2016/02/27 【失敗学第21回】AppBankの事例(会員限定)

概要

2015年10月に東証マザーズに上場したばかりのAppBankで、上場前に財務経理業務を行っていた元取締役が総額約1億5千万円の不正送金を行っていたことが判明した。

経緯

AppBankが2016年1月に社内調査委員会の報告書を公表するまでの経緯につき、時系列で示すと、次のとおり。

<2013年>
3月:AppBankの経理業務を受託していたW社に派遣社員として勤務していたK氏が、AppBankの資金の不正送金(知人の口座に送金し、自身の口座に還流)に手を染めた。不正送金は2015年1月まで続き、いったん中止したものの2015年8月にも再実施。不正送金額はトータルで148,691,476円にのぼった。
7月:K氏がAppBankに入社。正社員としてAppBank Network事業の支払業務に従事。

<2014年>
11月~12月:トーマツによる会計監査が行われ、K氏の担うAppBank Network事業の支払業務が内部統制検討のウォークスルーの対象の一つに選定された。K氏は虚偽の説明で監査を乗り切ったものの、不正送金をいったん中止するきっかけになった。

ウォークスルー : 特定の取引をサンプルして、それに関連する業務の一連の流れを、当該取引で用いる証憑を確認しながら一気通貫に検証すること。

<2015 年>
3月:K氏がAppBankの取締役に就任。
4月:K氏がAppBankの取締役を辞任。
10月:AppBankが東証マザーズに上場。
11月:11月24日から実施された税務調査の過程において、AppBankの支払先に所在の判明しない先があることが明らかとなった。
12月15日:AppBankは社内調査委員会を設置。2016年1月28日まで調査を実施。

<2016年>
1月:AppBankが社内調査委員会の報告書を公表。

内容・原因・改善策

 AppBankが2016年1月28日に公表した社内調査委員会の報告書の報告書によると、本件の問題点の内容とその原因、改善策は次のとおりである。

不正送金
-前提-
(ビジネスモデル)
スマートフォンのアプリ開発者(AppBankではメディアパートナーと呼んでいる)が自ら開発したアプリを AppBankが運営するメディアサイトAppBank.netへ登録し、そのアプリ内に広告会社Xが提供するツールを組み込むことで、Xが募った広告主の広告をアプリ画面に表示することができる(メディアパートナーはAppBank.netに対して、集客によるアプリのダウンロード数の増加(イコール広告報酬の増加)を期待して、自身のアプリを登録する)。アプリのユーザーがアプリに表示された広告をクリックする都度、メディアパートナーには広告報酬を受け取る権利が生じる(報酬額は、ワンクリック当たりの単価に総クリック数を乗じて算定される)。 報酬はX社からAppBankを経由(AppBankが集客の対価として一定のマージンを差し引く)して、メディアパートナーに支払われる。
なお、AppBank.netにはAppBankが自ら開発したアプリ(自社アプリ)も登録できる。自社アプリで生じた広告報酬はAppBankが自社の広告収入として受け取ることになる。

