上場準備中の非公開会社では、産業競争力強化法のストックオプション・プール特例を利用することで、株主総会でストックオプションの権利行使価額と権利行使期間を決定せずに、その決定を取締役会に委任できるようになるとともに、取締役会への委任期間も会社法上の「1年」から最大「15年」に延長される。さらに、ストックオプション・プール特例を利用したストックオプションは、税制適格ストックオプションとしての要件を満たしている限りストックオプション税制を活用できることも、経済産業省が公表した解説により明確になった。
産業競争力強化法 : 日本経済の3つの歪みとされる「過剰規制」「過小投資」「過当競争」を是正するため、収益力の飛躍的な向上に向けた事業再編などの企業の取り組みを後押しする法律。
税制適格ストックオプション : 税法が求める要件を満たすことで、権利行使によって株式を購入した時点で生じている含み益(株式の購入価格-ストックオプションの発行費用)への課税が、実際に株式を売却する時点まで繰り延べられる(=株式を購入した時点で課税されない)ストックオプションのこと。具体的な要件としては、無償発行、権利行使期間が「株主総会での発行決議の2年後~15年後までの最大13年間」、行使価格が発行時の時価以上、権利行使金額が「最大で年間3,600万円まで」などがある。
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ただ、一部の専門家からは、ストックオプション・プール特例について「そこまでメリット感を感じない」「使い方によってはせっかくのメリットもなくなる」といった声が上がっている。本稿ではその真偽を検証したい。
まず、ストックオプション・プール特例を利用する「メリット」から確認しておこう。同特例の最大のメリットは、人材確保に資するという点だ。上場準備中の会社(以下、ベンチャー企業)では、役員報酬や給与・賞与を低めに抑える代わりに、ストックオプションの付与で報いることが少なくない。ストックオプションの付与対象者が役員であれば、株主総会で役員の就任決議をするのに併せてストックオプションの付与決議をすることができるが、従業員の場合、採用の都度、株主総会を開催するのは手間となる。また、ベンチャー企業には、自社の成長に不可欠な人材と巡り合った場合には確実に採用できるよう、採用と同時にストックオプションを付与したいとのニーズがある。従業員としても「将来的にストックオプションを発行する計画がある会社」よりも「採用と同時にストックオプションを付与してくれる会社」の方が魅力的に思えるはずだ。実際、将来的にストックオプションを発行する計画と言っておきながら単なる口約束で終わったり、潜在株込みの持株比率が当初の約束と違ったりすることは少なからずある。そこで、ストックオプション・プールを利用して、最初に一度だけ株主総会で付与要件等を決議しておけば、あとは最大15年という猶予期間のうちに取締役会の決議をするだけでストックオプションを付与することが可能となる。株主総会を開催する負担を減らしつつ、採用と同時にストックオプションを付与できるというのは同特例の大きなメリットと言える。
もっとも、ベンチャー企業の場合、もともと株主数が少なく、VC(ベンチャーキャピタル)が入る前のステージであれば、社長やその関係者が株式を100%保有しているというケースが大半となっている。このようなベンチャー企業では、株主総会開催負担といっても、実際のところ大した負担ではない。それよりも、ストックオプション・プール特例を利用するために2か月かけて経済産業省・法務省の両大臣から確認を得たり、同特例利用後に新たに株主となろうとするものおよび新株予約権者に対してストックオプション・プールの存在を通知したりしなければならない方がよほど手間となろう。
また、改正産業競争力強化法21条の19第4項の存在も、ストックオプション・プール特例の利用にあたってネックとなっている可能性がある。
改正産業競争力強化法21条の19
第4項 読替え後の会社法第二百三十九条第一項の決議による委任に基づき、取締役がその募集事項を決定しようとする募集新株予約権について、同項第二号に規定する場合に金銭の払込みを要しないこととすること又は同項第三号に規定する場合の払込金額(会社法第二百三十八条第一項第三号に規定する払込金額をいう。)が、当該募集新株予約権を引き受ける者に特に有利な条件又は金額であるときは、会社法第三百九条第二項の規定による株主総会の決議によって、次に掲げる事項を定めなければならない。この場合において、取締役は、当該株主総会において、当該条件又は金額で当該募集新株予約権を引き受ける者の募集をすることを必要とする理由を説明しなければならない。
一 当該募集新株予約権の行使に際して出資される財産の価額又はその算定方法
二 当該募集新株予約権を行使することができる期間
三 当該募集新株予約権の数の上限
四 当該募集新株予約権の割当日を当該決議の日から一年以内とする旨
