海外子会社におけるガバナンスの強化としては、社内諸規則・規程の整備、内部統制システムの構築、リスク管理体制の整備、財務報告体制の整備、資産保全体制の整備などを行います。一つずつ見て行きましょう。
(1)社内諸規則・規程の整備
社内諸規則・規程(以下、規程)は、定款、取締役会規則、職務権限規程、稟議規程、就業規程、給与規程・退職金規程・年金規程、経理規程、勘定科目処理要領、金銭・資金取扱規程、市場リスク管理規程、外国為替取引管理規程、販売管理規程、製品在庫管理規程、生産管理規程、原価計算規程など多岐に渡ります。
海外子会社においてこれらの規程を整備する際には、 親会社の規程を参考にするのがよいでしょう。ただし、子会社は親会社と比べると人的リソースが不足しがちであることから、親会社の規程をそのまま子会社に展開してしまうと、規模の割には重い規程となりかねません。さらに、現地の法令や海外子会社独自の事情への対応も必要となるため、親会社の規程をそのまま直訳することはできない条項もあります。そこで、親会社の規程を現地の実情に合わせるためのカスタマイズが不可欠となります。
カスタマイズを進めると、その反面として独自性が強まり、親会社のコントロールが難しくなってくるのも事実です。そこで、カスタマイズする場合であっても、親会社のコントロールが効くように規則・規程の内容を親会社の経営理念や行動基準を踏まえた内容にして、これを海外子会社に浸透、周知徹底を図るのがよいでしょう。
(2)内部統制システムの構築
我が国の財務報告に係る内部統制報告制度では、海外子会社であっても、重要性が高ければ(*)、その海外子会社の内部統制について経営者が評価しなければなりません。評価は、全社的な内部統制の評価で済む場合もありますが 、場合によっては業務プロセスの評価まで必要になることもあります。全社的な内部統制の整備であれば、統制環境に対して全社的な観点から内部統制を整備することになります。一方、業務プロセスに係る内部統制の整備では、売上取引や仕入取引といった主要な業務プロセスについて内部統制を整備することになります。そのうえで、整備された内部統制が適切に運用されているかどうかを評価しなければなりません。このように、財務報告に係る内部統制報告制度に基づき経営者の評価対象に加えられた海外子会社では、評価対象外となった海外子会社よりも一層内部統制を整備・運用することが必要になります。
財務報告に係る内部統制報告制度 : 上場会社の経営者が、自社の財務報告に係る内部統制を評価した報告書を財務(支)局に提出し、それについて監査法人等が監査をするという制度。平成20年4月1日以後開始する事業年度から適用されている。
全社的な内部統制の評価 : 財務報告全体に重要な影響を及ぼす内部統制のこと。「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」では、参考として42項目のチェックポイントが示されている。
業務プロセス : 販売や購買等の業務に関する仕事の流れのこと。
統制環境 : 内部統制を取り巻く環境のこと。例えば次のようなものがある。経営者の誠実性および倫理観、経営方針および経営戦略、組織構造および慣行等が該当する。
* 例えば、「当該海外子会社の売上高」の「連結売上高」に占める割合が高い場合が考えられます。
海外子会社の内部統制を整備するうえで重要になるのは、「内部牽制」(お互いが監視・チェックしあうことで、不正やミスの発生を防ぐ仕組み)が働くような体制を作ることです。特に「購買」の業務プロセスでは、発注・検収・支払の担当者が同一だと、例えば水増し発注のような不正につながりかねませんので、発注・検収・支払の業務ごとに担当者を分けて、お互いにチェックし合う(牽制が効く)体制を整備することが必須となります。もちろんこうした不正は日本企業においても起こり得ることですが、会社へのロイヤリティ(忠誠心)が低くなりがちな海外子会社では、国内子会社よりも不正発生リスクが高いと考えておいた方がよいでしょう。
また、「販売」の業務プロセスでは、営業の担当者と債権管理の担当者が同一だと、例えば、架空売上のような不正につながりかねませんので、営業担当者と債権管理の担当者は分けて、お互いにチェックし合う体制にします。さらに、得意先の与信管理についても適切な方法を確立する必要があります。具体的には、取引開始前に調査会社を用いた与信調査を実施するとともに、得意先を信用状況に応じてランク分けして、それぞれに与信限度額を設け、売掛金残高がその与信限度額に収まるようにしたり、信用状況の低いところとは現金取引や取引保証金を積んでもらったりすることなどが考えられます。
(3)リスク管理体制の整備
リスク管理体制の整備としては、まず、紛争や係争に対応する体制の整備が挙げられます。例えば、テロや地域紛争等による社会的混乱が生じた際に、顧客への対応や従業員の安全確保等をどのように進めるのかについて、方針や体制をあらかじめ整備しておくことが必要となります。とりわけ治安が悪化している地域では、社員が身代金目的で誘拐される事態も現実味を帯びたリスクとして考慮しなければなりません。また、海外で事業活動を展開する中で、知的財産権、製造物責任、環境、労務等さまざまな法的問題で訴訟を起こされるリスクがありますので、そのリスクに対応した体制を整えることも重要です。
