2020/03/13 読み応えのあるMD&A開示を実現するための3つの注意点

当フォーラムでも既報のとおり、2018年3月期の有価証券報告書(以下、有報)から、従来の【業績等の概要】【生産、受注及び販売の状況】【財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】が【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】(以下、 MD&A)に統合されるとともに、「経営者の視点」での記載が求められている。

MD&A : 「Management’s Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operations」の略で、「経営陣による財政状態および経営成績の検討と分析」と訳される。有価証券報告書では【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】欄に記載する。

3月期決算の上場企業では、既に2018年3月期と2019年3月期の2期分、統合後のMD&A開示が行われているが、いまだに「期待通りのMD&Aになっているのか自信がない」といった声も聞こえてくる。そのような企業では、次の点に注意してMD&Aをまとめれば、投資家にとって読みやすく、かつ、読みごたえのあるMD&Aになるはずだ。・・・

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2020/03/13 読み応えのあるMD&A開示を実現するための3つの注意点(会員限定)

当フォーラムでも既報のとおり、2018年3月期の有価証券報告書(以下、有報)から、従来の【業績等の概要】【生産、受注及び販売の状況】【財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】が【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】(以下、 MD&A)に統合されるとともに、「経営者の視点」での記載が求められている。

MD&A : 「Management’s Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operations」の略で、「経営陣による財政状態および経営成績の検討と分析」と訳される。有価証券報告書では【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】欄に記載する。

3月期決算の上場企業では、既に2018年3月期と2019年3月期の2期分、統合後のMD&A開示が行われているが、いまだに「期待通りのMD&Aになっているのか自信がない」といった声も聞こえてくる。そのような企業では、次の点に注意してMD&Aをまとめれば、投資家にとって読みやすく、かつ、読みごたえのあるMD&Aになるはずだ。

注意点1  KPI(資本コストに関するものを含む)の「設定理由」「目標値」「実績」の3つを記載する

KPI : 定量的に示される重要業績評価指標(Key Performance Indicators=KPI)

経営成績等の増減要因等を振り返るにあたっては、経営者が用いているKPIを用いる。その際、当該KPIの「設定理由」「目標値」「実績」を記載する。投資家のニーズに応えるためには、各社が事業展開にあたって重視しているKPIに加えて、資本コストに関するKPIも記載すべき。

金融庁が2020年3月6日に公表した『「記述情報の開示の充実に向けた研修会」における説明資料』(以下、「研修会説明資料」)24ページには、「経営者の視点による認識及び分析・検討内容とは、どういった分析内容を想定しているか。」という質問に対して、次のような解説が記載されている。

単に財務情報の数値の増減を説明するにとどまらず、事業全体とセグメント情報のそれぞれについて、
・ 当期における主な取組み
・ 当期の実績
・ 増減の背景や原因についての深度ある分析
・ その他、当期の業績に特に影響を与えた事象
について、認識している足許の傾向も含めて、経営者の評価を提供することが期待されます。
⇒主な取組みやそれを踏まえた実績の評価を記載するに当たっては、企業が設定したKPIと当該KPIを設定した理由を経営者の視点から記載するほか、KPIに関連して目標数値が設定されている場合には、その達成状況を記載することが考えられます。特に 資本コストに関する分析について記載されることが望まれます。

資本コスト : 株主など資本提供者の期待利回りのこと。資本コストが小さい=投資家にとってのリスクが小さいということになる。ここで「株主など」としたのは、負債にも資本コストはあるためである。株主資本により資金調達を行った場合のコストが「株主資本コスト」であり、株主資本の提供者である株主が期待する収益率のことを指す。一方、他人資本コストとは要するに借入金の金利を指す。この株主資本と他人資本を合わせた「総資本」のコストが「総資本コスト」である。総資本コストは、株主資本コストと他人資本コストを、株主資本(株式の時価総額)と他人資本(負債総額)の合計額に占めるそれぞれ額で按分(加重平均)した上で合計するため「加重平均資本コスト」、英語では「Weighted Average Cost of Capita=WACC(ワック)」と呼ばれる。

注意点2 報告セグメントより事業セグメント

報告セグメントでの分析結果が投資家に伝わりにくいのであれば、事業セグメントまで分解して、分析してみる。

報告セグメントには、いくつかの事業セグメントが集約されていることが少なくない(事業セグメントと報告セグメントの違いについては、【役員会 Good&Bad発言集】セグメント情報の「その他」を参照)。その結果、一見すると、ある報告セグメントの経営成績が前連結会計年度と比べて大きな変動はないように見えても、その内訳である事業セグメント単位で見ると、投資家が知っておくべき劇的な変化が生じている可能性がある。このような場合、事業セグメントの単位での分析結果を示すことが、当該企業グループの適切な株価形成に資するとともに、経営者による評価を示す資料を提供することにつながる(報告セグメントの開示の問題については2020年3月12日のニュース「投資家が事業セグメントの括り方を問題視、企業は再考迫られる可能性も」を参照)。記述情報の開示の好事例集には、財務情報におけるセグメント単位に加え、経営方針・経営戦略等の説明に適した単位(「メンズ」、「ウィメンズ」等、より詳細な単位)で記載しているファーストリテイリングの事例が紹介されているので、一読しておきたい。

なお、「報告セグメントごとの経営成績」だけでなく「報告セグメントごとの財政状態」の分析結果を記載することも忘れないようにしたい(セグメントごとの財政状態の分析の必要性については、2018年9月18日のニュース『経営者による「セグメントごとの財政状態の分析」、大部分の企業で記載なし』を参照)。

注意点3 【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】との関係を整理

MD&Aと【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】の関連性を意識する。「経営計画に対する業績の振り返り(KPIの達成状況等)」を【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】に記載したり、「セグメント単位の経営方針・経営戦略等」をMD&Aに記載したりすることは許容されている。

