2017/01/25 非財務情報の信憑性を高める方法(会員限定)

RIDEAL株式会社 代表取締役 三代 まり子

財務情報だけでなく、ビジョンや戦略といった企業価値創造につながる非財務情報も合わせて提供する統合報告書を作成する企業が増えている。しかし、単にこれらの情報を網羅的にカバーして開示しただけのものを「統合報告書」と称しているケースも見受けられる。統合報告書では、各情報のピースが「どのようにつながっているか」が理解できることが求められる。そのためには、例えば売上や利益といった財務情報と、それをもたらすこととなった「戦略」「ビジネスモデル」「強み」といった非財務情報の間にある“因果関係”を明らかにすることが望ましい。

このような特性を持つ統合報告書では、必然的に非財務情報の割合が従来型の(統合報告書でない)年次報告書に比べて大きくなる。特に将来の戦略やビジネスモデルのような非財務情報は、数値よりも言葉による説明が多くならざるをえない。そして、言葉での説明が多くなればなるほど、どうしてもその内容の信憑性が問われることになる。非財務情報の信憑性の確保は、統合報告書を作成する企業にとって悩ましい問題であり、同時に、企業と投資家の対話においても重要な課題となる。

非財務情報の信憑性を高めるために役立つのが、「定量化」された情報だ。一般的には、例えば「顧客満足度」といった非財務のKPI(Key Performance Indicators=主要業績評価指標)が用いられることになる。もっとも、ただ定量化されていればいいというわけではない。非財務情報の信憑性を高めるためには、それが「戦略に紐づいた意味のある非財務KPI」であることが必須である。

例えば、多国籍の鉱業・資源グループのリオティント社の年次報告書(2015年版)では、7つに絞ったKPIがあり、その一つとして「すべての事故発生頻度」を開示している。このKPIと戦略との関連性について、「従業員の安全性を確保することは、我々の行う事業の中核となる。我々のゴールは事故率ゼロであり、とりわけ、致死率ゼロを目指している。我々は、強い安全文化の強化と安全性のリーダーシップの改善にコミットしている。」と明記している。他のKPIについても、それぞれに「戦略との関連性」「パフォーマンス(過去5期間分)と振り返り」「KPIの計算方法」などが記載されている。また7つのKPIのうち4つは、役員報酬の長期インセンティブを決定するための指標として使われており、ドルマーク($)のアイコンを使ってその関連性を表現し、更に詳細な役員報酬ページにもリンクを貼るなど、報告書内における情報のつながりを担保するための工夫がなされている。統合報告書は情報量が多ければよいというわけではない。リオティント社のように、経営の意思決定において重要なKPIのみを厳選し、それぞれのKPIについて文章やグラフなどによるロジカルな説明がなされていると、投資家が情報間のつながりを把握しやすい。情報間のつながりを把握することで企業価値全体に対する理解が深まれば、投資家は「信頼性の高い情報を提供している」と判断する。

しかし、統合報告書を作成している企業の中でも、戦略との関係性が見えにくい非財務KPIを使っているケースが散見される。非財務KPIに正解はないし、完璧なものを設定することを目指す必要はない。ただ、あまり意味のない情報を開示するために、企業の限られた人材や時間といったリソースを割くのは無駄である。また、情報利用者にとって価値の低い情報を開示すれば、その会社へ不信感を増すという結果を招くということも念頭に置かなければならない。

いずれにせよ、統合報告書に非財務KPIを開示しておけば、投資家との対話において、当該KPIが投資家にとって納得感があるかどうかを確認することもできるだろう。もし投資家側が十分に納得しないのであればその要因を分析し、その結果を踏まえ、より妥当性の高い非財務KPIを検討・設定する必要がある。これにより統合報告書の質が向上し、対話も進化してくはずだ。

2017/01/24 従業員重視の独CGコード、 大企業の不祥事続発で「株主重視」へ改訂

ウイリス・タワーズワトソン
組織人事部門シニアコンサルタント
高岡明日香

日本のコーポレートガバナンス・コードは英国コーポレートガバナンス・コードを手本にしたことから両者には類似点が多いが、若干異なるのが、どこに軸足を置くのかという点だ。英国版コードの序文2には「取締役会がそれぞれの企業のガバナンスに責任を負う。ガバナンスにおける株主の役割は、取締役と監査役を指名し、適切なガバナンスを担保することである。(中略)取締役会の活動は、法令、規則、株主総会における株主に従うものとする」とあり、明確に株主視点のガバナンスに主軸があるのに対し、日本版コードでは、「上場会社は、株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、株主がその権利を適切に行使することができる環境の整備を行うべきである」(基本原則1)として英国版同様に株主を重視しつつも、「上場会社は、(中略)従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダー(中略)との適切な協働に努めるべきである」(基本原則2)とし、従業員等への配慮も求めている。

同様に、「株主」「従業員」両方を重視しているのがドイツのコーポレートガバナンス・コードだ。ドイツ版コードでは、その序文において「本コードの目的は、ドイツの上場企業の経営・監督に対する国内外の投資家、顧客、従業員、一般社会からの信頼を高めることにある。本コードは、社会的市場経済の理念に沿って企業の存続と持続的な価値創造を確保するため(企業利益)、執行役会と監査役会の義務を明確にするものである」としており、株主のみに拠らずステークホルダー(特に従業員)を重視している点と、社会的市場経済の理念に沿っている点が特徴的である。これらの点からすると、日本のコーポレートガバナンス・コードはドイツ版から一定の影響を受けたと言える。

こうした中、ドイツのコーポレートガバナンス・コードが間もなく改訂される。・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合はログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2017/01/24 従業員重視の独CGコード、 大企業の不祥事続発で「株主重視」へ改訂(会員限定)

