続年数に注目が集まる可能性もある。

厚生労働省が公表した「令和2年度賃金構造基本統計調査」によると、全調査対象企業の「平均勤続年数」は「11.9年(男女計)」(第2表の左下参照)となっている。この数字を見て、「退職者が在籍していた期間の平均」が11.9年である(すなわち、入社後おおむねこの年数が経つと離職する)と誤解しがちだが、実はそうではない。「平均勤続年数」とは文字どおり「勤続年数の平均」のことであり、極端な例を挙げれば、新入社員1人(勤続0年)、定年間際の社員(勤続45年)1人の企業であれば、平均勤続年数は「22.5年」となる。

したがって、平均勤続年数が長い(例えば20年以上の)からといって、必ずしも社員の定着率が高い企業とは言えない。平均勤続年数が長い企業は、

(a) 毎年同数程度の新卒定期採用をしているなら、そのほとんどが定年まで勤め上げる
(b) 近年、社員の採用数が減っている

のどちらかである可能性が高い。前者であれば優良企業と言えるが、後者であれば“要注意企業”であることも考えられる。

一方、平均勤続年数が短い企業でも、創業して間もない場合や、新卒採用よりも中途採用に力を入れている場合には平均勤続年数が短くなる傾向にあるため、「平均勤続年数が短い=社員が定着しない」とも言い切れない。

また、男女で平均勤続年数が大きく異なる企業(一般的には女性の平均勤続年数が男性のそれを大きく下回る企業)は「女性の定着率が悪い」と見られがちであり、実際そのとおりのケースもあるが、必ずしもそうとは限らない。むしろ、これまで男性社員ばかりだった企業がダイバーシティ経営を意識し、最近になって女性を採用するようになった可能性もある。

2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードで新設された補充原則2-4①では「上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべき」とされたが、特に「状況の開示」において単純に平均勤続年数を出すと不本意な誤解を持たれかねないので、その背景事情も併せて説明する必要があろう。

2021/11/12 ダイナミックマテリアリティとTCFD開示の関係

元々「マテリアリティ」とは「重要性」を意味するCSR用語であり、「自社にとって重要な課題は何か?」を明らかにするために開示されてきた。「自社にとって」という場合のように、企業が環境や社会から「受ける」影響を示す“投資家目線”のマテリアリティを「シングル・マテリアリティ」と呼ぶのに対し、近年は、シングル・マテリアリティと、企業が環境や社会に「与える」影響を示す “マルチステークホルダー(市民社会等を含む)”目線のマテリアリティを統合した「ダブル・マテリアリティ」という考え方が非財務情報開示のトレンドとなりつつある(2021年1月20日のニュース『高まる「ダブル・マテリアリティ」の開示圧力』参照)。・・・

CSR : 「Corporate Social Responsibility」の略で、「企業の社会的責任」と訳される。企業を「社会の構成員」として位置付けることで、企業は取引先・消費者・株主・従業員・地域社会などのステークホルダーに対し責任ある行動を行い、社会的課題に応え、ステークホルダーとの間で信頼関係を築いていくべきという考え方。

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2021/11/12 ダイナミックマテリアリティとTCFD開示の関係(会員限定)

元々「マテリアリティ」とは「重要性」を意味するCSR用語であり、「自社にとって重要な課題は何か?」を明らかにするために開示されてきた。「自社にとって」という場合のように、企業が環境や社会から「受ける」影響を示す“投資家目線”のマテリアリティを「シングル・マテリアリティ」と呼ぶのに対し、近年は、シングル・マテリアリティと、企業が環境や社会に「与える」影響を示す “マルチステークホルダー(市民社会等を含む)”目線のマテリアリティを統合した「ダブル・マテリアリティ」という考え方が非財務情報開示のトレンドとなりつつある(2021年1月20日のニュース『高まる「ダブル・マテリアリティ」の開示圧力』参照)。

CSR : 「Corporate Social Responsibility」の略で、「企業の社会的責任」と訳される。企業を「社会の構成員」として位置付けることで、企業は取引先・消費者・株主・従業員・地域社会などのステークホルダーに対し責任ある行動を行い、社会的課題に応え、ステークホルダーとの間で信頼関係を築いていくべきという考え方。

<シングル・マテリアリティとダブル・マテリアリティの違い>
出典:金融庁「ディスクロージャーワーキング・グループ」第2回 事務局資料
シングル・マテリアリティ ダブル・マテリアリティ
60042a 60042b

