2020/03/23 日本企業の女性取締役増加も、「割合」ではグローバル水準に見劣り(会員限定)

ジェンダー・ダイバーシティの促進を目的としたFearless Girl(恐れを知らぬ少女)キャンペーン(同キャンペーンについては2018年10月15日のニュース「女性役員(候補)いない企業の指名委員会の構成メンバー全員に反対票」参照)で知られる運用資産残高世界3位の米国大手資産運用会社 ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ(SSGA)は(2020年)3月6日、同キャンペーンの最新成果をリリースしたが、当フォーラムの分析によると、新たに女性取締役を選任した日本企業の「数」は多いものの、各種の「割合」で見ると他国に大きく水をあけられていることが分かった。

SSGAは2017年3月、ウォール街にあるCharging Bull像の真正面にFearless Girl像を設置(その後、ニューヨーク証券取引所の前に移設)したのに併せて、米国・英国・オーストラリアの上場企業を対象に、「女性取締役がいない場合は役員選任の責任者に反対票を投じる」との方針を導入、同年11月には適用対象を日本とカナダの上場企業にも拡大している。本リリースでは、3年間にわたるキャンペーンの成果として、SSGAが女性取締役の不在を確認した1,384社のうち681社が新たに女性取締役を選任したことが報告された。日本については、101社の取締役会に新たな女性取締役が加わったことが紹介されている。

Charging Bull像 : ニューヨークのウォール街に設置された「ブル(強気)相場」の象徴として知られる牛の銅像

  米国 英国 オースト
ラリア
日本 カナダ
女性取締役がいない企業
(2017/3以降に特定)
928 15 58 295 74
女性取締役を新たに任命した企業 495 13 30 101 33

ただし、女性取締役がいないと特定された企業に占める新たに女性取締役を任命した企業の割合を比較すると、日本は34%と最も低くなっている。キャンペーンの対象期間が米国・英国・オーストラリアよりも短いというハンデはあるものの、同時期に適用対象となったカナダの45%と比べても10ポイント以上の差がある。

  米国 英国 オースト
ラリア
日本 カナダ
女性取締役がいない企業で新たに任命した割合 53% 87% 52% 34% 45%

また、本キャンペーンで調査対象となった米国のRussell3000、英国のFTSE350、オーストラリアのS&P/ASX300、日本のTOPIX500の採用銘柄、カナダのトロント証券取引所の上場企業700社それぞれを分母に、現在も未だに女性取締役がいない企業の割合を算出してみたところ、日本が39%と最も多いことが判明した。しかも、この数値は日本の次に多い米国の14%を大きく上回っている。

Russell3000 : 米国企業株のうち、時価総額上位3000銘柄からなる時価総額加重平均型指数
FTSE350 : ロンドン証券取引所に上場する時価総額上位100銘柄で構成される株価指数である「FTSE100」と、FTSE100に次ぎ時価総額が大きい250銘柄で構成される「FTSE250」の両指数の銘柄で構成される株価指数
S&P/ASX300 : オーストラリア証券取引所に上場する時価総額上位200銘柄で構成される時価総額加重平均型株価指数であるS&P/ASX 200に、小型株100をプラスした株価指数。

  米国 英国 オースト
ラリア
日本 カナダ
現在も未だに女性取締役がいない企業の割合 14% 1% 9% 39% 6%

これらの数値は、日本の上場企業においても女性取締役の選任は進展してはいるものの、グローバル水準からは明らかに見劣りすることを示している。取締役会にジェンダー・ダイバーシティを要求する投資家の声は高まっており、今後は議決権行使基準に加える投資家も益々増加するだろう。グローバル比較に基づいた厳しい視線が日本企業に向けられることは避けがたい。

さらにSSGAは本リリースで、ジェンダー・ダイバーシティに関する下記の新たな方針を打ち出している。

当社はまた、対象市場に上場する企業について、4年連続でジェンダー・ダイバーシティに関する懸念が続き、かつエンゲージメントで建設的なコミュニケーションが得られなかった場合、指名・ガバナンス委員会の委員長だけでなく、委員会全体に反対票を投じる方針です。

この基準が日本企業に適用されるのが、適用されるとすればいつからなのか、現時点では明らかになっていない。また、監査役会設置会社と監査等委員会設置会社の場合、上記新たな方針により、取締役全員に対して反対票が投じられる可能性もあるが、これも明確ではない。いずれにせよ、遅かれ早かれSSGAが議決権行使の厳格化を図ることは確実。女性取締役を未選任の上場企業は早めに対応を検討すべきだろう。

2020/03/19 コロナ対策で「棚卸」を延期・中止する企業がやるべきこと

新型コロナウイルスの蔓延を防ぐため、上場企業では入社式や歓送迎会など各種行事の開催中止・延期が相次いでいる。それとともに、3月決算の企業を中心に検討が進められているのが「実地棚卸(以下、棚卸)」の中止または延期だ。・・・

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2020/03/19 コロナ対策で「棚卸」を延期・中止する企業がやるべきこと(会員限定)

新型コロナウイルスの蔓延を防ぐため、上場企業では入社式や歓送迎会など各種行事の開催中止・延期が相次いでいる。それとともに、3月決算の企業を中心に検討が進められているのが「実地棚卸(以下、棚卸)」の中止または延期だ。

棚卸とは在庫の数量を実際に数えて確定する経理手続き(棚卸についてはケーススタディ【経理・財務】棚卸を適正に行いたい を参照)であり、膨大な手間がかかる。製造業や小売業では多くの従業員を動員する一大イベントとなっているだけに、棚卸をきっかけとして社内に新型コロナウイルスが蔓延するリスクは否定できない。

