2025/08/06 東証のMBO開示見直しにより特別委員会が担う重責

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

2025年8月4日のニュース「東証、企業再編の利益相反対応を強化 MBO等の手続が厳格に」でお伝えしたとおり、東証は「MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度の見直し」等に係る有価証券上場規程等の一部改正を実施し、上場廃止する上場会社の開示規制を強化している(2025年7月22日より施行)。第一号案件となったのが2025年7月25日に公表された太平洋工業のMBOで、同社は特別委員会の答申書そのものを開示した。「形だけ」というケースも少なくなかった特別委員会も、いよいよしっかり仕事をしなければならない時代に入ったと言える。


特別委員会 : 企業買収の公正性の確保を目的として設置される独立した合議体。企業価値の向上と一般株主の利益保護のため、企業買収の是非や取引条件の妥当性、公正性を検討・判断する。

M&Aによって株式市場から撤退する会社が増加する中、非上場化を公表後、株主が買収価格を吊り上げるバンプトラージ(Bumpitrage)を仕掛け、会社がこれに応じない場合には、裁判所に買収価格の修正の決定を求める手続(株式の価格決定手続)を求めるケースは後を絶たない。例えば、創業家らによる大正製薬ホールディングスのMBOや伊藤忠商事による伊藤忠テクノソリューションズの完全子会社化に対するものが挙げられる。東証による開示ルールの変更は、こうした動きを受けたものだ。


バンプトラージ(Bumpitrage) : 買収提案後に株を買い集め、企業価値評価の妥当性を問い、価格交渉を仕掛けて利益を得る手法である。

特集「MBOディスクロージャーの現状と方向性」でも触れたとおり、米国では株式価値算定書そのものを開示しなければならないため、それと比べると“緩い”を言わざるを得ないが、それでも大きな進歩であるのは間違いない。

ここで重責を担うのが特別委員会である。なぜなら、・・・

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2025/08/06 東証のMBO開示見直しにより特別委員会が担う重責(会員限定)

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

2025年8月4日のニュース「東証、企業再編の利益相反対応を強化 MBO等の手続が厳格に」でお伝えしたとおり、東証は「MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度の見直し」等に係る有価証券上場規程等の一部改正を実施し、上場廃止する上場会社の開示規制を強化している(2025年7月22日より施行)。第一号案件となったのが2025年7月25日に公表された太平洋工業のMBOで、同社は特別委員会の答申書そのものを開示した。「形だけ」というケースも少なくなかった特別委員会も、いよいよしっかり仕事をしなければならない時代に入ったと言える。


特別委員会 : 企業買収の公正性の確保を目的として設置される独立した合議体。企業価値の向上と一般株主の利益保護のため、企業買収の是非や取引条件の妥当性、公正性を検討・判断する。

M&Aによって株式市場から撤退する会社が増加する中、非上場化を公表後、株主が買収価格を吊り上げるバンプトラージ(Bumpitrage)を仕掛け、会社がこれに応じない場合には、裁判所に買収価格の修正の決定を求める手続(株式の価格決定手続)を求めるケースは後を絶たない。例えば、創業家らによる大正製薬ホールディングスのMBOや伊藤忠商事による伊藤忠テクノソリューションズの完全子会社化に対するものが挙げられる。東証による開示ルールの変更は、こうした動きを受けたものだ。


バンプトラージ(Bumpitrage) : 買収提案後に株を買い集め、企業価値評価の妥当性を問い、価格交渉を仕掛けて利益を得る手法である。

特集「MBOディスクロージャーの現状と方向性」でも触れたとおり、米国では株式価値算定書そのものを開示しなければならないため、それと比べると“緩い”を言わざるを得ないが、それでも大きな進歩であるのは間違いない。

ここで重責を担うのが特別委員会である。なぜなら、M&Aが「⼀般株主にとって公正であることに関する意⾒」を表明しなければならないからだ。これは「言うは易く行うは難し」である。上場会社が選任したファイナンシャルアドバイザーや第三者算定機関の言動をチェックするのは簡単なことではない。

買収者はできるだけ安い価格でM&Aしたいため、株式価値を過小評価するインセンティブがあることは否めない一方、買収者が上場会社の意思決定に影響を及ぼし得る株主である場合、典型的にはMBOや支配株主によるM&Aの場合には、同様に上場会社にも株式価値を過小評価するインセンティブがある。これは「バリュエーション・バイアス」と呼ばれる。上場会社が選任したファイナンシャルアドバイザーや第三者算定機関は、当然ながら上場会社から報酬を得ているため、上場会社の意向を無視できない。特別委員会はこのような状況下で、「上場会社」や「支配株主」ではなく、「⼀般株主」にとって公正な意⾒を表明しなければならない。


