2018/10/31 【役員会 Good&Bad発言集】事業撤退の基準

サービス業のMホールディングス社では、この10年にわたり積極的に事業の多角化を進めてきており、事業の数は規模の小さいものまで含めると30を超えました。企業規模と照らし合わせると、どうしても事業数の多さが目立っています。同社の取締役会でも社外取締役が「不採算事業から撤退して事業を集約すべきではないか?」と提案したところです。これに対して社内取締役A・B・Cが次の発言をしました。3人の発言のうち、誰の発言がGood発言でしょうか?

取締役A:「当社グループには事業をスタートするときの基準はありますが、撤退するときの基準がありません。不採算事業からの撤退を検討する前に、まずは事業撤退するときの基準を作るべきではないでしょうか。」

取締役B:「事業を失敗しないコツは、成功するまでやり続けることです。撤退基準などを設けたら、将来の成功の芽を摘んでしまいます。」

取締役C:「事業撤退の基準を設けると、経営陣はどうしても短期志向になってしまいますし、不採算部門に配属された従業員はやる気を失ってしまいます。撤退基準は設けるべきではありません。」

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2018/10/31 【役員会 Good&Bad発言集】事業撤退の基準(会員限定)

<解説>
日本企業に目立つセグメント別の利益率の低さ

IT技術の進化や製品ライフサイクル・社会構造の変化に伴い既存事業が斜陽産業化していくことに危機感をいただいた企業では、事業を多角化する傾向にあります。多角化は自社のリソースを使って実施するケースもありますが、それでは時間がかかり過ぎるため、最近ではスピードを重視してM&Aにより「会社を買う」ことで新事業を手に入れるケースがよく見受けられます。M&Aのマーケットが充実してきたこともその背景にあるものと思われます。

もっとも、M&A等により事業を多角化しても営業利益率が低迷している企業が多いのが日本企業の特徴と言えます。それは多角化した大企業の営業利益率について日米欧を比較するとよく分かります(下のグラフを参照)。

多角化した大企業の営業利益率(日米欧比較)
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出所:未来投資会議構造改革徹底推進会合第1回会合の資料4-1の10ページ

このように、多角化した大企業の営業利益率を日米欧で比較すると、米国と欧州の企業がいずれも13%台であるのに対して、日本企業は3%と低迷していることが分かります。

その原因として、そもそも日本企業のROEは高くないことが考えられます(下のグラフを参照)。

ROE : Return On Equity=自己資本利益率(当期純利益/株主資本)(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

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出所: 第2期CGS研究会第10回会合の資料4の8ページ

さらに日本企業はセグメント別の利益率が低いことも特徴的です。下記のグラフでは売上高営業利益率が10%未満のセグメントが日本企業では91%を占めており、米国の28%に比すると日本企業の利益率の低さが目立ちます。

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出所: 出所: 第2期CGS研究会第10回会合の資料4の9ページ

日本企業が多角化に取り組んでも全体としてのROEを欧米企業の水準にまで向上させることができない原因の一つとして指摘されているのが、事業ポートフォリオマネジメントの姿勢の違いです。欧米では、主力部門とのシナジーが低いノンコア事業を整理し、コア事業を強化することにより、グループ全体での収益力を高めることに成功している企業が多いのに対し、日本ではM&Aにより新規事業を手に入れても、既存事業には手を付けないことが多いため、結果として低収益な事業を抱え込み続けている企業が多いことが考えられます。

大半の企業で事業撤退プロセスなし

日本企業が低収益事業を抱え込み続けていることの理由として、日本企業において一部の事業からの撤退・売却について検討の俎上に載せるための特定の形式基準(一次的スクリーニングの基準)や、検討のプロセスが定められていないという企業が多いという点が指摘されています(CGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)が実施した下記のアンケート結果を参照)。

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出所: 第2期CGS研究会第10回会合の資料4の10ページ

第2期のCGS研究会では、このように大半の日本企業で事業ポートフォリオの見直しが「仕組み化」されていないことが、低収益事業を抱え込み続けていることの一因ではないかとの考えのもと、企業グループ全体としての中長期の企業価値向上を図ることができるよう、日本企業に事業ポートフォリオ戦略の策定や、事業の売却・撤退の意思決定・実行に踏み切ることができる体制整備を求める方針です。

投資家への説明に有効な事業ポートフォリオ戦略

それでは、事業ポートフォリオ戦略は具体的にどのような内容にすべきでしょうか。

あるべきポートフォリオの判断プロセスを明確化し可視化するとともに、“聖域”を作らないようにするためには、スクリーニングの基準として定量的な基準の採用が欠かせません。Boston Consulting Groupが提唱したProduct Portfolio Management(PPM分析)によると、市場の成長率と自社のシェアの2つの軸を判断要素として製品のポートフォリオを管理することが提唱されています。PPM理論は製品のポートフォリオについての考え方ですが、事業自体のポートフォリオにも応用可能です。たとえばオムロンでは売上高成長率とROICの2つの軸を判断要素として、いずれの値も芳しくない事業については構造改革プランの策定・実行を経て、改善に至らない場合は事業撤退をする方針です。

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出所: 第2期CGS研究会第10回会合の資料4の21ページ