発熱や咳の症状がある従業員は自宅で安静にしてもらうとしても、症状はないものの実は感染している従業員が棚卸に動員され、棚卸現場で新型コロナウイルスを拡散させることもあり得ない話ではない。工場や倉庫で新型コロナウイルス感染者の滞在が確認されれば、消毒、濃厚接触者の自宅待機、取引先への報告が必要となり、食品関連産業の場合は「食の安心」を確保するために製品の出荷停止や回収などの騒ぎに発展しかねない。こうした事態を防ぐため、企業としては、他の行事と同様、棚卸の延期や中止、あるいは実施時期の分散などを視野に入れる必要がある。

感染リスクの回避という観点からは「中止」が第一の選択肢となる。ただ、例えば金融業やコンサルティング業など在庫の残高が僅少な業種であれば中止という判断もし易いのに対し、製造業や小売業では在庫の重要性が極めて高いだけに、少なくとも「完全に中止」という判断は困難だろう。そこで次の選択肢となるのが「延期」だが、全社一斉に棚卸を行うほどその重要性が高い企業が決算手続きに後れを来たさないようにするには、延期すると言ってもせいぜい1週間程度が限界だろう。

残された選択肢として、これを機に「一斉棚卸」から「ローテーション棚卸」に変更するのも一案だ。例えば3月末に実施する棚卸では対象を主要事業の在庫(例えば中核事業における在庫)や重要性の高いアイテム(例えば製品と主要原料)だけに限定し、残りの事業の在庫(例えば中核事業以外の事業における在庫)や残りのアイテム(例えば副資材)の棚卸は、例えば6月末や9月末などに順次実施する。ローテーション棚卸の採用により3月末の棚卸に従事する人数を削減することで新型コロナウイルスの感染リスクを多少なりとも低減できる。ただし、ローテーション棚卸の採用にあたっては監査法人への事前相談が不可欠となる。棚卸の重要性が高い企業で棚卸が適切に行われているかは、監査法人が監査意見を表明するにあたって重要な要素となるからだ。

また、従来は本社経理スタッフが棚卸に立ち会っていた企業では、人の移動を減らすために立会いを省略することも考えられる。この場合、監査法人の公認会計士による棚卸立会(棚卸立会についてはケーススタディ【経理・財務】棚卸を適正に行いたい の「棚卸手続きの一般的な流れを確認」の9 監査法人の棚卸立会への対応 を参照)も遠慮して欲しいというのが企業側の本音だろう。そもそも海外の工場や倉庫の棚卸となれば、経理スタッフや公認会計士が立ち会おうとしても、渡航自体が困難という現状もある。こうした企業側のニーズを踏まえ、日本公認会計士協会は3月18日、「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その1)」(以下、「コロナ関連留意事項」を公表、公認会計士に対し、次の点に留意するよう呼び掛けている。

新型コロナウイルス感染症拡大防止対策の影響で、監査人が被監査会社から実地棚卸の立会を取りやめることを要請される場合も想定される。
監査人は、実地棚卸の立会を実施することが実務的に不可能な場合には、棚卸資産の実在性と状態について十分かつ適切な監査証拠を入手するため、代替的な監査手続を実施しなければならない点に留意する必要があり(監基報501第6項)、個々の状況を踏まえて慎重に検討する必要がある。

例えば海外の工場の棚卸立会を予定していたものの、それが日本からの渡航に制限が課されている国の工場だったり、国内の工場であっても企業から「本社から誰も立ち会わない」「工場では監査対応できる人員がいない」と言われたりしている状況であれば、監査人は棚卸の立会いを行わないという選択肢もあり得るということだが、この場合、企業にとっては「代替的な監査手続」の内容が気になるところだろう。この点についてコロナ関連留意事項では、「実地棚卸日以前に取得又は購入した特定の棚卸品目について、実地棚卸日後に販売されたことを示す記録や文書を閲覧」することを例示している。ただ、監査人が代替的な監査手続きを実施しても十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったり、そもそも実施さえできないということも起り得る。このような場合には、「棚卸に立ち会うことができなかった」という除外事項が付いた監査意見が表明されたり、場合によっては意見不表明の事態になったりする可能性があることは想定しておく必要がある。平時であれば「意見不表明」は上場廃止につながるが、東京証券取引所は新型コロナウイルス感染症の影響により「意見不表明」になった場合であれば上場廃止にはしない旨の上場規則の改正に動く方針()を示している点、企業にとっては安心と言えよう。

除外事項 : 監査意見から除外される事項をいう。経営者が採用した会計方針の選択や適用方法、財務諸表の表示方法に関して不適切な事項がある場合、「除外事項あり」ということになる。

 東証が2020年3月18日に公表した「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた対応方針の概要」参照。これ以外にも東証は、「新型コロナウイルス感染症の影響により『事業活動の停止』となった場合も上場廃止にはしない」「新型コロナウイルス感染症の影響により債務超過となった場合を想定し、上場廃止基準における改善期間を延長(1年→2年)する」などの上場規則の改正を行う方針。

中国やイタリアなど感染者数が多い国に取引先(以下、海外取引先)がある企業では、監査人が決算期前に海外取引先に対して債権債務の残高確認書を発送したものの、海外取引先側の業務停滞により、現時点で監査人が返送を受けていないというケースも少なくない。そのような企業は、まずは確認結果が記された書面をスキャンしてPDFでメール送信するよう海外取引先に依頼するのも手だ。コロナ関連留意事項でも、「新型コロナウイルス感染症拡大防止対策の影響により、事業が停止している、又は業務が遅滞していることによって、海外に所在する金融機関や企業から確認に対する回答が得られない場合が想定される。この場合、回答を得られない理由や相手先の状況についての情報を入手し、適切な代替的手続を実施する」としたうえで、代替的手続として「確認回答の複写を電子メール等の電子経路により入手」「必要であれば監査人は、確認回答者が実際に回答を送信したかどうかを、確認回答者に電話により確かめる」といった手続きが例示されている。債権債務の残高確認書の回収率が芳しくない企業は積極的に取り組みたい。