ウイリス・タワーズワトソン
組織人事部門シニアコンサルタント
高岡明日香

日本のコーポレートガバナンス・コードは英国コーポレートガバナンス・コードを手本にしたことから両者には類似点が多いが、若干異なるのが、どこに軸足を置くのかという点だ。英国版コードの序文2には「取締役会がそれぞれの企業のガバナンスに責任を負う。ガバナンスにおける株主の役割は、取締役と監査役を指名し、適切なガバナンスを担保することである。(中略)取締役会の活動は、法令、規則、株主総会における株主に従うものとする」とあり、明確に株主視点のガバナンスに主軸があるのに対し、日本版コードでは、「上場会社は、株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、株主がその権利を適切に行使することができる環境の整備を行うべきである」(基本原則1)として英国版同様に株主を重視しつつも、「上場会社は、(中略)従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダー(中略)との適切な協働に努めるべきである」(基本原則2)とし、従業員等への配慮も求めている。

同様に、「株主」「従業員」両方を重視しているのがドイツのコーポレートガバナンス・コードだ。ドイツ版コードでは、その序文において「本コードの目的は、ドイツの上場企業の経営・監督に対する国内外の投資家、顧客、従業員、一般社会からの信頼を高めることにある。本コードは、社会的市場経済の理念に沿って企業の存続と持続的な価値創造を確保するため(企業利益)、執行役会と監査役会の義務を明確にするものである」としており、株主のみに拠らずステークホルダー(特に従業員)を重視している点と、社会的市場経済の理念に沿っている点が特徴的である。これらの点からすると、日本のコーポレートガバナンス・コードはドイツ版から一定の影響を受けたと言える。

こうした中、ドイツのコーポレートガバナンス・コードが間もなく改訂される。戦後一貫して社会的市場経済を標榜し、米英的な自由主義とは一線を画してきたドイツだが、ここに来て、ドイツ版コードは“米英的”な株主重視の要素を強めることになりそうだ。2016年11月から始まったドイツ版コードの改訂議論だが、特段の異議が提示されない限り、今年2017年2月には改訂版が公表される見通しとなっている。

Social Market Economy : 自由市場経済のメリットを福祉国家と結びつける思想で、「自由競争に基づいた自由な創意工夫を、経済的効率性に裏打ちされた社会福祉的進歩へつなげること」を目的としている。ドイツの国民経済学者アルフレート・ミュラー氏により提唱され、ドイツとオーストリアの経済構造を表現する際にしばしば使われる。英語ではSocial Market Economyと訳される。

改訂の背景には、ドイツの「顔」といえる大企業の相次ぐ不祥事があることは想像に難くない。具体的には、2015年に相次いで起きたフォルクスワーゲン社(以下VW社)とドイツ金融最大手ドイツ銀行である。VW社は、排ガス規制を逃れるため、ディーゼル車に排ガス試験での不正を可能にするソフトウェアを搭載するという“排ガス不正データ問題”を起こしたが、その責任をとる形で、2015年4月にはピエヒ監査役会会長が、5ヵ月後の9月にはヴィンターコーン社長が辞職した(更に2017年1月には、この問題を巡り虚偽の報告を行った詐欺の疑いで、米連邦捜査局(FBI)がVW社米法人幹部一人を逮捕)。他方、ドイツ銀行では、過去の不正行為への法的費用やリストラ費用がかさみ、また、組織ぐるみの脱税疑惑といったスキャンダルが相次いだ。加えて、金融危機の一因となった米国での住宅ローン担保証券(RMBS)の不正販売を巡り、米司法省から多額の和解金を支払うよう求められ、経営不安説が高まった。2015年の決算では過去最大の赤字を出し、共同最高経営責任者のフィッチェン氏とジェイン氏が揃って辞任した。

住宅ローン担保証券 : 住宅ローンを証券化したもの。日本では、民間の銀行等が貸し出した住宅ローン債権を住宅金融支援機構が買い取って証券化し、機関投資家向けに発行する「フラット35」が知られている。RMBSとは、「Residential Mortgage-Backed Securities」の略。

かつてない規模で相次いだドイツを代表する企業の不祥事を受け、企業のコンプライアンス強化、透明性確保に対する社会的要請が高まり、それが今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂を後押ししたことは論を待たない。主要な改訂は下記3項目に集約される。

① 社会的市場経済の原則に倫理的に沿ったガバナンスの強化
これまでの「社会的市場経済」の考え方をベースにした改訂で、正しいコーポレートガバナンスとは、企業の持続的価値創造に寄与するのみならず、社会的市場経済の理念に倫理的に従うべきであるということを主旨とするもの。「社会的市場経済」と言っても詰まるところは市場経済であるため、企業は基本的には競争原理に基づいて事業を進めていくべきだが、一方で、社会的な公正という視点、つまり社会の秩序やバランスを重視しようという考え方である。この改訂により、企業は法的な合法性を求めるだけでなく、行動や決定の妥当性を一層問われることになる。

② 株主によるガバナンスの評価における透明性の強化
昨今グローバル市場においては、ガバナンス領域における機関投資家の果たす役割がますます強調されている。そこで、ドイツのコーポレートガバナンス・コードにおいても、企業の持続的価値創造に向け、一貫性かつ透明性のあるフレームワークを作るために、機関投資家が所有権を行使し、より積極的に貢献すべきであるとする。

一方、企業に対しても、透明性の強化が良いガバナンスの要諦であるとの考え方から、「各企業が自社のコンプライアンス管理システムを透明化すべきである」とし(セクション4.1.3)、その一環として、従業員と第三者機関は匿名で内部告発できるパスを与えられるべきとする。

