2014/08/10 【失敗学第5回】ゼンショーホールディングス社の事例(会員限定)

概要

 牛丼の「すき家」やファミリーレストラン「ココス」などの外食業をグループ各社で展開する株式会社ゼンショーホールディングス(東証第一部)の子会社である株式会社ゼンショーで、「すき家」店舗の労働環境の悪化などにより従業員・アルバイトの離反や採用難が生じた。これにより、店舗クルーを確保できなかった一部店舗で一時閉店や深夜・早朝営業の休止に追い込まれた。

クルー : 「すき家」では、店舗の「役職なし」のアルバイトを指す。

経緯

 「すき家」の労働環境改善に関する第三者委員会の調査報告書(2014年7月31日付)公表までの経緯を時系列で示すと、次のとおり。
<2011年>
10月13日:「すき家」では、深夜の時間帯でのワンオペレーション(一人勤務体制)により、強盗被害が多発していた。そこで、ゼンショーホールディングス社は深夜の時間帯のワンオペレーションを順次解消する旨リリースした(実際には深夜の時間帯でのワンオペレーションは、第三者委員会の報告書の公表日現在、いまだ解消されていない)。

<2011年から2014年にかけて>
・離職率が年々悪化:新卒社員が入社から2年以内に離職する率は、次のとおり悪化している。
2010年入社:33.1%
2011年入社:39.7%
2012年入社:45.7%

・在籍社員が増えない中で、新店オープンが相次ぐ(2014年3月の店舗数は「すき家 月次売上推移 (2014年3月期)」より引用)。

店舗数 在籍社員
2011年4月 1,572 575
2014年3月 1,984 571

・その結果、管理監督者でない社員やクルーの残業時間が著増した。
(管理監督者でない社員の残業時間ごとの人数)

管理監督者 : 労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいう。労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限を受けない。

クルー : 「すき家」では店舗の役職なしのアルバイトを指す。

0~60時間未満 60~100時間未満 100~120時間未満 120~160時間未満 160時間以上
2011年4月 273 98 30 23 8
2014年3月 133 129 58 75 42

(クルーの残業時間ごとの人数)

60~100時間未満 100~120時間未満 120~160時間未満 160時間以上
2011年4月 596 114 75 32
2014年3月 1,125 268 229 82

なお、上記残業時間はあくまで自己申告の時間数であり、実際はこれ以外にサービス残業時間が相当存在するものと思われる。

<2014年>
「すき家」の店舗運営を任されているクルーには学生が多く、就職などを理由に毎年2月から3月にかけて大量に退職する。そのため、同時期の人繰りは毎年厳しいものがあった。とりわけ2014年はクルーの応募状況が前年比70%と低調で、都心を中心に人手不足になっていた。それにもかかわらず、「すき家」の新店オープンが相次いでいた。

2月14日:新メニュー「牛すき鍋」が投入されるも、手間がかかるメニューであるため現場のオペレーションが混乱し、クルーの不満が高まった。
2月7日~16日:全国規模で記録的な大雪となり、交代するはずのクルーが交通機関の途絶などにより出勤できないため、交代ができないまま長時間の勤務を続けざるをえないクルーが続出した。中には48時間連続で勤務する者もおり、現場が疲弊していった。
2月~4月:厨房機器などの施設の不具合や人手不足による従業員の採用難により、すき家123店舗(2014年4月12日現在)で一時休業や時間帯休業の措置をとった。これ以外にも124店舗について22時から9時までの深夜・早朝営業を休止した。
4月28日:「すき家」の労働環境改善に関する第三者委員会が設置される。
6月20日:「すき家」の労働環境改善に関する第三者委員会の調査報告書を会社が受領し、公表。

内容・原因・改善策

 第三者委員会の調査報告書によると、本件の主な問題点の内容・原因および改善策は次のとおりである。なお、関連ニュース「経営陣の2つのこだわりが招いた過重労働の負のスパイラル」も参照。

