2024/09/24 ストックオプション・プール特例に潜むリスク

上場準備中の非公開会社では、産業競争力強化法のストックオプション・プール特例を利用することで、株主総会でストックオプションの権利行使価額と権利行使期間を決定せずに、その決定を取締役会に委任できるようになるとともに、取締役会への委任期間も会社法上の「1年」から最大「15年」に延長される。さらに、ストックオプション・プール特例を利用したストックオプションは、税制適格ストックオプションとしての要件を満たしている限りストックオプション税制を活用できることも、経済産業省が公表した解説により明確になった。


産業競争力強化法 : 日本経済の3つの歪みとされる「過剰規制」「過小投資」「過当競争」を是正するため、収益力の飛躍的な向上に向けた事業再編などの企業の取り組みを後押しする法律。
税制適格ストックオプション : 税法が求める要件を満たすことで、権利行使によって株式を購入した時点で生じている含み益(株式の購入価格-ストックオプションの発行費用)への課税が、実際に株式を売却する時点まで繰り延べられる(=株式を購入した時点で課税されない)ストックオプションのこと。具体的な要件としては、無償発行、権利行使期間が「株主総会での発行決議の2年後~15年後までの最大13年間」、行使価格が発行時の時価以上、権利行使金額が「最大で年間3,600万円まで」などがある。

(関連ニュース)
2024年9月5日のニュース『ストックオプション・プールがスタート、税制適格ストックオプションとして付与可能
2024年7月25日のニュース『ストックオプション・プール導入で、CVCの投資先から「法人」としてストックオプションの付与を受けることも可能に
2024年3月12日のニュース『「ストックオプション・プール」創設へ 上場を目指す子会社やCVCの投資先で活用も

ただ、一部の専門家からは、ストックオプション・プール特例について「そこまでメリット感を感じない」「使い方によってはせっかくのメリットもなくなる」といった声が上がっている。本稿ではその真偽を検証したい。・・・

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2024/09/24 ストックオプション・プール特例に潜むリスク(会員限定)

上場準備中の非公開会社では、産業競争力強化法のストックオプション・プール特例を利用することで、株主総会でストックオプションの権利行使価額と権利行使期間を決定せずに、その決定を取締役会に委任できるようになるとともに、取締役会への委任期間も会社法上の「1年」から最大「15年」に延長される。さらに、ストックオプション・プール特例を利用したストックオプションは、税制適格ストックオプションとしての要件を満たしている限りストックオプション税制を活用できることも、経済産業省が公表した解説により明確になった。


産業競争力強化法 : 日本経済の3つの歪みとされる「過剰規制」「過小投資」「過当競争」を是正するため、収益力の飛躍的な向上に向けた事業再編などの企業の取り組みを後押しする法律。
税制適格ストックオプション : 税法が求める要件を満たすことで、権利行使によって株式を購入した時点で生じている含み益(株式の購入価格-ストックオプションの発行費用)への課税が、実際に株式を売却する時点まで繰り延べられる(=株式を購入した時点で課税されない)ストックオプションのこと。具体的な要件としては、無償発行、権利行使期間が「株主総会での発行決議の2年後~15年後までの最大13年間」、行使価格が発行時の時価以上、権利行使金額が「最大で年間3,600万円まで」などがある。

(関連ニュース)
2024年9月5日のニュース『ストックオプション・プール導入で、CVCの投資先から「法人」としてストックオプションの付与を受けることも可能に
2024年7月25日のニュース『ストックオプション・プール導入で、CVCの投資先から「法人」としてストックオプションの付与を受けることも可能に
2024年3月12日のニュース『「ストックオプション・プール」創設へ 上場を目指す子会社やCVCの投資先で活用も

ただ、一部の専門家からは、ストックオプション・プール特例について「そこまでメリット感を感じない」「使い方によってはせっかくのメリットもなくなる」といった声が上がっている。本稿ではその真偽を検証したい。

まず、ストックオプション・プール特例を利用する「メリット」から確認しておこう。同特例の最大のメリットは、人材確保に資するという点だ。上場準備中の会社(以下、ベンチャー企業)では、役員報酬や給与・賞与を低めに抑える代わりに、ストックオプションの付与で報いることが少なくない。ストックオプションの付与対象者が役員であれば、株主総会で役員の就任決議をするのに併せてストックオプションの付与決議をすることができるが、従業員の場合、採用の都度、株主総会を開催するのは手間となる。また、ベンチャー企業には、自社の成長に不可欠な人材と巡り合った場合には確実に採用できるよう、採用と同時にストックオプションを付与したいとのニーズがある。従業員としても「将来的にストックオプションを発行する計画がある会社」よりも「採用と同時にストックオプションを付与してくれる会社」の方が魅力的に思えるはずだ。実際、将来的にストックオプションを発行する計画と言っておきながら単なる口約束で終わったり、潜在株込みの持株比率が当初の約束と違ったりすることは少なからずある。そこで、ストックオプション・プールを利用して、最初に一度だけ株主総会で付与要件等を決議しておけば、あとは最大15年という猶予期間のうちに取締役会の決議をするだけでストックオプションを付与することが可能となる。株主総会を開催する負担を減らしつつ、採用と同時にストックオプションを付与できるというのは同特例の大きなメリットと言える。

もっとも、ベンチャー企業の場合、もともと株主数が少なく、VC(ベンチャーキャピタル)が入る前のステージであれば、社長やその関係者が株式を100%保有しているというケースが大半となっている。このようなベンチャー企業では、株主総会開催負担といっても、実際のところ大した負担ではない。それよりも、ストックオプション・プール特例を利用するために2か月かけて経済産業省・法務省の両大臣から確認を得たり、同特例利用後に新たに株主となろうとするものおよび新株予約権者に対してストックオプション・プールの存在を通知したりしなければならない方がよほど手間となろう。

