2019/07/26 副業先での労働時間を通算しない案が浮上(会員限定)

働き方改革の一環として副業・兼業の解禁に踏み出す企業が増えてきた。政府も「働き方改革実行計画」(2017年3月28日の働き方改革実現会議で決定)の中で、副業や兼業は、労働者にとってワークライフバランスの充実、所得の増加、起業や第2の人生への準備に資するばかりでなく、企業にとっても新たな技術の開発、オープン・イノベーションに資するものであるとして、副業・兼業の普及を後押しする姿勢を打ち出している。

オープン・イノベーション:自社のみならず、他社、大学、自治体、社会起業家など異業種、異分野が持つ技術やサービス、アイデア・ノウハウ、情報・データなどを取り込み、革新的なビジネスモデルや製品・サービスなどを開発すること。

働き方改革実行計画を受け厚生労働省に設置された「柔軟な働き方に関する検討会」は2018年1月、副業・兼業について、企業や労働者が現行の法令の下でどのような事項に留意すべきかをまとめた「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表したが、同省はこれにあわせてモデル就業規則も改定、それまで労働者に「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」を遵守させることとしていた規定を削除し、新たに次のような規定を新設している。

新モデル就業規則(2018年1月改定)

(副業・兼業)
第68条  労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に、会社に所定の届出を行うものとする。
3 第1項の業務に従事することにより、次の各号のいずれかに該当する場合には、会社は、これを禁止又は制限することができる。
① 労務提供上の支障がある場合
② 企業秘密が漏洩する場合
③ 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④ 競業により、企業の利益を害する場合

 

副業についてのスタンスが「原則禁止」から「原則OK」へと180度転換した点は注目に値する。

もっとも、「モデル就業規則」は単なる“例”に過ぎず、これと同じでなければならないという縛りは一切ない。実務上は各社の実情に応じて就業規則が作成されており、モデル就業規則が改訂されたからといって、副業を原則OKとする企業が直ちに急増するということにはならないだろう。モデル就業規則が改定されたにもかかわらず、いまだ従業員の副業解禁を躊躇している企業が少なくないのは、副業を認めると、企業は以下のようなリスクにさらされるからだ(副業・兼業の促進に関するガイドラインの「1 副業・兼業の現状」の(2))。

① 自社での業務がおろそかになるリスク
② 情報漏洩のリスク
③ 競業・利益相反になるリスク
④ 副業に係る就業時間や健康管理の取扱いのルール違反を犯すリスク

このうち④は、そもそも労働基準法の現在の解釈によると「ルール違反をしないための管理が極めて困難」になる(その理由については後述)ということに端を発している。この点について詳しく説明しよう。まず、労働基準法は38条で次のように定めている。

労働基準法38条
労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については 通算する。

同法38条について、厚生労働省が公表している昭和23年5月14日 基発第769号(局長通達)では『「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合をも含む。』とされている。この解釈に基づき、従業員が複数の会社(事業主)で労働する場合は、労働基準法上、労働時間を通算(以下、「通算」とは各事業主における労働時間の通算を意味することとする)するという実務が行われている。

労働基準法では、労働時間が「原則として1日8時間or週40時間」を超えると残業代(法定割増賃金)の支払いが必要になるとしているが、「通算」が必要だとすると、事業主Aの下で雇用契約に基づき働いていた労働者が、その後、別の事業主Bとも雇用契約を締結した場合、割増賃金の支払い義務者は果たして誰になるのかという問題が生じる。例えばAの所定労働時間が1日5時間であり、Bの所定労働時間が1日4時間であったとしよう。両者の所定労働時間を足すと9時間となり、「1日8時間」という上限を1時間超えてしまうが、この場合、AとBのどちらが割増賃金を支払うのかが問題になる。

結論から言えば、現状の実務では「事業主B」が割増賃金を支払うものとされている。これは、「Bは後から労働契約を締結した方であり、労働者を先に契約したAとの契約内容をしっかりと確認してから契約内容を決めるべきである」ということが理由とされている。その結果、この労働者がBで勤務する4時間のうち1時間は常にBにおいて残業扱いとなり、Bには残業代の支払い義務が生じることになる。さらに、事業主Bは当該労働者に法定外労働をさせる以上、その前提として、労使間で労働基準法36条に定める「時間外および休日の労働に関する協定(いわゆる36(サブロク)協定)」を締結しておかなければならない。

