2015/02/10 【失敗学第9回】木曽路社の事例(会員限定)

概要

 株式会社木曽路(東証第一部)が展開するしゃぶしゃぶの“木曽路”の一部店舗で、“松坂牛”と称して松坂牛ではない和牛の肉を料理を提供していた。

経緯

 木曽路社が2014年12月に「メニュー表示の適正化に関する第三者委員会の調査報告書」を受領するまでの経緯を時系列で示すと、次のとおり。
<2014年>
7月17日および31日:木曽路の北新地店に対して大阪消費者センターと農林水産省近畿農政局による臨店調査が行われた。
8月5日:北新地店にて銘柄牛の偽装提供(松坂牛を用いている旨表示したメニュー表を掲げて、実際には松坂牛でない和牛を用いた食事を提供していた)があったとの報告を受ける。
8月11日:社長を委員長とする社内調査委員会が発足。
8月14日:「メニュー表示と異なった食材を使用していたことに関するお詫びとお知らせ」をリリース。
8月18日:消費者庁表示対策課の調査が開始。
9月10日:「メニュー表示の適正化に関する第三者委員会設置及び社内処分等について」をリリース。「社内調査の結果、3店舗以外には不正は発見されなかったこと」および「平成26年9月8日現在、22,490千円(1,193件)の返金があったこと」を公表した。
10月15日:消費者庁より措置命令)を受けた同社は「消費者庁からの不当景品類及び不当表示防止法に関する措置命令について」をリリース。
12月23日:「メニュー表示の適正化に関する第三者委員会の調査報告書」が公表された。

 木曽路社が行ったメニュー表示が、実際のものよりも著しく優良であると示すものであり、景品表示法に違反するものである旨を一般消費者に周知徹底すること、再発防止策を講じて役員および従業員に周知徹底すること、今後同様の表示を行わないことの3点の命令を受けた。

内容・原因・改善策

 上述した調査報告書によると、本件の問題点の内容とその原因および改善策は次のとおりである。

メニュー偽装

内容 「木曽路北新地店」において、平成24年8月頃から平成26年8月15日までの間、メニューにおいて、「松阪牛 入荷いたしました 木曽路が目利きした、最高級の松阪牛をお楽しみ下さい。」と記載した上で「松阪牛しゃぶしゃぶコース」と記載するなど、あたかも、記載された料理に松阪牛を使用しているかのように示す表示をしていた。しかし、消費者に提供される料理では、松阪牛ではない和牛の肉を使用していた(「木曽路神戸ハーバーランド店」「刈谷店」でも同様または類似(松坂牛ではなく佐賀牛)のメニュー偽装があった)。これらのメニュー偽装は景品表示法4条1項1号が定める優良誤認表示に該当するものであった。また、メニュー偽装により消費者の信頼を裏切ることになった。
原因 ・食材の仕入れは各店舗の料理長の判断に委ねられており、料理長は原価を理論原価率±0.5以内に収まるようにコントロールする必要があった。もっとも、その理論原価にはロス分がほとんど考慮されておらず、そのまま提供しては見栄えに影響するほど少量の食材を前提にするケースもあり、理論原価のとおりに料理を提供することは困難であった。このような順守困難な理論原価に実際原価を収めるために、店舗ではメニュー偽装や牛肉のランク変更、牛肉の少量提供(アンダーポーション)、単価の高い銘柄牛の棚卸額の操作などの不適切な業務が行われていた。
・料理長が「特選肉でも、良い肉であれば銘柄牛として提供しても構わない」という認識を持っていた(コンプライアンスの重要性の認識不足)。
・松坂牛や佐賀牛の代替として食事に提供する肉は、銘柄牛ではないにしても特選肉の中でも特に良さそうな和牛の肉であり、消費者が気付くことはなかった。
・本社の関心は売上高や原価率に偏っており、個別の食材の仕入量への関心は薄かった。本社では、各店舗の食材の仕入量と販売量を照合し、販売量に見合うだけの仕入れがなされているかを点検するような管理はされていなかった。
改善策 ・仕入・販売実績の定期管理
・内部監査体制の補強(増員)
・コンプライアンス意識向上策
 (ア)店長・料理長対象の緊急勉強会
 (イ)景品表示法についての講習
 (ウ)コンプライアンス委員会の開催 など
・全レシピの見直し
・原価管理基準の見直し
・経理部による棚卸抜打ち検査
・メニューツールの店舗作成禁止の徹底 など
<この失敗から学ぶべきこと>

 同社は今回の事件を経て2015年1月30日に、減収減益となる業績予想の修正を余儀なくされました。偽装表示で客足が遠のいたことが原因です。一度失った信頼を取り戻すのは決してたやすいことではありません。改善策を確実に遂行し、消費者から信頼してもらえるよう努力を続けることが欠かせません。

 改善策の中でとりわけ注目したいのが、「仕入・販売実績の定期管理」です。社団法人日本フードサービス協会が「外食産業の信頼性向上のための自主行動計画」で「基本原則4:適切な衛生管理・品質管理のための体制整備」の1つとして「仕入・売上伝票等をクロスチェック(照合確認)する仕組みを整備すること」を示したのは2008年6月のことです。その後、2013年に阪急阪神ホテルズのメニュー偽装問題の発覚を契機として、外食業界でのメニュー偽装問題は広く社会問題にまでなりました。そして、今回の木曽路社の事件が起きました。もはや「仕入・売上伝票等のクロスチェック」(上記改善策の「仕入・販売実績の定期管理」が相当します)という仕組みの構築は、外食業界における内部統制のスタンダードの1つになったと言えます。上場企業の取締役は、このような時代の流れに敏感に対応すべきです。不祥事の未然防止措置の水準が変化したにもかかわらず何ら手を打たなかった取締役は、万が一の事態が起きた際に責任を認定されやすくなるからです。

2015/02/10 高まるヘッジ会計の必要性(会員限定)

 周知のとおり、スイス中央銀行は先月(2014年1月)15日、それまで「1スイスフラン=1.20ユーロ」としていた為替レートの上限を突如撤廃した。為替市場はこれに直ちに反応し、スイスフランはユーロに対して暴騰、このところ0.95ユーロ前後で推移している。市場関係者でさえ予想できなかった今回の事態は、海外事業の割合が増えている日本企業にとっても、為替リスクへの対応の難しさを再認識させたと言えるだろう。

