2021/10/18 (新用語・難解用語)マルス条項

かつて不祥事を起こした企業の(元)役員が過去の報酬を返上するというケースが見られたが、こうした報酬返還の仕組みを「制度化」したのがクローバック(条項)だ。役員報酬のうち、中長期で支払われる業績連動型報酬の割合を高めている日本企業では、経営陣が業績連動報酬を獲得するために過度にリスクをとったり、不正に走ったりすることがないよう、クローバック条項を導入するための定款変更議案を株主総会に諮ったり、役員報酬の決定方針の中にクローバック条項を盛り込んだりするところが増えて来た。また、機関投資家側でも、株主総会で「株主提案」としてクローバック条項の導入が提案された場合には当該議案に賛成する旨を議決権行使基準で明示するところも出て来ている(2020年11月16日のニュース「大和AMが議決権行使基準改定 エンゲージメントによって賛否逆転も」参照)。

こうした中、最近クローバック条項とともに目にする機会が増えたのが「マルス条項」だ。マルス条項とは、主に中長期インセンティブを「支給前」に減額、あるいは消滅させる取り決めのこと。一見するとクローバック条項(例えば業績に連動し支給された報酬を、業績結果の修正に伴い強制的に返還させる取り決め)と似ているが、クローバック条項が「既に支給済の報酬」を返還させる仕組みであるのに対し、マルス条項は「最終的な支給が留保されている(=まだ支給されていない)報酬」を対象としている。このため、マルス条項には、対象とする報酬の減額・消滅が容易であるという特長がある。マルス条項は基本的に「最終的な支給が留保されている報酬」を対象にしているということで、支給するまでに時間的余裕がある中長期インセンティブに適用されるのが通常である。

一方、クローバック条項が対象とする報酬は既に本人に費消されていることなどにより返還の実現が困難な場合がある。さらに、クローバック条項を発動した場合、支払った報酬に対して課された税金の問題・・・

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2021/10/18 (新用語・難解用語)マルス条項(会員限定)

かつて不祥事を起こした企業の(元)役員が過去の報酬を返上するというケースが見られたが、こうした報酬返還の仕組みを「制度化」したのがクローバック(条項)だ。役員報酬のうち、中長期で支払われる業績連動型報酬の割合を高めている日本企業では、経営陣が業績連動報酬を獲得するために過度にリスクをとったり、不正に走ったりすることがないよう、クローバック条項を導入するための定款変更議案を株主総会に諮ったり、役員報酬の決定方針の中にクローバック条項を盛り込んだりするところが増えて来た。また、機関投資家側でも、株主総会で「株主提案」としてクローバック条項の導入が提案された場合には当該議案に賛成する旨を議決権行使基準で明示するところも出て来ている(2020年11月16日のニュース「大和AMが議決権行使基準改定 エンゲージメントによって賛否逆転も」参照)。

こうした中、最近クローバック条項とともに目にする機会が増えたのが「マルス条項」だ。マルス条項とは、主に中長期インセンティブを「支給前」に減額、あるいは消滅させる取り決めのこと。一見するとクローバック条項(例えば業績に連動し支給された報酬を、業績結果の修正に伴い強制的に返還させる取り決め)と似ているが、クローバック条項が「既に支給済の報酬」を返還させる仕組みであるのに対し、マルス条項は「最終的な支給が留保されている(=まだ支給されていない)報酬」を対象としている。このため、マルス条項には、対象とする報酬の減額・消滅が容易であるという特長がある。マルス条項は基本的に「最終的な支給が留保されている報酬」を対象にしているということで、支給するまでに時間的余裕がある中長期インセンティブに適用されるのが通常である。

一方、クローバック条項が対象とする報酬は既に本人に費消されていることなどにより返還の実現が困難な場合がある。さらに、クローバック条項を発動した場合、支払った報酬に対して課された税金の問題(所得税など国税の減額(更正)の請求ができる期間は、原則として法定申告期限から5年以内とされている)や、そもそも支給済みの報酬を強制的に返還させるということについて法的な問題が生じる恐れもある。