ダイナミックマテリアリティとは、時の経過とともに「ダイナミック」な変化を遂げ、マテリアリティとしての性質を帯びるようになった事項を指す。すなわち、これまでマテリアル(重要)ではないとされていたサステナビリティ関連のテーマが、企業にとって、あるいは経済・環境・社会にとってマテリアルになったようなものである。例えば、かつてCO2の排出は企業価値に影響しなかったが、CO2の排出に関する法規制の導入、消費者や取引先といったステークホルダーからの脱炭素要請といった外部環境の変化により、CO2を排出することが企業価値に影響するようになった現在、CO2の排出は急速にマテリアリティとなった。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックや人種問題などもダイナミックマテリアリティの一例に挙げられる。

出典:金融庁「ディスクロージャー・ワーキング・グループ」第2回 事務局資料
ダイナミックマテリアリティのイメージ
60042c サステナビリティに関する項目は、時間の経過とともに企業価値に影響を与え、財務諸表にも取り込まれる。
(例)炭素排出量の場合
ⓐ 社会が地球温暖化を意識するようになる場合には、人・環境・経済に与える影響の報告事項に入る
ⓑ 投資家が企業のCO2排出量ネットゼロ移行を市場の価格付けに考慮し始めると、企業価値に与える影響の報告事項に入る
ⓒ 財務的な影響が純資産価値に反映されれば、財務諸表に反映される

気候変動をはじめとするサステナビリティ情報には、財務的に認識されない将来的な事項も含まれる。また、新型コロナウイルス感染症のように外部環境が足下で急激に変化することも十分にあり得る。したがって、「シングル」「ダブル」といった既存の概念にとらわれることなく、長期的な視点を含むダイナミックマテリアリティという考え方が適切ではないかとの意見がディスクロージャーワーキング・グループ内でも大きくなっている。

ただ、ここで一つの疑問が生じる。国際的な気候変動開示の枠組みであるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が推奨する開示は、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの要素から構成されており、このうち「ガバナンス」と「リスク管理」については全ての企業に対して開示を求める一方、「戦略」と「指標と目標」については、気候変動が自社にとって「マテリアル」な企業に対してのみ開示を求めている(以下、マテリアリティ基準)が(2021年7月7日のニュース「TCFD開示の4要素のうち有報での開示が必須となりそうな2要素とは?」参照)、今後ダイナミックマテリアリティが主流となった場合、「戦略」と「指標と目標」におけるマテリアリティ基準も「ダイナミックマテリアリティ」によることとなるのかということだ。

TCFD : 主要国の金融当局(中央銀行、金融監督当局、財務省)やIMF(国際通貨基金)、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)などで構成される国際的な金融システムの安定を目的とする組織である金融安定理事会(FSB)が設置した組織。TCFDとは「Task Force on Climate-related Financial Disclosures」の略である。TCFDが2017年6月に公表した最終提言は、気候変動リスクに関する情報開示のフレームワーク(枠組み)のグローバルスタンダードになりつつある。

この点、TCFDは、例えば「リスク管理」について「気候関連リスクについて、組織がどのように識別・評価・管理しているかについて開示する」こと求めているように、「組織(企業)」が主語になっている。すなわち、TCFDはシングル・マテリアリティの立場をとっているため、基本的に企業にとってマテリアル(重要)だと判断される場合に「戦略」「指標と目標」についても開示対象とすることになろう。とはいえ、今後ダイナミックマテリアリティが主流になれば、現時点ではマテリアルと言えないテーマであっても、何らかのきっかけで重要性(財務的に重要or環境に与える影響が重要のいずれかにはとらわれない)が一気に高まった場合には、「戦略」「指標と目標」についても開示が求められると考えられる。

有価証券報告書における開示項目としても、「ガバナンス」と「リスク管理」を全業種に共通した開示項目とし、「戦略」と「指標と目標」については、マテリアリティに応じた対応も可能とするというのが現実的な落としどころとなるだろう。なぜなら、「戦略」「指標と目標」にマテリアリティ基準を認めないと、気候変動による影響をあまり受けない企業が、かなりのコストをかけて「戦略」についてシナリオ分析(2℃以下シナリオを含む様々な気候関連シナリオに基づく検討を踏まえて、組織の戦略のレジリエンスについて説明すること)をしたり、また企業価値とあまり関係のない何らかの「指標と目標」を策定したりしなければならなくなってしまう恐れがあるからだ。