 もちろん、多くの企業が為替予約通貨スワップなどのデリバティブを活用して、為替リスクをヘッジしている。その一方で、ヘッジ会計を採用している上場企業は少ないのが現状だ。

為替予約 : 異なる通貨を、将来の一定時期に、一定の金額で交換する約束のこと。

通貨スワップ : 一定期間にわたり異種通貨の利息支払を交換し、さらに、期間の最後に当初に合意した為替レートで、元本も交換する約束のこと。

 一口に「ヘッジ」と言っても、これには(1)為替変動、金利変動、価格変動等を伴う資産や負債などの「ヘッジ対象」と、(2)これらの変動による損失リスクをヘッジするために行うデリバティブ取引などの「ヘッジ手段」がある。

 会計の世界では、ヘッジ対象もヘッジ手段も毎期時価評価しなければならないのが原則となっている。本来、ヘッジ対象のためにヘッジ手段があるのだから、両者は連動していなければならないはずだが、例えば近い将来に見込まれる外貨建ての売上や仕入に対して為替予約を行う場合には、ヘッジ対象が存在しないうちにヘッジ手段を保有することになるため、売上や仕入が生じる前に決算を迎えると、売上や仕入を計上する前に「為替予約の評価損益」のみが損益計算書に先に計上されてしまうというおかしな現象が起きる。そこで、「ヘッジ対象」と「ヘッジ手段」の損益を同時期に計上させようという仕組みがヘッジ会計だ。期末時点での時価を計上する(=時価評価)という会計の原則からすれば、ヘッジ会計は時価評価の例外と言える。

 ただ、ヘッジ会計は「例外」であるがゆえに、その適用にあたっては、利益操作などが行われないよう、十分なリスク管理体制(デリバティブが有効に機能しているかの検証など)を敷くなど、厳しい要件が課されている。ヘッジ会計が普及していない背景には、こうした厳しい適用要件や、決算処理上の手間がかかるといったことがある。

 しかし、上述した外貨建ての売上や仕入の例のように、たとえ為替予約等で為替レートの変動リスクをヘッジできていたとしても、ヘッジ会計を採用していなければ、決算上はヘッジの効果を正しく表示できない。

 また、持合株式の評価額について空売りによりヘッジをかけている企業も少なくないが、ヘッジ会計を導入すれば、持合株式の時価評価差額を損益計算書に計上しなくてよいというメリットもある。ROEに対する投資家の関心が高まる中、ヘッジ会計により、時価評価額の変動がROEなどの財務指標に与える影響を回避することもできる(ただし、投資目的の株式は対象外)。

 これは、IFRSを採用している場合も同様だ。IFRSにおけるヘッジ会計は2013年に大幅に改訂され、現在は日本の会計基準と同じく、株式を売買目的で保有する場合を除き、株式の時価評価差額を損益計算書に記載せず、貸借対照表に直接計上(すなわち「その他包括利益=OCI」として計上)することが可能となっている。さらにIFRSでは、持合株式を売却した場合の損益もOCIとなり、持合株式については減損処理も不要である。また、ヘッジ手段に関する損益もOCIで認識できる。このように、持合株式に関する損益の安定化という意味では、日本基準よりもIFRSに軍配が上がると言える。

その他包括利益=OCI : IFRSでは、会計上の操作がやりやすい「純利益」よりも、会社の資産の増減、すなわち「期末の純資産額-期首の純資産額」により求められる「包括利益(CI=Comprehensive Income)」が重視されている。包括利益と純利益の関係は、「包括利益=純利益+その他の包括利益」で表わされる。すなわち、「その他の包括利益(OCI= Other Comprehensive Income)」とは、純利益と包括利益の差額であり、「純資産のうち純利益(損益計算書)とは関係のないもの(=損益計算書に記載されず、直接貸借対照表に計上されるもの)」を指す。

減損処理 : 資産の価値が下落して投資額の回収が見込めなくなった場合、その価値の下落分だけ、当該資産の帳簿価額を減額すること。

 ヘッジ会計を導入する際には、その過程で為替や金利、株価などの市場リスクが自社に与える影響を分析し、自社に必要なヘッジ手段や会計のあり方を再検討することになる。実は、こうしたプロセス自体がリスク環境に対する認識を深め、経営に有用であることは言うまでもない。ヘッジ会計をいまだ導入していない上場企業は、メリットの大きいIFRSの採用も視野に入れて、導入の要否を取締役会で議論してみてもよいだろう。

2015/02/10 高まるヘッジ会計の必要性

 周知のとおり、スイス中央銀行は先月(2014年1月)15日、それまで「1スイスフラン=1.20ユーロ」としていた為替レートの上限を突如撤廃した。為替市場はこれに直ちに反応し、スイスフランはユーロに対して暴騰、このところ0.95ユーロ前後で推移している。市場関係者でさえ予想できなかった今回の事態は、海外事業の割合が増えている日本企業にとっても、為替リスクへの対応の難しさを再認識させたと言えるだろう。

 もちろん、多くの企業が為替予約通貨スワップなどのデリバティブを活用して、為替リスクをヘッジしている。その一方で、ヘッジ会計を採用している上場企業は少ないのが現状だ。

為替予約 : 異なる通貨を、将来の一定時期に、一定の金額で交換する約束のこと。

通貨スワップ : 一定期間にわたり異種通貨の利息支払を交換し、さらに、期間の最後に当初に合意した為替レートで、元本も交換する約束のこと。

 一口に「ヘッジ」と言っても、これには(1)為替変動、金利変動、価格変動等を伴う資産や負債などの「ヘッジ対象」と、(2)これらの変動による損失リスクをヘッジするために行うデリバティブ取引などの「ヘッジ手段」がある。

