ウイリス・タワーズワトソン
経営者報酬部門 コンサルタント 伊藤 竜広
03-3581-6530
tatsuhiro.ito@willistowerswatson.com
何故そのような役員報酬制度としたのか?
最初から結論めいた話ですが、役員報酬改革にあたっては、結局「何故そのような役員報酬制度としたのか」という改革の目的や意義を明確にしておくことが重要です。さもなければ、機関投資家との対話や株主総会で役員報酬改革に関する質問を受けた際に、たちまち答えに窮してしまいます。
これは、業績連動性の高いハイリスク・ハイリターン型の制度設計であっても、あるいは上場市場における標準的な報酬額を目指した相対的にメリハリの大きくない制度設計であっても同様です。コーポレートガバナンス・コード(4-2、4-2①)は「中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させた経営陣の報酬」「中長期的な業績と連動する経営陣の報酬」を求めていますが、同コードのコンプライ・オア・エクスプレインの趣旨に従えば、どのような制度設計を目指すのかは、あくまで個別企業の判断の問題です。各社が現行の制度設計、経営環境・経営状況等を踏まえ、そしてできれば報酬委員会の議論を経て判断すべき問題です。最終的な判断に至るまでのプロセスこそが、そのまま機関投資家等に対する説明材料となります。例えばメリハリの大きくない制度設計であっても、その制度が自社の成長に寄与する最適なものであることや、他社と差別化された自社独自の考え方などが説明できれば特段問題無いと考えられます。全ての企業がすべからく業績連動性の高いハイリスク・ハイリターンの報酬体系にすべきというわけではありません。
もっとも、これまで開示されている各社の株主総会議案を見る限り、報酬額の増加を伴う制度改定が多いようです。大手の議決権行使助言会社の2017年版助言基準を見ても、増加の具体的な理由(例:業績連動性の強化、取締役の増員、等)がある場合における報酬枠の拡大には、これまで同様、肯定的なスタンスとなっています。また、会社法の解釈明確化による報酬としての現物株式の交付の実質的解禁(2016年9月9日のニュース「ストック・オプションか?リストリクテッド・ストックか」参照)、また、平成28年度および平成29年度税制改正における役員給与税制の整備による株式報酬の課税関係の明確化(平成28年度税制改正については2015年12月11日のニュース「ついに日本でも株式報酬の支給が可能に!」、平成29年度税制改正については【特集】2017年度税制改正を踏まえたインセンティブ報酬設計のポイントの「2.損金算入要件の変化」参照)、開示規制の緩和(2016年11月24日のニュース「リストリクテッド・ストックを退職金として支給したら?」の冒頭参照)など、政府がインセンティブ報酬の支給を後押しする中、こうした傾向は今後も続いていくものと思われます。
直近の先行事例は?
3月に株主総会を開催した上場企業(12月決算企業)は絶対数こそ多くないものの、6月総会企業に次ぐ数であることから、その動向は先行事例として参考になるところが少なくありません。
平成28年度税制改正を受け譲渡制限付株式報酬が解禁(平成28年4月1日以後の交付決議分~)となって以降、初めての3月総会シーズンが終わりましたが、3月総会企業のうち時価総額2000位までの197社の株主総会招集通知をチェックしたところ、何らかの役員報酬関連議案(*)を上程した企業は66社ありました。
* 取締役(監査等委員会設置会社における監査等委員である取締役を除く)の報酬枠改定議案、監査役(監査等委員会設置会社における監査等委員を含む)の報酬枠改定議案、賞与の確定金額支給決議議案、退職慰労金支給議案(退職慰労金制度廃止に伴う打切り支給、弔慰金、功労金の支給を含む)、ストックオプション関連議案、株式交付信託報酬関連議案、譲渡制限付株式報酬関連議案等を指す。
そのうち、取締役の報酬枠改定議案(監査等委員会設置会社における「監査等委員である取締役」の報酬枠改定議案を除く)を含んだものは24社ありました。注目される株式報酬関連の議案については、ストックオプション(株式報酬型ストックオプションを含む)関連議案が12社(このうち、業績条件が付されていると判断される議案は2社)、譲渡制限付株式関連の議案が6社(すべて事前(譲渡制限対象期間の開始時)に発行するタイプのもの。このうち、業績条件が付されていると判断される議案は3社)、株式交付信託関連の議案が8社(このうち、業績条件が付されていると判断される議案は6社)となっています。これら3種類の株式報酬関連議案はそれぞれ別の企業によるものであり、重複が見受けられないことから、単純計算で66社中26社(約40%)は、何らかの株式報酬関連議案を上程したということになります。株式関連報酬への関心の高さを示す結果と言えるでしょう。
株式報酬関連議案を上程した企業の中には、3月総会で株式報酬を新規導入するケースもあれば、上記3種類の株式報酬のいずれか、あるいは同じくインセンティブ報酬の一つである株式購入資金から別の株式報酬を導入するケース(ビークルの代替え)もあります。新規導入の場合は、従来の役員報酬にアドオン(追加)する形での導入が多く、既存の金銭による報酬枠とは別に報酬枠を設定しているケースが目に付きます。一方、ビークルの代替えの場合、既存の報酬枠を増額するケースが多いようです。
株式購入資金 : 現金報酬の手取り分から役員持株会等を通じて株式を取得させる方式をとるインセンティブ報酬
ビークル : 「乗り物」から派生し、「媒体」「媒介物」「器」といった意味を持つ。
譲渡制限付株式報酬を導入する理由は?