過重労働

内容 ・社員およびクルーが36協定を大幅に超える過重労働が常態化していた。
・過重労働により社員およびクルーの体調不良、精神疾患、居眠り運転による交通事故などが多発し、従業員満足度が低下し、社員およびクルーが退職する原因となっていた。

36協定 : 「さぶろくきょうてい」と読み、労働基準法36条に基づく労使協定を指す。会社が労働者に1日8時間、1週40時間(第32条)の法定労働時間や週1回の休日を超えた時間外労働を命じる場合には、労使間で協定を締結し、労働基準監督署長に届け出る必要がある。

原因 ・社員の定着率が低いにもかかわらず、新規出店が相次ぎ、人手が慢性的に不足していた。
・労働組合が結成されており(社員加入率は100%)、約3か月に一度の頻度で労使協議会が開催されている。それにもかかわらず、労使協議会の場で労働組合から長時間労働解消に関する具体的申し入れがなされたことはなかった。
改善策案 <一定時間以上の長時間労働の絶対的禁止のルール化とその実現のための体制整備>
・1日当たり、1週間当たり、1か月当たり、のそれぞれに一定時間以上の長時間労働を絶対的に禁止するルールを策定する。
・一定時間以上の長時間労働者に対して強制的に休日をとってもらう。
・勤務終了時間とその次の勤務開始時間との間に一定の時間間隔の設定を義務付ける勤務間インターバル規制を導入する。
・人事部が長時間労働を把握した場合、ただちに営業部に通知して長時間労働の是正を指示できることとし、営業部にはその発生原因および是正状況の報告義務を課す。
・内部監査部および監査役は、上記ルールの順守状況や営業部に対する人事部のモニタリング機能の状況を監査する。
・人事部および内部監査部に高い能力の社員を十二分に配置する。
<その他>
・投入労働時間に余裕を持たせる。
・ゼンショーホールディングスのCEOが、「従業員(社員・クルー)を企業の重要なステークホルダーと位置付け、その人権と生活を尊重する」旨の宣言を全従業員に対して表明する。
・ゼンショーホールディングスのCEOをはじめとする経営幹部が従業員の「現場の声」を真摯に聴き、労働環境の改善に向け対応していくPDCAの仕組みを整備する。

PDCA : Plan(計画)→Do(実行)→Check(チェック)→Act(改善)の繰り返しによる業務の改善。

サービス残業

内容 管理監督者でない社員やクルーの実際の勤務時間のうち一部が切り捨てられ、対価が支払われていなかった。
・勤怠報告書に正確な残業時間が記録されていない(サービス残業)。

管理監督者 : 労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいう。労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限を受けない。

原因 ・管理監督者でない社員やクルーの労働時間管理は15分単位で行われ、15分に満たない端数時間を切り捨てていた。
・店舗管理指標として導入されている「労時売上」を意識して稼働するあまり、サービス残業を強制する店舗指導が行われ、店舗でもサービス残業を強制する雰囲気が蔓延していた。
・労働時間は手書き(自主申告)で記録・管理されていた。

労時売上 : ゼンショー社で導入されている、店舗従業員(アルバイトを含む)一人当たりの1時間当たりの売上金額

改善策案 ・15分単位による労働時間管理を改める。
・タイムカードなど労働時間を客観的に管理するためのシステムを導入する。

社員のプライベートの喪失

内容 AM(エリア・マネージャー)など現場に近い社員は、店舗クルーから携帯電話にかかってくる連絡に一日中追われ、仕事から完全に解放されたプライベートの時間を確保できない。

エリア内の店舗(約3~7店舗程度)を管理するマネージャー。「すき家」では、飲食業の直営店でよくみられるような「1店舗に一人正社員を配置する」という社員配置は行わず、AMが複数の店舗を管理している。

原因 ・AMは店舗運営の直接的な責任を負っており、たとえ勤務時間外であろうと休日であろうと、店舗クルーからかかってきた携帯電話に対応しなければならない。「すき家」の店舗は24時間営業が基本であるため、携帯電話の対応に一日中追われることになる。
・「すき家」では自宅における電話対応の時間は労働時間として把握されていない。
改善策案 上述の「過重労働」の改善策案を参照