 会計の世界では、ヘッジ対象もヘッジ手段も毎期時価評価しなければならないのが原則となっている。本来、ヘッジ対象のためにヘッジ手段があるのだから、両者は連動していなければならないはずだが、例えば近い将来に見込まれる外貨建ての売上や仕入に対して為替予約を行う場合には、ヘッジ対象が存在しないうちにヘッジ手段を保有することになるため、売上や仕入が生じる前に決算を迎えると、売上や仕入を計上する前に「為替予約の評価損益」のみが損益計算書に先に計上されてしまうというおかしな現象が起きる。そこで、「ヘッジ対象」と「ヘッジ手段」の損益を同時期に計上させようという仕組みがヘッジ会計だ。期末時点での時価を計上する(=時価評価)という会計の原則からすれば、ヘッジ会計は時価評価の例外と言える。

 ただ、ヘッジ会計は「例外」であるがゆえに、・・・

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2015/02/09 クラウドビジネスの発展を左右する著作権問題の行方

 近年のICT技術は革命的なスピードで進展しており、新たなサービスも数多く生まれている。その代表と言えるのがクラウドだが、今後のクラウドビジネスの拡大に水を差しかねないのが「著作権」の問題だ。

ICT技術 : Information and Communication Technologyの略で、情報・通信に関する技術の総称。ITと同義と考えてよい。近年はITよりICTの方が用語として一般的になりつつある。

 クラウドとは、従来は利用者が手元のコンピュータで利用していたデータやソフトウェアを、「ネットワーク経由」で利用者に提供するもの。パソコンや携帯などの端末とインターネット環境さえ用意できれば、どこからでもサービスを利用することができる点に最大の特徴がある。スマートフォンやタブレットの普及と相まってクラウド市場は急速に伸びており、そこにビジネスチャンスを見出そうとしている企業も多いことだろう。

 こうした中浮上しているのが・・・

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2015/02/09 クラウドビジネスの発展を左右する著作権問題の行方(会員限定)

 近年のICT技術は革命的なスピードで進展しており、新たなサービスも数多く生まれている。その代表と言えるのがクラウドだが、今後のクラウドビジネスの拡大に水を差しかねないのが「著作権」の問題だ。

ICT技術 : Information and Communication Technologyの略で、情報・通信に関する技術の総称。ITと同義と考えてよい。近年はITよりICTの方が用語として一般的になりつつある。

 クラウドとは、従来は利用者が手元のコンピュータで利用していたデータやソフトウェアを、「ネットワーク経由」で利用者に提供するもの。パソコンや携帯などの端末とインターネット環境さえ用意できれば、どこからでもサービスを利用することができる点に最大の特徴がある。スマートフォンやタブレットの普及と相まってクラウド市場は急速に伸びており、そこにビジネスチャンスを見出そうとしている企業も多いことだろう。

 こうした中浮上しているのが「著作権」の問題だ。他者が作成したコンテンツの複製は、それが「私的複製」の範囲内であれば著作権法違反にはならないが(著作権法30条1項、102条1項)、この範囲を超えれば違法となる。

私的複製 : 家庭内など、限られた範囲内で使用することを目的とした複製。

 クラウドには、ユーザーがサーバー上に設けられた“ロッカー”と呼ばれる仮想空間にコンテンツを保存(アップロード)したうえで利用(ダウンロードやストリーミング配信)できる「ロッカー型クラウドサービス」と呼ばれるものがある。より細かく言うと、ロッカー型クラウドサービスは、「保存されるコンテンツをユーザー or クラウド事業者のいずれが用意するか」と「ロッカーに保存されているコンテンツにアクセスできるのは当該ユーザーに限られるのか or 他のユーザーと共有できるのか」という2つの視点から、4つに分類される(文化庁「クラウドサービス等と著作権に関する報告書(案)」7ページの図参照)。

 著作権法上の懸念が浮上している背景にあるのが、テレビ番組のネット転送事業を著作権法違反と判断した「ロクラクⅡ事件」や「まねきTV事件」の最高裁判決だ。いずれの訴訟も、テレビ局が「著作権侵害」を理由としてテレビ番組のネット転送業者に対して事業の差し止めと損害賠償を求めたものであり、最高裁は、ネット転送業者の言い分を認めた下級審の判断を覆している。

 ロッカー型クラウドサービスも、コンテンツとユーザーの間にクラウド事業者が“介在”するという点で、テレビ番組の転送と似ている。このため、多くのクラウドサービスに著作権法違反の恐れが生じ、サービスが止まるという事態が生じている。仮に現在のクラウドサービスが著作権法違反に該当するということになれば、クラウド事業者はコンテンツの権利者(著作権者、レコード製作者、実演家など)に利用の許諾をとらなければならないからだ。

 こうした中、文化庁の「文化審議会 著作権分科会 著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会」は昨年(2014年)7月からこの問題を検討してきたが、ユーザーがコンテンツをサーバー上にアップロードし、かつ他のユーザーとコンテンツを共有しない限り(上記資料7ページの図の右上の枠)、著作権法認められている「私的使用目的の複製」に該当することが先般明確にされている。

 これに対し、多数のユーザーがコンテンツにアクセスすることが可能である場合(右下、左下の枠)や、コンテンツをクラウド事業者が用意する場合(左上の枠)は「私的使用目的の複製」の範囲を超えることとされ、コンテンツの利用に当たってはコンテンツの権利者の許諾が必要とされた。

 ただ、多数のコンテンツの権利者を個々に探索して許諾を得るということをクラウド事業者に義務付けるとなれば、クラウドサービスに著しい支障を生じさせるどころか、事実上サービスの停止を求めるに近い。こうした中、音楽関係の著作権を管理するJASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)から、クラウド事業者が一括してコンテンツの権利者と利用許諾契約を締結できる「集中管理による契約スキーム」を構築することが提案され、小委員会の委員の賛成より上記「クラウドサービス等と著作権に関する報告書(案)」に盛り込まれた(19ページ参照)。同報告書(案)は今後開催される予定の著作権分科会に上程される見込み。このスキームは契約コストの低減につながるだけでなく、権利者との許諾が必要か否かグレーなサービスについても「リスクヘッジ」として契約することが容易となるなど、クラウド事業者側のメリットは大きい。

