<解説>
北海道や群馬県でもカスハラ防止条例が制定
いよいよ2025年4月1日より東京都でカスタマー・ハラスメント防止条例(以下、カスハラ防止条例)が施行されます。東京都以外に北海道や群馬県でも同様の条例が同日より施行されます。報道によると他の自治体の一部にも追随する動きがある模様です。
東京都のカスハラ防止条例
北海道のカスハラ防止条例
群馬県のカスハラ防止条例
カスハラ防止条例の施行前に確認しておきたいのは、カスタマー・ハラスメントの定義です。これについて、東京都のカスハラ防止条例は、「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するものをいう」と定義しています。また、著しい迷惑行為とは、「暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為をいう。」としています。
上記の赤字部分の具体的な内容は、東京都が2024年12月19日に公表した「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」の解釈が参考になります(同ガイドラインの2ページ目以降より引用)。
カスタマー・ハラスメントや著しい迷惑行為の用語解釈
| 「暴行、脅迫その他の違法な行為」の考え方 |
暴行、脅迫、傷害、強要、名誉毀損、侮辱、威力業務妨害、不退去等の刑法に規定する違法な行為のほか、ストーカー行為等の規制等に関する法律や軽犯罪法等の特別刑法に規定する違法な行為を指す。顧客等から就業者に対して違法な行為が行われた場合、その時点で直ちに著しい迷惑行為に該当するだけでなく、犯罪として処罰される可能性がある。 |
「正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」
の考え方 |
客観的に合理的で社会通念上相当であると認められる理由がなく、要求内容の妥当性に照らして不相当であるものや、大きな声を上げて秩序を乱すなど、行為の手段・態様が不相当であるものを意味する。
相当性の判断に当たっては、当該行為の目的、当該行為を受けた就業者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該行為が行われた経緯や状況、就業者の業種・業態、業務の内容・性質、当該行為の態様・頻度・継続性、就業者の属性や心身の状況、行為者との関係性など、様々な要素を総合的に考慮することが適当である。
以上を踏まえると、正当な理由に基づき、社会通念上相当であると認められる手段・態様による、顧客等から就業者への申出(苦情・意見・要望等)自体は妨げられるものではない。ただし、その後の交渉や話し合いの過程で違法又は不当な行為があった場合、その時点で著しい迷惑行為に該当する可能性がある。 |
| 「その業務に関して」の考え方 |
「その業務に関して」行われる著しい迷惑行為とは、以下の(ア)又は(イ)に該当する行為を意味する。
(ア) 労働時間内の就業者が受けた顧客等からの著しい迷惑行為
「労働時間」とは、労働基準法(昭和22年法律第49号)第32条に規定する労働時間のことで、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を意味する。労働基準法が適用されない就業者は、その他法令で規定される勤務時間を意味する。
(イ) 労働時間外の就業者又は定まった労働時間がない就業者が受けた、その業務遂行に影響を与える顧客等からの著しい迷惑行為
「業務遂行に影響を与える」とは、当該行為を受けた就業者の円滑な業務遂行の妨げとなることを意味する。休憩時間や通勤時間など、使用者の指揮命令下に置かれていない時間に受けた行為であっても、「その業務に関して」行われる著しい迷惑行為に該当する可能性がある。 |
| 「就業環境を害する」の考え方 |
「就業環境を害する」とは、顧客等による著しい迷惑行為により、人格又は尊厳を侵害されるなど、就業者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、就業者が業務を遂行する上で看過できない程度の支障が生じることをいう。この判断に当たっては、平均的な就業者が同様の状況で当該行為を受けた場合、社会一般の就業者が業務を遂行する上で看過できない程度の支障が生じたと感じる行為であるかどうかを基準とすることが適当である。顧客等の要求内容に妥当性がないと考えられる場合でも、就業者が要求を拒否した際にすぐに顧客等が要求を取り下げた場合、就業環境が害されたとは言えない可能性がある。
なお、顧客等から法人等に対する著しい迷惑行為(例:インターネット上での法人への誹謗中傷など)は、その内容により法人等の経営者や従業員などの就業環境が害されたと言える可能性があるため、法人等に対する著しい迷惑行為も行われるべきでない。 |
また、同条例が事業者や就業者や顧客等に求めていることも把握しておきましょう。東京都のカスハラ防止条例が事業者等に対して求めている内容をまとめると次のとおりです。
東京都のカスハラ条例が求めていること
| 事業者 |
・事業者は、基本理念にのっとり、カスタマー・ハラスメントの防止に主体的かつ積極的に取り組むとともに、都が実施するカスタマー・ハラスメント防止施策に協力するよう努めなければならない。(同条例9条1項)
・事業者は、その事業に関して就業者がカスタマー・ハラスメントを受けた場合には、速やかに就業者の安全を確保するとともに、当該行為を行った顧客等に対し、その中止の申入れその他の必要かつ適切な措置を講ずるよう努めなければならない。(同条例9条2項)
・事業者は、その事業に関して就業者が顧客等としてカスタマー・ハラスメントを行わないように、必要な措置を講ずるよう努めなければならない。(同条例9条3項) |
| 就業者 |
・就業者は、基本理念にのっとり、顧客等の権利を尊重し、カスタマー・ハラスメントに係る問題に対する関心と理解を深めるとともに、カスタマー・ハラスメントの防止に資する行動をとるよう努めなければならない。(同条例8条1項)
