2023/02/14 「ESG」という言葉を使うことをやめる動き

「ESGは米国経済と私たちの国の基礎をなす個人の自由への脅威である。」

(2023年)2月13日、フロリダのロン・デサンティス州知事がTwitter上で改めて発言した。同氏はトランプ元大統領が所属する米国共和党のホープとして次期大統領選をリードしており、共和党の支持者として影響力を持つイーロン・マスク氏からも支持されている。それだけに、同氏の発言は今後の米国の政策を占う上で大いに参考となる。その同氏が昨年以降、明確にESGを敵視し、「フロリダではESGは死語になっている」とまで言い切っていることは、ESG投資の世界において強い懸念事項となっている。

ESG投資 : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に優れた企業に投資すること。

米国でESG投資への懸念が生じている理由は非常にシンプルだ。・・・

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「ESGは米国経済と私たちの国の基礎をなす個人の自由への脅威である。」

(2023年)2月13日、フロリダのロン・デサンティス州知事がTwitter上で改めて発言した。同氏はトランプ元大統領が所属する米国共和党のホープとして次期大統領選をリードしており、共和党の支持者として影響力を持つイーロン・マスク氏からも支持されている。それだけに、同氏の発言は今後の米国の政策を占う上で大いに参考となる。その同氏が昨年以降、明確にESGを敵視し、「フロリダではESGは死語になっている」とまで言い切っていることは、ESG投資の世界において強い懸念事項となっている。

ESG投資 : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に優れた企業に投資すること。

米国でESG投資への懸念が生じている理由は非常にシンプルだ。共和党の大口支援者である石油・エネルギー業界が、ESG投資の名の下に、ダイベストメント(投資の取り止め)を受けているからである。実際にダイベストメントを行うのは欧州の投資家が中心だが、共和党の不満の矛先は、ESG投資を推進する米国の大手金融機関に向いている。

例えば、フロリダ州と同じく共和党の岩盤州であり、エクソンモービルが本社を置くなどエネルギー産業で知られるテキサス州は、今月2月7日に、米国で6番目の規模の公的年金であるテキサス州教職員退職年金からブラックロックを含む10社を運用委託先から締め出す“ダイベストメントのダイベストメント”を実施している。また10日には、グレッグ・アボット州知事はTwitter上で「我々はWoke(*)のESG政策による差別やいじめを受けない」と述べ、銃器産業に懸念を示すシティ銀行の政府取引を禁じている。ちなみに同州は、昨年10月にもUBSグループとの政府取引を禁じている。

 Wokeとは、共和党支持者が(過度な)民主党支持者を呼称する時のスラング

こうした動きに対しブラックロックは、テキサス州やフロリダ州のロビー活動を活発化させている。ブラックロックが公表したところによると、2022年に同社は米国でのロビー活動資金を昨年比63%増の238万ドルとし、テキサス州に5名、フロリダ州に2名の新たなロビイストを雇用した模様だ。他の州では何も変更していないことからすると、明らかに共和党が基盤とする巨大州をターゲットにしたロビー活動の強化策と言える。

また、共和党の標的となる「ESG」投資という言葉自体を使うのをやめてはどうか、という動きもみられる。もともとESG投資という言葉はサステナビリティに関連する投資全般を指すことが多く、ダイベストメントなどネガティブな点に着目する投資行動、サステナビリティの機会に着目する投資行動の両方を含む。しかし、前者をESG投資、後者をインパクト投資という言葉として区別することで、共和党が批判するダイベストメントを伴うESG投資を、サステナビリティに関連する投資から切り離そうというわけだ。もっとも、共和党がESGを政策論争ではなく政治キャンペーンとして扱っている状況では、タグの付け替え自体の効果は薄い可能性が高い。