また、事業主A・Bの双方で所定労働時間を各1日4時間として雇用契約を締結している労働者がいるとして、Aが、労働者がAでの勤務後にBで4時間働くことを知りながら労働時間を1時間延長する場合には、Aが時間外労働の手続き(36協定の締結や割増賃金の支払い)を担う責任を負うことになる。

このように「通算」を前提にする現在の法令解釈により、自社の従業員が副業先で雇用関係にある場合には、自社としては副業先の労働時間を把握しなければならないが、現実には他社での労働時間を正確に把握する術はなく、従業員からの自己申告により把握せざるを得ない。また、従業員が必ずしも正直に申告するとは限らないというのも悩みの種となる。長時間労働の実態がバレると会社から副業を禁止されるリスクがあるため、従業員にとって副業先での労働時間を「過少申告」をするインセンティブは小さくないと思われる。逆に、それぞれの事業主から残業代を得るために、副業先の労働時間を長めに申告する恐れもある。さらに、近年は裁量労働制、フレックスタイム制など様々な労働時間制度が林立する中、そもそもどのようにして労働時間を通算するのかという疑問も生じる。以上のような問題を考えると、各事業主が労働時間を通算するという実務は、もはや機能しないと言っても過言ではない。

裁量労働制:業務の遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる制度であり、逆に言えば、同制度の対象となる労働者は業務遂行の手段や時間配分を自らの裁量で決められることになっている。したがって、会社(上司)は、業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、具体的な指示をしてはならない。

また、残業代の問題と並び、コンプライアンスの観点から気を付けなければならないのが、総労働時間の上限規制()だ。現行制度では、労働時間を通算した結果、上限規制を超えて労働させた事業主が法令違反(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)となる。したがって、上限に達したかどうかを判定するために、他の事業者での労働時間を通算した労働時間が上限規制を超えそうな労働者については、日々厳密に通算した労働時間を把握する必要があるが、それは技術的に相当困難と言える。

 残業時間の上限は、原則として月45時間・年360時間とし、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることはできない。臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも、「年720時間以内」「複数月平均80時間以内(休日労働を含み、「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」が全て1月当たり80時間以内)」「月100時間未満(休日労働を含む)」を超えることはできない。原則である月45時間を超えることができるのは、年間6か月までとされている。

こういった問題を回避するために、副業を解禁している企業であっても、副業先から「雇用」されることとなる副業は認めないか、認めるにしても労働時間通算の問題が生じないよう、本業、副業・兼業の通算労働時間が法定労働時間内となる副業・兼業しか認めていないところが多い。

こうした中、労働時間の通算管理の難しさが副業解禁の足かせになっているとの指摘を受け2018年7月、厚生労働省に「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」が設置され、1年かけて議論を重ね取りまとめたのが、「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会報告書」だ(第9回の同会で検討された報告書案はこちら)。

