2025/08/22 【失敗学第134回】オルツの事例(会員限定)

概要

AI議事録サービスを主力とする東証グロース上場のオルツにおいて、2023年12月期に計上された売上高の9割超、2023年12月期に計上された売上高の8割超の粉飾(売上の水増し)が明らかになった。

経緯

オルツが2025年7月28日に公表した「第三者委員会の調査報告書」等によると、一連の経緯は次のとおり。

2020年
1月:オルツが「AI GIJIROKU」のサービス提供を開始する。「AI GIJIROKU」はオルツのWebサイトやモバイルアプリを通してユーザーが直接申込を行うケースやユーザーが代理店経由で申込を行うケース等がある。
4月~9月:オルツでは月中の普通預金残高が1,000万円を切るほど資金繰りが逼迫していた。資金調達のためには売上実績を作る必要が生じた。そこで、米倉社長の指示の下、「AI GIJIROKU」に係るライセンスの販売先等に対して営業支援金等の名目で同ライセンスの購入費等相当額以上の資金を提供する取引(以下同額取引)を実施した(マーケティングリサーチ支援会社のJ社に対して「AI GIJIROKU」のアカウント1万個を発行し、1,500万円の売上を計上する一方で、J社に売上と同額の販促費用を1,500万円支払い、さらにマーケティングリサーチ支援の調査委託費として82万5000円(税抜750千円)を支払う取引)。この取引に対して、当時の監査人であるAW監査法人より、「当該AI議事録のアカウント利用料の15,000千円(税込)については、実質的な負担は貴社が行っていることから、貴社において売上計上を行うことはできず、相殺後の750千円が販売費および一般管理費等で計上されることとなると考えられます。」(売上と費用を両建てで計上するのではなく相殺した純額で計上すべきである)と指摘され、別の方法を模索するようになった。

2021年
4月:オルツはAW監査法人より2020年12月期の監査結果概要報告を受ける。その中で、内部統制の不備に関する発見事項として「AI GIJIROKUは1ヶ月間の定額課金となっており、サービス期間に応じて売上を計上する必要がありますが、期末監査時点では、入金又は申込みがなされた月に計上されており、売上計上の業務フロー及び統制が整備されていませんでした。」と記載されていた。
6月:広告代理店であるA社がオルツから受領した「PR協力費」の一部をWeb施策としてプロモーションを行い、その残りを「PR協力費」や事務局費の名目でB社に支払うとともに、オルツとB社がAI GIJIROKUのセールスパートナー契約を締結して、B社が、A社から支払われた資金を原資としてオルツにサービス利用料を支払うといったスキームが確立し、オルツは売り先と広告宣伝費(あるいは研究開発費)支払先を変えた本スキーム(広告宣伝費等の支払先(広告代理店等)から売り先に資金が流れる)を他の協力会社との間でも展開していくことになる。なお、広告代理店A社は、実際にはごく一部を除き広告を行っていなかった。

2022年
1月13日:AW監査法人は、オルツに対し「期中の検証において、AW監査法人から指摘している内部統制の構築(受注、売上計上、請求管理、入金管理)につき、現時点で整備を確認できていません。」「AI GIJIROKU(販売代理店)の販売が2021年より開始したことに伴い、期中からの業務プロセスの整備が必要な状況でしたが、内部統制の整備が売上の拡大に追い付かなかったことから、貴社内での整備及び運用評価が終了していないと伺っています。このため、AW監査法人内での内部統制の評価も検証できていない状況です。」との発見事項を記載したマネジメントレターのドラフトを提出した。
2月頃:AW監査法人は、M社とN社の代表取締役および本店所在地が同一であること並びにR社とQ社がグループ会社であることを把握し、オルツに対し、同一グループへの売上・費用が同額程度発生する場合には、売上(サービス提供)の実在性および広告サービス提供の実在性の確認が必要であり、これらが確認できなければ、監査が終了しない旨を告げた。
6月6日:AW監査法人は「販売代理店と広告代理店が同一の企業グループであって循環取引のおそれがあると想定される外観を有している」および「現在の状況では循環取引ではないと心証を得るための十分な監査手続が実施できず監査証拠を入手できない」という問題点を指摘したうえで、現在の状況では2021年12月期の監査を完了することができず、2022年12月期監査も受嘱できないことを告げた。
7月22日:AW監査法人は、同法人内の審査部門の最終回答として、2021年12月期の監査に対応し得る監査業務を完了できない状況となり、その結果として進行期である2022年12月期の監査契約の締結を見送ることとなった旨オルツに報告した。
8月:オルツの取締役会において、AW監査法人から循環取引の疑義について指摘があったことが報告された。
8月25日および26日:オルツは、株主向けに「重要事項の共有説明会」と題する説明会を開催した。オルツは、かかる説明会において、説明会資料にAW監査法人から受領したマネジメントレターを引用しつつ、同マネジメントレターで指摘を受けた事項について、矮小化(たとえば、AW監査法人のマネジメントレターにおいて「循環取引ではないと心証を得るための十分な監査手続が実施できなかった」と指摘された件について、「循環取引であるとの認定までは受けていない」と矮小化)した説明を行った。
9月13日:AW監査法人の後任として、監査法人シドーがオルツの会計監査人に就任する。
10月17日:オルツの中野常勤監査役は、オルツの全株主に対し、調査報告書と題する書面をメール送付し、その中で、2021年12月期の監査役会の監査報告の結論に変更がないこと、およびオルツはAW監査法人に対して十分な証憑を提出していることをあらためて確認した旨を報告した。しかし、実際には中野常勤監査役はa氏に対して質問をすることにより事情を確認したに留まり、AW監査法人に対して提出した証憑をあらためて精査・確認することまではしていなかった。

