2016/09/30 【2016年8月の課題】ESGへの対応:解答(会員限定)

Sustainalytics(サステイナリティクス)
リサーチプロダクト部門 セクターマネージャー
藤田裕美

日本企業を取り巻く「ESG投資」の現状

日本では、機関投資家等が投資先の選定にあたり企業のE(Environment=環境)、S(Social=社会)、G(Governance=ガバナンス)への対応を考慮する「ESG投資」への注目がこれまでになく高まっています。

その最初のきっかけとなったのが、2014年2月より導入されたスチュワードシップ・コードです。同コードは、機関投資家の投資判断において、財務情報に加え「非財務情報(いわゆるESG情報)」を考慮し、企業との対話を通じて持続的成長を促すことを求めています。

スチュワードシップ・コードには、2016年7月末現在で212の機関投資家等が署名しています。その中には、世界最大の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も含まれます。そのGPIFは2015年9月に国連責任投資原則(PRI)に署名し、今年(2016年)4月には、委託先運用会社を含めた国内機関投資家によるスチュワードシップ活動の現状を調査するアンケートを上場企業向けに実施、さらに7月にはESG株価指数の公募を実施するなど、スチュワードシップ・コードの趣旨に沿った運用・ESG投資を求め、委託先運用会社へのプレッシャーを強めています。今後はGPIFのみならず、その他年金基金等(アセットオーナー)も同様の行動に出ることが予想されます。既に海外の機関投資家の間では、ESG情報を投資判断に組み入れることは特に目新しくない光景となっています(世界のESG投資の動向についてはこちら)。今後は日本にも同じ状況が訪れるでしょう。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF) : 厚生年金と国民年金の積立金の管理・運用を行う厚生労働省所管の独立行政法人。運用資産の規模が100兆円を優に超える世界最大の機関投資家である。
国連責任投資原則(PRI) : 機関投資家に対し、投資判断プロセスにESGを反映することや、投資対象企業にESGに関する情報開示を求めることなどを提唱するもの。これに署名した機関投資家は、国連に投資の状況を報告する義務が生じるため、ESGを重視した投資を実践せざるを得ない。PRIとはUnited Nations Principles for for Responsible Investmentの略である。

そして、投資家のこのような動きは、当然その投資先である日本企業にも影響を与えることになります。本稿では、スチュワードシップ・コードが機関投資家に求める対応を踏まえ、日本企業がとるべき対応を下図のとおり3つのステップ(定義&情報収集、評価、対話)に分けて解説します。

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1.定義&情報収集

機関投資家がESG要素を考慮するにあたっては、まずどのESG情報をどのように投資判断プロセスに取り入れるのかを定義し、これを踏まえて該当情報を収集することになります。一方、企業に対しては、機関投資家に求められる情報を社内で集め、それを明確な形で開示することが要求されます。

このステップにおいて多くの企業の担当者(通常はCSR担当者)が直面する課題の一つに、社内調整の難しさが挙げられます。例えば、従業員離職率や福利厚生に関する情報を、各部署および海外法人から取り寄せるとしましょう。担当者は、各部署に情報の必要性を説明して理解を得ることはもちろん、海外法人からの情報収集の際には、地域ごとの情報量のばらつきも調整しなければなりません。当然、時間も手間もかかります。

この課題をクリアするためには、やはり経営陣のコミットメントが必要不可欠です。ESGに関する情報が、単に社会貢献の観点からではなく、投資家の判断を左右しうる重要な要素として求められる情報であることを経営トップが認識し、これを社内全体に浸透させる必要があります。また、単にメッセージを伝えるだけでなく、組織の構造およびレポーティング体制を変えることも重要です。欧米企業では、CSR部門とIR部門に緊密な連携があるはもちろんのこと、例えば特定の取締役に直接ESG関連事項の監督責任を持たせたり、また、執行役員から構成されるSustainability CommitteeやRisk Management Committeeなどの委員会組織を置き、彼らがESGについて取締役会に直接レポートする体制をとったりするケースが少なくありません。