休憩時間の非付与・強盗被害の頻発

内容 ・多忙や交代要員の不足により従業員が休憩を取ることができない。
・夜間の強盗被害が頻発していた。
原因 ・店によっては、深夜時間帯のワンオペレーションが常態化していた。
改善策案 ・深夜時間帯のワンオペレーションを早急に解消し、複数勤務体制を確立する。

ガバナンス

内容 ・ゼンショー社の労働環境に問題があることがゼンショーホールディングス社の取締役会に伝達されず、その結果ゼンショーホールディングス社の社外取締役がガバナンス機能を果たせなかった。
原因 ・ゼンショー社の監査役は非常勤であった(ゼンショーホールディングスの役職と兼務)。
・ゼンショー社に自律的なガバナンスが不足していた。
・リスク情報の伝達経路が不明確であった。
改善策案 ・ゼンショー社自身によるガバナンスを強化する。そのため、取締役会および監査役会のメンバーを交代(ゼンショーホールディングスの役職員の兼務状態を解消)させ、社外役員の複数導入、あるいは社外の委員を中心としたチェック機関を設置する。
・リスク情報のしかるべき部署への伝達を義務化し、担当者に対して「リスクをリスクとして認識できる感性」を身につけさせるための特別プログラムを継続的に実施する。

その他

その他の
改善策案
・本調査報告書を題材にした対話型・参加型の社内研修の実施
・労働環境の重要性を啓発する継続的な全社的教育の実施
・経営幹部の意識を改革するための施策
・コーポレート・ガバナンスを改革するための施策(上述の「ガバナンス」の改善策案を参照。その他、社外役員、社外委員の実効性ある行動を確保するため、能力の高いスタッフを十二分に配置するなど)
・担当者の権限と責任の明確化のための施策(組織規程・業務分掌規程を整備など)
<この失敗から学ぶべきこと>

 外食ベンチャー企業が30年の歳月を経て業界トップ企業に上り詰めたものの、同社の労務管理体制はベンチャー企業のままでした。会社の規模に応じて労務管理体制を厳しくしていくことの必要性を痛感させられる騒動でした。経営者はついつい「量」の拡大にばかり目を向けがちですが、「質」も伴っているのかを自問自答しなければなりません。

 同社の幹部社員には「自分も月500時間働き、会社を大きくさせてきた」という思いが強かったため、「やればできる」「まだ頑張りが足りない」といった精神論が幅を利かせる組織風土が残されたままでした。経営者には、成功体験にとらわれることなく、時代の移り変わりに柔軟に対応する姿勢が望まれます。

 社名の「ゼンショー」は創業時からの目標である「フード業世界一」に由来しています(「全部勝つ」の全勝、「善なる商売」の善勝、「禅の心で行う商売」の禅商に由来)。ベンチャー企業当時の緩い骨組みのまま、社員・クルーの犠牲のもとに30年間勝ち続けた企業が、音を立てて内部崩壊したのが今回の騒動であったと言えます。「勝つ」ことは重要ですが、それに社員・クルーの多大な犠牲が伴うのであれば、ひずみが蓄積し、いずれは内部崩壊に至ります。「場合によっては立ち止まる」という余裕が経営には必要です。

 今後、同社ではワンオペレーションの解消や残業代の支払いなどの課題解決のために、コストが増加し利益が落ちていくことが容易に予想されます。利益の低下は、まさにコンプライアンス遵守の対価そのものです。より強靭な組織に生まれ変わるための、生みの苦しみとも言えます。同社の今後の復活に期待したいところです。

2014/08/08 外国人株主比率が高いのに買収防衛策への賛成率も高い会社の特徴

 2014年7月28日のニュース「6月株主総会総括 買収防衛策の導入議案で初の否決、監査役への退職慰労金は過半数割れ寸前に」でもお伝えしたとおり、2014年6月の株主総会では買収防衛策の導入議案への賛成率が著しく低くなっているが、賛成率との相関関係が認められるのが「外国人株主比率」だ。

