助言ポリシーはグローバル投資家が期待・要望する最低限のガバナンス/マネジメント水準
機関投資家は株主として経営陣に業務執行(マネジメント)を委託しています。経営陣が業績向上という成果を上げている限り、基本的に機関投資家はマネジメントに口を出しませんし、議決権行使で経営陣に不信任を突きつけることもありません。ただし、マネジメントが成果を出し続けるために最低限必要な監督体制(ガバナンス)が整っていなければ、経営陣を信認し中長期的な視点で投資を続けることはできません。
また、マネジメントそのものに関するマターであっても、注目されている社会的課題やグローバル経済の潮流などに鑑みれば、全ての投資先に必ず実施していて欲しい、あるいは満たしておいて欲しいという事項もあるでしょう。こういった「少なくとも具備していてほしいガバナンス/マネジメントの取り組み」が議決権行使基準に定められ、株主総会の際には、この議決権行使基準に基づき、場合によっては投資先企業に「反対行使」が突き付けられることになります。
一方、議決権行使助言会社であるISS(Institutional Shareholder Services)とグラスルイスは、主に欧米の機関投資家を顧客としています。グローバルな機関投資家は投資先の日本企業に対して、ガバナンスやマネジメントに関する様々な期待や要望を持っています。これらについて、ISSとグラスルイスは独自に培った日本企業に関する知見を反映した“最大公約数”的な水準を設定し、議決権行使助言ポリシーを策定しています。
このようにISSやグラスルイスの議決権行使助言ポリシーは、グローバル投資家が日本の上場企業に期待・要望する「最低限のガバナンス/マネジメント水準」を示すものと言えます。そこには、特にプライム市場上場企業のような機関投資家比率が高い企業にとっての喫緊の課題や、スタンダード市場やグロース市場上場企業も中期的な視点で取り組むべきテーマが多数含まれていると考えるべきでしょう。
以上の問題意識に基づき、ISSおよびグラスルイスによる最新の議決権行使助言基準を確認することで、上場企業が検討するべきガバナンス/マネジメントの課題を考察してみましょう。
① 取締役会の独立性
ISSは2023年から、プライム市場上場企業については、社外取締役が取締役会の3分の1以上を占めていない場合、経営トップ(社長、会長)の選任議案に反対助言します。指名委員会等設置会社と監査等委員会設置会社には従来から適用されていたポリシーですが、監査役会設置会社については従来の「2名」からハードルが引き上げられました。グラスルイスは既にいずれの機関設計でも「3分の1」以上としており、グローバル投資家にとって「3分の1」という水準はまさにミニマムスタンダードと言えるでしょう。個別の機関投資家の議決権行使基準を見ると、「過半数」さらには「3分の2」を求めるケースも散見されます。
企業としては社外取締役の頭数を3分の1以上揃えることはもちろん、社外取締役が求められる機能を十分に果たせるような仕組みを構築する必要があります。ここでいう「求められる機能」とは監督機能およびガバナンスへの貢献です。そのためには、社外取締役への情報提供は十分か、サポート体制は整っているかといったロジ面のみならず、そもそも取締役会が社外取締役の参加を前提として運営されているか、例えば細かな業務執行マターまで決議事項として上程していないか等は改めて確認する必要があるでしょう。取締役会に上程する事項を検討するということは、社外取締役や取締役会のあり方にとどまらず、会社のマネジメント全体の権限分掌体系を見直すことにつながります。事業部門がスピーディーに業務の意思決定ができるような権限委譲がされているか、責任を曖昧にするような稟議・合議プロセスになっていないかなどについての検討が会社全体で行われていなければ、社外取締役が機能する取締役会とはなりません。もちろん、一律に大幅な権限移譲を行えばよいというものではなく、各社の事業特性や組織の体質に応じた、最適なプロセスの構築が期待されます。
② ジェンダー・ダイバーシティ
ISSは2023年から全上場企業を対象に、取締役会に女性取締役が1人もいない場合、経営トップの選任議案に反対助言します。グラスルイスは既に役員(取締役、監査役、指名委員会等設置会社の執行役)のうち1名は女性であることを求める基準を導入済みでしたが、2023年からはプライム市場上場企業については「取締役の10%」が女性であることを求めています。なお、グラスルイスの助言ポリシーでは「女性取締役」ではなく「gender diverse directors」という言葉が用いられており、LGBTQ+ を意識した広範なダイバーシティを念頭に置いている点に特徴があります。
