2018/12/25 自社株買いの功罪

日本の株式市場でも自社株買いが頻繁に見られるようになった。日本企業には、過剰な内部留保により、資本構成に問題を抱えているところが多い。伊藤レポートでは、グローバルな機関投資家が日本企業に期待する株主資本コスト(投資家が求めるリターンの最低水準)の平均が7%超であるとの調査結果を踏まえ、銀行借入金利よりもだいぶ高い「最低限8%」のROEを目指すことを企業に説いている。このように株主資本コストは他人資本コストよりもはるかに高い(株式投資の方が貸付けよりもリスクが大きいため)にもかかわらず、それが経営者に意識されていないことが過剰な内部留保を招く要因となっている。

資本構成 : 企業の資本の調達源泉の構成のことで、具体的には自己資本(株主から調達したもの+企業内に留保された利益。株主資本と同義)と他人資本(借入金、支払手形、買掛金など)からなる。他人資本の比率が高いと、財務レバレッジ(株主資本/総資産)が高まり、自己資本よりも大きな取引ができるため資金効率は向上するが、支払い利息が増えて倒産リスクが高まる。逆に、自己資本の比率が高まると、財務の安全性は高まるが資金効率は悪くなる。企業価値を最大化する自己資本と他人資本の構成比を「最適資本構成」というが、最適資本構成の理論的な算出方法には明確な答えがない。
ROE : Return On Equity=自己資本利益率(当期純利益/株主資本)

こうした中、企業に対して自社株買いを求める投資家が少なくない。自社株を買えば、当該自己株式の取得価額が自己資本から控除される(すなわち、ROEの分母である自己資本が少なくなる)ためROEが高まり、その結果、自社株買いを行った企業は投資家から評価され、株価が上昇する(企業価値が高まる)ことも多い(内部留保とROEの関係については2018年4月18日のニュース「10%超のROEを持続させるためのM&A」参照)。

このように、自社株買いは一見すると企業や株式市場にとってプラスになる面が多いように見えるが、実はそうとも言い切れない。特に・・・

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2018/12/25 自社株買いの功罪(会員限定)

日本の株式市場でも自社株買いが頻繁に見られるようになった。日本企業には、過剰な内部留保により、資本構成に問題を抱えているところが多い。伊藤レポートでは、グローバルな機関投資家が日本企業に期待する株主資本コスト(投資家が求めるリターンの最低水準)の平均が7%超であるとの調査結果を踏まえ、銀行借入金利よりもだいぶ高い「最低限8%」のROEを目指すことを企業に説いている。このように株主資本コストは他人資本コストよりもはるかに高い(株式投資の方が貸付けよりもリスクが大きいため)にもかかわらず、それが経営者に意識されていないことが過剰な内部留保を招く要因となっている。

資本構成 : 企業の資本の調達源泉の構成のことで、具体的には自己資本(株主から調達したもの+企業内に留保された利益。株主資本と同義)と他人資本(借入金、支払手形、買掛金など)からなる。他人資本の比率が高いと、財務レバレッジ(株主資本/総資産)が高まり、自己資本よりも大きな取引ができるため資金効率は向上するが、支払い利息が増えて倒産リスクが高まる。逆に、自己資本の比率が高まると、財務の安全性は高まるが資金効率は悪くなる。企業価値を最大化する自己資本と他人資本の構成比を「最適資本構成」というが、最適資本構成の理論的な算出方法には明確な答えがない。
ROE : Return On Equity=自己資本利益率(当期純利益/株主資本)

こうした中、企業に対して自社株買いを求める投資家が少なくない。自社株を買えば、当該自己株式の取得価額が自己資本から控除される(すなわち、ROEの分母である自己資本が少なくなる)ためROEが高まり、その結果、自社株買いを行った企業は投資家から評価され、株価が上昇する(企業価値が高まる)ことも多い(内部留保とROEの関係については2018年4月18日のニュース「10%超のROEを持続させるためのM&A」参照)。

このように、自社株買いは一見すると企業や株式市場にとってプラスになる面が多いように見えるが、実はそうとも言い切れない。特に長期投資の観点からは問題が多いように思われる。

