2015/12/21 目標ROEの考え方

 伊藤レポートが企業の目標とすべきROEを「8%」とし、議決権行使助言会社のISSが過去5年の平均ROEが「5%」に達しない企業の経営トップ(社長、会長)である取締役選任議案には反対を推奨すると明言していることなどから、このところ多くの企業が“ROEの水準”を気にするようになった。

ROE : Return On Equity(株主資本利益率)=当期純利益÷自己資本(株主資本)

 さらに追い打ちをかけるように、12月16日に決定された2016年度税制改正大綱では、ROEをベースに算定された役員報酬にも損金算入の道が開かれることになったため(2015年12月11日のニュース「ついに日本でも株式報酬の支給が可能に!」の一番最後の段落参照)、役員報酬の額がROEに連動するケースも増えて行くだろう。つまり、ROEの水準は企業にとっての課題であるだけでなく、役員自身の収入にも直接影響を与えることになるわけだ。

 ただ、株主側に立つISSが掲げるROEが「株主が求めるROE」かというと、そうとは言えない。ISSなどの議決権行使助言会社が設定しているROEは“議決権行使のための目標ROE”であり、株主資本コストとして最低限考えられる数値を挙げているに過ぎないからだ(「株主資本コスト」の詳細は後述)。となると、伊藤レポートで述べられている8%かというと、それも違う。そもそも、株主が求めるROEは・・・

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2015/12/21 目標ROEの考え方(会員限定)

 伊藤レポートが企業の目標とすべきROEを「8%」とし、議決権行使助言会社のISSが過去5年の平均ROEが「5%」に達しない企業の経営トップ(社長、会長)である取締役選任議案には反対を推奨すると明言していることなどから、このところ多くの企業が“ROEの水準”を気にするようになった。

ROE : Return On Equity(株主資本利益率)=当期純利益÷自己資本(株主資本)

 さらに追い打ちをかけるように、12月16日に決定された2016年度税制改正大綱では、ROEをベースに算定された役員報酬にも損金算入の道が開かれることになったため(2015年12月11日のニュース「ついに日本でも株式報酬の支給が可能に!」の一番最後の段落参照)、役員報酬の額がROEに連動するケースも増えて行くだろう。つまり、ROEの水準は企業にとっての課題であるだけでなく、役員自身の収入にも直接影響を与えることになるわけだ。

 ただ、株主側に立つISSが掲げるROEが「株主が求めるROE」かというと、そうとは言えない。ISSなどの議決権行使助言会社が設定しているROEは“議決権行使のための目標ROE”であり、株主資本コストとして最低限考えられる数値を挙げているに過ぎないからだ(「株主資本コスト」の詳細は後述)。となると、伊藤レポートで述べられている8%かというと、それも違う。そもそも、株主が求めるROEは「株主資本コスト」との関係で決まる。また、自社のROEが十分かどうかは、同業他社との比較によって検証されることになる。したがって、一律に「X%が適正」と言うのは困難だ。

 では、株主が求めるROEを左右する「株主資本コスト」とは何だろうか? 株式資本コストという言葉は一般的に使われている割には定義が曖昧である。その計算方法は「(新用語・難解用語辞典)ディスカウント・キャッシュフロー(DCF)法」に示したとおりだが(「2.資本コスト」における「株主の期待収益率(株式コスト)」の部分の説明参照)、噛み砕いて説明すると、株主資本コストはおおむね以下の要素によって決まると言える。

① 事業の変動性:事業収益の変動が激しい企業は、株価の変動も大きく投資リスクが高いため、株主資本コストが高いと判断される。ちなみに、機関投資家は、株主資本コストをβ値()を用いて計算している。

 個別銘柄と市場との連動性(感応度)を示すリスク指標。言い換えれば、ある銘柄の株価の変動の大きさが市場の価格変動に比べて大きいか小さいかを示す指標であり、株式市場全体の動きに対して大きく反応する場合には感応度(リスク)が高く、あまり大きく反応しない場合には感応度が低い、ということになる。

