大和総研 主任研究員 鈴木裕
Ⅰ “利益相反管理ツール”としての議決権行使助言会社
まず、なぜ近年、機関投資家が議決権行使助言会社を利用するケースが広がっているのかについて触れておきましょう。
その大きな要因と言えるのが、2017年5月に実施されたスチュワードシップ・コードの改訂により、機関投資家に対し、投資先企業の株主総会における議決権行使結果を「個別企業」の「個別議案」ごとに開示することが求められるようになったということです。スチュワードシップ・コードは「コンプライ・オア・エクスプレイン」というプリンシプル・ベースのルールであるとはいえ、今や大手機関投資家のほとんどが議決権行使結果の個別開示を行っています。
この個別開示は、機関投資家に利益相反行為をさせないようにする目的で導入されたものです。例えば機関投資家(運用機関)自身やその親会社(銀行や証券会社など)が投資先企業と取引がある場合、投資先企業に有利になるよう賛成票あるいは反対票を投じるという形で議決権行使において投資先企業への忖度が働けば、機関投資家の顧客(年金基金など)の利益が損なわれる恐れがあります。そこで、機関投資家は利益相反行為がないことを明確にするため、議決権行使結果の個別開示を行っているわけです。
また、最近は独立社外取締役を迎え入れたり、第三者委員会を設けたりして、利益相反を適切に管理していることを示すための組織作りに取り組んでいる機関投資家も増えています。
さらにもう一つの利益相反防止策として、本稿のテーマでもある「議決権行使助言会社」の利用が考えられます。これまで日本の大手機関投資家は、議決権行使の判断はインハウス(社内)で行っていましたが、議決権行使結果の個別開示が始まってからは、外部の議決権行使助言会社を使って、利益相反の管理を適正に行っていることを対外的に示そうと動きが広がっています。
Ⅱ 議決権行使助言会社のレポートを入手する
少なからぬ機関投資家が議決権行使助言会社の助言に従うとしている以上、上場企業としては、まず自社の株主総会議案について、議決権行使助言会社がどのような賛否推奨を行っているのかを知る必要があります。議決権行使助言会社による賛否推奨情報を企業側が知るのは、証券代行会社やIRコンサルティング会社からの情報提供によることが多いようです。
こうした入手先がない場合やできるだけ早く情報を入手したい場合には、企業側から議決権行使助言会社に直接、賛否推奨レポートを請求する方法もあります。議決権行使助言会社大手のISS(Institutional Shareholder Services Inc.)とグラスルイス(Glass, Lewis & Co., LLC)は、上場企業からの請求があればレポートを送ることとしているようです。議決権行使助言会社は他にもありますが、この2社が業界シェアの97%を有すると言われています。
議決権行使助言会社と接触したくない場合には、機関投資家の議決権行使状況を見て、議案への反応を探ることもできます。モノ言う投資家として世界的に著名なCalPERS(カリフォルニア州職員退職年金基金 ※通称「カルパース」)やCalSTRS(カルフォルニア教職員退職年金基金 ※通称「カルスターズ」)は、株主総会前に日本の上場企業を含む投資先企業の株主総会議案への賛否を公表しています。CalPERSやCalSTRSがあらかじめ反対投票を投じるとしているようであれば、議決権行使助言会社が反対推奨を行っている可能性があるので、議決権行使助言会社に賛否推奨レポートを請求してもよいでしょう。
| ISS | ISS「企業が ISS 分析レポートを入手する方法」 |
| グラスルイス | Glass, Lewis & Co.“Purchase a Proxy Paper” |
| CalPERS | CalPERS“Global Proxy Voting Decisions” |
| CalSTRS | CalSTRS“Proxy Vote Disclosure” |
Ⅲ 反論すべきか、静観すべきか
1 反論の要否の検討
議決権行使助言会社から株主総会議案に対し反対推奨を受ける上場企業は毎年数百社にのぼります。しかし、これに対し反論する企業はさほど多いわけではありません。反対推奨を受けた企業が反論しない理由はいくつか考えられます。
第一に、議決権行使助言会社の反対推奨自体を企業側が認識していないということがあります。議決権行使助言会社は、上場企業側からの請求がない限り、賛否推奨の判断を対象企業に積極的に知らせるわけではないため、IRコンサルティング会社などから知らされることがなければ、反対推奨されているという事実自体を企業側が知らないということは十分考えられます。
第二に、企業側で「議決権行使助言会社の反対推奨に大きな影響力がなく、議案の成否には関係しない」と判断すれば、反論するまでもないのは言うまでもありません。
第三に、反論のために反対推奨の存在に言及すれば、かえって「この議案には問題がありそうだ」という情報を株主に広く知らせることになってしまうことを危惧し、あえて反論しないというケースもあるでしょう。
2 反論する場合、どこを攻めるか
助言内容に反論することを公表すると決めた場合、次は助言内容のどの点を攻めるべきかを検討することになります。
議決権行使助言会社は、類型的な株主総会議案についてはあらかじめ賛否判断基準を策定し、これに事実を当てはめることで賛否のいずれを推奨するかを決定しています。そこで、議決権行使助言会社の助言内容に反論する場合には、判断基準の合理性に関する疑いを指摘するか、あるいは事実認定の誤りを指摘することが考えられます。
