TOBが提案された後の展開や提案内容に変化
昨年(2019年)末に、JASDAQ上場の半導体製造装置メーカーであるニューフレアテクノロジーに対して、ニューフレアの株式の52.4%を保有する同社の親会社である東芝デバイス&ストレージ(東芝の連結子会社)がTOBを実施しました。その際、精密機器大手のHOYAがより高い価格による対抗TOBを提案したことが話題を呼んだところです(2019年12月23日のニュース『HOYAの「対抗TOB」の行方』参照)。結果は東芝デバイス&ストレージのTOBが成立したことで、HOYAによる対抗TOBの提案は無効になりましたが、果たしてニューフレアの経営陣が両社の提案を公平・公正に検討したのか、疑問を持つ機関投資家も少なくありません。
ニューフレアテクノロジーのような上場子会社を対象としたものをはじめ、最近の資本市場ではTOBが目に付くようになりました。しかも、従来のTOBは友好的なものが中心で、当初提案どおりに成立することが前提とされており、提案の内容も「全部買付」か「一部買付か」くらいの違いしかありませんでしたが、このところ起きているTOBを見ると、TOBが提案された後の展開や提案内容のバリエーションも増えています。例えば、成立を前提とした友好的なTOBではなく、保有株式の高値買取を意図した グリーンメーラーが経営陣を揺さぶるために提案する敵対的なTOBでは、TOBを仕掛けられた会社が友好的な第三者である ホワイトナイトの傘下に入るなどの対抗提案を出すケースがあります。また友好的か敵対的かにかかわらず、TOB提案後に条件が変更されるケース(現株主に株式売却を決断させるための買付価格の引上げや、現株主による株式売却意向が予想以上に強いと判断した場合における買付株数の引上げ)など、TOB提案後に状況が変化するケースが珍しくなくなっています。
グリーンメーラー : “乗っ取り屋”と呼ばれる投資家のこと。短期的な利益を目的に特定企業の株式を市場で買い集め、プレミアムを乗せたり株価を吊り上げたりしたうえで、当該企業に株式の買取りを求める手法を使うため、1980年代の米国では「企業に対する脅迫」として強い批判を浴びた。グリーンメールとは、ドル紙幣を意味する「グリーンバック」と恐喝を意味する「ブラックメール」を組み合わせた造語である。
ホワイトナイト : 敵対的買収を仕掛けられた際に、当該買収者に対抗して、友好的な買収を提案してくれる会社等のこと。白馬の騎士(ホワイトナイト)に例えてこう呼ばれる。通常は、敵対的買収者よりも高い価格で株式を買い取るか、第三者割当増資を引き受けることになる。
TOBに対する機関投資家の基本的なスタンス
では、このようにTOBのシナリオが複雑化する中、自社がTOBのターゲットとなった場合、経営陣としてはどのような対応を図るべきでしょうか。対応を検討するうえで念頭に置いておく必要があるのが、自社の株式を大量に保有している機関投資家の動きです。
機関投資家(運用会社)の使命は言うまでもなく良好な運用成果を残すことであるため、TOBへの対応も、そのリターンとリスクを総合的に勘案して決定することになります。したがって、敵対的なTOBであるか友好的なTOBであるかを問わず、「市場株価よりも高く株式を購入してもらえるのであれば歓迎」というのが機関投資家の基本的なスタンスです。ただし、それが敵対的なTOBの提案である場合、その成立可能性(会社に高値で株式を買取ってもらうことを目的とした揺さぶりのケースもある)や、より魅力的な対抗提案がなされる可能性がないのか、さらには社会的な批判に晒されるようなことにならないかなどを見極めてから、株式の売却に応じるかどうかを判断することになります。
TOBの成立可能性がさほど高くないと見込まれる場合、市場株価は一定の上昇があってもTOB価格には及ばないことになります。この状況で株式を市場で売却し、その後にTOBが成立した場合、市場株価よりも高いTOB価格で株式を売却する機会を逃したことになります。逆に、TOBが成立せず、株価が反落した場合には、ある程度はTOB成立への期待が込められた相対的に高めの株価での売却に成功したことになります。
