買収防衛策をめぐる環境は大きく変化
買収防衛策(*1)は2006年から08年にかけて導入が相次ぎ、08年末時点の導入企業は569社に達しました。その後、導入企業は頭打ちとなる一方、有効期限が切れるのに合わせて廃止(非継続)する企業が相次いだため、直近(2016年末)の導入企業は450社まで減っています。
*1 日本で最も活用されている買収防衛策が「ライツプラン」です。ライツプランという名称は、新株を購入する「権利(ライツ)」から来ています。また、毒薬が回って体が弱るようなイメージがあることから、「ポイズンピル(毒薬条項)」とも呼ばれます。
事前警告型ライツプランの基本的な流れは、(1)一定割合以上の株式取得を狙う敵対的な買収者に対し、事前に設定した「猶予期間」中に、買収者自身や買収提案の内容など詳細な情報の提供を要求する、(2)社外役員や有識者などから構成される「独立委員会」が買収提案を精査する、(3)独立委員会の勧告を踏まえて、取締役会が賛成/反対の対応を決定する―――となっています。
買収者がこのプロセスに従わずに買収(一定比率(通常は15ー20%)以上の株式の買付け)を強行した場合、あるいはこのプロセスを通じて買収提案が濫用的と判断された場合には、(3)により取締役会は買収提案への「反対意見」を提示し、必要に応じて対抗措置(新株予約権の発行など)を決議することになります。「濫用的」と見なされる買収行為の典型例として、株式を買い占めた後に高値で買い取ることを要求する、といったことが挙げられます。
この間、ブルドックソース事件(2007年)の発生に加え、持合い解消、機関投資家による議決権行使の活発化、議決権行使助言機関のポリシー変更、日本企業のコーポレートガバナンスの強化など、買収防衛策を巡る環境は大きく変わっています。
ブルドックソース事件 : 米スティール・パートナーズが、ブルドックのすべての発行済株式の取得を目指し公開買付けを公告したのに対し、ブルドックソース社が買収防衛策(新株予約権無償割当)を発動した(スティール・パートナーズは新株予約権を行使できないという差別的行使条件あり)。そこでスティール・パートナーズは裁判所に新株予約権無償割当の差止めを請求したが、最高裁はこの請求を退けている。
議決権行使助言機関のポリシー変更 : 買収防衛策の導入議案については、議決権行使助言会社大手のISS、準大手のグラスルイスとも原則反対のスタンスをとっている。ISSは「独立社外取締役が3分の1かつ2名以上」など形式審査の項目を掲げているが、すべてクリアしても次の個別審査(具体的な株主価値向上施策など)には厳しいスタンスで臨むことになる。グラスルイスも一部の「例外的事案」を除き、基本的に反対である。
通常、買収防衛策の有効期限は3年とされており、有効期限が迫る度に継続か廃止かで悩む企業が多いようです。以下、買収防衛策の意義を確認したうえで、継続か廃止かを判断する際に検討するべきポイントについて解説します。
買収防衛策の意義
まず確認しておきたいのは、買収防衛策が企業(経営陣)を敵対的な買収者から防衛するためのものと捉えるのは誤りであるということです。
上場企業である以上、たとえ敵対的な(=経営陣の同意を得ない)買収だとしても、買収者が株式を買う権利、さらには一般株主が買収者に株式を売る権利を否定することはできない、というのが原則です。一方、買収防衛策が目指すのは「“濫用的な”買収者から企業価値および株主共同の利益を守る」こと、すなわち、株主の権利を濫用することで企業価値を損なうような買収者から一般株主を守ることです。これを踏まえると、買収防衛策の意義は、①買収時の手続きを定めることで十分な時間・情報を確保することと、②潜在的な買収者を牽制することで拙速な買収提案を予防すること、と整理することができます。以下、それぞれについて詳しく説明します。
①買収時の手続きを定めることで十分な時間・情報を確保する