もっとも、こういった代替的手続きが実施可能であれば、まだ“マシ”と言える。代替的手続きすら実施不能な場合もあるからだ。例えば、J-SOXの評価における重要な拠点として選定していた海外子会社の業務が、新型コロナウイルスの影響によりストップしており、内部統制の評価が困難であるような場合がそれにあたる(J-SOXや重要な事業拠点については【役員会 Good&Bad発言集】J-SOX対応の現況 を参照)。代替的手続きが存在しなければ、経営者は当該事実の及ぼす影響を把握したうえで、当該範囲を除外して、財務報告に係る内部統制の評価結果を表明せざるを得ない。この場合、監査人は、①経営者による評価が、やむを得ない事情を除き、全体として適切に実施されていること、かつ、②やむを得ない事情により、十分な評価手続を実施できなかったことが財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼすまでには至っていないことを確認できた場合には、監査報告書に追記情報として経営者が十分な評価手続を実施できなかった範囲およびその理由を記載して、無限定適正意見を表明することになる(コロナ関連留意事項の4ページ目の「3.内部統制監査」を参照)。企業としてはこのような展開に備え、当該子会社の状況について情報を収集し、「やむを得ない事情の存在」「やむを得ない事情により、十分な評価手続を実施できなかったことが財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼすまでには至っていないこと」を社内文書として残し、取締役会に報告するなどの対応を実施する必要がある。

重要な拠点 : J-SOXにおいて、販売・購買等の業務プロセスについて評価が必要になる拠点のこと。通常は売上高等を積み上げて連結ベースの概ね3分の2程度までをカバーする範囲を重要な拠点として選定する。

今回の新型コロナウイルス騒動は日本が初めて直面する事態であるだけに、決算対応や監査対応も手探りにならざるを得ない。上場企業としては、棚卸立会ができず重要な拠点に対する内部統制の評価も不可能であるなど、監査意見への影響が甚大になると予想される場合には、監査人と逐一協議のうえ、決算手続きを進めるべきだろう。

2020/03/18 日本企業も参考に 豪会計基準審議会が新型コロナのリスク開示FAQ公表

野村総合研究所
上級研究員 三井千絵

間もなく日本の上場企業の約70%が決算期末(2020年3月)を迎え、有価証券報告書の作成作業に入る。ここ数年、気候変動により企業が受けるリスクを特定した上で、事業や財務諸表に与える影響を評価・分析し開示することを求める声が投資家サイドから高まっているが、新型コロナウイルス感染症は気候変動をはるかに凌ぐことになるかもしれない。「不確実性」を少しでも低減するため、上場企業は取締役会レベルで自社の事業に与える影響とリスクを特定するとともに対応方針を議論し、会計監査人と連携しながら、クオリティの高い開示を行う必要がある。

その際に参考にしたいのが、・・・

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2020/03/18 日本企業も参考に 豪会計基準審議会が新型コロナのリスク開示FAQ公表(会員限定)

野村総合研究所
上級研究員 三井千絵

 
間もなく日本の上場企業の約70%が決算期末(2020年3月)を迎え、有価証券報告書の作成作業に入る。ここ数年、気候変動により企業が受けるリスクを特定した上で、事業や財務諸表に与える影響を評価・分析し開示することを求める声が投資家サイドから高まっているが、新型コロナウイルス感染症は気候変動をはるかに凌ぐことになるかもしれない。「不確実性」を少しでも低減するため、上場企業は取締役会レベルで自社の事業に与える影響とリスクを特定するとともに対応方針を議論し、会計監査人と連携しながら、クオリティの高い開示を行う必要がある。

その際に参考にしたいのが、オーストラリア会計基準評議会(Australian Accounting Standards Board =AASB)がこのほど公表した新型コロナウイルスの感染拡大により予想される財務報告および会計監査上の影響や重要な考慮事項をまとめたFAQ「The Impact of Coronavirus on Financial Reporting and the Auditor’s Considerations」だ。13ページからなるFAQは、冒頭で「すべての財務諸表作成者および会計監査人は新型コロナウイルス感染症の影響を考慮する必要がある」と明言した上で、「旅行業界や教育産業だけでなく、サプライチェーンやグローバルエコノミーにもたらす不確実性が、すべての産業にこれまで遭遇したことのないリスクをもたらすかもしれない。結果としてすべての企業が影響を受け、それは財務諸表にインパクトを与える」と述べている。

そして、企業の取締役、CEO、CFO、企業の中でコーポレート・ガバナンスに責任を持つ者(カンパニー・セクレタリーなど)は、来る決算において、財務諸表作成の初期の段階で新型コロナウイルス感染症の影響について十分に議論し評価することが重要だと訴えている。

続けてFAQは、「Key considerations(重要な考慮すべき事柄)」として、財務諸表作成者(企業)が評価すべきこと(新型コロナウイルス感染症が自社に与える影響が重要かどうかをいかに評価するのかなど)と会計監査人が留意すべきこと(ガバナンス責任者が適切なリスク評価手続きを実行しているか、渡航制限などにより監査手続きの実施や潜在的な監査範囲に制約が起きているかなど)をまとめた上で、企業、会計監査人それぞれが取り組むべきことを判断するためのフローチャートを提供している。

企業側のフローチャート入口は、「実際に財務諸表への影響があるかないかにかかわらず、新型コロナウイルスの感染拡大が事業に大きな影響を与えると合理的に予想しており、そのリスクが投資家の決定に影響を与えるか?」という質問になっている。すなわちAASBは、企業は、財務諸表に影響の有無にかかわらず、投資家の決定に影響を与えることが合理的に予想できる場合には「説明」をするべき、と明確に述べている。企業に対する入口の質問への回答が「YES」であれば(投資家の決定への影響を予想していれば)、次の質問は「財務的な影響があるか?」になる。そして、この質問への回答も「Yes」であれば、予想される財務諸表への影響を開示し、予想されない場合であっても自らの仮定を開示するよう求めている。