報告書は確定版が近々公表される予定だが、報告書(案)で取りまとめられた主な課題と今後の方向性や問題点を当フォーラムがとりまとめたのが下表である。

課題 方向性 問題点
他社での労働時間の把握方法
どのようにして他の事業主の下で労働時間を把握するのか
労働者の自己申告で労働時間を把握する方法 労働者が副業・兼業の事実のみ申告し、労働時間数の申告を拒む場合、どうするのか
労働者の自己申告にどの程度の客観性を求めるのか(例えば何らかの証明書を求めるのか)
どのようなタイミング、どれくらいの頻度で労働者の自己申告を求めるか
使用者間で、労働者の労働時間数などの情報のやりとりをする方法 企業の事務量が膨大になる。
他社(副業先)が適切に対応してくれなければ、労働時間の適切な通算も困難になる。
割増賃金の計算方法
割増賃金支払いのためには厳密な労働時間管理が必要。仮に他の事業主の下での労働時間も通算するという現行の法令解釈を前提にすると、どのようにして厳密な労働時間管理を行うのか
(通算を前提)
労働者の自己申告を前提に、他の事業主の下での週や月単位などの所定労働時間のみ通算して(逆に言えば、他社における実際の労働時間の情報は不要)、割増賃金の支払いを義務付ける案(使用者にとって予見可能性が期待できる)
割増賃金制度には長時間労働の抑制装置の機能が期待されているが、一つの企業の中で働いた場合に割増賃金が発生するという状況でしか、その機能は発揮されないのではないか。 また、他社で働いた時間を申告されて割増賃金を支払うのは、自社で法定労働時間を超過して働いてもらっていない企業からすると納得感がない。
他社で働いた時間が自社の割増賃金に影響を与えるのであれば、他社での労働時間についての客観性が重要になる。
(通算を前提にしない案)
各事業主の下で法定労働時間を超えた場合のみ、割増賃金の支払いを義務付ける案
現行の法令解釈に基づく取扱いを変更することになる。
上限規制
残業時間が上限規制に達しないようにするためには、厳密な労働時間管理が必要。仮に他の事業主の下での労働時間も通算するという現行の法令解釈を前提にすると、どのようにして厳密な労働時間管理を行うのか
労働者の自己申告を前提に、通算して管理することが容易な方法(例えば、副業・兼業先の月の労働時間の上限を設定し、それを前提に自社の労働時間管理を行うことを認める)
事業主ごとに上限規制を適用する案(副業・兼業している従業員については、厳密な上限規制の遵守まで求めない案) 通算した労働時間が過労死ラインを超える場合も生じ得る。
労働者自身が月の総労働時間をカウントし、上限時間に近くなった時点で各事業主に申告する案

報告書(案)から浮かび上がるのは、簡単に通算できる方法を模索するのか、そもそも通算しないようにするのか(上表の赤字部分)という2つの選択肢だ。行政が従来から維持してきた「複数の会社(事業主)で労働する場合は、労働基準法の労働時間に関する規制(原則1日8時間、週40時間)が通算して適用される」という法令解釈を根底から覆す「通算を前提にしない案」が検討の俎上に載せられたのは画期的と言える。副業を解禁している、あるいは視野に入れている企業にとっては今後の議論の行方が気になるところだ。

2019/07/25 2019年秋・交流会開催のお知らせ

本交流会はすでに開催済みです。多数の皆様にご参加いただき、盛況のうちに終えることができました。ご参加いただき有難うございました。

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~企業や社外役員同士の情報交換、社外役員候補発掘の場に~
2019年秋・交流会()開催のお知らせ
当フォーラムの会員でない方もご参加いただけます。

日時:2019年10月7日(月) 17時30分(受付16時45分~)~20時

場所:東京海上日動火災保険・本社ビル(本館)最上階
スペシャルゲスト:森下仁丹株式会社 特別顧問(前代表取締役社長)駒村純一様

上場会社役員ガバナンスフォーラムでは2019年10月7日(月)17時30分~、昨年に続き、上場企業や上場を目指す企業、現役社外役員や社外役員候補者の方々等の交流会を開催いたします(受付16時45分~)。

詳細はこちらもご覧ください。

コーポレートガバナンスの状況が投資判断の重要な要素となる中、他社の役員やガバナンス担当者同士、社外役員(候補者)同士が生の情報を交換することは、自社等の今後のガバナンス対応を検討する上で極めて有益です。また、 機関投資家の議決権行使基準でも、取締役会に占める社外取締役の割合として「1/3」がスタンダードとなりつつある中、本交流会は多くの社外役員候補者と一度に出会える場ともなります。昨年秋に開催した第一回交流会では、交流会における出会いがきっかけとなり社外役員に就任するといった成果も出ております(なお、本交流会でお知り合いになった方を社外役員に選任した場合でも、人材紹介料等の費用は一切かかりません。また、当フォーラムにご報告いただく必要もございません。)

本交流会では、スペシャルゲストとして、森下仁丹株式会社 特別顧問(前代表取締役社長)の駒村純一様をお招きし、本交流会の冒頭30分程度「老舗企業が挑む逆転発想の人材・組織改革術」をテーマにご講演いただきます。
是非とも本交流会を、企業や社外役員同士の情報交換、社外役員候補の発掘の貴重な機会としてご活用いただければ幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。