2024年
10月11日:オルツは東証グロース市場に上場する(主幹事証券会社は大和証券)。

2025年
4月上旬:証券取引等監視委員会(SESC)がオルツへの調査を開始。
4月25日:オルツは取締役会を開催し、粉飾決算についての第三者委員会を設置する旨の決議を行う。
4月下旬:オルツを退職した元社員がYouTubeの田端信太郎氏のチャンネルに登場し、内部告発を行う。
4月28日:オルツの株価が急落しストップ安になる。
7月25日:東京証券取引所がオルツ銘柄を監理銘柄(審査中)に指定する。
7月28日:オルツが第三者委員会の調査報告書を公表する。米倉代表取締役は取締役を辞任し、日置取締役(CFO)が代表取締役に選任される。
7月30日:東京証券取引所がオルツ銘柄の上場廃止を決定する。オルツは民事再生手続開始の申立てを行う。
8月8日:日本公認会計士協会が「最近報道されている、上場廃止の決定に至った上場企業における会計不祥事は、資本市場の信頼性の観点から誠に遺憾な事態であります。今般の会計不祥事に関し、自主規制団体である日本公認会計士協会は、当該企業の監査に関与した会員に対して監査実施状況の調査を開始しております。その結果を受け、会則・規則に則り適切な対応を行ってまいります。」とオルツの事件における監査法人シドーを念頭に置いたリリースを公表。

内容・原因・再発防止策

オルツが2025年7月28日に公表した「第三者委員会の調査報告書」等によると、本件不正の内容、原因および再発防止策は次のとおりとされている。

経営者主導による粉飾決算
内容 オルツの経営者が循環取引の手法により粉飾決算を行った。これにより、2023年12月期に計上された売上高の9割超、2023年12月期に計上された売上高の8割超が、実際には存在しないのにかさ上げされていた。
原因 <動機>
オルツにはVCから資金調達をするとともにグロース市場へ上場するために売上をかさ上げして実態よりもよく見せたいという動機があった(いわゆる「上場ゴール」)。また、オルツの経営陣には経営トップに求められる「誠実性」が欠如していた。
<代表者不正による内部統制の無効化と徹底した情報管理>
オルツの米倉社長や日置CFOは本循環取引に登場する売上先と広告宣伝費(研究開発費)支払先が実は密接な関係にあるということを一部の従業員を除き社内外に秘密にしており、監査法人や投資家にも秘匿していた。
また、広告宣伝及び研究開発においては、発注を行っている担当部門自身が実施状況の検収をしていた。また、内部監査が機能していなかった。
<最先端の事業に対するバイアス等の可能性>
オルツが営むAI関連事業は、いわゆる「最先端の事業」として過度な期待があることから、その妥当性や合理性の判断にバイアスがかかっていた可能性がある。また、オルツはスタートアップ企業として華々しい受賞歴を持ち、著名な教授を顧問に迎える等、従業員数20名程度のベンチャーでありながら高い社会的信用力が付与されていた。このような事情もあいまって、本件疑義が発覚されにくい状況が作出されていた。
<社外取締役や監査役の対応>
社外取締役や監査役は、2022年8月の取締役会等の場において執行側からAW監査法人から循環取引の疑義について指摘があった旨の説明を受けた際、執行側の説明に対して職業的な懐疑心を抱くことなく安易に納得してしまった。
<常勤監査役の形だけの監査>
オルツの中野常勤監査役は2022年10月17日、オルツの全株主に対し、「第8期決算に関する調査報告書」と題する書面をメール送付し、その中で、2021年12月度の監査役会の監査報告に変更がないこと、及びオルツはAW監査法人に対して十分な証憑を提出していることをあらためて確認した旨を報告したものの、実際にはコーポレート本部長兼財務経理部部長a氏への質問により事情を確認したに留まり、AW監査法人に対して提出した証憑をあらためて精査・確認することはしていなかった。実際のところ、a氏は本粉飾決算の当事者の一人であった。
<社外監査役の形だけの進言>
福島社外監査役(公認会計士)は、2024年10月17日の取締役会において循環取引について「今後は疑わしき取引が発生しないよう、より気を付けるように」との進言を行ったり、AW監査法人のマネジメントレター等の閲覧により、循環取引についてAW監査法人や主幹事証券等から疑惑をかけられていたことを認識したりしていた。それにもかかわらず、オルツの監査役会は、2023年12月期から2025年12月期において、監査計画上循環取引を重点監査項目にしていなかった。また、2023年12月期及び2024年12月期の監査報告においても循環取引に関する監査結果は報告されていない。
<広告宣伝費の突出を避けるために研究開発費スキームを導入>
オルツは循環取引により広告宣伝費が以上に突出し、株主からもの広告宣伝費が高額であるとの指摘を受けていた。そこで、米倉社長は、オルツの主力事業との関係で研究開発費を増加させても不自然ではないとの認識から、広告宣伝費の名目での支出を抑えるため、研究開発費等の名目で金銭を支払い、それらを広告宣伝費等に回して、売上を維持・増加させる手法も採用した。
<監査法人騙し>
オルツの会計監査人の監査法人シドーは、監査契約の受嘱に当たってAW監査法人から「循環取引の疑義が生じた」というアラートを受け取っていた。しかし、オルツが商流を変更して販売代理店と同一グループ内の広告代理店との取引を終了させた後は、この疑義について複数の観点から確認した事実を総合的に検討した結果、売上が順調に伸びていることもあり不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況を識別していなかった。この前提に基づき、通常の監査手続を実施する中で、オルツより売上および広告宣伝費の取引の実態があるかのような事実と異なる資料の提出・説明を受けており、結果としてシドーはオルツの決算数値に疑念を抱くことはなかった。監査法人シドーおよび適正意見を表明した同法人所属の公認会計士は、今後、監査人としての正当な注意義務を払って監査を実施していたのかどうかを問われる可能性がある。
<期末顧客数の偽装>
監査法人シドーが入手した取締役会承認済の事業計画には、KPIとして「期末顧客数」の記載があり、毎年、数千から2万の数が記載されていたが、この数値は、販売代理店の数及び販売代理店を介さない取引先を合わせた数(200前後)の50倍から100倍もの値であることから、監査法人シドーはこの数字がエンドユーザー数であるとの認識を持っていた。さらに、監査法人シドーは「期末顧客数」の予算と実績の推移と売上高の連動について、毎事業年度の監査手続において確認していたが、特に不自然な動きは認められなかった。また、監査法人シドーは、販売代理店が配布したアカウントの実在性を何らかの手段によって確認する必要があるとは判断しておらず、「AI GIJIROKU」のユーザー管理用データベースの情報等については、監査手続の証憑としてオルツへ提出の要求をしたことはなかった。
<VC等のオブザーバーへの虚偽報告>
VC等の株主は、投資契約に基づきオブザーバーとして取締役会に参加することが可能であり、実際にほとんどの株主がオブザーバーとして参加していた。取締役会では、事業の進捗や資金繰りに関する説明がなされており、VC等の株主は、かかる説明を通じて、オルツの経営状況を理解していた。特に「AI GIJIROKU」は販売代理店を通じた販売が好調であること、月末契約数(アカウント数)も右肩上がりで増加を継続していること等が繰り返し説明されていた。また、広告宣伝に関しても、想定ターゲットリーチ数や想定認知数、指名検索上昇率等CMの効果測定に関し説明がなされていた。
<東証審査への虚偽回答>
東証の上場審査において、監査法人がAW監査法人からシドー監査法人に交代した理由を問われたところ、オルツは「AW監査法人からは上場準備体制における教科書的な指導がなされ、当社にはそぐわない指導内容であると感じた」「当社と販売パートナーとの契約上の観点から一部提出が困難な監査証拠がありました。結果として、監査法人として当該取引の不適切性の事実は一切確認できなかったとの見解でありました。上記の一連の事象における監査法人とのコミュニケーションを踏まえて、双方にとって今後も連携することは難しいと判断し、2022年10月にAW監査法人とは合意解約のうえで、現在の監査法人シドーに変更することといたしました。AW監査法人が監査を行っていた当時の課題は監査法人シドーに引継ぎが行われ、現状は事後稟議が発生しないよう体制整備が進められており改善されております。」と虚偽の回答を行っていた。
<主幹事証券の引受審査への虚偽回答>
大和証券からの資料要求に対して、CFOの日置取締役等が改ざんした資料を提出していた。
再発防止策 1 抜本的な組織改革
2 経営トップに対する牽制機能の強化
(1)社外役員や監査役による牽制機能の強化
(2)内部監査機能の強化
(3)内部通報制度の活性化
(4)リスク管理委員会、コンプライアンス推進委員会の改善
3 内部統制上の機能及び権限の見直し
4 企業風土の改善
(1)社内教育・研修による会計リテラシーの向上、モニタリング等
(2)経営理念、行動規範等の見直し
5 会計監査人とのコミュニケーションの強化
<この事例から学ぶべきこと>