 例えば、今年6月の株主総会で“史上初の否決事例”として話題になったカプコンの外国人株主比率は4割に迫っている(同社の賛成率からすると、外国人株主の大部分に加えて、国内機関投資家の相当数も反対に回ったとみられる)。

 下表の各社はいずれも外国人株主が4割前後となっている会社の株主総会における買収防衛策への賛成率だが、可決こそ得られたものの、一歩間違えばカプコン同様の状況になっていた可能性がある。

 なお、アシックスでは独立役員である社外取締役が11名中4名を占めているが、結果として、賛成票の獲得にはあまり貢献しなかったようだ。・・・

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2014/08/08 外国人株主比率が高いのに買収防衛策への賛成率も高い会社の特徴(会員限定)

 2014年7月28日のニュース「6月株主総会総括 買収防衛策の導入議案で初の否決、監査役への退職慰労金は過半数割れ寸前に」でもお伝えしたとおり、2014年6月の株主総会では買収防衛策の導入議案への賛成率が著しく低くなっているが、賛成率との相関関係が認められるのが「外国人株主比率」だ。

 例えば、今年6月の株主総会で“史上初の否決事例”として話題になったカプコンの外国人株主比率は4割に迫っている(同社の賛成率からすると、外国人株主の大部分に加えて、国内機関投資家の相当数も反対に回ったとみられる)。

 下表の各社はいずれも外国人株主が4割前後となっている会社の株主総会における買収防衛策への賛成率だが、可決こそ得られたものの、一歩間違えばカプコン同様の状況になっていた可能性がある。

 なお、アシックスでは独立役員である社外取締役が11名中4名を占めているが、結果として、賛成票の獲得にはあまり貢献しなかったようだ。

コード 社名 賛成率
6302 カプコン 47.4%
9697 住友重機械工業 53.2%
5232 住友大阪セメント 55.2%
4063 信越化学工業 55.3%
7936 アシックス 56.0%

 買収防衛策の賛成率と外国人株主比率の相関関係は、これら一部の会社に限ったことではない。2014年1月から6月に開催された200社弱の株主総会における賛成率を外国人株主比率ごとに見ても、外国人株主比率が上昇するに従って賛成率は明確に下降している。

 ただ、その一方で、外国人株主比率の水準と比較して買収防衛策に対する賛成率が高い事例も散見される。例えば積水化学工業は外国人株主比率が38.3%で賛成率は81.0%、曙ブレーキ工業は外国人24.0%で賛成率87.5%、パイロットコーポレーションは外国人23.4%で賛成率85.7%となっている。いずれのケースも、外国人株主の半数程度が賛成票を投じていないと辻褄が合わない。

 3社のROE(2011~2013年)をチェックすると、
積水化学工業は8.1% → 9.4%、
曙ブレーキ工業は-7.0% → 4.8%、
パイロットコーポレーションは8.8% → 13.1%
と、いずれも改善傾向であることが分かる。株主に報いる経営が買収防衛策に信任を与えている可能性はあろう。これは、買収リスクの低減には「株主重視の経営」がもっとも有効という“定説”にも整合する。

 また、外国人株主比率が高い会社で賛成率も高いという場合には、議決権行使助言会社から「賛成推奨」を受けていることも考えられよう(実際、今年の株主総会では、議決権行使助言の最大手ISSが、ある会社1社について買収防衛策の導入議案に賛成推奨している)。

 なお、外国人株主比率は時価総額が大きいほど高い傾向にあり、同比率が30%以上の9社の時価総額を平均すると全体平均の5倍以上にもなる。時価総額が小さく買収されやすい企業は(外国人株主比率が低いため)買収防衛策を導入しやすく、逆に、買収リスクが相対的に低い大規模な企業は(外国人株主比率が高いため)防衛策の否決リスクが高い、という見方もできそうだ。