自社が重視するKPIを2つ組み合わせれば、このようなマッピングによるポートフォリオマネジメントは可能になります。

また、三菱重工業では、SBUごとに格付を付け、格付が低い事業ほど資本コストが上昇して、投下資金限度額を減らす仕組み(戦略的事業評価制度)を導入しています。いわば現実の資本市場と同じ競争原理を各事業にも適用させたと言えます。その結果、経済的付加価値がマイナスになったSBUがあれば、その事業継続性をリソース配分委員会が評価し、事業譲渡等につなげることで事業ポートフォリオの組み替えを行っています。実際に三菱重工業では、この制度によりシールド掘削機や自動車用エンジンバルブ等の事業を譲渡し、より高い企業価値を期待できる事業への投資を行っています(CGS研究会第2期第10回会合の資料5の22ページを参照)。

SBU : Strategic Business Unitの頭文字。戦略事業単位のことで、戦略の実現および経営資源の効率的な配分の実現を目的として設計された組織。

もちろんこのようなポートフォリオマネジメントはすべての上場企業ごとに必ず実施しなければならないという訳ではありません。単に目標ROEをハードルレートとして機能させるといった簡易な方法でも構いません。いずれにしろ、多角化を図ったにもかかわらずROEの低さに悩む上場企業においては、投資家から「低採算性の事業が足を引っ張っているのではないか?」という指摘を受けることは十分に予想され、それに対して「成功するまでやり続ける」という精神論を述べるだけでは投資家は納得しないはずです。成功するまで無期限で待ってくれる投資家など存在しません。投資家を待たせるには、それなりのロジックが必要になり、「いつまで待てばいいのか」「成功するために何をするのか」という指針を示す必要があります。ポートフォリオマネジメントやハードルレートは説明用のロジックとして有効と言えます。

さて、以上の解説をご覧いただければ、どれがGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。

<正解>
GOOD発言はこちら

取締役A:「当社グループには事業をスタートするときの基準はありますが、撤退するときの基準がありません。不採算事業からの撤退を検討する前に、まずは事業撤退するときの基準を作るべきではないでしょうか。」
コメント:不採算事業の撤退の議論に入る前に、何をもって「不採算」と扱うのかの尺度を作っておくべきです。そうでなければ、当該事業の責任者や従業員にとって「撤退」は不意打ちとなってしまいますし、不採算扱いされないために目標とすべき水準も分からないまま事業を遂行しなければならなくなるからです。事業撤退の検討よりも「何をもって事業撤退の検討を開始するのかの基準」(=スクリーニングの基準)の制定を先行すべきとするAの発言はGoodです。

BAD発言はこちら
取締役B:「事業を失敗しないコツは、成功するまでやり続けることです。撤退基準などを設けたら、将来の成功の芽を摘んでしまいます。」
コメント:事業の撤退基準は、定量的な要件を満たせば自動的に撤退するという厳しいものから、定量的な要件に重きを置かずに慎重に総合的な判断を必要とするものまで、企業の考え方次第でどのようにでも作ることができます。将来の成功の芽を摘むことを防ぎたいのであれば、定量的な要件に重きを置かなければよいだけです。「成功するまでやり続ける」という体育会的な精神論では、不採算事業の関係者からすると出口が見えないままただ疲弊するだけであり、優秀な人材をつぶしてしまうことにもなりかねません。Bの発現はロジカルな経営とはかけ離れたBad発言です。
取締役C:「事業撤退の基準を設けると、経営陣はどうしても短期志向になってしまいますし、不採算部門に配属された従業員はやる気を失ってしまいます。撤退基準は設けるべきではありません。」
事業の撤退基準は取締役Bの発現に対するコメントにあるように、企業の考え方次第で様々です。経営陣が短期志向に陥るのを避けたいのであれば、撤退基準にもそれを避けるためのロジック(例えば定性的要素に重きを置いたり、長期的スパンの定量的基準を採用するなど)を組み込んだり、経営者報酬の算定基準に長期的な要素を組み込めば良いだけです。また、不採算部門に配属された従業員がやる気を失うかどうかは、目標管理制度を導入して不採算部門なりの目標を持たせたり、賞与配分で考慮したりするなど、モチベーション維持の方策で取り組むべき話であり、撤退基準を設けないことの理由にすべきではありません。また、従業員にとってはお荷物部門として他の事業にぶら下がることに甘んじるよりは、事業としての価値を高く評価してくれる先に売却してもらった方が幸せかもしれません

2018/10/30 【失敗学第53回】トレイダーズホールディングスの事例(会員限定)

概要

FX(外国為替証拠金取引)等の金融デリバティブ事業を営むトレイダーズホールディングス(JASDAQ)は、2018年3月期第1四半期において、子会社の状況の変化に対応してのれんの減損損失を計上するべきであったにもかかわらず計上しておらず、過去の財務報告の訂正が必要となった。

経緯

トレイダーズホールディングスが、2018年9月に「外部調査委員会の調査報告書(最終)」を公表するまでの経緯を時系列で示すと、次のとおり。

2015年
12月1日:トレイダーズホールディングスの経営陣は、それまで営んでいたFX事業以外にも新たな収益の柱となる事業を探索していたところ、トレイダーズホールディングスの筆頭株主グループに属する者が株式を有する株式会社ZEエナジーがFIT制度(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)を利用した木質バイオマス発電事業を手掛けていたことから、同社を完全子会社化して木質バイオマス発電事業を新たな収益の柱に据えることとした。もっとも、トレイダーズホールディングスはZEエナジーを取得できるほどの現金を有していなかったため、完全子会社化にあたり株式交換の手法によることとした。その結果、発生した17億3994万円の「のれん」(株式交換にあたりトレイダーズホールディングスが発行した株式の時価総額と株式交換にあたり取得したZEエナジーの時価純資産額の差額)は20年で償却することにした。