2021年3月1日に施行された改正会社法を受け、上場会社各社は事業報告における役員報酬開示の強化を図っているが、その一環で、役位報酬の決定方針にマルス条項を盛り込む企業も出て来ている。

〇双日株式会社 役員報酬ポリシー(2021年定時株主総会招集通知 「第5号議案 取締役等に対する業績連動型株式報酬制度の継続及び一部改定の件」より抜粋)

報酬の没収等
(クローバック、マルス条項)
重大な会計の誤り、不正による決算の事後修正が取締役会で決議された場合、また、取締役及び執行役員による非違行為等が取締役会で確認された場合、業績連動報酬の支給制限、又は受け取った報酬の返還を求めることができる。

双日の事例のように、実務上は「マルス・クローバック条項」などとして、両者が一まとめに表記されることも多いが、上述のとおり、マルス条項とクローバック条項では報酬の減額・返還(消滅)の難易度という点で大きな違いがある。一度支払ってしまった報酬はクローバック条項で取り戻すしかないが、その前段階ではマルス条項の方が使い勝手が良いと言えそうだ。

2021/10/15 雇用保険マルチジョブホルダー制度への対応と今後の動向

近年、政府や企業が従業員の副業・兼業を後押しする流れが加速しているが、こうした中、来年(2022年)1月1日から「雇用保険マルチジョブホルダー制度」がスタートする。

現行の雇用保険制度では、労働者は「所定労働時間が週20時間以上」の事業所“1か所”のみで被保険者となる。これに対し雇用保険マルチジョブホルダー制度では、雇用される2つの事業所(所定労働時間が週5時間以上のものに限る。なお、3つ以上の事業所で勤務している場合は労働者が2つの事業所を選択)の所定労働時間が合計して週20時間以上となる場合、当該労働者は雇用保険の被保険者となることができる。当面は65歳以上の労働者に限って“試行的に”実施される。

雇用保険制度 : 労働者が失業した場合や雇用の継続が困難となる事由が生じた場合に必要な給付などを行う制度。

具体例を挙げると、A社で週15時間、B社で週8時間就労する65歳未満の者は、A社・B社いずれの雇用保険の被保険者にもならないが、65歳以上であれば、雇用保険マルチジョブホルダー制度を利用して被保険者(複数社の雇用保険に加入しているという意味で「マルチ高年齢被保険者」と呼ばれる)になることができる。この場合、A社およびB社は・・・

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2021/10/15 雇用保険マルチジョブホルダー制度への対応と今後の動向(会員限定)

近年、政府や企業が従業員の副業・兼業を後押しする流れが加速しているが、こうした中、来年(2022年)1月1日から「雇用保険マルチジョブホルダー制度」がスタートする。

現行の雇用保険制度では、労働者は「所定労働時間が週20時間以上」の事業所“1か所”のみで被保険者となる。これに対し雇用保険マルチジョブホルダー制度では、雇用される2つの事業所(所定労働時間が週5時間以上のものに限る。なお、3つ以上の事業所で勤務している場合は労働者が2つの事業所を選択)の所定労働時間が合計して週20時間以上となる場合、当該労働者は雇用保険の被保険者となることができる。当面は65歳以上の労働者に限って“試行的に”実施される。

雇用保険制度 : 労働者が失業した場合や雇用の継続が困難となる事由が生じた場合に必要な給付などを行う制度。

具体例を挙げると、A社で週15時間、B社で週8時間就労する65歳未満の者は、A社・B社いずれの雇用保険の被保険者にもならないが、65歳以上であれば、雇用保険マルチジョブホルダー制度を利用して被保険者(複数社の雇用保険に加入しているという意味で「マルチ高年齢被保険者」と呼ばれる)になることができる。この場合、A社およびB社はそれぞれが労働者に支払う賃金に保険料率を乗じて計算した雇用保険料を負担することになる。

そして、労働者がB社を離職した場合には、B社で支払われていた賃金額に応じた失業給付(高年齢求職者給付金)を受けることができる。ただし、さらに別の就労先(例えば所定労働時間が週6時間のC社)があり、離職していないA社との所定労働時間数の合計が週20時間以上となっていれば、引き続きマルチ高年齢被保険者として取り扱われ、失業給付は受けられない。