2014/08/08 夏季休業のお知らせ

誠に勝手ながら、2014年8月13日~15日は事務局の夏季休業となります。ご不便をおかけしますが、何卒ご理解いただきますようお願い致します。

2014/08/07 (新用語・難解用語)ウェアラブル・デバイス

 ウェアラブル(Wearable=着用できる)という言葉のとおり、洋服やメガネ、腕時計のように、身に付けることによって利用されるコンピュータ機器のこと(デバイス(Device)は「装置」「端末」を意味するため、「ウェアラブル端末」と呼ばれることも多い)。

 既に販売されているウェアラブル・デバイスとしては、消費カロリーや心拍数、睡眠時間など様々な活動量を計測することでダイエットやスポーツなどに活用できる「アクティビティ・トラッカー」や、スマートフォンと連動することによりメールの受信やSNSの更新を通知する「スマート・ウォッチ」、視界に入った情報をデータ化してディスプレイに表示し、現実社会の情報を補完する「スマート・グラス」などがある。スマート・グラスでは、目的地に向けて進むべき道を示したり、視界に入った外国語を即座に翻訳して表示するほか、人間の顔を認識してプロフィール表示するといったこともできる。まさに現実世界に情報を“付加”する技術であることから、拡張現実(Augmented Reality=AR)とも呼ばれている。

 さらに最近は、・・・

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2014/08/07 (新用語・難解用語)ウェアラブル・デバイス(会員限定)

 ウェアラブル(Wearable=着用できる)という言葉のとおり、洋服やメガネ、腕時計のように、身に付けることによって利用されるコンピュータ機器のこと(デバイス(Device)は「装置」「端末」を意味するため、「ウェアラブル端末」と呼ばれることも多い)。

 既に販売されているウェアラブル・デバイスとしては、消費カロリーや心拍数、睡眠時間など様々な活動量を計測することでダイエットやスポーツなどに活用できる「アクティビティ・トラッカー」や、スマートフォンと連動することによりメールの受信やSNSの更新を通知する「スマート・ウォッチ」、視界に入った情報をデータ化してディスプレイに表示し、現実社会の情報を補完する「スマート・グラス」などがある。スマート・グラスでは、目的地に向けて進むべき道を示したり、視界に入った外国語を即座に翻訳して表示するほか、人間の顔を認識してプロフィール表示するといったこともできる。まさに現実世界に情報を“付加”する技術であることから、拡張現実(Augmented Reality=AR)とも呼ばれている。

 さらに最近は、医療分野におけるウェアラブル・デバイスの利用が注目されている。まだ販売には至っていないが、米国のグーグルが開発中の「スマート・コンタクトレンズ」では、糖尿病患者の涙から日常的に血糖値を測定することで健康状態を把握したり、老眼の人向けに視力を自動調整する機能が備わることになるという。

 このように身に付けるだけで患者に負担をかけずに生体情報を収集するウェアラブル・デバイスの医療分野での活用は、今後確実に広がっていくだろう。ただ、こうした生体情報はある意味“究極の個人情報”であるため、その利用にあたっては、厳格な情報保護という新たな課題も浮かび上がる。

 とはいえ、“ポスト・スマホ”とも言われるウェアラブル・デバイスという新たな技術の進展は、スマートフォンと同様かそれ以上のビジネスチャンスを企業にもたらす可能性がある。役員としては、ウェアラブル・デバイス関連の新技術や新商品の情報にはアンテナを張っておきたいところだ。

2014/08/06 機関投資家の典型的な要求・質問の背景は?