オルツは循環取引を利用して、売上高と広告宣伝費(および研究開発費)とを両建てで膨らませていました。売上の8~9割が偽装されていたという驚愕の事実に、IPO市場が冷え込む可能性が指摘されています。

オルツでは経営者が不正を主導していたため、内部統制が全く機能していませんでした。もっとも糾弾されるべきは経営者です。また、監査法人シドーや監査役はAW監査法人が監査契約を辞退したことの重みを十分に理解しておらず、会社の虚偽説明に騙されてしまいました。後知恵になりますが、監査法人シドー、常勤監査役や監査役(公認会計士・弁護士)がAW監査法人の発した警告をしっかりと受け止めていれば、こういった上場ゴールによる投資家の被害が避けられたのではないか気になるところです。なお、本件不正の背景については、上記に加えて、2025年8月7日付けのニュース「売上の9割が虚偽 オルツの循環取引に専門家が騙された理由」も参照してください。なお、本件で監査役はどのような監査手続きを実施すれば循環取引を検出できていたのかについてはあらためて解説する予定です。

オルツは東証の「監査法人交代理由」についての質問に対して、AW監査法人が「教科書的な指導」をしていて当社にそぐわなかったと回答しています。「教科書的な指導」を軽んじる風潮があるのはとても残念なことですし、「教科書的」であることを理由に別の安易な方法を提案する者がいた場合、「教科書的」であることで不都合が生じる(=不正が発覚する)からポジショントークをしているだけではないかと疑うべきでしょう。

オルツでは、広告および研究開発の発注者と検収者が同一人物でした。同一人物が発注者と検収者を兼ねるのは、架空仕入のリスクが高まることから回避すべきと言われています。不正防止の観点から、発注と検収の担当者を分け、さらに担当者の定期的なローテーションを行うべきです。

2025/08/21 【新任役員向けトレーニングプログラム】内部通報制度のポイント の更新

下記の【新任役員向けトレーニングプログラム】につき、法令等の改正や実務動向の変化に対応するため、講義内容(動画およびレジュメの双方)を更新いたしました。本動画は新任役員向けトレーニングプログラムの受講の契約をされている方のみが閲覧可能です。

概略

企業のコンプライアンス違反が内部通報によって発覚するケースは少なくありませんが、この仕組みの実効性を確保する上で欠かせないのが、通報者の保護です。本講義では、内部通報制度の目的、通報者を保護するための法律である公益通報者保護法の概要、コーポレートガバナンスコードにおける内部通報に関する規定、公益通報者保護法の2025年改正の内容を紹介した上で、内部通報対応業務の基本的な流れや内部通報を受けた場合の対応などについて解説します。

【講師】TMI総合法律事務所 田代 啓史郎 弁護士
【講義時間】18分50秒
【目次】
1 内部通報制度とは
2 内部通報制度の目的
3 公益通報者保護法
4 ハラスメントへの対応体制の整備
5 内部通報対応業務の流れ
6 もし内部通報を受けたら

講義資料 内部通報制度のポイント.pdf
講義

内部通報制度のポイント
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2025/08/20 日本のM&A市場に残る3つのハードル