2017年
ZEエナジーが抱えている各案件で木質バイオマス発電機にトラブルが頻発しており、販売計画の進捗に相当の遅れが生じていたところ、主要案件の一つで6月までに重大なトラブルが連続して発生し、7月になって相手先から売買契約を解除される事態となった。本案件の取引相手はバイオマス発電業界では著名な会社であり、トレイダーズホールディングスにとっては同社との契約締結がZEエナジーの完全子会社化の主たる契機であったほど重要な取引相手であった。その取引相手から「ZEエナジーの木質バイオマス発電機は仕様を満たしておらず、安定稼働から程遠い」ことを理由に売買契約を解除されたため、ZEエナジーは当該取引相手に対して見込んでいた売上高を取り消さなければならなくなっただけでなく、契約解除の事実がバイオマス発電業界に知れ渡ったことで将来収益力が大きく落ち込む事態となった。本来であれば、2018年3月期の第1四半期の時点で、その将来収益力の落ち込みに対応した修正後の損益見込を用いてのれんの減損判定を行うべきところ、のれんの減損判定をするトレイダーズホールディングス財務部員にZEエナジーの現況は知らされておらず、財務部員は従来通りの損益見込を用いてのれんの減損判定をしており、財務部長も損益見込を修正することを指示しなかった。そのため、トレイダーズホールディングスではのれんの減損は行われないまま第1四半期の決算が行われた。第2四半期、第3四半期でも同様にのれんの減損は行われなかった。また、監査法人からのれんの減損の必要性を指摘されることもなかった。

2018年
6月14日:トレイダーズホールディングスは過去の財務諸表または連結財務諸表に会計上の誤謬の可能性がある旨外部から指摘を受け、社内での検証を進めた結果、より専門的かつ客観的な調査が必要であるとの判断に至ったことから、取締役会において外部調査委員会を設置することを決議した(リリースはこちら)。
6月29日:トレイダーズホールディングスは外部調査委員会の調査が終了するまでは決算を確定できないことから、有価証券報告書の提出期限(当初は2018年7月2日)を延長することを関東財務局に申請し、承認を得る(リリースはこちら)。
7月31日:トレイダーズホールディングスは外部調査委員会から調査報告書(中間)を受領したことをリリース
8月2日:トレイダーズホールディングスは2018年3月期有価証券報告書を提出するとともに、過年度に係る有価証券報告書・四半期報告書の訂正報告書ならびに臨時報告書の提出および過年度に係る決算短信等の訂正を行ったことをリリース。あわせて内部統制報告書の訂正を行ったことについてもリリース。 10月9日:トレイダーズホールディングスは不適切な会計処理等に対する再発防止策を取りまとめ、リリース
9月12日:トレイダーズホールディングスは「外部調査委員会の調査報告書(最終)」を公表。

内容・原因・改善策

トレイダーズホールディングスが、2018年9月に公表した「外部調査委員会の調査報告書(最終)」によると、本件の問題点の主な内容とその原因、再発防止策は次のとおりである(他にも、材料貯蔵品の資産性に関する評価の妥当性、工事進行基準の適用に関する妥当性および完成工事補償引当金の計上の問題等が指摘されているが、ここでは取り上げない)。

のれんの減損損失の未計上
内容 トレイダーズホールディングスは、株式会社ZEエナジーを株式交換の手法で完全子会社化した。その際に、ZEエナジーの取得原価(株式交換にあたりZEエナジーの株主に対して発行したトレイダーズホールディングス株式の時価相当額)と 2015年12月1日時点のZEエナジーの時価純資産額の差額1,739百万円を「のれん」として計上し、20年で均等償却していた。
ZEエナジーの事業計画の進捗は著しく悪く、とくに2017年6月までに主要案件でトラブルが頻発して同年7月に取引相手から契約を解除されたことから、本来であれば2018年3月期第1四半期時点においてのれんの減損損失(1,647百万円)を計上すべきであったが、計上されなかった。
原因 子会社の状況変化の認識不足
・トレイダーズホールディングスの財務部員は、ZEエナジーの各期の事業計画に基づき四半期ごとにのれんの減損検討資料を作成のうえ、財務部長へ提出していた。ZEエナジーは2017年7月に木質バイオマス発電機の販売契約の解除を受けたことから、将来の損益見込が大きく変わり、のれんの減損検討も変更後の損益見込に基づいて算定すべきであった。しかし、のれんの減損検討資料の作成を担当していた財務部員は、2018年3月期第1四半期に減損検討資料を作成した際に、売買契約の解除の可能性などについて誰からも知らされていなかったため、のれんの減損は不要であると判断する資料を作成し、財務部長へ提出していた。財務部長は契約解除の件は知っていたが、ZEエナジーのビジネスプランに変更はないとの社内情報を得ていたことから、のれんの減損は不要と判断した。