 近年、機関投資家が企業に「対話」を求める動きが広がっているが、機関投資家が企業に対して行う典型的な要求や質問が以下の3つだ。
(1) 株主還元(配当等)を増やすべき
(2) 投資にはどの程度の収益が見込まれるか
(3) 主たる事業と関連性の薄い事業は売却するべき

 機関投資家と対峙した役員の中には、厳しい要求等に、時には不快感を抱く向きもある。(1)と(2)はともかく、(3)の要求は“理不尽”とさえ感じることもあろう。ただ、機関投資家の要求等には明確な「資本市場の論理」の裏付けがある。そこを理解していれば、機関投資家の要求等の理由が分かり、冷静な対話も期待できるはずだ。

 実はこれらの要求等は、個々の機関投資家の投資収益だけでなく経済成長に深く関わっており、さらに経済成長は株式市場の活性化を通じて機関投資家に収益をもたらすことになる。そこで、まず資本市場の役割について簡単に整理しておこう。

 経済においてもっとも重要な要素の1つが「資源の配分」だ。冷戦時代、共産圏の国々では政府がこれを主導した結果、非効率な部門への資源配分を止められず、経済が大きく停滞し体制崩壊を招いた。一方、この資源の配分を市場に委ねるのが市場経済であり、特に重要なのが資本(カネ)の配分を担う資本市場である。その役割は、資本をもっとも効率的に増大させる(=リターンを生む)と期待される事業への配分を増やし、そうでない事業への配分を減らすことで効率的な経済成長を促すことに他ならない。

 ここで、事業Aと事業Bを想定し、事業Bの方が高い投資収益が期待されると仮定する。資本は「事業B」に重点的に配分されるべきなのは明らかだ。両事業が生み出す収益の再投資についても同じことが言える。以下、(ア)両事業を別々の企業が営むケースと、(イ)1つの企業が営むケースに分けて収益の再投資の流れを見てみよう。

(ア)別々の企業が営むケース
 A社が事業A、B社が事業Bを営んでいるとする。A社が事業Aを通じて生み出した収益は、配当等を通じて投資家に還元された後、投資家の判断でB社を通じて事業Bに配分(投資)される、というステップを経ることになる。しかし、そもそもA社による還元が不十分であれば、このような配分は実現しない。これが投資家による上記(1)の「株主還元(配当等)を増やすべき」という要求の背景だ。一方、投資家はB社への投資に際して、事業Bへの投資の期待収益を確認する必要があり、これが(2)の「投資にはどの程度の収益が見込まれるか」という質問の背景となる。

(イ)1つの企業が営むケース
 次に、C社が両方の事業を行っているケースを考えてみよう。・・・

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2014/08/06 機関投資家の典型的な要求・質問の背景は?(会員限定)

 近年、機関投資家が企業に「対話」を求める動きが広がっているが、機関投資家が企業に対して行う典型的な要求や質問が以下の3つだ。
(1) 株主還元(配当等)を増やすべき
(2) 投資にはどの程度の収益が見込まれるか
(3) 主たる事業と関連性の薄い事業は売却するべき

 機関投資家と対峙した役員の中には、厳しい要求等に、時には不快感を抱く向きもある。(1)と(2)はともかく、(3)の要求は“理不尽”とさえ感じることもあろう。ただ、機関投資家の要求等には明確な「資本市場の論理」の裏付けがある。そこを理解していれば、機関投資家の要求等の理由が分かり、冷静な対話も期待できるはずだ。

 実はこれらの要求等は、個々の機関投資家の投資収益だけでなく経済成長に深く関わっており、さらに経済成長は株式市場の活性化を通じて機関投資家に収益をもたらすことになる。そこで、まず資本市場の役割について簡単に整理しておこう。

 経済においてもっとも重要な要素の1つが「資源の配分」だ。冷戦時代、共産圏の国々では政府がこれを主導した結果、非効率な部門への資源配分を止められず、経済が大きく停滞し体制崩壊を招いた。一方、この資源の配分を市場に委ねるのが市場経済であり、特に重要なのが資本(カネ)の配分を担う資本市場である。その役割は、資本をもっとも効率的に増大させる(=リターンを生む)と期待される事業への配分を増やし、そうでない事業への配分を減らすことで効率的な経済成長を促すことに他ならない。