自社株買いの要求は、長期投資家だけでなく、短期投資家からもなされる。短期投資家の場合、企業が自社株買いを行い、その結果株価が上昇すれば当該企業の株を売る。すなわち、単に「自社株買いをさせる」ことが目的となっている。そこには企業価値を長期的に向上させたいといった視点がないのはもちろん、自社株買いを必要としない企業(例えば、資本構成が適切であると考えられる企業)や、さらには自社株買いがマイナスになると考えられる企業(例えば、内部留保が少なく財務リスクのある企業)にまで、自社株買いを要求することになる。

もし企業の経営者が株価に連動したボーナスを受け取っていたなら、こうした短期投資家の要求を受け入れる可能性がある。この場合、利益を得るのは短期投資家と経営者だけであり、それ以外の投資家やステークホルダーがその犠牲となる(ただし、経営者の株価連動報酬は長期の株価に連動させ、経営者の目が短期の株価ばかりに向かないよう工夫されているケースが多い)。

もう一つの問題は、企業の長期的な経営のフレキシビリティが失われかねないということだ。現預金は将来の経営の選択肢を広げるが、自社株買いによって現預金が極端に減少すると、例えば新規事業への参入などの選択肢が奪われることになる。また、経営者は外部環境を想定して経営を行っているはずだが、技術革新やグローバル環境の変化などによって、その想定が外れることは十分に考えられる。その場合、既存事業からの撤退や別事業への転換を求められることなど想定外の危機に瀕することもあり得る。このような事態に直面しても、現預金があればそこから脱出することが可能である。そうなった時に新たに資金調達すればよいとの意見もあろう。しかし、事業転換や経営危機の際、果たして資金調達ができるであろうか。

このように考えると、株主還元については、短期的な自社株買いよりも、長期的な増配の方がベターという経営判断もあり得よう。

2018/12/21 「記述情報の開示に関する原則」が取締役会実務に与える影響

2018年6月27日のニュース「経営戦略や政策保有株式等、更なる拡充が求められる有報開示」でお伝えしたとおり、上場企業は2018年3月31日以降に終了する事業年度(3月決算企業であれば前期)の有価証券報告書等からMD&A(Management’s Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operations)の記載内容を充実させることが求められている。また、2020年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等からは、【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】における「経営方針・経営戦略等」について、市場の状況、競争優位性、主要製品・サービス、顧客基盤等に関する経営者の認識の説明が求められるとともに、【事業等のリスク】について、顕在化する可能性の程度や時期、リスクの事業へ与える影響の内容、リスクへの対応策の説明が求められる(『速報 「コーポレート・ガバナンスの状況等」の記載内容が大幅改正へ』を参照)。

MD&A : 「経営陣による財政状態および経営成績の検討と分析」と訳される。有価証券報告書では【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】欄に記載する。

近年、有価証券報告書における記述情報をより詳細にすることを目的とした改正が相次いでいる背景には、上場企業のコーポレート・ガバナンスや機関投資家のスチュワードシップ責任の強化、ESG投資の増加とともに、投資家の関心の比重が定量的な情報である財務情報から定性的な情報である記述情報に移ってきているということがある。

記述情報 : 【連結財務諸表】【財務諸表】【主要な経営指標等の推移】といった金額面の開示を中心とした財務情報に対して、【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】【事業等のリスク】【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】といった文章による説明が中心となる開示情報のこと。
ESG投資 : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に優れた企業に投資すること。

ただ、ひな形に数字をはめ込むだけでも形になる財務情報とは異なり、記述情報で求められる情報は各社各様であり、そもそもひな形的な開示は馴染まない。また、情報の受け手である投資家もボイラープレート(決まり文句)的な開示を欲してはいない。したがって、本来であれば上場企業は各記述情報についてそれぞれ開示が求められる趣旨を正確に理解し、経営者の考えを分かりやすく記載する必要があるが、それは長らくひな形的開示に慣れ親しんできた日本企業が苦手とするところだ。

こうした中、金融庁は・・・

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2018/12/21 「記述情報の開示に関する原則」が取締役会実務に与える影響(会員限定)