2019年秋
交流会
概要
日時:2019年10月7日(月) 17時30分~20時(受付16時45分~)
場所:東京海上日動火災保険・本社ビル(本館)最上階(受付:24階ロビー)
※赤レンガのビルになります。
定員:80名
スペシャルゲスト:森下仁丹株式会社 特別顧問(前代表取締役社長)駒村純一氏
※ご講演内容等の詳細は下記をご覧ください。
参加費(飲食代を含みます):
 上場会社役員ガバナンスフォーラム会員の方 お1人様5千円(税込)
 宝印刷のe-Disclosure Club Premium会員様、東京海上日動火災保険・エッジ・インターナショナル等のメールマガジン読者様、IPO実務検定及び財務報告実務検定の会員様 お1人様5千円(税込)
 上記以外の方 お1人様1万2千円(税込

 交流会お申込み前に会員登録いただくと、参加費は5千円(税込)となります。
ご不明な点等がございましたら、ご遠慮なく jimukyoku@govforum.jp までお問い合わせください。

会員登録はこちらから

基調講演
「老舗企業が挑む逆転発想の人材・組織改革術~中高年の働き方改革を目指した「第四新卒採用」とは~」

「人生100年時代」と言われ、中高年のミドル転職が注目を集める昨今。2017年森下仁丹は、「オッサンも変わる。ニッポンも変わる。」というキャッチコピーのもと、「第四新卒」募集と名づけた大々的な採用広告で、性別・年齢を問わず挑戦し続ける人材を募集する第四次新卒採用を行いました。

その結果、30~70代の幅広い年代からの多彩な顔ぶれからの応募があり、医薬食品に近しい業界からだけではなく、IT、家電、出版等さまざまな業界から人材が集まりました。
このユニークな試みを行った同社特別顧問(前代表取締役社長)・駒村純一氏自身も52歳の「オッサン」として中途入社し、30億円の赤字を出しながらも危機意識に欠けるという“老舗病”を患っていた森下仁丹のV字復活ををわずか3年という短期間で成し遂げました。
創業125年の歴史を持つ老舗企業でさまざまな改革を断行し、人生100年時代に対応する逆転発想の人材・組織改革術を解説していただきます。

森下仁丹株式会社 特別顧問 駒村 純一 氏
1973年 三菱商事株式会社入社
1997年 同社イタリア事業投資先Miteni社代表取締役(イタリア勤務は通算14年)
2003年 森下仁丹株式会社入社
2006年10月 森下仁丹株式会社・代表取締役社長
2019年7月 同社特別顧問
大阪家庭薬協会最高顧問、日本健康・栄養食品協会理事、健康食品産業協議会理事、日本抗加齢協会理事、サプリメント・エグゼクティブ会議代表世話人、アンジェス株式会社 社外取締役、彩都ヒルズクラブ理事(バイオベンチャー育成NPO)、関西二期会理事、大阪ロータリークラブ会員、慶應義塾大学理工学部同窓会関西支部長 等

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2019/07/25 企業の対話相手に変化の兆し

企業にとって「エンゲージメント(対話)」の相手と言えば、通常は運用会社(投資顧問会社、アセットマネジメント会社)を指すことになるが、この常識に変化の兆しがある。きっかけは、・・・

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2019/07/25 企業の対話相手に変化の兆し(会員限定)

企業にとって「エンゲージメント(対話)」の相手と言えば、通常は運用会社(投資顧問会社、アセットマネジメント会社)を指すことになるが、この常識に変化の兆しがある。きっかけは、年金や政府系ファンド(ソブリン・ウエルス・ファンド=政府が出資する投資ファンド)などの「アセットオーナー」で進む企業分析(リサーチ)機能の強化だ。

かつて、上場企業の分析と言えば証券アナリストの仕事だった。証券アナリストは上場企業のマネジメント層やIR部門とコミュニケーションをとり、その企業の情報を収集し分析する。30~40年ほど前は、こうした証券アナリストは文字通り主に証券会社に所属していた。そして、運用会社に所属し、ポートフォリオを構築して実際に上場企業株に投資するファンドマネージャー(ポートフォリオマネージャー)は、証券会社の証券アナリストの分析結果を用いて投資判断を行っていた。