(業務フローとデータの改ざん)
failure15987

内容 K氏(管理部)が、CFOの支払承認チェックの甘さに付け込んで、知人の口座に不正送金して、それを着服していた。手口は次のとおり。
まずメディア事業部がX 社の「X社システム」より報酬発生データをエクセル形式でダウンロードする(メディア事業部の役職員は今回の不正には関わっていない)。そして管理部のK氏は、メディア事業部より受け取った報酬発生データを会計処理用のデータや振込処理用のデータに加工する際に、自社に帰属する報酬(上図の「自社20,000」)を知人の甲や乙への報酬であるかのように改ざんし、甲や乙の口座に振り込み、知人に5%の手数料を支払い、K氏の口座に還流させていた。
原因 ・K氏の兼務状況
K氏は会計担当者と振込データ作成者を兼務していた。
・CFOによる振込データのチェックの甘さ
CFOは振込データから生成される「総合振込精査表」の全ページに目を通していたものの、振込総合計額の増減に係る異常性の確認と個々のメディアパートナーへの支払額が高額になっている等の異常性の確認に留まっていた。
・メディアパートナーごとの残高を把握していなかった
AppBankのAppBank.netに関する会計システムでは、買掛金債務を総額で一括計上し、支払い時も一括で支払処理を行っていた(メディアパートナーごとの残高を把握していなかった)。そのため、架空のメディアパートナーへの支払いが容易であった。
・不十分な業績管理
AppBankでは、事業部内のプロジェクト別の業績把握ができていなかった。そのためK氏の着服の結果、AppBankが開発した自社アプリの広告利益が減少していたことに注意が払われなかった(上図で開発外注費(原価)が20,000過大に計上されている)。また、AppBankの事業が急拡大し、利益が右肩上がりで増進していた時期でもあったため、本不正による利益率の低下は埋没してしまっていた。
改善策 ・メディアパートナー別の債務残高管理
メディアパートナーごとに債務の残高を管理することで、不適切な債務計上や支払いの事実を把握できるようにする。
・兼任の解消
財務経理担当者を増員し、会計と財務の兼任を解消。
・報酬発生データの承認
メディア事業部で作成する報酬発生データが「X社システム」より適切に取得されたものであるかを承認する体制の整備
・会計処理用データと振込処理用データとの照合
管理部で開発外注費計上額のリストである「会計処理用のデータ」と当該外注費の振込処理用のデータから生成された総合振込精査表とを照合(ダブルチェック)。
・事業部プロジェクト別損益管理の充実
事業部プロジェクトごとに予算実績管理を行い、各事業部プロジェクト責任者にも損益に対する責任や自覚を持たせる。
<この失敗から学ぶべきこと>

今回紹介したAppBankでの不正は、会計仕訳の承認や振込金額・内容の承認に際して「何をもって承認するのか」(承認時のチェックポイント)について考えさせられる事例です。「CFOは振込データから生成される「総合振込精査表」の全ページに目を通していたものの、振込総合計額の増減に係る異常性の確認と個々のメディアパートナーへの支払額が高額になっている等の異常性の確認に留まっていた」ことから、K氏はそれを見透かして不正送金を継続していました。CFOのチェックが表面的なものにとどまっていた理由として、CFOが「報酬発生データ」「振込処理用データ」間のつながりについて十分に理解していなかったことが考えられます。理解していないのに適切な承認などできるはずもないからです。また、エクセルデータは改ざんが容易である点に留意して、CFOは支払い承認に先立ち両データの整合性について件数チェックやサンプルチェックなどの手法を用いて検証すべきでした。エクセルデータを管理業務で利用している会社は少なくありません。自社の内部統制が、改ざんの可能性を視野に入れずに構築されてはいないか、今一度確認しておきたいところです。

本調査報告書によると、K氏は不正に得た資金で「毎晩のように同僚を連れてキャバクラに行き、支払は全てK氏がしていた等、派手な遊興を行っていたとする証言が多数確認」されており、なんと「一晩で3百万円を使った」といった証言もあるとのことです。経理責任者・担当者の金遣いが荒くなったときには、経営陣は不正の兆候を感じ取るべきです。

なお、本調査報告書では、AppBank経営陣の責任について「そもそも内部統制は組織内のより上位の役職者(経営層・管理責任者等)による悪意ある行為までは完全には防ぎきれないという限界があるところ、本件においては AppBank Network 事業の財務経理責任者であった木村氏自身が本件不正取引を実行していたこと等を踏まえると、AppBank 社経営陣に対し、本件不正取引を未然に防止し得なかったことに対する法的責任が問われるような事案ではない」としています。しかし、(1)財務経理に関する内部統制の構築義務は財務経理に関する取締役だけが担うものではなく、他の取締役も等しく義務を負うこと、(2)K氏が取締役であった期間は1か月(2015年3月から4月)に過ぎないこと、(3)そもそも各月の振込に際してはCFOがチェックして承認していたこと、の3点を考慮すると、果たして「未然に防止し得なかった」のか、首をかしげざるを得ません。また、本調査報告書ではK氏が上場前に就任した取締役をたった1か月で退任した理由についても明らかにしていません。さらに、本調査報告書にはK氏の横領資金の使途として「恐喝 約 3,000 万円~3,500 万円」と記されています(本調査報告書には、本資金使途はK氏作成の上申書に基づくものであり、社内調査委員会では事実確認を行えなかったと記載されています)が、反社会的勢力の存在を連想してしまう記載だけに気になるところです。