③ 監査役会議長と投資家とのコミュニケーション強化の推進
ドイツでは、実態として多くの企業において、監査役会議長と株主間のディスカッションが頻繁に行われており、それはガバナンスの成功例として認識されている。これを受け本改訂では、監査役会議長は、適切な議案について、投資家との議論を用意すべきであるとする。対象議案の内容は、監査役会のみが責任を負い決定する。これは、議案の内容に対する執行役の影響を排除するためである。ただし、監査役会と執行役会が共同で決定する類の議案については、株主との議論は執行役会のみ、或いは執行役会と監査役会議長が共同で行うべきであるとする(セクション5.2.(2))。

上述のように、ドイツのコーポレートガバナンス・コードは、株主を主体にする米英のそれとは一線を画してきたが、世界的潮流としての機関投資家の役割強化や、特に足元の独企業の不祥事に端を発した透明性確保への社会的要請の高まりを受け、ここにきて「株主重視」に踏み込んだ改訂が行われようとしている。上記①のとおり、大命題としての「社会的市場経済の原則に従う」という理念は改訂の冒頭で再確認しつつも、持続的企業価値創造のために、これまでのステークホルダー重視の立場に加えて、株主と投資家の視点も包含する方向へと舵を切った改訂と言えるだろう。日本のコーポレートガバナンス・コードも、金融庁で開催されている「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」などにおける議論を踏まえ、近い将来改訂が行われることが予想されるが、ドイツが「株主重視」に舵を切ったことがどのような影響を及ぼすのか、注目される。

2017/01/23 「同一労働同一賃金ガイドライン案」の正しい読み方

昨年(2016)末、政府の「働き方改革実現会議」において「同一労働同一賃金に関するガイドライン」の政府案が提示されたが、経営者としてはこれをどう読んだらよいのだろうか。

今般のガイドライン案は「正規と非正規との格差是正」を中心に置いたものであり、正規労働者(正社員)と非正規労働者(パートタイマー、有期労働者、派遣労働者等)との間に格差がある事例を具体的に挙げ、「問題とならない例(その格差に合理性があるケース)」と「問題となる例(その格差が不合理であるケース)」とに分類して示していることが特徴となっている。

基本的な方向性としては、“同じ企業”において「非正規労働者であることを理由として差別待遇をしてはならない」という一点に集約できる。当初、一部の経営者からは・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合はログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2017/01/23 「同一労働同一賃金ガイドライン案」の正しい読み方(会員限定)

昨年(2016)末、政府の「働き方改革実現会議」において「同一労働同一賃金に関するガイドライン」の政府案が提示されたが、経営者としてはこれをどう読んだらよいのだろうか。

今般のガイドライン案は「正規と非正規との格差是正」を中心に置いたものであり、正規労働者(正社員)と非正規労働者(パートタイマー、有期労働者、派遣労働者等)との間に格差がある事例を具体的に挙げ、「問題とならない例(その格差に合理性があるケース)」と「問題となる例(その格差が不合理であるケース)」とに分類して示していることが特徴となっている。

基本的な方向性としては、“同じ企業”において「非正規労働者であることを理由として差別待遇をしてはならない」という一点に集約できる。当初、一部の経営者からは「同一労働同一賃金」を字句どおりにとらえて「企業が異なっても、同じ仕事なら同じ賃金を払わなければならなくなるのではないか」「年功型賃金も否定されるのでないか」との懸念の声も聞かれたが、それは一応回避された格好になった。ガイドライン案では、各企業において「職業経験・能力」「業績・成果」や「勤続年数」によって賃金に格差を設けることを是認したうえで、正規労働者と非正規労働者を同一に扱うべきこととしているからだ。しかし、これは年功制そのものは否定していなくても、非正規労働者も正規労働者と同じ賃金テーブルで(逆に言えば、正規労働者も非正規労働者と同じ賃金テーブルで)賃金を支給し、同じ基準で昇給させなければならないことを意味する。例えば、「正社員には定期的に職務内容や勤務地変更がある」等の合理的な理由があれば賃金等の待遇に差を設けても問題にならないとされているが、そういった理由が明確に説明できない限りは、差別してはならないことになる。

これまで多くの日本企業では、非正規労働者に対しては「賞与を支給しない」「昇給がない」「研修を実施しない」「福利厚生制度を利用できない」といった対応をとってきたが、今後は、こうした格差を設ける理由が合理的に説明できない場合には、その格差は解消しなければならないことになる。また、正社員間においても、上に挙げた「職業経験・能力」や「業績・成果」「勤続年数」による賃金格差について合理的な理由が説明できなければ格差を設けることは許されないため、雇用形態の違いによってのみ賃金体系等を分けてきた会社においては、賃金体系等を大幅に見直さなければならなくなる。

もっとも、今般のガイドライン案は、いわば、会社側が「適切な格差である」とエクスキューズできる例を具体的に用意してくれたと読むこともできるため、企業としてはこれを活用しない手はないだろう。ガイドライン案は、これから議論される労働契約法やパートタイム労働法、労働者派遣法の改正法の施行と同時に効力を持つことになるが、今回のことをきっかけとして、自社の正規労働者と非正規労働者との間に不合理な格差がないかを自主的に点検するとともに、自社の社員に対して待遇に関する理解促進に努め、納得感を高めていくことが望まれる。

2017/01/20 企業年金に適したスチュワードシップ・コードのあり方とは?

