上場企業で不正会計があった場合、企業が役員に対し損害賠償を求めることは珍しくない。本質的には不正会計の責任は金額の多寡の問題ではないとはいえ、裁判となった場合、役員の損害賠償責任が認められるかどうかの判断上、金額の重要性も争点となる。そのボーダーラインを示したのが、東芝が不適切会計事件を巡り元役員らに対して損害賠償を求めていた訴訟の控訴審だ。
東京高裁は令和7年3月19日、元役員ら3名に連帯して1億円から2億円の損害賠償を命じた一審判決を取り消したうえで、東芝の訴えを斥ける判決を下している。東京高裁は「引当金の計上不足」を認定したものの、当該引当金の会計処理が投資者の判断に与える影響という観点から、「東芝の企業規模に照らせば、有価証券報告書等に重要な事項について虚偽の記載をしたものということはできない」として、(米国)会計基準に違反する違法なものであったということはできないとの判断を示した。
本件の争点は、①東芝の米国連結子会社が受注した地下鉄車両に使用する電機品等の納入や設計に関する請負契約(以下、米国地下鉄案件)、②東芝が受注した高速道路上のETC設備の更新工事に関する請負契約(以下、ETC案件)、③東芝の米国連結子会社が受注した原子力新規プラントの建設に関する請負契約(以下、原子力プラント案件)の3つの案件(以下、3つの案件をまとめて「インフラ案件」)に係る引当金の一部未計上(過少計上)が「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」(会社法431条)に違反する違法なものであったか否かという点と、違法であった場合における元役員らの賠償責任の有無にある。
一審の東京地裁は、インフラ案件について、その時点において会社の置かれた状況の下で合理的に算定されたものと認められる見積値による引当金を計上しなかった東芝の会計処理は米国会計基準に違反する違法なものであったと判断。被告となった元役員ら5名のうち3名は違法な会計処理が行われることを少なくとも認識し得たのであるから、その会計処理を中止または是正させる義務を怠ったものであり、取締役としての善管注意義務に違反したとして、元役員ら3名に連帯して1億円~2億円の損害賠償を命じていた(令和5年3月28日判決 東京地裁の判決文はこちら)。
これに対し東京高裁は、「東芝の企業規模」に照らせば、有価証券報告書等の重要事項について虚偽記載をしたとは言えないとの判断を下している。具体的には、まず米国地下鉄案件について、平成23年度第4四半期末から平成25年度第4四半期末までは引当金を計上(追加計上)した会計処理が米国会計基準に違反する違法なものであったということはできないとした。東京高裁は、平成26年度第1四半期末は約6,430米ドルの損失の発生が見込まれることを前提とした引当金を計上すべきであったところ、計上された引当金額は損失見積額を約38億8,900万円(1米ドル100円で換算すると約3,889万米ドル)とすることを前提としたものであったから、計上された引当金額は本来計上すべきであった額に不足している可能性があると指摘したものの、下記の「東芝の企業規模」に照らせば、これらの引当金に係る会計処理が投資者の判断に影響を与えるという観点から「有価証券報告書等に重要な事項につき虚偽の記載をしたものということはできない」として、米国会計基準に違反する違法なものでとは言えないとの判断を示した。
東芝の概要(判決文中の「前提事実」から抜粋)
原告東芝は、本件対象期間中、大規模かつ多角的な事業を営み、多数の子会社等を抱える企業グループを形成し、年間約6兆円前後の連結決算上の売上高を維持し、20万人前後の従業員を有する巨大企業であった。
【以下、高裁判決で地裁判決を訂正(補正・追加)した部分】
本件対象期間における東芝の連結決算(ただし過年度決算等の修正後のもの)は、次のとおりである。
① 平成20年度 営業損益 損失約3,092億円 税引前損益 損失約3,361億円
② 平成21年度 営業損益 利益約718億円 税引前損益 損失約143億円
③ 平成22年度 営業損益 利益約2,445億円 税引前損益 利益約2,018億円
④ 平成23年度 営業損益 利益約1,149億円 税引前損益 利益約614億円
⑤ 平成24年度 営業損益 利益約921億円 税引前損益 利益約749億円
⑥ 平成25年度 営業損益 利益約2,571億円 税引前損益 利益約1,823億円
⑦ 平成26年度(第1四半期~第3四半期累計)
営業損益 利益約2,018億円 税引前損益 利益約1,882億円
また、東京高裁はETC案件についても、平成25年度第1四半期末には少なくとも約36億円、同年度第2四半期末には少なくとも約45億円、同年度第3四半期末には少なくとも約87億円の損失が発生することを前提とした引当金を計上すべきであったと指摘したものの、米国地下鉄案件と同様、東芝の企業規模に照らせば有価証券報告書等に重要な事項について虚偽の記載をした違法なものとまでは言えないとの判断を示した。
さらに原子力プラント案件についても、平成25年度第2四半期末において工事原価総額の増加見積額を6,900万米ドル(平成25年度第3四半期においては2億9,300万米ドル)とした東芝見積値は、米国会計基準にいう「見積もった金額の中で最も可能性の高い金額」にも「見積もった金額の範囲内で最も低い利益額」にも当たらないとし、平成25年度第2四半期決算において工事原価総額の増加見積額を6,900万米ドル(平成25年度第3四半期においては2億9,300万米ドル)とすることを前提とした会計処理が米国会計基準に違反するものであったとは認められないとの判断を示した。
このように、引当金の計上不足を認定しつつも「違法ではない」とした東京高裁の判断は注目すべきものであり、今後の不正会計事案にも影響を与える可能性がある。ただし、高裁で逆転敗訴した東芝は上告している。地裁と高裁で判断が分かれた本件に最高裁がどのような判断を示すのか、注目される。