2018年6月27日のニュース「経営戦略や政策保有株式等、更なる拡充が求められる有報開示」でお伝えしたとおり、上場企業は2018年3月31日以降に終了する事業年度(3月決算企業であれば前期)の有価証券報告書からMD&A(Management’s Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operations)の記載内容を充実させることが求められている。また、2020年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等からは、【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】における「経営方針・経営戦略等」について、市場の状況、競争優位性、主要製品・サービス、顧客基盤等に関する経営者の認識の説明が求められるとともに、【事業等のリスク】について、顕在化する可能性の程度や時期、リスクの事業へ与える影響の内容、リスクへの対応策の説明が求められる(『速報 「コーポレート・ガバナンスの状況等」の記載内容が大幅改正へ』を参照)。

MD&A : 「経営陣による財政状態および経営成績の検討と分析」と訳される。有価証券報告書では【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】欄に記載する。

近年、有価証券報告書における記述情報をより詳細にすることを目的とした改正が相次いでいる背景には、上場企業のコーポレート・ガバナンスや機関投資家のスチュワードシップ責任の強化、ESG投資の増加とともに、投資家の関心の比重が定量的な情報である財務情報から定性的な情報である記述情報に移ってきているということがある。

記述情報 : 【連結財務諸表】【財務諸表】【主要な経営指標等の推移】といった金額面の開示を中心とした財務情報に対して、【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】【事業等のリスク】【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】といった文章による説明が中心となる開示情報のこと。
ESG投資 : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に優れた企業に投資すること。

ただ、ひな形に数字をはめ込むだけでも形になる財務情報とは異なり、記述情報で求められる情報は各社各様であり、そもそもひな形的な開示は馴染まない。また、情報の受け手である投資家もボイラープレート(決まり文句)的な開示を欲してはいない。したがって、本来であれば上場企業は各記述情報についてそれぞれ開示が求められる趣旨を正確に理解し、経営者の考えを分かりやすく記載する必要があるが、それは長らくひな形的開示に慣れ親しんできた日本企業が苦手とするところだ。

こうした中、金融庁は本日(2018年12月21日)、「記述情報の開示に関する原則(案)」を公表した。これは、「記述情報の充実」が盛り込まれた金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告(2018年6月28日公表)の提言を受け、投資家との対話に資するよう、企業が“経営目線”で経営方針・経営戦略等、経営成績等の分析といったMD&A情報やリスク情報等を開示するうえでのガイダンスであり、裏を返せば、企業に対し、法令等のルールへの形式的な対応にとどまらない充実した開示を求めるものとも言える。

「記述情報の開示に関する原則(案)」は、総論と各論の二部構成となっている。まず総論には「取締役会や経営会議の議論の適切な反映」「開示にあたっての重要性(マテリアリティ)」「分かりやすい開示」といった、企業が記述情報を開示するにあたって留意すべき事項が列挙されている。このうち特に注意しておきたいのが、下記の【取締役会や経営会議の議論の適切な反映】だ。

【取締役会や経営会議の議論の適切な反映】
2-1. 記述情報は、投資家が経営の目線で企業を理解することが可能となるように、取締役会や経営会議における議論を反映することが求められる。

ここに書いてあること自体は極めて常識的なもので反論の余地はないだろう。注目されるのは、この原則の下にある下記の「考え方」の部分である。

取締役会や経営会議において、
・企業の経営資源の最大限の活用に向け、成長投資・手許資金・株主還元や資本コストに関し、どのような議論が行われているか
・これらの議論を踏まえて、どのような今後の経営の方向性が示されているか
が適切に開示に反映されることが重要と考えられる。

これまで「成長投資・手許資金・株主還元や資本コスト」についてはそもそも取締役会や経営会議で十分な議論がされていなかったため、有価証券報告書でも、開示府令が求める事項に絞って最低限の記載にとどめる上場企業が少なくなかったが、今後はこれらについて十分に議論をしたうえで、「その議論の結果」を開示すべきということになる(ただし、義務ではない)。

40984

その意味で、上記の「考え方」は、取締役会や経営会議で「成長投資・手許資金・株主還元や資本コスト」についての議論が十分にできていない上場企業に対し、間接的に議論の実施と深化を求めているとも言える。今後の取締役会実務にも大きな影響を与えることになりそうだ。