高年齢求職者給付金 : 65歳上の高齢者の被保険者が離職し、失業状態となった場合にもらえる給付金。被保険者期間に応じて基本手当日額の30日分または50日分が給付される。

所定労働時間が週5時間以上の者を雇用している会社(上の例で言えばA社、B社、C社すべて)は、該当者(当面は65歳以上の者に限る)が突然「雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得届」への記載と確認資料(賃金台帳・出勤簿・労働者名簿・雇用契約書等 ※いずれもコピーで可)の交付を求めてくる可能性がある。会社には、当該労働者の雇用保険料と雇用保険に関する事務負担が発生することになるが、これを拒んではならず、また、その請求をした労働者に対し、解雇や雇い止めその他不利益な取り扱いをしてはならない。ちなみに、雇用保険マルチジョブホルダー制度では、雇用保険の資格取得手続は、通常の雇用保険とは異なり、事業主ではなくマルチ高年齢被保険者として雇用保険の適用を希望する本人がその住所地を管轄するハローワークで行うことになるため、会社は手続きを行う義務を負わない(会社が手続きを代行する場合は本人からの委任状が必要になる)。

雇い止め : 有期雇用契約を更新しないこと

そもそもこの雇用保険マルチジョブホルダー制度は、厚生労働省の労働政策審議会職業安定分科会(雇用保険部会)で検討されてきたテーマであり、議論の中で労働者側は「すべてのマルチジョブホルダーを対象に実施することが望ましい」と主張していた。これに対し産業界は、企業に過重な事務負担等を強いることがないよう配慮を求めたため、まずは65歳以上に限定して実施することとされたという経緯がある。この経緯を踏まえれば、そう遠くない将来、65歳未満の者にも同制度が適用される可能性は十分にある。そうなれば、特にパートタイマーを多用している会社にとってはコスト増に直結することになる。

同制度の効果等は「施行後5年以内」に検証されることとなっている。従業員の副業・兼業が広がりつつある現状を踏まえると、この検証を受け適用対象範囲が拡大されることも想定しておくべきだろう。

2021/10/14 WEB開示の特例、事実上の恒久化へ ただし“空白期間”が発生

法務省は(2021年)10月12日、来年(2022年)の定時株主総会に向け、「WEB開示」の範囲を特例として拡大する法務省令(以下、WEB開示の特例)についてパブリックコメントを開始したが、・・・

WEB開示 : 株主総会参考書類、事業報告、計算書類関係書類の一部を、WEBで一定期間(株主総会招集通知を発出時から、株主総会の日から3か月が経過する日までの間)開示することで、書面・電磁的方法による株主への提供を不要とする制度。

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2021/10/14 WEB開示の特例、事実上の恒久化へ ただし“空白期間”が発生(会員限定)

法務省は(2021年)10月12日、来年(2022年)の定時株主総会に向け、「WEB開示」の範囲を特例として拡大する法務省令(以下、WEB開示の特例)についてパブリックコメントを開始したが、このパブリックコメントを見て“既視感”を覚えた向きも多いことだろう(WEB開示の特例の詳細は2021年2月3日のニュース『「WEB開示制度」と改正会社法上の「株主総会資料の電子提供制度」の関係』および同ニュースで引用されているニュース参照)。なぜなら、WEB開示の特例はコロナ禍を受け昨年(2020年)5月に導入されており、今回パブリックコメントに付された法務省令の内容も昨年5月に導入されたものと変わらないからだ。

WEB開示 : 株主総会参考書類、事業報告、計算書類関係書類の一部を、WEBで一定期間(株主総会招集通知を発出時から、株主総会の日から3か月が経過する日までの間)開示することで、書面・電磁的方法による株主への提供を不要とする制度。

実はこのWEB開示の特例は導入以来、継続的に存在していたわけではない。2020年5月15日から「半年間」限定の時限措置として施行された後、同年11月15日をもって失効し、その後、2021年1月29日から改めて「2021年9月30日まで」の時限措置として再導入されたが、予定通り先月9月30日をもって失効している。

