企業がビジネスを行っていくうえでつきまとう悩みの1つは「模倣」だろう。これを防ぐ仕組みが特許と言えるが、特許には期限がある。こうした中、期限切れの特許技術を使って、先行して売り出された製品と同じ機能・効用を持つ廉価な製品が売り出され、国としてもその積極的な活用を推進するという、他の業界ではあまり考えられないようなビジネス形態が存在するのが、製薬業界だ。
特許期間が終了した薬は、有効成分、分量、用法、用量、効能および効果が同じものを他の製薬企業が別の医薬品として申請・製造・販売することができる。こうした医薬品は「後発薬(ジェネリック)」と呼ばれているのは周知のとおり(これに対し、先行して販売されている医薬品は「先発薬」と呼ばれる)。この後発薬を巡り、製薬業界はもちろん、企業の知財関係者の注目を集めているのが、昨年(2015年)11月17日に下された最高裁判決だ。この判決は、製薬会社(先発薬開発企業)による特許期限の延長申請を認めたものであり(特許庁が敗訴)、新聞報道などでは「製薬会社に有利な判決」として紹介されているが、知財関係者の間では、本判決が「後発薬開発企業」を利することにつながるリスクを指摘する声がある。
この裁判は、米国の製薬会社Genentechが日本の特許庁に対し、特許期間延長を認めなかったことを不服として提起したもの。最高裁は、「医薬品では、同一成分でも用法・用量が異なれば特許の延長が認められる場合がある」としたうえで、今回の事案では「用法、用量が異なり、それにより初めて可能になった療法もある」と判断、Genentech社勝訴の判決を下している。また、本判決では、用法、用量のほか、「成分や分量」「効能」「効果」が異なるかどうかも、特許の延長が認められるか否かの判断基準として例示されている点も注目される。特許庁は、これまで同じ成分や用法の医薬品については延長を認めていなかったため、今回の最高裁判例を踏まえ、審査基準の見直しを迫られることになる。
Genentech : 米国の大規模製薬企業で、スイスのロシュ社の完全子会社。なお、ロシュ社の傘下には日本の中外製薬もある。
今回の判断は、一見すると、先発薬開発企業にとっては特許期間の延長が認められるケースが増加し、収益拡大につながるかに見える。しかし、先発薬開発企業が用法などを変えることで特許を延長できる裏返しとして、後発薬開発企業に「延長された特許の効力は狭い(特定の用法などに限られる)」旨主張する余地が与えられたと見る知財の専門家もいる。
例えば、先発薬開発企業が発明した技術Aを出願し、取得した特許をaとしよう。特許aの範囲は、上記最高裁判決前の考え方では、製法や効果にかかわらずAを活用するものに及ぶことになる。しかし、最高裁判決によって製法や効果によって細切れに特許を延長できるとされたことで、後発薬開発企業から見ると、「製法や効果が異なれば、技術Aを活用していても、特許aの効力が及ばず、技術Aを無断で使っても特許aを侵害したことにならない」という解釈が成り立ち得る。これを受け、後発薬開発企業が特許の範囲を「用法、用量、効能、効果」等によって細かく区切って、特許による保護の対象を狭く解釈してくる可能性があろう。
先発薬の開発には10~15年を要し、数百億もの投資が必要と言われるのに対し、後発薬の開発期間は3年ほどに過ぎない。当然ながら研究開発費用も低くなるため、価格も安く(先発薬の2割~7割(平均して半額)に抑えることが可能とされる)、患者の医療費(薬剤費)だけではなく、国庫における医療費負担も軽減できる。特に、経済水準・医療水準が高くない新興国等においては、国民一般に広く医薬品を供給するには安価な後発薬が欠かせない。
とはいえ、先発薬と同じ効能でしかも安価な後発薬があまりに早期に販売されれば、先発薬開発企業は新たな医薬品の研究開発に投資するための十分な収益を得ることが出来なくなり、結果的に新薬の開発が阻害され、医療水準の低下を招きかねない。先発薬開発企業にとっては、開発した医薬品が有する特許が有効な(市場を独占できる)期間内は、相応の価格による販売による投資の回収が必須となる。
先発薬開発企業は先進国に集中する一方、後発薬開発企業は新興国に多く、その新興国の後発薬開発企業がさらに途上国に医薬品を供給しているという構造になっているため、先発薬と後発薬の問題は、ともすれば国と国との経済格差、医療水準の格差とリンクしたいわゆる南北問題のような議論に陥りがちだ。単純な産業政策として語れないところに、この問題の難しさがある。
南北問題 : 開発途上国と先進国の間の経済的格差から生じる政治問題や経済問題の総称。先進国が北半球に、開発途上国が南半球に多く存在することからこのように呼ばれる。
医療水準の確保のためには、先発薬開発企業の投資回収の機会を適正に担保しつつ、後発薬もバランスよく供給されることが必要なだけに、行政には的確な舵取りが求められるところだ。
