2015/01/07 【人事・労務】退職金を廃止・減額したい (会員限定)

 

廃止の対象となる退職金は?

近年、上場企業の間では、役員退職慰労金を廃止し、代わりに業績との関連が明確なインセンティブ報酬を導入するのがトレンドになっています(役員退職慰労金の廃止方法などについては、「役員退職慰労金を廃止したい」を参照してください)。役員退職金を廃止または廃止を検討している上場企業は7割にも及ぶというアンケート結果もあります。

では、同様に従業員の退職金を廃止または減額することは可能でしょうか?

まず、従業員の退職金(以下、「退職金」という場合、特に断らない限りは従業員の退職金を指す)を廃止または減額することの意味について考えてみましょう。

退職金には以下の4つの性格があると言われています。

(1)企業への功労や勤続に対する報奨
(2)賃金の後払い
(3)老後や失業期間中の生活保障
(4)労働意欲の向上や長期勤続を促すための仕掛け

役員退職慰労金と比較すると、従業員の退職金は(3)の性格が特に強いと言えます。したがって、従業員の退職金を廃止または減額すれば、従業員の失業期間中の生活や人生設計に大きな影響を与えるということを役員はまず認識しておかなければなりません。

また、一口に「退職金」といってもいくつかの種類がありますので、「退職金を廃止または減額する」という場合、そのうちどれを指しているのか理解しておく必要があります。

退職金は大きく分けて「退職一時金」と「企業年金」があり、さらに、企業年金は「確定給付型」と「確定拠出型」の2タイプに分けられます。

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このうち退職一時金とは、退職時に企業が一括して退職者へ支給する一時金のことです。退職一時金は、その全額を社内積立金(内部留保)から支給するので、支給時には支給額に見合うキャッシュを社内に確保しておかなければなりません。

一方、企業年金とは、国民年金や厚生年金などの「公的年金」とは別に、企業が支給する私的な年金のことです。企業年金制度を持っている企業の従業員の場合、将来受給することのできる年金は“3階建て“となります。1階が国民年金、2階が厚生年金(ここまでが公的年金)、そして3階部分が企業年金です。

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企業年金のうち、将来の支給額が確定しているタイプのものが「確定給付型」(確定給付企業年金)で、DB(defined benefit)とも言われます。確定給付企業年金は「外部積立型」の年金で、企業が外部の基金等に掛金を積み立てて運用を委託し、従業員への給付原資を確保しています。運用利回りが想定利回りを下回るなど運用が上手くいかなかったことなどにより、外部積立額が給付金額よりも不足した場合、不足額を企業が負担しなければなりません。

一方、「確定拠出型」(確定拠出年金)は米国の年金制度を参考にしたもので、日本版401K、DC(defined contribution)などと言われます。「外部積立型」の年金である点では確定給付型と同じですが、大きな違いは、従業員への支給額が確定しておらず、運用方法は各従業員の判断に委ねられており、たとえ運用利回りが想定利回りを下回っても、企業に補填義務がないということです。

「退職金を廃止または減額する」といった場合、その対象となるのは「退職一時金」「確定給付企業年金」であり、確定拠出年金はその受け皿としての役割を果たしています(確定拠出年金を含め退職金制度そのものを完全に廃止する場合は除きます)。以下で詳しく見ていきましょう。

会計基準改正の影響は予想より小規模に

2013年の厚生労働省の調査によると、国内企業の退職金制度の導入割合は、全企業では75.5%、従業員数1,000名以上の企業では93.6%、300~999人の会社では89.4%、100~299人の会社では82%となっています。導入割合を時系列でみてみると、1989年89%、93年92%、97年89%、2003年86%、08年の85%、そして13年は75.5%と、減少傾向にあるとはいえ、多くの企業(特に規模の大きい企業)が何らかの退職金制度を持っています。

こうした中、企業が退職金の廃止や減額を検討するきっかけとなったのが、98年の会計基準の変更です。具体的には、確定給付企業年金における外部積立額が支給額より少ない場合、企業はその差額である「積立不足額」の補填義務を負うとともに、将来発生する退職金の企業負担分を「退職給付引当金」として貸借対照表に計上しなければならないというものです。

積立不足額の計上を“段階的”に行ってもよいとする経過措置(15年以内の年数で按分して計上可とするもの)は手当てされたものの、この会計ルールの変更が企業に与えたインパクトは非常に大きく、当時は、退職金制度を見直す企業が続出するのではないかと言われました。しかし、上記データのとおり、制度自体を廃止するところは少数で、大半の企業は引き続き、何らかの退職金制度を持っています。

企業の背中を押した財務内容の悪化と資金繰りリスク

ただ、なかには退職金の廃止に踏み切る企業があるほか、廃止にまでは至らないまでも減額した企業もみられます。

退職金を廃止あるいは減額する大きな理由としては、まず上述した会計基準に起因する多額の退職給付引当金計上による財務内容の悪化があります。

また、この退職給付引当金の繰入額は、会計上は費用扱いとなりますが、法人税の計算上は実際に支給する時までは損金に計上できないため(退職金を支給した期に全額を損金計上)、節税効果が一切ないという点も、企業が退職金制度の維持にネガティブになる理由の1つと言えるでしょう。

もっとも、退職給付引当金の対象となるのは「退職一時金」と「確定給付企業年金」であり、具体的には、退職一時金では退職時における支給額の全額、確定給付企業年金では積立不足額を引当金に計上することが求められます。一方、「確定拠出年金」における企業の負担は毎期の掛金のみであり、積立不足の補填義務はないため、引当金計上の対象にはなりません。

なお、未上場であっても、退職金制度を持っている企業は少なくありませんが、その大半が退職給付引当金を計上していないと思われます。そのような企業が上場を目指すことになった際に、多額の退職給付引当金の計上が必要であることが判明して上場の障害になることがありますので要注意です。

退職金を廃止あるいは減額するもう1つの大きな理由は、退職金支給時点における資金繰りリスクです。上場企業における定年退職時の1人当たりの退職一時金の平均額はおよそ2,000万円とも言われています。内部留保から支給する場合、企業はその分のキャッシュを社内に確保しておく必要があります。多数の従業員が同時期に退職するような場合、資金繰りにも大きな影響が出ます。たとえ現時点では業績が良くても、将来的に退職金の原資となるキャッシュを確保できるかどうかは不明確であり、経営上のリスク要因となり得ます。

退職金規程変更の効力を否定した判例も

退職金は、就業規則(退職金規程等)でその支給条件等が定められている場合、労働基準法11条の「賃金」に該当する極めて重要な「労働条件」の1つです。したがって、退職金の廃止・減額は「労働条件の変更(不利益変更)」になります。

労働条件の不利益変更は無条件に認められるものではなく、企業経営上必要不可欠であるという「合理的理由」と、変更した場合に従業員が受ける不利益を変更の必要性が上回るという「高度の必要性」が求められます。具体的には、(1)企業側における変更の必要性の内容と程度、(2)従業員の受ける不利益の程度、(3)変更後の就業規則の内容の相当性、(4)代替措置などその他関連する他の労働条件の改善状況、(5)労働組合等との交渉の状況――などを総合的に勘案したうえで、不利益変更の合理性を判断することになります(詳細は後述)。また、変更後の退職金規程を従業員にきちんと周知していることも求められます。

これらの条件を満たせば、たとえ従業員個人が反対したとしても就業規則の不利益変更が認められる可能性は高くなりますが、変更の合理性についての立証責任は企業が負うなど、そのハードルは決して低くありません。

実際、過去には、退職金規程の不利益変更の効力が否定された判例が下記のとおり少なからず存在します。

〈退職金規程の不利益変更の効力が否定された判例〉
〇大阪日日新聞社事件(大阪高裁 1970年5月28日判決)

経営不振等により、退職金算定基礎額を「現職最終月の基準賃金総額」から「現職最終月の基本給のみ」とする退職金規程の変更が、「たとえ経営不振等の事情があるとしても到底合理的なものとみることはできない」とされ、変更前から雇用されていた労働者に対する退職金規程の変更の効力が否定された。

〇ダイコー事件(東京地裁 1975年3月11日判決)
自社の退職金制度を社外の退職金制度(中小企業退職金共済制度・中退共制度)に切り換えたことに伴い、退職金の算定方法を「退職時の基本給×勤続期間に応じた支給率」から、同共済制度を運用する中小企業退職金共済事業団(当時)が定める「掛金月額と掛金納付月数に基づいて算出した額」に変更する退職金規程の改訂(その結果、原告労働者の退職金は従来の約4分の1に減少)を行ったところ、「退職時には当然旧規程に沿った退職金の支払いを受けられるとの従業員の期待的利益を剥奪するに足るほどの合理性があるとは認められない」とされた。

〇御国ハイヤー事件(最高裁 1983年7月15日判決)
退職金規程を廃止し、それまでの就労期間分の退職金は支払うがそれ以降は支払わないとする退職金支給規程の改訂が、「従業員に対し不利益を一方的に課するものであるにもかかわらず、その代償となる労働条件が何ら提供されておらず、また、不利益を是認させるような特別の事情も認められないので、合理的なものとは言えない」とされた。

〇アスカ事件(東京地裁 2000年12月18日判決)
会社の経営環境が良好ではない中、従業員の関連会社への出向を円滑に進めるために退職金規程を改定した結果、原告である従業員の退職金が従来の3分の2~2分の1に減少したことについて、「従業員のほとんどは規程改正に賛成しており、当事者の退職金額は関連会社の1.5倍~2倍と世間的にも遜色なかったとはいえ、これらを勘案しても、旧規程を適用することを覆す理由にはならない」として、旧規程に基づく退職金の支払を命じた。

〇月島サマリア病院事件(東京地裁 2001年7月17日判決)
経営悪化を理由とした退職金の一律20%減および支給比率の削減を内容とする就業規則の変更(この結果、原告の退職金は変更前の53%に減少)が、「この就業規則の変更は不利益性が大きく、代償措置も認められず、変更当時の経営状態は倒産の危機に瀕しているとまでは言えないため、変更に合理性はない」とされた。

一方、退職金規程の不利益変更の効力が認められた判例として、実務の指針の1つとなっているのが「大曲市農協事件(最高裁 1988年2月16日判決)」です。この裁判は、7つの農協の合併に伴い就業規則を統一した結果、そのうち1つの農協の退職金の支給率が引き下げられたことを不満とする当該農協の職員が、合併前の支給率による退職金の支払いを求めたものです。裁判所は、退職金など労働条件の不利益変更は、これを労働者に受忍させるだけの「高度な必要性」に基づいた「合理的な内容」でなければならないとしたうえで、本事案については、「変更の必要性が非常に高いこと」や「合併に伴う給与調整により実質的な不利益は大きなものではないこと」などを理由に、支給率を引き下げる退職金規程変更の有効性を認めています。

このような判例などを基に、実務上は次のような基準で不利益変更の「合理性」が問われることになります。

(1)企業側における変更の必要性
合併に伴って労働条件を統一する場合や、不利益変更を行なわないと企業の存続が危うい場合など、不利益変更を労働者に受忍させるだけの「必要性」が求められます。

(2)従業員の受ける不利益の程度
上述したダイコー事件、アスカ事件、月島サマリア病院事件が示すように、退職金の引下げ幅が大きい場合には、無効と判断される可能性が高くなります。

(3)変更後の就業規則の内容の相当性
労動基準法の最低基準を下回る労働条件の変更が認められないことは言うまでもありませんが、変更後の就業規則の内容が一般的に相当である(=「この程度の変更なら妥当・適当」と多くの人が思える内容)と判断され得るものであることが必要です。例えば、同業・同規模の他社と比べて自社の退職金水準が高い場合、減額の変更が認められる可能性は高くなります。一方、特定の従業員をターゲットにした不利益変更(例えば、高齢従業員だけを対象にした退職金の減額)は相当性が否定される可能性が高いと言えます。

(4)代替措置など関連する他の労働条件の改善状況
不利益変更の「合理性」を裁判所などが認める際に考慮する極めて重要な要素が「代替措置」の有無です。代替措置とは、労働条件の不利益変更を実施する代わりに、他の労働条件を有利に変更する措置のことです。例えば定年年齢の引上げ、定年後の継続雇用時の処遇改善や継続雇用の期間延長、退職金の減額分以上の「調整手当」の支給などが考えられます。ただし、従業員が受けることになる不利益の程度を上回る内容の代替措置でなければ、「合理性」を補強する材料としては考慮されにくいでしょう。

(5)多数派の労働組合や従業員代表との交渉状況
多数派の労働組合や従業員代表と複数回にわたり時間をかけて交渉し、変更内容について十分に説明したかどうかが問われます。交渉経緯は後々問題になりやすいため(例えば、従業員が後になって「説明が1回しかなく、変更内容を理解しないまま、よく考えずに合意してしまった」「経営陣に無理やり同意させられた」として、訴訟を提起する可能性があります)、交渉当初から「訴訟に発展した場合」を想定して、訴訟に耐えられるよう丁寧に説明を重ねておく必要があります。

(6)少数派の労働組合や従業員代表への対応
裁判では多数派の労働組合・従業員代表の意思が尊重される傾向にありますが、だからと言って、少数派の労働組合や従業員代表への対応をおざなりにすれば、裁判で足元をすくわれるリスクとなり得ます。したがって、こうした少数派に対しても十分な交渉・説明を行っておくことが望まれます。

これまで述べてきたように、退職金など労働条件の不利益変更は内容によっては許容されるとはいえ、裁判等で無効とされるリスクと背中合わせと言えます。もちろん、従業員の同意があれば不利益変更は可能ですが、業況悪化による経営再建のために実施されるような場合でない限り、不利益変更について従業員から同意を得るのは難しいでしょう。仮に、大曲市農協事件の最高裁判決にあるような「高度な必要性」に基づいた「合理性」に確証が持てない中で不利益変更を行い、従業員から訴訟を提起されれば、従業員のモラルの低下や企業イメージのダウンは避けられないので要注意です。

「不利益変更」に該当しない退職金の廃止・減額の方法とは?