また、【分かりやすい開示】として、「記述情報の記載に当たっては、内容の理解を促進するために、図表、グラフ、写真等の補足的なツールを用いたり、前年からの変化を明確に表示したりするなど、投資家の分かりやすさを意識した記載が期待される。」としたうえで、「決算説明資料や年次報告書などを作成している場合には、それらにおける図表、グラフ、写真等を有価証券報告書に取り入れることも考えられる」との具体策を例示している(記述情報の開示に関する原則(案)の総論2-4)。今後は有価証券報告書における記述情報の“ビジュアル化”が進みそうだ(カラーの表や図を効果的に用いている例として、三井物産の2018年3月期の有価証券報告書20ページ参照)。

一方、各論では、「経営方針・経営戦略等の記載」「優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題」「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標」「事業等のリスク」といった法令上開示が求められている事項ごとに、その開示の意図や位置付けを「考え方」で明確にするとともに、「望ましい開示に向けた取組み」も示されている。

ここで注目されるのは、セグメントごとの経営方針・経営戦略等の開示に関する下記の部分だ(記述情報の開示に関する原則(案)の【経営方針・経営戦略等】(望ましい開示に向けた取組み)の②を参照)。

経営方針・経営戦略等については、事業全体の経営方針・経営戦略等とあわせ、それらを踏まえた各セグメントの経営方針・経営戦略等を開示することが期待される。セグメントの記載に当たっては、各セグメントにおける具体的な方策の遂行に向け、資金を含めた経営資源がどのように配分・投入されるかを明らかにすることが望ましい。

有価証券報告書の【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】で事業全体の経営方針・経営戦略等を開示している企業であっても、セグメントごとの経営方針・経営戦略等まで開示しているところは少ない。しかし、【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】(MD&A)ではセグメントごとの経営者の視点による認識及び分析・検討内容を記載する必要がある(それができていない上場企業が多いことについては2018年9月18日のニュース『経営者による「セグメントごとの財政状態の分析」、大部分の企業で記載なし』を参照)ことから、【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】でもセグメントごとの経営方針・経営戦略等まで開示してはじめて、両者の開示が整合的なものとなる(有価証券報告書全体が統一的なものとなる)。セグメントごとの経営方針・経営戦略等の具体的な記載方法としては、「事業全体の経営方針・経営戦略と併せて記載する方式」「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析とともに記載する方式」のいずれの方式でもよいが、「いずれの場合においても、セグメントが事業全体にどのように位置付けられているかが分かるように記載することが望ましい」とされている(記述情報の開示に関する原則(案)の【経営方針・経営戦略等】(望ましい開示に向けた取組み)の②(注)を参照)。

また、各論では「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等(いわゆるKPI)がある場合の、その内容の開示」にあたっては、「ROEROICなどの財務上の指標(いわゆる財務 KPI)のほか、契約率等の非財務指標(いわゆる非財務 KPI)」の開示も考えられるとしたうえで、有価証券報告書における開示では「経営方針・経営戦略等に応じて設定した KPI を開示に適切に反映することが求められる」としている。さらに、望ましい開示に向けた取組みとして「KPI を設定している場合には、その内容として、目標の達成度合いを測定する指標、算出方法、なぜその指標を利用するのかについて説明することが考えられるほか、合理的な検討を踏まえて設定された経営計画等の具体的な目標数値を記載することも考えられる。また、セグメント別の KPI がある場合には、その内容も開示することが望ましい」との考え方が示されており、これらの記載からは、KPIを媒介に投資家との対話の促進を図るべきという金融庁の方針が見てとれる。

ROIC : Return On Equity=自己資本利益率(当期純利益/株主資本)

金融庁は「記述情報の開示に関する原則(案)」に対するパブリックコメントを2019年2月1日まで募集する。現時点では記述情報の開示に関する原則の適用開始日は明らかでないが、2019年3月期の有価証券報告書から適用される可能性もある。上述したとおり取締役会実務に影響を与える項目もあることを考えると、企業においては同原則が確定する前から早めに対応を検討しておく必要がありそうだ。