当期の経営成績等の状況は、経営方針・経営戦略等に従って事業を営んだ結果に他ならない。したがって、有報においては別項目である【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】と【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】(MD&A)において開示される内容は相互に結び付いていると言える。この点を踏まえ、両者の関連性を意識しながらそれぞれの内容を記載することで、企業に対する投資家の理解が深まると考えられる。研修会説明資料27ページでは、「「経営方針、経営環境及び対処すべき課題」と「MD&A」の記載内容について、MD&Aの記載内容は経営方針・経営環境と密接に関連するため、それぞれを区分して記載することが難しい場合、どのように記載することが望ましいか。」という質問に対して、「① 事業全体の経営方針・経営戦略等、② 経営計画に対する業績の振り返り(KPIの達成状況等)、③ セグメント単位の経営方針・経営戦略等及び④セグメント単位の財務分析を記載する際に、有報のどの項目で何を説明するかについては、一定の柔軟性があると考えられる」として下記の組み合わせが例示されているので参考にしたい。
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2020/03/12 投資家が事業セグメントの括り方を問題視、企業は再考迫られる可能性も

既報の通り、経済産業省は「ノンコア事業」の切り出しの促進を目指し「事業再編研究会」(以下、研究会)の立ち上げ、本年(2020年)6月末を目途に、今や上場企業の間でコーポレートガバナンス改革の指針として定着しているCGSガイドライン(コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針)などと“並列”の関係に位置付けられる「事業再編に関する実務指針(仮称)」(以下、指針)をとりまとめるべく議論を重ねている(2020年2月4日のニュース『経産省、CGSガイドライン等と“並列”の「事業再編に関する実務指針」取りまとめへ』参照)。研究会では、事業ポートフォリオに関する情報開示の在り方がテーマの一つになっているが(2020年2月6日のニュース『多角化経営に求められる「事業ポートフォリオ開示」の充実』参照)、投資家からは「事業セグメントの括り方」(報告セグメントの開示の在り方)を問題視する声も上がっている(報告セグメントと事業セグメントの違いは【役員会 Good&Bad発言集】セグメント情報の「その他」の解説を参照)。

投資家が事業ポートフォリオについて投資先企業と議論するにあたっては、各事業について、競合他社と比較したり時系列での変化を把握したりできることが必須となるが、投資家からは、一部企業では事業セグメントの「括り方」に問題があるため、事業ポートフォリオの分析が困難といった指摘がなされている。

投資家が抱く不満は大きく二つに分けられる。

一つは、・・・

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2020/03/12 投資家が事業セグメントの括り方を問題視、企業は再考迫られる可能性も(会員限定)

既報の通り、経済産業省は「ノンコア事業」の切り出しの促進を目指し「事業再編研究会」(以下、研究会)の立ち上げ、本年(2020年)6月末を目途に、今や上場企業の間でコーポレートガバナンス改革の指針として定着しているCGSガイドライン(コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針)などと“並列”の関係に位置付けられる「事業再編に関する実務指針(仮称)」(以下、指針)をとりまとめるべく議論を重ねている(2020年2月4日のニュース『経産省、CGSガイドライン等と“並列”の「事業再編に関する実務指針」取りまとめへ』参照)。研究会では、事業ポートフォリオに関する情報開示の在り方がテーマの一つになっているが(2020年2月6日のニュース『多角化経営に求められる「事業ポートフォリオ開示」の充実』参照)、投資家からは「事業セグメントの括り方」(報告セグメントの開示の在り方)を問題視する声も上がっている(報告セグメントと事業セグメントの違いは【役員会 Good&Bad発言集】セグメント情報の「その他」の解説を参照)。

投資家が事業ポートフォリオについて投資先企業と議論するにあたっては、各事業について、競合他社と比較したり時系列での変化を把握したりできることが必須となるが、投資家からは、一部企業では事業セグメントの「括り方」に問題があるため、事業ポートフォリオの分析が困難といった指摘がなされている。

投資家が抱く不満は大きく二つに分けられる。

一つは、報告セグメントが大きすぎるという問題だ。有価証券報告書における「セグメント情報」の開示は、二以上の事業セグメントが「経済的特徴が概ね類似している」などいくつかの要件に該当すれば当該事業セグメントを集約して一つの事業セグメントとすることができたり、売上高がすべての事業セグメントの売上高の合計額の10%未満であれば独立した報告セグメント情報として開示する必要がなかったりと(詳細は連結財務諸表規則15条の2、様式第一号「記載上の注意」2~5参照)、確かに“緩め”となっている。投資家からは、「細かい開示がなく、様々な事業セグメントが一つの報告セグメントに入っている」「現状の有価証券報告書のセグメントはあまりに大きすぎる。決算説明会資料だともう少し細かくなり分かり易くなるが、それでも足りないのが現状」といった指摘が聞かれる。こうした中、コンサルティング会社を使って業界ヒアリングを行い、セグメント情報を類推しているという投資家もある。

二つ目は、これも一つ目の問題と関連するが、「性格の異なる事業」が同じ報告セグメントで一まとめにされているという点である。ある報告セグメントの中に全く性質の異なる事業セグメント(サブセグメント)が入っていることも珍しくないようだ。報告セグメントの内訳までは開示されない(サブセグメントの数値は非開示)のが通常であり、投資家がサブセグメントの数値を把握したい場合には企業にインタビューを実施し「何となく把握するしかない」という(企業としても非開示の会計データの開示はフェア・ディスクロージャー・ルールに反する可能性があり、開示しえない。フェア・ディスクロージャー・ルールについては2018年2月9日のニュース『金融庁、FDルール運営上の「考え方」を明らかに』を参照)。三つ程度のサブセグメントがあり、その中で一つのサブセグメントが損失を出しているというパターンも多いようだ。こうした中、投資家からは「性質の異なる事業は区別してもらいたい」「Aというセグメントの中で、A’、A’’と分けて書かれていれば投資家にとっても分かりやすい」などの要望が出ている。