2℃以下シナリオ : 気温の上昇を「2℃以内」にとどめることを目標とするパリ協定で合意された脱炭素社会を目指すシナリオ

なお、TCFDの新たなガイダンスでは、「指標と目標」のうちSCOPE1SCOPE2の排出量についてはマテリアリティ基準が外される。すなわち、マテリアリティにかかわらず開示が推奨されることになる。これには、2017年にTCFD提言が公表されて以降、世界が急速に脱炭素に向かう中、今やCO2の排出削減は全企業にとっての必須課題になっていることに加え、SCOPE1、SCOPE2の測定方法がかなり定着してきたことが背景にある。日本はTCFDの枠組みに沿った開示を進めていく方針であることを踏まえると、SCOPE1、SCOPE2に関するCO2排出量の開示が有価証券報告書において義務化される可能性があろう。

SCOPE1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出
SCOPE2 : 他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出

2021/11/11 ROICではなくROEやROAではダメなのか?

2021年10月19日のニュース「ROICの弱点」では、立ち上げ時には利益がわずかしか出ていない新規事業が中長期的には多くの利益を獲得できるとしても、事業の立ち上げ当初は資本効率が悪いためROICに基づくと低評価となり、投資が抑制されてしまう恐れがあるというROICの弱点について解説したが、それでも、資本コストを意識した経営、すなわちCAPM等で算定した資本コストをベースとして設定することになる収益力・資本効率等に関する目標値として最も適したKPIがROICであることに変わりはない(CAPMについては【2018年7月の課題】資本コストの把握 の「資本コストの算出方法 最も有力な方法はCAPM」を参照)。

資本コスト : 資本コストとは「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」を指す(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。

もっとも、投資家は、ROIC以外のみならずROEROAにも注目している。そのため、上場企業の取締役と話をしていると「ROICではなくROEやROAではダメなのか?」といった声も聞かれる。本稿ではこの疑問への回答に努めたい。・・・

ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)
ROA : Return On Assets =総資産利益率(利益/総資産)。実務上、ROAの利益には「営業利益」もしくは「事業利益」を使うことが多い。これは、総資産に対応する利益は、営業利益あるいは事業利益であるという考え方による。

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2021/11/11 ROICではなくROEやROAではダメなのか?(会員限定)

2021年10月19日のニュース「ROICの弱点」では、立ち上げ時には利益がわずかしか出ていない新規事業が中長期的には多くの利益を獲得できるとしても、事業の立ち上げ当初は資本効率が悪いためROICに基づくと低評価となり、投資が抑制されてしまう恐れがあるというROICの弱点について解説したが、それでも、資本コストを意識した経営、すなわちCAPM等で算定した資本コストをベースとして設定することになる収益力・資本効率等に関する目標値として最も適したKPIがROICであることに変わりはない(CAPMについては【2018年7月の課題】資本コストの把握 の「資本コストの算出方法 最も有力な方法はCAPM」を参照)。

資本コスト : 資本コストとは「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」を指す(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。

もっとも、投資家は、ROIC以外のみならずROEROAにも注目している。そのため、上場企業の取締役と話をしていると「ROICではなくROEやROAではダメなのか?」といった声も聞かれる。本稿ではこの疑問への回答に努めたい。

ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)
ROA : Return On Assets =総資産利益率(利益/総資産)。実務上、ROAの利益には「営業利益」もしくは「事業利益」を使うことが多い。これは、総資産に対応する利益は、営業利益あるいは事業利益であるという考え方による。

●ROE vs ROIC
ROEの弱点については、【新用語・難解用語辞典】ROICでも触れているが、改めて具体的な計算式、数値を用いて説明しよう。ROEの最大の弱点は、容易に“見せかけの数値”を作ることができてしまうという点だ。ROEの算定式は下記のとおりだが、分母の株主資本は簡単に操作できてしまう。
59990a
例えば、配当を増額したり、自己株式を購入したりすることで株主資本(分母)を減少させれば、純利益の改善なくしてROEは上昇する。また、上記のROEの算定式を分解すると下記のとおりとなるが、この分解式からも明らかなように、資金調達方法として有利子負債を増やせば財務レバレッジ(下記参照)が大きくなり、これによってROEを上昇させることも可能になる。
59990b

財務レバレッジ:株主資本(自己資本)を1とした場合、その何倍の総資本を有しているかを示す数値。財務レバレッジ(=テコ)が大きい会社とは、借入金の大きい会社である。財務レバレッジが大きければ、株主資本よりも大きな取引を行うことができる。ただし、その反面、有利子負債が増加して金利負担、返済負担が増加し、会社の収益性が下がったり、財務リスクを抱えたりする可能性がある。
総資産回転率:どれくらいの資産を使ってその売上を上げているかを示す。
売上高純利益率:売上に対してどれくらい利益があるかを示す。

