2025/06/25 改訂SSコード、パブコメに寄せられた意見に対する金融庁の考え方(会員限定)

金融庁が進めるスチュワードシップ・コード(以下、SSコード)の改訂では、2025年4月20日にパブコメの募集が終了したところだが、近く公表される見込みの確定版、確定版と同時に公表される「スチュワードシップ・コードの第三次改訂に当たって」、パブコメに寄せれた主な意見とそれに対する金融庁の回答が当フォーラムの取材により判明した。

今回の改訂のポイントは①実質株主の透明化、②協働エンゲージメントの推進、③SSコードのスリム化、④議決権行使助言会社の体制の4点だが(2025年2月18日付のニュース「速報 スチュワードシップ・コードの改訂内容が判明」参照)、パブコメに付された改訂案と確定版を比較すると、変更点はない。ただ、SSコード改訂前の「スチュワードシップ・コードに関する有識者会議」(以下、有識者会議)の最終会合からパブコメまでに書き振りが変更になった部分がある。主なパブコメの内容とそれに対する金融庁の回答および「スチュワードシップ・コードの第三次改訂に当たって」で示された対応とともにお伝えする。


実質株主 : 議決権行使を指図しているが株主名簿には記載されない者

① 実質株主の透明化
実質株主の透明化については、法務省の法制審議会で会社法上の「実質株主確認制度」の創設に関する議論が行われる前に、まずはソフトローであるSSコードに新たな指針として下記の4-2が追加されている。

指針4-2
投資先企業との間で建設的に対話を行うために、投資先企業からの求めに応じて、自らがどの程度投資先企業の株式を保有しているかについて企業に対して説明すべきであり、投資先企業から求めがあった場合の対応方針についてあらかじめ公表すべきである。

パブコメでは、法制上の手当てがない中でSSコードに指針を新設することへの違和感から、「照会者の真正性はどのように担保するのか」との意見が寄せられたが、金融庁の回答は「通常の実務慣行に照らし適切な方法」で担保するといった漠然としたものにとどまっている。

企業から機関投資家に対して照会があった場合の回答の基準時点については、「『投資先企業との建設的な対話』に資するという趣旨に合致する限りにおいて、各機関投資家の判断に委ねられる」とされた。また、上記SSコードの太字部分「投資先企業から求めがあった場合の対応方針」の内容について金融庁は、「各機関投資家の置かれた状況に応じて検討いただくことが望ましいものと考えられますが、例えば、以下の項目について公表することが考えられます」と述べ、下記の項目を例示している。

・回答の基準時点
・回答可能な頻度
・回答までに要する期間
・照会者の真正性に関する確認方法
・その他、照会に当たっての留意事項等
※上記に限るものではなく、また、運用を通じて公表すべき内容を適宜アップデートされることが望ましいことに留意する必要があります。

② 協働エンゲージメント
元々、協働エンゲージメントに関する議論はこれをポジティブに捉え、SSコードに盛り込むべく始まったものだが、内外からネガティブな意見が多数表明され、今回の改訂では、協働エンゲージメントについて現行SSコードでは「有益な場合もあり得る」とされていたところ、これが「重要な選択肢である」という表現に変更されるにとどまっている(下記の太字部分)。

指針4-6
機関投資家が投資先企業との間で対話を行うに当たっては、単独でこうした対話を行うほか、他の機関投資家と協働して対話を行うこと(協働エンゲージメント)も重要な選択肢である。対話のあり方を検討する際には、投資先企業の持続的成長に資する建設的な対話となるかを念頭に置くべきである。

金融庁が改訂SSコードの確定版と同時に公表する「スチュワードシップ・コードの第三次改訂に当たって」には、パブコメを踏まえた対応として、以下の内容が盛り込まれる。協働エンゲージメントに対するネガティブな意見に配慮したものと言える。

「機関投資家が協働エンゲージメントを行うに当たって留意すべき点」については、以下を含めた複数の意見を頂いた。
・ 機関投資家が協働エンゲージメントを行うに当たっては、参加自体を目的とするのではなく、機関投資家及び投資先企業の双方にとって合理的なものとなるよう留意すべき
・ 機関投資家は、協働エンゲージメントを行う複数の機関投資家が保有する株式の合計数を背景として、その要求を通そうとする高圧的な対話を行うべきではなく、特に短期的な利益を得るための手段としてこれを行うべきではない
・ 投資家の課題認識の考え方、背景や理由が記述された文書であるエンゲージメントレターを投資先企業に送付することが有意義な場合もある
・ 協働エンゲージメントを実施する運用機関の取り組みに対して、インベストメント・チェーンの参加者全体が、適切に評価し支援することが重要
・ 協働エンゲージメントに参加する投資家は、事前に対話内容についてよく認識合わせをし、取締役・経営陣と時間をかけて双方向の対話を行うべき