また、対抗提案が出される可能性がある場合には、市場株価がTOB価格を上回ることがあります。このような局面では、その時点の市場株価で売却するのか、あるいは対抗提案が出現してさらに株価が上がるのを期待して持ち続けるべきかの判断を迫られることになります。仮に持ち続けた場合、当初の提案より魅力的な対抗提案が出されれば「成功」だったことになりますが、対抗提案が出されず、市場株価が下落してTOB価格に収れんした場合は、より高い市場株価で売却するチャンスを逃したことになります。
敵対的TOBへの対抗案として「友好的TOB」が提案された場合の機関投資家の判断基準
敵対的TOBへの対抗提案として「友好的TOB」が提案されることがあります(ホワイトナイトが出現するケース)。機関投資家は、敵対的TOBよりも有利な条件の友好的TOBであれば、これを支持することになります。ただし、TOBを受けた会社が「友好的TOBの方が自社の企業価値を向上させるものである」としてその支持を表明しながら、友好的TOB価格が敵対的TOB価格より低いということもあります。
このような場合、機関投資家が友好的TOBに同意することはありません。なぜなら、友好的TOBの提案の方が本当に企業価値を向上させるのであれば、それを反映してTOB価格もより有利なものが提案されるはずだからです。たとえ友好的TOBであっても、低いTOB価格を提案しているということは、企業価値の向上効果も低く評価していると判断せざるを得ません。
ただ、他の大株主のTOBへの応募状況によっては、TOB価格の高い敵対的提案ではなく、TOB価格の低い友好的提案が成立してしまうこともあり得ます。例えばTOBの対象会社と取引のある金融機関の子会社である運用会社が、親会社である金融機関の意向をくみ取って友好的提案に応じるような場合です。この場合、不利な条件に応じた大株主は、その会社の他の株主から厳しい批判を受けることになりますが、不利な条件に応じたことについて他の株主が納得できるような合理的説明をすることは困難でしょう(上記の例では「利益相反」が問われることになります)。機関投資家は顧客である出資者(アセットオーナー)の期待に応える責務がありますので、TOB価格の低い友好的提案に応じることは基本的にはなく、たとえ敵対的であったとしても、より高いTOB価格の提案の成立を望むことになります。
新たな買い付けは例外的
このほか、TOBに際して、機関投資家が新たに株式を買い付けることもあり得ますが、あまり一般的ではありません。TOBが公表され、その成立可能性が相応に高ければ、市場株価がTOB価格に近づくため、TOB公表後に新たに株式を買い付けても、利益をあげられる余地は限られているからです。
TOB公表後に新たに株式を買い付けるとすれば、市場株価とTOB価格の(わずかな)差額の利益を確実に得ることを狙うか、対抗提案などによって条件の引き上げが相応に見込まれる場合に限られます。最低でもTOB価格で買い取ってもらえることが確実であるうえ、場合によっては条件の引き上げによって大きな利益を得られるという「損することはなく、利益を得るチャンスだけがある」という状況です。もっとも、これまでの例を見ても、対抗提案が出されたり条件が引き上げられたりすることはほとんどなく、短期筋のヘッジファンドなどを除けば、メインストリーム(本流)の機関投資家が新たに株式を買い付けるという行動に出ることは例外的と言えるでしょう。
パッシブ運用、アクティブ運用による違い
また、機関投資家の対応は、運用方針の違い、具体的には パッシブ運用、アクティブ運用いずれのスタンスをとっているかによっても大きく分かれます。
パッシブ運用 : 銘柄を選別し、魅力のある銘柄を購入する一方で、見劣りする銘柄を売却するなどして利益を得ようとする投資手法(以下、アクティブ運用)をとる投資家のこと。アクティブ運用はパッシブ運用の対極の概念であり、運用担当者(ファンド・マネージャー)が、株式市場や投資銘柄などを調査し、今後の動向を予測することでポートフォリオを決定する。市場の平均的な収益率をベンチマークとし、これを上回る運用成果を上げることを目標にすることが多い。
