近年、経営陣と株主との間で配当決定権限を巡り議論があるが、定時株主総会に提出予定だった剰余金の配当案を取り下げ、同一内容の配当を取締役会で決議するという異例の対応をとったのが、東証スタンダード市場に上場するアクセスグループ・ホールディングスだ。
同社は2025年5月15日付で、「本日開催の取締役会において、2025年6月25日に開催予定の第36期定時株主総会に、2025年3月31日を基準日とする剰余金の配当(期末配当)及び剰余金の処分について付議することを決議いたしました」とのリリースを出していた。ところが、2025年5月30日になって、剰余金の配当について当初予定していた株主総会への付議を取り下げ、同内容の配当を「取締役会」で決議する旨を改めてリリースしている。その他資本剰余金を原資として30円を配当するということに変わりはなく、あくまで「決定機関の変更」に過ぎないが、その経緯と背景をたどると、ガバナンス上の重要な論点が見えてくる。
その他資本剰余金 : 会社にとっての“余剰金”である剰余金は、(1)増資などの資本取引により得た金額のうち資本金に組み入れていない金額である「資本剰余金」と、(2)企業活動で得た利益のうち、株主に還元(配当、自己株式の取得)せずに社内に留保してきた金額である「利益剰余金」に分けられるが、これらの剰余金をすべて配当してしまうと、債権者保護の観点から問題があるため、会社法では、これらの剰余金のうちの一部を、それぞれ「資本準備金」「利益準備金」として積み立てることを求めている(両準備金を合わせて「法定準備金」という)。資本剰余金から資本準備金を差し引いた金額が「その他資本剰余金」、利益剰余金から利益準備金を差し引いた金額が「その他利益剰余金」であり、これらの合計額は配当が認められる「分配可能額」とされる(厳密には、さらに自己株式等の調整計算も必要になる)。
アクセスグループ・ホールディングスの方針変更のきっかけとなったのが、同社の定款第35条だ。
| (剰余金の配当等の決定機関) 第35条 当会社は、剰余金の配当等会社法第459条第1項各号に定める事項については、法令に別段の定めがある場合を除き、株主総会の決議によらず取締役会の決議により定める。 |
会社法459条1項は、一定の要件(*)を満たす株式会社であれば、定款に定めることで、取締役会が株主総会に代わって剰余金の配当を決議できる旨を定めている。アクセスグループ・ホールディングスは当該要件を満たしており、定款で取締役会に配当権限を付与していた。
配当の決定権限は株主総会にあるのが原則だが、上記のとおり、「取締役会決議で配当を実施できる」という定款の定めを設ければ、株主総会と取締役会の双方が配当決定権限を持つことになる。しかし、アクセスグループ・ホールディングスでは、さらに「株主総会の決議によらず」という文言を明示的に盛り込んでいた。この文言があると、「配当決定権限は株主総会にはなく、取締役会に専属する」という解釈となる。つまり、アクセスグループ・ホールディングスは当初の株主総会付議の決定自体が自社の定款と矛盾していたことに後から気付き、急遽方向転換したとみられる。
上場会社の1割超(下表の栄研化学の「定款変更議案の提案理由」によると12%)が、定款の配当権限の定めに「株主総会の決議によらず」という趣旨の文言を入れている。こういった定款の定めは定款自治で許されるものの、本来株主総会に剰余金処分権限があるにもかかわらず、株主総会から当該権限を奪うものであるとして、株主からの評判は極めて悪い。実際、2025年3月決算会社の定時株主総会では、以下の上場会社が株主から定款変更議案を突き付けられている。
| 企業名 | 提案者 | 定款変更議案の提案理由 |
| 日本高純度化学(東証プライム) | HIBIKI PATH VALUE FUND |
定款一部変更の件(剰余金の配当等の決定機関)会社法第459条第1項各号は、剰余金の配当等の原則として株主総会で決議されるべき事項を規定するものです。当社は定款第44条により、これらの事項について、本来的に権限を有する株主総会の権限を排除しつつ取締役会の権限としております。会社の所有者は株主であることを再確認し、会社法が「原則として株主総会で決議する事項」と定めているものは、株主総会で決議するべきであると考えます。なお、本提案の変更案においても、取締役会が剰余金の配当等を決議することは可能であり、当社の取締役会が機動的に剰余金の配当等を実行することは制度的に確保されております。したがって、現行定款は、本提案の変更案と比較すると、株主総会の権限を排除することを目的としたものです。このような株主総会の権限の排除には合理性がないことから、本議案の提案をする次第です。 |