では、退職金を廃止あるいは減額する場合、どのような方法をとればよいのでしょうか。

これまで述べてきたとおり、単に退職金を廃止もしくは減額すれば労働条件の不利益変更に該当してしまうため、他の給与等への「振替え」という形をとるのがより現実的です。具体的には以下の2つの方法が考えられます。

1.退職一時金または確定給付企業年金を廃止し、「前払い退職金」として月給等に上乗せ
文字通り退職金を「前払い」で月給や賞与に上乗せして支給する方法です。

これにより、企業にとっては、退職給付引当金の計上が不要となることに加え、多額の現金流出による将来の資金繰りリスクも解消します。一方、従業員側から見ると、月給の手取額が増えるという点にメリットがあり、特に若手従業員には魅力的な制度と言えるでしょう。

ただし、デメリットもあります。企業からすると、短期的には毎月のキャッシュアウトが増えてしまい、中長期的には従業員の流出リスクが高くなります。定年年齢がまだまだ先である若手従業員にとっては「退職金がないこと」に対する意識は低いものの、年次を経るにつれて退職金制度を持っている企業の方が魅力的に感じられ、大きな戦力となる頃に転職されてしまうリスクは否定できません。労働市場で需要のある優秀な人材ほど社外への流出の可能性は高くなります。これを避けるためには、例えば、定年時までに一定以上の評価を受けた従業員に対して、定年後の雇用延長時の処遇を優遇するなどのオプションを用意することなどが考えられます。

従業員にとってのデメリットとしては、短期的には退職金の前払い分にも税金および社会保険の負担が発生するため、その分「退職金」の手取りが目減りしてしまう点が挙げられます(退職一時金として受け取る場合には、勤続年数に応じて退職所得控除が認められるなどの優遇措置があります)。中長期的には、退職時まで計画的に貯金等をしておかないと、退職後の生活に大きな支障が生じることになります。

2.退職一時金または確定給付企業年金を廃止・減額して「確定拠出年金」に振替え
要するに、退職金を確定拠出年金に一本化するということです。企業の負担は毎月の掛金のみで、それ以上の負担は発生しないため、企業側からすると退職給付引当金の計上による財務内容の悪化や将来の資金繰りリスクを回避できるというメリットがあります。

企業が拠出する掛金は各従業員の専用口座にプールされ、従業員は自らの判断で運用方法を決定し、掛金の運用リスクも従業員が負うことになります。この点について従業員からは「確定拠出年金は積立不足のリスクを従業員に押しつけるものではないか?」との指摘を受ける可能性があります。その際、役員としては、以下のような確定拠出年金のメリットを労働組合や従業員に対して丁寧に説明しなければなりません。

・従業員自らの判断で運用方法(例えば、元金割れのリスクを負ってでも積極的に運用益確保を目指す、とにかく元金割れを起こさない運用方法を選ぶなど)を選択できる。
・掛金のみならず、運用益に対しても、受取時までは所得税や社会保険の負担が発生しない。
・「自分がいくらもらえるか」が分かりにくい退職一時金や確定給付企業年金度に比べ、確定拠出年金では本人の希望に応じて1円単位での金額の把握が可能である。
・掛金は、企業の資産・財産とは分けて「資産管理機関(信託銀行など)」で管理されるため、万が一企業が倒産しても、従業員の財産である掛金は保全される。
・企業が経営不振に陥ったからといって、後から給付額を引き下げられることはない。
・従業員が転職する際、転職先の確定拠出年金等に自分の持ち分を移管することができる。

さらに、2012年1月からは、従業員自ら掛金を追加できる「マッチング拠出(企業の拠出金と個人の拠出金という種類の異なったものを組み合わせるという意味で“マッチング”という言葉が使われています)」が認められています。マッチング拠出においても、個人が拠出した金額は全額所得控除の対象となるほか、拠出金の運用益が非課税となる点も従業員にとっては大きなメリットと言えます。

ただし、確定拠出年金では、企業の拠出金と従業員の拠出金とを合わせた毎月の掛金の上限が月額51,000円(年額612,000円)と定められているため、他の退職金制度(例えば確定給付企業年金制度)から移行してくる場合には、掛金がこの上限を超過しないように制度設計する必要があります。

なお、確定拠出年金では、個人拠出分も含め、原則として60歳になるまで途中引出しができない点にも留意が必要です。個人での拠出を多くした結果、住宅ローンや子どもの教育費が不足したといったことにならないよう、ファイナンシャル・プランニングや確定拠出年金に関するセミナーを実施するなど、従業員への教育も必要になります。

退職金の変更は「人事戦略」見直しの一環

退職金の変更は、コスト面から検討されることが多いと思いますが、実は退職金を変更するということは、企業側が意図するかしないかを問わず、「人事戦略」の見直しにつながります。

例えば、退職一時金を廃止してこれを給与に上乗せ(前払い退職金)すれば、企業の人事戦略が、長期勤続者の優遇から若手社員の厚遇へと転換したととらえる従業員がいるかもしれません。実際、業種や企業によっては、若手を厚遇して、従業員の新陳代謝を図る必要もあるでしょう。

一方で、退職金の変更は、従業員の行動にも変化を与える可能性があります。退職金には優秀な人材をつなぎとめるいわゆる「リテンション(維持)効果」があります。退職金の廃止・減額は、このリテンション効果を低下させることになります。優秀な若手従業員は、「若いうちはここで頑張ってスキルを付け、ある程度の年齢になったら、退職金制度が充実した企業に転職しよう」と考えるかも知れません。退職金の変更によって、自社が優秀な従業員にとっての「1社目の就職先」と位置付けられかねないのです。

したがって、役員としては、退職金を変更(廃止・減額)する際には、単なるコストによる議論に終始することなく、自社の人事戦略に与える影響も踏まえ、それに適した形で退職金を見直す(例えば、長期勤続のインセンティブを失いたくないのであれば、定年後のオプションを用意するなど)という視点が欠かせないといことに留意してください。

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2015/01/06 2015年はIFRS元年に?任意適用会社の時価総額が14%に到達

 IFRSを任意適用する企業がジワジワと増えてきている。今後適用する予定のところも含めると、2014年12月時点の導入(予定)企業は50社を超えた。IFRS任意適用企業の時価総額は、東京証券取引所全体の約14%近くに達しており、市場における存在感も増してきている。

 IFRSの任意適用が増えている背景にあるのが、コーポレートガバナンスの強化と同様、IFRSを普及させることにより、海外投資家の資金を日本市場に呼び込み景気回復につなげようとする政府の姿勢だ。

 具体的に見ると、まず、金融庁が2013年6月に公表した「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」を踏まえた連結財務諸表規則等におけるIFRSの任意適用要件の緩和が挙げられる。これにより、新規上場を目指す非上場企業においてもIFRSの適用が可能となったことを受け、2014年10月には(株)すかいらーくがIFRS適用企業として初の新規上場を果たしている。

 すかいらーくがIFRSを採用した誘因になったと思われるのが、・・・

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2015/01/06 2015年はIFRS元年に?任意適用会社の時価総額が14%に到達(会員限定)

 IFRSを任意適用する企業がジワジワと増えてきている。今後適用する予定のところも含めると、2014年12月時点の導入(予定)企業は50社を超えた。IFRS任意適用企業の時価総額は、東京証券取引所全体の約14%近くに達しており、市場における存在感も増してきている。

 IFRSの任意適用が増えている背景にあるのが、コーポレートガバナンスの強化と同様、IFRSを普及させることにより、海外投資家の資金を日本市場に呼び込み景気回復につなげようとする政府の姿勢だ。

 具体的に見ると、まず、金融庁が2013年6月に公表した「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」を踏まえた連結財務諸表規則等におけるIFRSの任意適用要件の緩和が挙げられる。これにより、新規上場を目指す非上場企業においてもIFRSの適用が可能となったことを受け、2014年10月には(株)すかいらーくがIFRS適用企業として初の新規上場を果たしている。

 すかいらーくがIFRSを採用した誘因になったと思われるのが、IFRSでは「のれん」が非償却とされているということだ。同社の有価証券届出書によると、IFRSへの移行日(2012年1月1日)時点で「のれん」が1,463億円あり、総資産の実に約47%を占めていた。また、2012年12月期の日本基準による税引前利益は53億円であるが、これには、のれん償却額73億円が反映されている。つまり、のれんを非償却とすることによって利益が倍以上に増える計算である。もちろん、のれん以外にも、近年は東京証券取引所の売買に占める外国人投資家の割合が継続的に5割を超えていることを踏まえ、株価への好影響を期待して外国人投資家にも馴染みの深いIFRSを採用したということもあるだろう。

 次に、2014年6月に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014」で「IFRSの任意適用企業の拡大促進」が掲げられたことを受け、同年11月には東証が決算短信の作成要領を改正、会計基準の選択に関する基本的な考え方(例えば、IFRSの検討状況等)を開示することを上場企業に要請している(2014年12月8日のニュース「“誤報”に要注意!日本or米国基準の採用理由の記載は不要」参照)。

 さらに、これまでIFRSに対しネガティブな反応を示していた米国でも、2014年12月、米国公認会計士協会主催の会議の場で、SEC(米国証券取引委員会)の主任会計士から「米国企業にも任意でIFRS情報を開示することを容認するといった新たな選択肢を模索している」との発言があり、IFRSを適用する米国企業が現れる可能性も出てきたほか、同月に開催された日本の企業会計審議会では、「米国上場していないにも関わらず米国会計基準を採用している日本企業に対し、IFRS導入を迫ることを検討してはどうか」という過激な意見も聞かれた。IFRS導入圧力はしばらく続くことになりそうだ。

2015/01/05 チェックリスト:在庫の増減が目に付く (会員限定)

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■チェックリスト:在庫の増減が目に付く

チェック事項 備考 対応未了 対応済
在庫が増減している場合、取締役はその理由が合理的なものであるかの検討を行っているか。 ・増減要因が数量なのか、それとも単価なのかを確認し、その合理性を検討する。
・在庫の増加が自社の戦略または業績トレンドと整合しているかを確認する(ex.製品の多品種化や高額商品へのシフト等)。
取締役は、劣化や陳腐化した在庫の評価減を計上するための社内の仕組みを整備するとともに、それが適切に運用されていることを確認しているか。
取締役は、在庫の入出庫管理業務にシステムを導入するとともに、入出庫に関して内部統制を構築しているか。 入出庫に関する内部統制として、入出庫の指示を出す部門と現物を預かる部門を分離することで内部牽制を機能させるとともに、入出庫の指示を出す部門の上長の承認がない出荷指示については、現物を預かる部門は入出庫処理をしないといった内部統制が考えられる。
取締役は在庫の入出庫内容をモニタリングする体制を構築しているか。 モニタリング体制としては、たとえば在庫部門の上長が入出庫実績を日次や週次でモニタリングすることが考えられる。
取締役は、すべての在庫が実在し、架空計上はないことを確認したか。 確認の方法として、例えば次の方法が考えられる(なお、次のチェック項目も参照)。
・在庫に関する仕訳のうち、期末近辺の仕訳(自動仕訳を除く)については、その数値の計算過程をわかりやすく明示した資料を作成するように指示しておき、上長はその内容を理解して承認するような仕組みを構築しておく必要がある。
・外部の預け在庫については預り証を入手するとともに、金額的重要性が高ければ、在庫担当者以外の者が棚卸に出向き現物をカウントする。
取締役は、実地棚卸が適切に行われていることを検証したか。 検証の方法として、例えば次の方法が考えられる。
(実地棚卸前)
・棚卸に関する規程の整備状況の確認
・棚卸実施要領の確認
・棚卸予定表の確認
(実地棚卸中)
・棚卸への立会
(実地棚卸後)
・棚卸実施報告書のレビュー
実地棚卸は担当部署だけで完結するのではなく、内部牽制のため管理部門等を立ち会わせているか。
実地棚卸結果は経営者層に対して迅速に報告されているか。
在庫管理システム上の単価マスターの修正権限は限定されているか。 システム部門のみに限定すべきである。
在庫管理システム上の単価マスターを変更する手続きは厳格なものとなっているか。 変更に際しては、在庫に責任を有する部門の担当者がマスター登録内容変更申請書を作成し、それを作成者の上長が承認したものがシステム部門に回付されて、はじめて変更が可能になる等考えられる。
循環取引防止のために契約時の社内審査を行っているか。 契約時の審査において、審査担当者は取引先の信頼度のみをもって取引を承認するのではなく、次のような点をチェックして審査の対象としている取引が、自社の事業や商流に照らして不自然なものではないことを確認する。
・取引する対象はどのような種類のものか
・どこに納品される予定なのか
・そもそも実需に基づく取引であるか
循環取引防止のために仕入取引と販売取引の承認者の分離を行っているか。 やむをえず一人の担当者に仕入と販売の権限を同時に持たせなければならない場合は、内部監査機能を充実させ、詳細な事後チェックを実施する仕組みを構築すべきである。
在庫の陳腐化に伴う評価減が適切に行われないリスクに備えて、立会人が棚卸の際に陳腐化した在庫の有無を第三者の目で判断するような手続きを導入しているか。
売れ行き不振であるにもかかわらず、追加的な仕入れにより在庫数を伸ばしてはいないか。 購買担当者が仕入先と癒着(【失敗学第3回】コーナン商事社の事例)している可能性も視野に入れて、内部調査を実施する必要がある。
売掛金の回収条件が特殊な場合、社内での承認を必要とする仕組みが導入されているか。
返品の社内処理は担当者だけで完結しないような仕組みが導入されているか。 返品理由は販売部門の部門長に文書で報告させ、返品伝票には販売部門の部門長の承認を必要とし、取締役会で返品数や返品金額を報告させるといった内部統制が考えられる。
営業管理や経理等が定期的に売掛金の回転期間分析を行い異常値の有無を調査するようにしているか。 回転期間に異常があれば、営業管理や内部監査室により、滞留売掛金の調査、期初の返品状況の調査、在庫の月次推移分析、担当部署への聞き取り調査を行い、異常な取引ではないかの確認を行う。監査役も内部監査室と連携しながら並行して監査を行う。
従業員による横領(横流しや私消)を防ぐための内部統制を構築しているか。 ・在庫の入出庫管理の厳格化
・仕入実績と販売実績、粗利率の推移や全店舗の平均値との比較により異常な点がないかのモニタリング
・監視カメラの設置等
消耗品や作業屑なども、物によっては横領の対象たり得るため、金額的重要性に応じて入出庫の継続記録および棚卸の対象とすべきかの検討を行ったか。 経費処理した少額固定資産も同様である。
各担当者の人事異動は定期的に行われているか。
従業員満足度の向上に向けた策に取り組んでいるか。 従業員による横領が行われる背景には、従業員の業務に対する満足度の低下が考えられる。

ケーススタディ役員実務「在庫の増減が目に付く(会員限定)」はこちら

2015/01/05 【経営上のリスク】在庫の増減が目に付く

 

不正に利用されがちな「在庫」、その増減には要注意

取締役会で役員が経理担当部長から受ける決算報告には、大きく分けて、経営成績を示す損益計算書やキャッシュ・フロー計算書を中心としたフロー情報と、財産の状況を示す貸借対照表というストック情報の2種類があります。このうち月次の試算表や貸借対照表における比較分析情報(対前期や対前月の増減額や増減率を示したもの)の中で、「在庫」の残高の増加または減少が目につくことはないでしょうか?