しかしその後、運用会社自体が企業分析の機能を担うようになった。すなわち、バイサイド・アナリスト(証券会社に所属する証券アナリストはセルサイド・アナリストと呼ばれる)と呼ばれるアナリストを多数採用し、独自のリサーチを行うようになった。バイサイド・アナリストはセルサイド・アナリストの情報も活用しているが、運用会社におけるバイサイド・アナリストの人数の拡大とともに、セルサイド・アナリストの主な仕事が、バイサイド・アナリストの“下請け”的なものになっていった。 

バイサイド・アナリスト : 運用会社に所属するアナリストであり、そのレポートは、自社のファンドマネージャーの運用成績向上のために作成される。
セルサイド・アナリスト : 証券会社に所属しており(株式を売る側にいることからこう呼ばれる)、そのレポート(アナリスト・レポート)は、証券会社の顧客である個人投資家や機関投資家に提供され、投資家はこれを投資先の選定や売買のタイミングの判断に利用する。

そして現在は、徐々にではあるものの、アセットオーナーがアナリストの拡充を図っている。特に世界的にも規模が大きい年金や政府系ファンドにおける企業分析機能の強化は目覚ましく、大手の運用会社をも凌駕し始めている。例えばESGといった新しい分野の企業分析では、アセットオーナーの方が運用会社よりも充実したリサーチ体制を持っていることが多い。アセットオーナーは運用会社の顧客だが、運用会社のバイサイド・アナリストがその顧客であるアセットオーナーの下請けを担うようになることも、あながちあり得ない話ではない。

ESG : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を組み合わせたもので、近年、特にグローバル機関投資家の間で、企業の投資価値を測る評価項目としての地位を確立しつつある。

では、アセットオーナーが企業分析機能を担うようになった場合、企業にはどのような影響があるのだろうか。まず考えられるのが、アセットオーナーが企業と直接エンゲージメントを行う機会の増加だ。運用会社はあくまでアセットオーナー代理人であって、運用会社の意見は、数多くの顧客(アセットオーナー)の意見を代弁するものにすぎない。仮にアセットオーナーが企業と直接エンゲージメントをするようになれば、アセットオーナーの意見がダイレクトに企業に伝わることになるだろう。また、アセットオーナーと企業のエンゲージメントの機会が増えれば、両者の関係がより長期的なものになる可能性がある(運用会社は、パフォーマンスの悪化などの理由で資金を引き揚げられれば、無条件で株を売却せざるを得ない)。ただし、企業が改めて認識しておく必要があるのは、アセットオーナーは“最終意思決定者”であるということだ。アセットオーナーとのエンゲージメントや対話に失敗すれば、直ちに株の売却や議決権行使に至る可能性が高いという点、注意したい。

2019/07/24 親会社の社外取締役は海外子会社の社外取締役を兼務できる?

社外取締役の人材不足が叫ばれる中、親会社の社外取締役を子会社の社外取締役にも就任させたいというニーズは小さくない。また、当該子会社が海外子会社の場合もある。その社外取締役が現地事情に精通していたり、語学力が高かったりすればなおさらだろう。では、親会社の社外取締役が国内子会社、さらには海外子会社の社外取締役を兼務することは可能なのだろうか。・・・

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2019/07/24 親会社の社外取締役は海外子会社の社外取締役を兼務できる?(会員限定)

社外取締役の人材不足が叫ばれる中、親会社の社外取締役を子会社の社外取締役にも就任させたいというニーズは小さくない。また、当該子会社が海外子会社の場合もある。その社外取締役が現地事情に精通していたり、語学力が高かったりすればなおさらだろう。では、親会社の社外取締役が国内子会社、さらには海外子会社の社外取締役を兼務することは可能なのだろうか。

会社法上、社外取締役の定義の一つに「子会社の業務執行取締役(会社法363条第1項各号に掲げる取締役及び当該株式会社の業務を執行したその他の取締役をいう。以下同じ。)若しくは執行役又は支配人その他の使用人(以下「業務執行取締役等」という。)でない」というものがある(会社法2条15号イ前段)。すなわち、親会社の社外取締役は子会社の業務執行取締役等を兼務することはできない。言い換えれば、親会社の社外取締役が子会社の業務執行を行うことはできないということだ。