今後、上記の意見も踏まえながら、実務における事例の収集・共有をはかることが考えられる。

③ SSコードのスリム化
SSコードのスリム化については、上記「スチュワードシップ・コードの第三次改訂に当たって」に「削除・統合・簡略化された箇所についてその趣旨の重要性が否定されるものではないことに留意が必要」との一文が盛り込まれ、負担軽減等の観点から削除等が行われたものではないことが強調されている。

④議決権行使助言会社の体制
SSコード改訂前の有識者会議の最終会合で示された文案がパブコメに付すまでに変更されたのが指針8-2だ。最終会合では以下の改訂を行うことが提案されていた(赤字が改訂箇所)。

8-2 
議決権行使助言会社は、運用機関に対し、個々の企業に関する正確な情報に基づく助言を行うため、企業を含む関係者と意思疎通を行うのに十分な人員を備えた拠点を日本に設置することを含め十分かつ適切な人的・組織的体制を整備すべきであり、透明性を図るため、それを含む助言策定プロセスを具体的に公表すべきである。

最終的な表現は下記のとおり。

8-2
議決権行使助言会社は、運用機関に対し、個々の企業に関する正確な情報に基づく助言を行うため、日本に拠点を設置することにより、企業を含む関係者との意思疎通を実効的に行うのに十分かつ適切な人的・組織的体制を整備すべきであり、透明性を図るため、それを含む助言策定プロセスを具体的に公表すべきである。

一見すると、赤字部分と太字部分は似通っているが、前者が「十分な人員を備えた拠点」を日本に設置することを求めているのに対し、後者では従来通り単に「日本に拠点を設置することにより」という表現となっており、日本の拠点に十分な人員を置くべきというニュアンスは薄れることになった。

以上からは今回の改訂で機関投資家側と企業側の意見がぶつかった形跡が見て取れ、その結果、両者の意見を折衷したような書き振りとなっているところもある。こうした中、実効性ある対話の実現に向けた改訂SSコードの運用面が注目されるところだ。

2025/06/24 社外取締役の増加で見直しを迫られる指名委員会等設置会社のあり方

監査役設置会社から監査等委員会設置会社への移行が広がる一方(2025年5月9日のニュース「監査等委員会設置会社に移行する際の投資家への説明のポイント」参照)、指名委員会等設置会社への移行は伸び悩んでいる。指名委員会等設置会社が東証上場会社全体に占める割合は2025年時点で約2%にとどまり、ここ数年はほぼ横ばいの状態が続いている(「東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2025」66ページ参照)。指名委員会等設置会社が普及しない大きな原因となっているのが、・・・

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2025/06/24 社外取締役の増加で見直しを迫られる指名委員会等設置会社のあり方(会員限定)

監査役設置会社から監査等委員会設置会社への移行が広がる一方(2025年5月9日のニュース「監査等委員会設置会社に移行する際の投資家への説明のポイント」参照)、指名委員会等設置会社への移行は伸び悩んでいる。指名委員会等設置会社が東証上場会社全体に占める割合は2025年時点で約2%にとどまり、ここ数年はほぼ横ばいの状態が続いている(「東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2025」66ページ参照)。指名委員会等設置会社が普及しない大きな原因となっているのが、委員会の権限が強すぎるということだ。現行会社法では、指名委員会および報酬委員会の決定は「最終決定」とされ、取締役会での承認は求められていない。これに対し、会社法の改正を議論する法務省の法制審議会 会社法制(株式・株主総会等関係)部会でも、次のように現行会社法の問題点が指摘されている(2025年4月23日に開催された同部会の参考資料2の17ページ参照)。

指名委員会等設置会社は、モニタリングモデルを志向する企業になじむ機関設計と考えられている。しかし、(中略)、社外取締役が取締役の過半数を占める場合でも、指名委員会・報酬委員会の決定を覆すことができない点で、モニタリングモデルを志向する企業においても使いにくい制度となっているとの指摘が見られる。