もちろん、在庫を担当する取締役(購買担当取締役、営業担当取締役など)であれば、毎月の取締役会の月次報告で在庫状況を報告するのが通常ですので、在庫残高の増減理由は必ず説明できるようにしておかなければなりません。他の取締役や監査役としても、在庫はさまざまなリスクを抱えた資産であるだけに、その増減は押さえておきたいところです()。

 在庫のリスクについては「在庫を適正水準に保ちたい」の「「在庫の圧縮」はもはや会社経営の常識に」を参照してください。

在庫の増加が、健全な成長による積み上げの結果(*1)や自社の戦略または業績トレンドと整合している(*2)のであれば、問題はありません。また、在庫の減少が、在庫管理手法の工夫による在庫削減努力の成果であれば安心です。

*1 例えば店舗数や物流拠点の増加、材料市況の一時的下落に対応した大量調達による在庫増加が考えられます。
*2 例えば製品の多品種化や高額商品へのシフトが考えられます。

しかし、在庫は昔から粉飾決算の手段によく使われる勘定科目でもあります。もし在庫残高の増減に不自然さが見られた場合や、増減が合理的な理由により説明できない場合には、役員は「不正が行われているのではないか」といった疑いを持つべきです。

では、在庫を使った不正はどのようにして行われるのでしょうか。以下で、在庫を「増やすケース」と「減らすケース」に分けて解説します。

在庫の過大計上による粉飾の手口

在庫は、その保管状態にかかわらず、時の経過とともに劣化や陳腐化してしまうのを避けることができません。そして、劣化や陳腐化した在庫があれば、廉価販売あるいは廃棄を迫られるとともに、会計上は損失の計上が必要になります(詳細は「在庫を適正水準に保ちたい」の「在庫削減で予想される現場の抵抗~そのとき役員がとるべき行動は?」を参照してください)。

こうした局面では会社の業績が低迷していることが多いため、経営者や管理担当者、現場担当者の間では「利益を更に減少させることになる会計処理はしたくない」という思惑が働きがちです。その結果、本来であれば損失処理を行うべきなのに実施しないという経営判断が強行されることがあり得ます。また、廃棄期限が到来した在庫につき、廃棄期限の延長を目的として現場の判断で入庫日が改ざんされる場合もあります。こういった経営判断や改ざんにより、損失計上が先送りされることで粉飾決算になってしまいます。こういった事態を防ぐためには、在庫の入出庫管理をシステム化(*1)するとともに、入出庫に関する内部統制を構築(*2)し在庫水準をモニタリング(*3)する必要があります。また、損失処理に関する規程を整備して、規程に準拠した運用が行われるようにしておくことも必要です。

*1 日付の改ざんを防ぎ、会計処理を自動化することが可能になります。
*2 入出庫の指示を出す部門と現物を預かる部門を分離することで牽制機能を効かせるとともに、出荷指示があっても入出庫の指示を出す部門の上長の承認がなければ現物を預かる部門は入出庫処理をしないといった内部統制が考えられます。
*3 在庫部門の上長が入出庫実績を適時(日次や週次等)にモニタリングすることが考えられます。

在庫を用いて粉飾を行う場合の手口として一般的なものが、期末在庫を過大に計上することで売上原価を小さくするというものです。

売上原価 : 期首在庫に当期の受入を加算して、期末在庫を控除することで計算される。

具体例で見てみましょう。下図のように、期末在庫は本来「5」しか残っていないにもかかわらず、「10」の水増しを行い「15」保有していることにします。これに伴って、売上原価が「105→95」に圧縮され、その差額10だけ利益がかさ上げされるというわけです。

risk8103_1

このような粉飾決算を実行するために一番単純な方法は、在庫の帳簿残高を過大計上することです。しかし、それでは実地棚卸による残高と帳簿残高に相違が生じてしまいます。そこで、粉飾に際しては、実地棚卸の数値に手を入れることもあります。

実地棚卸 : 在庫がいくつあるのか、実際に数えること。帳簿上のみで在庫を把握する「帳簿棚卸」とは区別される。

こうした不正を防ぐために、役員としては、実地棚卸が適切に行われるよう実地棚卸の手続の全体に渡って規程や要領を適切に整備し、それを遂行するために十分な人員を確保し、手続通りに実施されていることを検証()する内部統制を構築する必要があります。その際、実地棚卸を工場や倉庫などの担当部署だけに任せずに、管理部門の社員にも立ち会わせるようにします。また、カウント結果が改ざんされることなく経営陣に報告されるためには、現場の者にデータを改ざんする時間的余裕を与えないことが重要になります。そこで、棚卸後は“直ちに”実地棚卸の結果を経営陣に報告させるというルールを構築し、その順守を求めるようにしましょう。そして、もし実地棚卸結果報告書の受領が遅れた場合、その原因を徹底的に追及し、再発防止策を講じるべきです。

 検証の方法として、例えば次の方法が考えられます。
(実地棚卸前)
・棚卸に関する規程の整備状況の確認
・棚卸実施要領の確認
・棚卸予定表の確認
(実地棚卸中)
・棚卸への立会
(実地棚卸後)
・棚卸実施報告書のレビュー

また、実地棚卸による在庫残高が会計帳簿残と一致していない場合、期末に手入力で会計処理を追加して帳簿残高を実地棚卸による在庫残高に合わせる処理が行われますが、その会計処理の内容に不自然なものがないか、確認する仕組みを構築することも不正への牽制となります。具体的には、取締役は次のような内部統制を構築しておき、内部監査・監査役の監査・監査法人の監査に備えることになります。

・経理担当者は手入力された会計処理の根拠となる数値の計算過程をわかりやすく明示した資料を作成する。
・経理担当者の上長はその資料と棚卸時に現場が作成した資料やシステムから出力されたデータに証跡を残しながら照合したうえで会計処理を承認する。

証跡 : チェックした結果のこと。たとえば、照合するものとされるものの双方に赤ボールペンでチェックマークを入れた場合、そのチェックマークが証跡となる。

在庫の不正は外部の倉庫業者等に預けている在庫を舞台にして行われるときもあります。そこで、外部に預けている在庫は預け先から預り証を入手するとともに、金額的重要性が高いものは在庫担当者以外の者が外部の預け先に出向き現物をカウントすべきです。

棚卸だけでは判明しない粉飾も

一方、現物の数量を確認する実地棚卸だけでは発見することが不可能な粉飾が・・・

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在庫の過大計上による粉飾、上場会社の実例を紹介

在庫の過大計上による粉飾事例をいくつか紹介します。・・・

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在庫減少の背景に従業員や役員による不正が

注意を向けるべきは、在庫の“増加”だけではありません。在庫の不自然な減少の背景には、従業員や役員による不正が控えている場合もあるので、役員としては在庫の“減少”にも目を光らせる必要があります。

(押し込み販売)
不正により在庫が減少するケースとして代表的なのが、いわゆる「押し込み販売」です。これは、決算対策として業績を良く見せるため、期末近くに取引先に商品を購入してもらい、翌期に返品してもらうといった取引です。この結果、決算日において販売分だけ在庫残高が減少するとともに、回収見込みのない売掛金残高が増え、当期の売上を押し上げます。翌期において商品は返品され、売上が取り消されることがあらかじめ決まっていますので、実質的な売上はゼロです。なお、押し込み販売が行われた場合、回収期日が到来するまでに売上の取り消しが行われるため、月次ベースの売上が異常値となり、粉飾が発覚する可能性が高まります。そのため、売上を正常に見せるために、また押し込み販売を繰り返すといった悪循環に陥ることにもなりかねません。

そこで、取締役としては・・・

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2015/01/05 【経営上のリスク】在庫の増減が目に付く (会員限定)

 

不正に利用されがちな「在庫」、その増減には要注意

取締役会で役員が経理担当部長から受ける決算報告には、大きく分けて、経営成績を示す損益計算書やキャッシュ・フロー計算書を中心としたフロー情報と、財産の状況を示す貸借対照表というストック情報の2種類があります。このうち月次の試算表や貸借対照表における比較分析情報(対前期や対前月の増減額や増減率を示したもの)の中で、「在庫」の残高の増加または減少が目につくことはないでしょうか?

もちろん、在庫を担当する取締役(購買担当取締役、営業担当取締役など)であれば、毎月の取締役会の月次報告で在庫状況を報告するのが通常ですので、在庫残高の増減理由は必ず説明できるようにしておかなければなりません。他の取締役や監査役としても、在庫はさまざまなリスクを抱えた資産であるだけに、その増減は押さえておきたいところです()。

 在庫のリスクについては「在庫を適正水準に保ちたい」の「「在庫の圧縮」はもはや会社経営の常識に」を参照してください。

在庫の増加が、健全な成長による積み上げの結果(*1)や自社の戦略または業績トレンドと整合している(*2)のであれば、問題はありません。また、在庫の減少が、在庫管理手法の工夫による在庫削減努力の成果であれば安心です。

*1 例えば店舗数や物流拠点の増加、材料市況の一時的下落に対応した大量調達による在庫増加が考えられます。
*2 例えば製品の多品種化や高額商品へのシフトが考えられます。

しかし、在庫は昔から粉飾決算の手段によく使われる勘定科目でもあります。もし在庫残高の増減に不自然さが見られた場合や、増減が合理的な理由により説明できない場合には、役員は「不正が行われているのではないか」といった疑いを持つべきです。

では、在庫を使った不正はどのようにして行われるのでしょうか。以下で、在庫を「増やすケース」と「減らすケース」に分けて解説します。

在庫の過大計上による粉飾の手口

在庫は、その保管状態にかかわらず、時の経過とともに劣化や陳腐化してしまうのを避けることができません。そして、劣化や陳腐化した在庫があれば、廉価販売あるいは廃棄を迫られるとともに、会計上は損失の計上が必要になります(詳細は「在庫を適正水準に保ちたい」の「在庫削減で予想される現場の抵抗~そのとき役員がとるべき行動は?」を参照してください)。

こうした局面では会社の業績が低迷していることが多いため、経営者や管理担当者、現場担当者の間では「利益を更に減少させることになる会計処理はしたくない」という思惑が働きがちです。その結果、本来であれば損失処理を行うべきなのに実施しないという経営判断が強行されることがあり得ます。また、廃棄期限が到来した在庫につき、廃棄期限の延長を目的として現場の判断で入庫日が改ざんされる場合もあります。こういった経営判断や改ざんにより、損失計上が先送りされることで粉飾決算になってしまいます。こういった事態を防ぐためには、在庫の入出庫管理をシステム化(*1)するとともに、入出庫に関する内部統制を構築(*2)し在庫水準をモニタリング(*3)する必要があります。また、損失処理に関する規程を整備して、規程に準拠した運用が行われるようにしておくことも必要です。

*1 日付の改ざんを防ぎ、会計処理を自動化することが可能になります。
*2 入出庫の指示を出す部門と現物を預かる部門を分離することで牽制機能を効かせるとともに、出荷指示があっても入出庫の指示を出す部門の上長の承認がなければ現物を預かる部門は入出庫処理をしないといった内部統制が考えられます。
*3 在庫部門の上長が入出庫実績を適時(日次や週次等)にモニタリングすることが考えられます。

在庫を用いて粉飾を行う場合の手口として一般的なものが、期末在庫を過大に計上することで売上原価を小さくするというものです。

売上原価 : 期首在庫に当期の受入を加算して、期末在庫を控除することで計算される。

具体例で見てみましょう。下図のように、期末在庫は本来「5」しか残っていないにもかかわらず、「10」の水増しを行い「15」保有していることにします。これに伴って、売上原価が「105→95」に圧縮され、その差額10だけ利益がかさ上げされるというわけです。

risk8103_1

このような粉飾決算を実行するために一番単純な方法は、在庫の帳簿残高を過大計上することです。しかし、それでは実地棚卸による残高と帳簿残高に相違が生じてしまいます。そこで、粉飾に際しては、実地棚卸の数値に手を入れることもあります。