2016/02/26 株主代表訴訟補償特約保険料の会社負担、給与課税不要に

 会社法およびコーポレートガバナンス・コードを踏まえた社外取締役の選任・増員に伴い、D&O保険への新規加入やこれまでの保険契約の内容を見直すケースが相次いでいるが、その一方で、D&O保険の保険金額を控えめに設定する企業も見受けられる。その理由の1つとなって来たのが、・・・

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2016/02/26 株主代表訴訟補償特約保険料の会社負担、給与課税不要に(会員限定)

会社法およびコーポレートガバナンス・コードを踏まえた社外取締役の選任・増員に伴い、D&O保険への新規加入やこれまでの保険契約の内容を見直すケースが相次いでいるが、その一方で、D&O保険の保険金額を控えめに設定する企業も見受けられる。その理由の1つとなって来たのが、保険料を会社が負担した場合における税務上の取扱いだ。

D&O保険 : 役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずる損害を塡補する保険。第三者訴訟で役員が損害賠償責任を負った場合に支払われる「普通保険約款」と、株主代表訴訟で役員が敗訴した場合に支払われる「株主代表訴訟補償特約(自動で付与される)」がある。

D&O保険には、第三者訴訟をカバーする「普通保険約款」と、株主代表訴訟をカバーする「株主代表訴訟補償特約」があるが、このうち株主代表訴訟補償特約はあくまで「会社の損害に対する役員の損害賠償責任」に備える保険であり、役員がその保険料を会社に負担させることは「役員が“安心して会社に損害を生じさせる”ことができるよう、会社が保険料を支払う」ことを許容するに等しく、会社法上の忠実義務違反(会社法355条)に該当しかねないとの指摘があったところだ(2015年7月13日のニュース「D&O保険料の会社負担は可能か?」参照)。

第三者訴訟 : 役員の故意や重過失によって会社または役員が第三者(取引先、従業員など)に損害を与えた場合、第三者が会社法429条(役員の任務懈怠)や民法709条((役員個人の)不法行為)を根拠に役員に対して損害賠償を請求するもの。

このような会社法上の問題に配慮し、国税庁は、株主代表訴訟補償特約の保険料を会社が負担した場合には、会社から役員に対して経済的利益の供与があったものとして、会社負担分の保険料を「給与課税」の対象としてきた。このため、株主代表訴訟補償特約の保険料は純粋に役員個人が負担するか、会社が「保険料+給与課税額」を役員報酬に上乗せすることで実質的に役員の負担を肩代わりするということが行われてきた。

「普通保険約款」と「株主代表訴訟補償特約」の保険料の割合は9:1であり、役員の保険料負担はD&O保険の保険料全体からすれば1割に過ぎないが、これを役員に負担させることや、会社が給与課税額まで肩代わりすることを嫌い、保険金額を控えめに設定する企業が少なくなかったのは上述のとおりだ。

こうした中、昨年(2015年)7月24日には経済産業省の「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」がコーポレートガバナンスに関する「法的論点に関する解釈指針」を公表、D&O保険が犯罪行為や法令違反を認識しながら行った行為など悪意ある行為に基づき生じた損害を保険金の支払い対象外としていることなどから、株主代表訴訟補償特約の保険料を会社が負担したとしても会社法上は問題ない旨を明確にしたところだ(11ページ~参照)。この解釈指針の内容は法務省も了解しており、会社法上の“正式な”解釈と考えてよい。

会社法が株主代表訴訟補償特約の保険料の会社負担を認めたことを受け、税務上の取扱いだけが残された障害となっていたのが、国税庁は(2016年2月)24日、会社負担の保険料に対する給与課税をやめる旨の文書を公表した(「新たな会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて(情報)」参照)。ただし、給与課税を行わない条件として、以下の2つを“両方とも”満たすことを求める。逆に言うと、これらの要件を1つでも満たさなかった場合には、役員に対して給与課税が行われることになる(ちなみに、この2つの要件は、保険料の会社負担が会社法上適法とされるための条件として、上記「法的論点に関する解釈指針」で例示されていたものである)。