バリュエーション・バイアス : 企業や資産の価値評価(バリュエーション)において、評価者の主観や利害関係が影響し、本来の価値から乖離した評価がなされる傾向のこと。

特別委員会が参考にしたいのが、米国における価格決定手続だ。米国における価格決定手続では以下のような事項が争点になることが多い。

・財務予測の信頼性
・財務予測の予測期間
・割引率の合理性
継続価値予測価値に対する割合
現預金の事業性
市場株価の効率性


継続価値 : DCF法による株式価値算定における重要な要素の一つ。事業計画期間終了後も企業が存続する前提で算出される価値であり、通常、事業計画期間(例:5年)以降のキャッシュフローを永久成長率で見積もり、現在価値に割り引いて算出する。DCF法では事業計画期間のキャッシュフローを時間価値(割引率)で割り引くとともに、Terminal Value(ターミナルバリュー)とも呼ばれる継続価値を加えて、企業価値等を計算する。DCF法では、継続価値が企業価値の過半数を占めることが多いが、継続価値はパラメータを変えると大きく値が変わることから、割引率とともに、根拠の説明責任が強く問われる要素と言える。
予測価値 : 企業の将来の収益力を短〜中期で評価する指標。通常は3〜5年間の事業計画に基づいて、将来得られるキャッシュフローを現在価値に割り引いて算出する。
現預金の事業性 : 企業が保有する現金や預金が、単なる資産としてではなく、事業活動に直接的・間接的に貢献する性質や役割を持つこと。すなわち、現預金が企業価値や収益力にどう関与しているか、ということである。
市場株価の効率性 : 株価が利用可能な情報をすばやく正確に反映している状態。

特別委員はまず、これらの争点について株式価値算定の理論に基づき合理的な説明が可能か、自問自答してみる必要がある。

米国と異なり日本では特別委員の法的な位置付けが不明確であるため責任を追及される可能性は低いが、特別委員会がこれらを検討せずに上場会社に答申した場合には、バンプトラージの対象になるとともに、株式の価格決定手続の公正性が否定され、買収価格が尊重されないという事実上のサンクション(制裁)を受ける可能性は高いので注意したい。

2025/08/05 有報の総会前開示日のボリュームゾーンと早期開示ランキング

2025年3月28日に突如として行われた金融担当大臣による要請を受け、多くの上場会社が有価証券報告書の総会前開示に踏み切ったが(2025年6月10日のニュース「有報の総会前開示につながる「総会開催日の後ろ倒し」が進まない背景」、同6月17日のニュース「総会前提出の“次”に待っているもの」、同7月17日のニュース「有報の総会前開示に対する企業と投資家の本音」参照)、当フォーラムが1~3月決算のプライム市場上場会社1,205社(7月18日までに有報の提出があったもの)の「総会開催日」と「有報提出日」を調査し、両者に何日間のギャップがあるかを確認したところ、・・・

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2025/08/05 有報の総会前開示日のボリュームゾーンと早期開示ランキング(会員限定)

2025年3月28日に突如として行われた金融担当大臣による要請を受け、多くの上場会社が有価証券報告書の総会前開示に踏み切ったが(2025年6月10日のニュース「有報の総会前開示につながる「総会開催日の後ろ倒し」が進まない背景」、同6月17日のニュース「総会前提出の“次”に待っているもの」、同7月17日のニュース「有報の総会前開示に対する企業と投資家の本音」参照)、当フォーラムが1~3月決算のプライム市場上場会社1,205社(7月18日までに有報の提出があったもの)の「総会開催日」と「有報提出日」を調査し、両者に何日間のギャップがあるかを確認したところ、全社平均は「1.0日前」で、総会前開示を実施した779社(全体の64.6%)の平均は「2.1日前」だったことが判明した。下表はギャップ別の分布だが、ボリュームゾーンは「1日前」である一方、1週間以上の前倒しを実現した事例は36社と3%にも達していない。金融担当大臣の要請にある「前日ないし数日前」の提出にとどまった企業が大半だったということになる。

ギャップ 2週間以上 1週間以上 3~6日前 2日前 1日前 当日以降
社数 3社 33社 145社 139社 459社 426社
割合 0.2% 2.7% 12.0% 11.5% 38.1% 35.4%