そこで冒頭で述べたとおり、今回再び法務省令がパブリックコメントに付されることとなったわけだが、パブリックコメントの受付締切日は「2021年11月13日」とされており、施行はそれよりも先となる。すなわち、「2021年10月1日〜施行日まで」の間はWEB開示の特例が存在しない“空白期間”が生じる。少なくとも2021年7月決算会社の10月総会、同8月決算会社の11月総会などはWEB開示の特例の適用対象外となってしまう。7月決算の東証一部上場会社は内田洋行、日本駐車場開発、鳥貴族ホールディングス、稲葉製作所、ラクスルなど17社あり、8月決算の東証一部上場会社はファーストリテイリング、良品計画、ビックカメラ、コジマ、サイゼリア、カーブスホールディングス、SHIFT、ヒト・コミュニケーションズ・ホールディングス、ジンズホールディングス、セラクなど35社あった。

このように“空白期間”ができてしまった背景には、法務省としては「12月決算、3月決算というボリュームゾーンに対応できていれば問題ない」という考え方を持っていたということがある。

しかし、今回パブリックコメントに付された法務省令の適用期間は「公布の日から2023年(令和5年)2月28日まで」とされている(法務省令に関する概要説明の「第3 その他」の「2 失効」参照)。2023年からは、改正会社法に基づく株主総会資料の電子提供制度が施行されるが(WEB開示の特例と株主総会資料の電子提供制度の関係は2021年2月3日のニュース『「WEB開示制度」と改正会社法上の「株主総会資料の電子提供制度」の関係』参照)、今回法務省令の失効日を「2023年(令和5年)2月28日」に設定したのは、改正会社法に基づく株主総会資料の電子提供制度が開始されるまでは、“空白期間”が生じないようにする趣旨であることが当フォーラムの取材により判明している。

今回の法務省令が施行されるまでの数か月の間に定時株主総会を開催する上場会社の中にはWEB開示ができないところが出てくるものの、施行後は、株主総会資料の電子提供制度が実施されたのと近い状態になる。来年の定時株主総会は「WEB開示の特例」が存在することを前提に準備を進めてよい。

2021/10/13 内部統制が不十分な企業にペナルティも 有報への監査役報告導入案も浮上

会計監査の信頼性確保に向けた議論を行うため、金融庁の「会計監査の在り方に関する懇談会」が設置されたのは今から6年前の2015年10月だが、同懇談会が残した功績は大きい。同懇談会は2016年3月に「KAMの導入」「有価証券報告書等における、会計監査に関する開示内容の充実」「各企業における監査人の選定・評価のための基準の策定」「監査法人のガバナンス・コードの策定」などを提言(提言の内容はこちらを参照。また、監査法人のガバナンス・コードについては、2017年4月10日のニュース「監査法人のガバナンス・コード導入が企業に与える影響」を参照)。その後、開示府令が改正され有価証券報告書における会計監査に関する開示内容の拡充が図られるとともに、2021年3月期よりKAMが導入されるなど、同懇談会の提言は上場会社の開示や監査の実務に影響を与えた(KAMについては2021年9月14日のニュース「KAMが一つもないと判断された理由」を参照)。

その「会計監査の在り方に関する懇談会」が、座長を脇田 良一名古屋経済大学大学院教授から八田 進二青山学院大学名誉教授に交代したうえで、メンバーも入れ替え、新たに「会計監査の在り方に関する懇談会(令和3事務年度)」(以下、令和3年度懇談会)として活動を再開している。2021年9月15日に開催された令和3年度懇談会の第1回の会合では、「内部統制報告制度が形骸化している懸念がある」「有価証券報告書の財務諸表に(ついての)監査役等による報告書を求めるべき」といった意見が出された。八田座長はもともと内部統制報告制度(J-SOX)が導入された際の旗振り役であり、同制度の“伝道者”として象徴的な存在であった。・・・

内部統制報告制度 : 上場会社におけるディスクロージャーの信頼性確保を目的として、財務報告に係る内部統制が有効に機能していることを経営者が自ら評価した結果を「内部統制報告書」として公表する制度。J-SOXとも称される。
監査役等 : 監査役会設置会社における監査役、監査等委員会設置会社における監査等委員、指名委員会等設置会社における監査委員を指す。

