フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター 招聘研究員 吉村一男
セブン&アイ・ホールディングスが、カナダのアリマンタシォン・クシュタールから同意なき買収提案を受けたことは周知のとおり(2024年9月6日のニュース『「企業買収における行動指針」が影響力を持つようになった背景』参照 引用:上場会社役員ガバナンスフォーラム)。かつて日本では同意なき買収はほとんど行われておらず、“対岸の火事”のように捉えられていた。しかし、経済産業省が2023年8月31日に、同意なき買収やその対抗策に関するガイドラインとも言える「企業買収における行動指針」(以下、企業買収指針)を公表して以降、潮目が明らかに変わった。
経済産業省と言えば、経済や産業の発展、対外経済関係の円滑な発展、資源やエネルギーの安定供給、知的財産権の保護をはじめとする経済安全保障政策などを担う省庁であることから、同意なき買収を「防衛」する政策を推進するイメージがあるかもしれない。しかし、企業買収指針では、同意なき買収は「買収によるシナジーの実現や、非効率な経営の改善などは、企業価値(将来フリーキャッシュフローの割引現在価値)を本源的価値(現在の経営資源を効率的な企業経営のもとで有効活用すれば実現できる価値)に近付け、又は本源的価値を高めるための、経営にとっての一つの重要な手段」、「現在の株価(現在の経営陣が経営し続けることを前提として市場が見通している株式の価値)に現れている水準よりも企業の価値を大きく向上させることに買収者が自信を持っている場合に行われるもの」であり、「買収の可能性があることは、現在の経営陣に対する規律として機能する」と指摘し(2.2.1)、同意なき買収を正面から肯定している。
そして、「取締役会は、買収者が提示する買収価格や企業価値向上策と現経営陣が経営する場合の企業価値向上策を、定量的な観点から十分に比較検討することが望ましい」「買収価格は直前の株価よりも高いと考えられ、取締役会として買収提案に賛同しない場合には、この点を踏まえた説明が事後的に必要となり得る」と指摘し(3.1.2)、同意なき買収を理由なく対抗することを正面から否定している。
このような考え方は、米国や英国では一般的なものとなっている。なぜなら、取締役は株主から調達した資本を事業に投資することによって企業価値を創造するとともに、それを資本市場に正しく伝え、株価を高めなければならず、これを怠る可能性がある取締役に対する監督の仕組みがコーポレートガバナンスであると考えられているからだ。
コーポレートガバナンスの手法を、取締役にとって“劇薬”である順にリストアップすると、・・・
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