そして、「子会社」は、「会社がその総株主の議決権の過半数を有する株式会社その他の当該会社がその経営を支配している法人として法務省令で定めるものをいう」とされている(会社法2条3号)。ここでいう法務省令(=会社法施行規則)では、「子会社」について「会社が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等とする」と規定しており(規則第3条第1項)、さらに「会社等」とは、「会社(外国会社を含む。)・・・中略・・・その他これらに準ずる事業体をいう。」とされている(規則第2条第3項第2号)。すなわち、社外取締役の定義における「子会社」には、海外子会社も含まれるということだ。

以上をまとめると、親会社の社外取締役は、国内子会社のみならず、海外子会社の業務執行取締役等にもなることはできない(裏を返せば、海外子会社の業務執行取締役等が親会社の社外取締役になることもできない)が、逆に言うと、会社法では、親会社の社外取締役と(海外)子会社の業務執行取締役等の兼務を禁止しているに過ぎないことから、親会社の社外取締役が(海外)子会社の「監査役」や社外取締役をはじめとする「非業務執行取締役」を兼務することは可能ということになる。

ところで、中国の会社には、日本の会社における取締役に相当する「董事(とうじ)」や監査役に相当する「監事」という役職があるが、このうち「監事」は業務執行を行わないため、日本の親会社の社外取締役と兼務することができる。また、「董事」についても、業務執行を一切行わないのであれば、日本の親会社の社外取締役と兼務することは可能。ただし、董事が会社の日常の経営管理機関の責任者である「総経理」や総経理を補佐する「副総経理」でもある場合、業務を執行していることになるため、日本の親会社の社外取締役を兼務することはできないので注意したい。

2019/07/23 ESG投資に陰り?(会員限定)

日本の優良企業であるキリンホールディングス、アサヒグループホールディングス、サッポロホールディングス、宝ホールディングス(宝酒造)が、800億ドルの運用資産残高を有するノルウェーの大手生命保険会社KLPにより、同国で暴力事件の半数以上に飲酒が関係していることなどを理由にダインベストメント(投資の取りやめ)の対象とされたことについてはESGの専門家等からも驚きの声が聞かれたところだ(2019年6月7日のニュース『「飲酒」もNG? 広がるダインベストメントの対象』参照)。また、運用資産残高50億ポンドの「Future World Funds」を運用する英国の大手運用会社LGIM(Legal & General Investment Management)が昨年(2018年)投資対象から除外した8社の中には、日本郵政、スバルという日本のビッグネームが含まれている(現在も投資対象外のままとなっている)。LGIMは両社を投資対象外としている理由として、気候変動への取り組みに関する開示内容に改善の余地が多いなどを挙げている(ただし、両社ともエンゲージメントへの前向きな姿勢は評価されている)。

ESG : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を組み合わせたもので、近年、特にグローバル機関投資家の間で、企業の投資価値を測る評価項目としての地位を確立しつつある。
LGIM : 欧州でも有数の規模を誇る英国の大手保険グループ Legal & General Groupの一員であるグローバル機関投資家

LGIMが、気候変動対策の緊急性等を踏まえ、「行動の伴わないエンゲージメントは意味を成さない」と強気のコメントを繰り返しているように、ダインベストメントは投資先企業に強いプレッシャーを与えるためのという“切り札”として機能している面があるが、その一方で、米国の公的年金基金ではダインベストメントを見直す動きも出て来ている。ダイベストメントによる「機会損失額」が目に付くようになってきたからだ。

ESGに優れた企業に投資する「ESG投資」にいち早く取り組み、ダイベストメントも辞さないという投資方針を打ち出してきた米国最大の公的年金基金CalPERS(カルパース=カリフォルニア州職員退職年金基金)では、タバコ関連企業のダイベストメントに伴う機会損失額が36億ドルにも達しており、2008年の金融危機以降進む財政赤字が拡大する一因となっている。米国では、州によってダイベストメントの要件(例えば、タバコ関連企業、石炭関連企業、銃製造企業、人権・環境を脅かす企業に投資しないなど)を法律で定めているところがるが、こうした州の年金基金の年間平均利回りは他州より0.4%程度下回っているとの調査結果もある。

CalPERS : 米国最大の公的年金基金。その資金規模と優れた運用手法から、世界の金融関係者の注目を集める。機関投資家として投資先企業の経営にも積極的に口を出す「モノ言う株主」としても知られる。

