2015/08/30 【役員会 Good&Bad発言集】不正会計の発覚

 abc製作所では毎月第二火曜日に定例の取締役会を開催している。今日はその定例取締役会の開催日である。会場となる本社会議室では、定刻の5分前までに社長以外の役員全員が席に着き、社長が入室するまでおのおのが隣の役員とひそひそ話を交わしている。その話題は一様に、昨日発覚したX事業部での架空売上問題だ。

 議長である代表取締役社長が着席後すぐに開会を宣言し、取締役会が始まった。定例的な月次報告や決議事項を普段より駆け足で済ませた後、議長は総務担当の甲取締役を指名し、X事業部での架空売上問題の発覚の経緯と現時点で判明している事実を報告するよう求めた。甲取締役は“マル秘”と記された報告書が役員全員に行き渡ったのを確認してから、報告を始めた。もっとも甲取締役の報告は推測が多く、歯切れが悪かった。というのも、不正が発覚したのは昨日であり、現時点では架空売上に関する情報があまりに不足しているからだ。

 甲取締役による報告が終了し、取締役会で架空売上の調査のための社内調査委員会を組成することを全員一致により決議した。その後、社外取締役や監査役から甲取締役やX事業部を管掌する乙取締役に対して容赦ない質問が相次いだものの、両名とも不正の内容や範囲をほとんど把握できていない以上、「ただいま鋭意調査中であり、改めて別の機会に報告いたします。」と回答するのがやっとだ。

A取締役:「この件は証券取引所には相談しているのでしょうか?」

甲取締役:「いえ、まだです。」

B取締役:「いますぐにX事業で架空売上が計上されていたことを投資家に開示すべきです。その結果、証券取引所への相談は投資家への開示後になってしまいますが、やむを得ません。」

C取締役:「いや、概要すら把握できていない現段階で投資家に不確かな情報を提供してしまうと、株価が不当に下落しかねません。とりわけ来月には公募増資も控えています。もし、不確かな情報が原因で株価が不当に下落してしまうと、公募増資で調達できる金額が予定額を下回ってしまいます。調達額が不十分だと事業計画の達成が困難になり、ひいては企業価値の下落を通じて株主の利益を害してしまうことになります。まずは社内調査委員会に3か月ほどかけてじっくりと調査してもらい、売上や利益の訂正内容につき監査法人によるチェックを経てから、初めて投資家に概要を開示すべきと考えます。」

A取締役:「架空取引で膨らんでいた過去の売上や利益を訂正する事後処理が終了するまで、公募増資を延期すべきではないでしょうか。」

D取締役:「架空取引で膨らんでいた売上や利益を訂正することが、事後処理のすべてではありません。分配可能額の算定や減損の判定をやり直すとどういう結論になるのか、気になるところです。」

 上のA取締役からD取締役の発言のうち、どの発言がGOOD発言でしょうか?

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2015/08/30 【役員会 Good&Bad発言集】不正会計の発覚(会員限定)

<解説>
不正会計発覚時は段階的に開示

 上場会社は、投資家の期待に応えるために、業績予想の達成に向けてまい進しなければなりません。業績予想の達成が困難になればなるほど、決算の粉飾への誘惑が強まることになります。しかし、粉飾は投資家の投資判断を誤らせるとともに、投資家の信頼を裏切る行為です。そこで経営陣としては、粉飾を発生させないよう、決算の信頼性を確保するための内部統制を構築しなければなりません。

 それでも粉飾が発覚した場合、上場会社としては、すでに公表済みの過去の決算を改める必要があります。決算内容を開示する書類として、証券取引所のルールに基づく決算短信や四半期決算短信、金融商品取引法に基づく有価証券報告書や四半期報告書がある以上、決算の訂正とはこれらの書類の訂正を意味します。そして、これらの書類の訂正を行うに際して、決算短信や四半期決算短信であれば証券取引所、有価証券報告書や四半期報告書であれば財務(支)局への事前相談が欠かせません。