実地棚卸 : 在庫がいくつあるのか、実際に数えること。帳簿上のみで在庫を把握する「帳簿棚卸」とは区別される。

こうした不正を防ぐために、役員としては、実地棚卸が適切に行われるよう実地棚卸の手続の全体に渡って規程や要領を適切に整備し、それを遂行するために十分な人員を確保し、手続通りに実施されていることを検証()する内部統制を構築する必要があります。その際、実地棚卸を工場や倉庫などの担当部署だけに任せずに、管理部門の社員にも立ち会わせるようにします。また、カウント結果が改ざんされることなく経営陣に報告されるためには、現場の者にデータを改ざんする時間的余裕を与えないことが重要になります。そこで、棚卸後は“直ちに”実地棚卸の結果を経営陣に報告させるというルールを構築し、その順守を求めるようにしましょう。そして、もし実地棚卸結果報告書の受領が遅れた場合、その原因を徹底的に追及し、再発防止策を講じるべきです。

 検証の方法として、例えば次の方法が考えられます。
(実地棚卸前)
・棚卸に関する規程の整備状況の確認
・棚卸実施要領の確認
・棚卸予定表の確認
(実地棚卸中)
・棚卸への立会
(実地棚卸後)
・棚卸実施報告書のレビュー

また、実地棚卸による在庫残高が会計帳簿残と一致していない場合、期末に手入力で会計処理を追加して帳簿残高を実地棚卸による在庫残高に合わせる処理が行われますが、その会計処理の内容に不自然なものがないか、確認する仕組みを構築することも不正への牽制となります。具体的には、取締役は次のような内部統制を構築しておき、内部監査・監査役の監査・監査法人の監査に備えることになります。

・経理担当者は手入力された会計処理の根拠となる数値の計算過程をわかりやすく明示した資料を作成する。
・経理担当者の上長はその資料と棚卸時に現場が作成した資料やシステムから出力されたデータに証跡を残しながら照合したうえで会計処理を承認する。

証跡 : チェックした結果のこと。たとえば、照合するものとされるものの双方に赤ボールペンでチェックマークを入れた場合、そのチェックマークが証跡となる。

在庫の不正は外部の倉庫業者等に預けている在庫を舞台にして行われるときもあります。そこで、外部に預けている在庫は預け先から預り証を入手するとともに、金額的重要性が高いものは在庫担当者以外の者が外部の預け先に出向き現物をカウントすべきです。

棚卸だけでは判明しない粉飾も

一方、現物の数量を確認する実地棚卸だけでは発見することが不可能な粉飾もあります。それは「単価の修正による粉飾」です。在庫の帳簿金額は「数量 × 単価」により計算されます(*1)が、在庫管理システム上の単価を直接修正することにより在庫を過大に計上する粉飾が可能になります。このような粉飾は、例えば内部監査などでシステム上の記録を事後的に丹念にチェックする機会でもなければ、在庫残高の報告金額が明らかに不自然な数値になるまでは気付かないものです。そこで、在庫管理システム上の単価マスターの修正権限を限定化し、かつマスター変更手続きを厳格化(*2)する必要があります。

*1 詳細は「在庫を適正水準に保ちたい」の「「在庫の圧縮」はもはや会社経営の常識に」を参照してください。
*2 単価マスターの変更権限はシステム部門のみに与え、変更に先立ち現場部門に「マスター登録内容変更申請書」の作成を求め、それを現場部門の上長が承認しない限り変更することができないといった手続きが考えられます。

さらに、建設業など個別原価計算(*1)を採用している会社では、“原価の付替え”という粉飾の手口により在庫が過大になっている可能性もあります。これは、当期に完成した工事等で発生した原価を、翌期以降に完成する工事等の原価と偽って仕掛在庫(仕掛在庫の過大計上)に含めるという手法です。下請先と共謀(*2)されてしまうと、内部統制による牽制が機能しなくなり、発見はかなり困難になります。そこで、次のような内部統制を構築して備えるべきです。
・工事日報等を日々確定し、内部資料の改ざんの機会を失くす。
・下請先を対象とするホットラインを設け、残高確認状にホットラインの連絡先を明記する。
・担当者のローテーションを行う。

*1 製品ごとに原価計算を行う方法。建設業、造船業など、形状や品質が異なる製品(例えばマンションや特注の機械)を個別に生産する業種に適しています。
*2 請求を遅延させることが考えられます。

同じく取引先との共謀による不正により在庫が過大になるケースとして、いわゆる「循環取引」があります。循環取引とは、少しずつ利益を乗せながら複数の会社で同じ商品や架空の商品をぐるぐると回していく不正取引です。実際の商品の動きを伴わず、書類のやり取りだけで取引を済ませる場合もあります。たとえば当社担当者が自ら発案し、A社、B社、C社、D社を巻き込んだ循環取引に手を染めたとします。まず、100円の商品を取引先のA社に105円で販売し、A社は5円の利益を乗せてB社に販売し、各5円の利益を乗せC社・D社を経由して当社に回ってきたときには、当社は125円で仕入れることになります。すなわち、最終的に自分の手元に戻ってきたときには各社で計上された利益の分だけ在庫が過大になっているのです。

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こういった循環取引を防ぐためには契約時の社内審査の厳格化や内部牽制の強化が必要となります。契約時の審査において、審査担当者は取引先の信頼度のみをもって取引を承認するのではなく、次のような視点でチェックすることにより、審査の対象としている取引が自社の事業や商流に照らして不自然なものではないことを確認すべきです。
・取引対象は実在するのか
・取引価格は適切か
・最終的にどこに納品される予定なのか
・そもそも実需に基づく取引であるか

内部牽制の強化を検討する際には、仕入取引と販売取引の担当者・承認者の分離を意識する必要があります。一人の担当者が仕入と販売の両方の権限を持っていては、当人以外の者が取引をチェックすることが困難となり、不正の温床になるからです。商社取引の実務のように、やむをえず一人の担当者に仕入と販売の権限を同時に持たせなければならない場合は、内部監査機能を充実させ、詳細にわたる事後チェックを行うことで牽制する仕組みを構築すべきです。

このほか、在庫の陳腐化に伴う評価減が適切に行われない場合にも、結果として在庫が(本来の評価額よりも)過大計上されることになり、利益の水増しにつながります。そこで、取締役は、棚卸にて実際にカウントする者に対して、数量の確認だけに留まるのではなく、あわせて陳腐化の有無も確認する旨棚卸要領等を通じて指示しておく必要があります。また、立会人も第三者の目で陳腐化の有無を判断しなければなりません。

在庫の過大計上による粉飾、上場会社の実例を紹介

在庫の過大計上による粉飾事例をいくつか紹介します。

A社 連結子会社における棚卸資産の過大計上 営業損失回避のため、子会社社長の指示により、会計帳簿の改ざんによる部品等の過大計上および不稼働品在庫の過小見積り
B社 在庫過大計上 仕入担当者が自己の営業成績を仮装するため手書伝票により在庫単価を変更し、在庫の過大計上を行った
C社 連結子会社における棚卸資産の過大計上 業績の確保のため、子会社取締役が棚卸データを改ざんし、棚卸資産を過大計上
D社 循環取引 巨額の損失を隠蔽するため循環取引を繰返し行い、在庫も過大計上となった
E社 在庫数量および評価に関する不適切な処理 ・実際には存在しない在庫をアウトレット店舗の在庫として計上
・評価単価の安い倉庫在庫を、アウトレット店舗と同じ評価単価の在庫として計上し、その差額分、在庫を過大計上

また、商品が売れ行き不振であるにもかかわらず、追加的な仕入れが行われ在庫数を伸ばしている場合があります。この場合、粉飾とは異なりますが、評価損を計上することの検討に加えて、購買担当者が仕入先と癒着(【失敗学第3回】コーナン商事社の事例)している可能性も視野に入れて調査することも必要となります。

在庫減少の背景に従業員や役員による不正が

注意を向けるべきは、在庫の“増加”だけではありません。在庫の不自然な減少の背景には、従業員や役員による不正が控えている場合もあるので、役員としては在庫の“減少”にも目を光らせる必要があります。

(押し込み販売)
不正により在庫が減少するケースとして代表的なのが、いわゆる「押し込み販売」です。これは、決算対策として業績を良く見せるため、期末近くに取引先に商品を購入してもらい、翌期に返品してもらうといった取引です。この結果、決算日において販売分だけ在庫残高が減少するとともに、回収見込みのない売掛金残高が増え、当期の売上を押し上げます。翌期において商品は返品され、売上が取り消されることがあらかじめ決まっていますので、実質的な売上はゼロです。なお、押し込み販売が行われた場合、回収期日が到来するまでに売上の取り消しが行われるため、月次ベースの売上が異常値となり、粉飾が発覚する可能性が高まります。そのため、売上を正常に見せるために、また押し込み販売を繰り返すといった悪循環に陥ることにもなりかねません。

そこで、取締役としては売掛金の回収条件が特殊な売上()は社内での承認を必要とするといった内部統制を構築するべきです。また、返品については担当者だけで処理が完結しないようにすることが必要となります。例えば、返品理由は販売部門の部門長に文書で報告させ、返品伝票には販売部門の部門長の承認を必要とし、取締役会で返品数や返品金額を報告させるといった内部統制が考えられます。また、営業管理や経理等が定期的に売掛金の相手先別の回転期間分析を行い異常値の有無を調査するようにします。回転期間に異常があれば、営業管理や内部監査室により、滞留売掛金の調査、期初の返品状況の調査、在庫の月次推移分析、担当部署への聞き取り調査を行い、異常な取引が含まれていないことの確認を行います。場合によっては、監査役も内部監査室と連携しながら並行して監査を行います。

 例えば「月末締め翌月末払い」が通常である会社において、「月末締め5か月後払い」といった例外的な回収条件を付すような場合。

万が一「押し込み販売」が発覚した時には、原則として粉飾の事実とその影響額を明らかにするとともに、過年度遡及を行い(すなわち、過去に遡って会計処理をやり直します)、押し込み販売を実施しなかった場合の決算の数値に修正する必要があります。

(従業員による横領)
従業員による横領(横流しや私消)によっても在庫は減少します。小売業では、万引き等と区別がつきにくく、単なる「棚卸減耗」として処理されがちであるため、役員レベルではなかなか気付かないかも知れません。しかし、一回当たりの被害額がわずかであっても、それが長期間積み重なると相当な金額になり得ますので、油断は禁物です。このような不正を未然に防ぐためには、何よりもまず在庫に関する内部統制を強化する必要があります。具体的には、在庫の入出庫管理を厳しく行うとともに、現場の状況をよく理解している在庫の管理者とともに、仕入実績と販売実績、粗利率の推移や全店舗の平均値との比較により異常な点がないかチェックするといったモニタリングを実践することです。また店舗の場合、バックヤードへの監視カメラの設置も効果的です(「従業員が会社の金を着服していた」の「個人の不正を防止する方法」を参照してください)。さらに、「在庫の過大計上による粉飾の手口」でも触れたように、在庫の現物管理として重要な内部統制である実地棚卸には、在庫管理の担当部署だけには任せず、経理部門などの管理部門所属の従業員も立ち会うようにし、結果を直ちに役員に報告させる仕組みを構築することも大切です。

棚卸減耗 : 棚卸をした際に判明した帳簿数量と棚卸数量の差

棚卸対象外とされた消耗品や作業屑なども、換金価値があれば横領されるリスクがあります。在庫ではありませんが、経費処理された少額固定資産も同様のリスクがあります。また、組織的に横流しをすることにより裏金を作る可能性もあります。そこで、取締役は、たとえ消耗品や作業屑、経費処理された少額固定資産であっても、横領のリスク等に応じて入出庫の継続記録および棚卸の対象にすることを検討すべきです。

継続記録 : 入庫日や入庫数量、取得価格、出庫日や出庫数量、払出価格等を記録すること

さらに、不正防止の観点から定期的な人事異動を行うべきです。なぜなら、各業務の担当者が長年にわたり同じ業務を続けることで不正が発生しやすくなり、また、不正の発見も遅れることになるからです。

 なお、従業員による横領があった場合、その背景として従業員の業務に対する満足度が低下していることが考えられます。「従業員にやる気を出させたい」等を参考にしながら、従業員満足度の向上に取り組みたいところです。

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2015/01/04 【事業管理】在庫を適正水準に保ちたい

 

「在庫の圧縮」はもはや会社経営の常識に

近年、会社経営においては「在庫の圧縮」が声高に叫ばれています。これはなぜでしょうか?