これに対してROICはどうだろうか。
59990c
ROICの特徴として、分母となる投下資本は「資金調達サイド」および「資産運用サイド」の両面から見ることができるという“二面性”が挙げられる。下記の簡潔なBS(バランスシート=貸借対照表)を使って説明すると、投下資本は「資金調達サイド」(BSの右側)から見れば、「有利子負債1,000+株主資本1,200=2,200」と説明できる。一方、「資産運用サイド」から見れば、「正味運転資産200(運転資産500-運転負債300)+固定資産2,000=2,200」と説明できる。
59990d
配当を増額した場合の投下資本への影響をそれぞれのサイドから見てみよう。資金調達サイドから見ると、配当の原資となる利益剰余金の減少を通じて株主資本が減少し、また、資産運用サイドから見ても、現預金の減少を通じて正味運転資産が減少するため、ROICの算定式の分母(投下資本)は減少する。しかし、資金調達サイドでは有利子負債は不変、また、資産運用サイドでは固定資産は不変であり、分母に与える影響は財務レバレッジが高い企業ほど限定的だ。したがって、配当を増額したとしても、ROEほど算定結果に重大な影響はない。

次に、借入れにより資金を調達し、借入金全額を自己株式の取得に充てた場合の投下資本への影響を見てみよう。まず資金調達サイドから見ると、借入金の増加により有利子負債は増加するが、自己株式の増加に伴い株主資本も減少するため(自己株式の取得価額は株主資本から控除される)、結局、分母の株主資本は不変だ。また、資産運用サイドに対しては、そもそも自己株式の取得は何ら影響がない。したがって、借入金で自己株式を取得してもROICに変化はない。すなわち、ROICの分母は財務レバレッジの影響を受けない。

●ROA vs ROIC
次にROAとROICを、やはり数値を使って比較してみよう。
59990e
ROA算定式は以下のとおりだ。

59990f

(注)純利益に替えて経常利益等の他の利益を用いている企業もある。

上記算式のとおり、ROAは分母が「総資産」、分子が「純利益」と、財務諸表の数値から容易に算定できるため、企業間の比較も容易であるという点ではROICより使い勝手が良い。

しかし、ROICは、資本コストと比較する指標としてROAより優れている。資本コストを意識した経営においては、事業資金の提供者である銀行等の債権者の要求利回りである「金利」と、株主の要求利回りである「配当」や「キャピタルゲイン」を加重平均したWACCを用いて算定された資本コストが、資金提供者(銀行等および株主)の期待を上回ったかどうかが評価される。この点で、ROICは資本コストとの親和性が非常に高い。なぜなら、上記のBSで示したとおり、ROICの分母は、銀行等からの借入金で構成される有利子負債と、株主からの出資金である株主資本から構成されるためだ(BSの右側の「資金調達サイド」参照)。なお、ROICと資本コストを比較した場合において、ROICと資本コストの差額は「ROICスプレッド」と呼ばれ、ROICスプレッドがプラスである場合、それは企業価値の増加分を意味する。

WACC : 「Weighted Average Cost of Capital=加重平均資本コスト」の略であり、要するに「資本コスト」である。WACCは文字通り負債コスト(金利)と株主資本コスト(配当+キャピタルゲイン)を加重平均して算定される。
スプレッド : 「広がり」という意味

ROICスプレッド(企業価値増加)=ROIC-資本コスト(WACC)

一方、ROAの分母は「総資産=負債+純資産」であり、上記BSのとおり運転負債など「有利子負債、株主資本以外」の要素が入っており、事業資金の提供者である銀行等の債権者や株主の期待利回りを加重平均したWACCを用いて算定される資本コストと比較する指標としてはなじまない。

以上をまとめると下表のとおりとなる。自社の「稼ぐ力」を示すKPIとしてどの指標を採用するか取締役等で議論する際のベースの知識として活用していただきたい。

資本収益性に関する主な指標の特徴
  ROE ROIC ROA
内容 事業に投下された株主資本に対してどれだけの利益が創出されているかを示す指標 事業に投下された有利子負債と株主資本に対してどれだけの「税引後営業利益」が創出されているかを示す指標 総資産に対してどれだけの利益が創出されているかを示す指標
特徴 資本コスト(WACC)との比較の可否
(株主資本コストとの
比較が可能)

(加重平均資本コスト(WACC)
との比較が可能)
×
(資本コストとの
比較が困難)
財務レバレッジの影響 受ける 受けない 受けない
事業セグメントごとの算出の可否 ×
(セグメント別の株主資本の算出は不可能であるため)