 また、上場会社は、決算の訂正に先立ち、証券取引所のルールに基づき、粉飾が発覚したことを開示しなければいけません。もっとも、粉飾の概要すら不明瞭な段階では開示しようがないのも事実です。そこで粉飾の事実が発覚した時点ですぐに証券取引所に相談を行い、調査の進展に応じて、段階的に開示(例えば、「粉飾が行われていた事実(可能性)の公表=内部調査委員会または第三者委員会の設置」→「第三者委員会の調査報告書の受領と決算短信などの財務報告の訂正」→「対応策の実施状況」など)を行います(調査が長引く場合は、途中で経過報告をすることも考えられます)。

 なお、上場会社は、粉飾が発覚した場合、過年度の決算の訂正を実施するまでは、公募増資を実施できません。なぜなら、過年度の誤った決算を投資家に示して公募増資を実施してしまうと、有価証券届出書()に虚偽記載があったとして金融庁より課徴金(募集総額の4.5%)を課されたり、虚偽記載を知らずに株式を取得した者へ損害賠償をしたりしなければならなくなるからです。また、粉飾を隠して公募増資に至る一連の行為に対して刑事責任(金融商品取引法158条の偽計公募増資の罪)を問われる可能性もあります。

 上場会社が1億円以上の公募増資を行う場合、財務(支)局に有価証券届出書を提出する必要がある。
架空売上の取り消しだけでは済まない粉飾の後始末

 粉飾の手法は大別すると「売上の過大計上」と「費用の過少計上」に分けられます。このうち「売上の過大計上」のためによく用いられるのが、「架空売上」や「循環取引」です。

 上場会社の従業員が「架空売上」や「循環取引」といった不正を行う動機の大半は、自身(あるいは自部署)の売上目標の達成です。不正を行わなければ自身(あるいは自部署)の売上目標を達成できない状況で不正に手を染めた以上、「架空売上」や「循環取引」といった“お化粧”を落とせば、“素顔”の売上や利益は予算を達成できない低いレベルの金額になってしまうのは当然のことです。その結果、 “お化粧”された利益をもとに計算・判断していた次に掲げる項目を、“素顔”の売上や利益をもとにして新たに計算・判断し直す必要が生じます。
・(過去の)減損判定
・(過去の)配当や自己株式取得時の分配可能額の再計算
・(今期の)業績予想の練り直し
・事業計画の練り直しと(過去の)繰延税金資産の回収可能性の再検討
・(過去の)財務制限条項への抵触の有無の再判定
・(過去の)連結範囲の妥当性の再検討

 また、不正調査のために要した費用、有価証券報告書等の虚偽記載に関して科せられる課徴金、証券取引所が徴求する可能性がある上場契約違約金、訴訟対応費用などの余計なコストも負担しなければなりません。

以上の解説をご覧いただければ、誰の発言がGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。

<正解>
GOOD発言はこちら

D取締役:「分配可能額の算定や減損の判定をやり直すとどういう結論になるのか、気になるところです。」
コメント:粉飾決算が発覚した場合、過去の決算を訂正し粉飾により膨らんだ売上(およびその売上原価)を「なかったことにする」(過去の誤謬の訂正)のに、つい目が行ってしまいます。それはそれで必要ですが、粉飾決算を訂正した結果として何が起こるのか(過去の誤謬を訂正したことによる影響)に目を配ることも重要です。
 例えば、分配可能額(配当の上限)は利益をベースに計算するところ、粉飾決算の誤謬の訂正により利益が少なくなるため、それに応じて分配可能額も少なくなってしまいます。「分配可能額すれすれで配当をしている場合」や「分配可能額を大きく下回る額で配当をしていたものの過去の誤謬の訂正額が多額に上った場合」には、粉飾決算の誤謬の訂正による分配可能額の再計算の結果、配当額が分配可能額を超えていた(違法配当)ことになりかねません。
 また、X事業の関係者が架空取引に手を染めざるを得なかったということは、裏返せば「X事業の本当の業績は芳しくない可能性が高い」ことを意味しています。減損の兆候の判定に際して、X事業の属する資産グループの資産について、架空取引で粉飾された利益をベースに「減損の兆候なし」と判断していたとしても、訂正後の利益(損失)をベースにすると「減損の兆候あり」になるかもしれません。その場合、将来の事業計画の変更により減損損失の計上が必要になる可能性もあります。
 本発言は、粉飾発覚時という初期の段階であるにもかかわらず、決算の訂正により分配可能額の再計算や減損の判定のやり直しといった「過去の誤謬を訂正したことによる影響」にも言及できている点でGOOD発言です。