入口の質問への回答が「No」であれば(投資家の決定への影響を予想していなければ)、次の質問は「事業への重要な影響はあるか?」となる。この質問に対する回答も「No」であれば「開示不要」となるが、「Yes」であれば、上記同様、予想される財務諸表への影響を開示するよう求めている。

一方、会計監査人側がやるべきこととして、職業的懐疑心を発揮してリスクを特定し、新型コロナウイルス感染症の影響がリスク評価に組み込まれているかどうか、また、発生するビジネスリスクの重要性をどのように評価したのかについて経営者等と話し合う必要がある、と述べている。さらに、影響を受ける地域や取引関係なども評価に影響を与える可能性があると指摘している。

財務上のインパクトについては、企業には「どのようなタイプのインパクトがあり得るか」を分析するように求め、会計監査人には「どのように監査すべきか」について説明している。そして、仮に新型コロナウイルス感染症が重大な影響を与える場合は、どのような開示が必要になるのかを企業に説明するとともに、会計監査人に対してはどのような監査手続きが適切であるかを解説している。

このほかFAQでは、後発事象の評価、ゴーイング・コンサーンの判断、財務諸表以外での開示、ジョイントベンチャーや子会社・持ち分法適用会社から情報が取得できない場合の対応についても解説されている。

後発事象 : 決算日後に発生した企業の「財政状態」「経営成績」「キャッシュ・フローの状況」に影響を及ぼす会計事象のこと。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
ゴーイング・コンサーン : 企業が将来にわたって事業を継続していくという前提のこと。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

このAASBのFAQは日本企業にもそのまま活用できる。上場企業の役員は是非一読するべきだろう。

2020/03/17 新型コロナの影響で法人税・消費税の確定申告期限延長はあるか?

財務省は、本日(2019年3月18日)新型コロナウイルス感染症に関する特設サイト(サイト名は「新型コロナウイルス感染症関連情報」)を開設するなど、財政面での対策に動き始めている。当フォーラムの取材によると、例年3月末に見込まれる2020年度予算の成立後には急ピッチで経済対策を取りまとめる。経済対策の中には税制措置も盛り込まれる模様だ。

特設サイトの「税金関係」欄にもあるように、既に申告所得税や個人事業者の消費税などの確定申告および納付期限は4月16日(木)まで延長されている(2月27日付の国税庁のリリース参照)。

こうした中、企業の間で関心が高まっているのが、・・・

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2020/03/17 新型コロナの影響で法人税・消費税の確定申告期限延長はあるか?(会員限定)

財務省は、本日(2019年3月18日)新型コロナウイルス感染症に関する特設サイト(サイト名は「新型コロナウイルス感染症関連情報」)を開設するなど、財政面での対策に動き始めている。当フォーラムの取材によると、例年3月末に見込まれる2020年度予算の成立後には急ピッチで経済対策を取りまとめる。経済対策の中には税制措置も盛り込まれる模様だ。

特設サイトの「税金関係」欄にもあるように、既に申告所得税や個人事業者の消費税などの確定申告および納付期限は4月16日(木)まで延長されている(2月27日付の国税庁のリリース参照)。

こうした中、企業の間で関心が高まっているのが、法人税や(法人の)消費税の確定申告期限の延長の可能性だ。

3月3日に行われた日本公認会計士協会の手塚会長の記者会見では、「今後感染症が拡大し、2月期決算、3月期決算の作業が遅滞した場合には、定時株主総会を含む全体のスケジュールが影響を受ける事例も出てくるのではないか」との話も出ているが、実際、多くの企業が在宅勤務(テレワーク)、時短勤務、時差出勤、休暇、さらには従業員に発熱等の症状が出た場合における一定期間の出勤停止などを実施しており、企業活動にかなりの制約が生じている。

こうした状況を受け、東証と金融庁は早々(2月10日)に企業の開示負担を緩和する方針を打ち出したところだ。具体的には、東証は決算および四半期決算の適時開示の時期について、『決算手続き等に遅延が生じ速やかに決算内容等を確定することが困難となった場合には、「事業年度の末日から45日以内」などの時期にとらわれず、確定次第開示することで問題ない』としたほか、業績予想に関する(任意)開示についても、『決算内容の開示において合理的な見積もりが困難となった場合や、開示済みの業績予想の前提条件に大きな変動が生じた場合などにあっては、その旨を明らかにしたうえで業績予想を「未定」とする内容の開示を行い、その後に合理的な見積もりが可能となった時点で適切にアップデートすることが考えられる』旨の対応例を示している(東証のリリース「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた適時開示実務上の取扱い」参照)。また金融庁は、有価証券報告書や四半期報告書をはじめとする金融商品取引法に基づく開示書類の提出期限は、「やむを得ない理由により期限までに提出できない場合」には「財務(支)局長の承認」を受けることを条件に延長できることを確認的に示している(金融庁のリリース「新型コロナウイルス感染症に関連する有価証券報告書等の提出期限について」参照)。

東証、金融庁の動きに追随するように法務省は2月28日、「定款で定めた時期に定時株主総会を開催できない状況が生じた場合には、その状況が解消された後合理的な期間内に開催すれば足りる」旨の会社法上の見解を示したのは既報のとおりだ(2020年3月4日のニュース「新型コロナ対策で富士ソフトがハイブリッド型バーチャル株主総会」参照)。

このように、適時開示、金商法開示、株主総会という企業の決算に関する“ビッグイベント”について、それぞれの関係機関が続々と延期を容認する姿勢を示す中で、法人税・消費税(法人の消費税を指す。以下同)の申告期限の延長を一律で認めるというアナウンスは、上記財務省の“特設サイト”においても出されていない。しかし、決算作業が遅れれば、法定期限通りに法人税や消費税の確定申告を行うことが困難となる企業が出て来ても不思議ではない。