2018/12/20 ACGAのCGランキングと海外から見た日本企業の現状

野村総合研究所
上級研究員  三井千絵

アジアに投資するグローバルな機関投資家の団体であるACGA(アジア・コーポレート・ガバナンス協会)が12月5日に公表した2018年のコーポレートガバナンス・ランキング(CG WATCH 2018 14ページ参照)で、日本の順位が前回(2016年)の4位から7位に下げられたことについて、一部の投資家の間では納得がいかないといった声が上がったようだが(2018年12月13日のニュース「ACGAが付けた日本のCGランキングに機関投資家から批判の声」参照。 引用:上場会社役員ガバナンスフォーラム)、筆者は今回の結果はおおむね妥当だと考えている。これは基本的に・・・

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2018/12/20 ACGAのCGランキングと海外から見た日本企業の現状(会員限定)

野村総合研究所
上級研究員  三井千絵

アジアに投資するグローバルな機関投資家の団体であるACGA(アジア・コーポレート・ガバナンス協会)が12月5日に公表した2018年のコーポレートガバナンス・ランキング(CG WATCH 2018 14ページ参照)で、日本の順位が前回(2016年)の4位から7位に下げられたことについて、一部の投資家の間では納得がいかないといった声が上がったようだが(2018年12月13日のニュース「ACGAが付けた日本のCGランキングに機関投資家から批判の声」参照。 引用:上場会社役員ガバナンスフォーラム)、筆者は今回の結果はおおむね妥当だと考えている。これは基本的に海外からみた日本であり、特に日本の財務開示は決して他のアジア諸国と比べても“良い”とはいえないためである。

今回公表されたCG WATCH 2018では、2016年のランキングまでとは異なる新たな評価・フレームワークが導入されている。評価ポイントが95から121に増えているほか、評価方法の見直しも行われている。新しいフレームワークは以下の7つのカテゴリーから構成される(CG WATCH 2018 13ページ参照 ※分かり易いよう一部筆者が加筆)。

1.政府、公的機関のガバナンス
2.規制当局(金融規制の状況)
3.コーポレートガバナンスに関するルール
4.上場企業のガバナンスの状況
5.投資家((エンゲーメントなどコーポレートガバナンス改善に関する活動)
6.監査人、監査人の監督機関
7.市民社会、メディア

上場企業のガバナンスのみならず、政府や公的機関のガバナンス、規制の状況(2)、社会全体のガバナンスに関する考え方(7)なども評価の対象とされている点は意外と知られていないかもしれない。「2. 規制当局」や「5.投資家」は今回新たに追加されたカテゴリーだが、日本の順位が前回より大きく下がったのは、必ずしもこれらの新しい評価項目が足を引っ張ったからではない。むしろ「5.投資家」は、他国のスコアが軒並み30台以下となる中で(平均スコア34)、トップのオーストラリア(63)に次ぐ「53」となっている(「2. 規制当局」は平均スコアと同じ52)。むしろ注目すべきは「4.上場企業のガバナンスの状況」の日本スコアが「48」と平均スコアの53を5ポイントも下回っており、12か国中8位にとどまっている点だろう。

今年(2018年)11月13日・14日に北京で開催されたACGAの年次大会での休憩時間に、ACGAで実際スコアリングにあたった方から「なぜ日本企業の多くは、財務諸表の注記を英語で開示しないのだろうか」と苦言めいた質問を受けた。この点、台湾では外国人投資家比率が高い上場企業約300社に英文開示を義務付けたほか(2018年10月22日のニュース「台湾が英文開示や監査委員会設置義務付けへ」参照)、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムでも、英文開示上位100社の開示資料について毎年スコアリングを行っている。こうした中で、英文開示が圧倒的に少ない日本企業の開示は他国に比べて見劣りするのだろう。このことは、上述のとおり「4.上場企業のガバナンスの状況」のスコアが低い原因の一つになっているものと考えられる。

「6. 監査人、監査人の監督機関」における日本のスコアは71で平均スコアの68を3ポイント上回り、順位は12か国中5位(タイと同順位)と決して悪いものではないが、アジアの多くの国で既に始まっているKAMの開示がまだ行われていないことが問題点として指摘されている(※導入自体は確定している。2018/07/19 のニュース「KAMの導入が確定、企業の監査対応はどう変わる?」参照。 引用:上場会社役員ガバナンスフォーラム )。相談役・顧問等の開示制度もスタートしたとはいえ、開示するかどうかはあくまで企業の任意であるため、それほど開示は進展していないのが現状だ(2018年3月20日のニュース「相談役・顧問等の開示状況に不満を持つ機関投資家」参照。 引用:上場会社役員ガバナンスフォーラム)。これらを総合すると、日本の開示はアジアの中でも優れているとは言い難い。

