企業会計基準委員会(ASBJ)は2019年10月30日、「収益認識に関する会計基準」の改正案、「会計上の見積りの開示に関する会計基準(案)」(以下「見積り会計基準(案))の2本の重要会計基準案を公表している(意見募集はいずれも2020年1月10日まで)。これらの会計基準に基づく開示には間接的に経営者が関与することになるため、上場企業の役員としては内容を把握しておく必要がある。そこで当フォーラムではそれぞれについて2回に分けて解説する。まずは「見積り会計基準(案)」から――
下表にもあるとおり、企業会計には様々な見積もり要素がある。例えば貸付金のうち何%が貸倒れになるかは、実際に貸倒れが発生してみないと分からない。しかし、貸付金の一部貸倒れはしばしば発生するため、企業は貸倒額を見積もって、「貸倒引当金」を費用に計上しておくことになる。もっとも、見積りが外れることはあり得る。そうなれば(外れ方の程度にもよるが)決算数値も変わることになり、企業が計上した見積額を信じて投資判断を行った投資家にも影響が及ぶことになる。こうした事態を避けるために、見積りに影響を与えそうな情報をあらかじめ企業に開示させようというのが、今回公表された「見積り会計基準(案)」だ。
具体的には、国際会計基準(以下「IFRS」)において開示が行われている「見積りの不確実性の発生要因」と同様の開示を求め、開示の充実を図ることになる。見積り会計基準(案)で開示が求められる内容は下表のとおり。留意したいのは、開示項目及びその内容を決めるのは「経営者自身」であるということだ。見積り会計基準(案)では、当該開示の目的は「当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性が高い項目における会計上の見積りの内容について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示すること」とされている(見積り会計基準(案)第4項)。そして、開示する具体的な項目およびその記載内容については、開示目的に照らして企業が判断する旨が明記されている(見積り会計基準(案)第15項)。
| 開示内容(見積り会計基準(案)第7,8項) | 内容 | |
| 1 | 会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性が高い項目 | 当年度の財務諸表に計上した金額に重要性があるものに着目するのではなく、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性が高いものに着目して開示する項目を識別する。項目としては、例えば、繰越欠損金に対する繰延税金資産の回収可能性、引当金の見積り、減損損失の見積り、ストック・オプションの評価等が挙げられる。 |
| 2 | (1)当年度の財務諸表に計上した金額 | 財務諸表の科目の金額そのものの他、財務諸表の科目をブレイクダウンした金額を意味する。 |
| (2)会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報(例えば、以下①~③) | 単に会計基準に書かれている内容(例えば、「固定資産の減損損失は当該固定資産の将来の見積りキャッシュ・フローの低下に基づいて計算する」など)ではなく、各社固有の状況が理解できる内容を記載することが想定されている。 | |
| ①当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法 | ある金額を算出するために使用した、評価技法、算定モデル、重要なインプット(例えば、金利、為替)の内容が記載される。 | |
| ②当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定 | ||
| ③翌年度の財務諸表に与える影響 | 見積りと実績が乖離した場合の影響を書く。例えば、重要なインプット(影響を与える要因)が変動した場合の影響(定量的なものに限られないと考えられる。)、感応度分析(下記参照)などが想定される。 |
減損損失 : 固定資産による将来の現金回収見込額が簿価を下回った場合に、下回った分だけ計上する損失のこと。
インプット : 時価の算定式に入力する数値
上記2③における「感応度分析」とは、ある変数(仮定)を、合理的に予想される範囲(例えば上下10%)で変動させた場合に、どの程度影響するかを期末時点で算出することをいう(下記の参考例(トヨタ自動車のMD&Aより)参照)。
MD&A : 「Management Discussion & Analysis」の略で、「経営陣による財政状態および経営成績の検討と分析」と訳される。有価証券報告書では【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】欄に記載する。
見積り会計基準(案)に開示例は示されていないが、上述のとおり、同基準(案)はIFRSで開示が行われている「見積りの不確実性の発生要因」を手本にしているだけに、以下のようなIFRS任意適用会社の開示事例は参考になる。
| 4.重要な会計上の見積り及び見積りを伴う判断 (略) 見積り及び仮定のうち、当社グループの連結財務諸表で認識する金額に重要な影響を与える事項は、以下のとおりであります。 (1)有形固定資産、のれん及び無形資産の減損 (2)退職後給付 |