| 栄研化学(東証プライム) | AVI JAPAN OPPORTUNITY TRUST PLC |
会社法上は剰余金の配当等の決定権限は株主総会にあることが原則であるところ(会社法454条1項)、当社の現行定款は、剰余金の配当に関して株主総会での議論を排し、配当決定権限を取締役会に専属的に付与しています。これは、当社取締役会が株主の意思を適切に理解し、配当政策に反映させる重要な機会を失わせるものです。また、2023年7月から2024年6月までに行われた株主総会に関する調査(商事法務研究会編「株主総会白書2024年版」商事法務2376号43頁以下)によれば、回答上場会社1,902社のうち、取締役会に剰余金の処分権限を専属させている会社は233社(12.3%)に過ぎないとのことであり、剰余金の処分について株主総会決議によることを排除する旨の規定を設けている上場企業は全体の八分の一と、ごく稀です。これらの点に鑑みつつ、同時に、当社取締役会が危機管理時などにおいて資本政策の機動性にも配慮できるよう、現行定款第39条第3項「当会社は、会社法第459条第1項各号に掲げる事項を株主総会の決議によっては定めない。」を削除することを提案します。これにより、定款変更後は、株主総会と取締役会の双方において、剰余金の配当等の決定権限が併存することとなりますので、株主の意思の反映及び資本政策の機動性の双方に配慮した規定となります。 |
| ステラケミファ(東証プライム) | Nippon Active Value Fund plc |
当社では定款の定めにより、剰余金の配当等の決定機関は取締役会の決議によって定めるとしており、剰余金の配当等の株主の権利を制限するものです。よって、剰余金の配当等の決定機関を取締役会の決議によって定めることに加え、株主からの提案がある場合には株主総会の決議によって定めることができるよう定款変更すべきです。 |
| 企業名 | 提案者 | 定款変更議案の提案理由 |
| 日阪製作所(東証プライム) | 個人 | 当社の事業活動の現状に即し、十分な株主還元を実現するため、株主の意思を反映するべく、現行定款第34条を削除し、会社法第459条第1項各号に掲げる事項を株主総会の議決によって定めることとするべきです。 |
| ミツバ(東証プライム) | 個人 | 取締役会の議決をもって配当金に関して決定することには、『株主の意思』が全く反映されていない。1株当たり「3円(2022年3月期)」、「3円(2023年3月期)」、「6円(2024年3月期)」、そして、「10円(2025年3月期予定)」は、『十分な株主還元』又は『株主重視』と言えるのであろうか。 |
| クレスコ(東証プライム) | STICHTING DEPOSITARY ASCENDER GLOBAL VALUE FUND |
会社法上は剰余金の配当等の決定権限は株主総会にあることが原則であるところ、当社の現行定款は、剰余金の配当に関して株主総会での議論を排し、配当決定権限を取締役会に専属的に付与しています。 これは、当社取締役会が株主の意思を適切に理解し、配当政策に反映させる重要な機会を失わせるものです。2023年7月から2024年6月までに行われた株主総会に関する調査(商事法務研究会編「株主総会白書2024年版」商事法務2376号43頁以下)によれば、回答上場会社1,902社のうち、取締役会に剰余金の処分権限を専属させている会社は233社(12. 3%)に過ぎないとのことです。 これらの点に鑑み、当社が最高のコーポレートガバナンスを遵守していることを確実なものとするため、提案者は、定款第43条を削除することを提案します。同条の削除により、取締役会が剰余金の配当等に関する決定権を失い、代わりに株主総会がこれらの決定機関となります。この定款変更は、当社が資本政策の管理に関し、株主の意思に厳格に従うことを確保することになります。 |