インパクト投資 : 社会問題・環境問題を解決することを目的として投資すること。ESG投資の発展形と言われる。

こうしたESG論争は、米国のみならず世界にも広がっている。今年のダボス会議では、アントニオ・グテーレス国連事務総長が「ビッグオイル(石油大手)は大嘘つきの行商。彼らのビジネスモデルは人類の生存と整合的でない」と強烈な批判を行った。これに対してサウジアラビアの国有石油会社であるサウジアラムコのアミン・ナーセルCEOは今月(2月)12日に開催されたサウジ・キャピタルマーケッツ・フォーラムで「ESG投資に基づく政策による(石油やガスへの)投資の急減は安価なエネルギーの供給、エネルギー安全保障、世界経済に深刻な影響を与える」と指摘している。また、欧州委員会は、金融機関から批判を受けるサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)の見直しの可能性を示唆し、積極的なESG政策を修正する動きもある。

ダボス会議 : 1971年に発足した非営利財団「世界経済フォーラム」(本部:スイス・ジュネーブ)が毎年1月に開催する年次総会のこと。スイスの有名な保養地であるダボスで開催されることから「ダボス会議」との名前が付いた。ダボス会議には、日本の首相を含む各国を代表する政治家や実業家が一堂に会し、世界経済や環境問題など幅広いテーマについて議論するだけに、同会議における決定・公表事項は世界に強い影響力を持つ。
欧州委員会 : 欧州連合(EU)の政策執行機関
サステナブルファイナンス開示規則(SFDR) : EUは2021年3月10日に新たなEU法「サステナブルファイナンス開示規則(Sustainable Finance Disclosure Regulation=SFDR)」の適用を開始し、運用会社等に、「ESG」「サステナビリティ」などと銘打った金融商品が本当に「ESG」といった言葉を使用するのにふさわしいものであることを追加情報の開示により証明するよう義務付けた。

いずれにせよ、今後のESG論争は米国の政治動向にも大きく左右される可能性が高く、不安定な状況にある。日本政府・日本企業としては、こうした情勢に注意を払いつつも、「機会」面に着目したサステナブル投資を着実に発展させ、“良いとこ取り”を目指していきたいところだ。





2023/02/13 時価発行新株予約権信託を巡る新たな見解

会計上、費用計上する必要がない(=利益を圧迫しない)ことから、かつて多くの上場企業に採用されてきた有償ストックオプションだが、会計基準を開発している企業会計基準委員会(ASBJ)が、有償ストックオプションを「将来の労働サービスの提供に対する対価」とし、その費用計上を求めることとなって以降(2017年11月29日のニュース『有償新株予約権の会計処理変更、「2018年4月1日以後」から適用』参照)、その存在感は急速に低下することとなった(ただし、スタートアップ企業の間では、かつての有償ストックオプションの変形版の使用が見受けられる。この点については2022年7月13日のニュース「“新しい有償ストックオプション”のメリットとリスク」参照)。

こうした中、有償ストックオプションに代わって登場したのが、時価発行新株予約権信託だ。・・・

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2023/02/13 時価発行新株予約権信託を巡る新たな見解(会員限定)

会計上、費用計上する必要がない(=利益を圧迫しない)ことから、かつて多くの上場企業に採用されてきた有償ストックオプションだが、会計基準を開発している企業会計基準委員会(ASBJ)が、有償ストックオプションを「将来の労働サービスの提供に対する対価」とし、その費用計上を求めることとなって以降(2017年11月29日のニュース『有償新株予約権の会計処理変更、「2018年4月1日以後」から適用』参照)、その存在感は急速に低下することとなった(ただし、スタートアップ企業の間では、かつての有償ストックオプションの変形版の使用が見受けられる。この点については2022年7月13日のニュース「“新しい有償ストックオプション”のメリットとリスク」参照)。

