市場に対する感度の高さが投資家の安心感を呼ぶ
年明け以降、株式市場の大幅な下落、円高の進行といった企業収益に直接的なインパクトのあるマクロ経済環境の変化が起こっています。また、マイナス金利の導入を受け、企業は資本調達環境など財務戦略の前提条件を一部見直す必要が出て来ています。
このような環境変化が業績に与える影響は当然投資家の関心事であり、企業は投資家とのミーティングで説明を求められることもあるでしょう。その際に避けなければならないのが、“定型文言”による説明です。
投資家から見た場合、多くの企業が行っている下記のようなコメントは無意味であるだけでなく、環境の変化に対して何も有効な手段がとれていないとして、経営陣は「無策」であると捉えられる恐れがあるので要注意です。
<よくある“定型文言”による説明>
当連結会計年度における世界経済は、米国で景気が回復し、欧州でも持ち直しの動きが見られましたが、新興国を中心に経済不安が拭えない状況にありました。一方、日本経済は緩やかな回復傾向にあるものの、年明け以降、急速に円高が進行し、不透明感が拡大しました。
このような状況の中で、当社グループの当連結会計年度の業績は、円高により予想を下回ったものの、売上高は○○億円の増収となり、営業利益は×××億円で前期比××億円の増益となりました。
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マクロ経済の変化や金融政策の大きな変更に対しては、企業としてそれをどのように受け止め、対応しようとしているかの説明が不可欠です。特にマイナス金利については、単なる金利の水準の問題として捉えることは適切ではありません。現時点では預金金利までマイナスになっているわけではないため、「預金をすると利息を払わなければならなくなる」ということはありませんが、今後、借入コストが極端に低くなり、預金の保有コストが高まる(企業は保有する銀行預金に対して利息を払う)という事態が起こり得るということは十分考えておく必要があります。
もちろん、円高が急速に進み株価が大きく下落するなどこれだけ大きな市場変動が起こると、「そもそもこの政策は妥当だったのか」といった様々な議論が出て来ます(既に出ています)。したがって、企業としてはあえて市場変動に対して「当面は特別な対応をとらない」ということも十分考えられます。しかしながら、しっかりと社内で議論して様々なシナリオを考えた上で静観するのと、マクロ経済や金融市場の変化に対しては何も対応せず単に受け身の姿勢でいるのとでは大きな違いがあります。まずは「シナリオ」を用意し、投資家からの質問に対して適切に回答できる状態にしておくことが重要です。
財務出身でない役員は、株式市場の変動や金融政策について専門的な知識がないのが通常です。また、そもそもそれらは自社でコントロールできるものでもないため、「あれこれ考えるより、ひたすら本業に邁進するべき」という言い分も理解できます。
しかしながら、経営の前提条件が大きく変わる際にそれへの対応について社内で特段議論もせず、受け身の対応に終始するとすれば、その企業はマクロ環境の変化に対して常に大きな影響を受け続けることになってしまいます。それでは投資家から見て「安定した投資先」とは言えませんし、CFO(最高財務責任者)はその役割を果たしていないと言われても仕方がありません。
では、突如導入されたマイナス金利に対し、企業はどのような備えをしておけばよいのでしょうか。
整理しておくべきは「収益見通し」ではなく「バランスシート」に対する考え方
まず理解しておかなければならないのは、会社がコントロールできる部分とコントロールできない部分があるということです。当然ながら、金利・為替・株式市場の水準などは個別企業がコントロールできるものではありません。もちろん、良いタイミングでヘッジができたなどということもあるでしょう。しかし、それは投資家から見れば「偶然」であり、投資家がそれを評価することはありません。そもそも、短期的な市場変動を予想してそれに対応することを投資家が企業に求めることもありません。
一方、今回のマイナス金利政策には、単なるマクロ経済の変動と異なり、会社が方針を決定できる部分があります。具体的には「バランスシート」の考え方です。具体的に見てみましょう。
まずは現金です。現在のところ預金金利はマイナスにはなっていませんが、マイナス金利の幅が大きくなれば、預金金利にもマイナスの金利が適用されることはあり得ます。預金金利にマイナスの金利が適用された結果、預金を保有しているとそれが目減りするということになれば、現金の保有をやめるよう投資家からプレッシャーがかかることになります。従来は「良い投資家先が見つかるまで現金を保有している」という説明をしていた企業に対しても、株主還元などによる現金の圧縮がより強く求められることになるでしょう。また、グローバル企業ではグローバルキャッシュマネジメントをどのように考えていくのかを、投資家に対して整理して説明できるようにしておく必要があります。例えば投資資金については、現金を日本に還流させるよりも海外法人が保有しておく方が得策かもしれません。