(法定開示事項のみでは算出困難だが、セグメント別BSを作成すれば可能)

(法定開示事項のみで
算出可能)

税引後営業利益 : ROEの分子が「純利益」であるのに対しROICの分子は「税引後営業利益」となっているが、これは有利子負債の調達コスト(支払利息)の影響を除くための工夫である(純利益は、支払利息を控除した後の金額であるため)。このようにROICは分母・分子ともに財務戦略の変更の影響を受けないようになっている。

2021/11/10 COP26と同時開催の「Investment COP 2021」で、TCFD 等による開示規制だけでは不十分との声

(2021年)11月1日から12日まで英国グラスゴーで開催されているCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)関連のニュースが連日新聞等で報道されているが、その・・・

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2021/11/10 COP26と同時開催の「Investment COP 2021」で、TCFD 等による開示規制だけでは不十分との声(会員限定)

(2021年)11月1日から12日まで英国グラスゴーで開催されているCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)関連のニュースが連日新聞等で報道されているが、その公式併催イベントとして、機関投資家や企業などが参加する「Investment COP 2021」が11月7、8日の2日間にわたり同じくグラスゴーで開催された。2018年の初開催以来、今年で3回目となる同イベントでは、投資を通じて気候変動問題解決に取り組むことを目的に、クリーンエネルギーや気候変動対策への投資機会、問題解決に向けたパートナーシップや枠組みなどについて議論が行われる。日本からもアセットマネジメントOneや三井住友トラスト・アセットマネジメントなどが参加した。

COP26 : 英国グラスゴーで2021年11月1日~12日に開催されている「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議」のこと。COP26では、「パリ協定」と「気候変動に関する国際連合枠組条約」の目標達成に向けた行動を加速させるため、締約国が一堂に会して議論する。COPとは「Conference Of the Parties」の略で「コップ」と読む。「Parties」とは条約を結んだ締約国の集まりのことである。

当日行われたセッションにおいて多く見られたのが、気候変動を単なるリスクとしてではなく「新たなビジネス機会」として捉える前向きな議論だ。機関投資家や企業は、脱炭素化に向けたテクノロジー領域への投資や新興国へのグリーン技術導入を絶好の投資機会として重要視している。こうした中、各国政府・規制当局に対しては、その前提となるカーボンプライシングや情報開示に関する統一的な国際ルールを早期に策定するよう要望する声が挙がった。

カーボンプライシング : 化石資源の消費により排出されるCO2(二酸化炭素:カーボン)に価格を付け(プライシング)、CO2を排出した企業などに金銭を負担させることでCO2排出者の行動を変容させる政策手法

特に情報開示への問題意識は高く、TCFD等による開示規制だけでは十分ではないとの声が聞かれた。気候変動リスクによる潜在的な経済損失は計り知れず、今後より多くの企業が、気候変動が自社のビジネスにどのような影響があるかを評価する必要性に迫られることが想定されるため、開示基準は政府による標準的なフレームワークであるべきとの意見が相次いだ。また企業に対しても、必ずしも開示された全ての情報が有益だとは言えないとしても、可能な限り積極的な情報開示を求める声が挙がった。そして、欧州では既にこうした取り組みの必要性が早くから理解されており、欧州に続く形で米国や日本でもその機運が高まっているとの評価が示されている。

TCFD : 主要国の金融当局(中央銀行、金融監督当局、財務省)やIMF(国際通貨基金)、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)などで構成される国際的な金融システムの安定を目的とする組織である金融安定理事会(FSB)が設置した組織。TCFDとは「Task Force on Climate-related Financial Disclosures」の略である。TCFDが2017年6月に公表した最終提言は、気候変動リスクに関する情報開示のフレームワーク(枠組み)のグローバルスタンダードになりつつある。

また、注目されるのは、脱炭素化への取り組みが遅れている企業に対して投資の引き揚げ(ダイベストメント)を行っても脱炭素化が進むわけではないとして、「継続的なエンゲージメント」の方がより有効であるとの見解が聞かれた点だ。機関投資家の間では、サステナビリティの視点から評価の高い企業は業績面での“ネガティブサプライズ”が少ない傾向があり、リターンも安定するとの共通認識が示される中、今後、脱炭素化への取り組みが遅れている企業に対するエンゲージメントを強化する動きが広がる可能性もありそうだ。