①取締役会の承認
②社外取締役が過半数の構成員である任意の委員会の同意又は社外取締役全員の同意の取得

会社法、税務ともに保険料の会社負担を容認したことで、今後保険料の役員負担分を会社負担に切り替える企業が続出することが予想される。また、これまで「保険料+給与課税額」を役員報酬に上乗せしていた企業の中には、給与課税額分の負担がなくなることを受け、保険金額の増額を検討するところも出て来そうだ。

2016/02/25 (新用語・難解用語)経営陣幹部

 金融庁の「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」は先週(2016年2月18日)「会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上に向けた取締役会のあり方」と題する意見書を公表したが、これを読み解くうえで理解しておく必要があるのが「経営陣幹部」という言葉だ。意見書には・・・

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2016/02/25 (新用語・難解用語)経営陣幹部(会員限定)

 金融庁の「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」は先週(2016年2月18日)「会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上に向けた取締役会のあり方」と題する意見書を公表したが、これを読み解くうえで理解しておく必要があるのが「経営陣幹部」という言葉だ。意見書には「経営陣幹部による適切なリスクテイク(2ページの3段落目の上から2行目)」「経営陣幹部の選解任(2ページの3段落目の下から2行目、4ページ(2)下から3行目)」「経営陣幹部の選任(5ぺージ(6)1行目)」「経営陣幹部の選解任・報酬の決定(5ページ(1)2つ目の「・」1行目)」と、「経営陣幹部」が複数回出て来る。

 特に最初に経営陣幹部という言葉が出て来る2ページの下記の箇所では、「経営陣」と明確に使い分けがされている。

また、取締役会は、CEOの選解任のほかにも、経営理念の確立や経営にかかる戦略的な方向付けを行い、経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境を整備し、実効性の高い監督を行うという重要な役割・責務を担っており、経営陣とともに会社におけるリーダーシップを発揮することが求められている(原則4-1~3)。

 「経営陣幹部」と「経営陣」の使い分けはコーポレートガバナンス・コードでも行われている。コード上、両者について明確な定義が示されているわけではないが、補充原則3-2②には「CEO・CFO等の経営陣幹部」との記述がある。この記述からは、「経営陣幹部」は文字通り「経営陣の中の幹部」を指し、単なる「経営陣」よりも狭い概念であることが分かる。

 では「経営陣」とは何を指すのかというと、基本原則4の(3)では「経営陣」という言葉に「執行役およびいわゆる執行役員を含む」とのカッコ書きを付けている。したがって、「経営陣」とは取締役会よりも広い概念(執行役や執行役員の中には取締役会のメンバーでない者もいるという点で)ということになる。ただし、「経営陣」が取締役会よりも広い概念だからといって、取締役会のメンバーが必ず「経営陣」であるとは限らない。基本原則4の(3)には「経営陣(中略)・取締役」との記述もあり、これは「経営陣」に含まれない取締役が存在することを意味している(基本的には「社外取締役」を指すものと考えられる)。

 これらを前提にすると、上記囲みの文章は下記のように言い換えることができる。

また、取締役会は、CEOの選解任のほかにも、経営理念の確立や経営にかかる戦略的な方向付けを行い、CEOやCFO等による適切なリスクテイクを支える環境を整備し、実効性の高い監督を行うという重要な役割・責務を担っており、業務執行取締役や執行役・執行役員とともに会社におけるリーダーシップを発揮することが求められている(原則4-1~3)。

 このほか、補充原則4-1③には「最高経営責任者等」という言葉も出てくる。これは「経営陣幹部」よりも狭い概念であり、経営陣幹部の中でも特定の幹部を指すものと考えられる。具体的には、CEOやCOOなどが該当することになろう。

2016/02/24 IBM判決で企業グループの税務リスク上昇も

 1200億円という巨額の課税の是非が争われたIBMの裁判で、地裁・高裁と敗訴していた国は最高裁に上告受理申立てを行っていたが 、先週2月18日に最高裁は国の申立てを不受理とする決定を下した。これによりIBM側の勝訴(国の敗訴)が確定している。

上告受理申立て : 高裁判決における法令の解釈等に不服がある場合に最高裁に対して行う不服申立ての方法。上告受理申立てが受理された場合、高裁の判断が覆される(逆転勝訴)可能性が高い。