また、改正産業競争力強化法21条の19第4項の存在も、ストックオプション・プール特例の利用にあたってネックとなっている可能性がある。

改正産業競争力強化法21条の19
第4項 読替え後の会社法第二百三十九条第一項の決議による委任に基づき、取締役がその募集事項を決定しようとする募集新株予約権について、同項第二号に規定する場合に金銭の払込みを要しないこととすること又は同項第三号に規定する場合の払込金額(会社法第二百三十八条第一項第三号に規定する払込金額をいう。)が、当該募集新株予約権を引き受ける者に特に有利な条件又は金額であるときは、会社法第三百九条第二項の規定による株主総会の決議によって、次に掲げる事項を定めなければならない。この場合において、取締役は、当該株主総会において、当該条件又は金額で当該募集新株予約権を引き受ける者の募集をすることを必要とする理由を説明しなければならない。
一 当該募集新株予約権の行使に際して出資される財産の価額又はその算定方法
二 当該募集新株予約権を行使することができる期間
三 当該募集新株予約権の数の上限
四 当該募集新株予約権の割当日を当該決議の日から一年以内とする旨

この規定は、ストックオプションの発行がいわゆる有利発行(条件または金額が上記赤字部分の「特に有利な条件又は金額」に該当する場合)に該当する場合には、既存の株主保護の観点から、①権利行使価額、②権利行使期間、③新株予約権の上限、④新株予約権の割当日を当該決議の日から1年以内とする旨を株主総会の特別決議によらなければならない、というもの。せっかく会社法の特例であるストックオプション・プール特例を利用して最大で15年間もの期間、権利行使価額や権利行使期間の決定を取締役会に委任できるにもかかわらず、有利発行をすることで改めて株主総会決議(特別決議)を取り直さなければならないのであれば、ストックオプション・プール特例を利用する意味がなくなる。


有利発行 : 例えば1株当たりの時価が千円のところ5百円で新株を発行するというように、新株や新株予約権の引受人にとって“有利な”価格(無償や時価未満)で新株を発行することをいう。
特別決議 : 議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その出席株主の議決権の3分の2以上の多数による決議。例えば定款変更、事業譲渡、株式の募集、取締役会の途中解任などにはこの特別決議が必要である。

この事態を避けるためには有利発行に該当しないようにしなければならないが、何をもって有利発行に該当するのかについて明確な規定があるわけではない。そこで、有利発行性を否定するために、実務上は第三者機関が発行する株価算定書を入手するとともに、直近の第三者割当時の株価とかけ離れないようにすることが必須となってくる()。また、子会社役員・従業員にストックオプションを付与する場合、親会社と子会社役員・従業員との間に役務の提供関係はないという前提の下、念のため有利発行として株主総会決議を得る実務慣行があるが、当該実務慣行への抵触を避けるために、保守的にストックオプション・プール特例を利用した付与対象者を絞る(付与対象者を自社の役員・従業員に限定する)動きが出てくる可能性もあろう。

* ただし、これはストックオプション・プール特例を利用しない場合であっても実務上は必須となるだけに、ストックオプション・プール特例に由来する難点とまでは言えない。

有利発行に見られるリスクを少しでも回避するための一案として、ストックオプション・プール特例を利用しつつ、あえて株主総会において権利行使価額を決めておき(すなわち、取締役会に委任しない。権利行使価額は、その時点では有利発行とならないよう高めの額に設定しておく。新株予約権の割当日を当該決議の日から1年以内としなければならなくなることを避けるため有利発行としての決議はしないが、念のため特別決議の要件を満たす賛成率は確保しておく)、実際のストックオプションの付与を1年以上遅らせるといった使い方(当初は有利発行性がなかった権利行使価額も、付与までの時間の経過により順調に企業価値が上昇していれば、結果として割安な権利行使価額のストックオプションを最大で15年間未付与のまま抱えることが可能。そのうえで、株主総会決議から実際の付与までの間の各従業員の会社への貢献度に応じて、納得感のあるストックオプションの配分ができる。株主総会で既に権利行使価額が定まっている以上、付与対象予定者にとっても権利行使価額が「見える化」され、あとは配分だけの問題となる。有利発行性の問題が蒸し返される可能性は(ゼロではないものの)低く、結果的に信託型ストックオプションと同様の使い方が可能になることも考えられる(信託型ストックオプションの仕組みについては2023年2月13日のニュース「時価発行新株予約権信託を巡る新たな見解」を参照)。

ただし、権利行使価額が付与時の株価時価を下回る場合には税制適格ストックオプションは利用できなくなり、従業員等はストックオプションを行使する時点で給与所得として課税を受けてしまうことになる。それでもなお信託コストがかからないことから、「税制適格ストックオプションの利用」と「信託型ストックオプションの利用」(ストックオプションを行使する時点で給与所得課税)を天秤にかけている企業にとっては、ストックオプション・プール特例の利用が信託型ストックオプションにとって代わる新たな選択肢になる可能性がある。

ストックオプションを巡っては、信託型ストックオプションで実務が先行し、それが後から税務でひっくり返されるという“事件”が起きたのは既報のとおり(信託型ストックオプションを巡る経緯については2023年5月30日のニュース『時価発行新株予約権信託を巡る懸念が現実のものに』を参照)。それだけに、ストックオプション・プールについてもどのようなリスクが潜んでいるかの見極めがつくまでは慎重な姿勢を崩さないスタンスをとる専門家も多い。ストックオプション・プール特例の実務が成熟し、定着するまでは同特例に手を出さないという判断も“あり”と言えそうだ。

2024/09/23 会場型セミナー『政府が企業に期待するサステナビリティへの取組み』および『循環経済の実現に向け企業に期待する取組みについて』を2024年10月3日(木)に開催します。