野村総合研究所
上級研究員  三井千絵

機関投資家に投資先企業に対するモニタリングや建設的な対話(エンゲージメント)を求めるスチュワードシップ・コードの導入(2014年2月~)から間もなく3年が経過するが、今やほとんどの運用機関がその受入れを表明している(2016年12月27日現在で受入れを表明している機関投資家のリストはこちら)。一方で、同コードの導入時から、「企業にESGへの対応を促すのもエンゲージメントを求めるのも、アセットオーナー(年金基金など)の理解がなければ実現は難しい」との指摘も聞かれる。実際、たとえアセットマネージャー(運用会社)がスチュワードシップ・コードを受け入れても、アセットマネージャーの一存で運用方針を変えたり、企業とガバナンスの改善に関する対話を増やしたりといったことは本来はできない。アセットマネージャーに資金の運用を委託しているのはアセットオーナーであり、その意向を踏まえる必要があるからだ。

こうした中、ここ最近、・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合はログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2017/01/20 企業年金に適したスチュワードシップ・コードのあり方とは?(会員限定)

野村総合研究所
上級研究員  三井千絵

機関投資家に投資先企業に対するモニタリングや建設的な対話(エンゲージメント)を求めるスチュワードシップ・コードの導入(2014年2月~)から間もなく3年が経過するが、今やほとんどの運用機関がその受入れを表明している(2016年12月27日現在で受入れを表明している機関投資家のリストはこちら)。一方で、同コードの導入時から、「企業にESGへの対応を促すのもエンゲージメントを求めるのも、アセットオーナー(年金基金など)の理解がなければ実現は難しい」との指摘も聞かれる。実際、たとえアセットマネージャー(運用会社)がスチュワードシップ・コードを受け入れても、アセットマネージャーの一存で運用方針を変えたり、企業とガバナンスの改善に関する対話を増やしたりといったことは本来はできない。アセットマネージャーに資金の運用を委託しているのはアセットオーナーであり、その意向を踏まえる必要があるからだ。

こうした中、ここ最近、特に企業年金のスチュワードシップ・コードへの対応が問われている。少子高齢化の時代、企業年金には長期の確実なリターンが必要なはずであり、スチュワードシップ・コードも本来そういった目的に向けた行動規範となることを目指しているはずだが、大型の公的年金はともかく、企業年金がスチュワードシップ・コードを理解し、受け入れている事例は、国内はもちろんのこと海外でも多くない。アセットオーナーの理解をどのように広げていくかは、国内外を問わず共通の課題となっている。昨年(2016年)6月に閣議決定された「日本再興戦略2016-第4次産業革命に向けて-」に、「年金基金等において、スチュワードシップ・コードの受入れ促進などの取組みを通じて、老後所得の充実を図る」という提言が盛り込まれたのにはこうした背景がある。

ただ、企業年金がスチュワードシップ・コードを受け入れるうえでは課題も多い。企業年金連合会は、日本再興戦略2016の提言を受け、厚生労働省と共同で昨年9月に「スチュワードシップ検討会」を設置、厚生労働省、企業年金連合会のほか、企業年金関係者、学識経験者、機関投資家をメンバー、金融庁をオブザーバーとして「なぜ企業年金がアセットオーナーとしてスチュワードシップ・コードを受け入れたほうが良いのか」「それによってどういうメリットがあるのか」といった点について議論を重ねてきた。

第一回・二回会合では、GPIFや第一生命がスチュワードシップ・コードをどのようにとらえ、どのような活動を行っているかが報告され、そこでは両者から「スチュワードシップ・コードにのっとり運用会社が企業のガバナンスを向上させ、それによって企業の成長力に良い影響をあたえ、運用パフォーマンスも向上する」「こういったインベストメントチェーンの大元になっているのはアセットオーナーである」といった主張が展開されたが(GPIFの報告資料はこちら、第一生命の報告資料はこちら)、これに対し第三回検討会では、年金シニアプラン総合研究機構から、企業年金がスチュワードシップ・コードを受け入れる場合の課題が指摘されている。具体的には、「多くの年金基金にとって、コードを受け入れればそれに携わる人的コストなどの負担が伴うのではないか」「議決権行使に関与することに伴う母体企業との利益相反の問題をどうクリアするのか」「実態として、各基金が持つ議決権の割合が小さい」といったものである。また、「ファンド選択の自由を拘束する恐れ」という課題も指摘されている。これは、ファンドの中には、運用手法として短期志向や対話を重視しないものもあるため。同機構はそのようなファンドへの投資が制限されないよう配慮する必要性を訴えているわけだ。

GPIF : 年金積立金管理運用独立行政法人(Government Pension Investment Fund)。厚生年金と国民年金の積立金の管理・運用を行う厚生労働省所管の独立行政法人。運用資産の規模が100兆円を優に超える世界最大の機関投資家である。
インベストメントチェーン : 顧客・受益者から投資先企業へと向かう投資資金の流れ

こうした議論を経て、企業年金連合会は昨年12月14日、これまでの議論の「論点整理」を公表し、それに対するパブリックコメントを募集した(1月16日まで)。論点整理では、スチュワードシップ・コードが目指すものを年金の投資リターンにつなげていくための基金の役割などを整理し説明するとともに、コード受入れの課題や留意点として、受託者責任(フィデューシャリー・デューティー)とスチュワードシップ責任の関係、利益相反、議決権行使、コードを受け入れるための体制やコストについてまとめている。さらに12月20日にはこれを企業年金基金に解説するためのセミナーまで開催する念の入れようだったが、アンケート調査によると、現時点でまだ7割の基金はコード受入れのメリットを感じていない。