グループ子会社管理の責任の所在が不明確であったこと
トレイダーズホールディングスにおいてZEエナジーの管理担当者が不明確になっていた。

担当役員の知見の不足
トレイダーズホールディングスの役職員のうちZEエナジーの役員を兼任する者に、木質バイオマス発電の事業に関する専門的な知見が不足していた。

CFOの会計・開示業務に関する知見不足
トレイダーズホールディングスのCFOに会計・開示業務に関する知見が不足しており、のれんの減損判定についてタイムリーな指示を出せていなかった。

再発防止策 (1)子会社管理体制の強化
・グループ子会社管理の責任の所在の明確化
・兼任役職員及び当社役職員等への研修等の実施
・重要度に応じたグループ会社管理手法の新設・導入
・内部監査部の体制強化(内部監査部の人員を2名増員)
(2)危機管理委員会(仮称)の設置
(3)財務部門の能力不足に対する改善措置
・専門的知見を有するCFOの選任
・財務部門の役職員に対する教育、研修の実施
・財務部門の増員等
・財務報告に係る内部統制(決算・財務報告プロセス)の充実化
関連当事者との取引に係る開示の不備
内容 トレイダーズホールディングスは、元取締役との間で2012年6月に顧問契約を締結し、その翌月から現在に至るまで多額の顧問報酬を支払っている。顧問報酬額は1000万を超えるため関連当事者との取引として有価証券報告書に開示が必要な取引であったにもかかわらず、一切開示されていなかった。
<顧問報酬>
2013年3月期:1,000万円
2014年3月期:1,590万円
2015年3月期:3,480万円
2016年3月期:3,960万円
2017年3月期:6,089万円
原因 トレイダーズホールディングスでは、関連当事者との取引の集計にあたり、上記の顧問報酬についても集計していた。それにもかかわらず、関連当事者適用指針の解釈を間違えて、開示不要と判断していた。すなわち、企業会計基準第11号「関連当事者の開示に関する会計基準」9項には「関連当事者との取引のうち、以下の取引は、開示対象外とする。(略)(2) 役員に対する報酬、賞与及び退職慰労金の支払い」とあり、同会計基準の適用指針4項には「「役員」とは、取締役、会計参与、監査役、執行役又はこれらに準ずる者をいう(会計基準第 5 項(7))。「これらに準ずる者」は、例えば、相談役、顧問、執行役員その他これらに類する者であって、その会社内における地位や職務等からみて実質的に会社の経営に強い影響を及ぼしていると認められる者をいい、創業者等で役員を退任した者についても、役員の定義に該当するかどうかを実質的に判定する。」とあることから、「顧問は関連当事者会計基準の「役員」に該当するため、報酬の支払いは開示対象外である」と判断していた。そもそも「役員に対する報酬、賞与及び退職慰労金の支払い」を関連当事者の注記で開示する必要がない理由は、有価証券報告書の別の項目で開示されるからであり、トレイダーズホールディングスでは当該顧問報酬を役員報酬として開示していない以上、関連当事者の注記においての開示は不可避であった。
再発防止策 ・今後、関連当事者取引を極力行わない方向で検討する(元取締役への顧問報酬は2018年9月で打ち切る)。例外的に関連当事者取引を行わざるを得ない場合には、取引の必要性・取引条件の合理性を慎重に判断した上で取り扱う。
・「取締役会規程」を改訂し、すべての関連当事者取引を取締役会への付議事項とする旨を明示的に定める。
<この失敗から学ぶべきこと>

トレイダーズホールディングスでは、子会社の状況変化をタイムリーにのれんの減損評価に役立てる財務報告プロセスが構築されておらず、のれんの減損損失の計上が遅れてしまいました。子会社の管理を担う者と財務報告の担当者間の情報や問題意識の共有が十分でない会社では、どこでもこのような誤謬は起きうると言えます。

また、トレイダーズホールディングスでは、関連当事者の注記における顧問料の扱いについての解釈間違いをしていました。自社の開示でも同様の間違いをしていないか、これを機に点検してみるべきです。「その会社内における地位や職務等からみて実質的に会社の経営に強い影響を及ぼしていると認められるかどうか」に該当する顧問がおり、かつ、報酬が1000万円超であれば、関連当事者の注記に記載しなければなりません。もっとも、そもそも「その会社内における地位や職務等からみて実質的に会社の経営に強い影響を及ぼしている」顧問がいる会社では、当該顧問の存在自体がコーポレート・ガバナンスの観点から不適切(選解任を通じた株主のコントロールが及ばないため)である可能性があるため、開示の問題以前に、顧問の在り方を検討しておくべきです。

2018/10/29 女性取締役がいなければ「エクスプレイン」は必須か?