上場会社役員ガバナンスフォーラムでは、2024年10月3日(木)の15時~16時40分(目途)に下記のセミナーを開催いたします。

テーマ 講 師
第一部 政府が企業に期待するサステナビリティへの取組み 環境大臣政務官 衆議院議員
国定勇人(くにさだ いさと)様
第二部 循環経済の実現に向け企業に期待する取組みについて 環境省 環境再生・資源循環局 総務課長
波戸本 尚(はともと ひさし)様

■第一部の詳細

セミナー
の内容
政府の環境政策の方向性、企業に期待するサステナビリティへの取組みについてお話しいただきます。
講師の
ご紹介
環境大臣政務官 衆議院議員 国定勇人(くにさだ いさと)様
環境大臣政務官(第2次岸田改造内閣)
三条市長
総務省 情報通信政策局 地域通信振興課 課長補佐
三条市 総合政策部長
三条市 市長公室長 兼 総務部参事
三条市 総務部参事 兼 情報政策課長
総務省 大臣官房総務課総括国会第三係長
総務省 情報通信政策局放送政策課 政策係長
郵政省 放送行政局放送政策課
郵政省 大臣官房総務課審議室

■第二部の詳細

セミナー
の内容
政府が実現を目指す循環経済とは何か、具体的な取組みをご説明いただくとともに、環境に与えるインパクトが大きい上場企業に期待すること、例えば「具体的に何をしなければならないか」「どのように取り組めばよいか」「取組みに向けて課題になること」など、企業への影響や企業のオブリゲーション(法的なものに限らず、投資家等からの期待を含む)などについて解説していただきます。
講師の
ご紹介
環境省 環境再生・資源循環局 総務課長 波戸本 尚(はともと ひさし)様
1996年 大蔵省入省
2016年 在アメリカ合衆国日本大使館参事官(財政金融)
2020年 財務省主計局主計官(農林水産係担当)
2021年 環境省大臣官房環境経済課長
2023年 環境省環境再生・資源循環局総務課長

なお、セミナー参加費につきましては、上場会社役員ガバナンスフォーラムの会員のみ無料、それ以外の方は33,000円(税込 ※)となっております。
※セミナーお申込み前に会員登録いただくと、セミナー参加費は無料となります。

会員登録はこちらから

会員でない方のお振込方法等の詳細はお申込みの受付けメール(下記の「お申込みはこちらから」のボタンをクリック後、お名前等をご入力いただいた後概ね1日以内に送信されるメール)にてご連絡いたします。
ご不明な点等がございましたら、ご遠慮なく jimukyoku@govforum.jp までお問い合わせください。

<セミナー概要>

  • 第一部 政府が企業に期待するサステナビリティへの取組み(15時~15時30分(講演20分、質疑応答10分))
  • 第二部 循環経済の実現に向け企業に期待する取組みについて(15時40分~16時40分(講演30~40分、質疑応答30~20分))
  • 【日時】2024年10月3日(木)15時~16時40分(目途)
  • 【会場】六本木ヒルズ森タワー23階 TMI総合法律事務所セミナールーム
  • 【受付】六本木ヒルズ森タワーLL階オフィス総合受付 14時30分より
  • 【講師】第一部 環境大臣政務官 衆議院議員 国定勇人(くにさだ いさと)様
        第二部 環境省 環境再生・資源循環局 総務課長 波戸本 尚(はともと ひさし)様
  • 【セミナー参加費】当フォーラム会員は無料、それ以外の方は33,000円(税込)
お申込みはこちらから

2024/09/20 【失敗学第123回】サンテックの事例(会員限定)

概要

設備工事会社のサンテック(東証スタンダード市場に上場)が2023年6月の定時株主総会で会計監査人を交代したところ、新会計監査人が2024年3月期の決算について監査意見を表明しない事態となり、株主総会では会計監査人の意見表明がないまま決算の承認決議をすることとなった。

経緯

サンテックが2024年9月9日に公表した「第三者調査委員会の調査報告書」等によると、一連の経緯は次のとおり。

2021年
9月8日:サンテックはNE社のYTN工事(自動車専用道路にかかるトンネル内の照明設備更新工事。5トンネルの上り線、下り線の照明設備更新工事の総称)を受注した。

2023年
5月10日:サンテックは同社の会計監査人の東邦監査法人よりマンパワー不足を理由に2023年3月期をもって会計監査人を退任したい旨の連絡を受けた。その背景には、サンテックが海外展開への比重を高めており、会計監査でも海外対応が必須となっていたことがある。サンテックは海外会計事務所とのネットワークがあるRSM清和監査法人を後任の会計監査人に選任する方針を固め、まずは監査役会において会計監査人の異動を行うことについて決議し、同日開催の同社取締役会において、2023年6月23日開催予定の同社定時株主総会に「会計監査人選任の件」を付議することを決議した。
6月16日:サンテックの受注方針会議でYTN工事の費用増加の懸念が報告された。
6月23日:サンテックの定時株主総会でRSM清和監査法人が会計監査人に選任された。
11月6日:TH支社でYTN工事の本工事の利益悪化(下表参照)についての報告が行われた。

項目 当初実行予算書 実績算定額 差額
請負金額 1,372,000,000円 1,497,181,817円 125,181,817円
直接工事費 1,258,677,000円 1,566,621,124円 307,944,124円
利益金額 113,323,000円 △69,439,307円 △182,762,307円