この意見募集に対し幾つかの団体が意見を寄せたようだが、その一つが資産運用会社の実務者等が会員となっているスチュワードシップ研究会だ。スチュワードシップ研究会はその意見をHPに掲載している。スチュワードシップ研究会は、企業年金がアセットオーナーとしてスチュワードシップ責任を果たすこと自体は歓迎すべきことだとする一方で、年金基金および受託運用機関(アセットマネージャー)双方の体制が十分整わないところで形だけの“受入れ”をするとかえって事務負担やコストが増えるだけで、実効的なスチュワードシップ活動が妨げられる恐れもある、と問題提起している。また、実際に多くの企業年金ではそれに従事する人員も少なく、余分なコストをかけられない実情に触れ、海外の企業年金でも見られるように、コンサルタントなどが間に入るという選択肢があってもよいのではないかと述べている。同研究会は、年金基金が運用会社をモニタリングすることは望ましいが、それは年金基金にとってかなりの負担になり、もし形式だけの報告や評価になってしまうと、スチュワードシップ活動を通じて年金基金の運用成績を向上させるという本来の目的が損なわれる恐れもある、と指摘し、企業年金にとってスチュワードシップ・コードを実効性のあるものにするためには、“実務的に可能な方法”を実際に実務を担う運用機関と年金基金でもっと検討を行ってから先に進むべき、と結んでいる。

また、このように企業年金によるスチュワードシップ・コードの受入れが進まないもう一つの理由として、そもそも現在のスチュワードシップ・コードがリターンに貢献するのか、という点で本来企業年金が背負っている責任に必ずしもフィットしているのかどうかわからない、ということが考えられる。

2013年からスタートした「日本再興戦略」で繰り返し求められている“企業の活性化”に向けて、年金基金には重要な役割がある。それは、従業員のケアだ。そもそも日本企業が戦後長きにわたり我が国の経済成長を支えることができたのは、従業員が長期的に一つの会社に留まり、技術の改革、世界中に販売できる製品開発に励んできたことが大きい。それを支えたのは、少なくとも一つの会社で定年まで働けば老後の豊かな暮らしが保証されていると信じていたからではないだろうか。しかし現在は、その仕組みが企業によっては失われたり、将来生活できるだけの年金が受け取れないのではないかという不安を抱かせる状況になっている。企業がどのような戦略をとっても最終的にそれを実現するのはそこで働く従業員である。また、企業が真に長期的な収益を見据え、かつESGを考慮した事業に取り組むことができるとすれば、それは全ての従業員が定年後の生活まで考えてその企業で長期的に働くことができる時だろう。

これを実現するうえでは、スチュワードシップ・コードが運用機関のモニタリングだけでなく、企業年金自らのスチュワードシップ活動、具体的には「年金受益者=従業員に対し誠実に行動すること」を求めるものであれば、非常に有益だと言える。例えば母体企業に何らかの短期的な問題が生じた場合、企業年金は従業員の将来の年金にとって良いことだけを考え、母体企業株式の売却あいは母体企業の将来の価値向上に資する議決権行使をいかなる制約もなく行うこと、また、それらを決断した企業年金の担当者が何の不利益も被らないことを保証する、といった役割をスチュワードシップ・コードが果たすことが考えられる。

今後、“強い年金基金”を持つ企業の従業員の勤務へのモチベーションが向上し、それが新たな企業価値の一つになる可能性もある。そのような状況を実現するためにも、“企業年金に適したスチュワードシップ・コード”はぜひ前向きに検討されるべきであるし、拙速な検討により形式的なものを作り出さないよう、しっかりとした議論が必要と言える。

2017/01/20 【特集】2017年度税制改正を踏まえたインセンティブ報酬設計のポイント

ウイリス・タワーズワトソン
経営者報酬部門 コンサルタント 小川 直人
03-3581-6786
naoto.ogawa@willistowerswatson.com

はじめに

2017年度税制改正大綱が与党より昨年(2016年)12月8日公表され、同月22日に閣議決定された。役員報酬については、コーポレートガバナンス強化が謳われる中で二年連続の税制改正となった。各企業からは「6月総会への付議を目指して制度改革を進めてきたが、制度設計の前提としてきた部分に変更があるのか」「自社の役員報酬の仕組みは税制が狙いとするところや方向性と足並みが揃っているのか、精査したい」といった声が聞こえてくる。

そこで本稿では、コーポレートガバナンスの文脈において検討されることになる「中長期のインセンティブ報酬」に焦点を当て、2017年度税制改正大綱の内容を踏まえた役員報酬制度の設計のポイントを整理したい。具体的には、まず中長期のインセンティブ報酬制度の類型を整理し、次にそれらの仕組みが2017年度税制改正大綱を受け、損金性という観点からどのような取扱いとなるのかを整理したい。その上で、あらためてインセンティブ報酬の制度設計において「損金性」というテーマがどのような優先順位を以て取り扱われるべきか、基本的な考え方を整理したい。

※なお、本稿は役員報酬の制度設計という観点から情報提供や考察を行うものであるため、個別具体的な税務上の助言は必ず税務の専門家に依頼されたい。

「1.中長期のインセンティブ報酬の類型」へ(会員限定)

続きをご覧になるには、会員登録が必要です。
まだログインがお済みでない場合はログイン画面に遷移します。
会員登録はこちら

2017/01/20 【特集】2017年度税制改正を踏まえたインセンティブ報酬設計のポイント(3・会員限定)

2.損金算入要件の変化

ここからは本題に入り、2017年度税制改正により、中長期のインセンティブ報酬における損金算入要件がどのように変化するのかを見ていきたい。

(1)大きな方向性
2017年度税制改正の大きな方向性として、多様化したインセンティブ報酬をいま一度、現行の役員給与税制の枠組みの中で整理し直すことが企図されていると考えられる。