実は法人税法には、「やむを得ない理由」がある場合に、個別に確定申告期限の延長を法人側の「申請」により認める規定があり(法人税法75条)、申請期限は、事業年度終了の日の翌日から「45日以内」となっている(同法2項)。3月決算企業であれば5月15日までに決断をすればよいため、まだ時間的な余裕はある。

一方、消費税についてはこのような規定は存在しないが、申告期限の延長が不可能なわけではない。東日本大震災の際には、大きな被害を受けた特定の地域の法人に限らず、個別に確定申告期限の延長を認めている(東日本大震災の際に国税庁が明らかにしたQ&Aのうち下記の[Q2]参照)。これは国税通則法(11条、同法施行令3条2項)という法律を根拠としているが、同法は法人税など特定の税目を対象にしているわけではなく、消費税の確定申告期限延長の個別申請にも対応しているものと考えられる(ちなみに、上述した申告所得税や個人情報者の消費税の確定申告等の延長も同じくこの規定を根拠にしている)。

[Q2] 個別指定による期限の延長
地域指定された地域以外の地域に納税地がある法人が、災害により、確定申告書を申告期限までに提出することができない場合にはどうしたらよいでしょうか。
[A]
 災害などの理由により、国税に関する申告、納付などをその期限までにすることができないと認める場合には、地域指定がされている場合を除き、所轄の税務署長は納税者の申請により、その理由のやんだ日から2か月以内に限り、期日を指定して申告、納付などの期限を延長することができることとされています(国税通則法11条、国税通則法施行令3条)。
             以下略

ただ、「個別」に法人税・消費税の申告期限の延長を税務署に認められるハードルは決して低くはないだろう。税務署に申請に行ったところ、「社員が新型コロナウイルスに感染して申告作業ができない等の理由がないと認められない」と言われたとの話も伝わってくる。

とはいえ、新型コロナウイルスの影響が当初予想よりもはるかに長引く恐れが現実のものになりつつあり、また、東証、金融庁、法務省が開示や株主総会総会の延期を容認する中、税務当局だけが「申告期限の延長は認めない」という姿勢を貫き続けられるかどうかは不透明だ。実際に決算作業が遅れ、その影響で税務申告作業も予定通り進まないという声が大きくなれば、個別申請による申告期限の延長にとどまらず、国税庁が上記国税通則法を使って一律に法人税・消費税の申告期限を延長することが検討される可能性は否定できないだろう。

2020/03/16 “自社の株主”としての「ノルウェー政府系ファンド」の考え方

上場会社の役員でも、ノルウェーの政府系ファンド「Norge Bank Investment Management」(以下、同ファンド)という名称を知っている人は意外と少ない。しかし、その影響力は絶大だ。運用資産額は、世界最大のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に次ぐ1.1兆ドルにのぼり、グローバルで約9000社の株式を保有している。巨額の資金を運用する海外の政府系ファンドの中でも最も規模の大きい投資家である。

その巨大さとともに、同ファンドのもう一つの特徴と言えるのが、・・・

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2020/03/16 “自社の株主”としての「ノルウェー政府系ファンド」の考え方(会員限定)

日本シェアホルダーサービス株式会社
シニアアナリスト 水嶋 創

 
上場企業にとって、国内外の機関投資家による自社株式の保有状況等は当然気になるところだが、自社の株主について把握しておくべき情報はそれだけにとどまらない。

上場会社の役員でも、ノルウェーの政府系ファンド「Norge Bank Investment Management」(以下、同ファンド)という名称を知っている人は意外と少ない。しかし、その影響力は絶大だ。運用資産額は、世界最大のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に次ぐ1.1兆ドルにのぼり、グローバルで約9000社の株式を保有している。巨額の資金を運用する海外の政府系ファンドの中でも最も規模の大きい投資家である。

その巨大さとともに、同ファンドのもう一つの特徴と言えるのが、積極的な情報開示(ディスクロージャー)だ。一般的に政府系ファンドは情報開示が限定的であることが多いが、同ファンドのホームぺージなどによるディスクロジャーの充実ぶりは目を見張るものがある。

上場会社としては、同ファンドに限らず、どの機関投資家がどれくらい自社の株式を保有しているのかを把握しておくべきだが、機関投資家は信託銀行等のカストディアンを通じて株式を保有するため、株主名簿に機関投資家の名称は出てこない(株主名簿にはカストディアン名が記載される)。したがって、カストディアンの背後にいて、売買決定権を持つ「実質株主」である機関投資家の保有株式数は株主名簿からは窺い知ることができず、これを把握するためには実質株主判明調査などが必要になるのが通常だが、同ファンドの保有状況は同ファンドのホームページで確認することが可能となっている。以下のリンク先から「EQUITIES ⇒Asia ⇒Japan」と進んだ後、会社名を検索すれば2019年12月末の保有状況(金額ベース)を確認することができる。

カストディアン : 投資家に代わって株式の管理(カストディ)を行う機関のこと。信託銀行等が該当する。機関投資家は信託銀行等を通じて株式を保有するのが通常であり、多くの場合、名義上の株主は信託銀行などのカストディアンとなっている。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

<保有状況の確認>
https://www.nbim.no/en/the-fund/holdings/holdings-as-at-31.12.2019/?fullsize=true

また、議決権行使結果についても、以下のリンクから会社名/証券コードで検索することができる。当然会社や議案によって異なるが、同ファンドは一般的には会社提案議案への賛成行使が比較的多い投資家であるとされる。例えばROE基準による機械的な反対行使などは見受けられない。同ファンドによる自社の議案への賛否状況を確認しておきたいところだ。

ROE基準 : 議決権行使助言会社最大手のISSは、直近および過去5年平均のROE(Return On Equity=株主資本利益率(利益/株主資本))が5%を下回り、かつ改善傾向にない場合、経営トップ(通常は社長、会長)である取締役の選任議案に反対推奨するとしている。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