BAD発言はこちら
B取締役:「いますぐにX事業で架空売上が計上されていたことを投資家に開示すべきです。その結果、証券取引所への相談は投資家への開示後になってしまいますが、やむを得ません。」
コメント:本発言は、投資家への迅速な情報開示を心がけたものである点で、一見GOOD発言にも見えます。しかし、粉飾が発覚してから1日しか経っておらず、不正関与者への本格的なヒアリングや証拠資料の収集はこれからです。不正調査を担当する総務担当取締役が取締役会での質疑応答に苦慮したことからわかるように、現段階では開示に耐えられるほどの情報が集まっていません(情報収集の必要性)。また、開示に先立ち、今後の対応方針(社内調査委員会の調査に留めるか、並行して第三者委員会の調査も行うのかといった調査方針、どの時点で何を開示するかといった開示のタイミングなど)を証券取引所へ相談する必要があります(証券取引所への事前相談の必要性)。そして、投資家の不安を鎮めるためには、過去の財務諸表が粉飾されていた事実(可能性)を開示するのと同時に、社内調査委員会や第三者委員会を発足したことの開示を行う案が考えられます。もちろん第三者委員会の発足の開示より前に「不適切な会計が行われていた可能性がある。社内調査委員会を発足した。詳細はこれから調査する。」といった限定的な開示を行うことも考えられますが、いずれにしろ証券取引所への事前相談を経ずに行うべきではありません。B取締役の発言は証券取引所への事前相談を軽視している点でBAD発言です。
C取締役:「もし、不確かな情報が原因で株価が不当に下落してしまうと、公募増資で調達できる金額が予定額を下回ってしまいます。」
コメント:架空売上に関する調査の結果、架空売上を計上する手口や範囲、不正の総額が明らかになるのは、これから2~3か月後と予想されます。調査結果を受けて、初めて過去の財務諸表の訂正が可能になります。それまでは、解説にあるように公募増資を実施できません。C取締役の発言は、公募増資を予定どおり来月に実行することを前提としている点で BAD発言です。
C取締役:「まずは社内調査委員会に3か月ほどかけてじっくりと調査してもらい、売上や利益の訂正内容につき監査法人によるチェックを経てから、初めて投資家に概要を開示すべきと考えます。」
コメント:C取締役の発言どおりに開示するとなると、投資家が粉飾の事実を知るのは3か月後になってしまいます。これでは“適時”(タイムリーな)開示とは言えないので BAD発言です。

2015/08/28 役員報酬、「ガバナンス」が損金算入条件になる可能性

 コーポレートガバナンス・コードにより役員報酬と中長期的な業績との連動性が求められたことを踏まえ(同コード4-2、4-2①)、役員報酬改革を検討する企業は多い。

 ただ、その検討にあたり大きなネックとなっているのが・・・

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2015/08/28 役員報酬、「ガバナンス」が損金算入条件になる可能性(会員限定)

 コーポレートガバナンス・コードにより役員報酬と中長期的な業績との連動性が求められたことを踏まえ(同コード4-2、4-2①)、役員報酬改革を検討する企業は多い。

 ただ、その検討にあたり大きなネックとなっているのが現行の法人税だ。というのも、現行法人税法では業績連動型の役員報酬の損金算入要件が非常に厳しく、複数年の利益をベースに算定する役員報酬や、今後普及が見込まれる株式報酬(詳細は新用語・難解用語辞典「金銭報酬債権の現物出資」参照)は損金算入できない可能性が高いため。株式報酬については、信託を活用した「役員報酬BIP信託」などを導入する企業が出て来ているが、これも株式報酬の1つであり、やはり損金算入できない(ただし、退職金として支給した場合は損金に算入が可能)。

 こうした中、平成28年度税制改正で役員報酬税制が改正される可能性が浮上していたが(2015年7月3日のニュース「業績連動型役員報酬導入のボトルネックが解消へ」参照)、経済産業省は早ければ今日(2015年8月28日)か来週月曜にも公表する平成28年度税制改正要望の中で、正式に役員報酬税制の見直しを財務省に要望することが分かった。