② 負債比率:総資本に占める負債の比率が高い企業ほど、ビジネス上のリスクは高いため、資本コストは大きくなる。有利子負債(銀行借り入れや社債)により調達した資金で自己株式を取得(株主還元)すれば、自己資本は減少し、ROEは上昇する(自己資本の減少によりROEの計算式(当期純利益/自己資本(株主資本))中の分母が小さくなるため。詳細はROIC参照)ため、一見すると、レバレッジを高めればROEを改善できるように見えるが、極端にレバレッジを上げると、求められるROEの水準自体が上がってしまうわけである。

資本コスト : 株主および債権者の期待収益率の「加重平均」によって算出する。株式の期待収益率を「株式コスト」、債権者の期待収益率を「負債コスト」という。
レバレッジ : 借入等を活用することで、自己資本よりも大きな取引を行うこと。レバレッジとは「テコ」という意味である。

③ 企業規模:当然であるが、規模が小さな企業よりも大きな企業の方が組織としての安定度は高く、ビジネス上のリスクも低い場合が多いため、資本コストは小さくなる。

 企業が自社の努力で比較的短期間に改善できるのは、①の「事業の変動性」と②の「負債比率」である。以下、詳しく説明しよう。

 事業自体の変動性を改善するのは難しいが、市場における株価変動の大きさをコントロールすることはある程度可能だ。具体的には、IRによって情報開示を強化するなどして株主との対話を改善することで、株価の変動性をある程度抑えられる。もし開示されている情報が不十分であれば、決算発表のたびに株主にとって“サプライズ”が発生することになる。その結果、株主は常に疑心暗鬼になり、株価の変動が激しくなる。経営者からは「IRの改善によってどのようなリターンがあるのか?」という声をしばしば耳にするが、IRの改善ほど効果的に資本コストを下げられる方法はない。

 負債比率をファイナンス理論で見ると、低すぎる負債比率(高すぎる株主資本比率)は、「資本コスト」の上昇につながるが(配当の支払いに加え株主が望むROEの達成を求められることになる株主資本は、利息を支払えば済む借入金よりも資本コストが高いとされているため)、逆に負債比率が高過ぎると財務リスクが高まってしまい、株主資本コスト自体が上昇する。

 実は負債比率(最適な資本構成)は事業の変動性とも密接に関わっている。つまり、極めて安定しているビジネスを展開する企業であれば、仮に負債比率が高かったとしても、そもそも赤字になることがないので何ら問題はない。だが、赤字と黒字を繰り返す企業であれば、負債比率がかなり低くないと経営破綻の危険があるとの疑念を持たれかねない。例えば、設備投資サイクルの影響を大きく受ける半導体製造装置関連の企業は欧米でも実質無借金のところが多い。逆に、規制などにより一定の利益が確保されている公益企業では負債比率が高い方が一般的となっている。

 このように、企業の目標ROEは自社の株主資本コストに左右されることになる。上場企業の経営陣としては、杓子定規に「5%」や「8%」を目標ROEにするのではなく、ファイナンス理論()で見た場合にどのくらいの数字が適切かを踏まえたうえで、同業他社との比較で自社が魅力的に見える目標値を設定することが重要だと言えよう。

 機関投資家はファイナンス理論をベースに上場企業との対話に臨んでくることから、上場企業の経営陣としては、機関投資家との共通の言語としてファイナンス理論を十分に理解しておく必要がある。

2015/12/21 【役員会 Good&Bad発言集】適切なリスクテイクとは何か

 売上の大部分を内需が占める東証一部上場の中堅企業XYZ社は、国内需要の減少にもかかわらず、競合他社の撤退による“残存者メリット”を享受し、当期純利益の伸びは1桁前半ではあるものの、持続的な成長を実現している。利益率は安定しているとはいえ、自己資本も潤沢であるため、ROEは6〜7%にとどまっていた。そこでA社の取締役会では、ROEを高める“攻めのリスクテイク”が話題になり、取締役が持論をぶつけ合った。

 次のA~Cの取締役の発言のうち、どの発言がGood発言でしょうか?