その前に、ここでいう「在庫」について整理しておきましょう。「在庫」は会社にとっての資産であり、貸借対照表の資産の部に計上されます。貸借対照表に計上された「在庫」は「単価 × 数量」により計算されていますので、一口に「在庫が増える」と言っても、その要因は「在庫数量の増加」と「購入単価の上昇」の2つに分けて考えることができます。このうち後者の「購入単価の上昇」については、先物取引、長期購入の契約締結、為替予約の締結(海外からの仕入れの場合)といった手法の活用で、ある程度は防ぐことができますが、仕入先の事情やマクロ経済の影響(例えば物価の上昇)など自社ではコントロールできない要因による影響も少なくありません。そこで、「在庫数量の増加」を抑える、すなわち「在庫の圧縮」「適正在庫」を実現するためには、「数量」のコントロールがより重要になります。

在庫が多いということは、それだけ経営上のリスクが増すことを意味します。すなわち、在庫の相場が下落すれば含み損失が発生し、想定外の安値で在庫を処分せざるを得ないというリスクを負うことになります。また、在庫が多いと陳腐化したときの評価損も多額になってしまいます。さらに、在庫は現物資産であるため、事故や盗難リスク、火災・地震等の被災リスクとそれによる保険料の上昇、さらに外貨建購入の場合、買掛金の為替リスクの問題もあります。

在庫が増加すれば、資金繰りへの悪影響も懸念されます。在庫が増えるということは、それを購入する為の資金が必要になるため、手許資金の減少要因となるからです。例えば、在庫が3億円あるとします。これは、3億円の資金が形を変えて倉庫に眠っていることを意味します。また、その資金が手持ちで足りない場合は、通常は銀行借入れでまかなう必要があり、その結果、支払利息が追加で発生してしまいます。資金余力がない企業では、在庫水準が資金繰りに大きな影響を与えてしまいます。

さらに、在庫は保管スペースを必要とするので、営業倉庫を借りる場合は倉庫の賃借料が発生します。一方、その在庫を自社の工場内や店舗内に保管する場合は、倉庫の賃借料の支払いは発生しません。しかし、本来その場所は生産や販売が可能なスペースでした。それにもかかわらず、付加価値を生む見込みのない在庫の保管場所として使用することで、「管理会計」上は機会損失という目に見えないコストが発生していることになります。

機会損失 : 収益を上げるチャンスを逃してしまった場合における、獲得できなかった利益のこと。ここでは、在庫の保管場所を使って、生産や販売を行えば獲得することができたはずの利益を指す。

このように在庫を持つことは、様々なコストやリスクを負担することを意味します。それが、会社経営において「在庫の圧縮」が声高に叫ばれる理由と言えます。なお、上述した「在庫を持つデメリット」と表裏一体になりますが、「在庫圧縮によるメリット」を整理すれば以下のとおりです。

(在庫圧縮によるメリット)
・製商品の相場下落、陳腐化による損失リスクの減少
・事故、盗難、被災リスクの減少
・資金繰り改善
・借入金の支払利息減少
・在庫保管コストの減少

こういったメリットを追求するために、有名なトヨタのカンバン方式をはじめとして、多くの企業が様々な工夫により在庫削減に取り組んでいます。

カンバン方式 : 作り過ぎのムダ、在庫のムダなど“7つのムダ”を徹底的に排除し、できるだけ在庫を持たずに、「必要なものを、必要な量だけ、必要な時に」生産する手法。部品の補充を知らせる帳票を「カンバン」ということが名称の由来である。

在庫削減を追及すると陥る“在庫のジレンマ”

ただ、いかなる場合でも在庫を削減すべきなのかと言うと、一概にそうとも言えません。在庫圧縮には大きなメリットがある一方で、デメリットも少なくないからです。

例えば小売業では、多くの品種を大量に揃え、「あの店に行けばいつでも何でもある」ということを店の“ウリ”の一つとする場合がありますが、在庫を圧縮すれば、このウリもなくなってしまいます。

在庫削減のデメリットが生じるのは、小売業だけではありません。東日本大震災の際に仕入先が被災し部品や原材料が供給されなくなり、自社工場自体は被災していなくても部品・原材料不足を原因として製品の製造が不可能になり、製造がストップしてしまった企業が少なくありませんでした。震災前に在庫圧縮に取り組んでいた企業ほど、再稼働に遅れが生じる結果となり、その間に同業他社にシェアを奪われることになりました(「工場が被災した」を参照してください)。このように、在庫圧縮により資金繰りや資産管理の効率性が高まることが期待できる一方で、営業活動や生産活動が阻害され売上や供給の足を引っ張る可能性がある点には留意が必要です。

「在庫圧縮のデメリット」を整理すれば、下記のとおりです。

(在庫圧縮によるデメリット)
・急な需要拡大に対応できない(売り逃し)
・急なトラブル(破損や不具合による顧客からの交換要求やクレームなど)への対応が遅れる
・品切れにより継続的な取引先を失う可能性がある(供給能力に問題ありとみなされる)
・手許の原料や部品を圧縮し過ぎた結果、急な需要拡大に伴う製造増加に応じるだけの原料・部品が不足する事態となり、それがボトルネックとなって製造計画を達成できず、生産現場(工場)の稼働率が低下するリスク
・発注量の減少による仕入先に対する価格交渉力の低下

一方、上記と表裏一体となる「在庫を持つメリット」として以下のようなものが挙げられます。

(在庫を持つメリット)
・受注後すぐに納品でき、品切れによる受注機会の損失を回避できる。
・需要が急に増加しても在庫でまかなえ、需要変動リスクに対応できる。
・流通途中での破損や検収時の不具合発生等、顧客からの交換要求やクレームなどがあってもすぐに代品が提供でき、トラブルがあっても迅速に対応できる。
・生産現場(工場)では部品不足による生産停止、稼働率低下の心配がなくなる。
・販売見込数量がある程度予測できれば、一定期間は在庫になったとしても、一括購入した方が単価交渉を有利に運ぶことができる。

以上のように、在庫を持つことにはメリットとデメリットの両方があります。できれば余裕を持って在庫を確保したい一方、大量の在庫をやみくもに持てば、在庫保有のメリットを超えてむしろ経営上のマイナス要因にもなり得ますので、在庫をどの水準に保つかは、役員にとって非常に悩ましい問題といえます。これがいわゆる“在庫のジレンマ”です。

では、役員としては、「適正な在庫水準」をどのように考えればよいのでしょうか。以下、役員が理解しておくべき在庫戦略について解説していきます。

業界平均保有期間から在庫の適正水準を探る

適正な在庫水準とは、会社のビジネスモデルに応じて、「必要なもの」が、「必要なとき」に、「必要な場所」で、「必要な量」だけ、確保されている状態と言い換えることができます。要するに「ムダを排除する」ということであり、在庫に責任を有する役員が目指すべき目標といえます。

しかし、実際のところ、在庫の適正水準は業種によって大きく異なり、会社の置かれた環境や採用した在庫戦略によっても異なります。そのため、自社の在庫の適正水準を算出することは容易ではありません。日々の業務の中で様々な在庫管理の手法を検討し、試行錯誤しながら“最適解”を求めていくことになります。

在庫管理の成果を測定する一般的な指標としては、・・・

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“在庫のジレンマ”を解決するサプライチェーン・マネジメント

一口に「適正な在庫水準」と言っても、話はそう単純ではありません。在庫管理の手法は古くから研究の対象となっており、単に「過剰な在庫を持たない」という視点だけでなく、「適正水準自体を抜本的に引き下げられないか」という観点からの試みが繰り返し研究されてきました。冒頭で紹介したカンバン方式はそのような研究の成果の一例であり、ジャスト・イン・タイム生産方式(必要な物を、必要なときに、必要な量だけ生産する生産方式)の代表的手法とされています。この他にも、サプライチェーン・マネジメント( SCM )、 ABC 分析、ベンダー・マネジメント・インベントリー( VMI )、ダイナミック・バッファー・マネジメント( DBM )・・・

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需要予測の合理性の検討は念入りに

では、ムダな在庫を生まないために重要となる「需要予測」は、どのように実施すればよいのでしょうか?

需要予測には、下記のような手法があります。

1.統計的需要予測 (1)移動平均法
「過去の一定期間の売上の平均」を出すことにより当期の需要を予測する方法
(2)指数平滑法
移動平均法に類似した方法で、前期実績値と前期予測値を加重平均することにより当期の需要を予測する方法
(3)重回帰モデル
人口動向や所得水準の変化、販管費の投下量などの各指数の中から、需要との“相関関係”がある複数の要因に着目して予測する方法(ちなみに、一つの要因のみに着目するのは単回帰モデル)
2.成長曲線モデル 製品の一般的なライフサイクルや普及モデルから需要を導き出す方法
3.人的予測 営業マンの経験に基づく方法
4.マーケティング調査 不特定多数の消費者からのアンケート等

上記の方法に加え、・・・

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「計画」が適正在庫実現のカギに

需要予測ができたら、それを基礎にして販売計画を策定します。次に、販売計画から逆算して生産計画、調達計画(部品、商品など)、設備投資計画(生産ラインや店舗など)、要員計画(工員、営業マンなど)を作成していきます。取締役としては、それぞれに不整合が生じないようマネジメントするとともに、関係部署および外注先や仕入先といった取引先のコンセンサスを得ずに策定することがないよう連絡体制やフィードバックの体制を整備・運用しながら、これらの計画を作成していく必要があります。

特に自社の都合通りにはならないことが多いのが生産計画です。例えば仕入先の状況によって原材料の調達に制限が生じることもあり、そうなれば、生産が需要拡大に追い付かず、「売り逃し」が生じることにもなりかねません。したがって、生産計画を作る際には、「どこで」「何を」「いつ」作るのかを製造指図書に落とし込めるレベルまで細かく計画しておきます。さらに、仕入先や得意先等関係する会社との間で売れ行きの動向や原材料の調達状況などの情報をタイムリーに交換し、状況に一定程度の変化が生じる都度、販売計画および生産計画等を見直します。こうした情報交換をスムーズに行うため、関係する会社間で統一した生産管理システムを導入し、各社がアクセスできる体制を構築するケースも増えているようです。

それらの計画を立てる際には、例えば ・・・

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最適発注の実現に向けて

この他にも適正在庫を実現するために多くの手法が開発され、実際に利用されています。その中で、取締役として押さえておきたいものを紹介します。これらの手法は、在庫の全体最適を実現するためのサプライチェーン・マネジメントにおいて、購買部門が管理している原材料、製造部門の仕掛品、営業部門が管理している製品在庫など各部門における在庫の最適化を図るために有用な分析ツールです。

(ABC分析)
上述した ABC 分析は、元々は在庫管理の手法であり、適正在庫実現にも極めて有効です。ABC 分析による在庫管理では、まず管理対象の製商品を、業績への貢献度(売上や利益率)に応じて、「A(重点管理品目)」「B(中程度管理品目)」「C(一般管理品目)」の3つに分類します。重要度の高いものほど管理に工数をかけて管理精度を高め、ムダな在庫や欠品が生じないようにするのが狙いです。

例えば、ある工場では1,000品目の材料を保有しており、・・・

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物流の見直しが在庫削減につながる

在庫削減を実現するためには、“物流”の見直しも欠かせません。倉庫自体のロケーションや倉庫内の置き場所を見直し、納入先への運送時間や出荷のための作業時間を短縮することにより物流のスピードを早めることができれば、納品までのリードタイムが短縮され、結果的に在庫が削減されることにつながります。

もっとも、物流のスピードアップには細かなノウハウの積み重ねが必要となり、自社だけで実現できるスピードアップには限度があります。先進的な事例を・・・

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在庫削減で予想される現場の抵抗~そのとき取締役がとるべき行動は?

ここまで、「いかに在庫のムダをなくすか」という観点から解説してきましたが、余分な在庫を一切発生させないようにすることは容易ではありません。

業種によって程度の差はありますが、在庫は保有しているうちに品質が劣化し、商品価値が低下します。また、品質は変わらずとも、洋服や半導体のように、流行遅れや著しい性能の向上により、売れ残っている間に在庫が陳腐化し、商品価値が低下してしまうものもあります。

このように販売時期を逃すと、仕入価格や製造原価を下回る「廉価販売」か、それでも買い手がつかなければ廃棄を余儀なくされることになり、廃棄損が発生します。

会計基準では、・・・

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2015/01/04 【事業管理】在庫を適正水準に保ちたい (会員限定)

 

「在庫の圧縮」はもはや会社経営の常識に

近年、会社経営においては「在庫の圧縮」が声高に叫ばれています。これはなぜでしょうか?

その前に、ここでいう「在庫」について整理しておきましょう。「在庫」は会社にとっての資産であり、貸借対照表の資産の部に計上されます。貸借対照表に計上された「在庫」は「単価 × 数量」により計算されていますので、一口に「在庫が増える」と言っても、その要因は「在庫数量の増加」と「購入単価の上昇」の2つに分けて考えることができます。このうち後者の「購入単価の上昇」については、先物取引、長期購入の契約締結、為替予約の締結(海外からの仕入れの場合)といった手法の活用で、ある程度は防ぐことができますが、仕入先の事情やマクロ経済の影響(例えば物価の上昇)など自社ではコントロールできない要因による影響も少なくありません。そこで、「在庫数量の増加」を抑える、すなわち「在庫の圧縮」「適正在庫」を実現するためには、「数量」のコントロールがより重要になります。

在庫が多いということは、それだけ経営上のリスクが増すことを意味します。すなわち、在庫の相場が下落すれば含み損失が発生し、想定外の安値で在庫を処分せざるを得ないというリスクを負うことになります。また、在庫が多いと陳腐化したときの評価損も多額になってしまいます。さらに、在庫は現物資産であるため、事故や盗難リスク、火災・地震等の被災リスクとそれによる保険料の上昇、さらに外貨建購入の場合、買掛金の為替リスクの問題もあります。

在庫が増加すれば、資金繰りへの悪影響も懸念されます。在庫が増えるということは、それを購入する為の資金が必要になるため、手許資金の減少要因となるからです。例えば、在庫が3億円あるとします。これは、3億円の資金が形を変えて倉庫に眠っていることを意味します。また、その資金が手持ちで足りない場合は、通常は銀行借入れでまかなう必要があり、その結果、支払利息が追加で発生してしまいます。資金余力がない企業では、在庫水準が資金繰りに大きな影響を与えてしまいます。

さらに、在庫は保管スペースを必要とするので、営業倉庫を借りる場合は倉庫の賃借料が発生します。一方、その在庫を自社の工場内や店舗内に保管する場合は、倉庫の賃借料の支払いは発生しません。しかし、本来その場所は生産や販売が可能なスペースでした。それにもかかわらず、付加価値を生む見込みのない在庫の保管場所として使用することで、「管理会計」上は機会損失という目に見えないコストが発生していることになります。

機会損失 : 収益を上げるチャンスを逃してしまった場合における、獲得できなかった利益のこと。ここでは、在庫の保管場所を使って、生産や販売を行えば獲得することができたはずの利益を指す。

このように在庫を持つことは、様々なコストやリスクを負担することを意味します。それが、会社経営において「在庫の圧縮」が声高に叫ばれる理由と言えます。なお、上述した「在庫を持つデメリット」と表裏一体になりますが、「在庫圧縮によるメリット」を整理すれば以下のとおりです。