こうした中、CalPERS以外の他の年金基金、州にもダインベストメントを見直す動きが広がっている。例えばニューヨーク州では、年金基金による化石燃料関連企業への投資を禁止する法案の導入に反対する声が上がっている。

世界的に見れば、ESG投資が今後も拡大していくことは確実であり、日本企業にもESG投資を呼び込むための努力が求められているが(2019年7月18日のニュース「ESG投資を呼び込むための視点とKPI」参照)、上述のとおり、“局所的”にはダインベストメントを見直す機運も出て来ている。近年急速に拡大してきたESG投資の歴史はまだ浅く、いまだESG投資に懐疑的な投資家もいるのも事実。ESG投資は、投資リターンの状況をにらみつつ、しばらくは試行錯誤を繰り返しながら拡大していくという道を歩んでいくことになろう。現在の米国での動きもその一環と言えそうだ。

2019/07/22 政策保有株式の定量的な保有効果の開示例

周知のとおり、2019年3月期の有価証券報告書からは、政策保有株式について「会社の経営方針・経営戦略等、事業の内容及びセグメント情報と関連付けた定量的な保有効果(定量的な保有効果の記載が困難な場合には、その旨及び保有の合理性を検証した方法)」を、【コーポレート・ガバナンスの状況等】【株式の保有状況】において開示することが求められるようになった(【2018年11月の課題】新たな有報における「役員報酬」と「政策保有株式」の記載事項参照)。この開示は、下記のコーポレートガバナンス・コード【原則1-4.政策保有株式】の内容(下線部参照)が反映されたものであり、政策保有株式の保有意義・効果について厳しい見方もある中、資本コストをかけリスクをとって政策保有株式を保有する以上、政策保有に関する方針や目的、効果は、経営者により具体的かつ十分に説明されるべきと言える。また、この開示により、定量的な保有効果がない政策保有株式は保有の継続が困難となり、結果として売却され、経営者が売却により得た資金をより収益性の高い事業等に対して投資することが期待されている。・・・

資本コスト : 株主など資本提供者の期待利回りのこと。資本コストが小さい=投資家にとってのリスクが小さいということになる。ここで「株主など」としたのは、負債にも資本コストはあるためである。株主資本により資金調達を行った場合のコストが「株主資本コスト」であり、株主資本の提供者である株主が期待する収益率のことを指す。一方、他人資本コストとは要するに借入金の金利を指す。この株主資本と他人資本を合わせた「総資本」のコストが「総資本コスト」である。総資本コストは、株主資本コストと他人資本コストを、株主資本(株式の時価総額)と他人資本(負債総額)の合計額に占めるそれぞれ額で按分(加重平均)した上で合計するため「加重平均資本コスト」、英語では「Weighted Average Cost of Capita=WACC(ワック)」と呼ばれる。

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2019/07/22 政策保有株式の定量的な保有効果の開示例(会員限定)

周知のとおり、2019年3月期の有価証券報告書からは、政策保有株式について「会社の経営方針・経営戦略等、事業の内容及びセグメント情報と関連付けた定量的な保有効果(定量的な保有効果の記載が困難な場合には、その旨及び保有の合理性を検証した方法)」を、【コーポレート・ガバナンスの状況等】【株式の保有状況】において開示することが求められるようになった(【2018年11月の課題】新たな有報における「役員報酬」と「政策保有株式」の記載事項参照)。この開示は、下記のコーポレートガバナンス・コード【原則1-4.政策保有株式】の内容(下線部参照)が反映されたものであり、政策保有株式の保有意義・効果について厳しい見方もある中、資本コストをかけリスクをとって政策保有株式を保有する以上、政策保有に関する方針や目的、効果は、経営者により具体的かつ十分に説明されるべきと言える。また、この開示により、定量的な保有効果がない政策保有株式は保有の継続が困難となり、結果として売却され、経営者が売却により得た資金をより収益性の高い事業等に対して投資することが期待されている。