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

周知のとおり、アリマンタシォン・クシュタール(ACT)は2025年7月16日、セブン&アイ・ホールディングス(セブン)への買収提案の撤回を決定した旨のリリースを出している。その理由は、セブンが「真摯な協議」をしないからだという。セブンは、ACTの決定は不本意であり、リリースには多くの誤った記述があると批判しているが、ACTによると、今年初めに1株2600円で買収する旨の提案を行った後、スタンドスティル条項などを含む秘密保持契約を締結したものの、マネジメントミーティングは2回のみ、資産査定(デューデリジェンス)もごく限られたものにとどまったとのことである。では、なぜセブンの取締役は会社売却に反対し、また、なぜセブンの株主は取締役の行動に対し声を上げないのだろうか。その背景には、海外投資家も感じている日本のM&A市場に残る日本独特の3つの「ハードル」がある。


スタンドスティル条項 : 売手企業が買手候補企業に情報開示した後、買手が売手の承諾なしに株式取得や委任状勧誘などを行うことを禁止する条項。敵対的買収を防ぎ、M&Aを友好的かつ秩序ある形で進めることを目的とする。これにより、売手側は強引な買収のリスクを回避することができる一方、買手側は、敵対的買収の意思がないことを示すことで、売手との信頼関係を構築しやすくなる。スタンドスティル条項は買収の初期段階で設けられることが多く、 通常は秘密保持契約(NDA)の中に盛り込まれる。「Standstill」とは、動きや進展が止まっている状態を指す。

1つ目は、・・・

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2025/08/20 日本のM&A市場に残る3つのハードル(会員限定)

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

周知のとおり、アリマンタシォン・クシュタール(ACT)は2025年7月16日、セブン&アイ・ホールディングス(セブン)への買収提案の撤回を決定した旨のリリースを出している。その理由は、セブンが「真摯な協議」をしないからだという。セブンは、ACTの決定は不本意であり、リリースには多くの誤った記述があると批判しているが、ACTによると、今年初めに1株2600円で買収する旨の提案を行った後、スタンドスティル条項などを含む秘密保持契約を締結したものの、マネジメントミーティングは2回のみ、資産査定(デューデリジェンス)もごく限られたものにとどまったとのことである。では、なぜセブンの取締役は会社売却に反対し、また、なぜセブンの株主は取締役の行動に対し声を上げないのだろうか。その背景には、海外投資家も感じている日本のM&A市場に残る日本独特の3つの「ハードル」がある。


スタンドスティル条項 : 売手企業が買手候補企業に情報開示した後、買手が売手の承諾なしに株式取得や委任状勧誘などを行うことを禁止する条項。敵対的買収を防ぎ、M&Aを友好的かつ秩序ある形で進めることを目的とする。これにより、売手側は強引な買収のリスクを回避することができる一方、買手側は、敵対的買収の意思がないことを示すことで、売手との信頼関係を構築しやすくなる。スタンドスティル条項は買収の初期段階で設けられることが多く、 通常は秘密保持契約(NDA)の中に盛り込まれる。「Standstill」とは、動きや進展が止まっている状態を指す。

1つ目は、日本の取締役は、たとえ株主から見て魅力的なM&Aであったとしても、自らの保身の観点からは、自社の売却に反対せざるを得ないということだ。日本企業における伝統的な終身雇用制度は段階的に見直されてきてはいるものの、組織の外部から同等レベルの職位やスキルを持つ人材を採用するラテラル採用は依然として限定的であり、M&Aにより地位を失う可能性のある取締役が他社で同等のポジションを見つけることは容易ではない。また、日本企業の取締役の年間報酬額は欧米企業に比べて大幅に見劣りするうえ、M&Aに伴い解雇される取締役に対する「ゴールデン・パラシュート」、すなわち、自社が他社に買収された結果として取締役が解雇された場合に、取締役に補償される契約に基づく有利な退職金パッケージは日本企業ではほとんど見られないため、解雇に伴い経済的に自立することが難しい。


ラテラル : 「横からの」「水平の」といった意味
ゴールデン・パラシュート : 敵対的買収者により解任されたり、退任に追い込まれたりした経営陣に対し、巨額の割増退職金を支払う手法。割増退職金の支払いにより、被買収企業に巨額の損失を計上することで、敵対的買収者の買収意欲を削ぐことを狙いとする。

2つ目は、日本企業の取締役は、「一般株主にとって最も価値の高い買収提案者」よりも「自分の好みの買収提案者」を優先できるという大きな自由を与えられているということである。米国では、多くの大手企業や有名企業が本社を置くデラウェア州法上の「レブロン基準」に基づき、取締役が自社の支配権を売却することを決定した後、株主のために合理的に得られる最高の売却価格を達成することが義務付けられているが、日本ではこのような義務はない。また、日本企業でも独立取締役が増加しているとはいえ、東証の最新の調査(2025年7月14日時点)によると、独立社外取締役が取締役会の過半数を占めているプライム上場企業は同市場の26.2%といまだ少数派であり、セルサイド(売却側)のM&Aに対して構造的なバイアスを持つ「社内取締役」が自社の売却に関する意思決定を支配している。


レブロン基準 : 米国で、食品会社パントリーブライドのロナルド・ペレルマン社長が、化粧品大手レブロン社に対し、現金による全株式の買収提案を仕掛けた事案を巡り、裁判所が、会社が「売り」の状態にある場合、ホワイトナイトなど特定者に有利な防衛策は過剰な措置であって、すべての買手を差別せずに交渉を行うことで、売却価格の最大化を図らなければならないとした判示を指す(1986年判決)。

