政府は昨年(2018年)10月に開催された第20回未来投資会議において、「70歳までの就業機会の確保を図り、高齢者の希望・特性に応じて、多様な選択肢を許容する方向で検討する」方針を打ち出している。席上、安倍首相が「来年(2019年)の夏に『実行計画』で具体的制度化の方針を決定したい」と述べていることからすると、同計画はその後労政審議会に諮られ、2020年の通常国会に関連法案が提出される可能性がある。経済界は「いきなり義務化は困る」と主張しているものの、2021年あるいは2022年には70歳まで(現行は65歳まで)の継続雇用が義務付けられることが予想される。
継続雇用 : 定年を満60歳と定めたうえで、定年後に「勤務延長」または「再雇用」などとして従業員を雇用すること。これは、高年齢者雇用安定法上、事業主は原則として「満60歳」を下回る定年制を定めることができず(同法8条)、また、定年到達後も本人が希望している場合は、「少なくとも満65歳まで」は雇用を確保しなければならないとされている(同法9条)ことによる。
70歳までの継続雇用義務付けが実現した場合、経営陣にとって気になるのは人件費の上昇だろう。継続雇用年齢が伸びるとなれば、従業員の賃金カーブを見直さざるを得なくなるかもしれない。ただ、その場合でも、ずっと右肩上がりに賃金を上昇させる絵を描くのは困難であるため、一定の年齢で賃金の上昇を止める、あるいは賃金を減額するということも考えられる。
その場合に懸念されるのが、下記の労働契約法20条などに規定される「同一労働同一賃金」への抵触だ(同一労働同一賃金を規定する法令については、2018年8月3日のニュース「同一労働同一賃金を巡る誤解」参照)。たとえ継続雇用された従業員であっても、継続雇用前(定年前)と仕事内容に変化がないとなれば、従来と同一の賃金の支払いが求められる可能性がある。この問題について、同一労働同一賃金についての考え方を示した最高裁判決の1つを根拠に、「定年後の賃金低下は是認される」との理解が一部の企業にあるが、必ずしもそうとは言い切れない面もあるので注意したい。
昨年新聞等でも大々的に取り上げられたところだが、同一労働同一賃金についての考え方を示した最高裁判決は2つある。一つは、契約社員と正社員との労働条件の差異の是非が争われた「ハマキョウレックス事件」、もう一つは、定年後と定年前との労働条件の差異の是非が争われた「長澤運輸事件」である(いずれも2018年6月1日、最高裁判所第2小法廷にて判決)。両事案ともトラック運転手に関するものであり、最高裁は、「ハマキョウレックス事件」では労働者側の請求を概ね認める一方で、「長澤運輸事件」では会社側の言い分を概ね認める判決を下している(ただし、両判決とも皆勤手当の支給について差異を設けるのは不合理であるとした)。
両裁判で焦点となったのが、下記の労働契約法20条に規定する「労働条件の相違が不合理と認められるか否か」をいかにして判断するのかという点だ。
| 労働契約法20条(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止) 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。 |
両判決において最高裁は、労働契約法20条は「当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情」(特に「その他の事情」を強調)を考慮して「均衡のとれた処遇」を求める規定であり、「その相違が不合理と認められるか否か」を判断すれば足りるとしたうえで、その判断に際しては「両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当」と述べている。この一文は「長澤運輸事件」の控訴審において東京高裁が賃金項目を個別に考慮しなかったことへの批判とも言えるが、読み落としてはいけないのが「賃金の総額を比較することのみによるのではなく」とのくだりだ。実際に判決では「賃金総額」の比較もなされていることが示すように、判決は「両者の賃金の総額を比較すること」を全否定しているわけではない。
上述のとおり、定年後と定年前との労働条件の差異の是非が争われた「長澤運輸事件」で会社側の言い分を概ね認める最高裁判決が出たことから、「定年後の賃金減額が最高裁に是認された」と見る向きもあるが、判決で「賃金総額」の比較がなされていることからしても、単純にそうとは言い切れないだろう。
また、長澤運輸事件においては特有の事情が存在する点も考慮する必要がある。具体的には、同社は労働組合との団体交渉を経て、定年後には諸手当が支給されなくなる代わりに基本賃金や歩合給計算に用いる係数を有利に変更し、さらに、老齢厚生年金の報酬比例部分が受給できるようになるまでの間、調整給を支給することとするなど、収入の安定に配慮していた。このほか、「定年前の賃金額と比較して61%から75%未満の場合に高年齢雇用継続給付金が支給される」という、定年後における賃金額の低下を織り込んだ公的制度も存在している。判決には明記されていないが、当該労働者が高年齢雇用継続給付金を受給していた可能性もある。仮にこうした事情がなければ、判決の内容が変わっていた可能性も否定はできない。
高年齢雇用継続給付金 : 賃金が定年前の賃金額と比較して61%から75%未満の水準の場合に会社に給付される給付金。定年後における賃金額の低下を補うことを目的とする制度である。
こうした事情なく、定年後も定年前と同じような仕事をさせているとなれば、定年前と同水準の賃金を支払わない限り、「同一労働同一賃金」に反することになりかねない。70歳までの継続雇用が義務付けられた場合には、人件費予算を睨みながら、仕事内容と賃金が見合っているかどうかを検証したり、仮に賃金を引き下げるのであれば仕事内容を金額に見合ったものに見直したりするなど、賃金・仕事内容を再検討する作業が発生することになりそうだ。


