監査法人(以下、会計監査人)が年度決算に対する監査のたびに企業に提出する監査報告書は、「報告書」とは言っても、決算書が適正かどうかについて会計監査人の意見が一行で記載され、公認会計士がサインしただけのシンプルなものであり、投資家からは「会計監査人の判断が“ブラックボックス”になっている大きな要因」との批判が少なくない。
監査報告書 : 経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて監査人の監査意見を述べた報告書のこと。
こうした中、2021年3月決算の財務諸表について会計監査人が作成する金融商品取引法上の監査報告書からKAMの記載が義務付けられるが(詳細は2018年7月19日のニュース「KAMの導入が確定、企業の監査対応はどう変わる」参照)、これに加え、監査報告書にさらに詳細な記載を求めるプレッシャーが高まっている。
KAM : 「Key Audit Matters」の略で(読み方は「カム」)、監査人(公認会計士)が、会計監査において「特に重要と判断した事項」のこと。上場企業の監査報告書にKAMが記載されることで、監査人の判断の過程における情報、具体的には「監査人が、当年度の財務諸表の監査の過程で監査役等と協議した事項のうち、職業的専門家として当該監査において特に重要であると判断した事項は何か」を知ることができるようになる。
金融庁に設置された「会計監査についての情報提供の充実に関する懇談会」は(2019年)1月22日、「会計監査に関する情報提供の充実について-通常とは異なる監査意見等に係る対応と中心として-」と題する報告書を公表した。会計監査人は、監査先企業の財務諸表に問題がないとして「無限定適正意見」を出すのが通常だが、逆に何らかの問題がある場合には、「限定付適正意見」を出したり、意見を表明しなかったり(意見不表明)することがある(監査法人の意見の種類については、2017年5月10日掲載の新用語・難解用語「意見不表明」参照)。報告書では、限定付適正意見や意見不表明など、無限定適正意見と異なる監査意見が表明された場合には、会計監査人は監査報告書に当該意見の「根拠」を“十分かつ適切に”記載することが必要であるとしている。具体的には、限定付適正意見の場合は「不適正意見ではないと判断した理由」を、意見不表明の場合は「なぜ意見表明できないという極めて例外的な状況に至ったのか」の説明を求めている。
無限定適正意見 : 財務諸表は、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従っていると認められる場合に監査法人が示す意見のこと。
限定付適正意見 : 一部に不適切な事項はあるが、財務諸表全体に対してはそれほど重要性がない、あるいは、重要な監査手続を実施できなかったことにより、無限定適正意見を表明することはできないが、その影響が財務諸表全体に対する意見表明ができないほどではない場合に監査法人が示す意見のこと。
意見不表明 : 重要な監査手続が実施できず、結果として十分な監査証拠が入手できない場合で、その影響が財務諸表に対する意見表明ができないほどに重要である場合に監査法人が示す意見のこと。
また意見書では、監査報告書以外に会計監査人からの追加的な説明を受ける機会がない点も問題視している。この問題を解決するべく、意見書では監査法人に対して、会社法398条で認められている株主総会における会計監査人の意見陳述の機会を活用し、追加的な説明を行うことを求めている。さらに、四半期決算など株主総会の機会を活用できない場合であっても、何らかの適切な説明の手段を検討するべきとした。なお、監査法人が監査意見の決定プロセスを明らかにすることについては、公認会計士法27条に規定する守秘義務に違反するのではないかとの声もあるが、報告書では、「監査人が株主等に対して必要な説明・情報提供を行うことは、当該守秘義務が適用されないこととなる「正当な理由」がある場合に該当し、守秘義務違反とならないことを明確化している。
このほか、会計監査人を交代した企業のほとんどが「任期満了」という交代理由を挙げていることに対し、「監査人の任期が通常1年で終了することからすれば、『任期満了』との記載は交代理由の開示として不適切」であり、実質的な交代理由が開示されていないに等しいとし、企業及び会計監査人に対しては「会計監査人の交代理由について、実質的な内容を記載すること」を求めている。
報告書は法令ではないため、報告書そのものには強制力はないが、当該報告書を受け、東京証券取引所は「会社情報適時開示ガイドブック」(以下、ガイドブック)を改訂している。その中で、監査人の交代については「実質的な理由」や「その経緯」を開示資料に記載することを求めている。具体的には、任期満了時に退任を決定する場合には「退任する会計監査人を再任しない理由」の記載を、また、期中に解任する場合には「なぜ解任を決定することになったかがわかるように」理由を記載することを求めているほか、会計処理等に関する見解の相違が存在していた場合には、その具体的な内容を記載するよう求めている。
会計監査人を交代した実質的な理由として最も多いのは、「会計処理に関する見解の相違」であろう。これは投資家からすると、”会計操作“にも見えかねないため、企業としてはあまり触れたくないというのが本音だろう。報告書およびこれを受けた東証のガイドブックの内容が実務として定着すれば、企業としては会計監査人の交代に慎重になるのはもちろん、会計監査人の見解に従わざるを得なくなる局面が増えそうだ。