モニタリングモデル : 取締役会が経営の監督に専念し、業務執行は経営陣に委ねるというコーポレートガバナンスの枠組み。

もっとも、このような問題は指名委員会等設置会社(制度創設当初の名称は委員会等設置会社)という機関設計を創設する際に分かっていたはずだ。それにもかかわらず最近になって問題がクローズアップされることになった背景には、社外取締役の増加がある。

東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2025によると、指名委員会・監査委員会は「3人で構成。うち1人が社内取締役」という構成が主流となっている(東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2025の58ページ以降参照)。現行会社法上、指名委員会等設置会社では各委員会の委員の数は3人以上、その過半数は社外取締役でなければならないとされていることから、「3人で構成。うち1人が社内取締役」という構成は、会社法上の要件を“最少人数”でクリアすることを意図していると言える。会社法がこのような制度設計としたのは、2003年の制度創設当時は社外取締役の人材プールが乏しかったという事情を踏まえたもの。しかし、近年は社外取締役の登用が一般化し、1社あたりの社外取締役の人数は大幅に増加している。その結果、取締役会自体の独立性が高まっており、それとともに、一部の取締役だけで構成される機関に重要事項の決定権が集中することに対し、「ガバナンス上の妥当性に疑問がある」といった声が高まっている。特に重要な人事決定権を有する指名委員会に対する風当たりは強い。

法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会では、下記のとおり制度の見直しに否定的な意見もある(2025 年4月23日の同部会に経済産業省が提出した参考資料2参照)。

・委員会の構成を柔軟に設計することで、現行法の範囲内でも運用上の工夫で対応可能。
・実際には多くの企業が、監査等委員会設置会社や監査役会設置会社で任意の指名・報酬委員会を活用しており、制度の違いによる実務的影響は限定的である。
・この問題は「制度的な課題」ではなく、委員会と取締役会との連携不足や情報共有のあり方といった「運用の問題」に過ぎない。

しかし、2025年6月13日に開催された閣議で決定された石破内閣の「経済財政運営と改革の基本方針 2025」には以下の一文が盛り込まれている。これは、制度を見直すという政府方針が明確化されたことを意味する。

指名委員会等設置会社の機関設計について、取締役会の指名機能強化の重要性が高まっていることを踏まえ、問題点を解消する改良案の策定及び立法化に向けた検討を早急に進める。

モニタリング・ボードを目指すのであれば指名委員会等設置会社が最も理に適っているというのが多くの機関投資家の意見であり、そのような意見を持つ機関投資家は、監査等委員会設置会社は指名委員会等設置会社に移行するまでの過渡的な機関設計にすぎないと捉えている。制度の建付け次第では機関設計の変更が一気に進むことは、監査等委員会設置会社で証明済み。まずは制度の見直しの中身が注目されるところだ。

2025/06/23 日本版SSコードにも影響 英国SSコード2025年改訂のポイント【後編】

日本におけるスチュワードシップ・コード(以下、SSコード)の改訂に先立つ6月3日に公表された英国SSコードは、日本版SSコードの改訂論議にも大きな影響を与えたのみならず、今後の更なる改訂における方向性を示唆している。本稿では、2025年6月19日にお伝えした【前編】に続き、英国SSコードの注目すべき改訂ポイントをお伝えする。・・・

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2025/06/23 日本版SSコードにも影響 英国SSコード2025年改訂のポイント【後編】(会員限定)

日本におけるスチュワードシップ・コード(以下、SSコード)の改訂に先立つ6月3日に公表された英国SSコードは、日本版SSコードの改訂論議にも大きな影響を与えたのみならず、今後の更なる改訂における方向性を示唆している。本稿では、2025年6月19日にお伝えした【前編】に続き、英国SSコードの注目すべき改訂ポイントをお伝えする。【前編】でお伝えした「(1)スチュワードシップの定義」と並び押さえておきたいのが、以下の2点だ。

(2)原則数の大幅な削減
2019年改訂版の原則(Principle)の数は、機関投資家向けが12、議決権行使助言会社などサービス業者向けが6の合計18に達しており、その細則も「背景(Context)」「活動(Activity)」「成果(Outcome)」と詳細にわたっていた。これに対し2025年改訂版においては、機関投資家向けが6、サービス業者向けが4の合計10まで削減され、細則も「報告方法(How to report)」のみとシンプルな構成に再編された。署名機関の報告負担を軽減するものとなっている。下記は「スチュワードシップと投資の統合」に関する原則の比較である。

