1.長文式監査報告書とは?
国際監査基準では近年、最終的な監査意見だけでなく、会計監査人が監査の過程でリスク等として認識し、また重要だと考えた事項についての説明を監査報告書上に記載することが求められるようになった。この新しい基準を適用した監査報告書が「長文式監査報告書」(「長文型監査報告書」や「長文化した監査報告書」とも言われる)である。
「長文式監査報告書」とは文字通り“長文化した”監査報告書であるが、国際監査基準を定める国際監査・保証基準審議会(IAASB)に先行して監査報告書の改革に取り組んだ英国では「Extended Auditor’s Report」と呼ばれ、「長文化」というよりも「拡充された」といったニュアンスを持つ。実際、海外企業の長文式監査報告書の現物を見ると、数ページ程度にとどまるものも少なくない。とはいえ、英国では監査基準やフォーマットの変更ではなく、コーポレートガバナンス・コードの議論の延長線上で、財務諸表、企業開示の信頼性向上が元々の目的とされており、その実現に向けた取組みは企業に大きな影響を与えることになる。
長文式監査報告書は最初に導入された英国以外でも、EU、オーストラリアで来年(2017年)の導入が予定されている。また、米国やカナダでは長文式監査報告書を求める国際監査基準を自国の監査基準に反映するべく準備中であり、中国でも導入に向けた検討が始まった。一方、日本では現在(2016年12月末)のところ導入計画はもちろん、公式な検討状況についても公表されていないが、遅かれ早かれ日本の監査基準もこの新しい監査基準に合わせていく必要がある。
2.長文式監査報告書導入の背景
では、そもそもなぜ監査報告書を拡充しようという議論が出てきたのだろうか。
上述のとおり、監査報告書の拡充議論はIAASBより先に英国において、コーポレートガバナンス・コードの議論の延長線上で、「財務諸表の信頼性向上へ向けた取組み」の一環として始まった(2011年~)。金融危機の直後だったこともあり、議論に参加した英国の投資家は、監査報告書に対し不満を抱いていた。例えば、「会計監査人は監査の過程でもっと様々な情報を得ているはずなのに、現在の監査報告書にはたった一言、監査意見が記載されるだけ。これでは監査がブラックボックスになってしまう」といった指摘が聞かれた。こうした中、英国では投資家や企業、監査法人などの関係者がラウンドテーブルを開催し、数年間検討を重ね、新たな監査報告書の要件をまとめていった。
監査報告書の拡充議論におけるもう一つの重要な視点が「コーポレートガバナンス」の向上だ。英国では、監査におけるブラックボックスの解消と同時に、この新しい監査報告書がコーポレートガバナンスの向上につながるような仕組み作りを目指した。長文式監査報告書に記載される事項、すなわち「監査人が監査の過程でリスクを認識し、重要だと考えた箇所」については、会計監査人が監査報告書を作成する前に企業の監査委員会とディスカッションすることになっている。長文式監査報告書に記載される事項として代表的なものに、のれんや資産の減損、内部統制に関するリスクなどがあるが、英国では、監査委員会が認識していない事項が突然監査報告書に記載され、企業が投資家から追求を受けるということではなく、むしろ事前に両者が良く話し合うことによって企業がリスクを認識し、投資家に対する説明力を向上させることが求められている。当時のIAASBの委員の一人によると、英国では元々監査委員会レポートを充実させる案もあったという。結局、国際監査基準の方も見直しが行われたことで、他国と合わせていく必要が生じたために現在の(監査報告書に記載する)方式となった。もっとも英国では、会計監査人と監査委員会の議論は監査報告書での開示を前提としたため、結果的には監査委員会のレポートも充実することになった。
3.企業への影響
英国では2013年に上場企業を監査する会計監査人に対し長文式監査報告書の作成・開示が義務付けられて以来、既に3年目を迎えるが、果たして長文式監査報告書の導入は企業にどのような影響を与えたのだろうか。
会計監査人に「この新しい監査報告書は新たな負担になったか」と問うと、「英国の会計監査人は従来から監査委員会とのディスカッションは行ってきた。新しい監査報告書ではそれを開示するだけであり、新たな負担ではない」という。このような回答の背景には、英国では従来から会計監査人に対し、①監査委員会とのディスカッションのほか、②企業のリスクを理解するため、財務諸表だけを単独で見るのではなく、年次報告書の非財務部分に記載された事業やリスクとの整合性をチェックすることなども求めてきたということがあると思われる。
一方、企業側は当初、監査報告書に重要な事項が開示されること自体よりも、それを説明するために必要になるであろう会社の状況について、企業が開示していないことまで監査報告書に書かれてしまうのではないかということに懸念を抱いていた。そこで英国では、記載内容は原則、監査報告書が添付される年次報告書上の記載を参照することになった。上述のとおり、会計監査人は監査委員会と事前に議論することも求められているため、重要なリスクとして議論の対象とされた事項については、必然的に企業側も厚めに開示を行うようになっている。