(在庫圧縮によるメリット)
・製商品の相場下落、陳腐化による損失リスクの減少
・事故、盗難、被災リスクの減少
・資金繰り改善
・借入金の支払利息減少
・在庫保管コストの減少

こういったメリットを追求するために、有名なトヨタのカンバン方式をはじめとして、多くの企業が様々な工夫により在庫削減に取り組んでいます。

カンバン方式 : 作り過ぎのムダ、在庫のムダなど“7つのムダ”を徹底的に排除し、できるだけ在庫を持たずに、「必要なものを、必要な量だけ、必要な時に」生産する手法。部品の補充を知らせる帳票を「カンバン」ということが名称の由来である。

在庫削減を追及すると陥る“在庫のジレンマ”

ただ、いかなる場合でも在庫を削減すべきなのかと言うと、一概にそうとも言えません。在庫圧縮には大きなメリットがある一方で、デメリットも少なくないからです。

例えば小売業では、多くの品種を大量に揃え、「あの店に行けばいつでも何でもある」ということを店の“ウリ”の一つとする場合がありますが、在庫を圧縮すれば、このウリもなくなってしまいます。

在庫削減のデメリットが生じるのは、小売業だけではありません。東日本大震災の際に仕入先が被災し部品や原材料が供給されなくなり、自社工場自体は被災していなくても部品・原材料不足を原因として製品の製造が不可能になり、製造がストップしてしまった企業が少なくありませんでした。震災前に在庫圧縮に取り組んでいた企業ほど、再稼働に遅れが生じる結果となり、その間に同業他社にシェアを奪われることになりました(「工場が被災した」を参照してください)。このように、在庫圧縮により資金繰りや資産管理の効率性が高まることが期待できる一方で、営業活動や生産活動が阻害され売上や供給の足を引っ張る可能性がある点には留意が必要です。

「在庫圧縮のデメリット」を整理すれば、下記のとおりです。

(在庫圧縮によるデメリット)
・急な需要拡大に対応できない(売り逃し)
・急なトラブル(破損や不具合による顧客からの交換要求やクレームなど)への対応が遅れる
・品切れにより継続的な取引先を失う可能性がある(供給能力に問題ありとみなされる)
・手許の原料や部品を圧縮し過ぎた結果、急な需要拡大に伴う製造増加に応じるだけの原料・部品が不足する事態となり、それがボトルネックとなって製造計画を達成できず、生産現場(工場)の稼働率が低下するリスク
・発注量の減少による仕入先に対する価格交渉力の低下

一方、上記と表裏一体となる「在庫を持つメリット」として以下のようなものが挙げられます。

(在庫を持つメリット)
・受注後すぐに納品でき、品切れによる受注機会の損失を回避できる。
・需要が急に増加しても在庫でまかなえ、需要変動リスクに対応できる。
・流通途中での破損や検収時の不具合発生等、顧客からの交換要求やクレームなどがあってもすぐに代品が提供でき、トラブルがあっても迅速に対応できる。
・生産現場(工場)では部品不足による生産停止、稼働率低下の心配がなくなる。
・販売見込数量がある程度予測できれば、一定期間は在庫になったとしても、一括購入した方が単価交渉を有利に運ぶことができる。

以上のように、在庫を持つことにはメリットとデメリットの両方があります。できれば余裕を持って在庫を確保したい一方、大量の在庫をやみくもに持てば、在庫保有のメリットを超えてむしろ経営上のマイナス要因にもなり得ますので、在庫をどの水準に保つかは、役員にとって非常に悩ましい問題といえます。これがいわゆる“在庫のジレンマ”です。

では、役員としては、「適正な在庫水準」をどのように考えればよいのでしょうか。以下、役員が理解しておくべき在庫戦略について解説していきます。

業界平均保有期間から在庫の適正水準を探る

適正な在庫水準とは、会社のビジネスモデルに応じて、「必要なもの」が、「必要なとき」に、「必要な場所」で、「必要な量」だけ、確保されている状態と言い換えることができます。要するに「ムダを排除する」ということであり、在庫に責任を有する役員が目指すべき目標といえます。

しかし、実際のところ、在庫の適正水準は業種によって大きく異なり、会社の置かれた環境や採用した在庫戦略によっても異なります。そのため、自社の在庫の適正水準を算出することは容易ではありません。日々の業務の中で様々な在庫管理の手法を検討し、試行錯誤しながら“最適解”を求めていくことになります。

在庫管理の成果を測定する一般的な指標としては、「棚卸資産回転期間(在庫回転期間とも呼ばれます)」があります。棚卸資産回転期間とは、棚卸資産の平均的な在庫期間(仕入れから販売されるまでの期間)を示す指標です。下記の算式では「月」を単位としていますので、棚卸資産回転期間が「1」と算出されれば、棚卸資産が仕入れから販売まで「1か月間」という期間にわたり在庫になっていることを意味します。

棚卸資産回転期間=棚卸資産(期首と期末の残高の単純平均)÷(年間売上原価の12分の1)

主な業種別の棚卸資産回転期間は下表のとおりです。

棚卸資産回転期間(平成25年度 財務総合政策研究所 法人企業統計年報 より)

業 種 単位:月
全産業(金融業,保険業を除く) 0.89
製造業 1.22
建設業 1.08
電気業 0.47
ガス・熱供給・水道業 0.36
運輸業,郵便業 0.65
卸売業,小売業 0.73
不動産業,物品賃貸業 2.54
サービス業 0.24

例えば、「不動産業,物品賃貸業」には、開発から分譲まで長期に渡り在庫に多額の投資を行う不動産ディベロッパーが含まれているため棚卸資産回転期間が長くなる傾向がある一方、「卸売業,小売業」には、消費期限が短い商品を扱う食品業者が多く、これらの業者は在庫を多く保有しないため棚卸資産回転期間が短くなる傾向にあります。「製造業」は、棚卸資産回転期間の上昇や在庫水準が高くなると、生産を減らして対応することがあります。その場合、今まで製造のために必要としていた部材や設備等への需要が減少し、それが他の業種にも波及していくと経済が縮小局面に入ることになります。

自社の在庫水準が業界の平均値より極端に高いか、あるいは極端に低い場合、役員としてはその理由を検討してみるべきです。その際、単に平均値と比較するのではなく、自社の在庫戦略(在庫を持つメリットと持たないメリットのどちらを優先するか)が、中長期的に自社の企業価値を向上させるものかどうかの検討も重要となります。例えば、パソコンメーカーのDELLは、1990年代後半に、他社が見込生産を行うために在庫を多く抱えている状況の中、顧客ニーズに合わせて必要なソフトのみをインストールしたカスタマイズパソコンを、受注から4日で納品するビジネスモデルを確立しました。このビジネスモデルでは、在庫保有が少量で済むため、在庫保有による資金負担、在庫の管理コストや処分費用を抑えることができます。これにより、他社よりも安い価格で製品を提供することができ、当時のパソコン市場における同社のシェアを大きく伸ばしました。

また、取締役にはライバル社の財務諸表を入手し、棚卸資産回転期間を算定し比較することも求められます。自社の在庫水準の妥当性を判断する材料になるだけでなく、ライバル社の在庫戦略やライバル社が抱える問題点を分析する足がかりにもなります。例えば、ライバル社の在庫金額が過大になっており、資金繰りが苦しい状況であれば、在庫一掃のため価格競争を仕掛けてくる可能性が高いと言えます。取締役としては、自社も低価格戦略で応戦するのか、あるいは付加価値の高い製品で差別化を図り高価格を維持するのか、対応策を練る必要があります。

“在庫のジレンマ”を解決するサプライチェーン・マネジメント

一口に「適正な在庫水準」と言っても、話はそう単純ではありません。在庫管理の手法は古くから研究の対象となっており、単に「過剰な在庫を持たない」という視点だけでなく、「適正水準自体を抜本的に引き下げられないか」という観点からの試みが繰り返し研究されてきました。冒頭で紹介したカンバン方式はそのような研究の成果の一例であり、ジャスト・イン・タイム生産方式(必要な物を、必要なときに、必要な量だけ生産する生産方式)の代表的手法とされています。この他にも、サプライチェーン・マネジメント( SCM )、 ABC 分析、ベンダー・マネジメント・インベントリー( VMI )、ダイナミック・バッファー・マネジメント( DBM )といった手法が普及しています。

まず、サプライチェーン・マネジメントから見て行きましょう。サプライチェーン・マネジメント(供給連鎖管理)とは、原材料の調達から生産、販売、物流までの一連の流れを文字通り「チェーン(=連鎖)」ととらえ、一体的に管理しようというマネジメント手法です。在庫はその各プロセスの“間”に生じることになりますが、サプライチェーン・マネジメントでは、原料の調達から生産、販売、物流に関わるすべての部門や会社が連携し、相互に情報を共有することで在庫のムダをできる限りなくすという“全体最適()”を目指します。要するに、事業の効率性(過剰在庫の解消)と売上増大(欠品リスクの回避)という2つの相矛盾するテーマ(在庫のジレンマ)を同時に達成する“バランス”のとれた在庫量を実現しようというのがサプライチェーン・マネジメントです。

 全体最適とは、全体としてもっとも適した状態にあることを指します。これに対して、部分最適とは、部門や会社といった一つひとつの単位では適した状態であっても、各単位を統合した全体としては、必ずしも最適な状態とはなっていない状態を指します。

過剰在庫の解消と欠品リスクの回避を同時に達成するためには、供給量をいかに適切に決定するかということがポイントになります。供給量の決め方には、需要サイドの情報から供給量を決めていくという“需要ありき”の考え方である「プル型」と、はじめに供給量を決めて、それをどんどん売っていくという“供給ありき”の考え方である「プッシュ型」の2つがあります。この点、プッシュ型は「作れば次から次に売れる」高度経済成長期に適した考え方です。低成長時代の昨今、サプライチェーン・マネジメントにおける供給量は「プル型」、すなわち“需要ありき”の考え方を基本として決定されるべきです。

もっとも、需要から供給量を決めるといっても、製造業のように生産にそれなりの時間がかかる場合には、ある程度の“見込み生産”が必要になってきます。したがって、「需要予測」とそれに基づく「生産・販売計画」をできる限り正確に策定することが非常に重要となります。その上で、スムーズな物流方法を確立し、さらに、それらがうまく機能する情報システム( ERP=Enterprise Resource Planning:人、物、金などの経営資源を統合して管理するシステム)を整備することで、サプライチェーン・マネジメントの精度が高まり、在庫の削減効果が期待できます。

また、 ABC 分析とは、製品、部品や商品といった管理対象となる在庫をその重要度に応じて3つに分類し、それぞれに異なった管理方法を適用する手法です。一方、ベンダー・マネジメント・インベントリー( VMI )とは、需要予測に基づき適正在庫量を決めるのではなく、「実際の入庫実績」により動的に適正在庫量を変化させていく手法です。また、ダイナミック・バッファー・マネジメント( DBM )とは、そもそも適正在庫水準の割り出しを行うという発想ではなく、“仕入先の協力”を得て購買スキームを根本的に変更するという手法です。これらの手法については、「最適発注の実現に向けて」を参照してください。

需要予測の合理性の検討は念入りに

では、ムダな在庫を生まないために重要となる「需要予測」は、どのように実施すればよいのでしょうか?

需要予測には、下記のような手法があります。

1.統計的需要予測 (1)移動平均法
「過去の一定期間の売上の平均」を出すことにより当期の需要を予測する方法
(2)指数平滑法
移動平均法に類似した方法で、前期実績値と前期予測値を加重平均することにより当期の需要を予測する方法
(3)重回帰モデル
人口動向や所得水準の変化、販管費の投下量などの各指数の中から、需要との“相関関係”がある複数の要因に着目して予測する方法(ちなみに、一つの要因のみに着目するのは単回帰モデル)
2.成長曲線モデル 製品の一般的なライフサイクルや普及モデルから需要を導き出す方法
3.人的予測 営業マンの経験に基づく方法
4.マーケティング調査 不特定多数の消費者からのアンケート等

上記の方法に加え、季節的変動や価格、得意先からのヒアリング情報も加味して最終的に需要予測を決定します。当然、予測が完璧に的中することはないため、多少は外れてしまうことを前提として、「安全在庫」の分も含めて少し多めに在庫を持っておく必要があります。

なお、営業部門が需要予測を作成している場合は、その合理性について注意を払わなければなりません。営業部門は、実際には需要が細っているにもかかわらず、需要予測の変更や予算の変更になかなか応じない傾向にあります。売り逃しを発生させたくないという意図があることも背景にあります。その結果、年度後半になって増えた在庫を圧縮するために急激な生産調整(生産の抑制)をかける羽目になってしまうことがあります。極端なケースでは、年度前半では工場のフル稼働により休日出勤や残業手当といった人件費が増加したにもかかわらず、年度後半では生産調整のためラインの多くが停止され工場の稼働率が大幅に低下した結果、工員が自宅待機になってしまうといった迷走を余儀なくされる場合もあります。コストの観点から、製造量の急激な変動は好ましくありません。人件費の性質(基本給は固定費。残業分は変動費)を考慮すると、安定した操業度を維持する方が人件費を抑えることができます。また、上記の極端なケースでは、年度前半では不要な在庫の分だけ過大な在庫コストを負担していることになります。さらに過大な在庫数量に合わせて倉庫スペースを確保している場合、年度後半では不要な倉庫スペースに関するコストの分だけ負担がのしかかっていることになります。

このように需要予測が甘いと、会社は不要なコスト(残業代や不要な在庫に関するコスト)の負担を強いられます。また、後述するように需要予測は販売計画や生産計画の出発点になるものです。そこで取締役としては、営業部門が作成した需要予測の合理性について慎重に確認しておく必要があります。