2019年改訂版 2025年改訂版
原則5
署名機関は、重要な環境、社会、ガバナンス問題を考慮し、顧客によるスチュワードシップと投資の統合を支援し、どのような活動に取り組んでいるかを報告する。
報告に関する期待事項
背景
署名機関は、顧客基盤の内訳(例えば、機関投資家と個人投資家、地理的分布など)を開示する必要がある。
活動
署名機関は以下の点を説明する。
• サービス提供者の事業内容に応じて、自らのサービスが顧客のスチュワードシップをどのように最大限に支援しているか
• 顧客の意見やフィードバックを求めているかどうか、また、そのアプローチを選択した根拠
• 顧客とのコミュニケーションの方法および頻度
結果
署名機関は以下の点を説明する。
• サービス提供において、顧客の意見やフィードバックをどのように考慮したか
• 顧客とのコミュニケーションとニーズの理解のために選択した方法の有効性、および有効性の評価方法
原則1
署名機関は、顧客および受益者に長期的かつ持続可能な価値を提供するために、スチュワードシップと投資を統合する。
投資プロセスにスチュワードシップを体系的に統合することは、顧客および受益者にとって長期的かつ持続可能な価値創造を促進するために不可欠である。
この原則に基づく報告は、組織においてスチュワードシップと投資がどのように統合されているかを示す。
報告方法
• スチュワードシップ活動において重要、主要なテーマまたは課題、およびそれらをどのように優先順位付けしたか
• 投資スタイル、資産クラス、または地域によって異なっているかどうか、またどのように異なっているか
• スチュワードシップ活動と投資プロセスをどのように統合したか(事例)

今回の日本版SSコードの改訂案も「スリム化/プリンシプル化等の観点からの改訂」を趣旨としており、一部指針の削除や統合、文言の簡素化が実施されている。もっとも、日本版SSコードの原則数は8(今回の改訂前後で変化なし)にすぎず、英国SSコードより少ない。英国のSSコードの原則数は元々7だったところ、2019年の改訂で新たにサービス業者向けの章が加わるなどして18まで急増し、2025年改訂版では一転、10まで削減されたという経緯がある。今回の日本版SSコードの改訂では指針がスリム化されたが、将来的には新たな章の追加など再度の充実が図られる可能性もあろう。


プリンシプル化 : 機関投資家の行動を細かいルールで縛るのではなく、基本的な考え方や理念(プリンシプル)を示し、それに沿った柔軟な対応ができるようにすること。

(3)議決権行使助言会社向けの原則を新設

2019年改訂版の「サービス業者向け原則(Principles for service providers)」には、議決権行使助言会社に特化した記載はなく、別紙において「サービス業者に含まれる」旨が示されているのみだったが、2025年改訂版では新たに「原則2」として、議決権行使助言会社向けの内容が追加された。米国を中心とする議決権行使助言会社に対する規制強化の議論が英国のSSコード改訂議論にも影響したものと考えられる(2023年7月28日付ニュース「米国における議決権行使助言会社への規制強化の最新動向と日本への影響」参照)。

原則2
議決権行使助言会社は、調査、推奨、および議決権行使の実施の質と正確性を確保する。
多くの投資家は、議決権行使プロセスの一環として、調査、議決権行使推奨、および/または議決権行使方針の実施のために議決権行使助言会社を活用している。正確な調査と推奨を顧客に提供することは、顧客のニーズを満たす鍵となる。
この原則に基づく報告は、議決権行使助言会社が顧客の方針をどのように実施し、独自の議決権行使方針を策定し、その結果として推奨を行っているかを示す。
報告方法
• 調査の質と正確性をどのように確保したか。
• 議決権行使方針または標準化された方針をどのように策定したか。これには、策定にあたって顧客やその他の関係者とどのようにエンゲージメントを行ったかも含まれる。
• エンゲージメントを行ったステークホルダー、方法、状況、およびステークホルダーからエンゲージメントの要請があった場合も含め、エンゲージメントを行った経緯

英国SSコードは、原則の遵守(Policy and Context)については「4年ごと」、実際の活動と成果(Activities and Outcomes)については「毎年」レポートすることを求めている。したがって、2025年改訂版施行(2026年)後は、議決権行使助言会社には毎年「どのようにエンゲージメントを行ったか」について説明が求められることになる。2019年改訂版にはISS、グラスルイスともに署名しており、2025年改訂版に対する両社の対応が注目される。