また、「その他」として開示されている部分については「不正の温床にもなりかねないので、詳細に開示すべき」との厳しい意見が聞かれるほか、「セグメント区分が頻繁に変更される」ことで時系列の比較ができなくなるなどの弊害を指摘する声もある。

このように、事業ポートフォリオの的確性がエンゲージメントのテーマとなる際には、議論の大前提となるセグメント情報開示の見直しが迫られるのは必至の情勢となっている。同時に、報告セグメントに含まれる各事業セグメントに関する具体的な説明や、セグメントの区分を変更した理由の説明なども求められることになりそうだ。

2020/03/11 【役員会 Good&Bad発言集】事業等のリスク(2)

東証一部上場企業のT社の取締役会では、有価証券報告書の【事業等のリスク】に記載すべきリスク(「経営者が連結会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスク」)についての議論が紛糾中です。下記の3人の発言のうち、誰の発言がGood発言でしょうか?

取締役A:「いまだ顕在化していないリスクは重要なリスクとは言えないので【事業等のリスク】に記載すべきリスクではないと考えます。」

取締役B:「このようなことは開示部門のスタッフが考えて記載すればよい話であり、せっかく社外取締役の方々が参加していただく取締役会で貴重な時間を使って検討すべきテーマではないのではないでしょうか。今日はただでさえ承認事項が多いですし。」

社外取締役C:「いえ、私たちもリスク情報については多大な関心を寄せているので、本件については日を改めてでもしっかりと議論しておきたいです。その前段階としてリスク管理委員会でリスクの順位付けのドラフトを作っていただくことはやぶさかではありません。」

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2020/03/11 【役員会 Good&Bad発言集】事業等のリスク(2)(会員限定)

<解説>
2020年3月期の有報から開示が拡充

周知のとおり、投資家の適切な投資判断と投資家と企業との建設的な対話を促していくことを目的として、有価証券報告書における記述情報の充実が図られました。まず第一弾として2019年3月期の有価証券報告書から、政策保有株式の保有方針や保有の合理性の検証方法の開示が新たに加わり、個別開示の対象銘柄数が拡大(30銘柄から60銘柄)されるとともに、役員報酬に関して報酬プログラムの説明やプログラムに基づく報酬実績等に関する開示の拡充が行われました。そしていよいよ2020年3月期からは有価証券報告書の記述情報の充実の第二弾として、経営方針・経営戦略等について、市場の状況、競争優位性、主要製品・サービス、顧客基盤等に関する経営者の認識の説明を含めた記載が求められるとともに、事業等のリスクについて、リスクが顕在化する可能性の程度や時期、リスクの事業へ与える影響の内容、リスクへの対応策の説明が求められる等の開示拡充策が実施されます。本稿ではその第2弾の対策のうち「リスク情報」の開示の拡充を取り上げます。

有価証券報告書で「リスク情報」が開示されるのは【事業等のリスク】のところです。この【事業等のリスク】に記載すべき内容に関する開示府令の改正内容は次のとおりです(赤字が改正箇所。有価証券届出書を有価証券報告書として読み替え)。

有価証券報告書の【事業等のリスク】に記載すべき内容に関する開示府令
(第二号様式記載上の注意(31)a)の改正
改正前 改正後
有価証券報告書に記載した事業の状況、経理の状況等に関する事項のうち、財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の異常な変動、特定の取引先・製品・技術等への依存、特有の法的規制・取引慣行・経営方針、重要な訴訟事件等の発生、役員・大株主・関係会社等に関する重要事項等、投資者の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項を一括して具体的に、分かりやすく、かつ、簡潔に記載すること。 有価証券報告書に記載した事業の状況、経理の状況等に関する事項のうち、経営者が連結会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フロー(以下「経営成績等」という)の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスク(連結会社の経営成績等の状況の異常な変動、特定の取引先・製品・技術等への依存、特有の法的規制・取引慣行・経営方針、重要な訴訟事件等の発生、役員・大株主・関係会社等に関する重要事項等、投資者の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項をいう)について、当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に連結会社の経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策を記載するなど、具体的に記載すること。記載に当たっては、リスクの重要性や経営方針・経営戦略等との関連性の程度を考慮して、分かりやすく記載すること。

2020年3月期から【事業等のリスク】に関して新たに記載することが求められるようになったのは下記の3つです。

・当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期
・当該リスクが顕在化した場合に連結会社の経営成績等の状況に与える影響の内容
・当該リスクへの対応策

また、経営方針・経営戦略等との関連性の程度を考慮して、分かりやすく記載することも新たに求められています。

もっとも、日本企業は今まで記述情報を分かりやすく充実して記載することをしてこなかっただけに、いきなり開示項目が拡充され、「経営方針・経営戦略等との関連性の程度を考慮して、分かりやすく記載」することを求められ、いったい何をどの程度記載すれば良いのか戸惑う向きも見受けられました。そのため、金融庁は開示の拡充と並行してそういった企業に対する支援策を取りまとめる必要が生じました。

記述情報の開示の基本スタンス

そこで金融庁が2019年3月19日に公表したのが「記述情報の開示に関する原則」です。記述情報の開示に関する原則には、原則2-1に下記のような定めがあります。

記述情報の開示に共通する事項
【取締役会や経営会議の議論の適切な反映】
2-1. 記述情報は、投資家が経営者の目線で企業を理解することが可能となるように、取締役会や経営会議における議論を反映することが求められる。