こうした中、有償ストックオプションに代わって登場したのが、時価発行新株予約権信託だ。時価発行新株予約権信託(「信託型ストックオプション」とも呼ばれる)には、会社に費用が発生しないほか、①新株予約権を役職員個人ではなく信託に付与したうえで、信託から役職員への分配ルールを定めておくことにより、実際の貢献度に応じた分配が可能となる、②新たに採用された役職員に対しても、既存の役職員と同条件の時価発行新株予約権を分配することができるなどのメリットがあり(詳細は2017年7月27日のニュース「インセンティブプランとしての時価発行新株予約権信託のメリット」参照)、相当数の上場企業で活用されている。

ただ、ここに来て、時価発行新株予約権信託の課税上のリスクが指摘されている。現状、信託の受益者である従業員等に付与された時価発行新株予約権信託については、新株予約権の権利行使時には課税が行われず、新株予約権を株式に転換して当該株式を売却した時点で値上がり益に対して株式譲渡所得課税が行われるというのが一般的な理解となっている。しかし、実は課税当局が、時価発行新株予約権信託についても権利行使の時点で課税対象になるとの考えを持っているという情報が税務専門家等の間で急速に広まっている。近く課税当局からこの見解が公表される可能性もあるようだ。

所得税法では、新株予約権のうち「権利の譲渡についての制限その他特別の条件が付されているもの」は権利行使時に課税が行われることとしているが(所得税法施行令 84条 3項)、時価発行新株予約権信託もこの「その他特別の条件が付されているもの」に該当するとの解釈が示される可能性がある模様。仮に時価発行新株予約権信託について権利行使時に課税が行われるとなれば、同信託の活用にもブレーキがかかる恐れもある。

ただ、仮に権利行使時課税が行われることとなったとしても、時価発行新株予約権信託のどの部分が「その他特別の条件が付されているもの」に該当するのか、また、すべての時価発行新株予約権信託が権利行使時課税の対象になるのかなど不明点は多い。既に時価発行新株予約権信託を導入している上場企業は多いだけに、課税当局による正式見解の公表が待たれるところだ。また、時価発行新株予約権信託の導入を検討している企業は、正式見解の公表まで決断を先送りした方が無難と言えそうだ。

2023/02/10 人的資本情報開示は「先ず隗より始めよ」

1月31日に公布された改正開示府令で義務化された人的資本情報が、企業・投資家・コンサルタントそれぞれにおいて“ブーム”になっている。

〇改正開示府令公布後のニュースは下記参照
2023年2月9日「改正開示府令、開示の要求レベルに濃淡
2023年2月7日「改正開示府令対応におけるリスク
2023年2月2日『速報・改正開示府令 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示は早期適用可能に

人的資本はESGの中で「S」に属することになるが、ESGのうち「E」は定量化しやすいため最も早く開示等が進み、「G」もコーポレートガバナンス・コードをはじめ制度関連の項目が多いため比較的対応、開示がしやすかった。EとGに比べ、Sは項目の特定も、定量化・開示も最も遅れていた分野と言える。Sの中でも企業の中で働く「人」に関する情報は企業の経営行動そのものであり、企業価値評価に直結する情報となり得るだけに、人的資本の開示は資本市場にとって当然歓迎すべきことと言える。

ESG : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を組み合わせたもので、近年、特にグローバル機関投資家の間で、企業の投資価値を測る評価項目としての地位を確立している。

ただし、投資家の目線から、ここで二つ警鐘を鳴らしたい。まず、・・・

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2023/02/10 人的資本情報開示は「先ず隗より始めよ」(会員限定)

1月31日に公布された改正開示府令で義務化された人的資本情報が、企業・投資家・コンサルタントそれぞれにおいて“ブーム”になっている。

〇改正開示府令公布後のニュースは下記参照
2023年2月9日「改正開示府令、開示の要求レベルに濃淡
2023年2月7日「改正開示府令対応におけるリスク
2023年2月2日『速報・改正開示府令 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示は早期適用可能に