3つ目は、日本では、取締役が自社の売却に関して株主の最善の利益のために行動しない場合にその責任を問う強力なエンフォースメント・メカニズム(強制力のある仕組み)が欠如しているということである。一部のアクティビスト株主は、M&Aに関する取締役会の決定に異議を唱えるために裁判所に訴えるが、この訴訟はあくまで(集団ではなく)単独で起こす必要があるため、訴訟の金銭的コストは当該株主がすべて負担することになる。これに対し米国では、フィデューシャリー・デューティー(受託者責任/忠実義務)違反や証券取引法違反の主張について「集団訴訟」を認める制度があり()、たとえ個々の株主が訴訟を起こすことが経済的に効率的でない場合でも、弁護士と一体となって集団で訴訟を起こすことができる。M&Aに関連する株主集団訴訟に対しては、弁護士のみが報酬を得る“訴訟ビジネス”の横行を背景に批判の声が高まり、デラウェア州裁判所は「開示のみの和解」(会社が補足的情報開示を行う代わりに、株主側が将来の訴訟権を放棄する和解)について、開示内容が株主の判断において明白に重要(plainly material)である場合に限り認めるという厳格な審査基準を導入したが、それでも、M&Aにおける取締役の利益相反や善管注意義務違反の疑いがある行動を修正するうえで集団訴訟が重要な役割を果たし、一般株主にとってより好ましい結果をもたらす可能性が高いことは否定し難い。

* 日本では2016年10月に「消費者裁判手続特例法」が施行され、集団訴訟を起こすことが可能となったが、損害賠償の対象となるのは基本的に「契約の目的物等に生じた損害(例えば商品代金や契約代金相当額など)」のみとなっている。また、集団訴訟を提起できる主体も適格消費者団体に限定されており、米国流の集団訴訟は不可能である。ただし、共同して訴訟(いわゆる共同訴訟。民事訴訟法38条)を起こすことは可能。この場合、全員が原告となる。“被害者の会”などが起こす訴訟は共同訴訟に当たる。

これら3つのハードルは極めて高いが、日本企業の資産が最も生産的に活用されるためのM&Aが活発に行われるためには乗り越える必要がある。ACTによるセブン買収断念が日本のM&A市場に投げかけた課題はあまりに大きい。

2025/08/19 2025年秋の展望 同時並行で見直される「会社と株主」との関係

参議院選挙や霞が関の人事を経て、「会社と株主」の関係を見直す議論が夏休み明けに一挙に進むことになりそうだ。本稿では、省庁・会議体ごとの動きを整理してみたい。・・・

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2025/08/19 2025年秋の展望 同時並行で見直される「会社と株主」との関係(会員限定)

参議院選挙や霞が関の人事を経て、「会社と株主」の関係を見直す議論が夏休み明けに一挙に進むことになりそうだ。本稿では、省庁・会議体ごとの動きを整理してみたい。

法制審議会・会社法部会(法務省・2025年4月~)
法務省は、2019年の会社法改正後の国内情勢の変化を踏まえ、2025年4月から会社法の改正作業を進めているが、会社と株主の関係という切り口では、現在は産業競争力強化法の枠組みで認められているバーチャルオンリー株主総会を会社法上の規律とすることや、アクティビストの活動の活発化を背景に、スチュワードシップ・コードの改訂を先行させる形で行われてきた実質株主の確認(2025年6月25日のニュース「改訂SSコード、パブコメに寄せられた意見に対する金融庁の考え方」参照)の制度化の検討が進められる。


バーチャルオンリー株主総会 : リアル株主総会を開催せず、全出席者が遠隔地からインターネット等で参加する株主総会。日本の会社法では、株主総会を招集するには、開催する「場所」を定めることを求めていることから(会社法298条1項1号)、実現は困難とされていたが、2021年6月19日より施行された改正産業競争力強化法において上場会社に限り会社法の特例として「場所の定めのない株主総会」の開催が可能となった。
実質株主 : 議決権行使を指図しているが株主名簿には記載されない者

また、アクティビスト対策の観点から、日本の株主提案権は欧米に比べて緩すぎるとの指摘もあり、規制強化が検討される方向。アクティビスト対策という点では、大量保有報告制度違反があった場合の課徴金引上げも検討される。

さらに、指名委員会等設置会社を選択する企業が増えない要因と識者から指摘のある“強すぎる”指名委員会の権限の見直しも俎上に上っている。


大量保有報告制度 : 市場の透明性・公正性を高め、投資者保護を図ることを目的として、株券等の大量保有者に対し「大量保有報告書(or変更報告書)」の提出を義務付ける金融商品取引法上の制度。具体的には、①保有割合が5%超となった場合、②その後、保有割合が1%以上増減するなど重要な変更があった場合、それぞれ提出事由が生じた日から5営業日以内に「大量保有報告書(or変更報告書)」の提出が求められる(②の場合に提出するのは「変更報告書」)。
指名委員会の権限 : 現行会社法では、指名委員会および報酬委員会の決定は「最終決定」とされ、取締役会での承認は求められていない。特に重要な人事決定権を有する指名委員会に対する批判は強い。

これらに加え、後述する有価証券報告書の株主総会前開示に端を発する課題について、会社法上の何らかの手当てが行われるかも焦点となっている。

※会社法改正の全体像については下記のニュース参照
「稼ぐ力」を高めるための会社法改正の方向性【前編】【後編】

有価証券報告書の定時株主総会前の開示に向けた環境整備に関する連絡協議会(金融庁・2024年12月~2025年6月)
金融担当大臣による突然の要請(2025年3月28日付)に基づき、有価証券報告書の総会前開示に踏み切る上場会社が相次いだことは既報の通り(詳細は2025年7月17日のニュース「有報の総会前開示に対する企業と投資家の本音」および同ニュースで引用されているニュース参照)。もっとも、大臣要請に基づき多くの上場会社が実施した“総会直前”の開示では、株主が総会前に有報を検討する時間はほとんど増えず、実質的に議決権行使に影響を与えることはなかった。