減損テスト : 減損の兆候の有無を評価し、兆候があれば帳簿価額と回収可能価額とを比較すること
見積り会計基準(案)は上述のとおり「開示レベル」を国際水準に合わせることを目的としており、有価証券報告書(有報)の「経理の状況」の記載内容に大きな影響を及ぼす。結果として、有報の他の開示項目とも密接な関係を有することになる。具体的には、2020年3月期から【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】(以下「MD&A」)での記載が必須となる「重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定」(2019年3月22日のニュース『金融庁が「好事例集」と「開示原則」公表、記述情報充実に向けた環境整う』の表の一番下参照)、そして2021年3月期から監査報告書に記載されることとなるKAM(Key Audit Matters=監査上の主要な検討事項)である(2019年8月5日のニュース「KAMが導入された場合に予想される企業の負担」参照)。それぞれの適用時期、記載内容および三者の関係性をまとめたのが下表だ。
| 有報上の項目 | MD&A (重要な会計上の見積り及び 当該見積りに用いた仮定) |
経理の状況 (重要な会計上の 見積りの開示) |
監査報告書 (KAM) |
| 適用時期 | 2020年3月期から | 2021年3月期から (2020年3月期から早期適用可能(予定)) |
2021年3月期から (2020年3月期から早期適用可能) |
| 開示内容 | 連結財務諸表の作成に当たって用いた会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定のうち、重要なものについて、当該見積り及び当該仮定の不確実性の内容やその変動により経営成績等に生じる影響など、「第5 経理の状況」に記載した会計方針を補足する情報。 | 会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性が高い項目について以下の内容 (1)当年度の財務諸表に計上した金額 (2)会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報 (詳細は上記参照) |
監査上特に注意を払った以下の項目等で特に重要な事項 ①特別な検討を必要とするリスク又は重要な虚偽表示のリスクが高いと評価された領域 ②見積りの不確実性が高いと識別された会計上の見積りを含む、経営者の重要な判断を伴う財務諸表の領域に関連する監査人の重要な判断 ③ 当年度において発生した重要な事象又は取引が監査に与える影響 |
| 他項目との関係性 | 記載すべき事項の全部又は一部を「第5 経理の状況」の注記において記載した場合には、その旨を記載することによって、当該注記において記載した事項の記載を省略することができる。 | 実質的にMD&Aに記載される内容と同一。両者の記載内容に矛盾がないようにする必要あり。 | KAMに記載される事項は②会計上の見積りに関する事項に限られないためより範囲が広い。ただし、②の内容を記載するときは、MD&Aまたは経理の状況の会計上の見積りの開示を踏まえることになる。 KAMは、関連する財務諸表の注記事項がある場合にのみ参照を付すことになる。監査対象ではない財務諸表以外の情報を参照することはない。 |
三者の中で最も早く記載が強制されるのは、MD&Aに記載される「重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定」だが、当該MD&Aの記載に当たっては、今回公表された「見積り会計基準(案)」の内容を踏まえることが必要になろう。なぜなら、両者の記載内容は実質的に同一と考えられるからだ。また、2021年3月期から「経理の状況」で「重要な会計上の見積り」の開示が行われるようになれば、多くの企業はMD&Aから経理の状況を参照することが予想される。
企業にとって最も厄介なのは、2021年3月期から監査報告書に記載されるKAMだ。KAMの記載内容は会計上の見積りの領域に限られないが、会計上の見積りに関する事項がKAMとして記載される可能性は高い。このため、仮に会計上の見積りに関する事項のうち監査人がKAMに該当すると判断した事項について、企業が経理の状況の「重要な会計上の見積り」として開示していなかった場合、企業社側が重要な見積りと判断していなかった理由を株主に説明しなければならなくなる可能性がある(2019年8月5日のニュース「KAMが導入された場合に予想される企業の負担」参照)。
株主に対する説明は、当然ながら企業にとって負担になるため、可能な限り排除したいところ。経理の状況の「重要な会計上の見積り」、監査報告書の「KAM」は2021年3月期から強制されるが、三者の関係を踏まえると、取締役や監査役は、2020年3月期の有価証券報告書から記載が必須となるMD&A「重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定」の記載内容について、監査法人と十分な調整をしなければならないだろう。