2021/11/09 関西スーパーの臨時株主総会で改めて注目される総会検査役の役割

新聞等でも報じられているとおり、関西スーパーマーケット(以下、関西スーパー)を巡ってエイチ・ツー・オー リテイリング(以下、H2O)グループとオーケー(非上場)が争奪戦を繰り広げていたが、2021年10月29日に開催された関西スーパーの臨時株主総会で、同社とH2Oグループの経営統合が僅差で可決された。これにより、関西スーパーの争奪戦には幕が下りたように見えたが、同総会での議決権行使は実は「僅差で否決」であったのではないかとの疑義が生じていることが判明した。

11月8日にオーケーが公表した「関西スーパー様の臨時株主総会における議決権行使の集計に係る疑義の判明について」とのリリースによると、本件の経緯は以下のとおり。

関西スーパーがH2Oグループとの経営統合を諮った臨時株主総会では、オーケーが事前に総会検査役の選任を裁判所に申し立てていた。当該臨時株主総会前の議決権行使および関西スーパーが勧誘した委任状による議決権行使によっては結果が判断できないほどの僅差の状況の中、オーケーが選任を申し立てた総会検査役の立会いのもと開催された臨時株主総会では、議案に係る質疑応答が終了した後、午後1時40分頃から議場を閉鎖のうえ、マークシートによる投票が行われることとなった。マークシートには「賛成・反対・棄権のいずれにもご記入がない場合は、棄権として集計いたします。」と明記されており、臨時株主総会の議長も再三にわたり「マークのご記入のない投票用紙をご提出いただいた場合は、棄権としてお取り扱いいたします。」と注意を呼び掛けていた。午後1時55分頃、マークシートの回収が完了したため議長は議場閉鎖を解除するとともに、午後3時まで休憩に入ると宣言した。午後2時頃より、臨時株主総会の会場横の集計作業室では株式事務を取り扱う証券代行会社等の担当者によりマークシートの集計作業が行われ、午後2時50分頃()に集計作業が完了した。結果は、本経営統合に係る議案が僅差で「否決」となっており、その集計結果は総会検査役も午後2時57分頃に確認した。

総会検査役 : 公正中立の立場で株主総会の招集の手続および決議の方法を調査する役目を担う会社法上の機関。

 総会検査役は関西スーパーの指摘を受け、集計作業完了時を午後3時10分に修正した報告書を神戸地方裁判所に再提出している。

議場では午後3時頃に議長から「集計が間に合わないこと、非常に僅差であり慎重を期すため休憩時間を午後4時まで延長する」旨がアナウンスされた。そして午後4時10分頃に臨時株主総会が再開され、議長より、本経営統合に係る議案が僅差で「可決」されたものと報告があり、臨時株主総会は終了となった。

ここで、総会検査役も確認したはずの「僅差で否決」がなぜ「僅差で可決」に変更されたのかという疑問が当然生じる。実は、午後3時45分頃になり、議場に戻っていた総会検査役は関西スーパーの代理人弁護士から「棄権した株主の議決権を賛成として取り扱うこととした」との説明を受けていた。関西スーパーの代理人弁護士によると、「ある株主様が本来『賛成』する意図だったにもかかわらずマークシートを白紙で提出してしまった()ため、自身の議決権行使がどのように扱われるのか確認したい旨の申し出が午後3時30分頃にあったとの説明を受け」たことがその理由だという。しかし、マークシートには「賛成・反対・棄権のいずれにもご記入がない場合は、棄権として集計いたします。」と明記されており、臨時株主総会の議長も再三にわたり「マークのご記入のない投票用紙をご提出いただいた場合は、棄権としてお取り扱いいたします。」と注意を呼び掛けていた。白紙で提出されたマークシートのうち一部を「棄権」から「賛成」に集計し直したことにより投票結果が「僅差で否決」から「僅差で可決」に変わったことについては、議場にいる出席株主に対して一切説明されないまま、臨時株主総会は閉会となった。

 報道によると、当該株主は事前に行った賛成の意思表示を維持するためにはマークシートを「白紙で提出」(棄権)するのが適切と判断した模様。これは当該株主が株主総会の場における「棄権」の効果を誤解したものと言える。実際は、議決権の事前行使をしていても、株主総会の場における投票結果により上書きされる。

これに対してオーケーは2021年11月9日、次のように主張し、関西スーパーとH2Oグループのイズミヤおよび阪急オアシスとの間の各株式交換の差止めを求めて仮処分の申立てを神戸地方裁判所に行った(オーケーのリリースはこちら)。