譲渡制限付株式報酬の導入を検討する際に必ず整理しておく必要があるのは、「何のために譲渡制限付株式報酬を導入するのか」ということです。この点は投資家との対話や株主総会でも質問を受ける可能性があります。
その際にまず説明したいのが、ストックオプションや株式交付信託など同種のビークルと比べると、貰い手である役員が直接かつ即座に株式を保有でき、しかも保有した株式数が有価証券報告書上の役員の持株数にも直ちに反映されるという点です。実はこれだけでも十分な説明材料となり得ます。
A社のように、それまで株式報酬制度が無かった企業に求められるのは、「株主との利害共有」です。役員に一定程度の株式を持たせることの重要性が株主に認識されつつある中で、即座に株式を保有できる譲渡制限付株式報酬の導入は大きなアピールになります。
また、ストックオプションや株式交付信託など別の株式報酬ビークルを採用していた企業にとっても、これを譲渡制限付株式報酬に代えることにより、即座に“株式そのもの”を取得できるようになるという点は、やはりアピールポイントになるでしょう。株主の目にも、譲渡制限付株式報酬には、ストックオプションにおける新株予約権や株式交付信託における擬似ポイントのような“株式になるまでの介在物”がないため、分かり易いと映っているようです。また、譲渡制限付株式報酬はグローバルにおいては一般的なスキームですので、海外の株主・機関投資家にも受け入れられ易いと言えます。実際、例えばストックオプションについて、「そもそも貰い手が権利行使をしないと株式にならない」「事務手続きが煩雑」といった点をもって「分かりにくい」と評する投資家も存在します。
業績条件を付すのか付さないのか?
また、業績条件の有無とその理由についても質問を受ける可能性があります。
ただ、A社のように初めて株式報酬を導入する場合には、業績条件を付さないということも十分に考えられます。すなわち、業績に拠らず譲渡制限の解除を認めることで、株式の売却によって受け取る報酬額はあくまで株価変動によるマーケットの評価に委ね、役員は将来の株価上昇を通じて企業価値向上を目指すということですが、これはこれで問題無いと思われます。むしろ、例えば株式報酬のボリュームが大きくない場合において、さらに業績条件を付して株式の付与数が変動する仕組みとすると、業績低迷時にはあまり多くの株式を役員に持たせられないこととなり、投資家に説明した「株主との利害共有」という導入の目的と矛盾してしまう可能性もあります。逆に言うと、株式報酬のボリュームを一定程度大きくするのであれば、報酬獲得というリターンとそれを得るために負うべきリスクのバランス上、業績条件を付すこととした方が投資家には説明し易いかもしれません。
ただし、平成29年度税制改正により、業績に応じて譲渡制限解除割合が決まる譲渡制限付株式については損金算入が認められなくなったという点は注意が必要です。一方、業績に応じて事後的に株式を発行するタイプの株式報酬(いわゆるパフォーマンスシェア)については、業績連動給与の要件を満たすことで損金算入が可能となりますが、例えば業務執行役員ごとに客観的な算定方法の内容を開示する必要があるなど(個人名の開示は不要。法人税基本通達9-2-19)、詳細な開示が求められることになります。また、業績連動給与の要件を満たすためには、基本的には業績要件を付すしかありません。損金算入可能となる金額にもよりますが、役員報酬の設計においてはこうした税務上のメリット・デメリットも検討する必要があります。
業績連動給与 : その事業年度の利益や株価、売上等に関する指標に基づく「あらかじめ定められた方法」により決定されるもの。複数年度にわたる指標(例えば3年間の平均利益)を採用することも認められる。
以上、投資家との対話や株主総会で質問を受けそうな役員報酬改革の論点について述べてきましたが、最も重要なことは、「経営戦略を反映した業績連動の仕組みが実現できるのか否か」に尽きると考えられます。最初の話に戻りますが、企業は「何故そのような役員報酬制度としたのか」を常に念頭に置く必要があると言えるでしょう。