大臣要請の前から本連絡協議会で指摘されてきた「会社法に基づく開示書類と金商法に基づく開示書類の一体化」「決算・監査・株主総会招集から開催までのプロセスの効率化、スケジュールの適正化」などの議論は“宿題”として積み残されており、今後は法務省・法制審議会や金融庁・金融審議会、あるいは法務省・金融庁等横断の組織で検討が行われることになりそうだ。

また、2025年6月30日に金融庁が公表した「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」(以下、アクション・プログラム)にも、「有価証券報告書の株主総会前開示に関し、対応状況をフォローアップするとともに、更なる環境整備等を検討」「総会資料の書面交付の不要化を含めた総会に係る法制面の整理等の推進策について、関係省庁(法務省・経済産業省)と連携」「有価証券報告書の記載事項を整理(スリム化含む)」との記載がある。ただ、「いつまで」に実施するかは明示されておらず、実現には時間を要する可能性もあろう。

金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(金融庁・2024年3月~)
既報のとおり、7月17日に公表された中間論点整理によると、SSBJ基準の強制適用と保証の義務化は、最短で前者が2027年3月期から、後者が2028年3月期から適用開始(時価総額3兆円以上のプライム上場会社の場合)とされている(「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するWG」中間論点整理のポイント【前編】【後編】参照)。ただ、開示のスケジュールは変わらずに開示情報の充実だけが先行しても、開示実務に無理が生じることは必至と言える。経団連が2025年7月15日に公表した『「有価証券報告書の株主総会前開示」アンケート結果』によると、当年度において「有価証券報告書の株主総会前の提出」に対応した企業181社に対し、「サステナビリティ情報開示制度の導入後も、開示のスケジュールを維持できるか」を尋ねたところ、71社(40%)が「現実的ではない」と回答している。また、本ワーキングで検討されている有価証券報告書に非財務情報の虚偽記載があった場合責任のあり方の検討やセーフハーバー・ルールの整備は、法務省・法制審議会における開示書類の一体化議論の前提となるものであるため、会社法上の役員の責任や監査のあり方との整合性を図る必要もあろう。


保証 : 保証業務の実施者が、保証業務リスクを受容可能な低い水準に抑えたうえで実施する保証業務を「合理的保証」、 保証業務の実施者が、重大な虚偽表示がないことを確信するに足る証拠が得られなかったと結論づける保証業務を「現定的保証」という。限定的保証は合理的保証に比べて保証水準が低いとされる。
セーフハーバー・ルール : 予測困難な責任を回避するために企業の行動が委縮することがないよう、違法ないし違反にならない範囲を明確化すること。セーフハーバーとは「安全な港」という意味であり、セーフハーバー・ルールという言葉は、船が安全な港にいる限り海難を避けられることに由来する。

コーポレートガバナンス・コードに関する有識者会議(今秋~ ※名称は当フォーラムによる仮称)
アクション・プログラムおよび6月13日に公表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2025年改訂版」(以下、実行計画)に明記されたコーポレートガバナンス・コードの見直しが、来年(2026年)の実行計画に間に合うように検討が進められることになる。

アクション・プログラムの策定母体は「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」だが、昨年のスチュワードシップ・コードの改訂と同様、コーポレートガバナンス・コードの改訂にあたっては別途新たに会議体が設けられる見込みだ。スチュワードシップ・コードの改訂を行った「スチュワードシップ・コードに関する有識者会議」に倣って標記の名称となるだろう。

アクション・プログラムにもあるように、コードのスリム化とともに、経営資源の最適な配分の実現、そのための取締役会の実効的な監督や更なる開示の促進がテーマとなる。

その他の枠組みでの検討
アクション・プログラムには、「今後の主な方向性」として以下のテーマも挙げられている。

(1)人的資本への投資に関する開示の充実
アクション・プログラムは、「有価証券報告書における従業員給与・報酬に関する記載事項を集約するとともに、新たに企業戦略と関連付けた人材戦略や従業員給与・報酬の決定に関する方針、従業員給与の平均額の前年比増減率等の開示を求める」としている。ただし、これをいつ・どの会議体で検討するのかは明示されていない。

(2)社外取締役や取締役会事務局の強化
経済産業省の『「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会』(2024年9月~2025年4月)の成果物のうち、4月30日に公表された「「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」の内容がアクション・プログラムに反映されている。具体的には、社外取締役や取締役会事務局(コーポレート・セクレタリー)の機能強化を促進するため、上場会社各社間で共有する好事例を充実させるべく、実務担当者や資本市場関係者などの議論の場として「コンソーシアム」を立ち上げるとしている。具体的にどのようなコンソーシアムが立ち上がるのか注目される。

(3)その他
アクション・プログラムには、「政策保有株式の開示に関する課題や開示例」「東証において、親子上場、グループ経営等に関する検討・開示を推進し、少数株主保護の観点から必要な上場制度を整備」といった検討項目も掲げられているが、これらも会社法、金商法の議論に影響を与える可能性がある。

また、今年も10月に海外の投資家や資産運用会社等を招き様々なイベントを開催するJapan Weeksが開催され、海外機関投資家等との対話が進められるが、同時に、岸田政権が2022年12月に「資産運用立国実現プラン」を打ち出して以降、インベストメント・チェーン改革も引き続き進められており、これらの動きの中から新たな要望・提言等が出てくる可能性もある。

いずれにせよ、上記に挙げた個別の論点について最適解を求めても、それをもって全体最適となるとは限らない。株主・投資家が本当に求めている情報は何か。それが議決権を行使するうえで重要な情報であるならば、いつまでに、どの媒体で、どのように保証・監査をしたうえで開示すべきか。その開示を実現するために必要な株主総会の日程はどうすべきか、また、会社・役員・監査人の責任はどうあるべきか。少数株主の権利はどこまでの範囲で認められるべきか。会社法などのハードローですべての株主に対して保証すべき内容は何か。コーポレートガバナンス・コードのような「コンプライ・オア・エクスプレイン」のソフトローが適している内容は何か。これらの論点について省庁・制度横断的な議論を行ったうえで、「会社と株主の関係」のあり方の全体最適を実現する制度設計が必要となろう。