記述情報の中でもリスク情報は経営判断と密接に関係しています。そのため、リスク情報の開示にあたっては、経営に係る決定が行われる取締役会や経営会議における議論を適切に反映することが重要となってきます。なお、取締役会でのリスクの検討の必要性については、2019年2月22日のニュース「事業等のリスク、取締役会での議論が必須に」や【役員会 Good&Bad発言集】事業等のリスク(1)を参照してください。

記述情報の開示に関する原則の各論2には事業等のリスクの「望ましい開示に向けた取組み」として下記の記載があります。

① 事業等のリスクの開示においては、一般的なリスクの羅列ではなく、財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の異常な変動、特定の取引先・製品・技術等への依存、特有の法的規制・取引慣行・経営方針、重要な訴訟事件等の発生、役員・大株主・関係会社等に関する重要事項等、投資家の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項を具体的に記載することが求められる。その際、取締役会や経営会議において、そのリスクが企業の将来の経営成績等に与える影響の程度や発生の蓋然性に応じて、それぞれのリスクの重要性(マテリアリティ)をどのように判断しているかについて、投資家が理解できるような説明をすることが期待される。
② リスクの記載の順序については、時々の経営環境に応じ、経営方針・経営戦略等との関連性の程度等を踏まえ、取締役会や経営会議における重要度の判断を反映することが望ましい。
(注) リスクを把握し、管理する体制・枠組みを構築している企業においては、当該体制・枠組みにおけるリスク管理の過程において、各リスクの重要度が議論されることも多いと考えられる。このような場合には、当該体制・枠組みについても記載することが望ましい。
③ また、リスクの区分については、リスク管理上用いている区分(例えば、市場リスク、品質リスク、コンプライアンスリスクなど)に応じた記載をすることも考えられる。

これを要約すると、リスク情報に関して行う下記の取り組みが「望ましい開示に向けた取組み」ということになります。

・リスクの重要性(マテリアリティ)をどのように判断しているかを説明する
・リスクの記載の順序は重要度の判断に応じて並び替えを行う
・リスク管理委員会などの体制・枠組みを記載する
潜在的なリスクにどこまで対応?

リスク情報の開示にあたっては、上記の「望ましい開示に向けた取組み」に加えて、金融庁が記述情報の開示に関する原則と同じ日に公表した「記述情報の開示の好事例集」(以下、好事例集)も参考にしたいところです。好事例集には、記述情報の開示には不慣れな企業にとって参考になる好事例が数多く掲載されているからです。なお、リスク情報の開示にあたっての注意点と好事例については、2020年2月18日のニュース「投資家にとって魅力ある有価証券報告書作成のポイント」で詳説しているのでここでは説明を割愛します。

さらに、金融庁が2019年1月31日に公表した『「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方』(以下、「金融庁の考え方」)や2020年3月6日に公表した『「記述情報の開示の充実に向けた研修会」における説明資料)』(以下、「研修会説明資料」)も見逃すことはできません。前者にはパブコメの内容とそれに対する金融庁の考え方が掲載されており、後者には研修会参加予定企業から事前に募集していた質問とそれに対する金融庁のコメントが記載されているので、開示拡充に向けての実務的な課題とそれに対する金融庁の考え方を知ることができるからです。

 2019年2月には「記述情報の開示の充実に向けた研修会」で配布するはずだった資料。なお、同研修会は新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から中止となっています。

以下、「金融庁の考え方」と「研修会説明資料」のうち【事業等のリスク】に関するQ&Aのうち主要なものをまとめておきます(表中の「留意点」は当フォーラムが注意事項等を追加したものです)。