「計画」が適正在庫実現のカギに

需要予測ができたら、それを基礎にして販売計画を策定します。次に、販売計画から逆算して生産計画、調達計画(部品、商品など)、設備投資計画(生産ラインや店舗など)、要員計画(工員、営業マンなど)を作成していきます。取締役としては、それぞれに不整合が生じないようマネジメントするとともに、関係部署および外注先や仕入先といった取引先のコンセンサスを得ずに策定することがないよう連絡体制やフィードバックの体制を整備・運用しながら、これらの計画を作成していく必要があります。

特に自社の都合通りにはならないことが多いのが生産計画です。例えば仕入先の状況によって原材料の調達に制限が生じることもあり、そうなれば、生産が需要拡大に追い付かず、「売り逃し」が生じることにもなりかねません。したがって、生産計画を作る際には、「どこで」「何を」「いつ」作るのかを製造指図書に落とし込めるレベルまで細かく計画しておきます。さらに、仕入先や得意先等関係する会社との間で売れ行きの動向や原材料の調達状況などの情報をタイムリーに交換し、状況に一定程度の変化が生じる都度、販売計画および生産計画等を見直します。こうした情報交換をスムーズに行うため、関係する会社間で統一した生産管理システムを導入し、各社がアクセスできる体制を構築するケースも増えているようです。

それらの計画を立てる際には、例えば ABC 分析(後述します)の導入など在庫管理の方法にも配慮すべきです。 ABC 分析とは、製品、部品や商品といった管理対象となる在庫をその重要度に応じて3つに分類し、それぞれに異なった管理方法を適用することです。ABC 分析により業績への貢献度が高いとされた製商品(Aランク)については、欠品すると利益に与えるマイナスの影響が大きくなるため、欠品しないように発注頻度を増やす必要があります。発注頻度を増やすことで平均在庫金額を減らすことが可能になります。一方、Cランクの製商品であれば、管理コスト削減のために発注頻度を抑えるべきです。重要なものとそうでないものとが同じ管理方法になっていないか、もし管理方法が同じだとしたらそれで合理的といえるか、一度見直してみるべきです。

また、販売計画策定時には、販売戦略およびこれに関連した在庫戦略の見直しも合わせて検討したいところです。例えば、高付加価値品は受注生産(受注して製造に入るため製品としての在庫はゼロ)にして細かいカスタマイズも行い、品質の良さによって顧客満足度を高める戦略を採る一方で、普及品や主力製商品は消費者の手元にすぐに届くよう在庫を厚めに持っておき、逆に、あまり数が出ない製商品は在庫を減らすか思い切って取り扱いをやめる、といった具合です。このような見直しによりトータルの在庫金額を減らすことも期待できるでしょう。

最適発注の実現に向けて

この他にも適正在庫を実現するために多くの手法が開発され、実際に利用されています。その中で、取締役として押さえておきたいものを紹介します。これらの手法は、在庫の全体最適を実現するためのサプライチェーン・マネジメントにおいて、購買部門が管理している原材料、製造部門の仕掛品、営業部門が管理している製品在庫など各部門における在庫の最適化を図るために有用な分析ツールです。

(ABC分析)
上述した ABC 分析は、元々は在庫管理の手法であり、適正在庫実現にも極めて有効です。ABC 分析による在庫管理では、まず管理対象の製商品を、業績への貢献度(売上や利益率)に応じて、「A(重点管理品目)」「B(中程度管理品目)」「C(一般管理品目)」の3つに分類します。重要度の高いものほど管理に工数をかけて管理精度を高め、ムダな在庫や欠品が生じないようにするのが狙いです。

例えば、ある工場では1,000品目の材料を保有しており、すべての品目について、発注点を在庫2週間分、発注頻度を毎週として調達していました。

発注点 : これ以上在庫が減ったら発注を行うという在庫水準。安全在庫(万が一に備えて最低保有すべき在庫)に「注文してから届くまでのリードタイム(日)に1日当たりの平均出庫量を乗じた量」を加味して算定する。

今までの調達方法
品目数:1,000
発注点:2週間分
発注頻度:毎週 
平均在庫:2.5週間分
月の発注数:4,000回
(品目数1,000 × 4)

この工場で、材料の調達方法に ABC 分析を適用すると、以下のようになります。まず、下表のとおり、材料をクラス別に分類します。

分析結果
クラス 品目数 品目数の割合 在庫金額 重要度
10 10% 70%
20 20% 20%
70 70% 10%
合計 100 100% 100%

この分析結果を利用し、在庫の重要度に応じて、下表のとおり、発注点、発注頻度を変更して調達を行えば、毎月(4週間)の発注数は4,000回から2,200回に、在庫金額を従来の80%に削減することができます。

分析後に実施したクラス別調達
クラス 品目数 発注点 発注頻度 平均在庫(週間) 発注数 在庫金額
100 1週分 毎週 1.5 400 42%
200 2週分 隔週 3 400 24%
700 3週分 隔週 3.5 1,400 14%
合計 1,000 2,200 80%

(注)発注数:品目数 × 1か月(4週間)の発注回数(クラスAは4回、B・Cは2回)
   在庫金額:在庫金額の割合 × (変更後の平均在庫/当初の平均在庫)

この調達方法の実践にあたり、重要度の高いクラスAに属する品目は、発注点を引き下げたことに伴って欠品リスクが高くなるため、より工数をかけた管理()が必要となります。一方、重要度の低いクラスCに属する品目は、発注点を引き上げたため、今までより管理工数をかけなくとも済むようになります。

 発注頻度を増やした結果、発注に関する工数や欠品を防ぐための在庫管理の工数が増えるため、在庫管理業務を担う担当者を増やすか、自動発注システムを導入するといったコスト負担が生じる場合もあります。

このように重要な製商品とそうでないものとを区別して発注点や発注頻度を変えることで、在庫削減を実現することが可能になります。取締役としては、在庫すべてに同じ管理方法を適用していないか、仮にABC分析を適用し発注頻度等を変更してみると在庫金額を削減することが可能かどうかを検討してみるべきです。

(ダブルビン法)
上述したとおり、ABC分析で重要度の低いクラスCに属する品目については、管理工数をかけない管理手法を採用する必要があります。

この点、実務では、「ダブルビン法」という比較的簡単な発注方法が普及しています。これは、2つのビンがあるとして、片方が空になった時点で1本発注するというやり方で、「不定期定量発注」と言われる手法です。いつでも簡単に仕入れができる材料・部品や商品に適しています。また、2つのビンや2つの棚を使うため、あまりスペースを取らないということも重要になってきます。汎用的なネジやバネなどの部品が代表例です。

例えばコンビニエンスストアをはじめとする小売業では、多品種を取り扱っているため、在庫量のチェックや発注に手間がかかります。そこで、あらかじめ在庫管理システムに基準在庫量を登録しておき、それを下回ったら自動で一定数を仕入先に発注するというシステムを導入しているケースが珍しくありません。これはダブルビン方式、すなわち不定期定量発注をシステム化したものと言えるでしょう。

ダブルビン方式では仕入れの量が一定ですが、このダブルビン方式の“変形版”として、在庫が一定の残高を下回った時点で、その都度必要量を判断して発注する「不定期“不”定量発注」という方法もあり、不定期定量発注と同様に実務で広く採用されています。

いずれの発注方法でも、最低限の残高が常に維持されるため欠品の心配がない上、「売れたら補充する」という考え方に立っているため、過剰在庫を防止できます。ただし、発注が行われることとなる在庫の残高や発注数量自体が適切なものかどうかは別問題です。これらの数量は上述の需要予測(「需要予測の合理性の検討は念入りに」「「計画」が適正在庫実現のカギに」を参照してください)に基づいて作成した販売生産計画をベースに決めていくことになります。

一方、需要予測に基づかずに適正在庫量を求める手法が、次の「ダイナミック・バッファー・マネジメント」です。

(ダイナミック・バッファー・マネジメント: DBM )
ダイナミック・バッファー・マネジメントにおける「バッファー」とは「適正在庫量」を指しています。したがって、ダイナミック・バッファー・マネジメントを和訳すれば、「動的適正在庫管理」となります。

この手法では需要予測に基づき適正在庫量を決めるのではなく、「実際の入庫実績」により適正在庫量を変化させていきます。すなわち、定期的な発注日を設け、「その日の実在庫」と「適正(と考えられている)在庫量」の差を発注量としつつ、その差を記録しておいて、その差が小さい状態(=発注量が少ない状態)が一定期間続いた場合には適正在庫量を引下げ、逆に差が大きい状態(=発注量が多い状態)が一定期間続いた場合には適正在庫量を引き上げます。例えば、適正在庫が100と設定されているにもかかわらず、実際の毎回の発注量が10前後しかないのであれば、その9倍にも相当する90前後の在庫が生じていることになりますから、「そもそも100も在庫を抱えておく必要はないのではないか」と考え、適正在庫の水準を引き下げます。逆に、毎回100近い発注量があるのであれば、ちょっとした需要増でいつ欠品になってもおかしくありませんので、適正在庫量を引上げます。このように適正在庫量を動かしていく点が「動的」と称される理由です。単純ともいえる発想ですが、実務的には効果を上げているようです。

製造部門や販売部門等の現場の主張する適正在庫量は、保守的な量(過剰在庫)になりがちです。そこで、適正在庫量の妥当性の検討自体がしばらく行われていないのであれば、取締役は、製造部門等に対して実際の入庫量と在庫数の比較してみるよう指示を出し、在庫の削減の可能性を模索するべきです。

(ベンダー・マネジメント・インベントリー: VMI )
ここまで紹介した手法はいずれも、いかにして「適正在庫水準」を把握するかということに重点が置かれていましたが、ベンダー・マネジメント・インベントリー( VMI = Vender Management Inventory(供給業者による在庫管理))はそもそも適正在庫水準の割り出しを行うという発想ではなく、“仕入先の協力”を得て根本的に購買スキームを変更するという方法です。

日本には昔から「富山の薬売り方式」といわれる販売手法があります。これは、セールスマンが各家庭を訪問して常備薬を一通りそろえた薬箱を置いていき、セールスマンが次回に訪問した時までに使用した分だけの代金を支払うというものです(その際、使った分の薬を補充していきます)。この方式では、薬の所有権は薬が使われるまでは販売側にあり、使われた時点で消費者に移るとともに、代金の支払義務が発生します。

ベンダー・マネジメント・インベントリーもこれに近いもので、仕入先に所有権を残した状態で、自社倉庫に在庫を保管してもらうという手法です。そして、倉庫からモノを取り出した時点で仕入れたことになり、「自社在庫」となります。仕入先には中期的な生産計画と出庫情報をリアルタイムで提供し、あらかじめ定めた数量が常に倉庫に保たれるよう在庫管理を依頼します。要するに、自社で在庫を持たずに欠品のリスクもなくせるという、仕入れる側にとってはかなり“おいしい”取引形態と言えます。逆に仕入先は、在庫が膨らんでしまい、もし突然の仕様変更があった場合には、一気に在庫が陳腐化してしまうというリスクを抱えることになります。とはいえ、あらかじめ定められた数量さえ下回らなければよいのですから、仕入先側で生産計画や発送量、発送時期を調整することができ、また継続した安定的な取引が期待できますので、仕入先にとってもデメリットばかりではありません。

ベンダー・マネジメント・インベントリーに似た手法にコック方式があります。コック方式は、仕入先に所有権を残した状態で買い手の倉庫に一定水準の在庫が維持されるように供給してもらい、使用した分だけ仕入先に支払う購買方式です。水道管の蛇口のコックを開けて必要量だけ入手しようという考えから、コック方式と名付けられました。

このように、一見すると在庫の効率的な管理という側面からは非常に優れた仕組みに見えるベンダー・マネジメント・インベントリー(またはコック方式)ですが、これらの仕組みは「仕入先に負担を押しつけ、サプライチェーンの中での利益を奪い合いしているに過ぎない」と指摘されることもあります。役員としては、これらの方式の導入に際して、仕入先に在庫リスクを押しつける手法は自社の企業理念に整合しているのかを自問すべきです。

なお、コック方式は、下請法の適用がある会社間では、認められていない方法です。コック方式の場合、ベンダー・マネジメント・インベントリーと異なり、買い手の中期的な生産計画や出庫情報が下請事業者に提供されないため、買い手がどれだけ在庫を使うのか、実際に使った後でないと下請事業者には分かりません。そのため、下請事業者は、いつ買い取ってもらえるかわからない在庫を買い手の倉庫に置いておくことになります。つまり、下請事業者は注文書や納期がない状況で、いつ買い取ってもらえるかわからない在庫を常に一定の水準に維持するように納入しなければならず、納入から下請代金受領日までが長期になってしまうこともあります。これが下請法の禁止する下請事業者への書面の交付義務違反や代金の支払遅延に該当してしまうため、下請法の適用がある会社間では認められないことになります。

物流の見直しが在庫削減につながる

在庫削減を実現するためには、“物流”の見直しも欠かせません。倉庫自体のロケーションや倉庫内の置き場所を見直し、納入先への運送時間や出荷のための作業時間を短縮することにより物流のスピードを早めることができれば、納品までのリードタイムが短縮され、結果的に在庫が削減されることにつながります。

もっとも、物流のスピードアップには細かなノウハウの積み重ねが必要となり、自社だけで実現できるスピードアップには限度があります。先進的な事例を熟知し、多数のノウハウを有する専門業者にコンサルティングを依頼することや、場合によっては物流業務そのものをアウトソーシングすることも検討に値します。

また、例えば倉庫のロケーションを分散させるか集中させるかの選択、配送回数や配送方法といった物流の再構築の際には、物流コストとのバランスや自社製品の強み、成長戦略との関係も踏まえて検討を行う必要があります。例えば、事業上、重要なメーカーの顧客が、注文してから短期間で納品されることを強く要望しており、その要望に応えることで集中購買先に選定されれば、今後の大幅な売上増加が期待できるとします。この場合、顧客の工場近くに新たな物流拠点を新設した方が、注文から納品までのリードタイムを短縮することができ有力な顧客の要望に応えることができます。その際には、物流拠点の投資および在庫増加というコスト負担と売上増加を秤にかけて検討を行うことになります。取締役としては、「木を見て森を見ず」に陥らないよう、「在庫削減」という視点だけではなく、全社的な視点をもって経営判断を行うようにしましょう。

在庫削減で予想される現場の抵抗~そのとき取締役がとるべき行動は?