 現行法人税法で役員報酬の損金算入が厳しく制限されている理由は、法人が役員報酬額を“お手盛り”で支給することで(損金額を大きくして)法人税負担を軽減するという租税回避行為を防止することにあるが、上述のとおり、コーポレートガバナンス・コードにより役員報酬と中長期的な業績との連動性が求めらる中、財務省も経済産業省の要望に耳を傾けざるを得ないと思われる。

 ただ、租税回避の懸念がある限り、無条件に損金算入を認めるというわけにはいかないだろう。そこで経済産業省は、業績連動型の役員報酬の損金算入を認める条件として「コーポレートガバナンスが強化されていること」を挙げている。具体的には、報酬委員会等のチェックが効いていることなどが求められる可能性がある。

2015/08/27 【失敗学第15回】椿本興業の事例(会員限定)

概要

 2013年に中堅機械商社の椿本興業(東証第一部上場。本社大阪市)で、水増し発注や循環取引などの不正(総額で77億円)が発覚し、同社は過去7年分の累計で15億円の損失計上を余儀なくされた。また、2014年には不正の中心人物であった椿本興業の元社員と取引先役員が詐欺容疑で逮捕された。

経緯

 椿本興業が東京証券取引所へ2013年5月に改善報告書を提出するまでの経緯につき、時系列で示すと、次のとおり。
<1998年>
椿本興業の中日本営業本部に所属する東海東部のSD長(SDとは“Sales Division”の略。同社では営業本部長に次ぐ立場の管理職。以下「東海東部SD長」と称する)が、自身の遊興費や客先接待費および部員慰労費などを捻出するために、同社の仕入先A社の社長に対して、下記の個人的な提案を行った。
・椿本興業からA社へ発注するにあたり、東海東部SD長がひそかに水増しした額を用いる(水増し発注)。
・この水増し発注によりA社が得た余分な現金(水増し分)を、一定の割合により、東海東部SD長とA社社長で分ける。
A社としても資金繰りが厳しかったため、その提案を受け入れ、そこから東海東部SD長とA社社長の深い関係が始まった。

<2005年>
東海東部SD長が、A社の資金繰り支援のため、循環取引に着手。

<2012年>
1月:東海東部SD長が関与する取引のたな卸資産残高が多額(9億円)となっていることから、コンプライアンス室および経理部門が東海東部SD長にヒアリングを実施。その後も数回にわたり、たな卸資産残高を減らすための会議が行われる。

<2013年>
1月~2月:東海東部SD長が関与する取引のたな卸資産残高が膨れ上がり、2012年12月末で13億円に達したため、常勤監査役が調査をスタート(参考までに2012年12月末の四半期連結貸借対照表の仕掛品残高は27億円であった)。
2月:椿本興業の経理部門の最高責任者が、東海東部SD長の上長である中日本営業本部長に対して、東海東部SD長が関与する一連の取引を中止させるよう勧告を実施。
3月13日:東海東部SD長は、取引中止により資金がショートし循環取引を継続できなくなったため、営業統括本部長に対して、循環取引を行っていた旨を打ち明ける。
3月18日:椿本興業が「当社従業員による不正行為について」をリリース。
3月25日:椿本興業の取締役会で、東海東部SD長のした不正行為を調査するために第三者委員会を設置することを決定。
5月2日:椿本興業は「社内調査委員会の調査報告書」と「第三者委員会の調査報告書」の2つの報告書を受領。
5月8日:椿本興業は社内調査委員会の調査報告書と第三者委員会の調査報告書の2つの報告書を公表(リリースはこちら)。あわせて関係者の処分と再発防止策を示す。また、椿本興業は不正発覚により過去の決算訂正が必要になり、当期純利益を7年分累計で15億円減額した旨も公表(リリースはこちら)。
5月10日:椿本興業は2013年3月期基準の決算短信を提出。2013年3月期の決算では、不正取引にかかわった取引先から訴訟を提起され損害賠償が必要になる可能性に備えて、椿本興業の損失負担見込額につき偶発損失引当金6億円を計上。
5月10日:椿本興業は、過去の決算の訂正が多額に上ったため、東京証券取引所より「適時開示に係る遵守事項に違反し、かつ、投資者の投資判断に相当な影響を与える」として「公表措置」を受け、さらに「適時開示体制について改善の必要性が高いと認められる」として「改善報告書」の提出も請求される。
5月24日:椿本興業が、東京証券取引所へ「改善報告書」を提出する。
10月21日:椿本興業は架空循環取引の相手先の一つである川端エンジニアリングより「架空循環取引で11億円の損害を受けた」として損害賠償請求訴訟を提起される(リリースはこちら)。