金融庁の考え方No.10 Q:第二号様式記載上の注意(31)aについて、具体的に記載する場合の例示として、「当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に連結会社の経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策を記載するなど」とされているが、例示の事項を漏れなく記載することが求められているのではなく、投資者が各社固有のリスク情報やそれに対する対応策の状況を理解することにつながる情報を、各企業が工夫して記載すれば良いという理解でよいか。
A:ご理解のとおりです。第二号様式記載上の注意(31)aは「経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて」記載することを求めており、リスク項目を羅列するのではなく、主要なリスクを記載することを明確化しております。リスク情報の記載に当たっては、DWG報告にもあるように、リスクの発生可能性や企業への潜在的影響の大きさの観点から、企業の成長、業績、財政状態、将来の見込みについて重要であると経営陣が考えるものに限定するとともに、企業に固有でない一般的なリスクを記載する場合は、具体的にどのような影響が当該企業に見込まれるのか明らかにすることが求められます。
留意点 例えば「新型コロナウィルスの感染拡大」のような「企業に固有でない一般的なリスク」を記載する場合は、それが具体的にどのような影響を自社にもたらすことが見込まれるのか(たとえば「中国からの原材料の輸入が滞り、製造量が落ち込み、売上が減少」(メーカー)、「宴会の自粛により利用者が減少し売上が落ち込む」(飲食)など)を明らかにする必要がある。
金融庁の考え方No.11 Q:第二号様式記載上の注意(31)aの「顕在化する可能性の程度や時期」は何を根拠として記載することを想定しているのか。
A:事業等のリスクは、翌期以降の事業運営に影響を及ぼし得るリスクのうち、経営者の視点から重要と考えるものを説明するものです。また、取締役会や経営会議において、そのリスクが企業の将来の経営成績等に与える影響の程度や発生の蓋然性に応じて、それぞれのリスクの重要性をどのように判断しているかについて、投資者が理解できるような説明をすることが期待されるものですので、「顕在化する可能性の程度や時期」については、経営者として判断した根拠が記載されることが望ましいものと考えられます。なお、「事業等のリスク」の開示については、平成31年3月19日に公表した「記述情報の開示に関する原則」においても同様の考え方を示しております。
留意点 ・経営者として「当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期」を判断しなければならない。
・各種引当金はリスクに備えて計上するものであり、かつ、その計上は発生の可能性が高いものに限定されている以上、引当金の設定対象となるリスクについても、記載の必要性の有無を検討すべきである。とくに引当金の計算は経理部門、リスク情報の取りまとめは法務部門といった具合に所管が異なる場合、引当金の設定対象となるリスクをリスク情報に記載することの検討を忘れる可能性が高いので要注意である。
金融庁の考え方No.12 Q:第二号様式記載上の注意(31)aの「影響の内容」とは、定量的な記載を想定しているのか。
A:「影響の内容」については、定量的な記載に限られるものではありませんが、リスクの性質に応じて、投資者に分かりやすく具体的に記載することが必要と考えられます。
留意点 リスクの性質に応じて、定量的な影響を算定可能なものとそうでないものとに分ける。定量的な影響が算定可能なものであっても、投資家をミスリードしないよう当該定量数値(具体的な数量や金額)が楽観的過ぎず、かつ、悲観的過ぎないように注意しなければならない。
金融庁の考え方No.15 Q:「特定の取引先・製品・技術等への依存」に関する経営成績等の状況に与える影響の内容として、依存度について定量数値を用いず定性的な表現に留まるケースがあるが、定量数値を記載することを明記してはどうか。依存度について記載すべき数値基準を示してはどうか。
A:特定の取引先・製品・技術等へどの程度依存しているかについては、可能な限り定量的に説明することが期待されます。なお、企業により状況も異なるため、数値基準を設定することは難しいと考えられます。
留意点 特定の販売地(たとえば「北米市場」)への依存度はセグメント注記で開示していることが多く、定量数値の記載が比較的容易である。特定の製品への依存度(いわゆる“一本足打法”のリスク)、特定の得意先企業への依存度、特定の原料調達国への依存度も算定は容易と言える。
研修会説明資料Q3 Q:潜在的なリスク(景気変動、自然災害、気候変動、サイバー攻撃等の中長期的に顕在化するリスク)について、どの程度記載する必要があるか。また、潜在的な事業等のリスクの定量的な影響額や対処方法について、どのように記載すればよいか。
A:
・潜在的なリスクをどの程度記載するかは、投資家の投資判断にとって重要であるか否かという観点から判断するべきと考えられ、経営者の視点による経営上の重要性も考慮した多角的な検討を行うことが重要と考えられます。
・リスクの重要性は、そのリスクが企業の将来の経営成績等に与える影響の程度や発生の蓋然性を考慮して判断することが望ましいと考えられ、その判断の過程について、投資家が理解できるような説明をすることが期待されます。なお、重要な情報は過不足なく提供される必要があります。
・例えば、① 事業上、晒されている様々なリスクの中から、影響度と発生可能性を考慮し、取締役会や経営会議等において議論すべきリスクを選定するプロセスを記載し、② 選定プロセスを経て抽出された事業等のリスクを「重要なリスク」として記載する方法が考えられます。
・「影響の内容」については、定量的な記載に限られるものではありませんが、リスクの性質に応じて、投資者に分かりやすく具体的に記載することが必要と考えられます。
・リスクへの対応策については、実施の確度が高いものを記載するものと考えられますが、実施を検討しているに過ぎないもの等を記載する場合には、その旨を記載し、投資者に誤解を与えないような記載が求められます。
・なお、事業等のリスクの開示にあたっては、一般的なリスクの羅列ではなく、投資家の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項を具体的に記載することが求められます。
留意点 ・「重要なリスク」を開示するにあたっては、「何をもって重要」としたのかを説明できるようにしておくことが望ましい。例えば、リスク管理委員会を設置している企業では、リスク管理委員会が「事業上、晒されている様々なリスクの中から、影響度と発生可能性を考慮し、取締役会や経営会議等において議論すべきリスク」の選定の前さばきをし、そのプロセスを開示するのも一案である。
・「リスクへの対応策」は、投資家を安心させるために、つい背伸びして記載しがちであるが、やっていないことをさもやっているように書くのは虚偽記載にほかならない。記述情報の虚偽記載も課徴金の対象になる行為なので、厳に慎むべきである(2020年2月5日のニュース「有報のCG状況の虚偽記載に初の課徴金、上場会社が今とるべき対策」や【失敗学第69回】日本フォームサービスの事例を参照)。
・通常は想定しえないようなリスクが顕在化したとしても、当該リスクの不掲載について虚偽記載を問われることはない。もっとも、合理的な経営者であれば通常は認識するであろうリスクを認識できておらず対策を怠ったため当該リスクが顕在化し会社に損失が発生してしまうと、経営者は「虚偽記載の責任」ではなく「経営責任」を問われることになる。
研修会説明資料Q4 Q:将来情報やリスクへの対応策の記載内容について、その後、実際の結果が当初の記載内容と異なる場合、この事実をもって虚偽記載となり得るのか。
A:
(前略)事業等のリスクの記載が虚偽記載に該当するかどうかは個別に判断すべきと考えられますが、提出日現在において、経営者が企業の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて、一般に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合、提出後に事情が変化したことをもって、虚偽記載の責任を問われるものではないと考えられます。一方、提出日現在において、経営者が企業の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて敢えて記載をしなかった場合、虚偽記載に該当することがあり得ると考えられます。
留意点 ・【事業等のリスク】のリスク記載が明らかに同業他社に比して不十分であれば、「この会社の経営者は、この程度のリスクしか認識できていないのか」と失望されることは間違いない。経営者が企業の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクは【事業等のリスク】に必ず記載するようにしたい。
研修会説明資料Q5 Q:事業等のリスクの開示において、リスクの区分に応じて記載する場合、どのような区分が望ましいか。
各リスクの重要性に応じた区分のほか、リスクの性質に応じた区分も認められるのか。
各リスクの重要性に応じた区分にあたって、重要性の順位等を具体的に記載する必要はあるか。
A:
・リスクの記載の順序については、時々の経営環境に応じ、経営方針・経営戦略等との関連性の程度等を踏まえ、取締役会や経営会議における重要度の判断を反映することが望ましいと考えられます。
・リスクの区分については、リスク管理上用いている区分(例えば、市場リスク、品質リスク、コンプライアンスリスクなど)に応じた記載をすることも考えられます。
・リスクの重要度の判断に基づく記載順序は、例えば、特に重要なリスク、重要なリスクといった区分方法も考えられます。
留意点 リスク項目を単に羅列するだけでも問題視されなかったのは前期まで。ただリスクを羅列するだけでは「経営者がどのリスクに重きを置いているのか」が投資家に伝わらない。重要なリスクの中でもさらに重みづけ(マテリアリティ)があるはずであり、2020年3月期からはその重みが分かるよう開示するのが望ましい。
研修会説明資料Q6 Q:当初、経営者が重要と認識し有価証券報告書に記載していた事業等のリスクについて、その後、経営環境等の変化によって、当該リスクの重要性が低下した場合、主要なリスクと分けて記載することは可能か。もしくは、有価証券報告書への記載を省略する場合、記載を省略するに至った経緯を記載する必要があるか。
A:
・比較を容易にする観点からも前年との変化が分かるように記載することが望ましいと考えられます。
・主要なリスクと区分して記載する方法や、有価証券報告書への記載を省略する場合には省略するに至った経緯を記載することも投資家にとって有用であると考えられます。
留意点 2020年3月期の有価証券報告書の【事業等のリスク】から新基準で開示することになるため、前事業年度に開示したリスク情報の一部が陳腐化する可能性もある。その結果、記載しないことになったリスクについて、単に削除するのではなく、「省略するに至った経緯」を開示するようにしたい。
研修会説明資料Q7 Q:ESGTCFDに関連するリスクについて、事業等のリスクに開示することは可能か。その場合の留意点は何かあるか。
A:
・ESGやTCFDに関連するリスクについて、取締役会や経営会議等において議論している場合、事業等のリスクに当該内容を記載することは可能です。
・また、「リスク」だけでなく、「機会」もあわせて議論している場合は、「機会」も含めて記載することも可能です。
・他の事業等のリスクと同様、自社の戦略やビジネスモデルと関係させて記載するなど、具体的にわかりやすく記載することが重要です。
留意点 ・TCFDについては2020年1月15日のニュース「機関投資家がTCFDを重視せざるを得ない事情」を参照。

