<解説>
日本企業に目立つセグメント別の利益率の低さ
IT技術の進化や製品ライフサイクル・社会構造の変化に伴い既存事業が斜陽産業化していくことに危機感をいただいた企業では、事業を多角化する傾向にあります。多角化は自社のリソースを使って実施するケースもありますが、それでは時間がかかり過ぎるため、最近ではスピードを重視してM&Aにより「会社を買う」ことで新事業を手に入れるケースがよく見受けられます。M&Aのマーケットが充実してきたこともその背景にあるものと思われます。
もっとも、M&A等により事業を多角化しても営業利益率が低迷している企業が多いのが日本企業の特徴と言えます。それは多角化した大企業の営業利益率について日米欧を比較するとよく分かります(下のグラフを参照)。
多角化した大企業の営業利益率(日米欧比較)

出所:未来投資会議構造改革徹底推進会合第1回会合の資料4-1の10ページ
このように、多角化した大企業の営業利益率を日米欧で比較すると、米国と欧州の企業がいずれも13%台であるのに対して、日本企業は3%と低迷していることが分かります。
その原因として、そもそも日本企業のROEは高くないことが考えられます(下のグラフを参照)。
ROE : Return On Equity=自己資本利益率(当期純利益/株主資本)(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

出所: 第2期CGS研究会第10回会合の資料4の8ページ
さらに日本企業はセグメント別の利益率が低いことも特徴的です。下記のグラフでは売上高営業利益率が10%未満のセグメントが日本企業では91%を占めており、米国の28%に比すると日本企業の利益率の低さが目立ちます。

出所: 出所: 第2期CGS研究会第10回会合の資料4の9ページ
日本企業が多角化に取り組んでも全体としてのROEを欧米企業の水準にまで向上させることができない原因の一つとして指摘されているのが、事業ポートフォリオマネジメントの姿勢の違いです。欧米では、主力部門とのシナジーが低いノンコア事業を整理し、コア事業を強化することにより、グループ全体での収益力を高めることに成功している企業が多いのに対し、日本ではM&Aにより新規事業を手に入れても、既存事業には手を付けないことが多いため、結果として低収益な事業を抱え込み続けている企業が多いことが考えられます。
大半の企業で事業撤退プロセスなし
日本企業が低収益事業を抱え込み続けていることの理由として、日本企業において一部の事業からの撤退・売却について検討の俎上に載せるための特定の形式基準(一次的スクリーニングの基準)や、検討のプロセスが定められていないという企業が多いという点が指摘されています(CGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)が実施した下記のアンケート結果を参照)。

出所: 第2期CGS研究会第10回会合の資料4の10ページ
第2期のCGS研究会では、このように大半の日本企業で事業ポートフォリオの見直しが「仕組み化」されていないことが、低収益事業を抱え込み続けていることの一因ではないかとの考えのもと、企業グループ全体としての中長期の企業価値向上を図ることができるよう、日本企業に事業ポートフォリオ戦略の策定や、事業の売却・撤退の意思決定・実行に踏み切ることができる体制整備を求める方針です。
投資家への説明に有効な事業ポートフォリオ戦略
それでは、事業ポートフォリオ戦略は具体的にどのような内容にすべきでしょうか。
あるべきポートフォリオの判断プロセスを明確化し可視化するとともに、“聖域”を作らないようにするためには、スクリーニングの基準として定量的な基準の採用が欠かせません。Boston Consulting Groupが提唱したProduct Portfolio Management(PPM分析)によると、市場の成長率と自社のシェアの2つの軸を判断要素として製品のポートフォリオを管理することが提唱されています。PPM理論は製品のポートフォリオについての考え方ですが、事業自体のポートフォリオにも応用可能です。たとえばオムロンでは売上高成長率とROICの2つの軸を判断要素として、いずれの値も芳しくない事業については構造改革プランの策定・実行を経て、改善に至らない場合は事業撤退をする方針です。

