既報のとおり、東京都で全国初となる「カスタマーハラスメント防止条例」(以下、東京都カスハラ防止条例)が制定され、2025年4月から施行されるが(2024年10月16日のニュース「カスハラへの対応ミスで被害者の矛先が会社に向かう恐れ」参照)、カスタマーハラスメントが社会問題化する中、ようやく国(厚生労働省)も対策に乗り出す。
厚労省に設置された労働政策審議会は2024年12月26日に公表した建議により、厚生労働大臣に対し女性活躍推進関連の提案を行っているが(2025年1月17日のニュース「女性管理職比率の開示義務化が既定路線に 適用対象拡大により子会社での開示が必要になるケースも増加へ」参照)、同建議の中で各種ハラスメント対策の強化も求めている。
建議では、「職場におけるハラスメント防止対策の強化」の中で、個別のハラスメントとして真っ先にカスハラを取り上げており、カスハラは「労働者の就業環境を害するものであり、労働者を保護する必要がある」ため、カスハラ対策を事業主の雇用管理上の措置義務とすることが適当であるとしている。そして、事業主が講ずべき雇用管理上の措置の具体的な内容を指針で明確化するよう厚生労働大臣に要請している。
もっとも、国がカスハラを取り上げるのはこれが初めてではない。2019年6月5日には労働施策総合推進法が下記のとおり改正され、職場におけるパワハラ防止のために雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務とされている。
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1項 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。 2項 事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。 |
この法改正を踏まえ、2020年1月には「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号。以下、パワハラ防止指針)が策定された。
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事業主は、取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮として、例えば、⑴及び⑵の取組を行うことが望ましい。また、⑶のような取組を行うことも、その雇用する労働者が被害を受けることを防止する上で有効と考えられる。 ⑴ 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 (中略) ⑵ 被害者への配慮のための取組 (中略) ⑶ 他の事業主が雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取組 (後略) |
このように、2020年1月に公表された国のパワハラ防止指針では「カスタマーハラスメント」という用語すら出てこないものの、カスハラへの取組みも射程に入れて作られている。ただし、事業主によるカスハラに関する取組みの必要性は「望ましい」「有効」といった表現(上表の赤字)にとどまっていた。今回の建議は、このパワハラ防止指針における「望ましい」「有効」というトーンをより強めて「義務」に昇格させた「カスタマーハラスメント防止指針(仮称)」の創設を求めるものであり、実現すれば今年4月からカスハラ防止条例が施行される東京都に限定されず、全国の事業主にもカスハラ対策が義務付けられることになる。
さらに建議では、セクハラと同様(下記の男女雇用機会均等法11条の3項参照)、カスハラについても、事業主は、他の事業主から当該事業主の講ずる雇用管理上の措置の実施に必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない旨を法律で規定することが適当であるとされている。つまり、他社から、「自社の労働者」による他社の労働者に対するカスハラの事実確認や再発防止といった他社の雇用管理上の措置の実施に必要な協力を求められた場合、事業主はこれに応じるよう努力義務が課されることになる。
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(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等) 11条 1項 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。 (中略) 3項 事業主は、他の事業主から当該事業主の講ずる第一項の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない。 (後略) |
また建議では、就活等におけるセクハラ対策の強化や、いわゆる自爆営業をパワハラ防止指針に明記することも要請している(「自爆営業」については2024年6月12日のニュース「自爆営業の根絶に向け、ノルマの廃止も選択肢に」を参照)。建議では、就職活動中やインターンシップの学生・転職希望者等の求職者と事業主との関係は「雇用関係そのものではない」ものの、「就職活動中の学生等に対するセクシュアルハラスメントの防止は職場における雇用管理の延長上にある」と整理し、事業主の雇用管理上の措置義務とすることが適当であるとしている。上場会社としては、自社(子会社も含む)のセクハラ対策やパワハラ対策が就活等におけるセクハラや自爆営業も射程に入れているか、確認する必要がある。
自爆営業 : 営業マンが売れ残り商品をやむなく自腹で購入するといった従業員による不必要な商品・サービスの購入のこと。
このほか、就活等におけるハラスメントの一類型として「圧迫面接」などの面接官によるパワハラやOB・OG訪問時のパワハラも想定されるが、労働政策審議会の雇用環境・均等分科会における議論で「就活パワーハラスメントはどこまでが相当な行為であるかという点についての社会的な共通認識が必ずしも十分に形成されていない」という指摘があったことから、建議ではパワハラ防止指針等において記載の明確化等を図りつつ、周知を強化することを通じて防止に向けた取組みを推進するとともに、社会的認識の深化を促していくべきとしている。上場会社は、就活ハラスメント対策がセクハラ対策だけにとどまらないよう留意したいところだ。
国によるカスハラ対策の議論はこれからとなるが、都内で事業を行う法人等(都内に本社がなくても、都内に支店等の事務所・事業所がある場合を含む(*)。「等」は任意団体や個人も含む。以下、都内事業者)には国の議論の決着を悠長に待っている時間はない。冒頭で述べたとおり東京都カスハラ防止条例の施行まで3か月を切っているからだ。
東京都カスハラ条例では、カスハラを「①顧客等から就業者に対し、②その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、③就業環境を害するものをいう。」と規定している(東京都カスハラ条例2条5号)。すなわち、①から③までの要素を全て満たすものが東京都カスハラ条例上のカスハラに該当することになるが、これら3つの要素をすべて満たさない場合であっても、「著しい迷惑行為」があった場合には、刑法等に基づき処罰される可能性や、民法に基づき損害賠償を請求しうる可能性がある点、留意したい。
都内事業者はカスハラ防止に主体的かつ積極的に取り組む必要がある(東京都カスハラ条例9条1項)。具体的には、事業者は顧客等からのカスハラを防止するための措置として、東京都のガイドラインに基づき、必要な体制の整備、カスハラを受けた就業者への配慮、カスハラ防止のための手引きの作成などの措置を講ずるよう努める必要がある(東京都カスハラ条例14条1項)。そのうえで、都内事業者は、就業者がカスハラを受けた場合には、速やかに就業者の安全を確保するとともに、当該行為を行った顧客等に対し、その中止の申入れなど必要かつ適切な措置を講ずるよう努める必要がある(東京都カスハラ条例9条2項)。また、都内事業者はその事業に関して就業者が顧客等としてカスハラを行わないように、必要な措置を講じるよう努めなければならない(東京都カスハラ条例9条3項)。いずれも努力規定であり、実施していない事業主が何らかの罰則を受けるわけではないものの、上場会社の社会的責任を考えれば実施して当然の取組みと言えるだろう。
なお、東京都カスハラ条例5条では、適用上の注意として「この条例の適用に当たっては、顧客等の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。」と規定している。顧客等による正当なクレームまで安易に「カスハラ」として切り捨てることがないよう注意したい。東京都のガイドラインでも「本来、正当なクレームは業務の改善や新たな商品又はサービスの開発につながるものであり、不当に制限されてはならない。」と警鐘を鳴らしている(11ページ参照)。
顧客との接点となる現場では「カスハラかどうか」のグレーゾーンで判断に困ることも想定される。都内事業者に該当する上場会社は、東京都のガイドラインを参考にしつつ「カスハラかどうか」の線引きを含む社内ルールを早急に作成するとともに社内研修などで十分に周知させたうえで4月を迎えるようにしたい。