 ここで、事業Aと事業Bを想定し、事業Bの方が高い投資収益が期待されると仮定する。資本は「事業B」に重点的に配分されるべきなのは明らかだ。両事業が生み出す収益の再投資についても同じことが言える。以下、(ア)両事業を別々の企業が営むケースと、(イ)1つの企業が営むケースに分けて収益の再投資の流れを見てみよう。

(ア)別々の企業が営むケース
 A社が事業A、B社が事業Bを営んでいるとする。A社が事業Aを通じて生み出した収益は、配当等を通じて投資家に還元された後、投資家の判断でB社を通じて事業Bに配分(投資)される、というステップを経ることになる。しかし、そもそもA社による還元が不十分であれば、このような配分は実現しない。これが投資家による上記(1)の「株主還元(配当等)を増やすべき」という要求の背景だ。一方、投資家はB社への投資に際して、事業Bへの投資の期待収益を確認する必要があり、これが(2)の「投資にはどの程度の収益が見込まれるか」という質問の背景となる。

(イ)1つの企業が営むケース
 次に、C社が両方の事業を行っているケースを考えてみよう。このケースは、事業A、事業Bのどちらにどれくらい投資するかの判断がC社に委ねられているという点で、(ア)とは異なる。そして、ここでは、両事業からの収益を再投資する段階で投資家の判断の入る余地がないことが、(3)の「主たる事業と関連性の薄い事業は売却するべき」との要求の背景となる。つまり、投資家がC社による再投資の判断に疑問を持つ場合、一方の事業(通常は投資収益が低いA事業)の売却を迫ることで、投資家の判断を経ずに収益が投資収益の低い事業に再投資されることを回避するとともに、これを投資家に還元させることで、再投資の判断を投資家に委ねるべき、というロジックだ。

 (1)~(3)の要求等は機関投資家自身の投資収益向上に貢献するうえ、(少なくとも理論上は)効率的な経済成長を促す効果も期待される以上、機関投資家との対話では重要なテーマと位置付けられることになる。このような背景を十分に理解したうえで、機関投資家とは「各事業の投資収益」を中心に対話する用意を進めていく必要があると言えよう。

2014/08/05 【2014年7月の課題】シニア人材の活用:解答(会員限定)

再雇用が主流も、一部有力企業は定年の引上げを採用

 「役職定年や定年後のシニア向け制度を導入して賃金を大幅に減額したところ、シニア人材の活気がなくなって困っている」―――そんな悩みを持つ経営者は少なくありません。

 日本の労働人口が減少し、人手不足が慢性化しつつある中、シニア人材をいかに活用できるかが企業経営の明暗を分けるといっても過言ではないでしょう。

 2013年4月から改正高年齢者雇用安定法が施行され、65歳までの雇用確保措置が“義務化”されて1年以上が過ぎましたが、今のところ各企業におけるシニア人材の割合は低いため、同法への対応に苦慮している企業は少数にとどまっています。しかし、だからと言って、「ウチには関係ない」という考えは禁物です。40代中盤前後となったバブル入社世代や35歳前後の団塊ジュニア世代の層が厚い企業は、10~20年後に多くのシニア人材を抱えることは明らかだからです。

 改正高年齢者雇用安定法が求める雇用確保措置には、「再雇用」「定年の引上げ」「定年廃止」の3つがあります。企業はこのうちのいずれかを選択することになりますが、いきなり定年の引上げや廃止を行うことは人件費へのインパクトが大きいため、大半の企業は「再雇用」で対応しているようです。

 再雇用とは、いったん雇用契約を終了した後、再び新たに雇用契約を締結することであり、「嘱託」等として再雇用契約が締結されるのが一般的です。一定の年齢まで雇用するという点では「定年の引上げ」と似ていますが、雇用契約をリセットしない定年の引上げでは上述のとおり人件費がかさむほか、社員数が多い上場企業などでは、人事の停滞を招く恐れ(ポストが空かない状況)があるため、再雇用の方が主流となっています。ただし、 サントリーや大和ハウス工業のような有力企業が、従業員の士気を上げる観点から、改正高齢社雇用安定法の施行(2013年4月1日)と同時に、従来の再雇用制度を廃止し、定年の引上げに切り替えている点は注目されます。