ここまで、「いかに在庫のムダをなくすか」という観点から解説してきましたが、余分な在庫を一切発生させないようにすることは容易ではありません。

業種によって程度の差はありますが、在庫は保有しているうちに品質が劣化し、商品価値が低下します。また、品質は変わらずとも、洋服や半導体のように、流行遅れや著しい性能の向上により、売れ残っている間に在庫が陳腐化し、商品価値が低下してしまうものもあります。

このように販売時期を逃すと、仕入価格や製造原価を下回る「廉価販売」か、それでも買い手がつかなければ廃棄を余儀なくされることになり、廃棄損が発生します。

会計基準では、期末をはさんで継続して保有している在庫についても、期末日ごとに時価評価を行い、廉価販売とならざるをえない場合は「市場で販売可能な価格」まで、また廃棄せざるをえない場合は「0円」まで、帳簿価額を減額することが求められています。また、「半年滞留すれば25%、1年滞留すれば50%」といった具合に、滞留期間に応じた評価損を機械的に計上している会社も少なくありません。ただし、この方法で評価できるケースは、棚卸資産の評価に関する会計基準によると、滞留または処分見込みの在庫の様に営業循環過程から外れた在庫で、かつ、その在庫の価値を合理的に算定することが困難な場合に限定されています。

営業循環過程 : 「材料→仕掛品→製品→売上債権→現預金→材料」といった通常の製造・販売プロセスを指す。

もっとも、陳腐化に伴う評価損を計上しようとすると、在庫を処分することにより生じる損失に責任を負わされる部署(営業部署、購買部署など)から「頑張ればまだ売れる!評価損を計上する必要はない!」といった抵抗が起きることが予想されます。しかし、経理担当の取締役としては、そういった抵抗に屈することなく、営業部署や購買部署へ「在庫が陳腐化していないこと」の立証を求め、立証できない場合は粛々と陳腐化に伴う評価損を計上すべきです。陳腐化した在庫の評価損を計上しないことは、粉飾決算になってしまうからです(詳細は「在庫の増減が目に付く」を参照してください)。

在庫評価に際して可能な限り恣意性を排除するために、経理担当の取締役は、在庫評価に係る社内規程を整備し、ルールに従った運用を徹底するようにします。この社内規程は、棚卸資産の評価に関する会計基準に従ったものでなければなりません。棚卸資産の評価に関する会計基準は、売上原価等の払出し原価と期末在庫価額を算定するための“評価方法”や期末に在庫の時価が下がっていた場合における“評価基準”を定めています。“評価方法”は、個別法、先入先出法、平均原価法、売価還元法、最終仕入原価法の中から、業種、棚卸資産の種類、性質等を考慮して選択や適用することとされています。また、“評価基準”は、期末に保有する在庫の“時価”が取得原価と比べて低下している場合にその分を評価損として計上することとされています。これらを踏まえて社内規程の中で、在庫の評価方法や時価の算定方法を定めておく必要があります。

ただ、棚卸資産の“時価”の具体的決定方法など、会計基準で細かく規定されているわけではない項目については、会社のビジネスの実態に応じて決定することになります。例えば、時価の変動が激しい業種では、期末の時価が突発的に異常な水準になることもあるため、期末前1か月間の平均売価を時価とすることで、異常な水準の時価の影響を緩和することができます。こうした会社独自の事項は、取締役が中心となり営業部門や製造部門へのヒアリングを踏まえて、十分に検討したうえで決めるべきです。また、一度決めたルールが陳腐化してないか、取締役および監査役は随時確認し、必要に応じて見直しを図るようにしましょう。

もちろん、評価損の計上を避けることができれば、それに越したことはありません。そのためには、取締役は、自社にとって最適な在庫管理手法は何かを追求し、それを現場に実践させることに尽力する必要があります。具体的には、在庫管理の責任者を指定し、在庫責任を明確化したうえで、在庫管理の成果を指標(例えば在庫回転期間、入庫後一定期間を経過している滞留在庫の金額等)を用いて測定・分析させ、取締役に報告させることで、在庫削減の結果も出やすくなると考えられます。

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2015/01/04 チェックリスト:在庫を適正水準に保ちたい (会員限定)

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■チェックリスト:在庫を適正水準に保ちたい

チェック事項 備考 対応未了 対応済
役員は、自社在庫の適正水準という意識を保有しているか。 自社の棚卸資産回転期間を算定して、同業種の平均やライバル社のそれと比較してみる。
取締役は、自社に適する合理的な在庫管理手法を検討し、実践させているか。 カンバン方式等のジャスト・イン・タイム生産方式サプライチェーン・マネジメント( SCM )、 ABC 分析、ベンダー・マネジメント・インベントリー( VMI )、ダイナミック・バッファー・マネジメント( DBM )といった手法がある。
在庫は、安全在庫に需要予測を積み上げた水準になっているか。
需要予測に基づき在庫管理を実施している場合、取締役は需要予測の方法とその結果を把握しているか。 需要予測が甘いと、余計なコストの負担を強いられることになる。
取締役は、販売計画と生産計画をはじめとするその他計画に不整合が生じないようにマネジメントしているか。
取締役は、販売計画や生産計画等の策定に際して、関係部署および外注先や仕入先といった取引先のコンセンサスを得ずに策定することがないよう連絡体制やフィードバックの体制を整備・運用しているか。
生産計画は、「どこで」「何を」「いつ」作るのかを製造指図書に落とし込めるレベルまで細かく計画したものとなっているか。
原材料の調達状況の変化や販売計画に変更がある都度、生産計画を見直しているか。 仕入先や得意先等関係する会社との間で統一した生産管理システムを導入することも考えられる。
生産計画の策定に際しては、あわせて在庫管理の方法を見直すことの要否も検討したか。
販売計画策定時には、販売戦略およびこれに関連した在庫戦略の見直しの要否も検討したか。
取締役は、適正在庫量の検討がしばらく行われていない場合、製造部門等の在庫に責任を持つ部門に対して実際の入庫量と在庫数の比較を指示しているか。
ベンダー・マネジメント・インベントリーやコック方式を採用する場合、役員は、それが自社の企業理念と整合しているのかどうかを検討したか。 これらの仕組みは「仕入先に負担を押しつけ、サプライチェーンの中での利益を奪い合いしているに過ぎない」との指摘もあり、注意が必要である。
コック方式を採用する場合、下請法の適用がある会社は除外するようにしているか。 コック方式は、下請事業者への書面の交付義務違反や代金の支払遅延になってしまうため、下請法の適用がある会社に対しては採用し得ない。
在庫削減という観点から、物流体制のスピードアップを図るため、倉庫の配置方法、配送方法について、適時見直しが行われているか。 コンサルティング会社や専門業者の活用も視野に入れる必要がある。
取締役は「在庫削減」という視点だけではなく、全社的な視点をもって経営判断を行っているか。
取締役は、在庫評価に係る社内規程を制定し、そのルールに従った運用を徹底させているか。 在庫を処分することにより生じる損失に責任を負わされる部署からの抵抗を排除し、恣意的な会計処理を行わせないためにも、ルールの明確化が必要になる。
取締役および監査役は在庫評価に係る社内規程が陳腐化していないかどうか、随時見直しを図っているか。
取締役は、自社でもっとも効率的な発注方法・在庫管理方法について検討し、担当部門に実践させているか。
取締役は、自社に最適な在庫の管理指標を明確にしているか。
取締役は、在庫の管理責任者を指定し、在庫責任を明確化したうえで、適時、在庫管理の成果を測定・分析し、取締役宛に報告させているか。

ケーススタディ役員実務「在庫を適正水準に保ちたい(会員限定)」はこちら

2015/01/01 【2014年12月の課題】コーポレートガバナンス・コードへの対応:解答(会員限定)

「例示」に過度に縛られず、「趣旨」を踏まえた対応を

 上場企業としてまずやらなければならないのは、各コードの趣旨を十分に理解し、「いつまでに」「どのような実務対応が必要か」を洗い出すことです。

 実務対応については担当部門のスタッフが検討することになるにしても、「どうしてそのコードが策定されることになったのか」「投資家・マーケットの期待はどこにあるのか」といった各コード策定の背景・経緯や趣旨については、役員自身が十分に理解しておかなければなりません。

 コーポレートガバナンス・コードの大きな特徴の1つとして、「プリンシプルベース・アプローチ」が採用されているということが挙げられます。プリンシプルベース・アプローチの下では、用語の一つひとつに厳密な定義があるわけではなく、また例示されている対応方法も、その通りに実施することが求められているわけではありません。この点を踏まえれば、コードで「~すべき」と規定されている事柄についても、具体的にどのような対応をすればその規定の趣旨を満たすことになるのか、社内で十分に検討することが不可欠となります。コードの実施にあたっては、コードの其処彼処(そこかしこ)にちりばめられた「例示」につい引きずられてしまいそうですが、例示に過度に縛られることなく、その「趣旨」を合理的な範囲で解釈して、適用開始に向けた準備を着実に進める必要があります。

プリンシプルベース・アプローチ : 大まかな原理・原則だけを定め、細かな運用は現場の判断に任せるという規制方法のこと。プリンシプルベース(原則主義)の反意語は「ルールベース(細則主義)」である。

コードの一部を実施しない場合には市場からの“不当な評価”に要注意

 また、コードのもう1つの特徴が、「コンプライ・オア・エクスプレイン(コードを実施するか、実施しない場合にはその理由を説明せよ)」という規制の手法です。

 この規制手法の下では、企業がコードの一部を実施しないことも想定されますが、コードでは「一部を実施していないことのみをもって、実効的なコーポレートガバナンスが実現されていない、と機械的に評価することは適切ではない」とされています(コーポレートガバナンス・コード原案の序文中『「プリンシプルベース・アプローチ」及び「コンプライ・オア・エクスプレイン」』の12参照)。企業としては、この考え方が株主・投資家サイドにも十分浸透して欲しいところですが、必ずしもそうなるとは限りません。したがって、コードの一部を実施しない場合には、投資家・市場サイドからの“不当な評価”につながらないよう、その内容を株主に理解してもらうためにはどのような説明が必要なのかを十分に検討するとともに、説明のタイミングにも配慮しなければなりません。

 基本的にコードの中で「開示」が求められているもの(例えば【原則1-4.いわゆる政策保有株式】では、「上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための基準を策定・開示すべきである。」としている)は、証券取引所に提出する「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」(以下、コーポレートガバナンス報告書)に記載することになります。コーポレートガバナンス報告書は「変更があれば遅滞なく提出」(売上高や従業員数等の更新変更は定時株主総会の日以後遅滞なく提出)することになっているため、ほとんどの上場企業は株主総会直後にコーポレートガバナンス報告書を提出しています。このコーポレートガバナンス報告書の提出をもって「説明」とすることも考えられますが、コードの一部を実施しないとなれば、株主総会で質問を受けることも十分想定されますので、それに備えてどのように説明するか準備しておく必要があるでしょう。また、コードの一部を実施しないということは重要な情報ですので、もし株主総会前に株主や投資家に議案等を説明する機会があるのであれば、早めに伝えておくのも手です。

 また、コードで策定が求められる「方針」については(例えば【原則1-3.資本政策の基本的な方針】では、「上場会社は、資本政策の動向が株主の利益に重要な影響を与え得ることを踏まえ、資本政策の基本的な方針について説明を行うべきである。」としている )、コードで開示が求められていないものであっても、株主からの質問に備えて、ある程度説明できるようあらかじめ準備しておく必要があります。

コーポレートガバナンス・コードへの対応に「猶予期間」も

 コードの適用開始時期は6月1日とされていますが、コードの内容が確定するのは2015年3月上旬であり、そこから6月1日のコード適用開始までの時間は非常に限られています。もちろん、多くの上場企業は、平成27年1月23日までパブリックコメントに付されている原案をベースに実質的な準備を始めているとはいえ、原案が公表されてから半年にも満たない期間での十分な対応は容易ではありません。

 このような状況を踏まえ、コーポレートガバナンス・コード原案の序文中「本コードの適用」の15には、適用時期に関する特別の取扱いが盛り込まれています。具体的には、特に体制整備に関するコードについて、実施する意思があったとしても完全な実施が難しい場合には、「適用開始に向けて真摯な検討や準備作業を行った上で、なお完全な実施が難しい場合に、今後の取組み予定や実施時期の目途を明確に説明(エクスプレイン)することにより、対応を行う可能性は排除されるべきではない」とされています。これは必ずしも適用初年度に限られる話ではなく、また実施時期についても、必ずしも明確な予定ではなく「目途」を示すことでよいことになっています。もちろん、実施する意思があることを表明した上での「エクスプレイン」ですので、いつまでも実施しないことが許されるというものではありませんが、今後コーポレートガバナンス・コードへの対応を図る上で、「一定程度の猶予がある」ことは認識しておくべきです。時間がない中で拙速に方針を作成するよりも、猶予期間を活用し、検討に十分な時間をかけた方が、結果として株主や投資家の納得を得られるものが作れる可能性は高いと言えます。

 なお、6月の株主総会で選任された役員(特に社外取締役)もコーポレートガバナンス・コードに関する検討に参加すべきとの声を受け、今年度のコーポレートガバナンス報告書(少なくともコード対応の記述分)の提出時期は例年より遅らせることも検討されている模様です。こちらの動向にも注意したいところです。