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この規定は、ストックオプションの発行がいわゆる有利発行(条件または金額が上記赤字部分の「特に有利な条件又は金額」に該当する場合)に該当する場合には、既存の株主保護の観点から、①権利行使価額、②権利行使期間、③新株予約権の上限、④新株予約権の割当日を当該決議の日から1年以内とする旨を株主総会の特別決議によらなければならない、というもの。せっかく会社法の特例であるストックオプション・プール特例を利用して最大で15年間もの期間、権利行使価額や権利行使期間の決定を取締役会に委任できるにもかかわらず、有利発行をすることで改めて株主総会決議(特別決議)を取り直さなければならないのであれば、ストックオプション・プール特例を利用する意味がなくなる。
有利発行 : 例えば1株当たりの時価が千円のところ5百円で新株を発行するというように、新株や新株予約権の引受人にとって“有利な”価格(無償や時価未満)で新株を発行することをいう。
特別決議 : 議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その出席株主の議決権の3分の2以上の多数による決議。例えば定款変更、事業譲渡、株式の募集、取締役会の途中解任などにはこの特別決議が必要である。
この事態を避けるためには有利発行に該当しないようにしなければならないが、何をもって有利発行に該当するのかについて明確な規定があるわけではない。そこで、有利発行性を否定するために、実務上は第三者機関が発行する株価算定書を入手するとともに、直近の第三者割当時の株価とかけ離れないようにすることが必須となってくる(*)。また、子会社役員・従業員にストックオプションを付与する場合、親会社と子会社役員・従業員との間に役務の提供関係はないという前提の下、念のため有利発行として株主総会決議を得る実務慣行があるが、当該実務慣行への抵触を避けるために、保守的にストックオプション・プール特例を利用した付与対象者を絞る(付与対象者を自社の役員・従業員に限定する)動きが出てくる可能性もあろう。
* ただし、これはストックオプション・プール特例を利用しない場合であっても実務上は必須となるだけに、ストックオプション・プール特例に由来する難点とまでは言えない。
有利発行に見られるリスクを少しでも回避するための一案として、ストックオプション・プール特例を利用しつつ、あえて株主総会において権利行使価額を決めておき(すなわち、取締役会に委任しない。権利行使価額は、その時点では有利発行とならないよう高めの額に設定しておく。新株予約権の割当日を当該決議の日から1年以内としなければならなくなることを避けるため有利発行としての決議はしないが、念のため特別決議の要件を満たす賛成率は確保しておく)、実際のストックオプションの付与を1年以上遅らせるといった使い方(当初は有利発行性がなかった権利行使価額も、付与までの時間の経過により順調に企業価値が上昇していれば、結果として割安な権利行使価額のストックオプションを最大で15年間未付与のまま抱えることが可能。そのうえで、株主総会決議から実際の付与までの間の各従業員の会社への貢献度に応じて、納得感のあるストックオプションの配分ができる。株主総会で既に権利行使価額が定まっている以上、付与対象予定者にとっても権利行使価額が「見える化」され、あとは配分だけの問題となる。有利発行性の問題が蒸し返される可能性は(ゼロではないものの)低く、結果的に信託型ストックオプションと同様の使い方が可能になることも考えられる(信託型ストックオプションの仕組みについては2023年2月13日のニュース「時価発行新株予約権信託を巡る新たな見解」を参照)。
ただし、権利行使価額が付与時の株価時価を下回る場合には税制適格ストックオプションは利用できなくなり、従業員等はストックオプションを行使する時点で給与所得として課税を受けてしまうことになる。それでもなお信託コストがかからないことから、「税制適格ストックオプションの利用」と「信託型ストックオプションの利用」(ストックオプションを行使する時点で給与所得課税)を天秤にかけている企業にとっては、ストックオプション・プール特例の利用が信託型ストックオプションにとって代わる新たな選択肢になる可能性がある。
ストックオプションを巡っては、信託型ストックオプションで実務が先行し、それが後から税務でひっくり返されるという“事件”が起きたのは既報のとおり(信託型ストックオプションを巡る経緯については2023年5月30日のニュース『時価発行新株予約権信託を巡る懸念が現実のものに』を参照)。それだけに、ストックオプション・プールについてもどのようなリスクが潜んでいるかの見極めがつくまでは慎重な姿勢を崩さないスタンスをとる専門家も多い。ストックオプション・プール特例の実務が成熟し、定着するまでは同特例に手を出さないという判断も“あり”と言えそうだ。