ROE : Return On Equity(株主資本利益率)=当期純利益÷自己資本(株主資本)

取締役A:「国内市場の低迷にもかかわらず、当社は市場シェアの拡大によってなんとか成長を実現してきましたが、さらなる成長を求めるのであれば、海外企業を買収したり、事業の多角化を図ったりするべきではないでしょうか。余剰資金をため込んでROEが低空飛行では、株主からの利益還元のプレッシャーも高まります。」

取締役B:「中期的には海外市場に打って出るといった成長戦略を実施するのはよいと思いますが、まずはROEを上げることを考えるべきではないでしょうか。議決権行使助言会社のISSはROEが5%以下の企業の経営トップである取締役の選任議案には反対を推奨すると言っていますし、バランスシートのリスクをとって負債を拡大してはどうでしょうか。」

取締役C:「ROEへの懸念も分かりますが、そもそも適正水準が一体どれくらいなのかはっきりしません。また、買収や事業の多角化の前に、もう一度既存の事業内容を精査し、メリハリを付けた経営資源の配分を行うことで、長期的な成長の青写真を示すべきではないでしょうか。」

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2015/12/21 【役員会 Good&Bad発言集】適切なリスクテイクとは何か(会員限定)

<解説>
企業が採りうる「リスクテイク」の3つのパターン

 コーポレートガバナンス・コードは、「経営の意思決定過程の合理性を確保することによって、経営陣が結果責任を過剰に意識し、リスク回避的な行動に陥ることなく、迅速・果断な意思決定を行うこと」、すなわち「迅速・果断な意思決定による適切なリスクテイク」を期待しています(「コーポレートガバナンス・コード原案」序文「本コード(原案)の目的」参照(27ページ~))。 

 ここでいう「迅速・果断な意思決定による適切なリスクテイク」とは、当然ながら闇雲にリスクをとって成長戦略を推進するという意味ではありません。「適切なリスクテイク」を考えるうえでの重要な軸となるのが、「資本生産性」と「資本コスト」です。資本生産性は「付加価値額/総資本」によって計算される「投下した資本が生み出す付加価値額」を表わす指標です。一方、資本コストとは「株主および債権者が期待する(要求する)収益率」のことをいいます(資本コストの詳細な説明は、新用語・難解用語辞典の「ディスカウント・キャッシュフロー(DCF)法」参照)。企業は、資本コストを上回る収益率を達成するために、資本生産性を高める必要があります。企業価値の観点から見た「適切なリスクテイク」とは、このように両者の関係がポジティブになるよう意思決定を行うことを指します。

 具体的に説明しましょう。企業が採りうる「リスクテイク」には、次の3つのパターンがあります。

 第1に、「資本生産性を上げる」というリスクテイクです。企業は、売上・利益の拡大によってそれを達成しようとします。そのために、新製品や新規事業、海外展開の加速、M&Aなど華々しい成長戦略が打ち出されます。ただし、ここで注意しなければならないのが「資本コスト」です。未知の事業は既存のビジネスに比べて不透明要因(リスク)が大きいため、資本コストも高くなります。したがって、このような事業を実行するかどうかの経営判断においては、本事業について、資本コストに見合った成長戦略が描けるか(十分な資本生産性が確保できるか)どうかを慎重に検討する必要があります。

 第2に、「資本コストを下げる」というリスクテイクです。日本企業は利益を内部留保する傾向が強く、キャッシュをはじめ多くの「不稼働資産」を保有していることが少なくありません。不稼働資産は、景気後退期には“バッファー”として機能しましたが、過剰な安全志向は、負債に比べ資本コストが高い株主資本()の比率の上昇をもたらし、資本コストを押し上げることになります。