東証一部・二部上場企業は年末(2018年12月末)までに改訂コーポレートガバナンス・コード(以下CGコード)に対応したコーポレートガバナンス報告書(以下、CG報告書)を提出する必要があるが、企業が対応に頭を悩ませている改訂点の一つが、原則4-11(取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件)において求められることとなった「ジェンダーや国際性の面を含む」多様性、とりわけ「ジェンダー」の部分だ。

この点について、金融庁から公表されている「投資家と企業の対話ガイドライン」では、「取締役として女性が選任されているか」問うている(【取締役会の機能発揮】3-6)。同ガイドラインの冒頭の「投資家と企業の対話ガイドラインについて」には、「企業がコーポレートガバナンス・コードの各原則を実施する場合(各原則が求める開示を行う場合を含む)や、実施しない理由の説明を行う場合には、本ガイドラインの趣旨を踏まえることが期待される」と記載されていることから、女性取締役がいなければ原則4-11はエクスプレインすべきであるとの声も聞かれる。

ただ、当フォーラムがTOPIX500採用銘柄のうち既に改訂CGコードに対応したCG報告書()を提出している31社について調査したところ、・・・

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2018/10/29 女性取締役がいなければ「エクスプレイン」は必須か?(会員限定)

東証一部・二部上場企業は年末(2018年12月末)までに改訂コーポレートガバナンス・コード(以下CGコード)に対応したコーポレートガバナンス報告書(以下、CG報告書)を提出する必要があるが、企業が対応に頭を悩ませている改訂点の一つが、原則4-11(取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件)において求められることとなった「ジェンダーや国際性の面を含む」多様性、とりわけ「ジェンダー」の部分だ。

この点について、金融庁から公表されている「投資家と企業の対話ガイドライン」では、「取締役として女性が選任されているか」問うている(【取締役会の機能発揮】3-6)。同ガイドラインの冒頭の「投資家と企業の対話ガイドラインについて」には、「企業がコーポレートガバナンス・コードの各原則を実施する場合(各原則が求める開示を行う場合を含む)や、実施しない理由の説明を行う場合には、本ガイドラインの趣旨を踏まえることが期待される」と記載されていることから、女性取締役がいなければ原則4-11はエクスプレインすべきであるとの声も聞かれる。

ただ、当フォーラムがTOPIX500採用銘柄のうち既に改訂CGコードに対応したCG報告書()を提出している31社について調査したところ、女性取締役がゼロの企業の過半数が原則4-11をエクスプレインとしていない(コンプライしている)ことが分かった。

 CG報告書が改訂CGコードに対応しているかどうかは、今回のCGコード改訂で新設された原則2-6(企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮)に対応したCG報告書を提出しているかどうかで判定した(9月30日時点)。

31社のうち女性取締役がゼロの8社におけるエクスプレイン状況は下表のとおり。

社名 エクスプレインした原則
アサヒグループホールディングス 原則1-4
エヌ・ティ・ティ・データ 補充原則4-10①、原則4-11
オリンパス 原則4-11
日本電信電話 原則4-11
日本水産 なし(全ての原則をコンプライ)
フジクラ なし(すべての原則をコンプライ)
北陸電力 原則1-4、補充原則4-2①、補充原則4-10、原則5-2
花王 なし(すべての原則をコンプライ)

このように、原則4-11をエクスプレインしているのは8社中3社に過ぎない。これは、上記「投資家と企業の対話ガイドライン」の冒頭「投資家と企業の対話ガイドラインについて」で、『本ガイドラインは、その内容自体について、「コンプライ・オア・エクスプレイン」を求めるものではない』と明記されていることも影響しているものと思われる(2018年3月14日のニュース『「投資家と企業の対話ガイドライン」はコンプライする必要があるのか』参照)。上表の先行事例は、女性取締役がいないからといって必ずしもエクスプレインしなければならないわけではないということを裏付ける結果と言えるだろう。

では、女性取締役がいないにもかかわらず原則4-11を「コンプライ」とした企業は、CG報告書においてどのような記載をしているのだろうか。原則4-11は開示が求められる原則ではないが、同原則に続く補充原則4-11①では、取締役会に対し「取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示」することを求めており、その記載内容は当然ながら原則4-11を踏まえたものになると考えられる。以下は、女性取締役がゼロであるにもかかわらず原則4-11をコンプライした5社のうち、補充原則4-11①の開示においてジェンダーに言及している2社の記載内容である。

○アサヒグループホールディングス
取締役会は、当社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に必要な、取締役会全体としての知識・経験・能力のバランス、ジェンダーの多様性の面を含む多様性を確保するため、社外取締役については、企業経営者、有識者などを、経験・見識・専門性を考慮して3名以上としています。

○花王
また、知識・経験・能力だけでなく、性別、人種、国籍等のダイバーシティから生まれる多角的な視点が事業の推進やグローバル拡大、適切な監督や監査に資するとの認識に立ち、これらの多様な人財の役員への登用を進めます。

いずれもジェンダーについて考慮する方針を掲げる一方で、現在は「たまたま」女性の取締役がいない、というスタンスをとっている。このように「実態」ではなく「方針」を示すことで原則をコンプライしたこととするという手法も、プリンシプルベースの立場をとるCGコードへの対応としては決して否定されるものではないと言えよう。

プリンシプルベース : 大まかな原理・原則だけを定め、細かな運用は現場の判断に任せるという規制方法のこと。プリンシプルベース(原則主義)の反意語は「ルールベース(細則主義)」である。

 

 

 

 

 

 

 

2018/10/26 株主総会資料、一転してEDINETでの提供容認

コーポレートガバナンスに関する会社法の規定の見直しを検討している法務省の会社法制(企業統治等関係)部会は、議案や事業報告・計算書類などの定時株主総会資料について、EDINETを通じた提供を認める方向であることが判明した。・・・