 もっとも、現段階ではスキーム構築の目処がついているのは音楽分野に限られ、映像や文字コンテンツなどに関する検討はまだこれからだ。クラウドサービスを巡る著作権の問題は、我が国におけるクラウドビジネスの発展に大きく影響する論点だけに、関連事業を営む企業は議論の行方に注目しておく必要がある。

2015/02/08 【ディスクロージャー】統合報告書を出したい

 

「統合報告」の背景に“行き過ぎた短期偏重”

最近メディア等で「統合報告」という言葉を目にする機会が増えました。ただ、統合報告書を単に「アニュアルレポートとCSR報告書を“統合”したもの」と考えている向きも少なくないなど、その本質についてはいまだに誤解が少なくありません。

CSR報告書 : 環境への配慮や社会貢献といった企業の社会的責任(CSR)を果たすための取組みをまとめた報告書のこと。 別名「サステナビリティ・レポート(持続可能性報告書)」「社会環境報告書」。

統合報告とは「企業の持続的な成長を伝えるプロセス」であり、統合報告書は統合報告の成果物(アウトプット)と言えます。

統合報告が普及するきっかけともなったIIRC(International Integrated Reporting Council=国際統合報告評議会)が2013年12月に公表した「国際統合報告フレームワーク」では、統合報告を「企業がどのように持続的な成長を実現しようとしているのかについて報告するもの」と定義しています。具体的には、ビジネス上の様々な問題にどのように対処するのか、自社の将来性をどのようにとらえているのか、中長期的な経営戦略をどのように描くのか、なぜその戦略を取るのか、バリュードライバーは何か、経営目標の達成度合いはどうか、長期にわたりどのように企業価値を作り出そうとしているのか、といった内容の報告であり、そこには「非財務情報」が多数含まれることになります。

バリュードライバー : 企業価値に影響を与える要素で、企業価値を評価する際に利用される。例えば、売上高伸び率、営業利益率、運転資本増減率、設備投資率、資本コストなどがバリュードライバーとして挙げられる。逆に言うと、これらをコントロールすることにより企業価値が向上することになる。

統合報告という考え方が出てきた背景にあるのが、“行き過ぎた短期主義”です。行き過ぎた短期主義は、英国でも「資本市場が抱える問題点」の1つとして、ケイレビュー(Kay Review(英国株式市場の構造的問題や上場企業行動、コーポレートガバナンスについて調査・分析を行ったレポート。2012年7月公表。ケイレビューという名称は、作成者のジョン・ケイ氏からとっている)の中でも指摘されています。

日本国内でも2014年8月に“日本版ケイレビュー”と言える「伊藤レポート」が経済産業省から公表されましたが、同レポートでは、ケイレビューで指摘されている点に加え、日本独自の課題についても検証が行われています。両レポートで共通して指摘されているのは「長期志向による金融市場の安定化」ですが、伊藤レポートでは、日本企業に対して「資本効率の改善」を求めています。これらの課題を企業の「開示」という側面から克服しようという試みが統合報告です。

資本効率 : 調達した資本の運用効率のことであり、代表的な指標としてはROE(資本利益率)やROA(総資産利益率)がある。

統合報告書が投資家との建設的な対話のベースに

また、統合報告書に対するニーズの高まりの背景には、海外機関投資家の変化もあります。PRI(国連責任投資原則)に署名する機関投資家は拡大の一途をたどり、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資の運用資産総額はグローバルで6兆1,760億米ドル(2012年)に達しています。これはいわゆるエコファンドや社会貢献型投資を行う投資家に限った話ではありません。むしろその中心にいるのはメインストリームの投資家(投資信託、投資顧問等)であり、こうした投資家は、財務情報と同じように、非財務情報であるESGデータを投資情報として利用しています。

PRI(国連責任投資原則) : 2006年に国連が提唱したもので、機関投資家の投資判断プロセスにESG(環境、社会、ガバナンス)を反映させるべきであることや、投資対象企業にESGに関する情報開示を求めることなどが盛り込まれている。これに署名した機関投資家は、国連に投資の状況を報告する義務が生じるため、ESGを重視した投資を実践せざるを得ない。

アクティビストにも変化があります。アクティビストは「モノ言う株主」としてひとくくりにされていますが、米国では、・・・

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統合報告を巡る国内外のトレンド

日本企業で、統合報告書を出している企業は2014年12月末時点で142社となっています(142社のうちほとんどは上場企業)。下表のとおり、企業数は近年急増しており、今後もこの傾向が続くことが予想されます。・・・

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統合報告書には何を記載する?

統合報告書の作成において是非参考にしたいのが、・・・

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統合報告に挑戦するメリット

統合報告に対するよくある誤解が、「統合報告は、アニュアルレポートとCSR報告書(サステナビリティ・レポート(持続可能性報告書)、社会環境報告書とも呼ばれる)の合冊である」というものです。実際、統合報告書を読むと「合冊じゃないか」と思われることがあるかも知れませんが、その背景には、日本企業の中には、統合報告の作成に挑戦する第一段階として、「合冊でもいいからまず発行しよう」という意識のところが少なくないということがあります。こうした企業の統合報告書を経年で分析すると、時間の経過ともに統合報告の本質に対する企業の理解が進むことで、大きな進化が見られるのが通常です。逆に言うと、あまり変化がない場合は、企業が統合報告について正しく理解していない可能性があります。

統合報告は単なる「レポート」の話ではありません。企業は、統合報告書の作成プロセスの中で自社の長期的価値などについて深く検討することになります。このため、統合報告書を作成すること自体が経営改善につながるという指摘は数多く聞かれます。統合報告のメリットとしては、具体的には以下のようなものが挙げられます。・・・

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優れた統合報告の事例

日本企業の中にも、既に優れた統合報告を行っているところがあります。国内の代表的な2つの統合報告表彰制度における最近の受賞企業を見てみましょう。・・・

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2015/02/08 【ディスクロージャー】統合報告書を出したい(会員限定)

「統合報告」の背景に“行き過ぎた短期偏重”

最近メディア等で「統合報告」という言葉を目にする機会が増えました。ただ、統合報告書を単に「アニュアルレポートとCSR報告書を“統合”したもの」と考えている向きも少なくないなど、その本質についてはいまだに誤解が少なくありません。

