概要
牛丼の「すき家」やファミリーレストラン「ココス」などの外食業をグループ各社で展開する株式会社ゼンショーホールディングス(東証第一部)の子会社である株式会社ゼンショーで、「すき家」店舗の労働環境の悪化などにより従業員・アルバイトの離反や採用難が生じた。これにより、店舗クルーを確保できなかった一部店舗で一時閉店や深夜・早朝営業の休止に追い込まれた。
クルー : 「すき家」では、店舗の「役職なし」のアルバイトを指す。
経緯
「すき家」の労働環境改善に関する第三者委員会の調査報告書(2014年7月31日付)公表までの経緯を時系列で示すと、次のとおり。
<2011年>
10月13日:「すき家」では、深夜の時間帯でのワンオペレーション(一人勤務体制)により、強盗被害が多発していた。そこで、ゼンショーホールディングス社は深夜の時間帯のワンオペレーションを順次解消する旨リリースした(実際には深夜の時間帯でのワンオペレーションは、第三者委員会の報告書の公表日現在、いまだ解消されていない)。
<2011年から2014年にかけて>
・離職率が年々悪化:新卒社員が入社から2年以内に離職する率は、次のとおり悪化している。
2010年入社:33.1%
2011年入社:39.7%
2012年入社:45.7%
・在籍社員が増えない中で、新店オープンが相次ぐ(2014年3月の店舗数は「すき家 月次売上推移 (2014年3月期)」より引用)。
| 店舗数 | 在籍社員 | |
| 2011年4月 | 1,572 | 575 |
| 2014年3月 | 1,984 | 571 |
・その結果、管理監督者でない社員やクルーの残業時間が著増した。
(管理監督者でない社員の残業時間ごとの人数)
管理監督者 : 労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいう。労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限を受けない。
クルー : 「すき家」では店舗の役職なしのアルバイトを指す。
| 0~60時間未満 | 60~100時間未満 | 100~120時間未満 | 120~160時間未満 | 160時間以上 | |
| 2011年4月 | 273 | 98 | 30 | 23 | 8 |
| 2014年3月 | 133 | 129 | 58 | 75 | 42 |
(クルーの残業時間ごとの人数)
| 60~100時間未満 | 100~120時間未満 | 120~160時間未満 | 160時間以上 | |
| 2011年4月 | 596 | 114 | 75 | 32 |
| 2014年3月 | 1,125 | 268 | 229 | 82 |
なお、上記残業時間はあくまで自己申告の時間数であり、実際はこれ以外にサービス残業時間が相当存在するものと思われる。
<2014年>
「すき家」の店舗運営を任されているクルーには学生が多く、就職などを理由に毎年2月から3月にかけて大量に退職する。そのため、同時期の人繰りは毎年厳しいものがあった。とりわけ2014年はクルーの応募状況が前年比70%と低調で、都心を中心に人手不足になっていた。それにもかかわらず、「すき家」の新店オープンが相次いでいた。
2月14日:新メニュー「牛すき鍋」が投入されるも、手間がかかるメニューであるため現場のオペレーションが混乱し、クルーの不満が高まった。
2月7日~16日:全国規模で記録的な大雪となり、交代するはずのクルーが交通機関の途絶などにより出勤できないため、交代ができないまま長時間の勤務を続けざるをえないクルーが続出した。中には48時間連続で勤務する者もおり、現場が疲弊していった。
2月~4月:厨房機器などの施設の不具合や人手不足による従業員の採用難により、すき家123店舗(2014年4月12日現在)で一時休業や時間帯休業の措置をとった。これ以外にも124店舗について22時から9時までの深夜・早朝営業を休止した。
4月28日:「すき家」の労働環境改善に関する第三者委員会が設置される。
6月20日:「すき家」の労働環境改善に関する第三者委員会の調査報告書を会社が受領し、公表。