シニア活用のための5つの視点

 では、シニアを“戦力”として活用するために、経営陣としてはどのような点に注意すべきでしょうか。これには主に5つの視点があります。具体的には、(1)業務内容、(2)働き方、(3)処遇、(4)勤務先、(5)意識転換です。以下、それぞれについて説明します。

(1)業務内容
 まず、シニア人材にどのような業務を行ってもらうかを検討する必要があります。シニア人材の業務を類型化すると、生涯現役型(従前通りの業務)、技能伝承型(これまで培った技術・経験を後進に指導)、メンター型(若手の悩みやキャリア相談)、補助業務型(定型的なサポート業務)があります。各人にどの類型が適しているかは、これまで従事してきた職種や各人の能力によっても変わってきます。また、企業のニーズとのマッチングを図ることも重要です。

(2)働き方
 フルタイムかパートタイムかを検討します。具体的には、現役世代並みの業務量をこなしてもらうのか、業務内容やシニアであることを勘案して隔日勤務や短時間とするか、などを検討します。また、シニア人材特有の体力・視力低下等に配慮した環境整備も同時に考える必要があります。

(3)処遇
 (定年到達以降は)全員一律の処遇体系とするのか、個人の成果・能力によりある程度の評価を反映する制度か、あるいは現役世代と同様とするかを検討します。業務内容により処遇体系や評価を反映する方法を変えるという考え方もあるでしょう。なかには、定年制の延長に伴って将来の総額人件費が増加することを考慮し、現役世代の賃金上昇率を抑えるために賃金体系の見直しを行っている企業もあります。

(4)勤務先
 定年前と同じ部署で勤務を続けるか、新たな職場を提供するかを検討します。従前業務での技術・経験・人脈を活かすには、従前の部署で勤務するのが理想的ですが、“立場の逆転”により現場とシニア人材の間で摩擦が生じるのを避けるため、子会社や取引先に異動して従前の業務を行う例も多くなっています。また、シニア人材専門の会社を設立し、定年後は全員そこに転籍させたうえで本社に派遣する形をとり、摩擦を回避する工夫をしている企業もあります。

(5)意識転換
 シニア人材および現場が従前の意識を引きずらないための工夫が十分かどうか、検証します。例えば、キャリア研修を若い時期から定期的に行って「将来」を常に意識させ、自分自身で多様な選択肢を準備できるようにしておくことも重要です。これまで培ってきた自身の能力・経験を生かして転職や独立起業を志向する者に対し、企業が積極的に支援を行うケースもあります。

 以上のような視点を踏まえながら、シニア人材を活用するための制度設計を考えることになりますが、そもそも企業がシニア人材をどう位置付けるかによっても対応は大きく変わってきます。例えば、改正高年齢者雇用安定法の施行ともに速やかに65歳定年に切り替えた企業では、「モチベーションの高いシニア人材がイキイキ働くことは、企業や業績にも良い影響がある」との判断がベースにあったはずです。

 単に改正法が求める法定要件を満たす“人件費圧縮策”を検討するだけなのか、あるいは、シニア人材の活躍により業績にも貢献してもらう仕組みを構築するのか―――後者を選択するならば、画一的な制度ではなく、各人に合った業務内容・働き方・処遇等を考えていくのが望ましいでしょう。この場合、企業はシニア人材に対し、複数の選択肢を準備する必要があります。

 最後に、シニア人材の活用を考える経営陣の方に本を一冊紹介します。「なぜ人と組織は変われないのか」(ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー著、英治出版)に興味深い記載があります。脳科学の世界では「脳の可塑性」という考え方が認められており、人間の脳には生涯を通じて適応を続ける驚異的な能力が備わっているそうです。つまり、人間の知性は一定の年齢で止まるわけではないということです。シニア人材の積極活用を推進しようと考える企業、経営陣にとっては頼もしい考え方と言えるでしょう。