出所: 第2期CGS研究会第10回会合の資料4の21ページ
自社が重視するKPIを2つ組み合わせれば、このようなマッピングによるポートフォリオマネジメントは可能になります。
また、三菱重工業では、SBUごとに格付を付け、格付が低い事業ほど資本コストが上昇して、投下資金限度額を減らす仕組み(戦略的事業評価制度)を導入しています。いわば現実の資本市場と同じ競争原理を各事業にも適用させたと言えます。その結果、経済的付加価値がマイナスになったSBUがあれば、その事業継続性をリソース配分委員会が評価し、事業譲渡等につなげることで事業ポートフォリオの組み替えを行っています。実際に三菱重工業では、この制度によりシールド掘削機や自動車用エンジンバルブ等の事業を譲渡し、より高い企業価値を期待できる事業への投資を行っています(CGS研究会第2期第10回会合の資料5の22ページを参照)。
SBU : Strategic Business Unitの頭文字。戦略事業単位のことで、戦略の実現および経営資源の効率的な配分の実現を目的として設計された組織。
もちろんこのようなポートフォリオマネジメントはすべての上場企業ごとに必ず実施しなければならないという訳ではありません。単に目標ROEをハードルレートとして機能させるといった簡易な方法でも構いません。いずれにしろ、多角化を図ったにもかかわらずROEの低さに悩む上場企業においては、投資家から「低採算性の事業が足を引っ張っているのではないか?」という指摘を受けることは十分に予想され、それに対して「成功するまでやり続ける」という精神論を述べるだけでは投資家は納得しないはずです。成功するまで無期限で待ってくれる投資家など存在しません。投資家を待たせるには、それなりのロジックが必要になり、「いつまで待てばいいのか」「成功するために何をするのか」という指針を示す必要があります。ポートフォリオマネジメントやハードルレートは説明用のロジックとして有効と言えます。
さて、以上の解説をご覧いただければ、どれがGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。
<正解>
取締役A:「当社グループには事業をスタートするときの基準はありますが、撤退するときの基準がありません。不採算事業からの撤退を検討する前に、まずは事業撤退するときの基準を作るべきではないでしょうか。」
(コメント:不採算事業の撤退の議論に入る前に、何をもって「不採算」と扱うのかの尺度を作っておくべきです。そうでなければ、当該事業の責任者や従業員にとって「撤退」は不意打ちとなってしまいますし、不採算扱いされないために目標とすべき水準も分からないまま事業を遂行しなければならなくなるからです。事業撤退の検討よりも「何をもって事業撤退の検討を開始するのかの基準」(=スクリーニングの基準)の制定を先行すべきとするAの発言はGoodです。)
取締役B:「事業を失敗しないコツは、成功するまでやり続けることです。撤退基準などを設けたら、将来の成功の芽を摘んでしまいます。」
(コメント:事業の撤退基準は、定量的な要件を満たせば自動的に撤退するという厳しいものから、定量的な要件に重きを置かずに慎重に総合的な判断を必要とするものまで、企業の考え方次第でどのようにでも作ることができます。将来の成功の芽を摘むことを防ぎたいのであれば、定量的な要件に重きを置かなければよいだけです。「成功するまでやり続ける」という体育会的な精神論では、不採算事業の関係者からすると出口が見えないままただ疲弊するだけであり、優秀な人材をつぶしてしまうことにもなりかねません。Bの発現はロジカルな経営とはかけ離れたBad発言です。)
取締役C:「事業撤退の基準を設けると、経営陣はどうしても短期志向になってしまいますし、不採算部門に配属された従業員はやる気を失ってしまいます。撤退基準は設けるべきではありません。」
(事業の撤退基準は取締役Bの発現に対するコメントにあるように、企業の考え方次第で様々です。経営陣が短期志向に陥るのを避けたいのであれば、撤退基準にもそれを避けるためのロジック(例えば定性的要素に重きを置いたり、長期的スパンの定量的基準を採用するなど)を組み込んだり、経営者報酬の算定基準に長期的な要素を組み込めば良いだけです。また、不採算部門に配属された従業員がやる気を失うかどうかは、目標管理制度を導入して不採算部門なりの目標を持たせたり、賞与配分で考慮したりするなど、モチベーション維持の方策で取り組むべき話であり、撤退基準を設けないことの理由にすべきではありません。また、従業員にとってはお荷物部門として他の事業にぶら下がることに甘んじるよりは、事業としての価値を高く評価してくれる先に売却してもらった方が幸せかもしれません)