日本版SSコードも、指針8-3において「必要に応じ、自ら企業と積極的に意見交換しつつ、助言を行う」「助言の対象となる企業から求められた場合に、当該企業に対して、前提となる情報に齟齬がないか等を確認する機会を与え、当該企業から出された意見も合わせて顧客に提供する」ことを求めている。英国SSコードにも同様の趣旨の内容が盛り込まれたことで、上場会社から議決権行使助言会社に対するエンゲージメントの要求や、規制当局などによる後押しが強まる可能性がある。特に議決権行使助言会社最大手のISSがどのようなスタンスをとるのか、市場関係者の関心が高まりそうだ。

2025/06/20 【失敗学第132回】三井住友信託銀行の事例(会員限定)

概要

三井住友信託銀行の証券代行営業第二部長が、自行が証券代行業務を提供する3銘柄がTOBを検討しているとの情報をもとに、自己名義でインサイダー取引を行い、29百万円以上の利益を得ていた。

経緯

三井住友トラストグループが2025年5月1日に公表した「調査報告書」等によると、一連の経緯は次のとおり。

2022年
1月:本件で問題となった三井住友信託銀行の元社員(以下、本件元社員)が証券代行営業第二部 営業第一課 課長から、証券代行営業第二部 次長(コンプライアンス担当者)兼営業第一課 課長に昇進した。
12月27日:三井住友信託銀行の証券代行営業第二部の別の社員が、カッシーナよりTOBを実施予定と伝達され、取引先重要情報管理票を作成した。本件元社員は次長として同管理票を確認して押印し、当該重要情報を取得した。本件元社員は、同日から2023年2月2日までの間、カッシーナの株式9,500株(単価886円から978円)を合計8,824,900円で買い付けた。

2023年
2月9日:カッシーナがTOB情報を公表し、カッシーナの株価が上昇を開始。
2月13日:本件元社員は、カッシーナの株式を単価1,218円で売り付け、11,571,000円の売却代金の支払いを受け、2,746,100円の利益を得た。
4月:本件元社員が証券代行営業第二部 部長に昇進した。
7月29日:本件元社員は、JTOWERに係るTOBが実施される旨の伝達を受け行内で作成された取引先重要情報管理票に、部長とし押印し、当該重要情報を取得した。
7月30日:本件元社員は、JTOWERに係るTOB情報を得た日の翌日から同年8月1日までの間、JTOWERの株式12,500株(単価1,518円から 1,683 円)を合計20,088,020円で買い付けた。
8月14日:JTOWERのTOB情報が公表され、株価が上昇を開始。
8月19日:本件元社員はJTOWERの株式を数回に分け、いずれも単価3,600円で売り付け、45,000,000円の売却代金の支払いを受け、24,911,980円の利益を得た。
10月24日:本件元社員は、サンウッドに係るTOBが実施される旨の伝達を受けて作成された「取引先重要情報管理票」に押印して当該重要情報を取得後、すぐにサンウッドの株式の買い付けを開始し、11月1日までの間、3,900株(単価816円から832円)を3,190,300 円で買い付けた。
11月6日:サンウッドのTOB情報が公表され、株価が上昇を開始。
11月9日:本件元社員は、数回に分け、いずれも単価1,246.1円で売り付け、4,859,790円の売却代金の支払いを受け、1,669,490円の利益を得た。

2024年
8月:三井住友信託銀行の証券代行営業第二部長は、3銘柄(カッシーナ、サンウッド及びJTOWER。以下これらを総称して「本件3銘柄」という。)の一部銘柄のFAである証券会社が、東京証券取引所からの依頼を受けて、三井住友信託銀行に対してTOB情報認識者のリスト提出を求め、三井住友信託銀行が自身の氏名を含むリストを提出したことを認識した。証券代行営業第二部長は、知人の紹介を受けて弁護士に相談したところ、調査が入れば発覚する事柄であるとのアドバイスを受けた。証券代行営業第二部長は誤りを正すことを決め、三井住友信託銀行および関係当局に自主的に申告をすることを決心した。
10月30日:三井住友トラストグループおよび三井住友信託銀行は、三井住友信託銀行の証券代行営業第二部長から、三井住友信託銀行が証券代行業務を提供する本件3銘柄を対象として、自己名義でインサイダー取引を行っていたこと等を東京地検に自主申告する旨の報告を受けた。
11月1日:三井住友信託銀行は証券代行営業第二部長を懲戒解雇し、「三井住友信託銀行株式会社の元社員によるインサイダー取引について」をリリースする。
11月12日:三井住友トラストグループが調査委員会を設置する。