CSR報告書 : 環境への配慮や社会貢献といった企業の社会的責任(CSR)を果たすための取組みをまとめた報告書のこと。 別名「サステナビリティ・レポート(持続可能性報告書)」「社会環境報告書」。

統合報告とは「企業の持続的な成長を伝えるプロセス」であり、統合報告書は統合報告の成果物(アウトプット)と言えます。

統合報告が普及するきっかけともなったIIRC(International Integrated Reporting Council=国際統合報告評議会)が2013年12月に公表した「国際統合報告フレームワーク」では、統合報告を「企業がどのように持続的な成長を実現しようとしているのかについて報告するもの」と定義しています。具体的には、ビジネス上の様々な問題にどのように対処するのか、自社の将来性をどのようにとらえているのか、中長期的な経営戦略をどのように描くのか、なぜその戦略を取るのか、バリュードライバーは何か、経営目標の達成度合いはどうか、長期にわたりどのように企業価値を作り出そうとしているのか、といった内容の報告であり、そこには「非財務情報」が多数含まれることになります。

バリュードライバー : 企業価値に影響を与える要素で、企業価値を評価する際に利用される。例えば、売上高伸び率、営業利益率、運転資本増減率、設備投資率、資本コストなどがバリュードライバーとして挙げられる。逆に言うと、これらをコントロールすることにより企業価値が向上することになる。

統合報告という考え方が出てきた背景にあるのが、“行き過ぎた短期主義”です。行き過ぎた短期主義は、英国でも「資本市場が抱える問題点」の1つとして、ケイレビュー(Kay Review(英国株式市場の構造的問題や上場企業行動、コーポレートガバナンスについて調査・分析を行ったレポート。2012年7月公表。ケイレビューという名称は、作成者のジョン・ケイ氏からとっている)の中でも指摘されています。

日本国内でも2014年8月に“日本版ケイレビュー”と言える「伊藤レポート」が経済産業省から公表されましたが、同レポートでは、ケイレビューで指摘されている点に加え、日本独自の課題についても検証が行われています。両レポートで共通して指摘されているのは「長期志向による金融市場の安定化」ですが、伊藤レポートでは、日本企業に対して「資本効率の改善」を求めています。これらの課題を企業の「開示」という側面から克服しようという試みが統合報告です。

資本効率 : 調達した資本の運用効率のことであり、代表的な指標としてはROE(資本利益率)やROA(総資産利益率)がある。

統合報告書が投資家との建設的な対話のベースに

また、統合報告書に対するニーズの高まりの背景には、海外機関投資家の変化もあります。PRI(国連責任投資原則)に署名する機関投資家は拡大の一途をたどり、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資の運用資産総額はグローバルで6兆1,760億米ドル(2012年)に達しています。これはいわゆるエコファンドや社会貢献型投資を行う投資家に限った話ではありません。むしろその中心にいるのはメインストリームの投資家(投資信託、投資顧問等)であり、こうした投資家は、財務情報と同じように、非財務情報であるESGデータを投資情報として利用しています。

PRI(国連責任投資原則) : 2006年に国連が提唱したもので、機関投資家の投資判断プロセスにESG(環境、社会、ガバナンス)を反映させるべきであることや、投資対象企業にESGに関する情報開示を求めることなどが盛り込まれている。これに署名した機関投資家は、国連に投資の状況を報告する義務が生じるため、ESGを重視した投資を実践せざるを得ない。

アクティビストにも変化があります。アクティビストは「モノ言う株主」としてひとくくりにされていますが、米国では、いわゆるハゲタカではなく、年金基金をバックに中長期的な視点で価値を生み出そうとする“新たなアクティビスト”が増えています。こうした投資家からの中長期的な資金を呼び込むためにも、企業は非財務情報を積極的に開示することで、現在の収益状況と中長期的に目指す姿のギャップを埋めておく必要があります。

さらに、政策も統合報告を後押ししています。2014年2月に策定された「日本版スチュワードシップ・コード」と、2015年6月1日から適用開始となった「コーポレートガバナンス・コード」は、企業の持続的な成長のために、中長期的な視点で投資を行う投資家と企業の建設的な対話を促すものです。この対話のベースとなるのが「統合報告書」であり、その作成プロセスがコーポレートガバナンス・コードを満たしてくことにもつながるはずです。

統合報告を巡る国内外のトレンド

日本企業で、統合報告書を出している企業は2014年12月末時点で142社となっています(142社のうちほとんどは上場企業)。下表のとおり、企業数は近年急増しており、今後もこの傾向が続くことが予想されます。

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我が国では統合報告書は「任意開示書類」であり、制度上作成が義務付けられているわけではありません。それにもかかわらず統合報告書を作成する企業が多い点は、世界からも評価されています。

ただし、日本企業が「統合報告書」として作成・公表しているレポートは、長期投資家をターゲットとしたものばかりではないことに留意が必要です。また、そもそも統合報告書やアニュアルレポートを「海外投資家とのコミュニケーション・ツール」として位置付けている上場企業は2014年時点の調査でわずか281社に過ぎません(こちらの資料の36ページ(3)A参照)。しかし、日本市場における外国人持株比率の上昇とともに、海外機関投資家の重要性は益々高まると予想されます。今後は日本企業が海外の長期投資家向けに統合報告書を作成するケースが増えるでしょう。

海外に目を向けると、統合報告書の制度化にいち早く踏み切ったのは南アフリカです。ヨハネスブルク証券取引所は、統合報告書の作成を上場規則により義務付けています。英国では会社法が「Strategic Report」という報告書の公開を要求しており、これはIIRCが「企業がどのように持続的な成長を実現しようとしているのかについて報告するもの」と定義付ける統合報告書にかなり近いものとなっています。その他の国では任意で統合報告に取り組んでいますが、そのアウトプットは「アニュアルレポート」といった制度上の開示書類になる事例も多く見られます。

また、非財務情報開示の制度化も進んでいます。欧州では2014年に、欧州議会が大企業に対して、社会、環境、人権等の非財務情報の開示を義務付けました。米国ではSASB(Sustainability Accounting Standards Board=サステナビリティ会計基準評議会)が、制度開示書類であるSECへの提出書類(Form 10-KやForm 20-Fと呼ばれます)の中で開示することを念頭に、業種ごとに非財務情報開示のための基準作りをしています。

欧州議会 : EUの立法機関。EU加盟各国の選挙で選ばれた議員で構成される。
サステナビリティ会計基準評議会 :SEC(米国証券取引委員会)に提出されるアニュアルレポートにおける「業種別の非財務情報」の開示基準作成している団体。2012年設立。

一方、日本国内では、統合報告書の制度化は「時期尚早」との声が根強く、あくまで企業の任意の取組みとなっています。

統合報告書には何を記載する?