2024年
1月10日:サンテックの経営会議において、同社経理部がYTN工事に係る損失額を初めて認識した。
1月16日:サンテックはYTN工事の実行予算を1,566,621,124円に増額することを社内で承認し、3Qに損失引当金44,477,916円を計上することにした。
4月9日:サンテックはYTN工事の実行予算を1,854,953,124円に再増額することを社内で承認し、期末に損失引当金204,262,703円を計上することにした。
5月27日:サンテックは、2024年3月期の決算において、RSM清和監査法人より会社法第444条第4項に基づく連結計算書類等および会社法第436条第2項第1号の規定に基づく計算書類等の会計監査について監査意見を表明しない旨の監査報告書を受領した。また、RSM清和監査法人は第1四半期から第3四半期の四半期レビュー報告書を撤回し、意見不表明とした。
6月10日・18日:サンテックは取締役会の決議に基づき外部の弁護士および公認会計士によって構成される第三者委員会を設置した。
6月25日:サンテックは、定時株主総会を開催し、会計監査人の監査意見が不表明であったものの、計算書類を承認可決した。また、サンテックはRSM清和監査法人より金融商品取引法第193条の2第1項の規定に基づく連結財務諸表および財務諸表等に対しても監査意見を表明しない旨の監査報告書および2024年6月30日をもって会計監査人を辞任する旨の通知を受領した。
6月26日:サンテックは、財務諸表および連結財務諸表ならびに内部統制報告書の内部統制監査について、いずれも監査意見を表明しない旨の報告書を受領したまま、有価証券報告書を提出した。
9月9日:サンテックは、第三者調査委員会より「調査報告書」を受領するとともに、一時会計監査人として監査法人アリアを選任した。

内容・原因・再発防止策

サンテックが2024年9月9日に公表した「第三者調査委員会の調査報告書」によると、同社の会計監査人が意見不表明に至った経緯、原因および再発防止策は次のとおりとされている。