① 上場企業における公正な株主総会の運営の在り方として、投票を締め切った後に特定の株主の投票内容のみを自社に有利に変更させること自体決してあってはならないこと
② 関西スーパー様による総会検査役に対する説明の真偽は確かめようがない上に、仮にその説明のとおりに、ある株主の方が本来は「賛成」する意図を有していたにもかかわらず本来の意図と異なる投票を行ったものだったとしても、投票を締め切った以上は、議長自身が議場で説明したとおり「棄権」として取り扱われるべきであること
③ 仮に何らかの理由により例外的に当該投票が無効であり「棄権」として扱うべきでないと考えたとしても、その議決権の行使については「賛成」として扱われるべきではなく、「無効(不行使)」として扱われるべきであること

オーケーの主張はもっともと言えるが、気になるのは、総会検査役がいながら何故このような総会運営になったのかという点だ。総会検査役が関西スーパーの代理人弁護士から白紙で提出されたマークシートのうち一部を「棄権」から「賛成」に集計し直す旨報告を受けた際に、仮に「それは公正ではない」と反論していれば、「僅差で否決」という結果になったのであろうか。実は、・・・

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2021/11/09 関西スーパーの臨時株主総会で改めて注目される総会検査役の役割(会員限定)

新聞等でも報じられているとおり、関西スーパーマーケット(以下、関西スーパー)を巡ってエイチ・ツー・オー リテイリング(以下、H2O)グループとオーケー(非上場)が争奪戦を繰り広げていたが、2021年10月29日に開催された関西スーパーの臨時株主総会で、同社とH2Oグループの経営統合が僅差で可決された。これにより、関西スーパーの争奪戦には幕が下りたように見えたが、同総会での議決権行使は実は「僅差で否決」であったのではないかとの疑義が生じていることが判明した。

11月8日にオーケーが公表した「関西スーパー様の臨時株主総会における議決権行使の集計に係る疑義の判明について」とのリリースによると、本件の経緯は以下のとおり。

関西スーパーがH2Oグループとの経営統合を諮った臨時株主総会では、オーケーが事前に総会検査役の選任を裁判所に申し立てていた。当該臨時株主総会前の議決権行使および関西スーパーが勧誘した委任状による議決権行使によっては結果が判断できないほどの僅差の状況の中、オーケーが選任を申し立てた総会検査役の立会いのもと開催された臨時株主総会では、議案に係る質疑応答が終了した後、午後1時40分頃から議場を閉鎖のうえ、マークシートによる投票が行われることとなった。マークシートには「賛成・反対・棄権のいずれにもご記入がない場合は、棄権として集計いたします。」と明記されており、臨時株主総会の議長も再三にわたり「マークのご記入のない投票用紙をご提出いただいた場合は、棄権としてお取り扱いいたします。」と注意を呼び掛けていた。午後1時55分頃、マークシートの回収が完了したため議長は議場閉鎖を解除するとともに、午後3時まで休憩に入ると宣言した。午後2時頃より、臨時株主総会の会場横の集計作業室では株式事務を取り扱う証券代行会社等の担当者によりマークシートの集計作業が行われ、午後2時50分頃()に集計作業が完了した。結果は、本経営統合に係る議案が僅差で「否決」となっており、その集計結果は総会検査役も午後2時57分頃に確認した。

総会検査役 : 公正中立の立場で株主総会の招集の手続および決議の方法を調査する役目を担う会社法上の機関。

 総会検査役は関西スーパーの指摘を受け、集計作業完了時を午後3時10分に修正した報告書を神戸地方裁判所に再提出している。

議場では午後3時頃に議長から「集計が間に合わないこと、非常に僅差であり慎重を期すため休憩時間を午後4時まで延長する」旨がアナウンスされた。そして午後4時10分頃に臨時株主総会が再開され、議長より、本経営統合に係る議案が僅差で「可決」されたものと報告があり、臨時株主総会は終了となった。

ここで、総会検査役も確認したはずの「僅差で否決」がなぜ「僅差で可決」に変更されたのかという疑問が当然生じる。実は、午後3時45分頃になり、議場に戻っていた総会検査役は関西スーパーの代理人弁護士から「棄権した株主の議決権を賛成として取り扱うこととした」との説明を受けていた。関西スーパーの代理人弁護士によると、「ある株主様が本来『賛成』する意図だったにもかかわらずマークシートを白紙で提出してしまった()ため、自身の議決権行使がどのように扱われるのか確認したい旨の申し出が午後3時30分頃にあったとの説明を受け」たことがその理由だという。しかし、マークシートには「賛成・反対・棄権のいずれにもご記入がない場合は、棄権として集計いたします。」と明記されており、臨時株主総会の議長も再三にわたり「マークのご記入のない投票用紙をご提出いただいた場合は、棄権としてお取り扱いいたします。」と注意を呼び掛けていた。白紙で提出されたマークシートのうち一部を「棄権」から「賛成」に集計し直したことにより投票結果が「僅差で否決」から「僅差で可決」に変わったことについては、議場にいる出席株主に対して一切説明されないまま、臨時株主総会は閉会となった。