人的資本はESGの中で「S」に属することになるが、ESGのうち「E」は定量化しやすいため最も早く開示等が進み、「G」もコーポレートガバナンス・コードをはじめ制度関連の項目が多いため比較的対応、開示がしやすかった。EとGに比べ、Sは項目の特定も、定量化・開示も最も遅れていた分野と言える。Sの中でも企業の中で働く「人」に関する情報は企業の経営行動そのものであり、企業価値評価に直結する情報となり得るだけに、人的資本の開示は資本市場にとって当然歓迎すべきことと言える。

ESG : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を組み合わせたもので、近年、特にグローバル機関投資家の間で、企業の投資価値を測る評価項目としての地位を確立している。

ただし、投資家の目線から、ここで二つ警鐘を鳴らしたい。まず、株主にとって経営者は人的資本の受託者である前に、金融資本の受託者であるということだ。株主は経営者に金融資本を託し、その資本を上手く運用・拡大できる経営者を選任し続けることで、長期的経営を求めている。逆に言うと、金融資本の担い手としての信頼感が不確かな場合には経営基盤そのものが危うく、そのような土台の上で人的資本を適切に運用することは難しいはずだと考える。仮に金融資本を不適切に運用しながらも経営基盤が盤石だとすれば、それは株式持合や創業家持分によるものであり、これも政策保有株式に関する開示規制(コーポレートガバナンス・コード原則1-4など)や、また創業家の相続により持続可能なものではない。したがって、そもそもキャピタル・アロケーションが適切にできておらず、その典型としてPBRが1倍を割っているような企業は資本市場から金融資本の担い手として落第点を与えられているのであって、まずはその改善に努めていただきたい。

キャピタル・アロケーション : 調達した資金、事業活動を通じて得た資金をどこに投資するか、どのように使うかを判断すること。
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

次に、人的資本情報の開示というと、「従業員」に関する情報開示に注目が集まりがちであり、改正開示府令が求めているのも、従業員の育成や従業員エンゲージメントに関するものとなっている。しかし、投資家が株主総会で指名するのは取締役であり、取締役は経営者を指名し、その経営者が採用するのが従業員である。事業の最前線に立つのは従業員であるため、従業員に関する情報が重要であるのは間違いないが、株主が直接・間接に指名する取締役や経営者に関する情報開示なくして、その先にいる従業員の情報ばかりを開示しても議決権行使の判断材料としづらく、隔靴掻痒である。したがって従業員の情報開示よりも前に、取締役・経営者の情報開示を充実させていただきたい。

従業員エンゲージメント : 「企業が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようという意識を持っていること」を指し、組織の目指すゴールに対する「自発的貢献意欲」とも言い換えることができる。従業員エンゲージメントは「従業員満足度」と混同されがちだが、実は両者は大きく異なっている。所属する組織、職場の状況、上司、自身の仕事などについて、「従業員が自身の物差し」で評価をするのが従業員満足度であるのに対して、「会社が目指す方向性や姿を物差し」として、それらについての自分自身の理解度、共感度、行動意欲を評価するのが従業員エンゲージメントとされる。
隔靴掻痒 : もどかしく、歯がゆいこと。「かっかそうよう」と読む。

少し前に、とある会社の臨時株主総会に際して、株主提案取締役と面談する機会があったが、それぞれが自身の能力や専門性を示し、取締役として企業価値貢献にどのように貢献できるのかを述べていたのが印象的だった。株主総会とは取締役にとって「ジョブインタビュー」の場であり、なぜ株主は自分を選任するべきなのかを述べるのが、あるべき姿であるはずだ。翻って、現在の株主総会招集通知や有価証券報告書における開示は略歴と簡単な選任理由のほか、多くの会社でスキル・マトリックスのチェック項目が追加されたくらいで、未だどのような専門性やトラックレコードがあり、また、どのような形で企業価値に貢献できるかという“所信表明”にはなっていない。取締役・経営陣の人的資本情報をまずもって充実させることで適切な経営者を選び、その経営者の下で従業員の働き方が実質においても開示においても充実することを期待したい。人的資本情報開示は「先ず隗(かい)より始めよ」ということである。