会計監査人の意見不表明
経緯 会計監査人側から見て意見不表明という事態になった理由のうち主なものは次のとおり。
サンテックが監査期間内に根拠資料を提出できなかった
サンテックは、受注時や実行予算算定時に積算誤りや仕様書の読取り漏れ等があったYTN工事について、2024年3月期に工事原価を596,276千円増額し、このうち204,262千円を工事損失引当金繰入額として計上した。しかし、2024年3月期に増額計上した工事原価・工事損失引当金繰入額には、本来は受注した2022年3月期やその後の追加工事の指示があった2023年3月期に帰属すべき工事原価・工事損失引当金繰入額も含まれていた。そのため、過去の決算について過年度遡及会計基準に基づき過年度遡及修正をすべきであり、訂正すべき①金額と②期間帰属を取りまとめ、当期(四半期)および過去の期の決算を訂正し、その根拠資料を監査法人に提示する必要があった。しかし、サンテックは資料の収集および精査に時間が掛かりすぎてしまい、監査期間内に資料を提出することができなかった。
サンテックに共用資産の減損の検討についての理解が不足しており、減損検討資料を作成していなかった
サンテックは、単体決算が3期連続で赤字であったため、共用資産を含む、より大きな単位についての減損を検討する必要があった。しかしサンテック経理部は共用資産の減損の検討について理解していなかったため、減損検討資料を作成しておらず、RSM清和監査法人への説明も二転三転した。
サンテックが監査手続きの延期を選択できたにもかかわらず選択しなかった
サンテックが監査手続きを延期できるよう、株主総会の延会や有価証券報告書の提出期限の延長申請を選択すれば限定付監査意見が出た可能性もあるが、サンテックはそれを選択せず、株主総会の招集通知および有価証券報告書の提出日程を優先してしまった。そのため、監査法人が監査意見を出すことができなくなり、意見不表明となった。
原因 受注時の実行予算の見積り誤り
YTN工事はサンテックにとって経験が乏しい案件であったため、入札の際の見積りを正確に行うことができなかった。また、入札により受注した後、特記仕様書に基づき実行予算の積算を行うことになるが、発注元のNE社の仕様書の特性を理解している者が在籍していなかった。そのため、ケーブルの長さの認識誤りや、車線規制に係る人件費の見込み違い等のミスが発生した。
業界の慣行として、追加・変更工事に関しては、工事竣工間近にその金額が確定することもあり、会計として工事損失引当金を認識しづらい点もあるが、今回は挽回できる金額を超越していた。
工事開始後の実行予算と発生費用の未検証
サンテックでは、原価管理システムへの実行予算の入力は、本来ならば主に現場代理人が行うことになっているが、YTN工事についてはTH支社長が自ら見積りと実行予算作成および原価管理システムへの入力あるいは指示を行っていたため、この段階で誰も見積り誤りに気付くことがなく、その後の検証作業も行われていなかった。
2022年10月頃には、サンテックの現場では赤字工番ではないかとの感触がありNE社と交渉を行っているが、具体的な損失額を会計的に把握し本社経理部に伝達するまでには至らなかった(もし、この時点で赤字工番の認識が本社に届き、かつ本社で過年度遡及修正の理解があれば、期末までに対応する時間的な余裕は十分に確保できたため、意見不表明を免れた可能性がある)。
TH支社と本社とのコミュニケーション
サンテックの風土として、「現場は現場に任せる」ことが脈々として受け継がれており、本社が現場に口出しすることが憚れる状況であった。
サンテック本社がYTN工事に係る損失額を認識したのは2024年1月10日の経営会議であり、それまで本社、特に経理部に損失額の情報は伝達されていなかった。
原価管理システムおよび経理処理の問題
サンテックの原価管理システムでは、複数の工番を1案件として認識することができないため、NE社のように1つの工番に追加工事があった場合、個別の追加工事の採算が把握できなかった。
本来ならば原価管理システムにより工事損失を適時に認識し、本社経理部でその都度損失の処理を検討できることが必要であるが、本社でYTN工事に係る損失額を認識したのは2024年1月10日の経営会議であり、それまで経理部等に損失額の情報は入手されていない。経理部は当該経営会議でようやく過年度遡及修正を検討する必要があることを認識できたものの、経理部で監査法人に提供できる工事情報には限りがあったため、当該情報を持っている部署から監査法人へ説明を依頼したが、監査法人が求める情報を正確に伝えることができなかった。
監査法人との信頼関係の喪失
前任の東邦監査法人は長年サンテックを担当していたため、リスク等を含めてサンテックの特性を把握しており、サンテックの能力を補うように、あらかじめ必要な会計基準を提示する等、いわゆる“伴走型”としてサンテックからの会計基準等の質問に丁寧に対応してくれていた。また、前任の東邦監査法人は、減損の兆候を把握した場合、その後の必要資料を個別に収集して結論まで対応していたため、サンテックはそれを“当たり前”のことと誤解してしまい、RSM清和監査法人のように会社側からの基礎資料の提供を待つ、という通常の監査法人の姿勢にサンテックが対応できていなかった。
その変化に対応できなかった経理担当者は、(監査法人は)“聞いても教えてくれない”と考え、監査法人としても(経理担当者は)“会計基準や新しい情報を自分で得ようとしないし理解もしていない”と、互いに不信感を抱くようになっていった。
サンテック経理部は、工事損失引当金の計上が必須となった2024年4月以降、RSM清和監査法人から見積額についての詳細な資料を要求されたが、他部門からの情報収集に時間がかかったことや、過年度遡及修正に対する度重なる質疑等のやりとりを行うに従い、監査法人の担当会計士とサンテックの管理・経理担当者との間の信頼関係は低下していった。
そういったことの積み重ねがあったとしても、第3四半期まではそれなりに対応していたが、RSM清和監査法人が期末監査として実施した社内会議の議事録査閲で、2024年4月3日付開催の経営会議にて請負工事の見積り誤りがある旨の記載を発見したことをきっかけに、工事損失引当金の計上の期間帰属を巡って、過年度遡及修正を求める監査法人とその説明資料の収集と作成に追われる会社といった構図となり、両者の信頼関係はさらに失われることとなった。
監査法人内の審査
サンテックは、会社法監査を受けている最中は、RSM清和監査法人側から限定付適正意見になりそうであるとの感触を得ていたが、監査法人内の審査を経て2024年5月20日にRSM清和監査法人より意見不表明となる旨の連絡があった。
監査対応のまずさ
サンテックの経理部は、RSM清和監査法人からYTN工事の実行予算と実際のコストとの差額について何度も資料を求められた。もっとも、TH支社の実行予算の見積り数値には現場の経験値による根拠資料のないものがあり、RSM清和監査法人からすると資料不足として監査をできない部分があった。また、RSM清和監査法人はTH支社の担当者に直接インタビューしたいと主張していたが、TH支社の担当者が時間を取れず対応できなかったため、TH支社からの資料・回答を基に、管理部、資材調達・原価管理部が知り得る範囲で対応せざるを得なかった。
サンテックは海外の売上比率が1/3と高いことから、RSM清和監査法人は海外の関係会社も含めたグループ全体としても同様な特殊な工事に係る網羅性の検証を行う必要があると判断し、サンテック経理部に資料を要求した。しかし、サンテックの経理担当者は決算数値が確定する忙しい時期に、これまで入手した経験のない多くの資料と担当者との調整を求められ、対応ができずに時間切れとなった。
意見不表明の場合の影響についての過小評価
RSM清和監査法人は監査が完了するまで株主総会を延期し、せめて限定付適正意見となる水準まで監査を実施することを助言したものの、証券代行会社から株主総会招集通知を予定通り印刷・発送するかどうかの選択を迫られたことと、「配当を待っている株主が大勢いる」等により、サンテック側から定期株主総会の日程を予定通り行うとの意思決定が伝えられ、会社法監査を終了することができず、意見不表明となった。また、サンテックは有価証券報告書の提出期限の延長申請もしなかったため、監査法人側も金商法監査を終了できないことが確定し意見不表明となった。意見不表明の監査報告書を受領、直ちに上場廃止としなければ市場の秩序を維持することが困難であることが明らかであると証券取引所が認めるときは上場廃止となるほか、内部管理体制等について改善の必要性が高いと証券取引所が認めるときは、特別注意銘柄への指定や改善報告書の提出要求の対象となる。また、四半期レビューの義務化や監査法人選任の困難等の様々なペナルティや対応が必要となる。監査法人側から監査期間の延期のための助言が行われたが、サンテックは「意見不表明」の影響を過小評価しており、意見不表明を回避するための努力が行われなかった。
再発防止策 入札等の受注時の見積りについて
・入札時の見積金額の正確性の確保
・作成された見積りについて、経験者による見直しの実施の制度化
・各施主からの工事関連資料の特性等の情報について、全社横断的に情報を共有化
実行予算の検証制度
・「見積りを行った者とは別の者が実行予算を算定し、原価管理システムに入力する」というルールの徹底
・誤りを検出した際の伝達ルートの明確化
受注方針会議の形骸化回避
YTN工事においては、本社において2回の受注方針会議が実施されている(2021/06/21、2021/07/07)が、入札金額(諸経費率)についての議論が主となっており、見積額の適正等については、支社の報告に依拠するのみで、本社における適正化チェックなどは実施されていない。一定要件における受注においては、本社における受注方針会議を実施することになっている以上、実効性のある受注方針会議を実施するため、受注工事における見積等が適正か否かの精査を本社側でも実施する必要がある。
社内のコミュニケーション
縦横及び外部(監査法人も含む)とのコミュニケーションを円滑にし、常に情報を共有できる体制の構築
上場会社として求められる会計基準や公開情報に対する理解
新しい会計処理に対するキャッチアップと公開情報に対する能動的な理解が求められる。経理担当者は実務能力が高いベテランであるが、上場会社として必要とされる会計基準や表示に対する理解に消極的であったものと考えられる。これまでの監査法人側から必要な会計基準等の情報が提示されるという受け身の対応から、自ら毎年更新される新しい会計基準等の情報を入手し、監査法人に「出来た決算書を見せる」といった積極的な対応が求められる。
また、サンテック経理部では「意見不表明」の意味を理解していたのであれば、もっと積極的にそれを回避するために働きかけを、他部署も含めて自分事として行うべきであった。
そのためには、今回問題となった工事見積や実行予算及び採算管理等について現場任せではなく、経理部が積極的に必要な情報を収集するように他部署と関係性を高める必要がある。
さらに、社外役員として、公認会計士資格を有する者を採用する等して、上場会社として求められる会計基準のリテラシーを向上させる必要があると考える。
監査法人が実施する監査に対する理解
サンテックは、東邦監査法人とは四十数年来の関係があり、監査法人側がサンテックのリスクを熟知しており、サンテックが資料を提示しなくても、必要な根拠資料を個別に拾ってくれていたため、会社として必要資料をまとめていなくても、監査法人側に集計するノウハウが備わっていた。一方、後任の監査法人としては、新規の監査先に対しては当然慎重に監査を行う上、会社特有の慣習や資料を理解しなくてはならないため多くの資料を求めるのは自然の行動である。
今回、サンテックが考える監査法人像と、監査法人が考える上場企業の経理像とでそれぞれ実態と乖離があり、認識が相容れずに敵対的な関係になったことで、コミュニケーションが取れなくなり、双方から“信頼関係は失われた”とのコメントがあった。その結果、意見不表明となり、現在のような様々な対応に追われることになったが、サンテックにはこのような状況を想定していた者がいなかった。
一般的な会計監査の位置づけの理解と監査対応への準備が必要と考えられる。
<この事例から学ぶべきこと>