役員給与を損金算入するためには、基本的に法人税法34条第1項に1号(定期同額給与)、2号(事前確定届出給与)、3号(利益連動給与)のいずれかの要件を満たすことが必要とされているが、退職給与と新株予約権(ストックオプション)については別途定めがあり、通常は損金算入できるというのがこれまでの役員給与税制の運用であった。しかしながら、2017年度税制改正大綱を踏まえると、退職給与や新株予約権(ストックオプション)も含め、役員報酬が株価や業績に連動するインセンティブ報酬である場合、今後は事前確定届出給与か利益連動給与の要件を満たさない限り、損金算入できなくなる。例えば、一部の企業が採用している業績や株価に連動した退職金も、今後は「利益連動給与」の要件を満たさないと損金算入できない。

定期同額給与 : 役員給与の支給時期が1か月以下の一定の期間ごとで、かつ、当該事業年度の各支給時期における支給額が同額であるもの
事前確定届出給与 : いつ、いくら(確定額)を支給する」旨を“事前に”確定した上で税務署に届け出をし、それに基づいて支給するもの
利益連動給与 : その事業年度の利益に関する指標に基づく「あらかじめ定められた方法」により決定されるもの

以下では、業績/株価条件のない株式報酬、業績/株価条件のある株式報酬という順でより具体的に損金算入の可否を整理するが、その概要は図表3のとおりとなっている。

図表3:税制改正大綱を踏まえた損金算入の類型
25838c

(2)業績/株価条件のない株式報酬は原則「事前確定届出給与」
業績/株価条件のない株式報酬としては、株式等を直接付与するビークルを想定すれば、図表3の通り、譲渡制限付株式、通常型/株式報酬型ストックオプション、株式(現金)交付信託・譲渡制限付株式ユニット(ただし、いずれも業績/株価条件がないプラン)が想定される。これらは今後、事前確定届出給与の枠組みにおいて損金算入の可否が判断されることになる。ポイントは5つある。


a)業績等に応じて譲渡制限が解除される数が変動する譲渡制限付株式は損金不算入に

譲渡制限付株式については、業績等によって譲渡制限が解除される数が変動する(業績が悪ければ会社が無償取得する)という設計になっている場合、事前確定届出給与の対象から除外すると大綱に明記されている。それが利益連動給与の要件を満たす設計となっている場合には損金算入できるのかについては大綱には明記されていないが、明記されていない以上、損金算入不可と考えられる。

b)ストックオプションも事前確定届出給与として整理
ストックオプション(通常型・株式報酬型)については、これまでは個人に給与所得等の課税事由が発生するもの(いわゆる税制非適格ストックオプション(⇔税制適格ストックオプション))は原則損金算入可能であったが、これからは事前確定届出給与としての要件を満たさない限り、損金算入できない。

税制適格ストックオプション : 税法が求める要件を満たすことで、権利行使によって株式を取得した時点で生じている含み益(権利行使時の株式の時価-株式の取得価格)への課税が、実際に株式を売却する時点まで繰り延べられる(=株式を購入しただけで課税されるという状況を避けられる)ストック・オプションのこと。具体的な要件としては、無償発行、権利行使期間が「株主総会での発行決議の2年後~10年後までの最大8年間」、行使価格が発行時の時価以上、権利行使金額が「年間1,200万円まで」などがある。

c)株式(現金)交付信託における現金支給部分の取扱い
株式(現金)交付信託のうち「株式で交付される部分」については、2017年度税制改正大綱で「所定の時期に確定した数の株式を交付する給与」(大綱より抜粋)は事前確定届出給与に該当する旨が明記されたことから、事前確定届出給与と整理される。一方、信託内で「現金」に換価されて役員に支給される部分については、「所定の時期に確定した数の株式を交付する給与」とはいい難く、ファントム・ストック(=現金報酬)と看做される可能性もある。この場合、損金算入のためには、事前確定届出給与ではなく、利益連動給与の要件を満たす必要があるだろう。

※上記については、2017年9月29日付けで経済産業省が『「攻めの経営」を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引-』を改定し、取扱いが明確になっている(Q16参照)。
具体的には、株式交付信託の一部を換金した場合であっても、「全体として株式を交付することが目的の給与であること」が株主総会議案において明らかにされ、かつ、「一定の割合の株式を源泉徴収等のために換金するものであること」が役員報酬規程等で予め明らかにされており、さらに、株式の換金が受益権確定の時期に近接した時点で行われていれば、(換金部分を含む)株式交付信託全体を事前確定届出給与として損金算入できることとされた。
これは、株式交付信託では、株式が交付された時点で役員に所得税が課されるものの、役員は株式が交付されてすぐに株式を売却するとは限らないため(インサイダー取引規制の問題のほか、株価が低迷していることもあろう)、納税資金を手当てする必要が生じることに配慮したものである。

d)事前確定の届出免除
これまでも事前確定の届出が免除されていた譲渡制限付株式と同様、ストックオプションについても事前確定の届出が免除される。一方、大綱に届出不要の旨の言及がない株式交付信託やRSUについては事前確定の届出を要するものと想定される。

e)損金算入金額
損金算入金額については必ずしも税制改正大綱に明記はないが、昨年度(2016年度税税制改正)で事前確定届出給与に該当することが明確化された譲渡制限付株式報酬の損金算入額が「株式を交付した時点の時価」とされているように、今回新たに事前確定届出給与に該当することとされた株式交付信託(業績/株価条件なし)、リストリクテッド・ストック・ユニット(RSU)、通常型/株式報酬型ストックオプションについても、事前に給付もしくは届け出た金額(例えばユニットやポイント、新株予約権を付与した時点での株式等の価値)が上限とされる可能性がある。すなわち、株式付与または譲渡制限解除までの待機期間の始点から終点にかけて株価が相当程度上昇したとしても、それに応じて際限なく損金算入できるとは考えにくい。