先ず隗(かい)より始めよ : 事を始めるには、自分からやりださなければならないということ。

2023/02/09 改正開示府令、開示の要求レベルに濃淡

2023年2月7日のニュース「改正開示府令対応におけるリスク」で既報のとおり、2023年1月31日に公布された「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」「コーポレートガバナンスに関する開示」などを盛り込んだ改正開示府令では、・・・

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2023/02/09 改正開示府令、開示の要求レベルに濃淡(会員限定)

2023年2月7日のニュース「改正開示府令対応におけるリスク」で既報のとおり、2023年1月31日に公布された「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」「コーポレートガバナンスに関する開示」などを盛り込んだ改正開示府令では、女性活躍推進法等に基づく「管理職に占める女性労働者の割合」「男性労働者の育児休業取得率」「労働者の男女の賃金の差異」(以下、3指標)については、有価証券報告書の提出日には「その時点で揃っている情報」を出したうえで、その時点で未記載となっていた情報は、後日「訂正報告書」によって公表することが求められるとの見解を金融庁が明らかにしている。訂正報告書を提出することについて、企業側からはレピュテーションリスクを懸念する声が上がっているが、3指標と同様の疑問が生じているのが、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示だ。

改正後の開示府令では、「連結会社の」サステナビリティに関する考え方及び取組みの状況について開示を行うことを求めている。したがって、例えば「人的資本(人材の多様性を含む)に関する戦略(人材育成方針及び社内環境整備方針)並びに指標及び目標」の開示においては、「連結単位」での指標及び目標を有価証券報告書に記載する必要がある(記載上の注意30-2)。

一方、企業からは、「連結グループ全体の指標及び目標の開示には相応の準備期間が必要になるため、例えば親会社の指標及び目標のみを開示することも容認すべき」との声がある。これに対し金融庁は、改正開示府令案に寄せられたパブリックコメントへの回答で以下の考えを示している(コメント166、167参照)。

基本的には、連結会社ベースの指標及び目標を開示していただくことを想定しています。 もっとも、例えば、人材育成等について、連結グループの主要な事業を営む会社において、関連する指標のデータ管理とともに、具体的な取組みが行われているが、必ずしも連結グループに属する全ての会社では行われてはいない等、連結グループにおける記載が困難である場合には、その旨を記載した上で、例えば、連結グループにおける主要な事業を営む会社単体(主要な事業を営む会社が複数ある場合にはそれぞれ) 又はこれらを含む一定のグループ単位の指標及び指標の開示を行うことも考えられます

ポイントは赤字の部分だ。要するに、連結グループ全体についての開示が困難である場合には、連結グループ内の主要各社に絞った開示なども容認されるということである。また、女性活躍推進法等に基づく3指標と異なり、未記載となっていた情報について、後日「訂正報告書」を提出することも求めていない。3指標との取扱いの矛盾が気になるところではあるが、3指標はファクトの集計(法律上開示が求められる数値を串刺しして集計する)のみであるのに対して、「人材育成方針及び社内環境整備方針並びに指標及び目標」は、そもそも開示対象となる取り組み自体が存在しない(=ファクトにすらなっていない)ケースが多いという事情もありそうだ。

2023/02/08 アクティビストが会計処理の誤りを指摘、業績連動報酬に影響も

既報のとおり、日本証券金融(東証プライム市場に上場。以下、日証金)は、著名な国内系アクティビストであるストラテジックキャピタルにより、同社が日銀OBの天下り先となっている問題についてネガティブキャンペーンを張られていたが(2022年5月20日のニュース「国内系アクティビストが手掛ける日銀OBの“特権はがし”」参照)、その後、2022年6月23日に開催された同社の定時株主総会で、ストラテジックキャピタルの株主提案は株主から十分な賛成を得ることができず議案は否決された(第4号議案「代表執行役社長の個別報酬開示に係る定款変更の件」の賛成割合は23.95%、第5号議案「日本銀行出身の役員の個別報酬開示に係る定款変更の件」の賛成割合は16.62%)。2022年は“敗北”を喫したストラテジックキャピタルだが、今なお同社への追及の手を緩める気配はなく、次の株主総会に向けて動き始めている。・・・