課題の二つ目に、いざ情報開示を行うとなった際の人的・物的リソース不足および情報自体の不足が挙げられます。この課題をクリアするうえで鍵となるのは、自社にとってマテリアル(=重要な)なESG要素を選択しそこに的を絞った「量より質」の情報開示です。むやみやたらに多くの情報を開示するより、マテリアルなESG要素と財務パフォーマンス・経営戦略との関連性を明確かつ簡潔に示したレポートの方が、投資家にとってははるかに有益な情報なのです。何が「マテリアル」なのかについては、GRIGlobal Reporting Initiative)やSASBSustainability Accounting Standards Board=米国サステナビリティ会計基準審議会)など様々な機関が定義しており、特にGRIのレポーティング基準は企業のCSRレポート作成に広く利用されています。このGRI基準と、機関投資家が投資判断の観点から重要視する項目とを比較すると、中身はおおよそ重なるとのリサーチ結果もGRIから出ています。弊社の調査によると、欧州企業の約40%がCSRレポート作成に際しGRI基準を採用しているのに対し、日本企業の場合、ここ最近増加しているとはいえ、12%程度にとどまっているのが現状です。

Global Reporting Initiative : 国際的なサステナビリティ・レポーティング(持続可能性報告)のガイドラインを作成している非営利団体
Sustainability Accounting Standards Board=米国サステナビリティ会計基準審議会 : SEC(米国証券取引委員会)に提出されるアニュアルレポートにおける「業種別の非財務情報」の開示基準を作成している団体。2012年設立。「FASB(財務会計基準審議会)」の“サステナビリティ版”とも言われる。

また、多くの日本企業から聞かれるのは、社内の各部署・海外法人による情報量・質の違いや、上述したような社内調整の難しさにより、情報開示しようにも、比較可能な情報が一律に揃わないケースが多いということです。しかし、このような場合でも、まずは手元にある情報から開示していくことを推奨します。一部の情報でも開示することにより、自社が当該ESG項目およびそのリスクについて問題意識を持っていること、およびモニタリングしていることを投資家に示すことができます。投資家にとっては、この事実だけでも投資判断の助けになるのです。ただし、長期的には、情報収集システムやフォーマットの統一化により、国内・海外法人ともに効率的な情報収集を可能とする体制を整えていく必要があります。

2.評価

機関投資家は多くの場合、外部のESG評価機関数社のデータとインハウスのESGチームのリサーチ結果を総合して企業を評価し、投資判断に利用しています。

したがって、企業においてはまず、どのESG評価機関に自社のリソースを振り向けるのか取捨選択することが最初のステップとなります。各ESG評価機関などが出しているサステイナビリティランキングやESG関係のインデックス(例:Dow Jones Sustainability Index)の中には、各社へのアンケートを基に構成銘柄を決定するものもありますが、機関投資家(特に近年増加しているESGインテグレーション手法を取る投資家)が日々の投資判断において利用するESGデータは、多くの場合、弊社のようなESG評価機関が、企業の公開情報を基に調査したものです。また、ESG評価機関が調査対象企業のカバレッジを拡大する中、アンケート調査には限界があるため、企業にとっては公開情報を充実させる重要性が増していると言えます。一方、企業においては、CSRおよびIR部門の限りあるリソースでは、全ての評価機関に対応するのは物理的に不可能な場合も多いと考えられます。そのため、最初のステップとして、どのESG評価機関の自社評価を重視するかの判断が必要になるわけです。

重視するESG評価機関を選択したら、今度は自社がどういった基準で評価され、同業他社と比較してどこにギャップがあるのかを理解していくことになります。具体的には、アンケートあるいは公開情報のいずれを基にした調査かにかかわらず、各評価機関、業種ごとに細かい評価指標が存在することを踏まえ、例えば「他社と比較して特に点数の差が大きい指標」あるいは「業種ごとにマテリアルな指標」など、焦点を絞って改善点を把握していくべきでしょう。次で解説するように、企業との対話(エンゲージメント)においては、こうした特定の項目に的を絞る投資家も多くなっています。

また、日本企業においては、全般的な情報の見せ方を改善することも、評価を向上させるうえで鍵となります。単純ではありますが、日本語と英語の開示内容・情報量を同様にしたり、互いに関連する情報(例えば「品質管理システムの説明」「関連する認証及びその対象範囲」「製造拠点の情報」)はレポートの同一項目内に記載するか、もしくはリンクを張るなどしてわかりやすくしたりするだけで、評価が上がることは往々にしてあります。