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2018/10/26 株主総会資料、一転してEDINETでの提供容認(会員限定)

コーポレートガバナンスに関する会社法の規定の見直しを検討している法務省の会社法制(企業統治等関係)部会は、議案や事業報告・計算書類などの定時株主総会資料について、EDINETを通じた提供を認める方向であることが判明した。来年(2019年)1月に公表予定の「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱案」に盛り込まれる。

2018年9月7日のニュース「株主総会資料、EDINETでの提供は認めず 書面交付をふるい落す措置も」でお伝えしたとおり、同部会は2018年8月時点ではEDINETを通じた株主総会関係資料の電子提供を認める規定は設けずに要綱案を取りまとめる方針だった()。

 2018年8月29日に開催された同部会で配布された「部会資料25 会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱案のたたき台」には「なお、本部会資料においては、EDINETを使用する場合の特例は設けていない。インターネットを通してEDINETを使用して提出された有価証券報告書等の記載内容にアクセスすることが現在認められているが、これは行政上のサービスとして実施されているにすぎないため、特例を設けることが難しいと考えられるからである。」とある。

しかし仮に8月時点の案が採用されれば、後述するように、現在政府が進める事業報告・計算書類と有価証券報告書の一体的開示(2018年1月22日のニュース「有報と事業報告等の一体開示に向け経営陣が検討すべきこと」参照)や定時株主総会の後ろ倒し(2017年12月20日のニュース「会社法施行規則改正案が公表、株主総会の後ろ倒しに向けた条件すべて整う」参照)実現に向けた取り組みと矛盾することになる。今回同部会が180度方針を転換した背景には、これら2つの取り組みを阻害しないようにとの配慮があったのは間違いない。

先週(2018年10月24日)公表された「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱案」の仮案によると、上場会社などの有価証券報告書提出会社が、定時株主総会における電子提供措置開始日(定時株主総会の日の3週間前の日またはそれより前に定時株主総会招集通知を発した場合はその日)までに下記の情報を記載した有価証券報告書をEDINETを通じて提出すれば、会社法改正により導入される予定の「株主総会資料の電子提供措置」を実施したことになる(「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱案」の仮案の2ページを参照。なお、EDINETによる有価証券報告書提出とは別に電子提供措置(電子提供措置開始日までにEDINET以外の方法(たとえば自社サーバなど)によりインターネットを通じて株主に株主総会資料を提供すること)をとってもよい)。

EDINETで株主に電子提供する主な情報
・株主総会の日時及び場所
・事業報告
・計算書類
・連結計算書類
・議案および議案の提案理由

有価証券報告書本体にこれらの情報を記載できるよう開示府令が改正される可能性もあるが(2017年9月1日のニュース「現行の有報より厚く? 事業報告と有報を“兼用”する開示書類案が浮上」を参照)、上記仮案は、EDINETを通じた有価証券報告書の提出にあわせて提出する「添付書類」にこれらの情報を記載することを認める内容となっている。つまり、有価証券報告書に「添付書類」として招集通知を添付して電子提供措置に代えることも可能。もっとも、事業報告や計算書類は現在でも有価証券報告書の添付資料とされていることから(企業内容等の開示に関する内閣府令17条1項)、現在でも両書類を含む株主総会招集通知を添付するのが通常となっている。したがって、この点に関しては、企業はこれまでの実務を変更することなく、「株主総会資料の電子提供措置」という新制度に移行できる。

問題となるのは提出時期だ。実は現在でも有価証券報告書を定時株主総会前に提出することは認められているものの、実際にはほとんどの会社が定時株主総会「後」に提出している。EDINETに有価証券報告書(+添付書類)を提出することをもって「株主総会資料の電子提供措置」を実施したことにしようとすると、定時株主総会の開催日の3週間「前」までにEDINETを通じて有価証券報告書を提出する必要があるが、これは定時株主総会「後」に有価証券報告書を提出している会社にとっては、現行のスケジュールよりも3週間以上早く提出が求められるということを意味する。しかし、現行の定時株主総会日程を前提にすると、有価証券報告書の提出の早期化にも限界があるとの指摘がある。そもそも有価証券報告書は開示項目が多く、作成に時間がかかるうえ、有価証券報告書には「(連結)財務諸表に関する会計監査人の監査報告書」を添付しなければならない。つまり、現行の定時株主総会日程を前提にして有価証券報告書を早期提出するには、会計監査の早期化という監査法人の協力も必要になる。しかし、監査法人にとっても3週間も会計監査を前倒しするのは困難だろう。

そこで、いよいよ現実味を帯びてくるのが定時株主総会の後ろ倒し開催(3月決算会社であれば7月末など)だ。定時株主総会を後ろ倒しで開催すれば、現行のスケジュールどおりに有価証券報告書をEDINETに提出したとしても、定時株主総会の開催日まで「3週間」以上の期間を確保することは可能だろう(2017年12月13日のニュース「実現すれば株主総会の後ろ倒し加速も 招集通知提出にEDINET利用案浮上」参照)。既に、株主確定を1回で済ませることができるよう会社法施行規則が改正されるととともに(2017年12月20日のニュース「会社法施行規則改正案が公表、株主総会の後ろ倒しに向けた条件すべて整う」)、法人税の確定申告期限についても最大で「4か月」延長することが認められており(2017年4月5日のニュース「確定申告期限の延長特例改正で定款変更は必要?」を参照)、定時株主総会の後ろ倒し開催に向け外堀りは埋まっている。法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会がスタンスを変更したことで、いよいよ定時株主総会の後ろ倒し開催の普及が進むかもしれない。

2018/10/25 2018年度統合報告書の傾向分析 投資家が最も熟読する箇所は?