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2023/02/08 アクティビストが会計処理の誤りを指摘、業績連動報酬に影響も(会員限定)

既報のとおり、日本証券金融(東証プライム市場に上場。以下、日証金)は、著名な国内系アクティビストであるストラテジックキャピタルにより、同社が日銀OBの天下り先となっている問題についてネガティブキャンペーンを張られていたが(2022年5月20日のニュース「国内系アクティビストが手掛ける日銀OBの“特権はがし”」参照)、その後、2022年6月23日に開催された同社の定時株主総会で、ストラテジックキャピタルの株主提案は株主から十分な賛成を得ることができず議案は否決された(第4号議案「代表執行役社長の個別報酬開示に係る定款変更の件」の賛成割合は23.95%、第5号議案「日本銀行出身の役員の個別報酬開示に係る定款変更の件」の賛成割合は16.62%)。2022年は“敗北”を喫したストラテジックキャピタルだが、今なお同社への追及の手を緩める気配はなく、次の株主総会に向けて動き始めている。

年明けから間もない先月(2023年1月)19日には、「日証金過去の決算書類に誤りがあり、それを原因として同社の執行役(日証金は指名委員会等設置会社制度を採用)に不当利得が生じている」として、同社の監査委員会に執行役への不当利得の返還請求訴訟を行うよう求めている。

執行役 : 指名委員会等設置会社において、取締役会決議によって委任された事項について会社業務を実行する役職。取締会決議により選任・解任される(登記も必要)。執行役が2人以上いる場合は会社を代表する代表執行役を選ぶ。取締役と同様、会社に対して善管注意義務および忠実義務を負い、株主代表訴訟の対象にもなる。「執行役員」も会社業務の実行に対して権限と責任を持つが、会社法上に定義はなく、あくまで重要な使用人に過ぎない点、執行役とは異なる。

ストラテジックキャピタルが問題視しているのは、日証金が2021年3月期以降に株式会社日本取引所グループの株式(以下、JPX株式)を売却した際の売却益の損益計算書上の表示区分である。ストラテジックキャピタルが2023年1月20日に公表した「日本証券金融株式会社の法令違反~不適切な会計処理及び弊社による提訴請求について~」の16ページによると、日本の会計基準では、有価証券は保有目的別に「売買目的有価証券」「満期保有目的の債券」「子会社及び関連会社株式」「その他有価証券」の4つに区分され、それぞれの区分ごとに売買損益の損益計算書上の計上区分が異なっていることが、下図のように整理されている。

売買目的有価証券 : トレーディング目的で保有する株式や債券等

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この整理を前提にすれば、営業損益の区分に有価証券売却益を含めることができるのは、「売買目的有価証券」を「有価証券売買を主な事業とする会社が売却した場合」に限定されることになる(換言すれば、「その他有価証券」()の売却益が営業損益の区分に計上されることはない)。それにもかかわらず、日証金はJPX株式の売却益を営業収益(一般の事業会社における売上高)に計上している。これについてストラテジックキャピタルは、『今回の不適切な会計処理が「会計処理が誤っている可能性」ではなく、「会計処理の明確な誤り」であると断定することが可能』(ストラテジックキャピタルが公表した上記資料の中の「有価証券の会計処理に関するQ&A①」参照)と指摘している。

 日証金はJPX株式を2019年3月期に「政策保有株式」から「純投資目的で保有する株式」に変更しているが、「売買目的」でも「子会社及び関連会社」でもない株式は「政策保有目的」であろうが「純投資」であろうが、いずれにせよ「その他有価証券」であることには変わりない。