2025年
3月24日:証券取引等監視委員会が本件元社員を金商法違反容疑で東京地方検察庁に刑事告発をする。
3月25日:検察が本件元社員を金融商品取引法違反(インサイダー取引規制違反)で在宅起訴する。
5月1日:三井住友トラストグループは調査委員会の調査報告書を公表する。

内容・原因・再発防止策

三井住友トラストグループが2025年5月1日に公表した「調査報告書」等によると、本件不正の内容、原因および再発防止策は次のとおりとされている。

三井住友信託銀行の証券代行営業第二部長によるインサイダー取引
内容 三井住友信託銀行の証券代行営業第二部長(以下、本件元社員)が同行在籍中に入手したTOB情報を基にインサイダー取引を行い、不正に利益を得ていた。
原因 <動機>
・本件元社員は、50歳、51歳になった頃、当時、課長職が長く続いていたことから自身の同行内でのキャリアに限界を感じ、55歳以降の役職定年によって収入が大きく減少する(三井住友信託銀行においては 55歳を境に特別層に移行することで給与が3分の2に下がる)ことを踏まえると、その頃『老後資金2,000万円』も話題になっていた時期であり、自分の計画する資金の形成は困難であると考えた。
・本件元社員は、個別株取引の銘柄を探していく中で、カッシーナに対するTOBに係る重要情報管理票が回ってきた際に、インサイダー取引により利益を上げられると考え、一線を越えてしまった。
・本件元社員は、証券市場の中で多くの取引が行われていることから、一個人の取引はなかなか見つからないであろうと思った。
<正当化>
本件元社員は1999年または2000年頃から、資産形成の一貫として株取引を始めた。個別株取引は、その後の自己売買等に関する規程制定により三井住友信託銀行の社内規程類に違反する行為となったが、本件元社員は個人の経済活動に制限を加える社内規程類の合理性に疑問を持ち、適法な取引を行っている限りにおいては問題ないと考えていた。
<倫理観の欠如>
本件元社員の倫理観が欠如していた。
<人事処分事例の社内非公表などのけん制的施策の不十分さ>
三井住友信託銀行においては、不祥事や社内での人事処分事例を社内で公表するという運用がなされていなかった。そのため、本件元社員は不正行為等を行った場合の結果についての想像力が及んでいなかった。
<インサイダー取引へのけん制的施策の不十分さ>
三井住友信託銀行においては、社員がインサイダー取引を行っていないことについては、誓約書による自己申告によってのみ担保されており、客観的な証拠である証券口座の取引履歴の確認まではなされていなかった。取引履歴の確認は、あくまで自主申告を前提とするものであり、本当は特定の証券口座を持っているにもかかわらず、その存在自体を明かさず、取引履歴を提出しない社員が現れれば、全ての株取引等の状況を把握できるものではないという意味で、インサイダー取引を行う機会は完全に排斥できない。しかしながら、取引履歴の徴求を行うことにより、一定のけん制効果が生じることは見込まれた。
<インサイダー取引防止に向けての社内研修の不十分さ>
三井住友信託銀行では、有価証券等の自己売買等の規制ルールに関する研修は、ルールの理解を通じて、ルールの認識不足によって偶発的に社内規程類違反に該当する取引を行わないようにすることに重点が置かれている印象があり、いわば、過失によってインサイダー取引と疑われる取引を行うことを予防するという点では充実した研修内容であるといえるが、法令違反と認識していながら意図的にインサイダー取引を実行しようとする者に対して、それを思いとどまらせようとすることを狙いとする内容が乏しい研修となっていた。
<取引先重要情報管理票の運用>
三井住友信託銀行において取引先重要情報管理票は、当該重要情報を知った者が漏れなく記載されるものではなく、あくまで部署単位で把握している重要情報を管理し、また、それを集約部署に集めることによって、三井住友信託銀行として政策投資株の売買や社員の自己売買におけるインサイダー取引(と疑われる取引)を行うことがないよう、予防するための仕組みとして運用されていた側面がある。当該重要情報を知る者が誰であるかについて個人単位で証拠に残されていないという状況であったことを意味し、社員が重要情報を目にし、仮にインサイダー取引を行ったとしても、当該情報を知ったことを立証することは必ずしも容易ではないとの認識を生じ得る状況であった。
<ミーティングルームの不足>
三井住友信託銀行ではミーティングルームが不足しており、他の社員がどのようなインサイダー情報を持っているかがどうしても聞こえてくる職場環境であった(本件不正の原因ではなく、調査委員会によるアンケートの回答結果)。
再発防止策 役員・社員教育の再徹底
・経営トップによるインテグリティ(誠実で真摯な倫理観)の重要性等の店部長向け研修の実施、部次長から社員への浸透の徹底
・「性善説」を前提としない研修コンテンツへの見直し(インサイダー取引違反者の末路を事例として紹介し自身の問題として捉えられる内容にする、ルールの趣旨・背景に重点をおいた内容とする等)
・学習者の興味関心を惹きつけるため、動画研修・外部講師等の様々な研修形式の導入
・インサイダー情報に接する可能性の高い部署に配属された社員(特に中途入社者、異動者)に対する研修の実施、強化
牽制的施策の強化
・役員、社員等の株式等の取引状況のモニタリング(定期的な取引残高報告書の確認等)
・人事処分事例の社内公表等による「信賞必罰」の姿勢の明示
・内部通報制度の活用推進
インサイダー情報の管理徹底
・インサイダー情報を取得する機会の多い部署において、個別勉強会の実施等による情報管理の再徹底
・インサイダー情報管理のシステム化(従来は物理的な紙で管理していた)とインサイダー情報への不必要なアクセスの有無等のモニタリングの実施(2025年1月1日よりインサイダー情報管理要領を改定し、重要情報管理票において、当該重要情報を知った者を全て記録する運用へと移行)
その他
より分かりやすい社内ルール、ツール等の整備・多様な社員が多様な役割で活躍できる新人事制度にあたっての丁寧な説明及びキャリア相談制度(社内のコンサルタント資格保有者との1on1の相談制度)の活用
・昇進時におけるコンプライアンスの観点からの評価を強化
・責任の所在を明確化し、役員報酬の減額
<この事例から学ぶべきこと>