日本企業のガバナンスに対する海外からの評価は、株価低下のみならず、それに伴う資金調達不足、買収対象となりやすくなるなど長期的に日本企業、ひいては日本経済全体に影響を及ぼす可能性がある。上述のとおり「7位」という順位に対しては批判的な声も聞かれるが、4位から7位への転落という事実は事実として重く受け止め、今後順位を上げていくためにはどのようなことに取り組んでいくべきか、官民力を合わせて知恵を絞る必要があろう。

2018/12/19 セミナー「ISS 2019年版 日本向け議決権行使助言基準改定のポイント」および「グラスルイス 2019年版 日本向け議決権行使助言基準改定のポイント」を2019年1月31日(木)に開催しました。

本セミナーはすでに開催済みですが、会員の方向けにWEBセミナーを配信中です。
WEBセミナー:ISS 2019年版 日本向け議決権行使助言基準改定のポイント
WEBセミナー:グラスルイス 2019年版 日本向け議決権行使助言基準改定のポイント

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上場会社役員ガバナンスフォーラムでは、2019年1月31日(木)の14時30分~17時40分に下記のセミナーを開催いたします。
詳細はこちらもご覧ください。

時 間 テーマ 講 師
第一部
14:30

16:00
ISS 2019年版
日本向け議決権行使助言基準改定のポイント
ISS(インスティテューショナル・
シェアホルダー・サービシーズ)
日本代表 石田 猛行 様
第二部
16:10

17:40
グラスルイス 2019年版
日本向け議決権行使助言基準改定のポイント
グラスルイス
アジア・リサーチ シニア・
ディレクター
上野 直子 様

■第一部の詳細

セミナー
の内容
機関投資家の議決権行使に大きな影響を与える議決権行使助言会社ISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)は、2019年2月1日より2019年版の日本向け議決権行使助言基準(以下、ポリシー)の適用を開始します。2019年版ポリシーでは、社外取締役および社外監査役に関する新たな独立性基準の導入が予定されています、また、2018年版ポリシーに盛り込まれた「指名委員会等設置会社および監査等委員会設置会社において、取締役の3分の1が社外取締役でない場合には、経営トップの選任議案に反対する」との基準も2019年から施行されます。本セミナーでは、ISS日本代表の石田猛行様をお招きし、新ポリシーの改定のポイントと改定の趣旨、新ポリシーの改定にあたり募集していたオープンコメントの内容とオープンコメントを受けて当初案から見直された点のほか、2019年から適用される2018年版ポリシー、さらには将来的なポリシーの見直しの可能性も含め、ISSが関心を持つポリシーやテーマについても解説していただきます。
講師の
ご紹介
石田 猛行(いしだ たけゆき)様
ISS日本代表。日本のコーポレートガバナンス分野で15年を超える経験を持ち、本分野におけるオピニオンリーダーとして知られる。ISS入社前は、 ISSと同様の業務を営むワシントンDCのIRRC(Research Analyst at Investor Responsibility Research Center)にて、日本のコーポレートガバナンスの調査および株主総会の分析を担当。ISSによるIRRC買収に伴い、2005年よりISS日本での業務に従事し、2008年代表に就任。日本版スチュワードシップ・コード創設において中心的役割を果たした金融庁の「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」メンバー、経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」「株主総会のあり方検討分科会」委員を歴任。ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院にて、国際関係論修士号を取得。日本証券アナリスト協会会員。