| 淀川製鋼所(東証プライム) | INTERTRUSTTRUSTEES (CAYMAN)LIMITEDSOLELYINITSCAPACITYASTRUSTEEOFJAPAN-UP および株式会社ストラテジックキャピタル |
本件は、期末配当の決定機関を株主総会とすることを企図した提案である。当社は、配当を株主総会の決議によらず取締役会の決議により定めるものとしているが、当社の株価は長期的に低迷しており、取締役会が株主価値の向上に資する経営を行っているとは言い難い。当社の中期経営計画における株主還元方針は「年間配当金200円以上」「連結配当性向75%以上」だが、当社の自己資本比率は2024年12月末現在で、約72%と非常に高く、これ以上自己資本を増加させてもROEが低下するだけである。当社のPBRは過去25年間、解散価値である1倍を安定して上回った期間が一度もないが、これはROEが株主資本コストに満たないことが主因である。そのため、配当の決定機関を株主総会とすることでガバナンスを改善させると共に、ROE向上、株主資本コスト低下等、株主価値の向上に資する経営方針へ転換すべきである。 |
このような株主提案に対して取締役会はどのように反論をしているのだろうか。栄研化学の取締役会による反論は以下のとおりだ。
| AVI定款変更議案に対する当社見解 当社は、日本企業に社外取締役が十分に普及していなかった2005年に、いち早く「委員会等設置会社」(2014年に現在の「指名委員会等設置会社」に名称変更されております。)に移行し、独立社外取締役を中心とした取締役会において経営陣を監督するいわゆる「モニタリングボード」を有する会社として、取締役会の監督機能を強化してまいりました。実際、現在の当社の取締役会の構成は、本総会前において、取締役8名のうち5名が独立社外取締役(女性取締役1名)であり、本総会において当社が提案する取締役の選任議案が承認可決された場合には、取締役10名のうち7名が独立社外取締役(女性取締役2名)となり、一層のモニタリング機能の強化が実現するなど、モニタリングボードを前提としたガバナンス体制強化への先進的な取り組みを常に進めております。委員会等設置会社については、2002年商法改正において、社外取締役が過半数を占める指名委員会と報酬委員会の活動によって取締役会の監督機能が高められることから、利益処分についても株主の利益を反映した「厳正な審査」を期待できることを理由に、原則として、取締役会においてのみ自己株式取得等の利益処分を決議できる旨の規定が設けられ、モニタリングボードを有する会社においては、監督機能が担保されている取締役会において機動的な経営判断・経営資源の分配を行うことが指向されることとなりました。かかる規定の趣旨は会社法にも承継されており、取締役会の監査権限が充実している指名委員会等設置会社などにおいては、所定の要件を満たすと共に定款に定めることを条件として、株主総会ではなく、取締役会においてのみ自己株式取得等の利益処分を決議できることとし、監督機能が担保されている取締役会において機動的な経営判断・経営資源の分配を行うことを指向するという趣旨は維持されていると考えられます。たしかに、一部の機関投資家株主が主張するとおり、株主の権利を拡大するAVI定款変更議案に反対することを単独で見れば、株主の権利の制限に繋がるとの指摘を否定することはできないものと考えております。しかし、上述の会社法の趣旨を斟酌すれば、独立社外取締役の比率や機関設計を考慮することなく、剰余金の配当等の決定権限について取締役会に専属させることを株主の権利の制限であるとして、一律に否定することは、独立社外取締役に監督を委ねるモニタリングボードの普及を妨げかねない面があり、ひいては上述の会社法の趣旨を阻害しかねないと考えております。実際にこの観点から、機関投資家の中では、モニタリングボードの普及・活用を促進するため、社外取締役を中心に構成されたモニタリングボードを有する企業に対して業務執行に係る業績基準や資本配分等に関する議決権行使の反対ガイドラインの適用を見送り、モニタリングボードに経営の監督を委ねるとの考えが明確化されていると当社は認識しております。当社はモニタリングボードを有する指名委員会等設置会社として、機関設計や社外取締役比率の面から監督機能を担保するのみならず、本総会後に取締役会の議長を社外取締役とすることや、監査委員会、指名委員会、報酬委員会の3委員会の委員を社外取締役のみで構成することを検討しているなど、より一層のガバナンス体制強化を進める予定です。