アクティブ運用 : 銘柄を選別し、魅力のある銘柄を購入する一方で、見劣りする銘柄を売却するなどして利益を得ようとする投資手法(以下、アクティブ運用)をとる投資家のこと。アクティブ運用はパッシブ運用の対極の概念であり、運用担当者(ファンド・マネージャー)が、株式市場や投資銘柄などを調査し、今後の動向を予測することでポートフォリオを決定する。市場の平均的な収益率をベンチマークとし、これを上回る運用成果を上げることを目標にすることが多い。
パッシブ運用では、株価指数を構成する銘柄をポートフォリオに組み込むことになりますが、TOPIXに代表される株価指数は、突発的なコーポレートアクションの影響を受けにくいように設計されています。例えばポートフォリオに組み込まれている銘柄がTOBの対象となった場合、TOBが成立した後に浮動株比率が調整されるなどして、株価指数におけるウェイトが変更されます。このため、パッシブ運用を採用している機関投資家は、TOBには応じず、TOB成立後の株価指数ウェイトの変更に応じてポジションを調整することになります。ただし近年は、パッシブ運用であっても、機会を捕えて超過収益を狙うことが求められるようになっており、指数ウェイト変更前にポジションを調整することもあります。とはいえ、パッシブ運用の基本はあくまでインデックスに忠実に追随することであり、そのような対応は例外的なものにとどまっています。
浮動株 : 市場に出回っている株式のこと
これに対しアクティブ運用の場合は、その株式を「割安」と考えて保有していたはずですので、TOB価格が目標株価を上回っていれば、売却するかTOBに応じることになります。仮に市場株価がTOB価格より低い場合でも、TOBが不成立となるリスクを避け、早期に資金を回収して他の株式への投資チャンスを狙うため、TOB価格よりも多少安いぐらいであれば、市場で売却することも選択肢となります。一方、一部買付のTOBでは成立後も上場が維持されることが一般的なので、目標株価がTOB価格よりも高く、かつ、TOBに応じるよりも保有し続けた方がリターンが大きくなると見込まれる場合には、保有を続けることもあります。ただし、目標株価とTOB価格の差が小さく、期待リターンが限定される場合などは、目標株価がTOB価格を上回っていたとしても、利益確定を急いで市場での売却やTOBに応じることを選択するケースもあります。実際のところ、目標株価とTOB価格にさや寄せした市場価格の差がさほど大きくない場合には、TOBが不成立となり株価が反落するリスクなどを考慮し、あらかじめ市場株価で売却するケースの方が多いと言えるでしょう。
TOBの対象となった会社が取るべき対応
では、上述したような機関投資家の行動特性を踏まえ、TOBを仕掛けられた会社としてはどのような対応をとるべきでしょうか。考えられる対応としては以下のようなものが挙げられます。
(1)友好的TOBの場合
親会社や経営統合のパートナーなど友好的な買手であれば、TOBの対象となった会社の経営陣としては、株主である機関投資家に何としても本TOBの相当性を理解してもらう必要があります。理想はTOBに応じてもらうことですが、TOB期限に先立って株式を売却した場合でも、その株式がTOBに疑問を持ったりこれを阻止しようと企んだりするような者ではなく、あくまでもTOB価格との裁定取引による短期の利益獲得を狙うだけの投資家に渡るよう、本TOBの相当性を市場に訴え続けなければなりません。
裁定取引 : 同一価値のものに対して異なる価格が付いている局面で、「割高な方を売り、割安な方を買う」取引のこと。
まずはTOB価格が機関投資家の目標株価を上回るものであること、少なくとも大部分の株主に相応の投資収益をもたらすものであることを、買われる側として説明することが求められます。そのプロセスとして独立性の高い特別委員会を組成し、TOB価格などの条件面を検討します。特別委員会のメンバーとには、社外役員を中心に社外有識者など、業務執行者を含まない(利益相反関係のない)人を選ぶべきです。特別委員会はあくまでも機関投資家をはじめとする少数株主の利益を最優先する立場であることが、外形的に明らかであることが望ましいと言えます。
