議決権行使助言会社最大手のISS(Institutional Shareholder Services Inc.)は8月2日、機関投資家をはじめとする市場関係者を対象に、2019年2月から施行する2019年版の議決権行使助言方針(ポリシー)の改定に向けたサーベイを開始した。今回のサーベイは、ポリシー改定の方向性を決めるにあたり、市場関係者の意見を聞くことを目的とするもの。ISSは本サーベイの結果を踏まえて、10月に2019年版ポリシーの原案を公表した上で、改めてオープンコメントを募集するとしている。
本サーベイには、①グローバルなテーマに関するもの(会計監査人の独立性、取締役会のジェンダーダイバーシティーなど)と、②各地域に対応したローカルなテーマに関するものの2つのパートがあるが、①については8月24日、②については9月21日が意見募集の期限とされており、日本市場向けサーベイは後者(②)に属する。
今回、日本向けサーベイのテーマとされたのが、「バランスシート・マネジメントの評価」と「株式持ち合いと役員の独立性」の2つだ。前者は、今年(2018年)6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)で初めて「資本コスト(*)」の把握が求められたことを受け(【原則1-4.政策保有株式】【原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表】)、資本コストへの意識を高めることを求めるテーマであり(バランスシート・マネジメントについては、【2016年7月の課題】目指すべきB/Sのイメージ 参照)、後者は改訂CGコードが求める「政策保有株式の縮減」に関連したテーマと、いずれも改訂CGコードを念頭に置いたものとなっている。
バランスシート・マネジメント : 事業のリスク・リターンを反映させた自己資本(株式)と有利子負債のバランスや、手元資金の水準の調整を図ること。
* 企業の間では、改訂CGコードが求める「資本コスト」が
株主資本コストを指すのか、
加重平均資本コストを指すのかとの疑問があるが、この点について東証は、CGコード改訂に先立ち募集したパブリックコメントに寄せられた『原則1-4における「資本コスト」の定義は何か?』との疑問に対し、「「資本コスト」は、一般的には、自社の事業リスクなどを適切に反映した資金調達に伴うコストであり、資金の提供者が期待する収益率と考えられます。適用の場面に応じて株主資本コストやWACC(加重平均資本コスト)が用いられることが多いものと考えられます。」と回答している(
52ページ「215」参照)。
株主資本コスト : 経営陣(取締役)の使命は、基本的に「株主から預かった資金(株主資本)を元手に展開する事業から獲得するキャッシュ・フローが“株主の期待利回り”を上回ること」にあり、ここでいう“株主の期待利回り”を「株主資本コスト」という。
加重平均資本コスト : 銀行等(債権者)が企業に対し要求する期待利回りが「有利子負債コスト(金利)」であるが、株主と債権者では資金提供リスク(将来獲得できるキャッシュ・フローの不確実性)が異なるため、両者が要求する期待利回りも異なる(通常は株主のリスク(不確実性)の方が高いとされている)。そこで企業全体としての資金調達コストは、両者の期待利回り(「株主資本コスト」と「有利子負債コスト(金利)」)を資金提供額に応じて加重平均することにより算定する。この資金調達コストが「加重平均資本コスト(英語ではWeighted Average Cost of Capital=WACC」であり(通称はワック)、これを上回るキャッシュ・フローの獲得こそが、投資家が経営陣(取締役)に求めているものと言える。加重平均資本コスト(WACC)は資金提供者が要求する最低限の期待利回り(期待収益率)であるため、「ハードル・レート」とも呼ばれる。
以下、それぞれについて見てみよう。
① バランスシート・マネジメントの評価
現在、ISSはバランスシート・マネジメントに問題がある企業を測る指標として自己資本利益率(ROE)を掲げているが、これに加えて「新たな指標」を採用すべきか否かを本サーベイは問いかけている。新たな指標の例としてISSは以下の2つを挙げている。いずれの指標も、仮に採用されれば、ROEと同様、これを満たせなければ「経営トップである取締役」の再任議案への反対推奨へとつながることが予想される。
ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)
〇「ネットキャッシュ(現預金-有利子負債)+有価証券」が決算期末時点での時価総額と同規模の場合
要するに、「株式の時価総額」が「ネットキャッシュ(現預金-有利子負債)+有価証券」(会社解散時に確実に現金化可能な財産)と同程度でしかないということであり、投資家が事業の価値を一切評価していない状態を指す。
〇株価純資産倍率(PBR)が過去5年連続で1.0を大幅に下回る場合
PBRが1倍を大幅に下回る場合とは、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりする状態であり、ここではそれが5年続いているという危機的な状況を指す。
PBR : 株価 ÷1株当たり株主資本
② 株式持ち合いと役員の独立性
現状、自社が政策保有株式として株式を保有している企業(被政策保有企業 ※ISSのサーベイでは「政策保有株式銘柄企業」と称している)の出身者は、ISSの独立性基準(2018年版 日本向け議決権行使助言基準7ページ参照)に抵触しないこととされている(正確には、独立性に抵触するケースとして例示されていない)。本サーベイは、改訂CGコードが政策保有株式の縮減を求め、資本コストと個別の政策保有株式の保有便益・リスクが見合っているかの検証が求められていることを受け、今後は「政策保有株式銘柄企業の出身者」もISSの独立性基準に抵触する者として取り扱うべきか否かを問うもの。仮に「独立性基準に抵触する」との結論となった場合、指名委員会等設置会社の社外取締役および指名委員である取締役(*)、監査等委員会設置会社の監査等委員である社外取締役、親会社・支配株主がいる監査役設置会社の経営トップ(*)の再任議案に影響が生じることになる。
* いずれのケースにおいても、ISS独立性基準を満たす社外取締役が2名いなければ、反対推奨される。
上記のいずれかのポリシー改定が実現しただけでも、少なからぬ上場企業の株主総会において反対票の増加につながることが予想される。上場企業の経営陣としては、手元現預金や持ち合い株式の水準を確認したうえで、その縮減および有効活用を検討するとともに、自社の財務戦略に理解を得るためのエンゲージメントを実施する必要があろう。今回のポリシー改定が実現した場合、国内外の機関投資家もISSと問題意識を共有し、同じような議決権行使基準の見直しを行ってくる可能性もある。
また、現在、上場企業の多くは、本年12月末までに提出が求められる改訂CGコードに基づくコーポレートガバナンス報告書の作成に向け、改訂コードへの対応を進めているところとみられるが、2019年版ポリシーの改定に向け【原則1-4.政策保有株式】【原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表】に対するISSの高い問題意識が明確になったことを踏まえ、両原則への対応は特に慎重に行う必要があろう。