このような観点からも、高度な監督機能が担保された当社取締役会において、経営方針・経営戦略を十分に考慮した上で機動的な経営判断・経営資源の分配を行うことが可能な現行の定款規定が適切であり、同規定の下、当社取締役会に剰余金の配当等の利益処分を一任いただければ、機動的な経営判断・経営資源の分配の実施により中長期的な企業価値及び株主価値の向上を実現することが可能であるものと考えております。以上のような観点から検討を重ねた上で、当社取締役会としては本年5月13日にAVI株主提案に対して反対の意見表明決議を行っております。今後も、本総会に向けて機関投資家の皆様や議決権助言会社等のご理解を得られるよう引き続き努めてまいります。 |
長文に圧倒されるが、要約すると「モニタリング・ボード(監督機能重視の取締役会)化に努めるので配当まで任せてほしい」という内容となっている。しかし、こうした反論は「株主の意思反映」を求める提案に対して説得力に欠けるという指摘もある。実際、株主側の提案は「取締役会の権限を奪う」ものではなく、「株主総会と取締役会双方に権限を持たせる」という機動性とガバナンスの両立を志向したものとなっているからだ。
2020年には、みずほフィナンシャルグループが株主提案を受け入れる形で定款を改正し、「株主総会と取締役会双方に権限を持たせる」ことが可能な設計に変更した前例があるが、その際の同社の提案理由は以下のとおり(みずほフィナンシャルグループの2020年3月期の定時株主総会招集ご通知はこちら)。
| 本議案は、剰余金の配当等について、引き続き、取締役会で決定することに加え、株主の皆さまからのご提案がある場合には株主総会で決定できるよう定款の変更を行うものであります。 当社では、定款の定めにより、剰余金の配当等の決定機関を株主総会ではなく取締役会としております。これは、国際的な金融規制の遵守が求められている当社が、自己資本比率を高めつつ、株主還元を充実させていくためには、高い監督機能と高度な専門性を有する取締役会で剰余金の配当等を決定することが、株主の皆さまの中長期的な利益の最大化につながるとの考えに基づいております。 バーゼルⅢ規制が2017年に最終化され、規制強化に係る不透明感が低下してきたことに加え、当社では着実に資本蓄積が進み、自己資本の充実が図られてきております。他方で、企業と株主・投資家の皆さまとの関わり方に変化が生じ、株主の皆さまのご関心も、これまで重視されてきた事業戦略や資本政策に留まらず、責任投資に代表されるサステナビリティの視点など様々な角度からの持続的企業価値向上へと深化してきております。こうした変化を受けて、当社では、特に株主還元の拡充や成長投資への充当などの資本の使い方について、株主の皆さまのご意見をしっかりとお伺いし、建設的な対話をさせていただくことが、これまで以上に大切になってきていると考え、定款の変更を行うものであります。 |
一方、株主は次のとおり提案理由を説明している。
| 当社はH26年の委員会設置会社への移行時の定款変更に於いて、配当の決定機関を取締役会に変更したが、これは、無関係な内容を定款変更議案に紛れ込ませた悪質な行為である。この事は、三菱UFJと三井住友FGが委員会設置会社への移行後も配当の決定機関を株主総会のままにしている事で明白である。当社は、株主が配当に関する意思表示を株主総会で行う権利を奪ってしまった。株主が配当水準に不満であれば任期1年の取締役を再任しなければよい、との反論はナンセンスである。配当水準には不満だが取締役交代までは必要無いと考える株主も多くいると思われ、その様な株主から配当に関する意思表示の機会を奪うのは理不尽である。取締役会で配当額を決める事も可能だが、株主も配当に関する株主提案が可能で、どちらが望ましいかを株主が総会で決定できる様にすべきである。なお当議案はH29年の当社総会でISSが賛成推奨し、43%の賛成を得ている。 |
会社側・株主側のいずれも説得的な提案理由と評価できる。
最終的には、各社のガバナンス方針と株主の価値観次第ではあるが、配当の決定権限を巡って争いになった場合には、投資家との建設的な対話を重視する観点からも、株主の関与余地を一定程度残す方向に議論が進む可能性が高いと言えよう。