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2021/10/13 内部統制が不十分な企業にペナルティも 有報への監査役報告導入案も浮上(会員限定)

会計監査の信頼性確保に向けた議論を行うため、金融庁の「会計監査の在り方に関する懇談会」が設置されたのは今から6年前の2015年10月だが、同懇談会が残した功績は大きい。同懇談会は2016年3月に「KAMの導入」「有価証券報告書等における、会計監査に関する開示内容の充実」「各企業における監査人の選定・評価のための基準の策定」「監査法人のガバナンス・コードの策定」などを提言(提言の内容はこちらを参照。また、監査法人のガバナンス・コードについては、2017年4月10日のニュース「監査法人のガバナンス・コード導入が企業に与える影響」を参照)。その後、開示府令が改正され有価証券報告書における会計監査に関する開示内容の拡充が図られるとともに、2021年3月期よりKAMが導入されるなど、同懇談会の提言は上場会社の開示や監査の実務に影響を与えた(KAMについては2021年9月14日のニュース「KAMが一つもないと判断された理由」を参照)。

その「会計監査の在り方に関する懇談会」が、座長を脇田 良一名古屋経済大学大学院教授から八田 進二青山学院大学名誉教授に交代したうえで、メンバーも入れ替え、新たに「会計監査の在り方に関する懇談会(令和3事務年度)」(以下、令和3年度懇談会)として活動を再開している。2021年9月15日に開催された令和3年度懇談会の第1回の会合では、「内部統制報告制度が形骸化している懸念がある」「有価証券報告書の財務諸表に(ついての)監査役等による報告書を求めるべき」といった意見が出された。八田座長はもともと内部統制報告制度(J-SOX)が導入された際の旗振り役であり、同制度の“伝道者”として象徴的な存在であった。J-SOX導入時は「無駄なチェックリストが増えただけ」といった批判も強かっただけに、上場会社の間では早くも「今後J-SOXに関し何らかの負担が追加されるのではないか」と警戒する声が上がっている。

内部統制報告制度 : 上場会社におけるディスクロージャーの信頼性確保を目的として、財務報告に係る内部統制が有効に機能していることを経営者が自ら評価した結果を「内部統制報告書」として公表する制度。J-SOXとも称される。
監査役等 : 監査役会設置会社における監査役、監査等委員会設置会社における監査等委員、指名委員会等設置会社における監査委員を指す。

令和3年度懇談会の第1回の会合で、高品質な会計監査を実施するための環境整備として出された意見は以下のとおり(「会計監査の在り方に関する懇談会(令和3事務年度)」(第2回)の事務局資料の6ページより引用)。

(1)内部統制監査が導入されて以降、企業の経営管理・ガバナンスの向上に一定の効果はあったが、近年は毎年同じような監査手続を行うだけで、内部統制報告制度が形骸化している懸念があるのではないか。
(2)企業が内部統制の整備を怠った場合に相応のペナルティを課すことを考えるべきではないか。
(3)企業の財務報告に係るガバナンスが強化されるべき。有価証券報告書の記載内容の適正性に係る記述の充実を図るべき。また、監査役等も監査に係るガバナンスに責任・権限を持ち、それを示していくべき。この観点では、有価証券報告書の財務諸表に監査役等による報告書を求めるべきではないか。

上場会社にJ-SOXが導入されたのは2008年であり、以来、はや13年が経過した。J-SOXの導入当時、上場会社の現場には“やらされ感”がありつつも、いわゆる3点セット(業務記述書、フローチャート、RCM)によりシステマティックな内部統制が可能になったとのプラスの評価も受けていた。しかし、導入から10年以上の時を経て、最近では“やらされ感”のみが残っているのが実態であり、(1)の指摘のとおり形骸化が進んできたことは否めない(J-SOXの形骸化については【役員会 Good&Bad発言集】J-SOX対応の現況を参照)。上場会社各社のJ-SOX担当部門では、導入当時に中心となって対応にあたったメンバーが人事ローテーションで異動し、新たなメンバーとの入れ替えが進んでおり、最近では「監査法人が要求するからやっているだけ」といった気風が蔓延している。もっとも、コロナ禍で書類の電子化、押印手続きの廃止、電子承認の導入が進み、3点セットのメンテナンスを実施した上場会社は多いはずであり、「毎年同じような監査手続を行っているわけではない」との反論の余地もある。

