<解説>
買い手と売り手の情報量の差を埋めるアーンアウト条項
アーンアウト条項 (Earn out Clause)とは、M&Aの契約において、M&A後一定の期間中にM&Aの対象とされた企業・事業(以下、事業等)が事前に定めておいた目標を達成できた場合に、買手企業が売手企業に対して予め合意した算定方法に基づいて計算された買収対価を追加支払いすることを定めた規定のことです。
アーンアウト条項のポイントは、追加支払いの必要性や金額が確定するのがM&A「後」になるということです。M&Aの対象とされた事業等がどのくらいのキャッシュを稼ぐことができるのかが、当該事業等の価値算定にあたりもっとも重要な要素となるのですが、将来の計画がどの程度実現できるのかは実際のところ誰にも分かりません。そこで、いったん合意できる範囲でM&Aを行い、その後の売上の推移等次第で追加支払いの金額を決める方法として編み出されたのがアーンアウト条項です。
アーンアウト条項の簡単な例を下に掲げています。
| 事業の売り手は事業の対価として2億円を主張したものの、買い手は当該売上の推移の計画に疑問を呈し、1億円までしか払えないと主張したことから、事業譲渡の交渉が暗礁に乗り上げた。そこで、事業譲渡の仲介業者が下記のアーンアウト条項の導入を提案した。
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| 事業譲渡後の半年間の売上高が売り手の見積もった額(月平均2千万円)以上に推移した場合 |
買い手は半年後に追加で1億円を支払う。 |
| 事業譲渡後の半年間の売上高が買い手の見積もった額(月平均1千万円)を上回るものの売り手の見積もった額(月平均2千万円)を下回った場合 |
買い手は半年後に達成率に応じた額を追加で支払う。例えば、月平均1千5百万円の売上高に達していれば、達成率は50%として買い手は追加で5千万円を支払う。 |
| 事業譲渡後の半年間の売上高が買い手の見積もった額(月平均1千万円)すら達成しなかった場合 |
買い手の追加支払い額はゼロ。 |
買い手としては、事業等の取得にあたり、取得後に売上がどのように推移するかが分からないということが不安材料となります。そこで、アーンアウト条項を導入すれば実際の売上の推移を確認してから残額を支払うことになるため、買い手としても安心感があります。これは買い手と売り手の情報量の差を埋めるための工夫ともいえます。事業等の買い手に安心感を与えるということは、M&Aの成約率が向上することを意味し、売り手にとっても悪い話ではありません(もちろん売り手にとって“言い値”で売れるわけではない(事業等の対価の一部が成功報酬化する)のでベストの策ではないのですが、次善の策とは言えます)。日本でもアーンアウト条項を定めたM&A契約が増えてきているのは、そういった買い手の安心感が背景にあることは間違いありません。
なお、上記の例では「半年間」の「達成率」で「追加支払い額」が決まるとしていますが、「期間」をより長期にしたり、「達成率」ではなく「マイルストーンの達成の有無」で「追加支払い額」が確定したり、目標達成に伴い買い手が追加で支払うのではなく、目標不達成時に売り手が返金するという仕組みにしたりすることもできます。
上場会社のM&Aにおけるアーンアウトの実例
上場会社のM&Aにおけるアーンアウトの実例は次のとおりです。
住友化学の有価証券報告書(2019年3月期)の連結財務諸表注記より抜粋
(2) 条件付対価
ボストン バイオメディカル インコーポレーテッド(以下「BBI社」という。)、エレベーション ファーマシューティカルズ インコーポレーテッド(以下「エレベーション社」という。)(現:サノビオン レスピラトリー ディベロップメント インコーポレーテッド)およびトレロ ファーマシューティカルズ インコーポレーテッド(以下「トレロ社」という。)の買収においては、旧株主に対して、企業結合後の特定のマイルストン達成に応じて、条件付対価を追加で支払うことになっております。
BBI社の買収においては、取得の対価として、当連結会計年度末までに225百万米ドル(18,958百万円)を支払うとともに、将来、BBI社が開発中の化合物の開発マイルストンとして時間的価値考慮前の金額にて最大515百万米ドル(57,165百万円)を支払う可能性があります。さらに、販売後は売上収益に応じた販売マイルストンとして、時間的価値考慮前の金額にて最大1,890百万米ドル(209,790百万円)を支払う可能性があります。
エレベーション社の買収においては、取得の対価として、当連結会計年度末までに189百万米ドル(17,800百万円)を支払うとともに、売上収益に応じた販売マイルストンとして、時間的価値考慮前の金額にて最大210百万米ドル(23,310百万円)を支払う可能性があります。
トレロ社の買収においては、取得の対価として、当連結会計年度末までに195百万米ドル(22,165百万円)を支払うとともに、将来、トレロ社が開発中の化合物の開発マイルストンとして時間的価値考慮前の金額にて最大430百万米ドル(47,730百万円)を支払う可能性があります。さらに、販売後は売上収益に応じた販売マイルストンとして、時間的価値考慮前の金額にて最大150百万米ドル(16,650百万円)を支払う可能性があります。
当社グループは、この条件付対価については、時間的価値を考慮し、連結財政状態計算書におけるその他の金融負債として認識しております。
条件付対価の公正価値ヒエラルキーおよび感応度分析については「34.金融商品」に記載しております。
当社グループが条件付対価契約に基づき支払う可能性があるものの総額は、前連結会計年度末342,661百万円(割引前)、当連結会計年度末354,645百万円(割引前)です。なお、条件付対価に関する期日別支払予定額は、その不確実性により記載しておりません。
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ユーザベースの有価証券報告書(2018年12月期)の連結財務諸表注記より抜粋
(2) 条件付対価
① 条件付取得対価の内容