 本件は新聞各紙でも報じられたため、裁判の結果自体は知っている人も多いだろう。税務訴訟で国が勝訴した場合、国が当該勝訴判決の内容を他企業にも適用し、新たな課税を行うということがある。IBMの裁判では国が敗訴したということで一見そのような心配もないように思えるが、そうとは言い切れない。

 確かに裁判では国が敗訴しているが、・・・

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2016/02/24 IBM判決で企業グループの税務リスク上昇も(会員限定)

 1200億円という巨額の課税の是非が争われたIBMの裁判で、地裁・高裁と敗訴していた国は最高裁に上告受理申立てを行っていたが 、先週2月18日に最高裁は国の申立てを不受理とする決定を下した。これによりIBM側の勝訴(国の敗訴)が確定している。

上告受理申立て : 高裁判決における法令の解釈等に不服がある場合に最高裁に対して行う不服申立ての方法。上告受理申立てが受理された場合、高裁の判断が覆される(逆転勝訴)可能性が高い。

 本件は新聞各紙でも報じられたため、裁判の結果自体は知っている人も多いだろう。税務訴訟で国が勝訴した場合、国が当該勝訴判決の内容を他企業にも適用し、新たな課税を行うということがある。IBMの裁判では国が敗訴したということで一見そのような心配もないように思えるが、そうとは言い切れない。

 確かに裁判では国が敗訴しているが、判決を分析すると、企業グループの税務リスクを著しく高めるリスクが見えて来る。

 まずIBM裁判の概要をおさらいしておこう。

 日本IBMの親会社である持株会社「IBM・APホールディングス」は、米国IBMが保有する日本IBM株を米国IBMから購入した後、今度はこれを日本IBMに購入させた(日本IBMにとっては「自社株買い」)。この自社株買いに伴い、IBM・APホールディングスにおいては巨額の株式譲渡損失が発生()、さらに、IBM・APホールディングスと日本IBMが連結納税制度を採用することで、この譲渡損失を日本IBMの黒字と相殺し、法人税額をゼロとした。

 日本IBMが「自社株買い」を行った当時(平成12年、15年、17年)の法人税法では、自社株を購入すると、その対価のうちの特定部分(資本金等の金額以外の部分)が(日本IBMへの)配当とみなされ(みなし配当)、当該みなし配当は益金不算入となるとともに、「株式売却額-みなし配当」と「株式取得額」の差額が(IBM・APホールディングスの)譲渡損失となる仕組みだった。IBM事件の発生を受けて平成22年度税制改正で法人税法が改正され、現在はこのような節税スキームは使えなくなった。

 IBM側が実行した節税スキームはいずれも法人税法の該当条文上は“合法”だった。そこで税務当局は、“伝家の宝刀”とも呼ばれ、法人により行われた不当に税金を減らす行為や計算を否認する行為計算否認規定(法人税法132条)を適用し、課税を行った。IBM側はこれを不服とし裁判に至った――というのが、本件の経緯だ。

否認 : 認めないこと、承認しないこと

 裁判はIBM側の勝訴という結果となったのは報道のとおり。本件は、上告受理申立ての「不受理」という形で終結したため、高裁判決が判例として確定したことになる。高裁で大きな争点となったのは「行為計算否認規定(法人税法132条)をどのような場合に適用できるのか」という点だが、実はこの争点については国側の主張が全面的に高裁に認められている(それでも国が敗訴したのは、IBM側が実行した節税スキームによる法人税の減少が法人税法132条にいう「不当」であるということを明確に証明できなかったからである)。

 これまでは「正当な理由や事業目的」があれば行為計算否認規定は適用されないと言われてきたが、高裁判決では「租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合」でなくとも132条を適用できることや、「独立当事者間の通常の取引と異なっている場合は経済的合理性を欠く」こととなり132条の適用対象になるという国側の主張が認められている。

租税回避 : 法形式上は節税と同様「合法」だが、実質的には不当に税負担を減少させていると認められるもの。税法が予定する範囲内(合法とされる範囲内)で税負担を軽減させる「節税」、偽りその他不正の行為によって税負担を免れる「脱税」とは区別される。