(3)業績/株価条件のある株式報酬は利益連動給与の要件を満たせば損金算入可
同様に、業績/株価条件のある株式報酬は、図表3の通り、パフォーマンスシェア(PS)、業績・株価条件付の株式報酬型ストックオプション、株式(現金)交付信託(業績/株価条件あり)、パフォーマンスシェアユニット(PSU)が主に想定される。これらはいずれも利益連動給与の要件を満たせば損金算入可、満たさない場合には損金算入不可という整理になると想定される。ただし、上記2(2)a)で述べたとおり、業績等に応じて譲渡制限が解除される数が変動する譲渡制限付株式は、利益連動給与には該当しないものと考えられる。

ここでのポイントは2つある。

まず、これまでストックオプションには、業績/株価に応じてストックオプションの付与数を変動させる設計のものや、付与したストックオプションについて業績/株価に応じて権利行使可能数を変動させる設計のものが見受けられた。これらは現行法人税法においては、「税制非適格ストックオプション」であれば損金算入が可能であったが、今後は利益連動給与の要件を満たさなければ損金算入不可となる。

次に株式(現金)交付信託(業績/株価条件あり)については、これまでは在任時に交付した場合、従来の(=2017年度税制改正前の)利益連動給与の要件を満たすことができず、損金算入不可とされてきた。しかし、次の(4)で述べるとおり、2017年度税制改正では、株式(現金)交付信託で用いられる「株価」や「複数年度の指標」が利益連動給与の算定指標に加えられており、利益連動給与の要件を満たすことで損金算入可となる。一方、退職金として支給される株式(現金)交付信託(業績/株価条件あり)については、従来は基本的に損金算入可とされてきたが、上記2(1)で述べたとおり、業績や株価に連動した退職金である以上、今後は「利益連動給与」の要件を満たさない限り損金算入できないことになる。

(4)利益連動給与の要件緩和等
上記の通り、多くのインセンティブ報酬が利益連動給与の要件を満たすことで損金算入可、という方向にシフトしていく。これを踏まえて、利益連動給与の要件もある程度緩和される。具体的には、利益連動給与の算定指標として、株価、売上高が追加され、また、複数年度の指標も可とされる。ただし、このうち「売上高」については、利益指標や株価指標と同時に用いられることが求められ、売上高のみを指標として算定される役員報酬は利益連動給与は認められないので留意が必要である(利益連動給与の拡充については、2016年12月14日のニュース「在任時支給の信託型株式報酬が損金に、利益連動型のRSは損金算入不可」も参照)。

なお、今回の改正は基本的には「2017年4月1日以後に支給又は交付に係る決議をする給与」から適用されることになるが、課税強化とも言える退職給与、譲渡制限付株式、ストックオプションに関する改正については猶予期間が設けられ、「2017年10月1日以後に支給又は交付に係る決議をする給与」から適用される。

おわりに ~制度設計における「損金性」の意味合い~

2017年度税制改正を踏まえて、中長期のインセンティブ報酬が損金性という観点からどのような影響を受けるかについて解説してきたが、最後に中長期のインセンティブ報酬の設計上のポイントに触れておきたい。

といっても、ポイントは1点に尽きる。すなわち、制度設計における「損金性」の優先順位や意味合いをはっきりさせる、ということである。中長期のインセンティブ報酬の目指すところは、株主等の視点に立てば「その会社の中長期的な成長の後押し」であり、経営陣の視点に立てば「経営戦略達成へ向けた経営陣のモチベーションの喚起」である。したがって、その制度設計においては、株主等の視点(コーポレートガバナンス)と経営陣の視点(人事報酬制度)の両者のバランスに配慮しながら、自社の中長期的な経営理念や事業戦略を表現していくことになる。経営理念や事業戦略と報酬制度をリンクさせるということに優先して損金性だけが検討される、あるいは損金算入ありきの設計が行われるといった状況は不健全と言えるだろう。

しかしながら、インセンティブ報酬制度について、例えば利益連動給与が損金算入要件の一つとして求めている「有価証券報告書で十分な開示」を行うだけで損金算入要件を満たせるという場合に、報酬(諮問)委員会がわざわざ開示を限定的に留めた上で損金算入を諦める、ということが委員会の判断として妥当なのかどうか、疑問の残るところである。他方で、相当程度独自のKPI(重要業績評価指標、Key Performance Indicator)を用いた評価を実施しており、その評価制度の差異化自体が競争力の源泉とまで言えるような場合には、広く開示に踏み込むことは事業上の機密保持という観点から憚られるかもしれない。日本企業における報酬(諮問)委員会の設置が著しく進み、今後、審議事項の広がり・深まりが予想される中で、各社の報酬委員会は、自社のあるべき報酬開示をどのようなものと考えるのか、また、どこまで損金性を考慮した利益連動給与の設計を行うのか、今後、開示を通じて明らかになってくるだろう。

欧米の報酬開示においては、損金性(tax deductibility)は「報酬の方針」(Compensation Philosophy)の一要素となっていることが多い。今後は日本企業においても、インセンティブ報酬制度を検討する上で押さえておきたい論点であるのは間違いないだろう。

2017/01/20 【特集】2017年度税制改正を踏まえたインセンティブ報酬設計のポイント(2・会員限定)

1.中長期のインセンティブ報酬の類型

本題に入る前に、まず中長期のインセンティブ報酬の類型を整理したい。

ひと昔前までは、中長期のインセンティブ報酬と言えば、通常型ストックオプションと株式報酬型ストックオプション(いわゆる「1円オプション」)が主な選択肢であり、その他に役員持株会等を通じて自社株を購入する「株式購入資金」(「自社株取得目的報酬」などとも呼ばれる)や、いわゆる「有償ストックオプション」と呼ばれるものなどが株式報酬の選択肢として存在した。加えてこの数年で、信託を介したプランや「特定譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)」などが登場したことで選択肢が多様化しており、その全体像を理解するには、いくつかの“軸”を設けながら整理していく必要がある。