サンテックの第三者調査委員会の調査報告書によると、同社では、前任の会計監査人が、経理担当者が最新の会計基準等の情報を入手していないことを念頭に“親切”にお膳立てしてくれていたため、経理担当者としても「監査法人が何とかしてくれる」との受け身の姿勢が常態化していたとのことです(本調査報告書の20ページを参照)。経理部が監査法人のサポートに甘え続けてしまうと、監査法人に依存する体質になり、経理部として自ら学習し、自ら情報収集を行い、自ら根拠資料を整えるという、上場会社経理部としては当然のことができなくなってしまいます。それだけに、新任の監査法人の姿勢(監査業界としては“普通”の対応)に戸惑ってしまい、経理と監査法人間のコミュニケーション不足が深刻化し、両者が敵対的な関係になってしまいました。上場会社としては「決算書を作成し、その根拠資料を整えるのは会社の責任であり、監査法人はそれを監査するに過ぎない」という二重責任の原則に立ち返り、経理スタッフの自己研鑽と社内の情報収集ルートを確立し、監査法人任せにしないようにしたいところです。

2024/09/19 出資後に株価が急落、取締役の善管注意義務違反は?

上場会社が他社に出資することは珍しくないが、その場合問題となるのが出資金額だ。仮に出資先の価値より大幅に高い金額を出資すれば、取締役は善管注意義務違反に問われることにもなりかねない。ただ、・・・

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2024/09/19 出資後に株価が急落、取締役の善管注意義務違反は?(会員限定)

上場会社が他社に出資することは珍しくないが、その場合問題となるのが出資金額だ。仮に出資先の価値より大幅に高い金額を出資すれば、取締役は善管注意義務違反に問われることにもなりかねない。ただ、実際に善管注意義務違反に問われるのは稀といえる。それを改めて示したのが、2024年9月4日に出された高裁判決だ。

東証グロース市場に上場するITbookホールディングス(以下、IT社。なお、2024年9月1日付でSAAFホールディングスに商号変更)でかつて代表取締役を務めた株主らは、同社の取締役に対し、同社が出資したX社の株価算定や出資を決議した経営判断は、取締役としての善管注意義務違反に該当し、その結果、同社に1億9,000万円余りの損害が生じたとして、同額の損害賠償を求める株主代表訴訟を提起した。

事のいきさつは以下のとおり。IT社は2021年8月18日の取締役会で、①IT社の孫会社で経営不振に陥っていたM社に2,000万円を貸し付けること、②IT社グループが有するM社への全貸付債権を放棄するとともに、IT社の子会社であるA社が保有するM社の全株式を「1株1円」でX社に譲渡すること、③X社に対し、同社の1株当たりの株価を8,621.06円として2億円出資すること、を決議し、その後これらの決議内容は実行された。ところが、この取締役決議からわずか1か月余りの2021年9月30日にM社は破産手続開始の申立てを行った。その結果、A社からM社の全株式の譲渡を受けていたX社の株式の評価額は、監査法人の期末監査により634万5,618円に減額され(IT社が出資した2億円から96.8%減)、X社は1億9,365万4,382円の特別損失を計上することになった。

一見すると株主代表訴訟が提起されるのも当然に思えるが、東京高裁は一審の東京地裁に続き、取締役らの善管注意義務違反は認められないとの判断を下している。

東京高裁は、取締役らがX社への出資にあたり、X社の1株当たりの株価を8,621.06円としたのは、合理的な株価算定を根拠とするものではなく、X社からの要請をそのまま受け入れたものであることがうかがわれ、出資のわずか7か月後には株価が96.8%も減額評価されたことに照らせば、出資当時の2021年8月時点でも、一株当たりの株価は8,621.06円を大幅に下回るものであったと認めるのが相当であると認定。当該出資を単独の“純投資”と見た場合、X社に出資をするとの取締役らの判断の合理性には疑問の余地がないとはいえないと指摘した。

その一方で東京高裁は、X社に対する2億円の出資は、X社から「M社の全株式の譲渡を受ける条件」として求められ、これにIT社が応じたものであることを踏まえると、取締役らが出資を決定したことが取締役の善管注意義務に違反するものであったか否かについては、「M社全株式の譲渡と一体となる判断」として評価されるべき問題であり、このような経営上の判断は、取締役に広い裁量が認められるべきであるから、その判断の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役の善管注意義務に違反するものではないと解すべきであるとの考えを示した。