RCM : Risk Control Matrixの略。財務報告に誤りや不正が生じるリスクとそれに対する統制(コントロール)を対応させた表のこと。

(2)のペナルティは、(1)で指摘したとおり形骸化したJ-SOXの現場にいわばカンフル剤を投与するものと言えるが、上場会社からはJ-SOX対応へのプレッシャー増加を懸念する声が上がっている。上場会社は現在でも粉飾が発覚、あるいは有価証券報告書や四半期報告書などに誤りがあった場合には課徴金を課せられており、それとは別のペナルティを追加で課す制度を導入するのは過重な規制ではないかとの批判も聞かれる。「内部統制の整備を怠った場合」が何を指すのか明らかではないが、仮に有価証券報告書や四半期報告書に誤りがあった場合に限らないのであれば、そこまで行政が介入することに対して上場会社が反発するのは必至であろう。

(3)の「有価証券報告書の財務諸表についての監査役等による報告書」は、会社法上の事業報告等については実現している「監査役等の監査報告書」と「会計監査人の監査報告書」の“2段仕立て”を、有価証券報告書についても実施しようという意図と思われる。会社法上、もともと監査役等には財務報告プロセスを監視する責任があることから、有価証券報告書の財務諸表を監査役監査の対象にしたとしても、それにより監査役等の責任が新たに加重されることにはならないが、監査報告書作成のために監査役が踏むべき手順が増えることは間違いない。ただ、会社法では監査役等の監査報告書は事業報告およびその附属明細書を監査対象としているが、有価証券報告書は事業報告以上にボリュームがあるためか、上記意見では「財務諸表」という限定がついている点、監査役等にとっては救いと言える。

また、監査役等が「有価証券報告書の財務諸表についての監査役等による報告書」を提出するスケジュールも問題となる。会社法上、監査役等は会計監査人(監査法人)から監査報告書を受け取った後、会計監査人の会計監査報告の相当性を判断したうえで、監査役等自身の監査報告書(会計監査人の監査の方法および結果は相当であると認める旨の意見などが記載される)を作成するという段取りになるが、金融商品取引法に基づく会計監査の実務上、監査法人の監査報告書は有価証券報告書提出日またはその前日の日付で提出されるのが通常であるため、監査役等が「有価証券報告書の財務諸表についての監査役等による報告書」を提出するにあたり、監査法人の会計監査報告の相当性を判断するための手続きをいつ実施するのかが実務上は問題となる。

令和3年度懇談会は、正式名称に「令和3年度」と年度が明示されている以上、2022年3月までに何らかの提案をまとめて公表することが見込まれる。上場会社の負担がどこまで重くなるのか、議論の行方が注目される。

2021/10/12 ISS、「取締役会の説明責任」など企業の気候変動対応に関する投資家等への調査結果を公表

昨日のニュース「ISSがポリシー改定に向けたアンケート結果を公表、バーチャルオンリー総会に批判集まる」では、議決権行使助言会社最大手のISSが10月1日に公表した「Annual Benchmark Global Policy Survey」の結果についてお伝えしたが、本稿では今年から実施された「New Climate Survey」の調査結果について解説する。

2021年8月16日のニュース「ISS、気候変動に関する“ガバナンスの重大な失敗”を判断する指針を検討」でお伝えしたとおり、本調査はISSが気候変動に関する「ガバナンスの重大な失敗」に該当するかどうかを適切に判断するための指針を検討するため、5つの質問に対する見解を求めるもの。本調査に対しては、164の機関投資家のほか、152の企業および13の非営利団体等による合計329の回答があった。調査結果の内容は以下のとおりとなった。・・・

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2021/10/12 ISS、「取締役会の説明責任」など企業の気候変動対応に関する投資家等への調査結果を公表 (会員限定)