内容・原因・改善策
第三者委員会の調査報告書によると、本件の主な問題点の内容・原因および改善策は次のとおりである。なお、関連ニュース「経営陣の2つのこだわりが招いた過重労働の負のスパイラル」も参照。
過重労働
| 内容 | ・社員およびクルーが36協定を大幅に超える過重労働が常態化していた。 ・過重労働により社員およびクルーの体調不良、精神疾患、居眠り運転による交通事故などが多発し、従業員満足度が低下し、社員およびクルーが退職する原因となっていた。 36協定 : 「さぶろくきょうてい」と読み、労働基準法36条に基づく労使協定を指す。会社が労働者に1日8時間、1週40時間(第32条)の法定労働時間や週1回の休日を超えた時間外労働を命じる場合には、労使間で協定を締結し、労働基準監督署長に届け出る必要がある。 |
| 原因 | ・社員の定着率が低いにもかかわらず、新規出店が相次ぎ、人手が慢性的に不足していた。 ・労働組合が結成されており(社員加入率は100%)、約3か月に一度の頻度で労使協議会が開催されている。それにもかかわらず、労使協議会の場で労働組合から長時間労働解消に関する具体的申し入れがなされたことはなかった。 |
| 改善策案 | <一定時間以上の長時間労働の絶対的禁止のルール化とその実現のための体制整備> ・1日当たり、1週間当たり、1か月当たり、のそれぞれに一定時間以上の長時間労働を絶対的に禁止するルールを策定する。 ・一定時間以上の長時間労働者に対して強制的に休日をとってもらう。 ・勤務終了時間とその次の勤務開始時間との間に一定の時間間隔の設定を義務付ける勤務間インターバル規制を導入する。 ・人事部が長時間労働を把握した場合、ただちに営業部に通知して長時間労働の是正を指示できることとし、営業部にはその発生原因および是正状況の報告義務を課す。 ・内部監査部および監査役は、上記ルールの順守状況や営業部に対する人事部のモニタリング機能の状況を監査する。 ・人事部および内部監査部に高い能力の社員を十二分に配置する。 <その他> ・投入労働時間に余裕を持たせる。 ・ゼンショーホールディングスのCEOが、「従業員(社員・クルー)を企業の重要なステークホルダーと位置付け、その人権と生活を尊重する」旨の宣言を全従業員に対して表明する。 ・ゼンショーホールディングスのCEOをはじめとする経営幹部が従業員の「現場の声」を真摯に聴き、労働環境の改善に向け対応していくPDCAの仕組みを整備する。 PDCA : Plan(計画)→Do(実行)→Check(チェック)→Act(改善)の繰り返しによる業務の改善。 |
サービス残業
| 内容 | ・管理監督者でない社員やクルーの実際の勤務時間のうち一部が切り捨てられ、対価が支払われていなかった。 ・勤怠報告書に正確な残業時間が記録されていない(サービス残業)。 管理監督者 : 労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいう。労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限を受けない。 |
| 原因 | ・管理監督者でない社員やクルーの労働時間管理は15分単位で行われ、15分に満たない端数時間を切り捨てていた。 ・店舗管理指標として導入されている「労時売上」を意識して稼働するあまり、サービス残業を強制する店舗指導が行われ、店舗でもサービス残業を強制する雰囲気が蔓延していた。 ・労働時間は手書き(自主申告)で記録・管理されていた。 労時売上 : ゼンショー社で導入されている、店舗従業員(アルバイトを含む)一人当たりの1時間当たりの売上金額 |
| 改善策案 | ・15分単位による労働時間管理を改める。 ・タイムカードなど労働時間を客観的に管理するためのシステムを導入する。 |
社員のプライベートの喪失
| 内容 | AM(エリア・マネージャー)など現場に近い社員は、店舗クルーから携帯電話にかかってくる連絡に一日中追われ、仕事から完全に解放されたプライベートの時間を確保できない。