<2014年>
10月19日:元東海東部SD長および取引先役員が、架空取引に基づき椿本興業より手形を詐取したとの容疑で逮捕される(リリースはこちら)。

内容・原因・改善策

 椿本興業が東京証券取引所に提出した改善報告書によると、本件の問題点の内容とその原因と改善策は次のとおりである。

A社への水増し発注

内容 ・東海東部SD長が主導して仕入先であるA社に水増し発注(手口は下記)をし、A社にプールされた資金の大部分を東海東部SD長および一部の社内関与者が着服していた。
(手口)
-A社への発注時に、発注金額の査定を甘くして、正当な金額を超える額で水増し発注をしていた。
-現場据付・調整工事などがあったかのように装い、追加工事の名目でA社に架空発注をしていた。
原因 (コンプライアンス意識の欠如)
椿本興業ではコンプライアンスに特化した規程が整備されておらず、役職員におけるコンプライアンス意識も希薄であった。
(社内協力者の存在)
椿本興業の中日本営業本部の部長や課長らが、東海東部SD長から指示どおりにA社に水増し発注を行い、その対価としてA社から現金を受領していた。
(担当の固定化)
人事異動が少ないため、特定の仕入先を長期間担当することになり、仕入先と癒着してしまった。
(内部牽制機能の欠落)
・営業担当者が、仕入先選定や発注、仕入先への支払い指示などを、ほぼ一人で管理・実行していた。
・椿本興業では、販売額が1,000万円未満の設備装置であれば、売上計上時に客先注文書を経理へ提出する必要がないルールとなっており、販売額が1,000万円未満の水増し発注であれば、実行が容易であった。
(ルールの逸脱)
社内ルール上、営業部長以上の上級の職員は受注・発注に係る伝票を起票しない(部下が起票する)のが原則であったが、東海東部SD長はルールを無視し、自ら伝票を起票・決裁していた。
(予算査定の甘さ)
追加工事の兆候が発生していない段階で、営業担当者だけの判断で追加工事代金やクレーム対応への見積費用を予備費として予定原価に予算計上しておくことが容認されていたため、予算査定が甘くなり、水増し発注の温床となった。
(不十分な内部通報制度)
椿本興業では内部通報制度が導入されていたが、通報窓口が会社内に限定されており、決して社員にとって通報しやすいものとはなっていなかった。また、全役職員に十分に内部通報制度の内容や意義を周知できていなかった。
統制環境の問題)
・中日本営業本部は総人員が60名程度と小規模事業所であり、他の営業本部に比べ家族的意識が強かったことから、不正取引を主導した東海東部SD長の行動・指示に対して異議を唱えたり、命令を拒否できたりするような環境ではなかった。また、経理部門の人数が手薄となり、管理部門全体の牽制力が不足しがちであった。
・内部監査室は人員が不足しており、役割を果たせていなかった。

統制環境 : 内部統制を支える環境のこと。統制環境として、具体的には「経営者や従業員の誠実性および倫理観」「経営者の意向および姿勢」「経営方針および経営戦略」「取締役会および監査役または監査(等)委員会の有する機能」「組織構造、慣行、組織風土」などが挙げられる。