3.対話(エンゲージメント)

ESGに関する「エンゲージメント」(以下、ESGエンゲージメント)と一言で言っても、機関投資家の投資方針、規模、リソース、ESG投資の手法などにより、企業の経営陣やIR部門にレターやEメールを送付するだけのケースから、対面でのミーティングを求めるケースまで、その方法は様々です。また、機関投資家が企業に直接コンタクトする場合もあれば、エンゲージメント・サービス会社に外注する場合、他の機関投資家との協働エンゲージメントを行う場合など、アプローチの主体も様々となっています。

いずれの方法・主体で投資家がアプローチして来るにせよ、日本企業の当面の課題は、ESGエンゲージメントのプロセス・内容について正しく理解し、これを受け入れる体制を整えておくことであると考えられます。

2014年のEurosif(欧州のサステナビリティ投資推進団体)の調査によると、ESGエンゲージメントを取り入れる機関投資家が特に増加している欧州では、2013年時点で約328万ユーロの投資資産がこの手法を取り入れており(2011-2013年で85.8%の増加)、このうち(運用会社の所属国ベースで見ると)50%以上が英国、次がオランダの20%となっています。最近では、日本企業もしばしば欧州の運用会社からESGに関する問い合わせを受けているようです。

では、実際のところ、投資家によるエンゲージメントの内容はどのようなものなのでしょうか。

ここでは、弊社が英国Cass Business Schoolと共同で今年6月に発表した、投資家によるエンゲージメントに関するレポート”Engagement: Unlocking Black Box of Value Creation”の結果を簡潔に紹介します。本調査では、英国、オランダ、フランスの機関投資家を対象にインタビューを行い、彼らのESGエンゲージメントの具体的なプロセス・内容・目的などについてまとめています。

まず、投資家が企業へエンゲージメントを働きかけるきっかけとしては、ネガティブな事件(例:フォルクスワーゲン)やESG評価機関によるレーティング変更のような外部要因に基づくものと、自社のアナリストの企業分析の一環として、包括的に企業を理解することを目的とした内部要因に基づくものがあります。また、「2. 評価」でも述べたように、彼らは多くの場合、外部ESG評価機関数社のデータとインハウスESGチームのリサーチ結果を総合し、いわゆる「ダッシュボード」もしくは「ヒートマップ」のようなツールを用いて、ESG評価の点で注目すべき(必要があればエンゲージメントすべき)企業を特定できるようにしています。

エンゲージメントにおいて特定のテーマを設定する場合には、「温室効果ガス排出」「不正・腐敗」「労働問題」「人権問題」が最も多く選ばれています(もちろん、該当企業の属する業界のマテリアリティにもよります)。一方、特定のテーマを設定せず、広くESGについて対話することを好む投資家も多いようです。企業としては、投資家がいずれのタイプであったとしても、各ESG項目・指標における自社の評価を把握し、優先順位の高いものから改善していくことが重要です。これは自社の評価自体を上げることになるのみならず、投資家とのエンゲージメントに向けた準備という意味でも有益であると考えられます。

ちなみに、本レポートでは、日本企業へのエンゲージメントについて「文化・言語の違いはもとより、企業の情報開示姿勢が乏しいため難しい」と答えた投資家が、オランダとフランスを中心に多かったという事実が指摘されています。このような印象を海外投資家に与えてしまっていることは、日本企業にとって非常に残念なことです。

今年5月、サステナビリティに関するニュースサイトSustainable Japanに、NTT(日本電信電話株式会社)の事例が掲載されました。2013年11月、不正・腐敗防止に関する取組みについて機関投資家から協働エンゲージメントのレターを受けたことをきっかけに、建設的なエンゲージメントを行い成功した具体例であり、日本企業にとって非常に参考になる事例ではないでしょうか。

国内・海外の機関投資家ともに、日本企業へのESG情報の提供要請及びスチュワードシップ活動を強化すると予想される中、日本企業においては、自社のESGへの取組み及びIRコミュニケーションを本稿と照らし合わせることで、課題抽出・改善の一助としていただければ幸いです。