統合報告書の作成において是非参考にしたいのが、IIRCが公表しているフレームワーク「国際統合報告 フレームワーク」です。これが唯一の基準というわけではありませんが、もっともグローバル・スタンダードな基準として知られているからです。フレームワークの骨子は「基本概念」「指導原則」「内容要素」で構成されています。

基本概念 組織に対する価値創造と他者に対する価値創造
資本
価値創造プロセス
指導原則 戦略的焦点と将来志向
情報の結合性
ステークホルダーとの関係性
重要性
簡潔性
信頼性と完全性
首尾一貫性と比較可能性
内容要素 組織概要と外部環境
ガバナンス
ビジネスモデル
リスクと機会
戦略と資源配分
実績
見通し
作成と表示の基礎

統合報告の大きな特徴として挙げられるのが、「資本概念の拡大」「ステークホルダーに対する付加価値の認識」「時間軸の拡張」の3つです。以下、それぞれについて説明します。

〇資本の概念の拡大
統合報告書における「資本」は、従来の「財務会計上の資本」よりもだいぶ広い概念になります。具体的には、現金等の「財務資本」のほか、建物・設備、道路・橋・港(社会インフラ)などの「製造資本」、特許、著作権、ソフトウェア、知見などの「知的資本」、社員の能力や経験、意欲などの「人的資本」、ブランドや評判、ステークホルダーとの関係などの「社会・関係資本」、空気、水、生態系などの「自然資本」があります。例えば、「財務資本」は利益を上げることによって増加し、従業員がより良いトレーニングを受けた場合には人的資本の質が改善します。企業の成功は、財務会計上の資本だけでなく、これらの様々な「資本」に支えられているというのが、統合報告における考え方です。そこで統合報告書では、企業がいずれの資本をどのように利用し、その結果、どの資本を増加もしくは減少させたのかといった流れを、ビジネスストーリーとして分かりやすく説明することが求められます。

〇ステークホルダーに対する付加価値の認識 
統合報告では、「価値」は企業が単独で創造するものでなく、投資家をはじめ、従業員、顧客、ビジネスパートナー、地域社会など多様なステークホルダーとの関係を通じで生み出されるものであると考えます。そこで、統合報告書には、主なステークホルダーとの関係や、これらのステークホルダーの要求・関心を企業がどこまで理解・考慮し、対応しているのかを開示することになります。

〇「時間軸の拡張」
冒頭でも述べたとおり、統合報告とは「企業の持続的な成長を伝えるプロセス」であり、企業がいかにして長期的に価値を創造するかを、投資家(財務資本の提供者)をはじめとするステークホルダーに提供することを目的としています。日本企業のアニュアルレポートも中期経営計画には言及していますが、統合報告書が対象にする時間軸はこれよりももっと長いということです。

グローバル基準の統合報告書を目指すのであれば、IIRCのフレームワークに準拠するのも1つの手です。ただし、「準拠」と言っても、フレームワークは原則主義を採用しているため、形式のみをフレームワークに合わせて整えることは要求されていません。あくまで自社の事情に応じて掲載の順番や内容を検討することになります。

統合報告に挑戦するメリット

統合報告に対するよくある誤解が、「統合報告は、アニュアルレポートとCSR報告書(サステナビリティ・レポート(持続可能性報告書)、社会環境報告書とも呼ばれる)の合冊である」というものです。実際、統合報告書を読むと「合冊じゃないか」と思われることがあるかも知れませんが、その背景には、日本企業の中には、統合報告の作成に挑戦する第一段階として、「合冊でもいいからまず発行しよう」という意識のところが少なくないということがあります。こうした企業の統合報告書を経年で分析すると、時間の経過ともに統合報告の本質に対する企業の理解が進むことで、大きな進化が見られるのが通常です。逆に言うと、あまり変化がない場合は、企業が統合報告について正しく理解していない可能性があります。

統合報告は単なる「レポート」の話ではありません。企業は、統合報告書の作成プロセスの中で自社の長期的価値などについて深く検討することになります。このため、統合報告書を作成すること自体が経営改善につながるという指摘は数多く聞かれます。統合報告のメリットとしては、具体的には以下のようなものが挙げられます。

<社内的なメリット>
統合報告のメリットはまず社内で認識されることが多いようです。例えば以下のようなものが挙げられます(“Realizing the benefits :The impact of Integrated Reporting”(IIRC September 2014より)。

〇取締役会と経営幹部の関係が改善
統合報告に取り組む組織の84%が、取締役会と経営幹部の協力関係が向上するというメリットを経験しています。具体的には、取締役会に対する情報提供が増え、それによって経営の意思決定の質が改善したという声があります。

〇データの品質の改善
統合報告に取り組む組織の84%が、経営陣が取締役会等で意思決定を行う際に使用するデータの品質が改善したと答えています。非財務情報を重視する統合報告の特性を反映し、人的資本、自然資本など非財務情報に関するKPIが明確になったという声も多数あります。

ここでいう非財務情報とは、財務情報が「結果」だとすれば、そこに至るまでの「プロセス」を説明する情報と言えます。

〇縦割り組織の解消
統合報告に取り組む組織の96%が、企業内部の関係性に影響があったと回答しています。統合報告書は単一の部門では作成できないため、“組織の壁”を壊す効果があるからです。管理部門と事業部門、各事業セグメント間など「縦割り組織」の弊害は組織の規模が拡大するのとともに大きくなりがちですが、統合報告への取組みはこれを打破する糸口になることが期待されます。