資本コスト : 株主など資本提供者の期待利回りのこと。資本コストが小さい=投資家にとってのリスクが小さいということになる。ここで「株主など」としたのは、負債にも資本コストはあるためである。株主資本により資金調達を行った場合のコストが「株主資本コスト」であり、株主資本の提供者である株主が期待する収益率のことを指す。一方、他人資本コストとは要するに借入金の金利を指す。この株主資本と他人資本を合わせた「総資本」のコストが「総資本コスト」である。総資本コストは、株主資本コストと他人資本コストを、株主資本(株式の時価総額)と他人資本(負債総額)の合計額に占めるそれぞれ額で按分(加重平均)した上で合計するため「加重平均資本コスト」、英語では「Weighted Average Cost of Capita=WACC(ワック)」と呼ばれる。

コーポレートガバナンス・コード【原則1-4.政策保有株式】
上場会社が政策保有株式として上場株式を保有する場合には、政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべきである。また、毎年、取締役会で、個別の政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべきである。
上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための具体的な基準を策定・開示し、その基準に沿った対応を行うべきである。

では、2019年3月期の有価証券報告書で上場企業各社はこの点についてどのような開示を行ったのだろうか。当フォーラムが調査したところ、多くの企業が、定量的な保有効果の検証自体は行っているものの、「取引金額を含む取引の内容については、守秘義務や競合他社への不要な情報提供となることから開示が困難である。」といった形で、「定量的な保有効果の記載が困難な場合」(本稿冒頭のカッコ書き参照)の記載となっている。

こうした中、ごく少数ではあるが定量的な保有効果を記載している企業が見られたので、現時点での「ベストプラクティス」として紹介したい。

事例1 九州フィナンシャルグループ(定量的評価の基準並びに定量基準未充足の数値のみを開示(抜粋))(画像をクリックすると拡大します)
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ROE : Return On Equity=株主資本利益率(利益/株主資本)。実務上、ROEの利益には「当期純利益」を使うことが多い。これは、株主資本に対応するのは、株主資本に帰属する当期純利益であるとの考え方による。

事例2:オーバル(収益と資本コスト比較(抜粋))(画像をクリックすると拡大します)
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事例3:アクシアル リテイリング(資本コストとの比較を政策保有株全体で記載し、個別銘柄ごとの定量的な保有効果を記載(抜粋))(画像をクリックすると拡大します)
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包括利益 : 純資産の変動額のうち株主との取引によらないで変動した分のこと。
WACC : 銀行等(債権者)が企業に対し要求する期待利回りが「有利子負債コスト(金利)」であるが、株主と債権者では資金提供リスク(将来獲得できるキャッシュ・フローの不確実性)が異なるため、両者が要求する期待利回りも異なる(通常は株主のリスク(不確実性)の方が高いとされている)。そこで企業全体としての資金調達コストは、両者の期待利回り(「株主資本コスト」と「有利子負債コスト(金利)」)を資金提供額に応じて加重平均することにより算定する。この資金調達コストが「加重平均資本コスト(英語ではWeighted Average Cost of Capital=WACC」であり(通称はワック)、これを上回るキャッシュ・フローの獲得こそが、投資家が経営陣(取締役)に求めているものと言える。加重平均資本コスト(WACC)は資金提供者が要求する最低限の期待利回り(期待収益率)であるため、「ハードル・レート」とも呼ばれる。

上記の例では、定量的な保有効果の基準値または基準値との比較が記載されているが、下記のとおり、定量的な保有効果の基準値は示さず、定量的な保有効果のみが記載されている事例も見られた。

事例4:富士急行(便益の取得原価に対する割合を開示(抜粋))(画像をクリックすると拡大します)
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事例5:東京汽船(投資利回り、TSRを記載(抜粋))(画像をクリックすると拡大します)
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純投資でない政策保有株式に対し、純投資目的の株式の投資効果を図る指標であるTSRのみを定量的な保有効果の判断指標とすることについては議論のあるところだが、TSRは有価証券報告書の【主要な経営指標等の推移】で記載が義務付けられ、数値の入手が容易となったため、今後は定量的な保有効果を判断する一つの指標として利用する企業が増える可能性がありそうだ。

なお、定量的保有効果を判断する指標等の中で、配当利回りのみを記載する等、企業機密と関係ない部分のみを記載している事例も見られた。政策保有株式についてはあくまで「定量的な保有効果」について記載することが原則であることから、この事例のように、定量的な保有効果として使用している指標等のうち記載可能なもののみを開示することも、必ずしもNGとは言えないだろう。