また、同じサンプル会社について「営業日ベース」で調査を行ったところ、全社平均は「0.2日前」、総会前開示を実施した会社の平均は「1.7日前」だった。上表の暦日ベースと比較すると、1日前が23社、2日前が37社の差となっており、土日を挟んだケースも含め、1・2日前の提出にとどまった事例が過半数を占めていることが分かる。営業日ベースでの調査では、金融担当大臣による「前日ないし数日前」の要請を企業が“最低限”の範囲でクリアしているという実態が一層明確になっている。

ギャップ 10日以上 5日以上 3・4日前 2日前 1日前 当日以降
社数 3社 33社 85社 176社 482社 426社
割合 0.2% 2.7%に 7.1% 14.6% 40.0% 35.4%

ギャップを会社別にランキングしたのが下表だ。ただし、最もギャップが大きかったACCESS(1月決算)には、子会社の不正会計によって決算が遅延したため、4月の定時株主総会に計算書類を提出できず、7月に継続会を開催することになったという事情がある(同社のリリースはこちら)。そのため、実質的な早期開示ナンバーワンは「21日前」のHOYAであり、唯一の3週間前開示となっている。2週間前もT&Dホールディングスのみであり、13日前のZOZOを含めても2・3週間前の早期開示はレアケースと言わざるを得ない。


継続会 : 会社法上、株主総会は、延期または続行することができるとされている(会社法317条)。ここでいう「延期」とは株主総会の成立後に議事に入らずに開催日を後日に変更することであり、一般的には「延会」と呼ばれ、「続行」とは株主総会の成立後に議事に入るものの、全ての議事の審議を完了せず残りの議事の審議を後日に先送りすることであり、一般的に「継続会」と呼ばれる。

社名 総会開催日 有報提出日 ギャップ
ACCESS 2025/7/29 2025/06/30 -29日
HOYA 2025/6/26 2025/06/05 -21日
T&Dホールディングス 2025/6/26 2025/06/12 -14日
ZOZO 2025/6/26 2025/06/13 -13日
四国銀行 2025/6/27 2025/06/19 -8日
ニチレイ 2025/6/25 2025/06/17 -8日
コンコルディア・フィナンシャルグループ 2025/6/20 2025/06/12 -8日
十六フィナンシャルグループ 2025/6/20 2025/06/12 -8日

HOYAは、2021年には「6月4日」、2022年には「6月3日」、2023年には「6月6日」と、かねてから3週間前開示を実施している。2024年は6月20日と例年よりも遅れたものの(サイバー攻撃による個人情報流出が影響した模様)、早期開示がプラクティスとして確立されている。もっとも、同社の総会開催日は集中日となっている。このことからは、総会の早期開催と有報の総会前開示を相応の水準で両立することは難しいことがうかがわれる。今後は他社においても、有報の総会前開示を実現するため、早期開示を断念して総会を集中日に後ろ倒しして開催する事例が出現する可能性もある。そうなれば、投資家が求める総会関連の日程設定のあり方が問われることになりそうだ。

2025/08/04 当フォーラムの首席研究員である藤島裕三が執筆したコラムが日本経済新聞・朝刊に掲載されました。

当フォーラムの首席研究員である藤島裕三が執筆したコラム「企業統治、ゼロベースで再構築を」が本日(2025年8月4日)付の日本経済新聞・朝刊に掲載されました。

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企業統治、ゼロベースで再構築を

上場会社役員ガバナンスフォーラム 代表取締役・首席研究員 藤島裕三

コーポレートガバナンス(企業統治)改革に「実質」が問われている。社外取締役の人数・割合や指名・報酬の任意委員会といった「形式」は、様々な施策や投資家の声を通じて着実に整ってきた。そこに資本コストや株価を意識した経営の要請など、業績向上そして株価上昇につながる取り組みが問われるようになった。いわば「稼ぐ力」という実質を引き出す企業統治が強く期待されている。

もっとも企業統治に実質が求められるのは、決して新しい話でも最近の論調でもない。コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)原案の序文には「攻めのガバナンス」「迅速・果断な意思決定」「健全な企業家精神の発揮」といった稼ぐ力を高めるためのコンセプトがちりばめられている。

2015年の指針制定時からガバナンスの目的とされていた稼ぐ力が2度の指針改訂を経てもいまだに獲得できていないのである。わが国の企業統治改革は形式と実質が乖離(かいり)していると言わざるを得ない。