そのうえで東京高裁は、①取締役らがM社の業績悪化が切迫していたと判断したことが著しく不合理であるとはいえず、本件出資とM社全株式の譲渡とを一体と考えて本件出資の必要性があると判断したことが著しく不合理ということもできない、②取締役らはM社全株式の譲渡先候補を探していたが、結局X社しか見つからなかったのであるから、複数の譲渡先候補と交渉をすることは困難な状況であったと認めるのが相当であり、M社に対して毎月1,000万円単位の貸付けを要し、メインバンクからも懸念が表明される中では、M社の全株式の早期譲渡が必要であると判断することには一定の合理性が認められる、③全株式譲渡後の子会社が健全に経営を継続できるか否かは、当該子会社の取締役がいかなる経営判断をするかにかかってくることであって、親会社の取締役が譲渡先の企業の適格性を判断する義務を負っていると解すべき法定根拠は明らかではなく、また、M社の全株式がX社に譲渡されてからわずか1か月余り後にM社が自己破産するに至ったからといって、そのことのみからX社にM社の経営を再建でする意思も能力もなかったなどと決め付けることはできないなどとし、株主らの請求を棄却している。

2024/09/18 日本の上場会社における“ファイナンスの専門家”に投資家は懐疑的な視線

2024年6月の株主総会シーズンでは、機関投資家から株主提案を受けた上場会社数が46社と過去最高になったことは、2024年7月3日のニュース「株高でアクティビストのターゲットに変化」でお伝えしたとおり。議案数も124件と近年の高水準を維持しているが、特に剰余金処分案が16→28件と大幅に増加したことは2024年6月総会の特徴と言える。東証による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請が影響したことは明かだろう(2024年7月1日のニュース「株主提案の根拠としてDOEが使用されるケースが急増」参照)。

もう一つ、5→7件と少数かつ小幅ながら増加したのが取締役選解任議案である。同議案が可決されれば経営に多大な影響が及ぶことは避けられず、会社側(取締役会)としては会社提案の取締役候補者の方がより優れていることや株主利益に適った人物であることをアピールする必要がある。その際に有効なツールがスキル・マトリックスであり、株主提案に対して取締役会の意見を表明する適時開示ではスキル・マトリックスを引用している事例が少なからず見受けられる。

そこで当フォーラムでは、2024年6月の株主総会シーズンにおける適時開示で、スキル・マトリックスを引用した取締役会の反対意見を記載した上場会社の有無を確認したところ、・・・

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2024/09/18 日本の上場会社における“ファイナンスの専門家”に投資家は懐疑的な視線(会員限定)

2024年6月の株主総会シーズンでは、機関投資家から株主提案を受けた上場会社数が46社と過去最高になったことは、2024年7月3日のニュース「株高でアクティビストのターゲットに変化」でお伝えしたとおり。議案数も124件と近年の高水準を維持しているが、特に剰余金処分案が16→28件と大幅に増加したことは2024年6月総会の特徴と言える。東証による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請が影響したことは明かだろう(2024年7月1日のニュース「株主提案の根拠としてDOEが使用されるケースが急増」参照)。

もう一つ、5→7件と少数かつ小幅ながら増加したのが取締役選解任議案である。同議案が可決されれば経営に多大な影響が及ぶことは避けられず、会社側(取締役会)としては会社提案の取締役候補者の方がより優れていることや株主利益に適った人物であることをアピールする必要がある。その際に有効なツールがスキル・マトリックスであり、株主提案に対して取締役会の意見を表明する適時開示ではスキル・マトリックスを引用している事例が少なからず見受けられる。

そこで当フォーラムでは、2024年6月の株主総会シーズンにおける適時開示で、スキル・マトリックスを引用した取締役会の反対意見を記載した上場会社の有無を確認したところ、下表の4社が抽出された。
※上場会社名のカッコ書きは適時開示の日付、株主提案者名のカッコ書きは議案種類を指す。なお、ハウス食品グルプ本社に対するダルトン・インベストメンツの定款変更議案は、取締役の過半数を社外取締役とする規定を設けることを求めるものとなっている。

上場会社 株主提案者 スキル・マトリックスに関する記載
ハウス食品グループ本社(2024/5/9) ダルトン・インベストメンツ(社外取締役の構成に関する定款変更 指名諮問委員会は、コーポレートガバナンス報告書で開示している取締役選任基準およびスキル・マトリックスに基づき、当社の経営戦略に照らし、企業価値向上に寄与する人材を取締役候補者として提案しております。
フクダ電子(2024/5/15) カナメキャピタル(取締役2名選任) 当社が提案する取締役候補者は、スキル・マトリックスで示しているとおり、バランス良く広範囲の分野の専門性を網羅することのできる構成となっており、当社の企業価値向上の観点から、もっとも適切かつ十分な体制であると確信しております。
東洋証券(2024/5/15) UGSアセットマネジメント(取締役5名選任) 当社は、本株主総会に上程する候補者についても上記方針・プロセスに従って選定しており、当社の取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模の観点から最適な構成としております。会社提案の各候補者のスキル・マトリックスは以下のとおりです。(図表あり)
北越コーポレーション(2024/5/22) オアシス・マネジメント(代表取締役1名解任、社外取締役4名解任、社外取締役5名選任) 当社の現取締役は、当社第185回定時株主総会の招集通知に掲載しているスキル・マトリックスのとおり、当社事業に精通する上、それぞれ企業経営、国際性、業界知見、ESG/サステナビリティ、財務・会計、テクノロジー・IT(生産技術・研究開発)、営業・マーケティング、人事・労務・法務、購買・調達等のスキル・専門性を有しており、これらの現取締役から成る現在の当社取締役会は、その規模、スキルセット及び多様性を含めたバランスの観点から、全体として最適なチームであると考えられます。