改善策 ・コンプライアンス規定の制定。
・コンプライアンス教育(外部講師による講習会やeラーニング)の実施。
・リスクマネジメント委員会の位置付け、委員会の職務、委員の権限と責任などを明確化し、リスクマネジメント委員会の充実を図り、リスクの定期的見直しに努める。
・毎年2月と8月にコンプライアンス・デーを制定し、社内イントラ、ウェブサイト、メール等を活用し、全役職員のコンプライアンス意識の向上と法令順守精神の確立を呼び掛ける。
・定期的な人事異動を行い、同一部署の在籍期間に制限を設ける。
・「業務課」を新設し、設備装置事業における受注部門と発注部門との職務分掌を図る。受注部門の担当者が発注依頼書を作成し、「客先とエンドユーザーとの関係や仕入先とエンドメーカーとの関係が分かる取引形態図」や「客先注文書」「発注先の見積書」「工程表」「打合わせ議事録」などを添付して業務課に提出し、業務課でその妥当性を確認する(業務課には営業熟練者を配置しておく)。また、営業部門で管理していたすべての印象を業務課が管理し、押印するようにする。注文書、納品書、請求書の発送業務は業務課が行うようにする。
・営業部門の裁量で予備費を計上できるというルールを廃止し、予備費は管理部門が管理する。
・外部機関(弁護士事務所)を利用した外部通報窓口を新設。

納入実態のない書類だけの循環取引

内容 2005年にA社の運転資金が不足したことをきっかけに、東海東部SD長が考案した循環取引がスタートした。循環取引はA社への資金融通を目的としたものであり、単純化すると椿本興業がA社から仕入れ、A社に売り上げる取引(納入実態はなく、書類だけで取引が行われる)を繰り返すだけであるが、それだけでは循環取引であることが一目瞭然であるため、椿本興業とA社との間に別の取引先を介在()させ、通常の取引であるかのように装っていた。
 取引先にはマージン(売掛先(7社)が概ね4%、仕入先(4社)が概ね3%)を落とすようにしていた。
原因 ・椿本興業の売上計上基準によると、機械をエンドユーザーに納入しただけでは売上を計上できず、エンドユーザーが試運転を完了してはじめて売上を計上できる。逆に言えば、エンドユーザーが試運転を完了するまでは、納入した機械は椿本興業の在庫(仕掛品)になる。そのため椿本興業では、取引量の増加に伴い仕掛品残高が増加すること自体は不自然ではなかった。もっとも、東海東部SD長が循環取引を繰り返した結果、同SDの仕掛品残高は、異常な水準にまで膨らんでいた。同SDの在庫水準に不自然さを感じた役員・幹部社員は複数いたにもかかわらず、誰一人として滞留在庫問題を取締役会や経営会議等の会議体に上程することはなかった。その結果、役員間で問題点として共有されることもなく、結果として不正取引の発覚を遅らせてしまった。
・仕入先からエンドユーザーへ直送する在庫を、内部監査室員または経理課員などがエンドユーザーの納入確認をしていなかった。
(その他の原因は、上述の「A社への水増し発注」を参照)
改善策 ・滞留仕掛品があれば取締役会に報告する仕組みを構築する。
・内部監査室員または経理課員による直送取引に係る仕掛品の現品確認をサンプルで実施する。
(その他の改善策は、上述の「A社への水増し発注」を参照)

カラ出張

内容 東海東部SD長が、私的な遊興費をねん出するため、椿本興業に対してカラ出張を申告し、出張旅費名目で現金を詐取していた。
原因 椿本興業の規定では、旅費交通費の精算時に鉄道利用代金の領収書の添付が不要とされていたこと、宿泊費が実費精算ではなく規定額精算であった。東海東部SD長は、それを悪用して、事実と異なる出張旅費精算をしていた。
改善策 海外出張や遠距離出張の際の旅費・宿泊費の精算時に領収証の添付を必須とするよう規定を改定。
<この失敗から学ぶべきこと>

 椿本興業では、営業担当者が顧客との交渉、受注、売掛債権回収といった販売業務に加え、発注先の選定、発注手続き、仕入検収、仕入代金支払いといった仕入業務のすべてに関与するのが基本になっていました。椿本興業では、このような「一気通貫」の業務体制は「良き伝統」と考えられており、「業務を円滑効率的に処理して業績を上げるためのもっとも適切な体制であるとの認識が、・・・(略)・・・無批判に全社を支配」(第三者委員会の調査報告書より抜粋)していました。受注業務と発注業務を同一人物が完結できる体制は、内部統制の観点からは「良き伝統」ではなく、むしろ「悪しき伝統」になります。なぜなら、「仕入れていないモノを売ることはできない」ため、「仕入」と「売上」の業務の担当者を分けることで、それぞれの業務に責任を持つ者同士の牽制効果が働くところ、両業務を同一人物が担ってしまえば内部牽制が効かなくなってしまい、循環取引の発生を許してしまいます。さらに、業務を同一人物だけで完結できるのであれば上司や他部門の目が届かずに、不正に対するチェックが働かなくなってしまいます。椿本興業では「一気通貫」の業務体制を採用したことで、「円滑効率的」な業務の推進を実現できましたが、その代償として15億円の損失発生と従業員の逮捕という事態を迎えてしまいました。「内部統制の構築」と「効率性」はトレードオフの関係にあり、効率性に重きを置き過ぎるとリスクが現実化してしまうという当たり前のことを、改めて思い起こさせる事例と言えます。