リストリクテッド・ストック : 一定期間の譲渡制限が付された株式報酬

図表1は、中長期のインセンティブ報酬を制度設計の観点から整理した見取り図である。タテ軸は、インセンティブ報酬の支給形態(株式で支給されるか、非株式で支給されるか)と支給のタイミング、ヨコ軸は、評価期間において報酬額が株価と連動するかどうか、また、追加的な業績/株価条件が付されるかどうかによって分類している。

図表1:制度整備の観点から見た中長期のインセンティブ報酬
25838a

タテ軸を中心に各プラン(一般に「ビークル」と呼ばれる)を概観していきたい。

ビークル : 「乗り物」から派生し、「媒体」「媒介物」「器」といった意味を持つ。

株式で支給される中長期のインセンティブ報酬としては、主なものとして、譲渡制限付株式、株式購入資金、株式報酬型ストックオプション、通常型ストックオプション、株式交付信託などがあり、非株式で支給されるビークルとしては、株式報酬を現金で代替したファントムストック(自社株連動型報酬)やSAR(Stock Appreciation Right)に加えて、中長期の評価に基づいて現金賞与を支給する中期キャッシュプラン(「パフォーマンスキャッシュ」とも呼ばれる)、株式交付信託のうち株式に代えて現金を支給するもの(以下、株式に変えて現金を支給するケースも含め、株式交付信託を「株式(現金)交付信託」という)、などがある。

ファントムストック : 架空の株式(ファントム(架空の)ストック= Phantom Stock)を用いたインセンティブ報酬。架空の株式を付与し、一定期間経過後、その間における株価の上昇・下落を反映させた「株価×付与数」を現金で支給する。フルバリュー型(⇔値上がり益型(例:通常型ストックオプション))という点で、株式報酬型ストックオプションの代替措置と言える。資本構成や議決権に影響を与えたくないなど、資本政策上の観点から利用されることが多い。ただし、企業にとっては、ストックオプションと異なりキャッシュアウトが生じる分、負担が大きい。
SAR: ストックオプションと同様に株価に連動するものの、株式は介在しない現金によるインセンティブ報酬。付与時点からの株価の上昇分を会社が現金支給する。海外現地法人の幹部に対し、現地の証券税制の影響や事務負担を回避する観点から、通常型ストックオプションの代替措置として支給されるケースが多い。

株式で支給されるプランは「現物株式の取得時期」によってさらに分類が可能であり、当初より直接現物株式を付与されるものが譲渡制限付株式、現金報酬の手取り分から株式を取得するものが株式購入資金、新株予約権を介して現物株式を取得するものが通常型ストックオプションや株式報酬型ストックオプション、そしてユニット(単位)やポイントを介して株式が交付されるものが株式(現金)交付信託や譲渡制限付株式ユニット(Restricted Stock Unit =RSU)となる。

これらのビークルに追加的に業績条件や株価条件(TSRなど)を付すかという論点がヨコ軸である。

上記のうちタテ軸の「現物株式の取得時期」について、ここ数年導入企業が増加してきた株式(現金)交付信託と、2016年度税制改正により課税関係が明確化(2016年3月2日のニュース「パフォーマンス・シェアの性格を持つ株式報酬も損金算入される方向」参照)されたことで2016年より導入が始まった譲渡制限付株式を例にとって比較してみたい。株式(現金)交付信託は、当初から現物株式が付与されるわけではなく、はじめに役位別・個人別に一定のユニット(単位)やポイントが付与され、業績/株価条件がなければ、一定の待機期間の後に、ユニットやポイント数に応じた株式が交付される。業績/株価条件がある場合は、その達成度に応じてユニット/ポイント数が上下し(例:0~200%)、そのユニットやポイント数に応じた株式()が本人に交付される。

 上述のとおり、全ユニットやポイント数を株式で支給するのではなく、その一部を信託内であらかじめ現金に換価して本人に支給するといった設計も想定されているため、図表1ではカッコつきで「株式(現金)交付信託」と記載している。

なお、業績/株価条件のない株式(現金)交付信託は、グローバルでは譲渡制限付株式ユニット(Restricted Stock Unit=RSU)と呼ばれることが多く、業績/株価条件のある株式(現金)交付信託は、パフォーマンスシェアユニット(Performance Share Unit= PSU)と呼ばれることが多い。株式(現金)交付信託は文字通り信託を用いたプランではあるが、グローバルでの呼称からも分かるように、RSU、PSUの一類型と整理されよう。

RSU/PSUの仕組みを、当初から現物株式が付与される譲渡制限付株式(Restricted Stock=RS)、パフォーマンスシェア(Performance Share=PS)と比較しながら、時間軸に沿って表現したものが図表2である。譲渡制限付株式は当初から株式が付与されるのに対し、RSU/PSUでは待期期間/業績評価期間を経て株式が付与されるという点が両者の大きな違いである。

パフォーマンスシェア(Performance Share=PS) : 中長期的な“業績目標の達成度合い”に応じて交付される株式報酬

図表2:RSU/PSUの仕組み
25838b

ここまで、中長期のインセンティブ報酬の諸類型について、見取り図を示したうえで解説してきたが、図表における区分の軸である(1)株価と連動するか、(2)業績/株価条件が付されているか、(3)現物株式の取得時期が「先」か「後」か、という論点は、以下に述べる2017年度税制改正大綱の内容にも関連があるので、いま一度、図表1を頭に入れたうえで読み進められたい。

「2.損金算入要件の変化」へ(会員限定)