<議決権行使結果の個別開示>
https://www.nbim.no/en/the-fund/responsible-investment/our-voting-records/

ただし、「会社提案議案への賛成行使が比較的多い」ということが、同ファンドが議決権行使やエンゲージメントに対する関心が薄いということを意味するわけでない。これは、同ファンドのホームページ上で開示されている様々なレポート等からも明らかだ。その中でも2018年以降にリリースされた4つの「Position Paper」(以下、ペーパー)は是非ともチェックしておきたい。

<Position Paper>
https://www.nbim.no/en/the-fund/responsible-investment/our-voting-records/position-papers/

2018年には「業界経験のある独立役員選任の重要性」「議長とCEOの分離」「独立役員の兼職の制限」(目安として上場企業の役員としては5社まで)の3つのペーパーが公表されており、これらを議決権行使判断にあたって考慮することを示唆している。

また、本年(2020年)になってからはサステナビリティ・レポーティングに関するペーパーが発行されている。このペーパーでは、企業に対して持続可能性の観点から重要なリスクとオポチュニティ(機会)に関する情報を開示するよう求めている。さらに、これらの開示を促すような株主提案については賛成行使を検討するともしている。

同ファンドはその運用資産額の大きさから、多くの企業にとって重要性の高い株主であることは間違いないだけに、その考え方を理解しておく意義は大きいと言えよう。

2020/03/15 【2020年2月の課題】自社がTOBのターゲットとなった場合の対応(会員限定)

TOBが提案された後の展開や提案内容に変化

昨年(2019年)末に、JASDAQ上場の半導体製造装置メーカーであるニューフレアテクノロジーに対して、ニューフレアの株式の52.4%を保有する同社の親会社である東芝デバイス&ストレージ(東芝の連結子会社)がTOBを実施しました。その際、精密機器大手のHOYAがより高い価格による対抗TOBを提案したことが話題を呼んだところです(2019年12月23日のニュース『HOYAの「対抗TOB」の行方』参照)。結果は東芝デバイス&ストレージのTOBが成立したことで、HOYAによる対抗TOBの提案は無効になりましたが、果たしてニューフレアの経営陣が両社の提案を公平・公正に検討したのか、疑問を持つ機関投資家も少なくありません。

ニューフレアテクノロジーのような上場子会社を対象としたものをはじめ、最近の資本市場ではTOBが目に付くようになりました。しかも、従来のTOBは友好的なものが中心で、当初提案どおりに成立することが前提とされており、提案の内容も「全部買付」か「一部買付か」くらいの違いしかありませんでしたが、このところ起きているTOBを見ると、TOBが提案された後の展開や提案内容のバリエーションも増えています。例えば、成立を前提とした友好的なTOBではなく、保有株式の高値買取を意図した グリーンメーラーが経営陣を揺さぶるために提案する敵対的なTOBでは、TOBを仕掛けられた会社が友好的な第三者である ホワイトナイトの傘下に入るなどの対抗提案を出すケースがあります。また友好的か敵対的かにかかわらず、TOB提案後に条件が変更されるケース(現株主に株式売却を決断させるための買付価格の引上げや、現株主による株式売却意向が予想以上に強いと判断した場合における買付株数の引上げ)など、TOB提案後に状況が変化するケースが珍しくなくなっています。

グリーンメーラー : “乗っ取り屋”と呼ばれる投資家のこと。短期的な利益を目的に特定企業の株式を市場で買い集め、プレミアムを乗せたり株価を吊り上げたりしたうえで、当該企業に株式の買取りを求める手法を使うため、1980年代の米国では「企業に対する脅迫」として強い批判を浴びた。グリーンメールとは、ドル紙幣を意味する「グリーンバック」と恐喝を意味する「ブラックメール」を組み合わせた造語である。
ホワイトナイト : 敵対的買収を仕掛けられた際に、当該買収者に対抗して、友好的な買収を提案してくれる会社等のこと。白馬の騎士(ホワイトナイト)に例えてこう呼ばれる。通常は、敵対的買収者よりも高い価格で株式を買い取るか、第三者割当増資を引き受けることになる。

TOBに対する機関投資家の基本的なスタンス

では、このようにTOBのシナリオが複雑化する中、自社がTOBのターゲットとなった場合、経営陣としてはどのような対応を図るべきでしょうか。対応を検討するうえで念頭に置いておく必要があるのが、自社の株式を大量に保有している機関投資家の動きです。

機関投資家(運用会社)の使命は言うまでもなく良好な運用成果を残すことであるため、TOBへの対応も、そのリターンとリスクを総合的に勘案して決定することになります。したがって、敵対的なTOBであるか友好的なTOBであるかを問わず、「市場株価よりも高く株式を購入してもらえるのであれば歓迎」というのが機関投資家の基本的なスタンスです。ただし、それが敵対的なTOBの提案である場合、その成立可能性(会社に高値で株式を買取ってもらうことを目的とした揺さぶりのケースもある)や、より魅力的な対抗提案がなされる可能性がないのか、さらには社会的な批判に晒されるようなことにならないかなどを見極めてから、株式の売却に応じるかどうかを判断することになります。

TOBの成立可能性がさほど高くないと見込まれる場合、市場株価は一定の上昇があってもTOB価格には及ばないことになります。この状況で株式を市場で売却し、その後にTOBが成立した場合、市場株価よりも高いTOB価格で株式を売却する機会を逃したことになります。逆に、TOBが成立せず、株価が反落した場合には、ある程度はTOB成立への期待が込められた相対的に高めの株価での売却に成功したことになります。

また、対抗提案が出される可能性がある場合には、市場株価がTOB価格を上回ることがあります。このような局面では、その時点の市場株価で売却するのか、あるいは対抗提案が出現してさらに株価が上がるのを期待して持ち続けるべきかの判断を迫られることになります。仮に持ち続けた場合、当初の提案より魅力的な対抗提案が出されれば「成功」だったことになりますが、対抗提案が出されず、市場株価が下落してTOB価格に収れんした場合は、より高い市場株価で売却するチャンスを逃したことになります。