トレードオフ : 片方を立てれば、もう片方が立たないという状況。

 本事例では、会社の損害金額が多額となる水増し発注や循環取引といった不正に、つい目がいきがちです。一方、カラ出張の問題は、一つひとつの被害金額が大きなものではないことから、循環取引などの問題に隠れがちですが、失敗学の観点からは見逃せない問題点です。なぜなら、出張旅費の精算に際して、椿本興業のように実費精算方式ではなく規定額精算方式を採用している企業は少なくないからです。規定額精算方式の場合、精算時に領収書の添付は求められないのが通常であり、出張の事実を証明する外部証憑がないためカラ出張の発生の余地があります。規定額精算方式を採用している企業では、これを機に実費精算方式への切り替えも検討したいところです。

 なお、椿本興業では、5月2日に受領した「社内調査委員会の調査報告書」と「第三者委員会の調査報告書」の2つの報告書を公表するのが5月8日にずれ込んでしまいました。しかも、受領してから公表に至るまでに6日間を費やしてしまった理由も開示されませんでした。投資家への迅速な情報開示の観点およびインサイダー取引予防のために社内に滞留するインサイダー情報を減らす観点から、受領した調査報告書はすぐに公表すべきですし、開示が遅延した点は何らかの説明が必要であったと言えます。

2015/08/27 (新用語・難解用語)弁護士・依頼者間秘匿特権

弁護士に対して法的な助言を求める者(依頼者)が、弁護士との間のやりとりについて、行政当局の調査手続における提出または開示を拒む権利のこと。海外では認められているこの秘匿特権は、日本では認められていない。

産業界がかねてから秘匿特権の必要性を訴えているのが、独占禁止法違反が問われる場面だ。秘匿特権がないということは、独禁法違反が疑われた際に、企業と弁護士との間でやり取りされた資料が無制限に公正取引委員会に収集されてしまうということを意味する。このような状態が放置されれば、企業は弁護士とのコミュニケーションを控えるようになり、コンプライアンス体制が揺らぎかねないというのが企業側の主張である。

さらに問題となりかねないのが、・・・

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2015/08/27 (新用語・難解用語)弁護士・依頼者間秘匿特権(会員限定)

弁護士に対して法的な助言を求める者(依頼者)が、弁護士との間のやりとりについて、行政当局の調査手続における提出または開示を拒む権利のこと。海外では認められているこの秘匿特権は、日本では認められていない。

産業界がかねてから秘匿特権の必要性を訴えているのが、独占禁止法違反が問われる場面だ。秘匿特権がないということは、独禁法違反が疑われた際に、企業と弁護士との間でやり取りされた資料が無制限に公正取引委員会に収集されてしまうということを意味する。このような状態が放置されれば、企業は弁護士とのコミュニケーションを控えるようになり、コンプライアンス体制が揺らぎかねないというのが企業側の主張である。

さらに問題となりかねないのが、「国際カルテル」の場面だ。企業活動のグローバル化に伴い、日本企業が国際カルテルに参加し、海外の独禁法当局から摘発され、巨額の罰金の支払いを命じられるケースも生じているが、弁護士との間で交わされた資料が秘匿特権のない日本で公正取引委員会に収集された場合、海外の独禁法当局からは「日本企業は秘匿特権を放棄した」とみなされ、海外企業よりも不利益な取り扱いを受けてしまうおそれがある。