昨日のニュース「ISSがポリシー改定に向けたアンケート結果を公表、バーチャルオンリー総会に批判集まる」では、議決権行使助言会社最大手のISSが10月1日に公表した「Annual Benchmark Global Policy Survey」の結果についてお伝えしたが、本稿では今年から実施された「New Climate Survey」の調査結果について解説する。

2021年8月16日のニュース「ISS、気候変動に関する“ガバナンスの重大な失敗”を判断する指針を検討」でお伝えしたとおり、本調査はISSが気候変動に関する「ガバナンスの重大な失敗」に該当するかどうかを適切に判断するための指針を検討するため、5つの質問に対する見解を求めるもの。本調査に対しては、164の機関投資家のほか、152の企業および13の非営利団体等による合計329の回答があった。調査結果の内容は以下のとおりとなった。

(1)気候変動に関する取締役会の説明責任
ISSが気候変動に関して企業(取締役会)が果たすべき最低限の説明責任とは何かを問うために設定した選択肢を、投資家の賛同成率が高い順に並べたのが下表だ。TCFDに沿った開示が強く求められている一方、シナリオ分析(2℃以下シナリオを含む様々な気候関連シナリオに基づく検討を踏まえて、組織の戦略のレジリエンスについて説明すること)に基づく定量的な排出削減目標や設備投資計画など詳細な情報については、必ずしも全ての投資家が求めているわけではない。まずは削減に向けて長期的に取り組む意思、そして現状の取り組み状況について、可能な範囲での説明が期待されている。

TCFD : 気温の上昇を「2℃以内」にとどめることを目標とするパリ協定で合意された脱炭素社会を目指すシナリオ

選択肢 投資家 非投資家 非営利団体/学者
TCFDフレームワーク(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)による開示( 88% 75% 85%
2℃シナリオを大きく下回る排出削減を達成する長期的な意欲の宣言(スコープ1・2・3に対応) 72% 44% 100%
開示や実績の改善の説明(同業他社やパリ協定の水準に未達でも構わない) 66% 63% 23%
自社・業界によるロビー活動がパリ協定に合致している(矛盾しない)こと 64% 15% 100%
2℃シナリオを大きく下回る排出削減を達成する目標と戦略・設備投資計画の開示 63% 22% 100%
排出削減を達成するための目標および実績が同業他社と同水準にあること 55% 49% 23%
2℃シナリオを大きく下回る排出削減を達成する中期的な目標の開示(スコープ1・2・3に対応) 54% 22% 100%
2℃シナリオを大きく下回る排出削減を達成する目標の開示(スコープ1・2に対応) 48% 35% 15%
事業活動およびサプライチェーンにおける絶対的な排出量が減少トレンドにあること 41% 27% 69%

スコープ : 事業者自らの排出だけでなく、事業活動に関係するあらゆる排出を合計した排出量(原材料調達・製造・物流・販売・廃棄など、一連の流れ全体から発生する温室効果ガス排出量)を「サプライチェーン排出量」というが、このサプライチェーン排出量はスコープ1〜3の3つに分かれている。スコープ1は「事業者自らによる温室効果ガスの直接排出」、スコープ2は「他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出」、スコープ3はスコープ1、2以外の排出で、例えば製品の使用、廃棄などに伴う排出が該当する。
パリ協定 : 2015年末にパリで開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で採択された2020年以降の温暖化対策の国際的枠組み。パリ協定では、18世紀後半に起きた産業革命前と比較し、気温の上昇を「2℃以内」にとどめることを目標としており、各国に対し、温室効果ガスの排出削減目標を設定のうえ、5年ごとに進捗報告およびより厳しい目標への更新を行うことを義務付けている。

 TCFD開示の4要素については2021年7月7日のニュース「TCFD開示の4要素のうち有報での開示が必須となりそうな2要素とは?」参照

(2)高度な説明責任を果たすべき企業の範囲
下表は、企業が気候変動に与える影響度に応じて上記(1)で期待される説明責任の水準を問う質問に対する回答状況である。投資家の過半数は「気候変動に対する影響度に応じて説明責任の水準は異なってもよい」としており、この点については企業の目線と大きく乖離していない。ただし、非営利団体の大多数が全ての企業に高い水準の説明責任を要求している点には注意が必要だろう。