ESG : ESGとは、「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を組み合わせたもので、近年、特にグローバル機関投資家の間で、企業の投資価値を測る評価項目としての地位を確立しつつある。
TCFD: 主要国の金融当局(中央銀行、金融監督当局、財務省)やIMF(国際通貨基金)、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)などで構成される国際的な金融システムの安定を目的とする組織である金融安定理事会(FSB)が設置した組織。TCFDとは「Task Force on Climate-related Financial Disclosures」(気候関連財務情報開示タスクフォース)の略である。TCFDが2017年6月に公表した最終提言は、気候変動リスクの情報開示を進める気候変動リスクに関する開示フレームワーク(枠組み)のグローバルスタンダードになりつつある。この開示フレームワークは制度開示書類、つまり日本においては有価証券報告書への適用を想定しているが、日本においては現状、金融庁が気候変動リスクについて「開示義務化の予定はない」と明言しており、有価証券報告書だけでなく、統合報告書など投資家向け任意開示書類をも含む開示媒体への“自主的な”記載が推奨されている。

【事業等のリスク】【事業等のリスク】が開示府令に則った記載になっているかどうかは、今後実施が予定されている令和2年度の有価証券報告書レビューにおいても、法令改正関係審査としてレビュー対象になることは間違いありません。また、今後は、外部監査人が有価証券報告書の記述情報について関与を強化し、記載内容について何らかのエビデンスを求めてくる可能性もあります(2019年11月18日のニュース『有報「その他の記載内容」への監査人の関与強化策導入の影響』を参照)。くれぐれも【事業等のリスク】等記述情報が虚偽記載にならないよう「金融庁の考え方」や「研修会説明資料」を熟読して、少なくとも開示府令が求める最低限のレベルの開示は実現できるよう、早めに取り組みを開始すべきです。

さて、以上の解説をご覧いただければ、誰の発言がGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。

<正解>
GOOD発言はこちら

社外取締役C:「いえ、私たちもリスク情報については多大な関心を寄せているので、本件については日を改めてでもしっかりと議論しておきたいです。その前段階としてリスク管理委員会でリスクの順位付けのドラフトを作っていただくことはやぶさかではありません。」
コメント:記述情報の開示に関する原則2-1には「記述情報は、投資家が経営者の目線で企業を理解することが可能となるように、取締役会や経営会議における議論を反映することが求められる。」とあり、取締役Cの発言は当該原則を踏まえたGood発言です。また、すべてのリスクを取締役会で議論していくのも費用対効果に欠けます。リスク管理委員会でリスクの順位付けのドラフトを作成してもらえるのであれば、それをたたき台にして取締役会で議論を進めることで効率化も図ることができます。取締役Cの発言は、原則を踏まえつつ効率化にも目配りできた発言と評価できます