TOB価格については、機関投資家が納得できる水準であるかが重要になります。ポイントとしては、①市場株価に対して十分なプレミアムが付されているか、②会社の正味資産(解散価値)と比べて過小評価していないか、③同業他社の市場株価(バリュエーション)を不当に下回っていないか、の3点が挙げられます。①については、一般的に直近および過去1・3・6か月の株価に対して「4割程度」のプレミアムとなっていれば、機関投資家はTOBに応じやすいようです。②については、株価純資産倍率(PBR)で1倍を大きく割り込むような価格水準ではないか、適切に評価していない無形資産がないかなどが要注意点となります。③については、比較する同業他社の選定が適切か、いたずらに業績が悪い会社を選んでいないかなどを確認しておくべきでしょう。
プレミアム : 割増価格のこと
株価純資産倍率(PBR) : Price Book-value Ratioの略で、「株価 ÷1株当たり株主資本」により計算される。PBRが1倍を大幅に下回るケースは、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりする状態である。
また、会社としては、TOBが成立するよう、株主のみならず、顧客や従業員などのステークホルダーにTOBの意義を理解してもらう必要があります。仮に顧客の離反や従業員の反抗などが生じた場合、株主である機関投資家がTOB後の経営に不安を感じ、TOBそのものの成立に疑いを持つようになり、TOBの期限前に売り抜ける動きが続いた結果、株価がTOB価格と乖離した安値に陥りかねません。そうなればTOBの成立がさらに疑いの目で見られるようになるのみならず、安値に目を付けたアクティビストが株主となって不当な要求を突き付けてくるリスクも考えられます。TOBの成立に向けて一致団結することこそ、TOBの対象となった会社の経営陣に課された責務と言えるでしょう。
(2)敵対的TOBの場合
競合先やアクティビストなど敵対的な買手であるならば、TOBを仕掛けられた会社の経営陣としては、機関投資家に納得してもらえる対案を講じる必要があります。さもなければ、会社を守ることはできません。
最もオーソドックスな方策は、魅力的な経営計画を打ち出すことによって、将来の株価がTOB価格を上回る見通しを市場に訴えることでしょう。この場合、TOB価格をどれくらい上回るか、それが実現する時期はいつ頃か、説得力とバランスを備えている必要があります。金額の差異が小さかったり、時期が先過ぎたりすれば、機関投資家は敵対的買収者の提案に乗って利益を確定させてしまうでしょう。
ただし、現実問題として時間的な制約もあり、投資家を納得させるのに十分な計画を提示することは非常に難しいと言わざるを得ません。そこで、実際的な手段として、さらなる高値で対抗TOBをかけてくれるホワイトナイトを探すことになります。敵対的TOBにより実現される企業価値を超えるためには、生産設備や技術、顧客などの共有、コストカットの余地などシナジー効果が大きいことが必須となります。実現性の高い企業価値向上ストーリーが伴った、より高いTOB価格を機関投資家に提示することが必要です。
なお、敵対的TOBの提案者がアクティビストなど自社事業に精通した者でない場合は、“ネガティブキャンペーン”が奏功する場合もあります。提案者は実際にTOBを成功させるつもりはなく、高値買取を狙ったグリーンメーラーである、濫用的買収者であると訴えてTOBの成功見通しを否定することにより、株価の上昇を抑えることができます。それでもある程度は株価が上がれば機関投資家が売り抜けるリスクは否定できないため、独自の企業価値向上策や株主還元策を打ち出すことで将来的な株価上昇を期待させる必要があるでしょう。
ここまで敵対的TOBを避ける手段を説明してきましたが、その提案が企業価値を高める妥当なものであれば一概に反対すべきではありません。敵対的TOBであっても、まずは友好的TOBの場合と同様、独立性の伴った特別委員会でTOB提案を検討すべきです。検討の結果、提案通りもしくはある程度の修正があれば企業価値の向上が見込めるという場合には、経営陣は取締役会としてTOB提案に賛同しなければなりません。適切なTOBに対して適切な判断を下し、それによってTOBを実現させることは、機関投資家が望むことと一致するのです。