 配当の支払いだけでなく、株主が望むROEの達成を求められることになる株主資本は、利息を支払えば済む借入金よりも資本コストが高いとされています。

したがって、過度な安全策をとらず、バランスシートを効率化(=事業リスクに見合った適切な資産と負債の比率を保つこと)させて、不要なキャッシュや不稼働資産を減らすことによって資本コストを下げる取組みも、企業がとるべきリスクテイクと言えます。

 第3に、「経営資源の再配分」というリスクテイクです。これは、自社の現状を正しく把握したうえで、不採算事業を縮小するか当該事業から撤退し、将来性が高いと判断した事業に資源を配分していくということです。組織が持つ資源を最も投下資本利益率の期待値が高い事業に適切に配分することができれば、「資本生産性」と「資本コスト」の関係は改善します。

 成長戦略というと、勢い、新規事業やM&Aといった規模の拡大を伴う第1のリスクテイクに向かいがちです。しかし、過去の失敗を見て来た投資家は、どうしても「また失敗が繰り返されるのではないか」という不安を抱くものです。経営陣がまず取り組むべきなのは、資本コストを下げる第2のリスクテイクと経営資源の再配分という第3のリスクテイクです。この2つを実行することで、資本コストと投下資本利益率の意識が足りない非効率な投資が減少し、第1のリスクテイク(規模の拡大を伴う投資)の成功確率も格段に向上すると考えられます。

以上の解説をご覧いただければ、誰の発言がGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。

<正解>
GOOD発言はこちら

取締役C:「ROEへの懸念も分かりますが、そもそも適正水準が一体どれくらいなのかはっきりしません。また、買収や事業の多角化の前に、もう一度既存の事業内容を精査し、メリハリを付けた経営資源の配分を行うことで、長期的な成長の青写真を示すべきではないでしょうか。」
コメント:投資家は企業に対し、事業に要する資本コストを意識したうえで、最低限それを上回るリターンをあげることを求めています。リスクへの意識が欠けたまま新規事業に進出して失敗するパターンを何度も目のあたりにしてきた投資家は、現在の経営資源配分を精査しないまま新規事業に進出することには懸念を示すでしょう。この点、本発言は投資家の考え方にも合ったものであり、GOOD発言と言えます。また、適正なROEの水準は業種や企業規模など企業特性に応じて異なりますので、「ROEの適正水準ははっきりしない」という点もその通りです。

BAD発言はこちら
取締役A:「国内市場の低迷にもかかわらず、当社は市場シェアの拡大によってなんとか成長を実現してきましたが、さらなる成長を求めるのであれば、海外企業を買収したり、事業の多角化を図ったりするべきではないでしょうか。余剰資金をため込んでROEが低空飛行では、株主からの利益還元のプレッシャーも高まります。」
コメント:投資家は企業に成長を求めており、積極的に成長機会を見出そうとする姿勢はGOOD。しかしながら、投資のコストと必要とされるリターンを整理せずに売上成長を求めるのは、典型的な日本企業の失敗パターンと言えます。売上・利益の絶対額が拡大したとしても、投資した資本に対して十分なリターンがあがらなければ、それは適正な投資とは言えません。もちろん、全ての事業が成功するわけではなく、また投資家も全てで成功することを求めているわけではありませんが、求められるリターンの水準を意識した上でリスクを取って行くことが「適切なリスクテイク」なのです。
取締役B:「中期的には海外市場に打って出るといった成長戦略を実施するのはよいと思いますが、まずはROEを上げることを考えるべきではないでしょうか。議決権行使助言会社のISSはROEが5%以下の企業の経営トップである取締役の選任議案には反対を推奨すると言っていますし、バランスシートのリスクをとって負債を拡大してはどうでしょうか。」
コメント:ROEを意識してバランスシートの適正化を目指す姿勢はGOOD。ただし、動機がISSへの対応というのはいただけません。上述のとおり、適正なROEの水準は業種や企業規模など企業特性に応じて異なり、全ての企業に一律に当てはめられるものではありません。まずは自社が求められているROEはどの程度なのかを理論的に理解するとともに、投資家との対話によって、自社のROEの適正水準を探っていくことが重要です。