2025/08/08 独立社外取締役の「独立性」をチェックする上で最も重要な事項

2025年7月14日までに提出されたコーポレートガバナンス報告書によると、プライム市場上場会社の98.5%で、取締役会の1/3以上を独立社外取締役が占めている(2025年7月18日に東証が公表した「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」参照)。こうした中、独立社外取締役との対話を求める投資家が増えてきいる。独立社外取締役の頭数を揃えるステージは終わり、上場会社は独立社外取締役の役割、特に投資家・株主との関係について改めて考える時期に来ていると言えよう。

周知のとおり、独立社外取締役の役割は、CEOをはじめとする執行サイドを株主に代わりモニタリングすることにある。したがって、投資家が独立社外取締役との対話を求めるのは極めて自然なことである。この点を認識している上場会社は、独立社外取締役に投資家と対話する機会を積極的に設けている。

その一方で、自社の独立社外取締役を投資家に会わせることを躊躇する上場会社も確実に存在している。その理由として、主に以下の三つがある。第一に、・・・

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2025/08/08 独立社外取締役の「独立性」をチェックする上で最も重要な事項(会員限定)

2025年7月14日までに提出されたコーポレートガバナンス報告書によると、プライム市場上場会社の98.5%で、取締役会の1/3以上を独立社外取締役が占めている(2025年7月18日に東証が公表した「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」参照)。こうした中、独立社外取締役との対話を求める投資家が増えてきいる。独立社外取締役の頭数を揃えるステージは終わり、上場会社は独立社外取締役の役割、特に投資家・株主との関係について改めて考える時期に来ていると言えよう。

周知のとおり、独立社外取締役の役割は、CEOをはじめとする執行サイドを株主に代わりモニタリングすることにある。したがって、投資家が独立社外取締役との対話を求めるのは極めて自然なことである。この点を認識している上場会社は、独立社外取締役に投資家と対話する機会を積極的に設けている。

その一方で、自社の独立社外取締役を投資家に会わせることを躊躇する上場会社も確実に存在している。その理由として、主に以下の三つがある。第一に、独立社外取締役の話が特定分野について専門的すぎて投資家のニーズと合わないのではないかというものである。第二に、独立社外取締役が自社にとって都合の悪いことを投資家に言ってしまうのではないかという懸念である。第三に、独立社外取締役がそもそも投資家と対話することができない(対話する能力がない)というものである。

第一の理由は、弁護士や会計士の独立社外取締役について当てはまる。すなわち、投資家と対話できる範囲が法律や会計分野に限られており、経営全般について対話することは難しいというケースだ。もちろん、投資家の中には法律や会計分野について知りたいという者もおり、専門家と対話する意義があることもある。ただし、こうした場合であっても、専門家である独立社外取締役は、株主の立場に立ち、自分が専門とする分野について執行サイドをモニタリングしているか、自問する必要がある。投資家は、会社がアドバイザーとしての貢献のみを期待してこうした専門家を独立社外取締役に選任しているのではないかという懸念を持っている。この場合、通常のアドバイザーよりも安いコストで専門家を雇用しているに等しく、投資家から「独立社外取締役としての役割を果たしていない」との評価を受ける恐れがある。

第二の理由については、むしろ投資家は、会社にとって都合が悪いことを言うような独立社外取締役との対話を求めている。会社のネガティブな面も投資家に伝えることは、投資家がリスクを把握するという観点から極めて有用だからである。

第三の理由については、単純に投資家から「そもそもなぜ投資家と対話できない独立社外取締役を選任したのか」という批判を受けることになる。

以上を踏まえると、投資家は独立社外取締役に対し、CEOの経営が間違っていると判断すればそれを指摘して修正を促し、そして、いざとなれば、経営陣への抗議を込めて取締役を辞任する意思を持つ人物であることを求めていると言える。そのような人物であるかを判断するうえで重要なのは、「経済的な独立性」である。収入を独立社外取締役の報酬に依存している人物が、CEOの意見に反対することができるであろうか。その意味で、独立社外取締役としての「独立性」をチェックするうえでは、この「経済的な独立性」は必須項目ということになろう。

2025/08/07 売上の9割が虚偽 オルツの循環取引に専門家が騙された理由

AI関連スタートアップのオルツ(東証グロース)で、2024年10月11日の上場から1年を待たずして経営の根幹を揺るがす不正会計が発覚した。同社は2025年7月30日に民事再生手続きの開始を申し立て、翌31日には東証が同社株式の上場廃止を決定。上場廃止日は2025年8月31日とされている。

オルツが2025年7⽉29⽇に公表した第三者委員会の報告(差替版)によれば、驚くことに売上の約9割が虚偽であった。同社の手口は「循環取引」に類するもの。広告宣伝費として外部に支出した資金が別の協力会社を経由して同社に還流され、これを売上として計上するという構図だ。損益計算書上は売上と広告費が並び立ち、その差額にあたる手数料分(本循環取引に協力する他社が受け取る)が損失として積み上がる仕掛けとなっていた。これにより、2023年12月期は売上37億円に対し広告宣伝費を36億円、2024年12月期は売上49億円に対し広告宣伝費を44億円計上していた。


循環取引 : 特定の関係者の間で利益を乗せて売買を繰り返す取引。経済的実態の伴わない取引であり、最終的には関係者の利益が乗った高値で買い戻す必要があるため、粉飾取引の一つに位置付けられている。

オルツは「AI GIJIROKU(AI議事録)」を主力サービスとしているが、こういった文字起こしサービスは既に世の中に溢れており、無料で提供されているものも少なくない。そのようなレッドオーシャンとされる市場において、「AI GIJIROKU(AI議事録)」は法人向け年間220万円、個人向けでも年間1.65万円(無料もある)と強気の料金体系を採用していた。「このサービスにこれだけ多額のコストを負担する企業が一体どれだけあるのだろうか」という疑問を抱くのが普通であろう。しかも、広告費を年間40億円も投下していればそれなりの数の人の目に触れるはず・・・