■第二部の詳細

セミナー
の内容
ISSとともに機関投資家の議決権行使に強い影響力を持つグラスルイスですが、その議決権行使助言基準(以下、ポリシー)は、ISSと異なる部分が少なくありません。特にジェンダーダイバーシティについては厳しい基準を打ち出しており、2019年からは、TOPIX100採用企業を対象に、取締役会に女性役員がおらずそのことについて十分な説明が伴っていない場合、特定の取締役の選任議案への反対または棄権を推奨することとしています。さらに2020年以降は、東証1・2部に上場する全ての企業に適用範囲が拡大されます。また、2019年版ポリシーでは新たに、剰余金処分案による株主還元が合理的なものかを判断する際に、現金保有の水準、株主資本の割合、資本生産性の実績、株式の総合利回りなどを勘案する方針が打ち出されています。本セミナーでは、第一部のISS同様、2019年から適用されるポリシーの改定のポイントや改定の趣旨ほか、将来的なポリシーの見直しの可能性も含め、グラスルイスが関心を持つポリシーやテーマについても解説していただきます。
講師の
ご紹介
上野 直子(うえの なおこ)様
グラスルイス アジア・リサーチ シニア・ディレクター。
2010年、グラスルイス入社。2015年にディレクターに就任し、2017年11月よりアジア・リサーチ シニア・ディレクターを務める。アジア・リサーチ部門では、15市場4,000企業をカバーし、アジアの上場企業とのエンゲージメントを通し、グラスルイスの方針やアプローチ、分析結果について議論を重ねている。
サンフランシスコ州立大学心理学科 学士

なお、セミナー参加費につきましては、上場会社役員ガバナンスフォーラムの会員のみ無料、それ以外の方は22,000円(税込 ※)となっております。
※セミナーお申込み前に会員登録いただくと、セミナー参加費は無料となります。

会員登録はこちらから

非会員で視聴をご希望の方はjimukyoku@govforum.jpまでご連絡いただければメールにてお申し込み方法をお知らせいたします。

その他、ご不明な点等がございましたら、ご遠慮なく jimukyoku@govforum.jp までお問い合わせください。

<セミナー概要>

  • 第一部 ISS 2019年版 日本向け議決権行使助言基準改定のポイント
  • 第二部 グラスルイス 2019年版 日本向け議決権行使助言基準改定のポイント
  • 【日時】2019年1月31日(木)14時30分~17時40分
  • 【会場】六本木ヒルズ森タワー22階 TMI総合法律事務所セミナールーム
  • 【受付】六本木ヒルズ森タワーLL階ロビー 14時00分より
  • 【講師】第一部 ISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ) 石田 猛行 様
        第二部 グラスルイス アジア・リサーチ シニア・ディレクター 上野 直子 様
  • 【セミナー参加費】当フォーラム会員は無料、それ以外の方は22,000円(税込)

2018/12/19 英国で非上場大企業向けCGコードが確定、日本への影響は?

英国で非上場の大手小売企業BHSが2016年に巨額の年金積立不足を残して破たんしたことを受け、英国政府は、非上場大企業のコーポレートガバナンスを強化する方針を打ち出し、“非上場大企業向けコーポレートガバナンス・コード”の策定を進めてきた。その草案が6月から3か月間パブリックコメントに付されていたが、・・・

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2018/12/19 英国で非上場大企業向けCGコードが確定、日本への影響は?(会員限定)

英国で非上場の大手小売企業BHSが2016年に巨額の年金積立不足を残して破たんしたことを受け、英国政府は、非上場大企業のコーポレートガバナンスを強化する方針を打ち出し、“非上場大企業向けコーポレートガバナンス・コード”の策定を進めてきた。その草案が6月から3か月間パブリックコメントに付されていたが、このほどその内容が確定し、(2018年)12月10日に最終版として公表された(これまでの経緯については2018年7月2日のニュース『同族経営の大企業にも社外役員 続報・英国「非上場大企業向け」CGコード』、2018年6月19日のニュース「英国、非上場の大企業にもCGコード」参照)。

英国では2020年から一定条件を満たす非上場大企業は“コーポレートガバナンス・コード”の適用の有無、適用している場合にはその順守状況などを報告することが法律で義務付けられたが、ここでいうコーポレートガバナンス・コードとは日本が手本にした英国の財務報告評議会(Financial Reporting Council=FRC)が策定したコーポレートガバナンス・コードに限られず、非上場企業は、“自社に適した” “コーポレートガバナンス・コードを選択できることになっている。今回公表されたコーポレートガバナンス・コードは、英国政府が産業界の代表者で構成されるグループに策定を依頼していたものだが、これも法律が求める適用および順守状況の報告義務を満たし得るコーポレートガバナンス・コードの一つとなる。