企業結合後の特定のマイルストン達成に応じて、条件付取得対価を追加で支払うこととなっております。なお、条件付取得対価の内容については、Quartz社の平成30年12月期の売上高及び平成30年12月31日時点の有料課金ユーザー数が一定金額・数を超えた場合に、現金(最大10,000千米ドル)を対価として追加で支払うものです。なお、平成30年12月31日時点において本マイルストンを達成しなかったため、当該現金対価の支払いは生じません。
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アーンアウトの会計処理
アーンアウトは会計において「条件付取得対価」とされており、「企業結合に関する会計基準」では次のように定められています。
27項
条件付取得対価の会計処理は、次のように行う(注2) 。
(1) 将来の業績に依存する条件付取得対価(注3)
条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合において、対価を追加的に交付する又は引き渡すときには、条件付取得対価の交付又は引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれんを追加的に認識する又は負ののれんを減額する(注4)。
また、条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合において、対価の一部が返還されるときには、条件付取得対価の返還が確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、返還される対価の金額を取得原価から減額するとともに、のれんを減額する又は負ののれんを追加的に認識する。
(注2)条件付取得対価とは、企業結合契約において定められるものであって、企業結合契約締結後の将来の特定の事象又は取引の結果に依存して、企業結合日後に追加的に交付される若しくは引き渡される又は返還される取得対価をいう。
(注3)条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合とは、被取得企業又は取得した事業の企業結合契約締結後の特定事業年度における業績の水準に応じて、取得企業が対価を追加で交付する若しくは引き渡す又は対価の一部の返還を受ける条項がある場合等をいう。
(注4)追加的に認識する又は減額するのれん又は負ののれんは、企業結合日時点で認識又は減額されたものと仮定して計算し、追加認識又は減額する事業年度以前に対応する償却額及び減損損失額は損益として処理する。
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会計処理は、上場会社の開示例でも確認することができます。
文化シヤッターの有価証券報告書(2018年3月31日)
7.企業結合契約に規定される条件付取得対価の内容及び当連結会計年度以降の会計処理方針
(1)条件付取得対価の内容
クロージング後の特定事業年度における業績等の達成水準に応じて、条件付取得対価を追加で支払うこととなっている。
(2)当連結会計年度以降の会計処理方針
取得対価の追加支払が発生した場合には、取得時に支払ったものとみなして取得価額を修正し、のれんの金額及びのれんの償却額を修正することとしている。
8.取得原価の配分
当連結会計年度末において、企業結合日における識別可能な資産及び負債の特定並びに時価の算定が未了であり、取得原価の配分が完了していないため、その時点で入手可能な合理的情報に基づき暫定的な会計処理を行っている。
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条件の成就が来期以降になる場合、いったん暫定的な会計処理をしておき(すなわちのれんが生じるのであれば暫定額でのれんを計上しておきます)、取得対価の追加支払が発生した場合には、取得時に支払ったものとみなして取得価額を修正します。その結果、のれんの金額およびのれんの償却額の修正が必要になりますが、追加支払い額でのれんの金額が増額した場合、のれんの追加計上年度に過去の事業年度の分も一括して償却することとなります。
さて、以上の解説をご覧いただければ、誰の発言がGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。
<正解>
社外取締役B:「X事業の事業計画の達成可能性が争点になっているのであれば、例えば事業譲受後1年間の業績推移に応じて追加支払額を決めるアーンアウト条項をつける交渉をしてみてはどうでしょうか。」
(コメント:アーンアウト条項を付けることで、買い手としては万が一業績推移が見込み通りにならなかったときに備えることが可能になります。議論が膠着状態にあるときに、争点の明確化と代替案の提示は社外取締役のような社外の人間に期待される役割の一つと言え、Bの発言はGood発言です。)
取締役A:
「B社の事業計画はいささか楽観的すぎます。当然ながらその事業計画を前提にして算定される事業価値も高すぎます。B社からX事業を買うべきではありません。」
(コメント:事業譲渡はあくまで交渉事なので最初から売り手と買い手の金額が折り合うことは、まずありません。売り手と買い手が条件や金額を交渉して話をまとめることになります。X事業はA社にとって魅力的な事業である以上、どうやったらこちらの希望価格に近付けることができるのかに知恵を絞るべきであり、取締役Aのように「高いから買わない」という発想ではまとまる話もまとまりません。)
社外取締役C:
「アーンアウト条項ですか。それはいいですね。アーンアウト条項により追加で対価を支払うことになる場合、正ののれんの額が増えることになりますが、条件成就の成否が分かるのが1年後であれば、追加で計上するのれんは当初計上したのれんよりも1年遅れで償却を続けていくので、事業譲受後の利益へのインパクトを後ろにずらすことができますしね。」
(コメント:確かに条件成就の成否が分かるのは1年後ですが、追加的に認識する正ののれんは、企業結合日時点で認識されたものと仮定して計算し、追加認識する事業年度以前に対応する償却額は条件が成就した期の損益として処理します。すなわち「1年遅れで償却を続けていく」訳ではないので、社外取締役Cの発言はBad発言です。)