 この2つの国側の主張が認められたことで、今後132条の適用範囲が従来よりも大幅に拡大する恐れがある。132条は持株会社形態をとる上場企業グループ等における企業間の取引にも適用されるだけに、IBM判決が企業グループの税務リスクマネジメントにどのような影響を与えることになるのか、経営陣としては一度税務の専門家を交えて検討しておきたいところだ。

2016/02/23 他社株の含み益アップでROEが“下がる”ことの経営的な意味

 世界的な信用不安の拡大やゼロ金利政策による市場の動揺などを要因として、多くの上場会社の株価が乱高下している。上場会社の経営陣にとってもっとも気になるのは自社の株価だろうが、自社が保有している他の上場会社の株式、すなわち「政策保有株式」の株価(含み損益)の動向にも注意を払うのを忘れてはならない。なぜなら、政策保有株式の株価の動向は自社のROEに直結するからだ。

 と言っても、政策保有株式の含み益の減少とともにROEが落ち込むというわけではない。むしろ、含み益が減少すればROEは向上し、含み益が増加すればROEは落ち込むという関係にある。その理由は次のとおり。まず、ROEは当期純利益を自己資本で除して求める(我が国ではROEの計算方法として「分母に自己資本を用いる自己資本利益率」を用いるのが通常である。その経緯についてはこちらを参照)。

disclose15902_1

 この自己資本には「その他有価証券評価差額金」が含まれている(こちらの図を参照)。そして保有上場株式(政策保有株式)に含み損益(*1)があれば、この「その他有価証券評価差額金」に計上される。一方で、分子の当期純利益には政策保有株式の含み損益は反映されない(*2)。そのため、含み益が増えれば増えるほど自己資本の「その他有価証券評価差額金」も増え、分子はそのままなのに分母だけ大きくなり、それに応じてROEは低下することになる(図1参照)。

図1

disclose15902_2

*1 実際には保有有価証券のうち「その他有価証券」に分類される有価証券の含み損益に税効果会計を適用した額が「その他有価証券評価差額金」に計上される。
*2 政策保有株式の時価が上昇してもP/Lに評価益を計上することはなく(すなわち当期純利益は増えない)、単にB/Sの投資有価証券の評価額を切り上げるだけである。

 このように政策保有株式の含み益が増えれば増えるほどROEが下がってしまうことの経営的な意味を考えてみたい。・・・

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2016/02/23 他社株の含み益アップでROEが“下がる”ことの経営的な意味(会員限定)

 世界的な信用不安の拡大やゼロ金利政策による市場の動揺などを要因として、多くの上場会社の株価が乱高下している。上場会社の経営陣にとってもっとも気になるのは自社の株価だろうが、自社が保有している他の上場会社の株式、すなわち「政策保有株式」の株価(含み損益)の動向にも注意を払うのを忘れてはならない。なぜなら、政策保有株式の株価の動向は自社のROEに直結するからだ。

 と言っても、政策保有株式の含み益の減少とともにROEが落ち込むというわけではない。むしろ、含み益が減少すればROEは向上し、含み益が増加すればROEは落ち込むという関係にある。その理由は次のとおり。まず、ROEは当期純利益を自己資本で除して求める(我が国ではROEの計算方法として「分母に自己資本を用いる自己資本利益率」を用いるのが通常である。その経緯についてはこちらを参照)。

disclose15902_1

 この自己資本には「その他有価証券評価差額金」が含まれている(こちらの図を参照)。そして保有上場株式(政策保有株式)に含み損益(*1)があれば、この「その他有価証券評価差額金」に計上される。一方で、分子の当期純利益には政策保有株式の含み損益は反映されない(*2)。そのため、含み益が増えれば増えるほど自己資本の「その他有価証券評価差額金」も増え、分子はそのままなのに分母だけ大きくなり、それに応じてROEは低下することになる(図1参照)。

図1

disclose15902_2

*1 実際には保有有価証券のうち「その他有価証券」に分類される有価証券の含み損益に税効果会計を適用した額が「その他有価証券評価差額金」に計上される。
*2 政策保有株式の時価が上昇してもP/Lに評価益を計上することはなく(すなわち当期純利益は増えない)、単にB/Sの投資有価証券の評価額を切り上げるだけである。