 報道によると、当該株主は事前に行った賛成の意思表示を維持するためにはマークシートを「白紙で提出」(棄権)するのが適切と判断した模様。これは当該株主が株主総会の場における「棄権」の効果を誤解したものと言える。実際は、議決権の事前行使をしていても、株主総会の場における投票結果により上書きされる。

これに対してオーケーは2021年11月9日、次のように主張し、関西スーパーとH2Oグループのイズミヤおよび阪急オアシスとの間の各株式交換の差止めを求めて仮処分の申立てを神戸地方裁判所に行った(オーケーのリリースはこちら)。

① 上場企業における公正な株主総会の運営の在り方として、投票を締め切った後に特定の株主の投票内容のみを自社に有利に変更させること自体決してあってはならないこと
② 関西スーパー様による総会検査役に対する説明の真偽は確かめようがない上に、仮にその説明のとおりに、ある株主の方が本来は「賛成」する意図を有していたにもかかわらず本来の意図と異なる投票を行ったものだったとしても、投票を締め切った以上は、議長自身が議場で説明したとおり「棄権」として取り扱われるべきであること
③ 仮に何らかの理由により例外的に当該投票が無効であり「棄権」として扱うべきでないと考えたとしても、その議決権の行使については「賛成」として扱われるべきではなく、「無効(不行使)」として扱われるべきであること

オーケーの主張はもっともと言えるが、気になるのは、総会検査役がいながら何故このような総会運営になったのかという点だ。総会検査役が関西スーパーの代理人弁護士から白紙で提出されたマークシートのうち一部を「棄権」から「賛成」に集計し直す旨報告を受けた際に、仮に「それは公正ではない」と反論していれば、「僅差で否決」という結果になったのであろうか。実は、総会検査役にはそもそも不正を正す権限は与えられていない。総会検査役の職務は株主総会における決議方法等の事実を調査して記録することであり、総会の現場で、あるいは後日、当該事実について「正しい」「正しくない」といった法的判断を示すことはできない。結局のところ、総会検査役を選任したからといって、株主総会が必ず公正中立に行われるとは限らないということだ。

それでは総会検査役を選任することは意味がないのかというと、そうではない。まず、総会検査役が株主総会における決議方法等の事実を調査し記録することで、株主総会を開催する会社への牽制になる。また、今回のように少なくとも「事実はこうであった」ということが裁判所の選任した総会検査役により記録され、報告書としてまとめられるからこそ、総会決議の取り消し等のアクションに繋げることが可能となる。公正な株主総会の開催を期待する側からすれば心強い機関と言える。株式を保有する会社が開催する株主総会で揉め事が起こりそうな場合には、積極的に裁判所に総会検査役の選任を申し立てることが、投資価値を維持するために有効であることは間違いない。

一方、関西スーパーは本日(2021年11月9日)にリリースを公表し、下記の理由により「株主様が投票時に示された議決権行使の意思表示を正確に反映して集計を行ったものであり、この取扱いの適法性に何らの疑義もない」旨反論している。

本総会における集計の途上、ある株主様から、本総会受付に対し、自らの投票が事前に行った賛成の意思表示のとおり取り扱われているか確認してほしい旨のお申出がありました。
そこで、当社は、直ちに、総会検査役の同席を求めたうえで、当該株主様から事実確認を行いました。
その結果、以下の諸点が確認されました。
① この株主様は、投票用紙に記入を行わなかったものの、投票用紙の回収の際に、本議案全てについて事前に行った賛成の意思表示のとおり議決権行使をする意思である旨を回収担当者に対して述べていたこと
② この株主様が当日受付に提出した職務代行通知書に本議案に全て賛成の意思表示をする旨が記載されていたこと
③ この株主様が事前に提出していた委任状及び議決権行使書においても本議案について全て賛成の意思表示がなされていたこと

また関西スーパーは、総会検査役が報告書に集計作業の終了時刻を「午後2時50分頃」と記載しているが、これは誤りであり、実際には午後3時の段階では集計作業は完了していなかったとして、総会検査役に正確な事実を明確にするよう確認を求めたところ、総会検査役は集計作業完了時を午後3時10分に修正した報告書を神戸地方裁判所に再提出している。

オーケーと関西スーパーの主張は真っ向から対立しており、今後の裁判所の判断が注目される。