ハウス食品グループ本社はスキル・マトリックスに基づいて指名諮問委員会が提案した候補者であること、フクダ電子はスキル・マトリックスが示すとおりバランスの取れた構成であること、北越コーポレーションは具体的なスキル項目を挙げて最適なチームであることを強調している。このように、取締役候補者の正当性について説得力を高めるためには、スキル・マトリックスをはじめとする合理的な選定プロセスの存在を示すことが不可欠だろう。なお、上記4社の株主提案はいずれも否決されたが、東洋証券は会社提案の社長選任議案を総会前日に撤回、会社提案による取締役常務執行役員の選任議案は総会当日に否決されてている。

もっとも、スキル・マトリックスを株主提案に対抗するツールとして用いるのであれば、株主提案者であるアクティビストひいてはメインストリーム(本流)の機関投資家が、スキル・マトリックスに何を求めているのかを知っておく必要がある。例えばダルトン・インベストメンツがハウス食品グループ本社と上村工業に対して提起した株主提案(いずれも取締役の過半数を社外取締役とする規定を設けることを求める定款変更)では、以下のような主張を「提案理由」としている。

「アナリストとして高い経験とスキルを持つ人材」の登用は、外部投資家・株主の目線を取締役会にもたらすと同時に、健全なリスクテイクを通じた企業価値向上に資する効果的な手段と考えます。
本来、上場企業の取締役会と投資家・株主は企業価値の長期的な向上という同じ目標を共有しながら、不幸にも日本においては両者が対立的な構図でとらえられることも少なくありません。上述の経験・スキルを持つ取締役が取締役会の議論・意思決定に参画することは、健全なリスクテイクと資本配分、そして市場とのより良いコミュニケーションを通じて取締役会と株式市場の関係を本来の建設的なものにするでしょう。
しばしば銀行出身者や会計士がスキル・マトリックスのファイナンス部門を担うと説明されますが、「健全なリスクテイク」を促す観点からは会計や負債市場の専門性だけでは不十分であり、そこにエクイティ市場の専門家の意義があると考えます。

すなわち、スキル・マトリックス項目の“定番”と言える「ファイナンス」分野においては、銀行出身者や会計士では「健全なリスクテイク」の観点が不足しているため、アナリストなどエクイティ市場の専門家を社外取締役とすべき、という主張である。金融庁フォローアップ会議の第29回(2024年4月18日)会合に提出された事務局説明資料(22ページ参照)によると、海外投資家の意見を聞く場であるジャパン・コーポレート・ガバナンス・フォーラム(JCGF)では「大企業であっても、資本コストやコーポレートファイナンスに関する知識が不足している」との指摘があったという。メインストリームの機関投資家も日本の上場会社の(社外)取締役のファイナンス・スキルについては懐疑的に見ている点、十分に留意する必要があるだろう。

2024/09/17 新リース会計基準が公表、準備期間は約2年半

2024年9月13日、企業会計基準委員会(ASBJ)は「リースに関する会計基準」等を公表した。2023年6月22日のニュース『ROAの悪化は確実 上場企業の役員が押さえておきたい「新リース会計基準」が経営に与える影響』でお伝えしたとおり、新たなリース会計基準により、リースの借手(以下、借手を前提)はファイナンス・リース(借入れによる物の購入とみなされるリース)であるかオペレーティング・リース(「物を借りて賃借料を払う」という本来のリース)であるかにかかわらず、すべてのリースを原則として資産計上することが求められる。


ファイナンス・リース : 「支払いリース料総額の現在価値が、見積もり現金購入価額の90%以上」または「リース期間が耐用年数の75%以上」で中途解約もできないリースを指す。

これまで、ファイナンス・リースではリース資産をB/S上の「資産」に計上するとともに、リース債務(未経過リース料)をB/S上の「負債」にそれぞれ計上することが求められてきた(バランスシートに計上するという意味でこれらを「オンバランス」という)。これに対しオペレーティング・リースは、毎期の支払いリース料を費用計上するだけで済み、B/Sには何も計上しなくてもよい(=オフバランス)。オフバランスであれば、ROAの分母が小さくなり、さらに負債も計上しなくてよいといったメリットがあるため、ファイナンス・リースの要件を上手く外したオペレーティング・リースを利用している企業も少なくなかった。小売業や物流業(倉庫)など多数の不動産リース契約を締結している企業をはじめ、オフィスビルを借りている企業は業種を問わず、現行のリース会計基準に基づきオペレーティング・リースとして費用計上してきたリース料を今後は資産(使用権資産)として計上(負債としてリース負債(未経過リース料)も計上)しなければならなくなるため、多くの企業が少なからず影響を受けることになろう。


ROA : Return On Assets =総資産利益率(利益/総資産)。ROAは利益を総資産で除して求めるため、分母である総資産の増加はROAの低下をもたらす。実務上、ROAの利益には「営業利益」もしくは「事業利益」を使うことが多い。これは、総資産に対応する利益は、営業利益あるいは事業利益であるという考え方による。
使用権資産 : 新リース会計基準では、現行の「リース資産」は「使用権資産」となる。「使用権資産」とは、借手が原資産(リースの対象となる資産)をリース期間にわたり使用する権利を表す資産のことをいう。
リース負債 : 新リース会計基準では、科目名が「リース債務」ではなく「リース負債」となる。

公開草案の公表が2023年5月であり、当初の予定では2024年3月までに内容を確定させることになっていた。しかし、リース契約は多くの企業に浸透してきたため、公開草案に対してはリース会社以外からも多くのコメントが寄せられ、ASBJでの議論も時間を要することとなり、公開草案の公表から1年を超える期間を経ての基準公表となった。企業にとって関心の高い適用開始時期については、「最低でも3年程度の準備期間を設けるべきである」「2年が十分な準備期間かどうかについて、対象法人の準備状況等を踏まえて改めて検討すべきである」「最低でも5年程度の準備期間を設けるべきである」といった、適用まで十分な準備期間を求めるコメントが多数寄せられていたが、・・・

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