・就業者は、その業務に関して事業者が実施するカスタマー・ハラスメントの防止に関する取組に協力するよう努めなければならない。(同条例8条2項)
・この条例の適用に当たっては、顧客等の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。(同条例5条) |
| 顧客等 |
・何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない。(同条例4条)
・顧客等は、基本理念にのっとり、カスタマー・ハラスメントに係る問題に対する関心と理解を深めるとともに、就業者に対する言動に必要な注意を払うよう努めなければならない。(同条例7条1項)
・顧客等は、都が実施するカスタマー・ハラスメント防止施策に協力するよう努めなければならない。(同条例7条2項) |
なお、東京都、北海道、群馬県の条例のいずれもカスハラ行為を禁止とするものの、禁止規定に違反した顧客等に対して罰則を設けているわけではありません。カスハラをした顧客等の行為が既存の刑法等の要件を満たせば当該法律により罰せられることはあっても、カスハラ防止条例で罰せられることはないことは正しく理解しておきましょう。
カスハラ対策の必要性とマニュアルの重要性
日本では長らく「お客様は神様」という考え方が支配的であったことから、従業員は顧客対応を辛抱強く続けることが必要と考える向きも少なくありません。しかし、カスハラを受けてまで顧客対応を続ける必要はありません。なぜなら、カスハラを放置すると、従業員、企業、他の顧客等へ次のような影響が考えられるからです(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」13ページより引用)。
カスタマーハラスメントによる従業員・企業・他の顧客等への影響
| 従業員への影響 |
・業務のパフォーマンスの低下
・健康不良(頭痛、睡眠不良、精神疾患、耳鳴り 等)
・現場対応への恐怖、苦痛による従業員の配置転換、休職、退職 |
| 企業への影響 |
・時間の浪費(クレームへの現場での対応、電話対応、謝罪訪問、社内での対応方法の検討、弁護士への相談 等)
・業務上の支障(顧客対応によって他業務が行えない 等)
・人員確保(従業員離職に伴う従業員の新規採用、教育コスト 等)
・金銭的損失(商品、サービスの値下げ、慰謝料要求への対応、代替品の提供 等)
・店舗、企業に対する他の顧客等のブランドイメージの低下 |
| 他の顧客等への影響 |
・来店する他の顧客の利用環境、雰囲気の悪化
・業務遅滞によって他の顧客等がサービスを受けられない 等 |
もっとも「カスハラ」と「正当なクレーム」の線引きの判断を顧客対応の現場に完全に委ねるのは難しいと言えます。そこで事業者に求められるのが、現場が利用しやすいような社内の指針(マニュアル)の策定と現場への周知です。東京都が2025年3月4日に公表した「カスタマーハラスメント対策マニュアル(ひな形)」や厚生労働省のサイトに掲載されている「業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(スーパーマーケット業編)」などを参考に社内マニュアルをまとめ、アルバイト等も含めた全従業員に展開して、周知を図ることで、現場にとっての判断(「カスハラかどうか」など)や対応方針(「顧客対応を打ち切ってよいかどうか」など)のよりどころを示すべきです。
さて、以上の解説をご覧いただければ、誰の発言がGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。
<正解>
取締役D:「顧客対応の継続は義務ではないので、カスハラに該当すれば顧客対応を打ち切ってOKです。そのための判断基準として社内ルールを定めておく必要があります。そして、そのルールの内容をいま在籍している正社員だけに限らず、アルバイトや4月から入社する新入社員にも周知しておくようにしましょう。」
(コメント:取締役Dの発言は、顧客対応の継続は義務ではないことを述べたうえで、現場の判断基準及びその周知徹底を求めるもので、自治体のカスハラ条例に沿ったGOOD発言と言えます。)
取締役A:「当社が提供するサービスに瑕疵がないのにクレームを主張してきたら、それはカスハラにあたりますが、当社が提供するサービスに瑕疵があるという主張が事実に基づくものであれば、「会社名をインターネットで晒してやる」と脅迫されても、正当なクレームとして扱わざるを得ず、カスハラには該当しません。」
(コメント:取締役Aの発言内容は、自社が提供するサービスに瑕疵があるという顧客の主張が事実に基づくものであれば、顧客の言動の態様いかんにかかわらずカスハラに該当しないというものです。自社が提供するサービスに瑕疵があったとしても、そのことと顧客の言動がカスハラに該当するかどうかの判断は別物であるため、取締役Aの発言はBAD発言です。)
取締役B:「たとえ当社が提供するサービスに瑕疵があるという主張が事実に基づくものであったとしても、その言動が不相当なものであれば、それはカスハラになります。「会社名をインターネットで晒してやる」といった脅迫はカスハラの典型例であり、そのような言動をした顧客は自治体のカスハラ条例で罰則を受けることになります。」
(コメント:取締役Bの発言の前半は正しいです。しかし、カスハラ条例は罰則のない条例であり、「自治体のカスハラ条例で罰則を受ける」は誤りです。)
取締役C:「たとえカスハラ行為であったとしても顧客であることには変わりはないので、「会社名をインターネットで晒してやる」と言われても顧客対応を続けざるを得ないのが悩ましいところです。」
(コメント:「会社名をインターネットで晒してやる」という脅迫は明らかにカスハラ発言です。取締役Cの発言は、カスハラ行為に該当しても顧客対応は継続しなければならないとするものですが、この発言はカスハラ行為への対応策を誤解したBAD発言です。カスハラ行為に該当すれば顧客対応を打ち切っても問題ありません。)