2016/09/30 2016年9月度チェックテスト第2問解答画面(不正解)

不正解です。
監査役会設置会社や監査等委員会設置会社で、任意の指名(諮問)委員会を設置するケースが増えてきました。この任意の指名委員会は、会長や社長が密室で次の社長を決める実務慣行に対して、次期社長の指名プロセスが不透明であるといった批判が強まったことから、社長選任手続きの透明性を高めるために導入された仕組みです。それにもかかわらず、その任意の指名委員会の委員長に社長が就任してしまうと、わざわざ任意の指名委員会を設けた意味がなくなってしまいます。以上より、問題文は「委員長に自社の社長が就任すべき」としている点が誤りです。

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2016/09/06 指名(諮問)委員会の盲点(会員限定)

2016/09/30 2016年9月度チェックテスト第2問解答画面(正解)

正解です。
監査役会設置会社や監査等委員会設置会社で、任意の指名(諮問)委員会を設置するケースが増えてきました。この任意の指名委員会は、会長や社長が密室で次の社長を決める実務慣行に対して、次期社長の指名プロセスが不透明であるといった批判が強まったことから、社長選任手続きの透明性を高めるために導入された仕組みです。それにもかかわらず、その任意の指名委員会の委員長に社長が就任してしまうと、わざわざ任意の指名委員会を設けた意味がなくなってしまいます。以上より、問題文は「委員長に自社の社長が就任すべき」としている点が誤りです。

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2016/09/06 指名(諮問)委員会の盲点(会員限定)

2016/09/30 2016年9月度チェックテスト第1問解答画面(不正解)

不正解です。
Modern Slavery Act 2015はイギリスで2015年3月に成立し、同年10月に施行された法律で、現代奴隷法(Slaveryは「奴隷制」「奴隷状態」を意味する)と訳されています(以下、MSA2015)。MSA2015は、児童を違法な労働へ従事させたり、不当に安い賃金で移民労働者を働かせたりといったModern Slavery(現代奴隷)の問題を根絶することを目的としています。MSA2015によると、「イギリス」においてビジネス活動を行う企業のうち、年間売上高が「3600万ポンド」(1ポンド130円換算で約47億円)を超える企業は、自社および自社のサプライチェーンにおいて、「奴隷労働」と「人身取引」を防止するための具体的な取り組みを、年次声明として公表しなければならないとされています。本社等が日本にある企業であっても、イギリスにおける事業の年間売上高が3600万ポンドを超えれば、MSA2015に基づく年次声明の公表が必要となります。問題文は「EU域内」「3600万ユーロ」の2点で誤りです。

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2016/09/01 (新用語・難解用語)UK Modern Slavery Act 2015(会員限定)

2016/09/30 2016年9月度チェックテスト第1問解答画面(正解)

正解です。
Modern Slavery Act 2015はイギリスで2015年3月に成立し、同年10月に施行された法律で、現代奴隷法(Slaveryは「奴隷制」「奴隷状態」を意味する)と訳されています(以下、MSA2015)。MSA2015は、児童を違法な労働へ従事させたり、不当に安い賃金で移民労働者を働かせたりといったModern Slavery(現代奴隷)の問題を根絶することを目的としています。MSA2015によると、「イギリス」においてビジネス活動を行う企業のうち、年間売上高が「3600万ポンド」(1ポンド130円換算で約47億円)を超える企業は、自社および自社のサプライチェーンにおいて、「奴隷労働」と「人身取引」を防止するための具体的な取り組みを、年次声明として公表しなければならないとされています。本社等が日本にある企業であっても、イギリスにおける事業の年間売上高が3600万ポンドを超えれば、MSA2015に基づく年次声明の公表が必要となります。問題文は「EU域内」「3600万ユーロ」の2点で誤りです。

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2016/09/01 (新用語・難解用語)UK Modern Slavery Act 2015(会員限定)