国際カルテル : 複数の国の企業が国境を越えてカルテル(価格の維持や各社のシェアの合意など、不当な販売制限のこと)を行うこと。日本の独占禁止法では、日本企業が国際カルテルに参加することを禁止している(同法6条)。

公正取引委員会は現在、「独占禁止法審査手続に関する指針」の策定を進めているが(経緯は2015年8月7日のニュース「「任意の供述聴取時も弁護士の立ち会い不可」に企業側が反論」の3段落目参照)、(2015年)6月30日に示されたその案にも、秘匿特権を認める記述は入らなかった。公正取引委員会側は「秘匿特権の根拠及び適用範囲が明確でなく、また、その実現に当たって実態解明機能を阻害するおそれがあるとの懸念を払拭するには至らない」ことを秘匿特権を認めない理由としている(独占禁止法審査手続に関する指針案のベースとなった「独占禁止法審査手続についての懇談会報告書」(平成26年12月24日公表)13ページ参照)。実際のところ、弁護士と依頼者のやり取りは、ある意味で公正取引委員会が知りたい情報の“要点”が整理されており、同委員会にとっては非常に有用であるという背景もあろう。

もっとも、上記報告書には、「秘匿特権を全面的に否定するものではなく、十分検討に値する制度であることから、今後の検討課題として、調査権限の強化の問題と並行して、本懇談会で示された懸念や疑問点を解決できるよう、一層議論が深められることが望まれる」との一文が盛り込まれている(13ページ参照)。経済界も引き続き秘匿特権の導入を強く求めて行く姿勢を示していることから、再び導入議論が浮上する可能性がありそうだ。

2015/08/26 接待飲食費の50%損金算入廃止へ

 かつてのバブル期のような派手さはないものの、いまだ取引先等との関係作りに接待交際を活用している企業は少なくない。

 こうした企業にとってありがたい制度と言えるのが、平成26年度税制改正で導入された「接待飲食費」の50%の損金算入を認める制度だ。当時は中小法人(資本金1億円以下の法人)に対してのみ「年間800万円まで」の交際費を全額損金不算入とすることが認められており、法人税法上の大法人(資本金1億円超の法人)が支出する交際費は一切損金算入が認められていなかっただけに(ただし、5千円以下の飲食費(会議費等と取り扱われる)を除く)、この改正は話題を呼んだ。

 ところが、・・・

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2015/08/26 接待飲食費の50%損金算入廃止へ(会員限定)

 かつてのバブル期のような派手さはないものの、いまだ取引先等との関係作りに接待交際を活用している企業は少なくない。

 こうした企業にとってありがたい制度と言えるのが、平成26年度税制改正で導入された「接待飲食費」の50%の損金算入を認める制度だ。当時は中小法人(資本金1億円以下の法人)に対してのみ「年間800万円まで」の交際費を全額損金不算入とすることが認められており、法人税法上の大法人(資本金1億円超の法人)が支出する交際費は一切損金算入が認められていなかっただけに(ただし、5千円以下の飲食費(会議費等と取り扱われる)を除く)、この改正は話題を呼んだ。

 ところが、この接待飲食費の50%の損金算入制度が、平成28年度税制改正で廃止される方向であることが当フォーラムの取材で明らかになった。

 毎年この時期には各省庁から(財務省に対し)税制改正要望が出されるが、経済産業省は早ければ今週末にも公表する平成28年度税制改正要望の中で、平成28年3月31日をもって適用期限切れとなる上記の交際費課税の特例措置のうち「中小法人が支出した交際費の800万円までを金額損金算入する措置」のみの延長を希望している。逆に言うと、大法人にも認められている「接待飲食費の50%の損金算入を認める措置」の適用期限は延長せず、平成28年3月31日をもって廃止となってもよいというスタンスをとっている。このような税収減につながる措置の廃止に財務省が反対する理由はないことから、本措置が経済産業省の要望どおり平成28年度税制改正で廃止となるのは確実だろう。

 多くの上場企業には、予算実績の比較や交際費の事前申請といった交際費の無駄遣いを防ぐ仕組みがあり、税制の問題だけで交際費の支出額が大きく変わるとは考えにくいが、接待交際に積極的な企業が50%損金算入措置の恩恵を受けていたのは事実。こうした企業にとっては本措置の廃止は痛手と言えそうだ。