この乖離を埋めるためには、企業統治の「本質」に立ち返る必要がある。本質を理解せずに形式だけを導入しても、実質である業績向上は伴わない。「仏作って魂入れず」と言うが、魂(本質)の籠もっていない仏(形式)こそが、稼ぐ力(実質)につながらないガバナンス改革を表している。

それでは企業統治の本質とは何か。当フォーラムは「ゼロベース」がキーワードだと提言したい。現状維持バイアスやステークホルダー(利害関係者)偏重に陥らず、純粋に今この事業に投資すべきかを判断基準とすれば、稼ぐ力の強化に結びつく。社外取締役の人数・割合にとどまらず、その資質もゼロベースで検討を促すものでなければならない。

上場会社は、社外取締役が何の遠慮もしがらみもなくゼロベースで事業や戦略の適否を判断しているか、それを可能とする情報提供などのサポートがなされているか、人選から仕組みまで見直すべきである。首尾一貫したガバナンスシステムが伴ってこそ、監督と執行の分離やチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)は機能する。ガバナンスの本質に立ち返った形式の再構築が望まれる。

2025/08/04 東証、企業再編の利益相反対応を強化 MBO等の手続が厳格に

近年、経営陣によるMBOや支配株主による完全子会社化といった企業再編が相次ぐ中、少数株主保護や意思決定の公正性を巡る議論が高まっている。こうした状況を踏まえ、東京証券取引所は2025年7月7日、MBOや支配株主による完全子会社化に関する有価証券上場規程等の一部改正を公表したところだ。今回の改正は、企業行動規範におけるMBO等に関する遵守事項の見直しを通じて、経済産業省の「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下、M&A指針)の実効性を高め、ひいては一般株主の保護に資することを目的としている。

改正内容は、MBOや支配株主・その他の関係会社等による完全子会社化に際して、より厳格な手続きと情報開示を求めるというもの。施行日は2025年7月22日で、同日以後に決定した対象取引から適用される。


その他の関係会社 : 例えば関連会社が該当する。

改正のポイントは二点ある。・・・

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2025/08/04 東証、企業再編の利益相反対応を強化 MBO等の手続が厳格に(会員限定)

近年、経営陣によるMBOや支配株主による完全子会社化といった企業再編が相次ぐ中、少数株主保護や意思決定の公正性を巡る議論が高まっている。こうした状況を踏まえ、東京証券取引所は2025年7月7日、MBOや支配株主による完全子会社化に関する有価証券上場規程等の一部改正を公表したところだ。今回の改正は、企業行動規範におけるMBO等に関する遵守事項の見直しを通じて、経済産業省の「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下、M&A指針)の実効性を高め、ひいては一般株主の保護に資することを目的としている。

改正内容は、MBOや支配株主・その他の関係会社等による完全子会社化に際して、より厳格な手続きと情報開示を求めるというもの。施行日は2025年7月22日で、同日以後に決定した対象取引から適用される。


その他の関係会社 : 例えば関連会社が該当する。

改正のポイントは二点ある。第一に、特別委員会からの意見取得義務の対象が広がったことだ(下図(東証の公開草案時の説明を一部改変)の①)。


特別委員会 : 企業買収の公正性の確保を目的として設置される独立した合議体。企業価値の向上と一般株主の利益保護のため、企業買収の是非や取引条件の妥当性、公正性を検討・判断する。

2025-08-04 12.12.20

従来は意見取得義務の対象となる取引が「支配株主による完全子会社化」に限定されていたが、今回の改正後はMBOやその他の関係会社等による完全子会社化の場合も意見を取得する必要が生じる。また、意見を出す主体は「独立性を有する社外取締役・社外監査役・外部有識者による特別委員会」とされた。従来は「利害関係を有しない者」であったが、M&A指針や実務動向に対応させるため「特別委員会」に格上げされた形だ。さらに、その意見の内容も、「少数株主にとって不利益でないこと」から「一般株主にとって公正であること」へと改められ、今後はより高度な説明責任が求められることになる。

特別委員会の構成についても、当初案では「利害関係を有しない社外取締役等」とされていたが、パブコメを経て確定案ではさらに踏み込み、「買収者からの独立性」「取引の成否からの独立性」が要件として明確化された(改正後の有価証券上場規程施行規則436条の3第1項参照)。

第二に、特別委員会の意見の開示義務の範囲が拡大された(上図の②)。今後は、一般株主が⼗分な情報を得たうえで取引の公正性を判断できるよう、意思決定プロセスの内容がより詳細に開示されることになる。