大型の自然災害も考慮しなければならないリスクです(*)。例えば、製造設備の損傷や電気・水道・物流等の社会インフラの機能の低下に備えて、製造拠点や物流拠点を複数持ったり、自家発電設備等の備えをしておいたりといったことが考えられます。
* 自然災害については、竜巻、ハリケーン、津波、洪水など国によって起こりやすいものが異なりますので、それに合わせた対策が必要です。
また、情報漏洩などを防止するため電子情報に係るセキュリティ体制も整備しておくべきです。子会社において情報漏洩が起これば、親会社や企業グループ全体に影響が及ぶ可能性があります。もっとも、上場会社でも、国内子会社全体に対して情報セキュリティ体制を整備できている会社はいまだ一部にとどまっています。さらに海外子会社まで含めた体制を構築できている上場会社となると、その数はもっと少なくなります。その背景には、M&Aで取得した海外子会社などはそもそも情報管理の体系が全く異なっていることや、法令や政府の規制の問題、翻訳の問題、海外子会社の社員の意識の問題などがあります。そのため、日本の親会社と同じレベルの情報セキュリティ体制を海外子会社に求めることは容易ではないでしょう。ただ、情報漏洩などはセキュリティの弱いところから発生するのが常であり、この状態を放置すれば、いつか事故が発生する可能性があります。実際、日本企業の海外子会社による情報漏洩事故は毎年のように発生しています。
こうした事態を防ぐためには、少なくとも、親会社が導入している情報セキュリティの基準のうち主要なものについては海外子会社に導入させるべきです。そのうえで、現地の法令や規制に応じて必要なカスタマイズを行います。また、匿名による意見箱の設置や内部通報制度も構築するのが望ましいでしょう。
海外子会社への情報セキュリティ体制の導入にあたっては、経済産業省の「情報セキュリティガバナンス導入ガイダンス」が参考になります。また、グローバルなネットワークを持つ情報セキュリティ導入支援会社を活用することも考えられます。
その他、税務当局から何らかの指摘を受けた場合、特に海外子会社間の取引について移転価格税制に関する指摘を受けた場合には、親会社への報告はもちろんのこと、親会社の顧問税理士および現地の税務専門家への相談も含めて早急に対応をすることが望まれます。移転価格税制では税額が巨額に上るうえ、(再び移転価格税制が適用されないようにするため)今後の取引価格も再考せざるを得ないなど、業績への影響が大きいからです。
移転価格税制 : グループ取引において低税率国から高税率国への輸出価格を不当に高くし、グループ全体の税負担を減らすような租税回避を防ぐため、通常の取引価格が行われたと仮定して課税を行う制度
(4)財務報告体制の整備
財務報告体制の整備として重要なのは、親会社への財務報告が適切な会計基準により行える体制を整備することです。具体的には、親会社が定めたグループアカウンティングポリシー等に基づいた財務報告ができるように、海外子会社の経理部門の人数を増やしたり、教育訓練を行ったりすることが考えられます。
グループアカウンティングポリシー : 連結グループで統一して適用される会計方針や具体的な会計処理の方法・手続きについて文書化されたもの
また、例えば未出荷売上など特殊で通例でない取引があるような場合には適時に親会社へ報告するようになっていることが必要です。そのためには、どのような取引が特殊で通例でない取引なのかを海外子会社の担当者へ例示しておき、そのような取引が生じた際には親会社へ必ず報告するように指示しておくといった対応が考えられます。
なお、子会社からのレポートだけでは、不正会計や業績悪化の兆しなどは発見するのは困難といわざるを得ません。こうした場合、子会社の取引を直接監視するようなシステムを導入したり、親会社からの内部監査や監査役監査を抜き打ちで行ったりすることなどが有効な場合もあります。
(5)資産保全体制の整備
資産保全体制の整備は、海外子会社の役員や従業員による着服やずさんな管理による会社財産の滅失を防止するために行われるものです。具体的には、預金・有価証券残高と金融機関への残高証明書との照合(*)、役員等への資金の貸付についての承認プロセスの明確化や契約書の整備、棚卸資産の実地棚卸の実施、固定資産の台帳と現物との照合などを行うことになります。これらの仕組みは親会社には内部統制の一環として当然に備わっている仕組みですので、親会社の内部統制と同様の仕組みを海外子会社にも導入することになります。もちろん、費用対効果の視点も重要であり、親会社とまったく同じレベルの仕組みを導入しなければいけないわけではありません。資産保全の観点からリスクを見極めたうえで、必要な統制を導入していくこととなります(従業員の着服については「従業員が会社の金を着服していた」を参照してください)。
* この照合を担当者に任せては、「誤謬」を防ぐことはできても、「不正」を防ぐことはできません。担当者以外の者(担当者の上長や親会社における海外子会社を管理する部門)が、残高証明書の原本に基づいて照合を実施すべきです。