2015/12/18 監査の“エアポケット”への対処

 グループ経営が当たり前になる中、子会社の不祥事防止は大きな経営課題となっている。それなりの数の子会社を持つ上場会社グループでは、子会社も対象に、次の3つの監査が行われているのが通常だろう。

①公認会計士(監査法人)による財務諸表監査と内部統制報告書監査
内部監査部門による内部監査(業務監査・会計監査・内部統制監査)
③監査役による監査

内部統制報告書監査 : 財務報告に係る内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX制度)に基づき上場会社が作成する内部統制報告書に対して、公認会計士が行う監査。
内部監査 : 監査対象部署から独立した内部監査室などの社内組織・担当者により実施される監査。社長などの経営陣が直轄し、監査対象部署の実際の業務があらかじめ定めておいた業務フロー通りに行われているかどうか、会計記録が事実に基づき適切に記録されているかなどを監査する。
業務監査 : 監査対象部署の実際の業務があらかじめ定めておいた業務フロー通りに行われているかどうかをチェックするための監査。

 これら3つの監査は「三様監査」と呼ばれ、一見すると、これにより企業グループを網羅的にチェックできるように見える。しかし、実際にはそれぞれの監査が十分に行き届かず、“エアポケット”となる領域が生じることは珍しくない。

 例えば、・・・

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2015/12/18 監査の“エアポケット”への対処(会員限定)

 グループ経営が当たり前になる中、子会社の不祥事防止は大きな経営課題となっている。それなりの数の子会社を持つ上場会社グループでは、子会社も対象に、次の3つの監査が行われているのが通常だろう。

①公認会計士(監査法人)による財務諸表監査と内部統制報告書監査
内部監査部門による内部監査(業務監査・会計監査・内部統制監査)
③監査役による監査

内部統制報告書監査 : 財務報告に係る内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX制度)に基づき上場会社が作成する内部統制報告書に対して、公認会計士が行う監査のこと。
内部監査 : 監査対象部署から独立した内部監査室などの社内組織・担当者により実施される監査。社長などの経営陣が直轄し、監査対象部署の実際の業務があらかじめ定めておいた業務フロー通りに行われているかどうか、会計記録が事実に基づき適切に記録されているかなどを監査する。
業務監査 : 監査対象部署の実際の業務があらかじめ定めておいた業務フロー通りに行われているかどうかをチェックするための監査。

 これら3つの監査は「三様監査」と呼ばれ、一見すると、これにより企業グループを網羅的にチェックできるように見える。しかし、実際にはそれぞれの監査が十分に行き届かず、“エアポケット”となる領域が生じることは珍しくない。

 例えば、①の監査法人による監査の場合、リスクアプローチにより、企業グループ内で重要性(リスク)が高いと判断された会社に対しては十分な監査がなされる一方、重要性の低い会社に対しては「一部の勘定科目」のみの監査しか行わない、あるいは監査そのものが一切行われないということもある。

リスクアプローチ : リスクの発生可能性が高いところに手厚い監査手続きを実施し、リスクの発生可能性が低いところにはそれに応じた監査手続きを実施するという監査の進め方をいう。

 また、②の内部監査のうち「内部統制監査」は監査法人も内部統制報告書の監査を通じて行うことから、事前に監査法人との間で監査対象となる領域(対象会社・勘定科目)について合意したうえで実施されるため、監査法人のリスクアプローチの影響は避けられず、重要性が低いと判断された領域は監査対象外となってしまう。

 さらに、内部監査のうち「業務監査」「会計監査」は、規程・マニュアル等に基づいて業務が実施されているかどうかという「基準準拠性」の監査が重視される傾向があり、また、対象領域が広範にわたるため、実際の業務の結果を検証する監査(実証性手続)は十分に行われていないのが現状と言える。