敵対的TOBへの対抗案として「友好的TOB」が提案された場合の機関投資家の判断基準

敵対的TOBへの対抗提案として「友好的TOB」が提案されることがあります(ホワイトナイトが出現するケース)。機関投資家は、敵対的TOBよりも有利な条件の友好的TOBであれば、これを支持することになります。ただし、TOBを受けた会社が「友好的TOBの方が自社の企業価値を向上させるものである」としてその支持を表明しながら、友好的TOB価格が敵対的TOB価格より低いということもあります。

このような場合、機関投資家が友好的TOBに同意することはありません。なぜなら、友好的TOBの提案の方が本当に企業価値を向上させるのであれば、それを反映してTOB価格もより有利なものが提案されるはずだからです。たとえ友好的TOBであっても、低いTOB価格を提案しているということは、企業価値の向上効果も低く評価していると判断せざるを得ません。

ただ、他の大株主のTOBへの応募状況によっては、TOB価格の高い敵対的提案ではなく、TOB価格の低い友好的提案が成立してしまうこともあり得ます。例えばTOBの対象会社と取引のある金融機関の子会社である運用会社が、親会社である金融機関の意向をくみ取って友好的提案に応じるような場合です。この場合、不利な条件に応じた大株主は、その会社の他の株主から厳しい批判を受けることになりますが、不利な条件に応じたことについて他の株主が納得できるような合理的説明をすることは困難でしょう(上記の例では「利益相反」が問われることになります)。機関投資家は顧客である出資者(アセットオーナー)の期待に応える責務がありますので、TOB価格の低い友好的提案に応じることは基本的にはなく、たとえ敵対的であったとしても、より高いTOB価格の提案の成立を望むことになります。

新たな買い付けは例外的

このほか、TOBに際して、機関投資家が新たに株式を買い付けることもあり得ますが、あまり一般的ではありません。TOBが公表され、その成立可能性が相応に高ければ、市場株価がTOB価格に近づくため、TOB公表後に新たに株式を買い付けても、利益をあげられる余地は限られているからです。

TOB公表後に新たに株式を買い付けるとすれば、市場株価とTOB価格の(わずかな)差額の利益を確実に得ることを狙うか、対抗提案などによって条件の引き上げが相応に見込まれる場合に限られます。最低でもTOB価格で買い取ってもらえることが確実であるうえ、場合によっては条件の引き上げによって大きな利益を得られるという「損することはなく、利益を得るチャンスだけがある」という状況です。もっとも、これまでの例を見ても、対抗提案が出されたり条件が引き上げられたりすることはほとんどなく、短期筋のヘッジファンドなどを除けば、メインストリーム(本流)の機関投資家が新たに株式を買い付けるという行動に出ることは例外的と言えるでしょう。

パッシブ運用、アクティブ運用による違い

また、機関投資家の対応は、運用方針の違い、具体的には パッシブ運用アクティブ運用いずれのスタンスをとっているかによっても大きく分かれます。

パッシブ運用 : 銘柄を選別し、魅力のある銘柄を購入する一方で、見劣りする銘柄を売却するなどして利益を得ようとする投資手法(以下、アクティブ運用)をとる投資家のこと。アクティブ運用はパッシブ運用の対極の概念であり、運用担当者(ファンド・マネージャー)が、株式市場や投資銘柄などを調査し、今後の動向を予測することでポートフォリオを決定する。市場の平均的な収益率をベンチマークとし、これを上回る運用成果を上げることを目標にすることが多い。
アクティブ運用 : 銘柄を選別し、魅力のある銘柄を購入する一方で、見劣りする銘柄を売却するなどして利益を得ようとする投資手法(以下、アクティブ運用)をとる投資家のこと。アクティブ運用はパッシブ運用の対極の概念であり、運用担当者(ファンド・マネージャー)が、株式市場や投資銘柄などを調査し、今後の動向を予測することでポートフォリオを決定する。市場の平均的な収益率をベンチマークとし、これを上回る運用成果を上げることを目標にすることが多い。

パッシブ運用では、株価指数を構成する銘柄をポートフォリオに組み込むことになりますが、TOPIXに代表される株価指数は、突発的なコーポレートアクションの影響を受けにくいように設計されています。例えばポートフォリオに組み込まれている銘柄がTOBの対象となった場合、TOBが成立した後に浮動株比率が調整されるなどして、株価指数におけるウェイトが変更されます。このため、パッシブ運用を採用している機関投資家は、TOBには応じず、TOB成立後の株価指数ウェイトの変更に応じてポジションを調整することになります。ただし近年は、パッシブ運用であっても、機会を捕えて超過収益を狙うことが求められるようになっており、指数ウェイト変更前にポジションを調整することもあります。とはいえ、パッシブ運用の基本はあくまでインデックスに忠実に追随することであり、そのような対応は例外的なものにとどまっています。

浮動株 : 市場に出回っている株式のこと

これに対しアクティブ運用の場合は、その株式を「割安」と考えて保有していたはずですので、TOB価格が目標株価を上回っていれば、売却するかTOBに応じることになります。仮に市場株価がTOB価格より低い場合でも、TOBが不成立となるリスクを避け、早期に資金を回収して他の株式への投資チャンスを狙うため、TOB価格よりも多少安いぐらいであれば、市場で売却することも選択肢となります。一方、一部買付のTOBでは成立後も上場が維持されることが一般的なので、目標株価がTOB価格よりも高く、かつ、TOBに応じるよりも保有し続けた方がリターンが大きくなると見込まれる場合には、保有を続けることもあります。ただし、目標株価とTOB価格の差が小さく、期待リターンが限定される場合などは、目標株価がTOB価格を上回っていたとしても、利益確定を急いで市場での売却やTOBに応じることを選択するケースもあります。実際のところ、目標株価とTOB価格にさや寄せした市場価格の差がさほど大きくない場合には、TOBが不成立となり株価が反落するリスクなどを考慮し、あらかじめ市場株価で売却するケースの方が多いと言えるでしょう。