判断基準の合理性を問題にする場合には、議決権行使助言会社の判断基準が日本の実情や常識からかけ離れていることを主張することになるでしょう。もっとも、このような反論を受けたとしても、議決権行使助言会社が自らの判断基準自体が不合理であると認めることは考えにくいと言えます。しかし、例えばメインバンク出身の社外役員候補者の独立性が問題になった場合、仮にそこに勤務していたのが数十年前のことで、しかも勤務期間も短いということであれば、「メインバンクへの勤務経験があるというだけで独立性がないとする判断は疑問である」などとして、判断基準の不合理さを問う余地はあります。メインバンク等での勤務経験があっても、退職後ある程度の期間が経過していれば独立性を認めるという考え方が肯定されるケースはあるはずです。
一方、事実認定の誤りを指摘する場合には、議決権行使助言会社の判断を覆すことができる可能性はより高いでしょう。議決権行使助言会社は、非常に多くの上場企業の株主総会議案に対する賛否推奨を短期間で判断しなければならないため、事実認定に誤りが生じるということは起こり得ます。そこで、事実関係の誤りを指摘したうえで、議決権行使助言会社の判断基準に真実を当てはめてみれば賛成が推奨されるはずだという指摘は効果があるものと考えられます。
Ⅳ 企業側からの反論事例
1 スチュワードシップ・コード導入前にも年間50社近くが反論文を公表
実は、機関投資家に適正な議決権行使を求めるスチュワードシップ・コードが設けられる前から、議決権行使助言会社による反対推奨に反論する補足説明等を公表する例は少なからずありました。今後議決権行使助言会社の影響が強まる可能性を上場企業は当時から敏感に察知していたのかもしれません。
| 2012年 | 2013年 | 2014年 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | 2018年 |
| 43 | 21 | 19 | 40 | 49 | 56 | 79 |
2 反論の内容
これらの反論は、議決権行使助言会社の反対推奨を踏まえて、自社の考え方を述べるものがほとんどです。例えば社外取締役の選任議案であれば、議決権行使助言会社の独立性基準を満たさないが故に反対推奨が行われているものの、自社の独立性基準からは何ら問題がないとして、助言内容の不合理さを論じるものが大部分を占めています。過去に大株主の企業やメインバンク、担当監査法人で勤務経験がある社外取締役候補者は、社外取締役として必要な独立性に疑いがあるとされることが少なくありませんが、反論文では、上記Ⅲ2で述べたように、社外取締役候補者と過去の勤務先との間の利益相反を解消するのに十分な期間が経過しているといった内容の主張をすることが多いようです。
また、近年は、ROEが一定の基準に達していない場合には、経営トップの取締役選任議案への反対が推奨されるようになっています。この基準を満たしているかどうかは「数値」によって機械的、客観的に判断されますが、反論する場合には、「各社の状況を考慮しない形式的な業績基準を当てはめるのは不当」といった主張を展開することになるでしょう。
ROE : Return On Equity=株主資本利益率(利益/株主資本)。実務上、ROEの利益には「当期純利益」を使うことが多い。これは、株主資本に対応するのは、株主資本に帰属する当期純利益であるとの考え方による。 文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム
取締役選任や監査役選任などの類型的な議案については、議決権行使助言会社の判断基準もある程度明確になっているので、判断基準が争点になります。一方、あまり頻繁に付議されない議案については、助言会社もケース・バイ・ケースで賛否を判断しているため、反論や補足説明の内容も様々です。例えば企業側が提出する株主総会議案の中には、それによってガバナンスを改善したり、必要な資金を調達することなどを目的にしたりしているものがありますが、これに反対推奨をされた場合には、「議案の目的を曲解しているのではないか」との反論を行うことが考えられます。
Ⅴ 反対率を下げる効果
企業側が熱意を込めて反論したとしても、助言会社の賛否推奨を覆すことに成功するのは、かなり稀なケースであることは確かです。とはいえ、企業側からの反論には、議決権行使助言会社による反対推奨を賛成推奨に変えるという目的のみならず、株主総会で議決権を行使する機関投資家に対して、議決権行使助言会社の判断の不合理さや誤りを指摘し、反対推奨への懐疑を持たせるという目的もあります。実際、反論文の結びの部分には、機関投資家に向けて、助言会社の賛否推奨を鵜呑みにするのではなく、受託者責任に基づく良識のある議決権行使を期待するという趣旨の文章が記載されているものが多く見受けられます。
また、反論文を公表すること自体にも反対率を下げる効果があるようです。上場企業側からの反論文や議案に関する補足説明によって、機関投資家の反対投票をある程度は賛成に変えられると解せる調査結果もあります。助言会社の反対推奨を受けて、企業が反論文の公表等を行った場合における国内機関投資家の反対率は20.1%ですが、行わなかった場合は35.3%であったとの調査結果も出ています(株式会社ICJ「議決権行使白書-ガバナンス改革のさらなる進展に向けた『議決権行使の実質化』の現状と課題-」(2017年5月25日) 57ページ 【図表4-4-6】「反対推奨を受けた議案の補足説明等の提出有無と機関投資家の反対率」参照)。株主構成や議案内容は企業によって異なるため単純な結論は出せませんが、反論文を出せば、ある程度は反対率を引き下げることができると言えそうです。