 一方、③の監査役による監査については、子会社が監査役会設置会社であれば、弁護士や公認会計士が社外監査役に就任し十分に機能を果たしているケースも見受けられる。しかし、大会社以外の会社の監査役による監査は、②の内部監査の場合と同様に「基準準拠性」の監査になることがほとんどであろう。

 このような状況の中で監査の“エアポケット”が発生することを未然に防ぐのに有効なのが内部監査による「特命監査」だ。特命監査とは、例えば不正行為が疑われる場合や、不正を未然に防ぐために社長の指示を受けて行う非定例的な監査をいう。特命監査の結果、次のような“不正の種”が発見されることは少なくない。実際にはまだ不正には至っていなくても、いわゆる不正のトライアングル(動機・機会・正当化)における「機会」を提供している点に特徴がある。

・銀行預金の払戻しにあたり、経理の担当者が自ら預金払戻請求書を作成したうえで銀行取引印を押印し、実際に銀行にも出向いていた。
・ファームバンキングの支払データの登録と送信が同一人により実施されていた。
・10万円以下の消耗品(PC、タブレット、デジカメ等)の購入を経理課長が自ら申請・決裁し、購入していた。
・売掛金の入金消込みを、案件ごとではなく、得意先単位で実施していた。そのため、個別債権の入金遅延が把握できず、残高確認書を発送しても差異分析ができなかった(実施していなかった)。
・仮払金の未精算が1年以上そのままになっており、原因追求したものの不明であった。
・手許現金の保有残高が使用実績に比べて多額である。また、出納担当者による手許現金の実査の頻度は3か月に1回のみと極めて低い。

 こういった(子)会社は不正の「機会」があるだけに、ふとしたきっかけで容易に不正が起こり得る。グループ会社にそのような会社が見つかった場合には、特命監査の実施を検討すべきだろう。経営陣は「起こってしまってからでは遅い」ということを肝に銘じたい。

2015/12/17 (新用語・難解用語)有償ストックオプション

役職員が金銭を払い込むことで付与されるストックオプションのこと。金銭の代わりに、役職員が会社に対して持つ報酬債権が用いられることもある。一見すると、払い込みが不要な「無償ストックオプション」の方が使い勝手が良さそうに見えるが、最近は役職員の業績連動型報酬として導入される例が増えている。

その最大の理由が、・・・

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2015/12/17 (新用語・難解用語)有償ストックオプション(会員限定)

役職員が金銭を払い込むことで付与されるストックオプションのこと。金銭の代わりに、役職員が会社に対して持つ報酬債権が用いられることもある。一見すると、付与時に払い込みが不要な「無償ストックオプション」の方が使い勝手が良さそうに見えるが、最近は有償ストックオプションが役職員の業績連動型報酬として導入される例が増えている。

その最大の理由が、会計上の取扱いだ。ストックオプションに対しては「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下、ストックオプション会計)が適用されるが、ストックオプション会計では、無償ストックオプションを、ブラック=ショールズ・モデルと呼ばれる複雑な計算式などを使って評価し、ストックオプションの権利が確定するまでの間、「報酬」として費用に計上することを求めている。これは、無償で従業員に付与されるということで、当該ストックオプションを「労働サービス提供の対価」と考えるため。費用である以上、当然ながら企業の業績にはマイナスに働く()。

ブラック=ショールズ・モデル : 株価、行使価格、期間、変動率、金利といった「契約条件」および「市場で入手できるデータ」だけでオプションの価値を計算できるモデル

一方、有償ストックオプションを発行する際にも、付与時に役職員が払い込む対価を複雑な計算式を使って計算する必要があるが、役職員が対価を会社に払い込む以上、会社から見ればこれは役職員への報酬ではなく、あくまで「金銭を対価とした、ストックオプションという権利の発行」であり、対価が適正(公正価値)であれば会計上は当該対価を費用に計上する必要はない()。