以上だけを見ると、本件は単に損益計算書の計上区分の問題に過ぎず、営業収益か特別損益かの議論は段階利益に影響を与えても最終利益には影響を与えないことから、経理マンや監査法人以外にとってはそれほど興味がない問題にも思える。しかし、日証金は段階利益の一つである「経常利益」の水準に応じて金額が増減する業績連動報酬を採用していることから、投資家の興味を引くこととなった。すなわち、JPX株式の売却益を営業収益(通常の事業会社における売上高に相当)に入れれば業績連動報酬がより多く計上され、特別損益に入れれば業績連動報酬がその分少なくなるため、JPX株式の売却益を損益計算書のどの区分に計上するかは業績連動報酬の金額が適正かどうかにかかわる問題となる(仮に役員報酬の過払いとなれば、過年度の最終利益も変動しかねない)。

段階利益 : 売上総利益、営業利益、経常利益のこと。

そこで、ストラテジックキャピタルは日証金に対して、有価証券売却益の会計処理に誤りがあると指摘するにとどまらず、誤った会計処理に基づき算定された業績連動報酬等は過大であるとして、法律上の原因なく過剰な業績連動報酬等を受領した各執行役に対して、監査委員会が不当利得の返還を求める訴えを提起するよう請求するに至った。なお、ストラテジックキャピタルは、役員報酬の具体的な過払い額を算定することは、①日証金における具体的な業績連動報酬の算定方法が不明であり、②開示情報だけでは財務諸表を正しく再現しえないといった2つの理由から(ストラテジックキャピタルとしては)困難としている。

一方、日証金は『金融商品会計に関する Q&A Q68(以下「Q68」という。)では売買目的有価証券の売買損益について、「有価証券の売買を主たる事業としている場合には、営業損益の項目とし、それ以外の場合には営業外損益の構成項目として」と記載されており、有価証券の売買を主たる事業としているか否かで判断がなされていることから、その他有価証券の売買損益についても同様に当該売買が主たる営業活動といえるのであれば営業損益項目とすることが適切である。また、Q68のその他有価証券の売買損益に係る記載は、臨時的なものを特別損益として、ある程度経常性が認められれば営業外損益に計上することが適切としているが、これは金融取引を主業務としない一般的な事業会社を想定しているものと考えられる。当社のような証券金融業を営む会社においては、主たる営業活動の1つとして経常的に行っている有価証券の売買損益を営業損益に計上することは適切である。』と反論し、2023年1月25日には執行側の見解として「会計処理に誤りはない」との考えを示しており、今後、監査委員会が責任追及の訴えを提起するか否かを決定した場合には、改めて速やかに公表するとしている(日証金のリリース「純投資株式の損益計上区分について」を参照)。日証金にとってJPX株式の売却が主たる営業活動なのかどうか議論の余地は残されていることから、日証金の監査委員会がどのような判断を下すのか、注目される。なお、日証金の監査法人(東陽監査法人)は、有価証券報告書に添付される監査報告書において「同社の財務諸表は経営成績を全ての重要な点において適正に表示している」と認める監査意見を表明している。したがって、日証金の監査委員会の判断には、東陽監査法人の監査チームの考え方も反映されることになろう。

会計処理を巡る問題のうち、段階利益の違いのような「表示」の問題は最終利益に影響を与えないため、最終利益に影響を与える問題(収益や費用の期間帰属など)と比べると相対的に軽く見られがちだが、今回の一見を踏まえると、少なくとも段階利益を計算要素とする業績連動報酬を採用している上場会社はその認識を改める必要がある。その上で、段階利益に誤りがないよう財務報告に係る内部統制を充実させておくべきと言えよう。

なお、ストラテジックキャピタルは日証金に対して、「日本銀行出身者」「財務省出身者」「東京証券取引所出身者」が“天下り”している件について会社法316条2項に基づき会社の業務及び財産の状況の調査者を選任することを議題とする臨時株主総会の開催を求めていたが、その顛末については続報したい。