産業能率大学 経営学部 教授
光定 洋介

毎年この時期(秋頃)に発刊される3月決算企業の統合報告書が、今年も続々と公表されている。2017年度には約400社の上場企業が統合報告書を発刊したが、その数は年々増加しており、2018年度における社数が昨年度を上回るのは確実と思われる。

統合報告書 : 統合報告とは「企業の持続的な成長を伝えるプロセス」であり、統合報告書は統合報告の成果物(アウトプット)を指す。IIRC(International Integrated Reporting Council=国際統合報告評議会)が2013年12月に公表した「国際統合報告フレームワーク」では、統合報告を「企業がどのように持続的な成長を実現しようとしているのかについて報告するもの」と定義している。具体的には、ビジネス上の様々な問題にどう対処するのか、自社の将来性をどうとらえているのか、中長期的な経営戦略をどう描くのか、どのように長期的な企業価値を作り出そうとしているのか、といった内容の報告であり、そこには「非財務情報」が多数含まれる。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

統合報告書とは文字どおり財務情報と非財務情報を“統合”した形で報告するものだが(ただし、会社によって「アニュアルレポート」「サステナビリティレポート」など呼称は異なる)、金商法により開示が求められる有価証券報告書などと異なり、法定の開示書類ではない。国際統合報告評議会(IIRC=International Integrated Reporting Council)が定めたフレームワークはあるものの、記載内容や方法は各社のオリジナリティに任されている。そこには、経営成績のほか、経営理念、ビジネスモデル、経営戦略、経営資源の配分、ガバナンス、リスク、機会(自社にとってビジネスチャンスとなる外部要因)などが記載されており、各社ともその内容は年々充実してきているが、統合報告書の中で、筆者を含め投資家が最も熟読する箇所が「経営者のメッセージ」である。ここはまさに自由記述欄であるだけに、企業によって明確な特色が表れる。残念ながら、経営企画部のスタッフが無難に書き上げ経営者は単にそれを承認しただけと思われるものもある一方で、経営者自らが自分の言葉で自社の目標や将来像を語っているものや、過去の中期経営計画が未達となった理由を考え抜いたうえで経営者自らの言葉でそれを説明することを通じ次期中期経営計画への強いコミットを感じさせるものもある。また、後継者問題が懸念される企業で経営者自身がサクセッションプランに言及しているものもあれば、後述するSDGsに言及しているものも、していないものもある。このほかにも、経営者が重視しているビジネスチャンスや経営課題、経営者のリーダーシップの方向性、会社の文化、さらには文章から経営者の高い教養レベルを感じさせるものもある。経営者メッセージを経営企画部のスタッフに丸投げしているような経営者は、この部分こそ多くの投資家に見られているということを知る必要があり、今後は自らの考えを自らの言葉で書くよう改めるべきだ。

国際統合報告評議会(IIRC=International Integrated Reporting Council) : 国際的に合意された統合報告のフレームワークを構築するため、2010年8月に設立された英国を拠点とする民間の非営利法人。規制当局、投資家、企業、会計の専門家、NGOにより構成される国際的な連合組織である。また、IFAC(国際会計士連盟)、IASB(国際会計基準審議会)などとも協力関係にある。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

今年(2018年秋)の統合報告書の大きな特徴と言えるのが、・・・

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2018/10/25 2018年度統合報告書の傾向分析 投資家が最も熟読する箇所は? (会員限定)

産業能率大学 経営学部 教授
光定 洋介

毎年この時期(秋頃)に発刊される3月決算企業の統合報告書が、今年も続々と公表されている。2017年度には約400社の上場企業が統合報告書を発刊したが、その数は年々増加しており、2018年度における社数が昨年度を上回るのは確実と思われる。

統合報告書 : 統合報告とは「企業の持続的な成長を伝えるプロセス」であり、統合報告書は統合報告の成果物(アウトプット)を指す。IIRC(International Integrated Reporting Council=国際統合報告評議会)が2013年12月に公表した「国際統合報告フレームワーク」では、統合報告を「企業がどのように持続的な成長を実現しようとしているのかについて報告するもの」と定義している。具体的には、ビジネス上の様々な問題にどう対処するのか、自社の将来性をどうとらえているのか、中長期的な経営戦略をどう描くのか、どのように長期的な企業価値を作り出そうとしているのか、といった内容の報告であり、そこには「非財務情報」が多数含まれる。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