エリア内の店舗(約3~7店舗程度)を管理するマネージャー。「すき家」では、飲食業の直営店でよくみられるような「1店舗に一人正社員を配置する」という社員配置は行わず、AMが複数の店舗を管理している。 |
| 原因 | ・AMは店舗運営の直接的な責任を負っており、たとえ勤務時間外であろうと休日であろうと、店舗クルーからかかってきた携帯電話に対応しなければならない。「すき家」の店舗は24時間営業が基本であるため、携帯電話の対応に一日中追われることになる。 ・「すき家」では自宅における電話対応の時間は労働時間として把握されていない。 |
| 改善策案 | 上述の「過重労働」の改善策案を参照 |
休憩時間の非付与・強盗被害の頻発
| 内容 | ・多忙や交代要員の不足により従業員が休憩を取ることができない。 ・夜間の強盗被害が頻発していた。 |
| 原因 | ・店によっては、深夜時間帯のワンオペレーションが常態化していた。 |
| 改善策案 | ・深夜時間帯のワンオペレーションを早急に解消し、複数勤務体制を確立する。 |
ガバナンス
| 内容 | ・ゼンショー社の労働環境に問題があることがゼンショーホールディングス社の取締役会に伝達されず、その結果ゼンショーホールディングス社の社外取締役がガバナンス機能を果たせなかった。 |
| 原因 | ・ゼンショー社の監査役は非常勤であった(ゼンショーホールディングスの役職と兼務)。 ・ゼンショー社に自律的なガバナンスが不足していた。 ・リスク情報の伝達経路が不明確であった。 |
| 改善策案 | ・ゼンショー社自身によるガバナンスを強化する。そのため、取締役会および監査役会のメンバーを交代(ゼンショーホールディングスの役職員の兼務状態を解消)させ、社外役員の複数導入、あるいは社外の委員を中心としたチェック機関を設置する。 ・リスク情報のしかるべき部署への伝達を義務化し、担当者に対して「リスクをリスクとして認識できる感性」を身につけさせるための特別プログラムを継続的に実施する。 |
その他
| その他の 改善策案 |
・本調査報告書を題材にした対話型・参加型の社内研修の実施 ・労働環境の重要性を啓発する継続的な全社的教育の実施 ・経営幹部の意識を改革するための施策 ・コーポレート・ガバナンスを改革するための施策(上述の「ガバナンス」の改善策案を参照。その他、社外役員、社外委員の実効性ある行動を確保するため、能力の高いスタッフを十二分に配置するなど) ・担当者の権限と責任の明確化のための施策(組織規程・業務分掌規程を整備など) |
<この失敗から学ぶべきこと>
外食ベンチャー企業が30年の歳月を経て業界トップ企業に上り詰めたものの、同社の労務管理体制はベンチャー企業のままでした。会社の規模に応じて労務管理体制を厳しくしていくことの必要性を痛感させられる騒動でした。経営者はついつい「量」の拡大にばかり目を向けがちですが、「質」も伴っているのかを自問自答しなければなりません。
同社の幹部社員には「自分も月500時間働き、会社を大きくさせてきた」という思いが強かったため、「やればできる」「まだ頑張りが足りない」といった精神論が幅を利かせる組織風土が残されたままでした。経営者には、成功体験にとらわれることなく、時代の移り変わりに柔軟に対応する姿勢が望まれます。
社名の「ゼンショー」は創業時からの目標である「フード業世界一」に由来しています(「全部勝つ」の全勝、「善なる商売」の善勝、「禅の心で行う商売」の禅商に由来)。ベンチャー企業当時の緩い骨組みのまま、社員・クルーの犠牲のもとに30年間勝ち続けた企業が、音を立てて内部崩壊したのが今回の騒動であったと言えます。「勝つ」ことは重要ですが、それに社員・クルーの多大な犠牲が伴うのであれば、ひずみが蓄積し、いずれは内部崩壊に至ります。「場合によっては立ち止まる」という余裕が経営には必要です。
今後、同社ではワンオペレーションの解消や残業代の支払いなどの課題解決のために、コストが増加し利益が落ちていくことが容易に予想されます。利益の低下は、まさにコンプライアンス遵守の対価そのものです。より強靭な組織に生まれ変わるための、生みの苦しみとも言えます。同社の今後の復活に期待したいところです。