2016/09/30 取締役会の決議事項を減らす方法

コーポレートガバナンス・コードの補充原則4-11③が求めている取締役会の実効性評価を通じて、各社がコーポレートガバナンス報告書で自社の取締役会における課題を開示している。その中でも最も多く見られる課題の一つが、戦略などの重要なテーマに関する議論の不足である。取締役会において戦略の話がされていない、時にはそもそも戦略が不在に等しいといった問題意識が、日本企業において高まってきている。この評価結果を受け、今後は多くの企業で取締役会に上程する議題の見直しが検討されるだろう。

その際に大きな問題になるのが、「いかに取締役会の決議事項を減らすか」ということである。・・・

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2016/09/30 取締役会の決議事項を減らす方法(会員限定)

コーポレートガバナンス・コードの補充原則4-11③が求めている取締役会の実効性評価を通じて、各社がコーポレートガバナンス報告書で自社の取締役会における課題を開示している。その中でも最も多く見られる課題の一つが、戦略などの重要なテーマに関する議論の不足である。取締役会において戦略の話がされていない、時にはそもそも戦略が不在に等しいといった問題意識が、日本企業において高まってきている。この評価結果を受け、今後は多くの企業で取締役会に上程する議題の見直しが検討されるだろう。

その際に大きな問題になるのが、「いかに取締役会の決議事項を減らすか」ということである。戦略など従来は十分に議論されてこなかったテーマを取り上げるとなると、その分これまで議題として上げてきた事項を減らして時間を確保する必要がある。すなわち取締役会が経営陣に委任する範囲を拡大しなければならないが、実際にはその線引きは難しく、多くの企業が頭を悩ませているようだ。

例えば、これまでは1億円以上の投資案件を取締役会に諮っていたところ、付議基準を見直して「10億円」に引き上げたとする。しかし、いざ新しい付議基準を運用する段階になると、「9億円の案件は本当に諮らなくていいのか」「3億円でも新規性の高い案件は判断を仰ぐべきでないか」「そもそも1億円から10億円は飛び過ぎで5億円が妥当ではないか」といった声が、取締役と経営陣の双方から出てくる。また、経営陣としても、個人の決済で案件の責任を一身に背負うより、取締役会に決断を委ねることで「会社の責任」にしたいという意識が働く。

その結果、10億円未満でも「その他の重要な事項」として決議事項として上程される、もしくは報告事項として取締役会メンバーの耳に入れておく、といった運用がなされるケースが珍しくない。しかし、これでは大した時間短縮を図ることはできない。こうした状況で戦略など新たな議題を上程することになれば、議論する取締役(特に社外取締役)、これをサポートする事務局ともに負担が増すだけである。社外取締役の関与にも限界があるため大幅に取締役会の回数や時間を増やすわけにもいかず、結局、戦略などに関する議論は大して行われないままという事態に陥る。

こうした中、最近は企業の実務サイドから、「○億円」「○%」といった明確(公的)な指針が打ち出されることを待望する声が聞かれる。ただ、企業が取締役会で議論すべき事項は一律に線引きできるものではなく、基準を作るにしても規模、業種特性、成長ステージなどによって異なるのが当然だろう。公的な指針に無条件に従うという姿勢は、「攻めのガバナンス」とは真逆に位置すると言わざるを得ない。

決議事項を減らす目的はあくまで戦略など重要なテーマを議論することであり、その手段に過ぎない付議基準の見直しは最後に検討されるべき話だ。取締役会での決議事項は、例えば以下のような順序で検討することが有効だろう。

①自社の成長ステージに基づき、戦略を議論するのに望ましいボード・ポートフォリオを策定する
②策定したポートフォリオに従って、社外取締役はじめ最適なボードメンバーを選任・決定する
③ボードメンバー(特に社外取締役)の時間的制約に鑑み、トータルの開催回数・時間を設定する
④トータルの開催回数・時間のうち、戦略を議論するために必要だと考えられる割合を算出する
⑤残りの回数・時間で扱える議題を重要性(金額など)で判断、残りは経営陣に委任する