統合報告書とは文字どおり財務情報と非財務情報を“統合”した形で報告するものだが(ただし、会社によって「アニュアルレポート」「サステナビリティレポート」など呼称は異なる)、金商法により開示が求められる有価証券報告書などと異なり、法定の開示書類ではない。国際統合報告評議会(IIRC=International Integrated Reporting Council)が定めたフレームワークはあるものの、記載内容や方法は各社のオリジナリティに任されている。そこには、経営成績のほか、経営理念、ビジネスモデル、経営戦略、経営資源の配分、ガバナンス、リスク、機会(自社にとってビジネスチャンスとなる外部要因)などが記載されており、各社ともその内容は年々充実してきているが、統合報告書の中で、筆者を含め投資家が最も熟読する箇所が「経営者のメッセージ」である。ここはまさに自由記述欄であるだけに、企業によって明確な特色が表れる。残念ながら、経営企画部のスタッフが無難に書き上げ経営者は単にそれを承認しただけと思われるものもある一方で、経営者自らが自分の言葉で自社の目標や将来像を語っているものや、過去の中期経営計画が未達となった理由を考え抜いたうえで経営者自らの言葉でそれを説明することを通じ次期中期経営計画への強いコミットを感じさせるものもある。また、後継者問題が懸念される企業で経営者自身がサクセッションプランに言及しているものもあれば、後述するSDGsに言及しているものも、していないものもある。このほかにも、経営者が重視しているビジネスチャンスや経営課題、経営者のリーダーシップの方向性、会社の文化、さらには文章から経営者の高い教養レベルを感じさせるものもある。経営者メッセージを経営企画部のスタッフに丸投げしているような経営者は、この部分こそ多くの投資家に見られているということを知る必要があり、今後は自らの考えを自らの言葉で書くよう改めるべきだ。

国際統合報告評議会(IIRC=International Integrated Reporting Council) : 国際的に合意された統合報告のフレームワークを構築するため、2010年8月に設立された英国を拠点とする民間の非営利法人。規制当局、投資家、企業、会計の専門家、NGOにより構成される国際的な連合組織である。また、IFAC(国際会計士連盟)、IASB(国際会計基準審議会)などとも協力関係にある。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

今年(2018年秋)の統合報告書の大きな特徴と言えるのが、SDGs(Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略)に言及しているものが増えているという点である。それだけSDGsを経営に取り込もうという動きが活発化してきたということであろう。SDGsに触れている企業の多くは、自社のビジネスモデルがSDGsにどのように貢献するのか、統合報告書の中で具体的に説明しようと努力していることがうかがえる。たとえSDGsに取り組んでいても、そのことを外部に発信しなければ投資家や消費者などステークホルダーには伝わらない。GPIFは(2018年)9月25日から、ESGのE(Envirronment=環境)をカバーする新たに選定したESG指数に基づき東証1部上場企業の約8割、運用資産額は約1.2兆円にのぼるパッシブ運用を開始することを公表したが(2018年10月9日のニュース「東証1部上場企業の8割がESG投資の対象に」参照 引用:上場会社役員ガバナンスフォーラム)、SDGsはESGと関連する部分が大きいだけに、SDGsに取り組むかどうかは自社の株価と無関係ではない。したがって、統合報告書を活用して自社のビジネスモデルがSDGsに貢献できるものであり、また、自社が世界共通の課題の解決に向け努力する企業であるということを戦略的にアピールすることは、ESG投資においても存在感を示すことに繋がるであろう。

SDGs : Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略で、「エスディージーズ」と読む。「人間、地球及び繁栄」のための行動計画として国連が掲げる世界共通の目標であり、貧困、健康、環境、教育など17の目標と169のターゲットからなる。2015年9月に開催された「国連持続可能な開発サミット」において150を超える加盟国首脳の参加のもとで採択され、2016年から2030年までの15年間での達成を目指している。ESG : ESGとは、「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を組み合わせたもので、近年、特にグローバル機関投資家の間で、企業の投資価値を測る評価項目としての地位を確立しつつある。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
パッシブ運用 : パッシブ(「消極的」なという意味)運用とは、東証のTOPIXのような株価指数(インデックス)の値動きに連動する運用成果を目指し、株価指数を構成する銘柄をポートフォリオに組み入れるなどして、運用会社は定性的な判断を入れずに機械的に投資判断を行う運用手法であり、ファンドマネジャーが独自に銘柄を選択して運用する「アクティブ運用」とは対極の関係にある。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
ESG投資 : ESGに優れた企業を選定して投資すること。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

また、(2018年)6月1日から施行された改訂コーポレートガバナンス・コード【原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表】が「自社の資本コストを的確に把握」することを求めたことを受け、統合報告書に自社の資本コストを明記する企業も出現している。例えばある小売業者では「3%」、ある化粧品メーカーでは4%など、具体的な数値を公表している。

このほか、「目指すべきバランスシート(借入金と負債の比率など)」について言及する企業が増加していることも、今年度の統合報告書の特徴の一つと言えるだろう。短期的な利益を求める経営においては足元のP/L(損益計算書)が重要だが、中期的な企業価値の向上を考えるのであれば、資産をいかに効率的に使って中長期的なキャッシュフローを増加させるかというが重要になってくる(B/S、キャッシュフローのマネジメント)。

これはある上場企業で統合報告書の作成を担当している方から聞いたエピソードだが、統合報告書を策定する過程においては、社内全体に中期的な経営戦略などが共有化されるという効果があるという。社員のベクトルが同じ方向に向いていないと感じる経営陣は統合報告書を作成、あるいは(既に作成している企業は)更にブラッシュアップする努力をするべきだろう。それにより、中長期的な自社の成長に向けた投資家との対話の土台となる統合報告書というツールを手に入れるとともに、社内の意識改革も進むという一石二鳥の効果が期待される。