現金の次は負債です。マイナス金利の導入に伴い、借入金利もマイナスになるのかというと、企業には信用リスクがあるため、それは当面考えられません。しかしながら、長期金利のマイナス幅が大きくなれば、社債なども含めてマイナス金利での資金調達、つまり、調達した資金よりも返還する金額が少なくて済むという現象が起こることは十分考えられるでしょう。投資家から長期的な企業価値の向上が求められる中、今後ますますニーズが高まると予想される長期債については発行条件が改善し、負債の質も改善させることにつながると考えられます。拠出した資金よりも返ってくる金額が少ない社債を誰が買うのかという疑問を抱くかも知れませんが、例えば高格付けの社債であれば、リスク分散の観点から、たとえ金利がマイナスになっても投資対象とされることは十分考えられます。
借入れによる資金調達コストが低下すると、企業は借入れをして投資を行うというのが伝統的な経済学の考え方です。しかしながら、これまでも金利は十分低い水準にあったことから、魅力的な投資先には既に投資をしてきたという企業もあるでしょう。このような企業が、「調達コストがさらに下がったからと言って、借入れを増やして投資を行うことはしない」という方針をとったとしても納得感があります。
また、マクロ市場が大きく変動している時にバランスシートのレバレッジ(負債比率)を高めることは通常は得策ではありません。なぜならば、市場変動が高まる局面では株式のリスクプレミアムが高まるとともにレバレッジに対するリスクプレミアムも高まるからです。この考え方に立てば、まずはマクロ市場の落ち着きを待ってから借入れを増やすことによって、調達コストの高い資金である株主資本(*)の比率を徐々に減らしていくという方針も妥当でしょう。
* 配当の支払いや株価上昇期待に応えなければならない株式市場からの資金調達の方が、利息を支払えば済む借入金よりも調達コスト(資本コスト)が高いとされています。
リスクプレミアム : リスクのある資産の期待収益率からリスクのない資産の収益率を引いた差のこと。
このように、シミュレーションを行って自社がとり得るベストな財務戦略を整理したうえで、実際にそれをどのようなタイミングで行うかを考えていくことが重要であると投資家は考えているのです。
投資家が置かれた状況から見えて来る投資家のニーズ
投資家とのミーティングに臨む際には、投資家の置かれた状況を知っておくことも重要です。マイナス金利導入後、投資家がどのような状況にあるかを考えてみましょう。
機関投資家が大量に保有し、今回10年債の利回りがマイナスに突入した国債には以下のような特徴があると考えられてきました。
(1)インカムゲイン(毎年受ける利払い)とキャピタルゲイン(国債そのものの売却による利益)があるため、市場金利上昇時(相対的に国債の魅力が減り、売却額が低下する可能性がある)でもトータルリターン(インカムゲイン+キャピタルゲイン)はプラスになる可能性高い。満期まで国債を保有した場合には、金利がプラスで、かつデフォルトがない限り、プラスのリターンが確保できる。
(2)株式の配当と異なりインカムゲインが確定しているため、毎年のキャッシュフローは投資時点で確定する。
(3)他の資産との相関関係が低いため、他の資産が下落する局面ではヘッジ効果が期待できる。
ところが、マイナス金利の導入により、国債は「満期保有すればプラスを得られる資産」から「満期保有するとマイナスになる資産」となったわけです。また、クーポン利回りも非常に低くなっているため、国債により得られるリターン(インカムゲイン+キャピタルゲイン)にリスクが徐々に見合わなくなっています。
つまり、投資家は現在、「安定したインカムゲイン」「できるだけ低い価格変動」「他の資産とできるだけ相関関係の低い資産」への欲求が強いと考えられます。しかしながら、一般的な日本企業は配当利回りが比較的低く、また、マージン(利益率)も薄いゆえに売上や価格変動に伴う利益変動の幅が大きいという特徴があり、他の先進国の株式と比べると「同じ方向」に変動が激しいという傾向があるため、敬遠されがちな資産となっています。
このような投資家の問題意識を念頭においたうえで、企業は投資家に評価されやすいような財務戦略の見直しを加速させるべきです。具体的には、魅力的な配当利回りの確保、財務の安定性、株価変動を抑えるための機動的な自社株買い(*)です。もちろん、市場が安定している状態を想定した最適資本構成の考え方やROEと資本コストの関係は今後も重要です(資本コストについての説明は、新用語・難解用語辞典「ディスカウント・キャッシュフロー(DCF)法」の「2.資本コスト」参照)。しかしながら、今後は資本市場の変化も踏まえた柔軟な財務戦略という応用問題への対応も重要になると考えられます。
最適資本構成 : 資本コストをできる限り小さくする資本構成のこと。資本コストが小さいと企業価値が大きくなる。
* 自己株式の取得は、現金による剰余金の配当と同様、剰余金を原資として株主に現金を渡す(株主は株式を会社に渡し、その反対に会社は株主に現金を渡す)ことになりますので、株主に対する利益還元策の1つと言えます。また、自己株式の取得は、経営陣が「現在の株価は割安である」と考えているというメッセージを株式市場に対して伝える効果があると言われており(シグナリング効果)、この効果により投資を呼び込む側面もあると考えられます。