LGBTQ+ : レズビアン、 ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーに加え、どのセクシュアリティにも当てはまらない人を指す「クエスチョニング (X ジェンダー)」、さらに、これら5つのいずれにも当てはまらないセクシュアリティ(例えば、他者に対して性的興味を持たない人を指す「アセクシュアル」、あらゆるセクシュアリティの相手を好きになる人を指す「パンセクシュアル」)である「プラスアルファ」の総称。
両社の助言ポリシーおよび多くの機関投資家における議決権行使基準では「1人」または「10%」の女性取締役を求めており、経営トップ等の選任議案に賛成票を得るには、通常であれば女性取締役が1人、取締役の人数が多い企業では2人いれば足りることになります。しかし、グローバル機関投資家の視点では1人や2人では到底足りず、理想的には男女半々であるべきとの主張も聞かれます。欧州連合(EU)の欧州議会は、域内の上場企業に対し、2026年6月末までに非業務執行社外取締役の少なくとも40%、あるいは全取締役の33%を女性とすることを求めているほか、日本でも30%クラブ・ジャパンの活動が活発化しています。取締役会が10人であれば、そのうち3~4人は女性という水準を視野に入れておくべきでしょう。
取締役会において女性取締役が常時3~4人いるという状況を作るには、女性社外取締役だけではなく、内部昇格者など社内取締役である女性の任用が必要となってきます。したがって、本件は、マネジメントにおける積極的な女性登用を進めるための人材育成方針や社内環境整備方針にも議論が及ぶことになります。取締役会のダイバーシティ向上を端緒として、会社全体においてダイバーシティを高める取り組みを進展させることが期待されます。
③ 気候変動関連の情報開示
ISSとグラスルイスはともに2023年から、気候変動問題に対する取り組みについて情報開示を求める新たな助言ポリシーを導入しています。いずれもTCFDの枠組みに沿った説明を要求していることに加え、ISSはさらに温室効果ガス排出量の削減目標を開示することも求めています。ただし、両社のこれらのポリシーの対象はClimate Action 100+により選定された企業となっており、日本企業では10社(ダイキン工業、日立製作所、本田技研工業、ENEOSホールディングス、日本製鉄、日産自動車、パナソニック、スズキ、東レ、トヨタ自動車)に限定されています。
TCFD : 主要国の金融当局(中央銀行、金融監督当局、財務省)やIMF(国際通貨基金)、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)などで構成される国際的な金融システムの安定を目的とする組織である金融安定理事会(FSB)が設置した組織。TCFDとは「Task Force on Climate-related Financial Disclosures」の略である。TCFDが2017年6月に公表した最終提言は、気候変動リスクに関する情報開示のフレームワーク(枠組み)のグローバルスタンダードになっている。
Climate Action 100+ : 機関投資家が、温室効果ガスを排出する世界最大級の企業と協力し、こうした企業が気候変動に関するガバナンスを改善するとともに、排出量を抑制し、気候関連の財務情報の開示を促進するために設立された団体。
このように、上記助言ポリシーは限定的な範囲のみに適用されるものであり、大多数の日本企業にとっては、少なくとも株主総会での対応が求められる課題と捉える必要はありません。とはいえ、機関投資家が気候変動問題の対応(情報開示)次第では取締役選任議案に反対する、すなわち不信任を突き付けるというスタンスが、議決権行使助言会社のポリシーを通じて明確になったということには留意しなければなりません。それだけ気候変動問題が資本市場の関心事となっていることを認識したうえで、各社は気候変動問題への真摯な対応および情報開示を進めるべきでしょう。
以上、ISSとグラスルイスの議決権行使助言基準を踏まえ、3つの経営課題について解説しましたが、いずれの課題もガバナンス上の問題、株主総会対策にとどまらず、各社のマネジメント全体の課題に発展するテーマとして、積極的に議論することが期待されます。