TOBの対象となった会社が取るべき対応

では、上述したような機関投資家の行動特性を踏まえ、TOBを仕掛けられた会社としてはどのような対応をとるべきでしょうか。考えられる対応としては以下のようなものが挙げられます。

(1)友好的TOBの場合
親会社や経営統合のパートナーなど友好的な買手であれば、TOBの対象となった会社の経営陣としては、株主である機関投資家に何としても本TOBの相当性を理解してもらう必要があります。理想はTOBに応じてもらうことですが、TOB期限に先立って株式を売却した場合でも、その株式がTOBに疑問を持ったりこれを阻止しようと企んだりするような者ではなく、あくまでもTOB価格との裁定取引による短期の利益獲得を狙うだけの投資家に渡るよう、本TOBの相当性を市場に訴え続けなければなりません。

裁定取引 : 同一価値のものに対して異なる価格が付いている局面で、「割高な方を売り、割安な方を買う」取引のこと。

まずはTOB価格が機関投資家の目標株価を上回るものであること、少なくとも大部分の株主に相応の投資収益をもたらすものであることを、買われる側として説明することが求められます。そのプロセスとして独立性の高い特別委員会を組成し、TOB価格などの条件面を検討します。特別委員会のメンバーとには、社外役員を中心に社外有識者など、業務執行者を含まない(利益相反関係のない)人を選ぶべきです。特別委員会はあくまでも機関投資家をはじめとする少数株主の利益を最優先する立場であることが、外形的に明らかであることが望ましいと言えます。

TOB価格については、機関投資家が納得できる水準であるかが重要になります。ポイントとしては、①市場株価に対して十分なプレミアムが付されているか、②会社の正味資産(解散価値)と比べて過小評価していないか、③同業他社の市場株価(バリュエーション)を不当に下回っていないか、の3点が挙げられます。①については、一般的に直近および過去1・3・6か月の株価に対して「4割程度」のプレミアムとなっていれば、機関投資家はTOBに応じやすいようです。②については、株価純資産倍率(PBR)で1倍を大きく割り込むような価格水準ではないか、適切に評価していない無形資産がないかなどが要注意点となります。③については、比較する同業他社の選定が適切か、いたずらに業績が悪い会社を選んでいないかなどを確認しておくべきでしょう。

プレミアム : 割増価格のこと
株価純資産倍率(PBR) : Price Book-value Ratioの略で、「株価 ÷1株当たり株主資本」により計算される。PBRが1倍を大幅に下回るケースは、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりする状態である。

また、会社としては、TOBが成立するよう、株主のみならず、顧客や従業員などのステークホルダーにTOBの意義を理解してもらう必要があります。仮に顧客の離反や従業員の反抗などが生じた場合、株主である機関投資家がTOB後の経営に不安を感じ、TOBそのものの成立に疑いを持つようになり、TOBの期限前に売り抜ける動きが続いた結果、株価がTOB価格と乖離した安値に陥りかねません。そうなればTOBの成立がさらに疑いの目で見られるようになるのみならず、安値に目を付けたアクティビストが株主となって不当な要求を突き付けてくるリスクも考えられます。TOBの成立に向けて一致団結することこそ、TOBの対象となった会社の経営陣に課された責務と言えるでしょう。

(2)敵対的TOBの場合
競合先やアクティビストなど敵対的な買手であるならば、TOBを仕掛けられた会社の経営陣としては、機関投資家に納得してもらえる対案を講じる必要があります。さもなければ、会社を守ることはできません。

最もオーソドックスな方策は、魅力的な経営計画を打ち出すことによって、将来の株価がTOB価格を上回る見通しを市場に訴えることでしょう。この場合、TOB価格をどれくらい上回るか、それが実現する時期はいつ頃か、説得力とバランスを備えている必要があります。金額の差異が小さかったり、時期が先過ぎたりすれば、機関投資家は敵対的買収者の提案に乗って利益を確定させてしまうでしょう。

ただし、現実問題として時間的な制約もあり、投資家を納得させるのに十分な計画を提示することは非常に難しいと言わざるを得ません。そこで、実際的な手段として、さらなる高値で対抗TOBをかけてくれるホワイトナイトを探すことになります。敵対的TOBにより実現される企業価値を超えるためには、生産設備や技術、顧客などの共有、コストカットの余地などシナジー効果が大きいことが必須となります。実現性の高い企業価値向上ストーリーが伴った、より高いTOB価格を機関投資家に提示することが必要です。

なお、敵対的TOBの提案者がアクティビストなど自社事業に精通した者でない場合は、“ネガティブキャンペーン”が奏功する場合もあります。提案者は実際にTOBを成功させるつもりはなく、高値買取を狙ったグリーンメーラーである、濫用的買収者であると訴えてTOBの成功見通しを否定することにより、株価の上昇を抑えることができます。それでもある程度は株価が上がれば機関投資家が売り抜けるリスクは否定できないため、独自の企業価値向上策や株主還元策を打ち出すことで将来的な株価上昇を期待させる必要があるでしょう。

ここまで敵対的TOBを避ける手段を説明してきましたが、その提案が企業価値を高める妥当なものであれば一概に反対すべきではありません。敵対的TOBであっても、まずは友好的TOBの場合と同様、独立性の伴った特別委員会でTOB提案を検討すべきです。検討の結果、提案通りもしくはある程度の修正があれば企業価値の向上が見込めるという場合には、経営陣は取締役会としてTOB提案に賛同しなければなりません。適切なTOBに対して適切な判断を下し、それによってTOBを実現させることは、機関投資家が望むことと一致するのです。