三井住友信託銀行において、経営層に位置づけられる部長職の元社員が関与したインサイダー取引事件は、同行内外に大きな衝撃を与えました。調査委員会の報告書には、「ヒアリングの過程でショックを受けた役員・社員等が多数いることが確認できた」との記述があります。中には、部長ですら罪を犯してしまうほど老後資金に不安を抱えているという現状を突き付けられて動揺した社員も少なくなかったことでしょう。

本事件の当事者は、起訴時点で55歳。報告書に生年月日の記載はありませんが、事件当時は52〜53歳であったと推定されます。この年代は、一般的に多くのサラリーマンがキャリアの先行きを見極め、いわゆる「出世の限界」を意識し始める時期でもあります。特に、三井住友信託銀行では、55歳をもって給与が大幅に減額される制度(同行の給与体系では55歳になった従業員は「特別層」に分類され、給与が約66%になります。課長・次長・部長職にあるうちは同制度の対象とならない(あるいは、減給率が緩和される)ものの、職が外れると制度の対象となります)が設けられており、従業員にとっては一つの大きな節目と言えます。

さらに、社会的背景として看過できないのが「老後2000万円問題」です。2019年に金融庁の市場ワーキング・グループが公表した報告書では、高齢夫婦の無職世帯では月平均5万円の赤字が生じ、その不足を補うには20年間で約1,300万円、30年間で約2,000万円の資産取り崩しが必要であると試算されています。こうした現実が、多くの勤労者にとって老後資金への不安を加速させています。

一般的に老後2000万円問題への対応として勧められているのが金融投資ですが、三井住友信託銀行ではインサイダー取引防止の観点から社内規程により個別株への投資が禁じられており、金融投資の選択肢が狭められています。資産形成手段が限定されている状況で、将来への不安が増していく中、「TOB検討中」といった株価上昇が確実視される未公表情報に接した際、倫理的な一線を越える動機が生まれたとしても不思議ではありません。

本件は日常的に他社のインサイダー情報に接している証券代行部門の特殊な事件と捉えるべきではありません。上場企業の従業員であれば、自社のインサイダー情報に接する機会はいくらでもあります。インサイダー取引は、どの上場企業でも起こり得る構造的リスクであり、対応策の充実はすべての上場企業にとっての喫緊の課題と言えます。

なお、調査報告書で紹介された従業員向けのアンケートの回答によると、職場のミーティングルームの不足などにより「他社員が保有するインサイダー情報が自然と耳に入ってくる環境」について指摘がありました(調査報告書107ページ)が、同行が採用した対応策には本指摘への改善策が記載されていないことが気になります。