買収防衛策は買収者に対し、一方的な株式の買付けを避け、一連の手続きに従うことを要求します。通常の買収防衛策では、買収者がこの要求に反する場合には新株予約権の割当て(*2)に代表される対抗措置が発動されるように設計されているため、買収者はこの手続きを守らざるを得ません。これにより、取締役会・独立委員会は買収者が濫用的か否かを判断する、あるいは経営陣が水面下で買収者と交渉を行うために十分な時間や情報を得ることができます。
*2 「時価より安い価格で新株を取得する」権利を株主に無償で割り当てる手法。買収者はこの権利を行使できないようにすることで、買収者の持株比率を低下させる効果がある。(株式数が増えることで)1株当たりの株価が安くなるため、保有する株式数の変わらない敵対的買収者は大きな損失を被ることになる。
なお、買収者が手続きに従ったとしても、取締役会が当該買収を濫用的と判断した場合には対抗措置が発動されることになりますが、これに対し、買収者は裁判所に差止請求を行うことが予想されます。しかし、日本では買収防衛策を巡る判例がブルドッグソース事件しかないため(同事件では、買収者による差止請求は認められず)、実際に差止請求が行われた場合に裁判所がどのような判断を下すのか、極めて不透明なのが実情です。したがって、よほど典型的な濫用的買収者でない限り対抗措置の発動は回避し、交渉によって妥協点を模索する方が得策でしょう。
②潜在的な買収者を牽制することで拙速な買収提案を予防する
買収者の立場からすると、買収防衛策を導入する企業との交渉は(1)で言及した手続きに従う必要があるために一定の時間を要することになります。しかも、拙速な買収提案を行った結果として「濫用的な買収者」とのレッテルを貼られてしまうと、対抗措置の発動により経済的な損失を受けるだけでなく、レピュレーションも大きく損なわれることになります。したがって、買収者としては、拙速な買収提案を避け、慎重にならざるを得ないでしょう。
継続・非継続を検討する際のポイント
(1)株主の理解
まず現実的な問題として検討する必要があるのは、株主総会で買収防衛策の継続議案を上程した場合に株主の理解を得られるのか、ということです。
買収防衛策は会社法上の決議事項ではないため、「宣言的決議」として株主の意思を確認することになります。通常は普通決議と同じく過半数の賛成を得られれば可決とされますが、過去には否決されたり、あるいは直前で上程を撤回したりといった事例もないわけではありません。なかには、はじめから否決リスクを懸念して議案の上程を断念し、非継続としたケースもあるようです。また、可決されるにしても、過半数ギリギリでは株主の十分な理解を得たとは言い難いという見方もあります。
買収防衛策の継続議案を株主総会に上程する際には、前回の継続時以降の株主構成の変化、特に持合い解消による安定株主の減少や機関投資家の増加を踏まえ、賛成率がどの程度変化しそうなのか、票読みをしておく必要があります。最近は議決権行使に関するポリシーを公開している機関投資家が増えていますので、票読みの際には参考にするとよいでしょう。
(2)敵対的な買収提案が行われるリスク
次に考えるべきは、敵対的な買収提案が行われるリスクが本当にあるのか、ということです。特にオーナーや政策保有といった安定株主が株主構成の大半を占めている場合にはリスクは低く、買収防衛策を継続すると“過剰防衛”となる可能性もあります。
逆にリスクが高い典型例としては、安定株主が少なく株主に機関投資家が多い企業、中長期的な成果を目指す取組みが株式市場に理解されず株価が割安に放置されている企業、が挙げられます。このような企業であれば、買収防衛策が必要と判断したとしても、一定の説得力があるでしょう。
このように、経営陣は自社のリスクの程度に応じて、本当に買収防衛策が必要なのか、改めて議論するべきです。
(3)買収防衛策の内容