上記の改正に伴い、企業行動規範の「遵守すべき事項」の一つである「MBOの開示に係る遵守事項」が、「MBO等に係る遵守事項」へと改められた。従来は「MBO」かつ「開示」に限定されていた内容が、改正により「MBO等」として適用対象が拡大されるとともに、単なる開示にとどまらない広範な事項の遵守が求められることになる。

東証は本改正に先立ち、2025年4月14日に見直し案を提示し、同年5月14日までパブリックコメントを募集していたが、7月7日には寄せられた意見およびそれに対する東証の見解を公表しており、一部の意見は最終案に反映される形となった。

本改正の背景には、過去に、一定のプレミアムが付された価格による売却機会の提供があったことをもって「少数株主にとって不利益ではない」と判断された事例があり、価格の公正性に対する懸念が根強く残っていたことがある。そこで改正後は、特別委員会が上図の①の意見を述べる際に、単なる価格の多寡ではなく、以下3点についての具体的な検討・判断内容を含めることが求められる。


プレミアム : 買収価格と株価の差

・取引が企業価値向上に資するか(取引の是非)
・買収価格や手法、対価の種類などが公正か(取引条件の公正性)
・公正性を担保するための手続が講じられているか(手続の公正性)

パブリックコメントでは、「MBOは支配株主による完全子会社化と同様、構造的な利益相反が内在しており、一般株主保護の観点から意見取得の対象とすることに賛成」との意見が多く寄せられた。一方で、「関係会社による子会社化の場合には、支配株主やMBOと比してリスクの程度が異なる」として、公正性担保措置の一律適用を懸念する声もあった。これに対して東証は、「利益相反の程度は事案ごとに異なるため、全ての措置を同一に求めるものではない」としつつ、「個別案件の構造的リスクを踏まえ、適切な措置の選択と投資者への説明が期待される」との考え方を示している。

また、「MBO等に限らず、すべての買収案件に同様の対応を求めるべき」との意見(コメントの11番)もあったが、東証はこれを採用せず、「今回の見直しは、特に構造的な利益相反の問題が大きいとされるMBOおよび支配株主・関係会社等による完全子会社化を対象とした」として、対象範囲を当初案のまま維持した。

証券会社からは、「継続価値の算定において、パラメータの数値開示のみとし、その設定根拠までは求めないでほしい」との意見が寄せられていたが、東証はこれを採用せず、あくまで「継続価値の数値(レンジ含む)」および「パラメータ設定の考え方」の開示を求める当初案を堅持している。なお、今回の改正は、米国のようにバリュエーション・レポート自体の開示を義務付けるものではない点、誤解のないようにしたい(【特集】MBOディスクロージャーの現状と方向性を参照)。


継続価値 : DCF法による株式価値算定における重要な要素の一つ。DCF法では事業計画期間のキャッシュフローを時間価値(割引率)で割り引くとともに、Terminal Value(ターミナルバリュー)とも呼ばれる継続価値を加えて、企業価値等を計算する。継続価値はパラメータを変えると大きく値が変わることから、割引率とともに、根拠の説明責任が強く問われる要素と言える。

一方、株価が低迷する上場会社におけるMBOを巡って、「PBR(株価純資産倍率)1倍割れの状態でのMBOは、経営者による株主資本の不当取得であり、上場規則で禁止すべき」との強い意見が複数寄せられた。これに対して東証は、「1株あたり純資産額は対価の公正性を判断する直接指標とは言えず、一律の規制は行わない」との立場を取った。また、余剰資金の株主還元義務付けを求めるコメントも寄せられていたが、今回の見直しでは具体的なルールの導入には至っていない。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

その他、株価算定におけるバリュエーション手法の問題も提起された。特に不動産を多く保有する企業において、企業価値を低く算出するために、あえて純資産価値ベースの手法(SOTP法など)を用いずにPBR1倍を下回る評価がなされるケースがあるとの懸念に対し、東証は「重要性の高い資産(不動産、政策保有株式、余剰資金等)がある場合は、算定の考え方の開示を求める」との対応方針を示した。


SOTP法 : サム・オブ・ザ・パーツの略称。複数事業を営む企業の各事業(パーツ)の価値を算定し、それを合計(サム)して全体の企業価値を算出する。 各事業の資産・負債を個別に評価するため、企業全体の価値が各事業の純資産の合計に近い形で表現される。