手段が目的化することがないよう注意しながら、取締役会改革を進めたいところだ。

2016/09/29 新基準の適用で繰延税金資産増加企業は88社、最大152億円

ROEの分母ともなる当期純利益に影響を与える「繰延税金資産」に対する経営者の関心は高い。繰延税金資産を積み増せば、税引前利益から控除される「法人税等」の金額が減り、税引後の「当期純利益」は増えることになる(繰延税金資産の詳しい解説は【新用語・難解用語辞典】資産負債法 参照)。この繰延税金資産の計上を柔軟にする会計基準である「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(以下、回収可能性適用指針)が平成28年4月1日以後開始事業年度から適用されているが、果たして企業の決算にどれほどの影響を与えたのか、検証してみよう。

ROE : 自己資本利益率=当期純利益÷自己資本

繰延税金資産は、例えば減損損失のように、会計上は費用に計上できるが法人税上は直ちには費用(損金)に計上できない(実際に損失が発生しないと損金とは認めないというのが法人税の基本的な考え方)という現象が生じた場合に発生するものであり、将来損金化が実現した場合には税金を減らし、当期純利益を押し上げる効果があることから「資産」に分類されている。ただ、将来実際に税金を減らすためには、損金になった時点で課税所得がなければならない(課税所得がなければそもそも税金負担もないため)。そこで、繰延税金資産の計上にあたっては、企業は将来の課税所得の発生について「合理的な根拠」をもって説明する必要がある。回収可能性適用指針は、その前身である監査委員会報告第66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」よりは繰延税金資産の計上をしやすくするものとはいえ、実際には計上のハードルが高いということは、2016年5月18日のニュース「繰延税金資産の回収可能性適用指針」の適用で繰延税金資産は増加するか」でお伝えしたとおりだ。

減損損失 : 固定資産の時価や収益性が著しく低下している場合に、固定資産の簿価を時価まで減額する処理のこと。

実際、当フォーラムが平成29年3月期第1四半期報告書の会計方針の変更の記載を調査したところ、回
収可能性適用指針の適用により会計処理を変更し、期首時点の繰延税金資産が増加した会社は88社(3月決算会社の約3%)と、少数にとどまっている。業種別にみると下表のとおり。・・・

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2016/09/29 新基準の適用で繰延税金資産増加企業は88社、最大152億円(会員限定)

ROEの分母ともなる当期純利益に影響を与える「繰延税金資産」に対する経営者の関心は高い。繰延税金資産を積み増せば、税引前利益から控除される「法人税等」の金額が減り、税引後の「当期純利益」は増えることになる(繰延税金資産の詳しい解説は【新用語・難解用語辞典】資産負債法 参照)。この繰延税金資産の計上を柔軟にする会計基準である「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(以下、回収可能性適用指針)が平成28年4月1日以後開始事業年度から適用されているが、果たして企業の決算にどれほどの影響を与えたのか、検証してみよう。

ROE : 自己資本利益率=当期純利益÷自己資本

繰延税金資産は、例えば減損損失のように、会計上は費用に計上できるが法人税上は直ちには費用(損金)に計上できない(実際に損失が発生しないと損金とは認めないというのが法人税の基本的な考え方)という現象が生じた場合に発生するものであり、将来損金化が実現した場合には税金を減らし、当期純利益を押し上げる効果があることから「資産」に分類されている。ただ、将来実際に税金を減らすためには、損金になった時点で課税所得がなければならない(課税所得がなければそもそも税金負担もないため)。そこで、繰延税金資産の計上にあたっては、企業は将来の課税所得の発生について「合理的な根拠」をもって説明する必要がある。回収可能性適用指針は、その前身である監査委員会報告第66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」よりは繰延税金資産の計上をしやすくするものとはいえ、実際には計上のハードルが高いということは、2016年5月18日のニュース「繰延税金資産の回収可能性適用指針」の適用で繰延税金資産は増加するか」でお伝えしたとおりだ。

減損損失 : 固定資産の時価や収益性が著しく低下している場合に、固定資産の簿価を時価まで減額する処理のこと。

実際、当フォーラムが平成29年3月期第1四半期報告書の会計方針の変更の記載を調査したところ、回
収可能性適用指針の適用により会計処理を変更し、期首時点の繰延税金資産が増加した会社は88社(3月決算会社の約3%)と、少数にとどまっている。業種別にみると下表のとおり。