財務報告評議会(Financial Reporting Council=FRC) : コーポレートガバナンスに関する独立の規制機関

最終案は6つの原則から構成され、それぞれの主な内容は下記のとおり(草案からの大きな変更点はない)。

【原則1】企業の目的
取締役会は企業の目的を策定し、その目的と、経営戦略や企業文化との調和を確保すべきである。
【原則2】取締役会の構成
取締役会の実効性を確保するためには、有能な議長を置くことに加え、取締役会が全体として知識・スキル・バックグラウンド・経験をバランス良く備えたものとなるようなメンバー構成とする必要がある。また、個々の取締役は、企業価値の向上に貢献できるだけの十分な能力を有していなければならない。取締役会の人数は、企業の規模や事情に応じて決定されるべきである。
【原則3】取締役(会)の責任
取締役会および各取締役は、自らの責任と説明責任を理解しなければならない。また、取締役会の方針および手続きは、効果的な意思決定と独立した外部の視点を取り入れるものとするべきである。
【原則4】機会とリスク
取締役会は、価値を創造・維持する機会を認識するとともに、リスクを特定・緩和するための監督システムを確立することにより、長期的かつ持続可能な成長に努めるべきである。
【原則5】経営幹部の報酬
取締役会は、従業員の給与や勤務条件を踏まえ、経営幹部の報酬体系を構築すべきである。
【原則6】ステークホルダー
取締役会は、企業の目的に沿ってステークホルダーとの関係を構築すべきである。また、意思決定の際にはステークホルダーの意見を考慮すべきである。

このように、今回公表された非上場大企業向けコーポレートガバナンス・コードは、FRCのコーポレートガバナンス・コードのように細かな規定は置かず、あくまで概念的なものにとどまっている。非上場企業には様々な所有形態や運営形態があることに配慮しつつ、ステークホルダーの利益を無視した、あるいはコーポレートガバナンスが欠如した恣意的な経営を防止するための基本的な考え方を示したということだろう。なお、各原則には適用上の参考となるよう「ガイダンス」が付されている。例えば「【原則4】機会とリスク」における取締役会が構築すべき監督システムとして、「気候変動」のリスク管理システムを挙げている。

日本のコーポレートガバナンス・コードの適用対象は原則として東証一部・上場に限定されているが(基本原則についてはマザーズ、ジャスダック上場企業にも適用)、上場企業に勝るとも劣らない社会的影響力を有する未上場企業は少なくない。それが上場企業の子会社や関連会社であることも多い。例えば上場持株会社の下で事業を営む規模の大きい子会社などの中には、自主的にコーポレートガバナンス改革に取り組むところもあるが、一般的には上場企業よりはコーポレートガバナンスに対する意識は高くない。上場企業における不祥事に経営トップが関与しているケースが目に付くが、非上場企業における経営トップの権力は絶大であり、その意味では非上場企業には不祥事が発生しやすい土壌があると言える。大規模非上場企業の不祥事など何らかのきっかけで、今回の英国の動きがいずれ日本に波及する可能性は否定できないだろう。

2018/12/18 2018年3月末決算企業 主要国内機関投資家による議決権行使結果 第四弾

これまで3回にわたりお伝えしてきた「2018年3月末決算企業 主要国内機関投資家による議決権行使結果」の第四弾では、カルロス・ゴーン会長の逮捕で世間の注目を集めている日産自動車を取り上げる(日産自動車の問題については、2018年11月21日のニュース『「従業員によるガバナンス」の有効性を示した日産事件』、2018年11月27日のニュース「取締役を対象にした訴訟、「和解」には監査役等の同意必要に」参照)。今回も、一橋大学・商学研究科の円谷昭一先生がまとめた「3月末日決算の全上場企業」に対する国内全機関投資家の「議決権行使結果の個別開示」結果のデータに基づき、株主総会上程議案に対する各運用機関の賛否状況を分析している。

2018年3月末決算企業 主要国内機関投資家による議決権行使結果 第一弾
2018年3月末決算企業 主要国内機関投資家による議決権行使結果 第二弾
2018年3月末決算企業 主要国内機関投資家による議決権行使結果 第三弾

下表のとおり、同社は2018年6月の定時株主総会で、剰余金処分案および2人の取締役と3名の監査役(敬称略)の選任議案を上程した。全議案の平均賛成率は・・・

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