BAD発言はこちら
取締役A:
「いまだ顕在化していないリスクは重要なリスクとは言えないので【事業等のリスク】に記載すべきリスクではないと考えます。」
コメント:「顕在化」をどのような意味で用いているのかは明確ではないのですが、そもそも【事業等のリスク】には「リスクが顕在化する可能性の程度や時期」が開示対象とされている以上「潜在リスク」を開示するのは当然のことと言え、Aの発言はBad発言です。
取締役B:
「このようなことは開示部門のスタッフが考えて記載すればよい話であり、せっかく社外取締役の方々が参加していただく取締役会で貴重な時間を使って検討すべきテーマではないのではないでしょうか。今日はただでさえ承認事項が多いですし。」
コメント:「有報の記述情報は開示部門のスタッフが考える」という発想は旧来型の発想に基づく発言であり、Bad発言です。ボードメンバーとしては、有価証券報告書の記述情報に経営者が深くコミットしなければならない時代になったということを理解しておかなければなりません。

2020/03/11 国税、社長の裁量による役員報酬額の調整に「NG」 (会員限定)

近年、社長の“裁量”による役員報酬額の決定が投資家の批判を浴びているが(2019年8月28日のニュース「各取締役の報酬額決定の社長一任を見直す動き」参照)、このような不透明な役員報酬決定プロセスは税金の問題も引き起こすことになりかねない。

実際、最終的なインセンティブ報酬の金額を社長が“調整”することとしていた東証一部上場企業A社が、国税当局から、当該報酬は「法人税の計算上損金への算入が認められる利益連動給与()が求める「利益指標に基づく“客観的”なものでなければならない」という要件を満たさない」などの指摘を受け、法人税の計算上、その損金算入を否定していたことが判明した。

損金 : 法人税計算の基礎となる法人所得を減らす性質の支出等のこと。損金は企業会計上の費用とおおむね一致するが、役員賞与や固定資産の減損損失など「損金には該当しない費用」もある。

 従来、損金算入が認められるインセンティブ報酬は「利益」関連の指標に連動するものに限られていたが、平成29年度税制改正により、これに「株価」や「売上高」等が加えられたことから、「利益連動給与」は「業績連動給与」へと名称が変更されている。業績連動給与を損金算入するためには、業務執行役員ごとに「業績連動給与の算定の基礎となる業績連動指標」「限度としている確定した額又は確定した数」「客観的な算定方法の内容」等を網羅的に有価証券報告書において開示しなければならず、企業にとって大きな負担となっている(業績連動給与の開示については、2019年5月22日のニュース「業績連動給与を損金算入したい企業におすすめの開示上の工夫」参照)。

A社は、平成27年3月期から平成29年3月期における役員へのインセンティブ報酬を法人税法上の「利益連動給与」として損金算入し、法人税の確定申告を行った。A社のインセンティブ報酬は下記の算式により計算されており、この算式は有価証券報告書にも開示されていた。

各取締役への支給額=利益連動報酬の総額(*1)×(各取締役の役位別係数(*2)/在任する取締役全ての役位別係数の合計)× 在任期間係数 × 考課係数*3

*1 (1)連結経常利益-10億円)×5%
    (2)連結経常利益が10億円未満の場合には支給しない。
    (3)利益連動報酬の総額の上限は1億円とする。
*2  取締役会長1.30、代表取締役社長3.00、代表取締役(専務執行役員)1.50、取締役(専務執行役員)1.30、取締役(常務執行役員)1.00、取締役(執行役員)0.33
*3 (1)上限は1.0とする。
    (2)マイナス考課により、考課係数を1.0未満とすることができる。
    (3)マイナス考課については、取締役社長が算定する。

算式の中で国税当局が問題視したのが「考課係数」だ。国税当局は、利益連動給与は、有価証券報告書に開示されている算定式に利益等の指標を当てはめると自動的に算出できるものでなければならないとしたうえで、A社の利益連動給与は、社長により決定される「考課係数」が「どのような場合にどのような値の係数が用いられるのかが明らかとなっていない」ことから、各取締役の利益連動給与の額を自動的に算定できるものとなっておらず、利益連動給与の損金算入要件である「客観性」に欠けるとして、その損金算入を否定した。

A社は国税当局によるこの課税処分を不服とし、“税の裁判所”である国税不服審判所での審判を求めた。A社は「不祥事等の不測の事態が生じた場合に利益連動給与を減額することは当然」「考課係数は1.0とすることが予定されていた」ことなどから本件算定方法は客観的なものである旨主張した。これに対し国税不服審判所は、A社の有価証券報告書には「マイナス考課の適用条件」や「考課係数の具体的な算定方法」は何ら記載されておらず、考課係数を決定する社長による恣意が廃除されていないことを問題視。利益連動給与の損金算入要件である「客観性」を満たさないとしてA社の主張を棄却し、課税処分を支持している。

現在のインセンティブ報酬のトレンドとしては、例えば為替や原材料価格の変動、あるいは新型コロナウィルスの影響など明らかに役員に責任でない要因により業績が悪化し、これらがインセンティブ報酬の算定式に反映されることにより役員報酬が減少すれば、役員はモチベーションを失うことになりかねないため、「事後的に」支給額を調整する余地を設けておくというのが常識となっている(2018年6月28日のニュース「インセンティブ報酬の事後調整」参照)。とはいえ、支給額を事後的に調整できるとなれば、A社のケースと同様、これを法人税法上の「業績連動給与」として損金に算入することは困難だろう。インセンティブ報酬が丸ごと損金不算入となることを回避するためには、事後調整部分を元来のインセンティブ報酬から明確に区分しておくなどの工夫が求められる(2019年5月22日のニュース「業績連動給与を損金算入したい企業におすすめの開示上の工夫」参照)。

もっとも、A社の場合、「社長」がこの事後調整を行っていたことにも問題がある。もし事後調整をするのであれば、報酬委員会が客観性を担保することを前提すべきと言える。「社長一任」は税金の問題を生むだけでなく、投資家からも批判を受けることになろう。

2020/03/11 国税、社長の裁量による役員報酬額の調整に「NG」

近年、社長の“裁量”による役員報酬額の決定が投資家の批判を浴びているが(2019年8月28日のニュース「各取締役の報酬額決定の社長一任を見直す動き」参照)、・・・