<社外的なメリット>
統合報告書の主な読者である「長期投資家」に対しては、複雑なビジネスモデルや市場の変革等の背景情報の理解促進といったポジティブな影響が認識されているものの、まだ経営層、従業員など他のステークホルダーに与える影響ほど大きくないのが実態のようです。これは、統合報告の作成プロセスが「社内改革」に与える影響は想像以上に大きかった、と言い換えることができます。

ただし、長期投資家が、統合報告書が重視する非財務情報も含めて企業を評価し始めているのは間違いありません。非財務情報の中でも近年特に重要視されているのがESG情報です。ESG情報を投資家情報として開示していない企業は、投資家から開示姿勢を疑問視される可能性もあります。

統合報告の内容がブラッシュアップされてくると、投資家との対話の質も変わってきます。自社の持続的な成長について投資家とのディスカッションを深めたいと考えるのであれば、積極的に統合報告に取り組んでいく必要があります。

優れた統合報告の事例

日本企業の中にも、既に優れた統合報告を行っているところがあります。国内の代表的な2つの統合報告表彰制度における最近の受賞企業を見てみましょう。

<第17回日経アニュアルリポートアウォード(2014年)受賞企業>
三菱重工業 MHIレポート2014
グランプリを受賞した三菱重工業は、アニュアルレポートを「統合レポート」として作成しています。前年のレポートから統合報告への準備を開始し、今回作成されたものが初めて統合報告書となります。

IIRCフレームワークの考え方を採り入れ、「三菱重工の価値創造」「企業価値向上のための戦略」「企業価値向上の取り組み」の3部構成としています。ガバナンス改革に関する記載も特長的です。

オムロン 統合レポート2014
統合報告部門のグランプリを受賞したオムロンは、統合報告への挑戦を始めて3年目になります。同社の統合報告書は、本賞審査部門の優秀賞(グランプリ、準グランプリに次ぐ賞)、後述のWICI Japan優秀企業賞も獲得しています。

同社の統合報告の大きな特徴は、社会の変化を独自の理論で捉えながら、「10年」という長期のストーリーを描いている点です。定量的な目標は3年間の中期経営計画の中で語り、長期の方向性については定性的な記述で説明されています。

第2回WICIジャパン『統合報告』表彰(2014年11月)企業>
伊藤忠商事 アニュアルレポート2014
優秀企業賞を受賞した伊藤忠商事のアニュアルレポートは、IIRCの事例データベースにも掲載されています。

伊藤忠商事が統合報告書への挑戦を始めて3年目になります。商社というビジネスモデルは世界の中でも特異で、何が企業価値であり、どこで稼いでいるかが分かりにくいと言われています。同社のアニュアルレポートは、冒頭で「付加価値」の創造について包括的な視点から説明がなされているのが特長です。

日本郵船 NYKレポート2014
日本郵船が統合報告への挑戦を始めて2年目になります。同社の統合報告書は、「リスク」と「チャンス」の両側面が開示されているのが特長です。「任意開示書類には良い面ばかりが強調して書かれている」という批判がありますが、統合報告においてはリスク情報の開示も重要視されています。

堀場製作所 HORIBA REPORT 2013
堀場製作所は今回初めて統合報告書を発行しました。詳細なデータはwebに移し、冊子はコンパクトにまとめられています。

同社の統合報告書は、財務諸表には載らない「企業文化」を伝えることに重点を置いて作成されています。トップメッセージの中で「長期的な企業価値向上」へのコミットを明示している点や、中長期において目指す事業ポートフォリオの姿が図示されている点が特長です。

ローソン 統合報告書2014
ローソンが統合報告への挑戦を始めて3年目になります。

ローソンの統合報告書は、IIRCフレームワークを活用して情報が整理されているのが特長であり、IIRCの事例データベースにも掲載されています。ただし、形式だけをフレームワークに合わせるのではなく、各コンテンツを「マチ」という同社の経営戦略上のテーマと紐づけて説明しています。

<IIRCカンファレンス表彰企業>
海外企業の事例として、2014年9月にスペインのマドリッドで開かれたIIRC年次カンファレンスにおいて最も評価の高かったのがAegon(エイゴン)ご紹介します(“September Newsletter:AEGON awarded Building Public Trust Award 2014 for Integrated Reporting”(IIRC October 2014))。

〇Aegon Annual Review 2013
Aegonはオランダの金融サービス企業です。IIRCイヤーブックの中で、Aegonのサステナビリティ担当役員は「統合報告に完全移行するためには数年を要します。しかし、統合報告こそ当社が進むべき道であると確信しています。」と述べています。統合報告のステップとして、保険という謎に包まれた商品をバリューチェーンで整理することに挑戦しています。また、金融業界は投融資を通じESGへの配慮も求められることを踏まえ、これを説明するために、アニュアルレポートとは別に「Responsible Investment Report(責任投資レポート)」も年次で公開しています。

バリューチェーン : 購買した原材料などに対し、技術開発、生産、販売、人材育成といった一つひとつの企業活動が価値を付加し、これらが一連となって、最終的に顧客に対する価値が生み出されるとする考え方。

これらは単年度分だけでも読みごたえのあるレポートですが、過去2~3年分のレポートもあわせて読むと、企業の進化が非常によく見えます。このようなレポートを作り上げるためには、経営改革や読み手とのコミュニケーション改善といった側面を強く認識しつつ、経営層が関与して作成を進めていく必要があります。さもなければ形だけの統合報告書になり、統合報告のメリットを得ることはできません。

統合報告への挑戦は長い道のりです。まずは上述したIIRCのフレームワークで示されているそれぞれの原則の趣旨や背景を理解することが重要です。そのためには、フレームワーク本体だけでなく、その議論の発端となっているディスカッション・ペーパー「統合報告に向けて~21世紀における価値の伝達~」にも目を通しておくとよいでしょう。統合報告の背景や必要性などが示されているディスカッション・ペーパーを読むことで、統合報告の底流にある考え方の理解が進むはずです。

 

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2015/02/08 チェックリスト:統合報告書を出したい(会員限定)