上記(1)や(2)にも関連しますが、買収防衛策が機関投資家の理解を得られる内容になっているか、想定される敵対的買収リスクに対応した内容になっているか、という点も重要です。例えば、機関投資家の理解を得るために、買収時の手続き期間の上限(例えば、買収提案から60日以内に結論を出すなど)を設けることで期間の引き伸ばしを自ら防止する、自社の敵対的買収リスクの内容に応じて買収者を濫用的と判断する場合の要件を絞り込む(例えば、想定される買収者が(アクティビスト等ではなく)事業会社に限定されるのであれば、ステークホルダーに迷惑をかけるような買収が行われる可能性は低いため、ステークホルダーへの影響に関連した要件は不要など)、といった工夫が代表的です。
また、買収提案を精査する独立委員会(上記*1参照)のメンバー構成も機関投資家の関心事です。従前は社外取締役がいない、あるいは、いても人数が少ない企業が多かったため、独立委員会の委員には社外の有識者が就任するケースが少なくありませんでしたが、社外取締役の設置・増員が進んだ今日では、独立委員会の委員を社外取締役・監査役に限定するケースが増えているようです。
上記(1)と(2)に加え、後述の(4)も踏まえて買収防衛策の内容を見直す必要があるかどうか、検討することが求められます。
(4)買収防衛策を生かす体制
上述のとおり、買収防衛策の意義の一つは、敵対的買収提案が行われた場合に時間と情報を確保し、買収者との交渉を有利に進めることにあります。逆に言えば、この意義を生かす体制が整っていないと、買収防衛策は無意味なものになってしまいかねないということです。経営者、経営者を監督するコーポレートガバナンス(独立委員会・独立社外取締役)、さらに両者を支える事務局、に分けて考えてみましょう。
経営者に求められるのは、企業価値向上のストーリーを確立することです。「買収者が実現する企業価値=買収価格」ですから、経営者が描くストーリーが実現した場合の企業価値が買収価格を上回っていなければ、端から交渉になりません。また、想定される買収提案の内容によって、このストーリーにおいて強調するべき内容が変わってくるという点も重要です。例えば、金融資産や不動産に目を付けた買収提案に対しては、金融資産や不動産を有効活用して企業価値向上につなげるということを強調する必要があります。同業他社が事業上のシナジーを目指して買収提案をしてきた場合には、買収以外の方法でもシナジーを実現できることを強調する内容になっていると、一般株主の理解を得やすいでしょう。そのためには、企業価値向上のストーリーを、自社に起こり得る買収提案の内容に柔軟に対応できるようなものにしておくことが重要です。
独立委員会・独立社外取締役(コーポレートガバナンス)は、企業価値ひいては株主共同の利益の視点から、経営者が示すストーリーと買収提案を公平に比較し、どちらが株主の利益となるのかを判断する必要があります。経営者は買収が成立すれば自らの立場が大きく変わる可能性がある利害関係者であるため、公平な判断は困難と言わざるを得ません。そこで、経営者から独立した立場にある独立委員会や独立社外取締役が客観的な判断を適切に下すことのできる体制を整備しておく必要があります。そのためには、単に人数を揃えるだけでなく、平時から上述した企業価値向上のストーリーを独立委員会や独立社外取締役と共有するよう努めることが重要です。
事務局が果たすべき役割も決して小さくありません。上述のとおり、買収防衛策は買収時の手続きを定めるものですが、期限内に必要なアクションを着実に実行するためには、平時からの準備が不可欠となります。社内規定を整備し、関与する担当者や責任の所在・役割分担などを明確にしておくべきでしょう。敵対的買収を想定したシミュレーションを行っておくのも有益です。
このように、買収防衛策を有効に機能させるためには様々な体制整備が必要になりますが、買収提案が行われていない平時の状態では、このような体制整備の議論は後回しにされがちです。買収防衛策の継続・非継続の議論を好機として、是非社内(できれば取締役会)で議論してみてください。