選択肢 投資家 非投資家 非営利団体/学者
高い期待水準は気候変動に大きな影響を及ぼす企業のみに適用すればよい 6% 19% 0%
気候変動への影響度が大きくない企業に対しては期待水準を低くするべき 53% 44% 15%
気候変動への影響度にかかわらず、全ての企業に同じ期待水準を適用すべき 33% 28% 62%
状況による 9% 8% 23%

(3)「Say-on-Climate」議案(会社提案)に反対する要因
下表は、企業側が自社の気候変動対策について株主の評価を求める「Say-on-Climate」議案(会社提案)を提出した場合に反対行使するのはどのような場合かを、上記(1)の質問事項に沿って問うた結果を、投資家の賛成率が高い順に並べたものである。やはりここでも、TCFDに沿った情報開示および排出削減に向けて長期的に取り組む意思が重視されている。逆に言うと、少なくとも投資家は、詳細なシナリオ分析を伴ったSay-on-Climateを拙速に求めてはいない。

選択肢 投資家 非投資家 非営利団体/学者
TCFDフレームワークに沿っていないなど、気候変動に関連した情報開示がない 81% 62% 69%
パリ協定が定める目標達成に向けた長期的かつ野心的な取り組みが見られない 76% 37% 92%
2℃シナリオを大きく下回る排出削減の目標と戦略・設備投資計画の開示がない 63% 19% 77%
自社・業界のロビー活動がパリ協定に合致している(矛盾しない)との報告がない 60% 16% 77%
開示や実績の改善が説明されない(同業他社やパリ協定の水準に未達でも構わない) 58% 52% 23%
排出削減を達成するための目標および実績が同業他社の最低水準に達していない 52% 37% 31%
2℃シナリオを大きく下回る排出削減の目標の開示がない(スコープ1・2・3) 50% 16% 85%
2℃シナリオを大きく下回る排出削減の目標の開示がない(スコープ1・2) 48% 26% 23%
事業活動およびサプライチェーンにおける絶対的な排出量が減少トレンドにない 33% 20% 69%

(4)「Say-on-Climate」議案(株主提案)への対応
企業に対してより高水準な気候変動対策を求める「Say-on-Climate」議案(株主提案)が提出された際、取締役選任議案にも影響するかを問うた結果が下表である。投資家は、単年度の株主提案ならば取締役選任議案とは切り離して考えるが、同様の状況が複数年続くようであれば反対行使につながりかねないとしている。一たびSay-on-Climateが提起された場合には、その内容について真摯検討する必要があろう。

選択肢 投資家 非投資家 非営利団体/学者
投資家は、株主提案に対する議決権行使のみにより賛否の意思表示を行うべき 6% 40% 0%
複数年にわたって同様の株主提案が続く場合、取締役の不信任につながり得る 62% 46% 31%
企業の気候変動対応に不満がある場合、株主提案に加えて取締役選任議案への反対行使も有用 28% 4% 62%
その他 4% 10% 8%

(5)「Say-on-Climate」議案(株主提案)の提起の是非とタイミング
株主による「Say-on-Climate」議案の提案がどのようなタイミングでなされるべきかについて、そもそも株主提案はすべきでない(Never)かどうかも含めて問うた結果が下表である。「Never」を意味する「経営陣が決定すればよい」「取締役に反対すればよい」を支持した投資家は少数にとどまり、「問題がある場合(Case-specific)」あるいは「常に(Always)」のいずれかの支持派にほぼ二分された格好となった。いずれにせよ、株主の権利としてSay-on-Climateの株主提案を重視するスタンスが見てとれよう。

選択肢 投資家 非投資家 非営利団体/学者
気候変動対応は経営陣が決定すればよい問題であり、上程されるべきではない 1% 31% 0%
企業の気候変動対応に不満がある場合、投資家は取締役選任議案に反対するべき 14% 13% 38%
気候変動対応の目標や実績開示の欠如など、問題がある場合にのみ上程されるべき 36% 38% 8%
取締役会が適切に対応していても、常に上程することで対話が促進されるとよい 42% 10% 31%
その他 6% 7% 23%