2025/06/19 日本版SSコードにも影響 英国SSコード2025年改訂のポイント【前編】

我が国では改訂版スチュワードシップ・コード(以下、SSコード)に対するパブコメの募集が2025年4月20日に終了し、近くパブコメの結果公表とあわせて改訂版SSコードが確定する見通しとなっている(改訂の内容については、2025年2月18日付のニュース「速報 スチュワードシップ・コードの改訂内容が判明」参照)。2017年の改訂では「パブコメが2月27日まで、確定が5月29日」、2020年改訂では「パブコメが1月31日まで、確定が3月24日」であったことを踏まえると、早ければ今月中となろう。

一方、日本版SSコード改訂に先立つ6月3日、英国SSコードの改訂版が公表されている。「The UK Stewardship Code 2026」と銘打たれているように、・・・

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2025/06/19 日本版SSコードにも影響 英国SSコード2025年改訂のポイント【前編】(会員限定)

我が国では改訂版スチュワードシップ・コード(以下、SSコード)に対するパブコメの募集が2025年4月20日に終了し、近くパブコメの結果公表とあわせて改訂版SSコードが確定する見通しとなっている(改訂の内容については、2025年2月18日付のニュース「速報 スチュワードシップ・コードの改訂内容が判明参照)。2017年の改訂では「パブコメが2月27日まで、確定が5月29日」、2020年改訂では「パブコメが1月31日まで、確定が3月24日」であったことを踏まえると、早ければ今月中となろう。

一方、日本版SSコード改訂に先立つ6月3日、英国SSコードの改訂版が公表されている。「The UK Stewardship Code 2026」と銘打たれているように、関係者がスムーズに対応できるよう十分な移行期間が設けられており、署名済みの機関投資家などは2025年10月31日までにスチュワードシップ報告書を提出すればよいことになっている。とはいえ、今回の英国SSコード改訂は2019年改訂(2020年施行)以来の大掛かりなものとなっており、日本版SSコードの改訂論議にも大きな影響を与えたのみならず、今後の更なる改訂における方向性を示唆している。そこで本稿では、特に注目すべき改訂ポイントとして3点をピックアップし、前・後編に分けてお伝えする。

(1)スチュワードシップの定義

冒頭のイントロダクションにおいて、英国SSコードにおける「スチュワードシップ」の定義が明示されている(5ページ)。2019年改訂版と比較すると、「環境、そして社会(the environment and society)」という文言がカットされ、代わりに「持続可能な(sustainable)」という文言が挿入されている。これは、米国トランプ政権下における反ESGの流れを受け、米国系の機関投資家が英国SSコードへの署名を躊躇しないで済むよう配慮したものと考えられる(反ESGの流れについては2024年11月26日付ニュース「第二次トランプ政権で反ESGの流れは強まるのか?」参照)。以下は当フォーラムによる仮訳である。

2019年改訂版 2025年改訂版
スチュワードシップとは、顧客と受益者のために長期的な価値を創造し、経済、環境、そして社会にとって持続可能な利益をもたらすために、責任ある資本配分、管理、そして監督を行うことである。 スチュワードシップとは、顧客と受益者のために長期的かつ持続可能な価値を創造するために、責任ある資本配分、管理、そして監督を行うことである。

これに対し、日本版SSコードの改訂案におけるスチュワードシップ責任の定義には、下記のとおり「ESG要素」が含まれている(1ページ冒頭『「責任ある機関投資家」の諸原則 ≪日本版スチュワードシップ・コード≫ について』)。

本コードにおいて、「スチュワードシップ責任」とは、機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解のほか運用戦略に応じたサステナビリティ(ESG 要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、「顧客・受益者」(最終受益者を含む。以下同じ。)の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味する。

日本企業のESGへの取り組みについては、ダイバーシティや人的資本など未だ多くの課題が残されていることもあり、現時点では日本版SSコードがESGを重視していることに対して異を唱える声は少ない。ただ、今後は米系をはじめとするグローバル機関投資家のスタンスに変化が生じる可能性はあるため、上場会社としては注意しておく必要があるだろう。

後編に続く】

2025/06/18 配当の決定権限はどの機関が持つべきか

近年、経営陣と株主との間で配当決定権限を巡り議論があるが、定時株主総会に提出予定だった剰余金の配当案を取り下げ、同一内容の配当を取締役会で決議するという異例の対応をとったのが、・・・

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