 このように政策保有株式の含み益が増えれば増えるほどROEが下がってしまうことの経営的な意味を考えてみたい。「政策保有株式への投資」は、本来事業に振り向けるべき資金を株式の形で眠らせている(その分だけ会社の成長可能性を減らしている)に等しいと考えられる。さらに「政策保有株式に含み益が生じている状態」は、実現可能な含み益があるにもかかわらず、それを実現させずに値下がりのリスクにさらしているとの見方もできる。このような状態では、投資家から「会社は株主が預けた資金を上手に運用できていない」と言われても仕方がない(近年政策保有株式が批判の的になっている理由はここにある)。そこで、経営陣としては、政策保有株式を保有し続ける経済合理性がない限り、それを高くで売れるうちに換金して、そこで得た資金を成長事業に回し、当期純利益を増やして企業価値およびROEを向上させるプラン(図2参照)を検討すべきである。

図2

disclose15902_4

 図1で見たように、政策保有株式の含み益が増えれば増えるほどROEは下がってしまう関係にあるが、では、反対に政策保有株式の含み益が減るとどうなるのであろうか。答えは、「政策保有株式の含み益が減れば減るほど、自己資本のその他有価証券評価差額金も減少し、その結果ROEは向上する」である(図3参照)。

図3

disclose15902_3

 政策保有株式の含み益の減少は、自己資本のスリム化を意味する。同じ当期純利益を稼ぐのであれば、スリム化する前の自己資本よりもスリム化した後の自己資本の方が高く評価される(ROEが高くなる)ことになる。

 ここで注意したいのは、現在のように株価下落が進み、その結果含み益が含み損となり、さらに含み損の幅が広がれば、別の問題が生じるという点だ。政策保有株式の時価が著しく下落したときは、回復する見込みがあると認められる場合を除き、評価損の計上は避けられないからだ。損益計算書で評価損を計上すれば当期純利益が減り、ROEを下げる要因となる。すなわち、評価損とROEの関係は、「評価損の計上が不要な程度の株価の下落ではROEは上昇するが、評価損の計上が必要になるほど株価が下落してしまうと逆にROEは低下する」という関係にある。

評価損 : 会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」91項では、「時価のある有価証券の時価が「著しく下落した」ときとは、必ずしも数値化できるものではないが、個々の銘柄の有価証券の時価が取得原価に比べて50%程度以上下落した場合には「著しく下落した」ときに該当する。この場合には、合理的な反証がない限り、時価が取得原価まで回復する見込みがあるとは認められないため、減損処理を行わなければならない」と規定されている。

 ちなみにROEとして株主資本利益率を用いるのであれば、このような「含み益の増加→ROEの低下」や「含み益の減少→ROEの向上」といった奇妙な関係は生じない。なぜなら、そもそも株主資本はその他有価証券評価差額金を含まない概念だからだ(こちらの図を参照)。すなわち、上記図1や図3の状況で株主資本利益率は動くことはない(図2の状況であれば株主資本利益率は向上する)。

 ROEが他社の業績(株価)に振り回されてしまうのを防ぐには、ROEとして自己資本利益率ではなく株主資本利益率を採用すれば良いのだが、ROEとして自己資本利益率を用いるのが一般的である以上、それも難しい。また、議決権行使助言会社のISSは、過去5年の平均ROEが5%を下回る企業の経営トップ(社長、会長)である取締役の選任議案に反対する方針を示しており、そこでは“ROE”は「自己資本利益率」を指すと明言されている(こちらを参照)。つまり、他社の株価の動向次第で、自社の取締役の選任議案が否決される可能性もあるわけだ。そのリスクに備えるため、上場会社の経営陣は、政策保有株式を保有し続ける経済合理性がない限り、投資額を減らし、売却資金を成長事業への投資に回すことで、企業価値の向上を図らなければならない。

 上場会社が他の上場会社の株式を保有し続ける経済合理性は、コーポレートガバナンス・コードの観点からも検証を求められる事項となっており(【原則1-4】参照)、上場会社が保有する政策保有株式への風当たりはますます強まる可能性が高い。経営陣は、まずは政策保有株式の株価動向と自社のROEの関係をシミュレーションし、その結果を踏まえ、政策保有株式を減らすための取組みを進めていくべきだろう。