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2025/08/07 売上の9割が虚偽 オルツの循環取引に専門家が騙された理由(会員限定)

AI関連スタートアップのオルツ(東証グロース)で、2024年10月11日の上場から1年を待たずして経営の根幹を揺るがす不正会計が発覚した。同社は2025年7月30日に民事再生手続きの開始を申し立て、翌31日には東証が同社株式の上場廃止を決定。上場廃止日は2025年8月31日とされている。

オルツが2025年7⽉29⽇に公表した第三者委員会の報告(差替版)によれば、驚くことに売上の約9割が虚偽であった。同社の手口は「循環取引」に類するもの。広告宣伝費として外部に支出した資金が別の協力会社を経由して同社に還流され、これを売上として計上するという構図だ。損益計算書上は売上と広告費が並び立ち、その差額にあたる手数料分(本循環取引に協力する他社が受け取る)が損失として積み上がる仕掛けとなっていた。これにより、2023年12月期は売上37億円に対し広告宣伝費を36億円、2024年12月期は売上49億円に対し広告宣伝費を44億円計上していた。


循環取引 : 特定の関係者の間で利益を乗せて売買を繰り返す取引。経済的実態の伴わない取引であり、最終的には関係者の利益が乗った高値で買い戻す必要があるため、粉飾取引の一つに位置付けられている。

オルツは「AI GIJIROKU(AI議事録)」を主力サービスとしているが、こういった文字起こしサービスは既に世の中に溢れており、無料で提供されているものも少なくない。そのようなレッドオーシャンとされる市場において、「AI GIJIROKU(AI議事録)」は法人向け年間220万円、個人向けでも年間1.65万円(無料もある)と強気の料金体系を採用していた。「このサービスにこれだけ多額のコストを負担する企業が一体どれだけあるのだろうか」という疑問を抱くのが普通であろう。しかも、広告費を年間40億円も投下していればそれなりの数の人の目に触れるはずだが()、実際はそうではなかった。監査法人や主幹事証券会社は「AI GIJIROKU(AI議事録)の広告を見たことがないが、本当に広告が打たれているのか」といった疑問を抱かなかったのか。同社の第三者委員会報告書からは、監査法人や主幹事証券会社等が“騙された”理由が浮かび上がってくる。

* 例えば、SANSANの2024年5月期の連結損益計算書に記載された広告費は39億円であり、オルツと同程度の水準であるところ、SANSANの名刺ソリューションの広告を複数回目にした人は多いはずである。

まず、オルツは上場前から以下のような著名な学識経験者を顧問として招聘し、それをリリースすることで技術力に対する“お墨付き”を外部に示していた。

オルツの顧問等に関するリリース(抜粋)
リリース日 リリース内容
2015/08/24 電気通信大学栗原聡教授を技術顧問に招聘
2016/03/31 ニューヨーク大学の関根聡氏を技術顧問に招聘
2017/06/01 リバプール大学のダヌシカ・ボレガラ准教授を技術顧問に招聘
2017/11/16 ダヌシカ・ボレガラ氏がCSO(最高科学責任者)に就任
2018/10/02 東京大学大学院教授 橋田 浩一氏を顧問に招聘
2019/05/08 東京大学名誉教授(元大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻教授)西田 友是氏を顧問に招聘
2024/03/07 東北大学言語AI研究センター教授の乾 健太郎氏がオルツ R&D Head of AIに就任

また、同社は『すごいベンチャー100』や『未来の市場をつくる100社【2025年版】』に選出され、日本経済新聞社の2022年「NEXTユニコーン調査」でも「増収率ランキング3位」「AI部門推計企業価値ランキング9位」に名を連ねていた。加えて、ジャフコ、SBIインベストメントといった国内大手VCからの出資、デロイトやJR西日本との業務提携、キーエンスとの資本業務提携などにより、知名度のあるパートナーが増えるにつれ、実力以上の社会的信用が形成されていった。

オルツはこうした“箔付け”が奏功し、従業員数20名程度のベンチャーでありながら、外形的には信頼に足る企業と受け止められていた。こうした外形的な信用力の積み上げが、監査法人や主幹事証券、証券取引所といった関係者の目を曇らせ、売上の大半が架空であり広告も出稿されていなかったという実態を見抜くことを困難にしていた可能性がある。

また、監査法人シドーは、前任のAW監査法人(第三者委員会の報告書中では匿名)から「循環取引の疑義がある」との警告を受けていたにもかかわらず、それを活かすことができなかった。オルツ側からの虚偽説明を信用し、結果として適正意見を表明していたのだ。その背景には、資金の流れが実在しており(オルツがA社に支払った資金が別のB社から戻ってくるだけであるが、外形的にはB社からの入金が実在することになる)、かつ、A社とB社が裏で結託しているという内実が監査法人に明かされることはなかったということがある。さらに、AIという新興分野の収益モデルが不透明であること、SaaSモデルの高成長を支えるためには先行投資となる広告費負担が不可欠といった“常識”も判断を鈍らせた可能性がある。


SaaS : ”Software as a Service”の略。インターネット上でソフトウェアの機能を提供するサービスのこと。

監査法人や主幹事証券会社は過失に応じて責任を負うべきであるが、真に責められるべきは、粉飾の絵を描いて実行し、監査法人等を欺いた経営者に他ならない。そして、第三者委員会の報告書が指摘しているとおり、今回の事件の根底には、経営陣の倫理観やコンプライアンス意識の欠如があった。上場会社における役員の選任に際しては、コーポレートガバナンスの観点から、表面的な実績のみならず、倫理観、コンプライアンス意識などを体系的に評価する仕組みの導入が求められる(【失敗学 第133回】で取り上げたACSLの事例も参照)。また、役員選任の起点となる指名委員会は、候補者の倫理観・コンプライアンス意識にも十分に注意を払うようにしたい。