業種 社数 業種 社数 業種 社数
情報・通信業 10 機械 4 倉庫・運輸関連業 2
化学 9 電気機器 4 海運業 1
銀行業 9 医薬品 3 金属製品 1
卸売業 6 精密機器 3 食料品 1
サービス業 5 鉄鋼 3 電気・ガス業 1
その他製品 5 不動産業 3 非公開 1
建設業 5 輸送用機器 3 非鉄金属 1
陸運業 5 小売業 2 保険業 1

最も社数が多かった業種は「情報・通信」で10社、これに「化学」「銀行業」が9社で続いた。この3業種中で、業界全体に占める繰延税金資産増加企業の割合が最も高かったのは銀行業だったが、それでも9.8%(9/92社)に過ぎない。三大メガバンクで当該9社に含まれているのは、みずほフィナンシャルグループのみだった。

また、繰延税金資産の増加額が最も大きかったのは、阪急阪神ホールディングス(陸運業)の152億円であった。ちなみに、回収可能性適用指針は会計期間の期首から適用が開始されたため、会計処理の変更による影響額は「期首の利益剰余金」に反映されている。阪急阪神ホールディングスの152億円も、「期首の利益剰余金」の増加額である。今後、何らかの理由で将来の課税所得の発生について合理的な根拠をもって説明することが可能となり繰延税金資産が増加した場合、その影響は「期首の利益剰余金」ではなく当期純利益に反映されることになる。

今回の繰延税金資産の回収可能性に関する会計基準の見直し(監査委員会報告第66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」→「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」)は、IFRS(国際会計基準)と足並みをそろえるものであり、上述のとおり、「繰延税金資産の計上基準をより柔軟にし、従来よりも繰延税金資産を計上しやすくする」というのが趣旨だった(2015年12月15日のニュース「繰延税金資産適用指針が月内決定、28年3月期の利益押し上げも」参照。実際、IFRSを採用すると、繰延税金資産の計上額が(日本の会計基準に基づき計上していた額より)多くなるのが通常となっている。IFRSには日本基準のような厳格な計上ルールがないためだ。確かに将来のことは不確実であり、できるだけ保守的に繰延税金資産を計上するべきという日本基準の考え方も理解はできるが、日本基準を採用している企業が、グローバル企業と比較して十分な繰延税金資産を計上しているのかという疑問は残りそうだ。

2016/09/29 【役員会 Good&Bad発言集】不祥事が発生した場合の第三者委員会メンバーの選定

ある上場企業で、「当社の有力な事業部門で不適正な決算が行なわれている」との内部通報があり、監査部がその事実を調査したところ、過年度の決算修正を視野に入れざるを得ない重大な不適正会計が行なわれていることが判明しました。社内では、経理、人事など管理部門の取締役が集まって、今後の対応の進め方について議論しています。取締役A・B・Cの発言のうち、誰の発言がgood発言でしょうか?

取締役A:「不適正会計の事実は相当程度掴めていますが、まだ全貌が明らかになっているとは言い難い状況です。そこで至急、監査・経理・法務・人事部門を中心にメンバーを人選してより深い調査を行っていきます。また、並行して第三者委員会を設置したいと考えます。第三者委員会の委員は外部専門家である当社の顧問弁護士と監査を担当している監査法人の会計士で構成することとし、社長にも加わってもらいましょう。執行側の責任者が委員会に加わらないと、委員会の調査そのものの正確性や信憑性が疑われることになりかねませんので。」

取締役B:「先生方はその方面の専門家でいらっしゃるだけでなく、当社のことを熟知しています。当社の実務がわからないと調査が進まないので、先生方に第三者委員会の委員にご就任いただくことに異論はありません。第三者委員会の調査を補助するために、ある程度の人数の社員を確保して事務局を置きましょう。」

取締役C:「第三者委員会の独立性、中立性を保つためには、社長といえども当社関係者はメンバーに入れない方が良いのではないですか?社長には失礼ですが、不適正会計の舞台となっている事業部門のかつての責任者だったということもあります。当時社長の関与があったとは思いませんが、委員選定の妥当性が疑われ、世間から二重の批判を受けることになりかねませんので、外れてもらうべきです。」

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