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■チェックリスト:統合報告書を出したい

チェック事項 備考 対応未了 対応済
統合報告書を単に「アニュアルレポートとCSR報告書を“統合”したもの」と考えていないか。 統合報告とは「企業がどのように持続的な成長を実現しようとしているのかについて報告するもの」であり、統合報告書は統合報告の成果物。統合報告書が対象にする時間軸は中期経営計画よりも広い。
機関投資家から中長期的な資金を呼び込むため、非財務情報を積極的に開示することを心掛けているか。 米国では、年金基金をバックに中長期的な視点で価値を生み出そうとする“新たなアクティビスト”が増えている。
統合報告書やアニュアルレポートを「海外投資家とのコミュニケーション・ツール」として位置付けているか。 日本市場における外国人持株比率の上昇とともに、日本企業が海外の長期投資家向けに統合報告書を作成するケースの増加が予想される。
統合報告の実施を検討するにあたっては、IIRCが公表しているフレームワーク「国際統合報告 フレームワーク」を参照したか。 もっともグローバル・スタンダードな基準として知られる。
統合報告書で言うところの「資本」の増加もしくは減少を、ビジネスストーリーとして分かりやすく説明することができるか。 統合報告書における「資本」には、「財務資本」のほか、「製造資本」「知的資本」「人的資本」「社会・関係資本」「自然資本」がある。
統合報告書には、主なステークホルダーとの関係や、これらのステークホルダーの要求・関心を自社がどこまで理解・考慮し、対応しているのかを開示しているか。 統合報告では、「価値」は企業が単独で創造するものでなく、投資家、従業員、顧客、地域社会など多様なステークホルダーとの関係を通じで生み出されるものと考える。
自社の統合報告書は毎年“進化”しているか。 あまり変化がない場合は、統合報告を正しく理解していない可能性がある。
統合報告のメリットを理解しているか。 取締役会に対する情報提供が増えて経営の意思決定の質が改善する、縦割り組織の解消、長期投資家における複雑なビジネスモデルや市場の変革等の背景情報の理解促進などのメリットがある。
統合報告書にはESG情報を盛り込むこととしているか。 ESG情報を開示していない企業は、投資家から開示姿勢を疑問視される可能性もある。

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2015/02/06 民法改正案国会提出へ、「約款」関連規定創設で企業の対応は?

 制定から110年で初の大改正として注目を集める民法債権法の見直しが大詰めを迎えている。現在、要綱案の最終的な取りまとめに向けた検討が行われており、この春にも改正法案が閣議決定され、通常国会に提出される見込みとなっている。

 見直しの議論の中で企業サイドから注目を集めてきたのが、「約款」に関する規定の新設だ。

 約款とは、多数の取引先や顧客と画一的に同一の内容の契約を締結するために、事業者があらかじめ一方的に定めておく定型的な契約条項を指す。民法が制定された110年前には約款を用いることが一般的ではなかったため、現行民法には約款に関する規定がない。今回の改正では、民法に約款に関する規定を盛り込むことによって、現代で広く用いられている約款が「契約」の内容になるという根拠を法律上示すことに主眼がある。

 新設される規定では、次の2つのいずれかを充たせば「民法上の約款」として認められることが明記される。

(1)約款を契約の内容とする旨の合意をすること
(2)約款を用いる者があらかじめ約款を契約の内容とする旨を表示していたこと

 これまで、例えばBtoC取引において約款を用いる場合には、事業者が自社のサイト上などに「約款に同意しますか」といったチェックボックスを用意し、消費者にチェックを入れてもらうといった実務が行われてきた。このような実務は、民法改正後・・・

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2015/02/06 民法改正案国会提出へ、「約款」関連規定創設で企業の対応は? (会員限定)

 制定から110年で初の大改正として注目を集める民法債権法の見直しが大詰めを迎えている。現在、要綱案の最終的な取りまとめに向けた検討が行われており、この春にも改正法案が閣議決定され、通常国会に提出される見込みとなっている。

 見直しの議論の中で企業サイドから注目を集めてきたのが、「約款」に関する規定の新設だ。

 約款とは、多数の取引先や顧客と画一的に同一の内容の契約を締結するために、事業者があらかじめ一方的に定めておく定型的な契約条項を指す。民法が制定された110年前には約款を用いることが一般的ではなかったため、現行民法には約款に関する規定がない。今回の改正では、民法に約款に関する規定を盛り込むことによって、現代で広く用いられている約款が「契約」の内容になるという根拠を法律上示すことに主眼がある。

 新設される規定では、次の2つのいずれかを充たせば「民法上の約款」として認められることが明記される。

(1)約款を契約の内容とする旨の合意をすること
(2)約款を用いる者があらかじめ約款を契約の内容とする旨を表示していたこと

 これまで、例えばBtoC取引において約款を用いる場合には、事業者が自社のサイト上などに「約款に同意しますか」といったチェックボックスを用意し、消費者にチェックを入れてもらうといった実務が行われてきた。このような実務は、民法改正後も(1)を満たすことになる。

 また、鉄道事業のように、契約時に約款(鉄道会社であれば運送約款)を契約内容とする旨の合意をすることが難しいケースにおいては、これを自社のサイトに掲載するなどの実務が行われたきたが、このような実務も(2)を満たす。

 このように、民法に新設される約款に関する規定はこれまでの実務を裏付けるものであり、改正によって企業が何か大きな対応を迫られるケースは基本的にはない見込みだ。

 ただし、改正民法では、「約款の条項が信義則(民法第1条2項)に反して、相手方の利益を一方的に害するものであった場合には、当該条項は契約の内容とならない」ことが明文化される。相手方の利益を一方的に害するような約款の条項が無効であること自体は、これまでの実務と何ら変わることはない。しかし、約款の効力を認める条項(上記(1)(2))とセットで、約款が「無効」になるケースが明文化されることによって、例えば消費者が自己にとって不利益な条項を見逃していた場合に、約款の効力を覆そうとするといった争いが増える可能性はある。

 上述のとおり、約款が「民法上の約款」に該当するのは比較的容易だが、企業は民法改正前に、約款に不適切な条項がないかどうかを改めて確認しておいたほうがよいだろう。