さらにパブコメでは、「MBO直前に業績予想を下方修正することで、買収価格を引き下げるような動きが見られる」とのコメントも複数寄せられていた。東証はこうしたケースについて、「ネガティブ情報の合理性や、当該タイミングでの買収決定の背景も含め、特別委員会における検討と説明が必要」との見解を明示している。

特別委員会の委員の専門性についても議論があったが、東証は「コーポレートファイナンスの知見は、必ずしも委員自身に求めるものではなく、アドバイザーの助言等により補うことも可能」とし、委員の専門性要件を一律には設定しない方針とした(コメントの22番)。また、委員会が独自のファイナンシャル・アドバイザー(FA)を選任する義務も課さず、対象会社のFAが提示した株価算定書の前提や合理性を検証し、説明責任を果たすことを求めるにとどめている。

今回の改正では、上記の「MBO等に係る遵守事項」に加えて、上場会社にIR(投資家向け広報)体制の整備を求めることも、企業行動規範の望まれる事項に明記されている(代わりに「決算内容に関する補足説明資料の公平な提供」が削除された)。

パブコメでは「近年、上場会社へのコンタクトの際には、特にメールアドレスが必須のツールとなっていることを踏まえ、IR担当部署の連絡先(IR専用メールアドレス、電話番号)の設定・開示を強く希望する。」とのコメント(コメントの102番)が寄せられており、東証はこれを受け、「コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領」を2025年7月に改訂し、「IRに関する部署(担当者)の設置」や「IR資料」に関する補足説明欄において、IR担当部署の連絡先やIR資料の掲載場所等についても記載することが望まれる旨を明示している。CG報告書の改訂時には本改正への対応を失念しないようにしたい。

また、パブコメでは「IR体制の整備義務を果たさない場合、特別注意銘柄への指定を行う取扱いを徹底していただき、改善が認められない場合は、有価証券上場規程に基づき上場廃止となる取扱いを行うことを明確にしていただきたい。」といった強硬なコメント(コメントの105番)も寄せられていたが、東証は「企業規模や株主構成等を踏まえて、必要な体制を検討・整備いただく」としつつも、IR体制の整備義務を果たさないからといって、すぐに特別注意銘柄への指定を行うわけではないとしている。


特別注意銘柄 : 上場会社の内部管理体制や財務状況に重大な懸念がある場合、投資家への注意を喚起するため、東証が指定する銘柄のこと。指定された上場会社は、改善状況の審査を受け、基準を満たさない場合は上場廃止となる可能性がある。2024年1月に「特設注意市場銘柄」から「特別注意銘柄」へと名称が変更された。

東証は本改正の施行日である2025年7月22日に「資料_IR体制・IR活動に関する投資者の声」を公表している。IR体制に自信がない会社の経営陣はもちろんのこと、自社のIR体制の一層の充実を図りたい会社の経営陣も一読しておきたい。

2025/08/04 当フォーラムの首席研究員である藤島裕三が執筆したコラムが日本経済新聞・朝刊に掲載されました。

当フォーラムの首席研究員である藤島裕三が執筆したコラム「企業統治、ゼロベースで再構築を」が本日(2025年8月4日)付の日本経済新聞・朝刊に掲載されました。会員の方はこちらをクリックしてください(ログインが必要になります)。非会員の方はこちらをクリックしてください(日経IDが必要になります)。

2025/08/01 サイト運営会社変更のお知らせ

2025年8月1日より上場会社役員ガバナンスフォーラムのサイトの運営会社は下記のとおり変更になりました。

新運営会社 上場会社役員ガバナンスフォーラム株式会社
住所 東京都中央区銀座1丁目15番4号
代表者 藤島 裕三(ふじしま・ゆうぞう)
法人番号 5010001256271
適格請求書
発行事業者
登録番号
T5010001256271
(新設法人のため現在登録手続き中です。おおむね2025年9月末日までには登録が完了する見通しです)

2025/08/01 【2025年8月の課題】自社の株主総会における各議案の賛成率分析

2025年8月の課題

2024年6月の総会シーズンも終わり、臨時報告書(議案ごとの賛成率)も出揃いました。
全体的な傾向としては、取締役選任議案について賛成率の上昇傾向が確認されており、いわゆる低賛成率議案も減少しているようです。
一方で株主提案は増加しており、数は少ないものの可決となった議案もみられます。
こうした動きも踏まえて、自社の株主総会における各議案の賛成率を分析してみてください。
併せて、自社に対してどのような株主提案がなされた場合に賛成率が高くなる恐れがあるかも検討してみてください。

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