 無償ストックオプションでは費用が計上され、有償ストックオプションでは受領した金銭が資産となる(あるいは報酬債務という負債が減る)。いずれも対価は純資産の部に「新株予約権」として計上することになる。

また、役職員側の課税関係も大きく異なる。「報酬」である無償ストックオプションは、税制適格ストックオプションに該当しない場合、権利行使時に「(権利行使によって)取得した株式の時価-権利行使額(ストックオプション付与時に決定する)」に対し「給与課税」が行われることになり、金額によっては最高55%(所得税45%+住民税10%)の税率で税金がかかる。権利行使をしてもすぐに株式を売却するとは限らないため(例えば株価の更なる上昇が期待できる場合)、株式の売却収入が入る前に先行して税金の負担が発生するという事態もあり得る。これに対し、有償ストックオプションはお金を払って取得した権利であり、これを株式に転換しただけで税金がかかることはない。税金がかかるのは株式を売却した時であり、しかも税率は一律20%(所得税15%、住民税5%)となっている(税率は復興所得税率を考慮せず)。

税制適格ストックオプション : 税法が求める要件を満たすことで、権利行使によって株式を取得した時点で生じている含み益(権利行使時の株式の時価-株式の取得価格)への課税が、実際に株式を売却する時点まで繰り延べられる(=株式を購入しただけで課税されるという状況を避けられる)ストックオプションのこと。具体的な要件としては、無償発行、権利行使期間が「株主総会での発行決議の2年後~10年後までの最大8年間」、行使価格が発行時の時価以上、権利行使金額が「年間1,200万円まで」などがある。

また、「報酬」である無償ストックオプションを役員に付与する場合には株主総会の決議が必要になる()ため、機動的な付与が難しいという問題もある。一方、有償ストックオプションは報酬ではないため、株主総会の決議は不要となる(取締役会の決議のみで付与できる)。

 無償ストックオプションの「報酬」額が、株主総会で決議済みの役員の報酬総額の範囲内であれば不要。

このように様々なメリットがある有償ストックオプションだが、現在、企業会計基準委員会(ASBJ)は「報酬」的要素がある権利確定条件付きの有償ストックオプションに対して、現行のストックオプション会計を適用することを検討している。仮にそうなれば、無償ストックオプション同様に、権利確定条件付きの有償ストックオプションも「報酬」として認識され、毎期の利益を圧迫することになる。ASBJは、有償ストックオプションの発行時に受領した金銭を「報酬」から控除できるようにする方向であり、仮にこれが実現すれば、報酬額も圧縮されることになる。ただし、通常、ブラックショールズモデルで計算した「有償」部分は小さい値となることが多いだけに、圧縮幅も小幅にとどまることになろう。有償ストックオプションの導入を検討する企業は、ASBJの議論の行方を随時チェックする必要がある(当フォーラムでも動きがあり次第続報します)。

権利確定条件 : ストックオプションを付与された役職員がストックオプションを行使できるようになるために求められる勤務条件(一定の期間、勤務し続けること)や業績条件(一定の業績の達成)のこと。

2015/12/16 健康管理とセクハラの境界線

 大手コンビニチェーンのローソンで、玉塚社長が自らCHO(チーフ・ヘルス・オフィサー=最高健康責任者)に就任し、「肥満の社員の割合を減らす」などの健康対策を打ち出したことが話題になっている。

 CHOとは、企業が社員の健康管理を組織的に行う上での最高責任者のこと。ロート製薬や大和証券グループ本社など、CHOを設置する企業は徐々に増えているが、ローソンのケースは、トップ自らが社員の健康管理を「経営責任」の1つとして明確に位置付けるものであり、同社の取組みが今後社員のパフォーマンス向上や、その結果としての企業価値向上につながっていくのか、注目される。

 ただし、肥満の従業員に対し「痩せるように」と指導することにはリスクがある。容姿を話題にすること自体がセクシャルハラスメントと受け止められかねないからだ(同性間であればパワーハラスメントに該当する恐れがある)。過去には、・・・

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