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2020/03/10 投資家の半数が「決算説明会は全てWeb方式」求める

野村総合研究所
上級研究員 三井千絵

 

新型コロナウィルス問題は、企業と投資家のコミュニケーションのあり方を大きく変えるきっかけになる可能性がありそうだ。

新型コロナウィルスへの感染が世界中で拡大しているが、感染の機会になり得るという点では、企業と投資家のエンゲージメント・ミーティングも例外ではない。実際、3月に入ってからはミーティングのキャンセルも相次いている。こうした中、筆者は投資家・アナリストに緊急アンケートを実施した(3月9日時点で20名が回答)。

それによると、・・・

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2020/03/10 投資家の半数が「決算説明会は全てWeb方式」求める(会員限定)

野村総合研究所
上級研究員 三井千絵

 
新型コロナウィルス問題は、企業と投資家のコミュニケーションのあり方を大きく変えるきっかけになる可能性がありそうだ。

新型コロナウィルスへの感染が世界中で拡大しているが、感染の機会になり得るという点では、企業と投資家のエンゲージメント・ミーティングも例外ではない。実際、3月に入ってからはミーティングのキャンセルも相次いでいる。こうした中、筆者は投資家・アナリストに緊急アンケートを実施した(3月9日時点で20名が回答)。

それによると、企業とのエンゲージメント・ミーティングを「全面的に電話に切り替えた」と回答した回答者は1名にとどまったものの、6名が「ほとんど切り替えた」、12名が「一部切り替えた」と回答している。一部切り替えも含めれば実に19/20が電話ミーティングへの切り替えを進めていることになり、新型コロナウィルスがエンゲージメントのあり方に変化をもたらしたことが明確となっている。

ただ、電話への切り替えに投資家が必ずしも満足しているわけではない。10名は「特に問題がない」と回答する一方、「設備が十分でない」「できれば顔をみて話したい」「電話ではなくビデオ(Web)会議にして欲しい」「電話では資料の対応箇所の確認が難しい」「電話だと本当に聞きたいことが聞きづらい」「数人でディスカッションするには電話は向かない」といった意見も聞かれた。決算説明会をWebで開催している企業はしばしば見受けられるが、およそ半数からこうした“不満”に近い声が上がったということは、One-on-Oneのミーティングに Webを活用している企業はまだ少ないといことだろう。なお、元々電話によるミーティングが多い海外在住の投資家からは、「できれば訪問して会社の雰囲気を知りたい」という意見も聞かれた。普段企業と直接会う機会がない海外投資家の“本音”として参考にされたい。

今回の新型コロナウィルス問題を機に、決算説明会にWebを導入する企業は増えそうだが、実際、「来たる決算説明会でWebを導入して欲しいかどうか」という質問に対しては9名が「導入して欲しい」、10名が「ケースによる」と回答し、「導入して欲しくない」との回答は1名にとどまった。投資家の多くが、Webを導入することを歓迎もしくは条件付きで受け入れる姿勢を見せている。ただし、「Webを導入する場合は経営者の顔が見えるようにして欲しい」という意見が4名から出たほか、「ノイズの制御」「アクセスが集中した場合の対策」「資料のダウンロード機能の整備」「参加者が発言する際に『挙手』のような機能が備わっているシステムを採用して欲しい」「他に何人がログインしているか分かるようにして欲しい」といった意見が聞かれた。決算説明会にWebを導入するのであれば、それなりに高品質なものが求められることになろう。

また、決算説明会やエンゲージメント・ミーティングにWebを導入することに対する回答として注目されるのが、「今回の件を契機に決算説明会は“全て”Web方式にして欲しい」「今回、業務がかえって効率化したと感じるところもある。Webでのコミュニケーションをさらに強化して欲しい」といった、導入に強く賛同する意見がかなりあったということだ。その理由としては、「過去の資料や映像もそのままアーカイブとしてWeb上に保存できるため、企業と投資家双方にとって情報のやりとりが容易になり、透明性が高まる」「海外など遠隔地にいたり時間帯が他の会議と重なっていたりしても、逃さず聞くことができる」といったものがあった。一方、Web方式導入を「現在のような状況にならなくても取り組むべきだった」と歓迎しつつも、Q&Aをカットしている例があることに対し「情報の一部を除外するのはフェアネスの観点から問題」と指摘する声もあった。

今回のアンケートでは、新型コロナウィルスへの対応について、投資家が企業に望むことも聞いている。投資家は、この状況下で投資先企業がどのような対応をとるのか、また、事業へのリスクをどのように認識しているかを、投資判断の一つの材料としても注目しているからだ。

まず企業に望むこととしては「状況を踏まえた迅速な対応(必要が応じた臨時閉店・休園、必要な商品の継続的な供給など)」を選んだ回答者が最大の13名、続いて「従業員をケアして欲しい」「想定されるリスクの適切な開示」「状況が刻々と変わっているので対応方針をできるだけ頻繁に開示して欲しい」といった意見が11名から聞かれた。個別意見として、「テレワークに移行せず、従業員にリスクを負わせる経営はESGの観点から問題があるのではないか」「ネットオークションへのマスクの出品を来週から禁止する企業があるが、もっと迅速な対応が必要であり、企業としての倫理観が問われる」といったものがあった。また、あるアナリストからは、「これを機にリモートワークやフレックスといった働き方改革、労働時間より結果重視の人事評価などを取り入れ、長期的な企業競争力の強化に繋げて欲しい」との意見も聞かれた。

このほか、9名が「サプライヤーへの配慮をしっかりしてほしい」と回答した点も注目される。サプライヤーの多くは中小企業であることが想定されるが、今回の件をサプライヤーにシワ寄せするような企業は、ESGの観点からも投資家には評価されないということだろう。