2022/09/05 米国における「PVP開示」の強化と日本企業の役員報酬制度改革(会員限定)

米国では、報酬と業績の相関(Pay Versus Performance(PVP)と呼ばれる)についての開示が強化されることになった(2022年8月25日付の米国証券取引委員会(SEC)のリリースはこちら)。米国の経営者報酬というと、報酬額そのものの多寡が注目されがちだが、報酬とパフォーマンスが整合している限りにおいては、株主・投資家は必ずしも高額報酬に対し否定的ではない。この点からすると、米国の株主・投資家は、報酬を企業のバリューアップを実現するための“ツール”と捉えていると言える。

一方、日本ではどうだろうか。報酬委員会、その委員である社外取締役、そして委員会事務局などは、役員報酬改革を通じて本当に経営陣(とりわけCEO)を継続的に鼓舞できているのか、また、多くの日本企業のPBRが1倍割れの状況にある(令和4年4月 経済産業省・経済産業政策局「グローバル競争で勝ちきる企業群の創出について」2ページ参照)中、これまで取り組んできた報酬改革が自社のバリューアップを後押しする仕組みとなっているのか、改めて検証する必要がある。

PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

一見すると、役員報酬改革を行う企業の急増とともに、報酬委員会での活発な議論や機関投資家とのエンゲージメントなど、役員報酬を巡る意思決定は従来のブラックボックス的な運用から、より健全なものへと変貌を遂げているように見える。ところが、よくよく各社の役員報酬改革の内容を分析してみると、日本的な“悪い癖”が出ているように感じられる。日本企業にありがちな役員報酬改革の例を挙げると、議決権行使助言会社から反対推奨されないような設計や報酬議案の文言、メディア等になるべく注目されない報酬水準(同業他社と同等の水準)、マーケットプラクティスに沿ったKPIの選択、流行りのキーワード(「ESG」など)を組み込むといったものがある。いわば「誰からも批判を受けない」ことに主眼が置かれており、結果として、会社が経営陣をどのように評価し、処遇したいかという積極的な意思を欠いた、軸のない総花的な役員報酬改革がはびこっていると言わざるを得ない。

多くの経営陣と接点を持って感じるのは、経営陣は必ずしも「たくさん報酬が欲しい」という感覚を持っていないということだ。報酬額自体よりも、事業を成功させることに喜びを感じるタイプは特にCEOには少なくない。だからと言って、報酬額が不十分でよいということではない。このような者ほど、自分の成し遂げてきた事業、そして自分自身の価値を正しく理解し、評価し、リスペクトして欲しいという願望が強い傾向がある。そのような者に対して「マーケット標準的な」報酬制度案や「なるべく注目されない」報酬水準を提示した場合の彼/彼女らのモチベーションの低下や、それが自社の将来に与える影響にまで考えが及ぶセンシティブさを、報酬委員会は身に着ける必要があろう。

2022/09/02 ESG積極派と否定派の間で揺れるブラックロック

世界最大の資産運用会社であるブラックロックが、米国政界におけるESG積極派と否定派の狭間で揺れている。

ESGに寛容なバイデン政権の下、証券取引委員会(SEC)は今年5月、投資家向けにESG投資の情報開示に関する規制案を公表した。この規制案は、ファンドの目論見書や年次報告書などにおいて、具体的なESG戦略の情報開示を求めるもの。SECが定める基準を満たさないファンドは、最近問題になっているグリーンウォッシング同様、“ESGウォッシシング”(見せかけ)と認定され、投資商品の名称にESGという文言が入れられなくなるという厳しいものである。

ESG投資 : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に優れた企業に投資すること。
グリーンウォッシング : 環境に配慮していることやエコを想起される「グリーン」と、上辺だけを飾ることを意味する「ホワイトウォッシュ」を掛け合わせた造語であり、一見すると自社の商品やサービスなどが(実際にはそうではないにもかかわらず)環境に配慮しているかのように見せかけ、環境意識の高い消費者や投資家への訴求効果を高めようとする行為を指す。

当然ながら、こうした規制的な動きに対しては、規制対象となる資産運用会社から反発の声が上がっている。特に驚きをもって受け止められているのが、世界最大の運用資産残高を誇るブラックロック社・・・

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2022/09/02 ESG積極派と否定派の間で揺れるブラックロック(会員限定)

世界最大の資産運用会社であるブラックロックが、米国政界におけるESG積極派と否定派の狭間で揺れている。

ESGに寛容なバイデン政権の下、証券取引委員会(SEC)は今年5月、投資家向けにESG投資の情報開示に関する規制案を公表した。この規制案は、ファンドの目論見書や年次報告書などにおいて、具体的なESG戦略の情報開示を求めるもの。SECが定める基準を満たさないファンドは、最近問題になっているグリーンウォッシング同様、“ESGウォッシシング”(見せかけ)と認定され、投資商品の名称にESGという文言が入れられなくなるという厳しいものである。

ESG投資 : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に優れた企業に投資すること。
グリーンウォッシング : 環境に配慮していることやエコを想起される「グリーン」と、上辺だけを飾ることを意味する「ホワイトウォッシュ」を掛け合わせた造語であり、一見すると自社の商品やサービスなどが(実際にはそうではないにもかかわらず)環境に配慮しているかのように見せかけ、環境意識の高い消費者や投資家への訴求効果を高めようとする行為を指す。

当然ながら、こうした規制的な動きに対しては、規制対象となる資産運用会社から反発の声が上がっている。特に驚きをもって受け止められているのが、世界最大の運用資産残高を誇るブラックロック社がSECのESG規制案に反対する書簡を提出したということだ。書簡の中でブラックロックは、ESG関連商品の監視強化の必要性は認めつつも、SECが提案する要件は投資家にかえって誤解を与える可能性があることや、今回の統一基準が資産運用会社間の競争優位性を低下させる点を指摘した。業界団体も規制案に懸念を示す書簡をSECに送付したが、世界中でESG投資を推進しているブラックロックが過度なESG規制に対して反対意見を提出したことは、欧州を中心に始まったESG規制ムーブメントに一石を投じたと言える。

一方で、ブラックロックはESG否定派の反発にも直面している。8月24日、米国テキサス州が、昨年(2021年)9月に制定された州法に則り、ブラックロックと欧州の資産運用会社数社を違反リストに加え、州政府とのビジネスを禁止したと発表した。原油・天然ガスの生産量が全米最大のテキサス州は、エクソンモービルの本社があるなど石油業界が中心産業の州であり、石油業界をダイベストメント(投資の取りやめ)する金融機関を排除する、いわば“逆ダイベストメント”を州政府が決定したことは合理的とも言える。

ただ、こうした動きは、11月に行われる中間選挙と州知事選に向け、トランプ元大統領が所属し気候変動対策に反対する姿勢をとってきた共和党が中心のテキサス州政府による人気取りの一貫という見方が根強い。事実、ブラックロックはダイベストメントを行っていないとの異議を表明しており、恐らくこの反論は真実であろう。つまり、テキサス州政府はESG投資のリーダー格であるブラックロックをあえて狙ったものと見られる。テキサス州だけでも全米6位の教職員退職年金(運用資産約2000億ドル)を有しており決して影響は小さくないうえ、テキサス州と同様の動きはウェストバージニア州やオクラホマ州などでも見られ始めており、今後、共和党が強い州を中心に拡大する可能性がある。

このようにESGは広く認識されるようになるにつれ、単に機関投資家にとってのムーブメントにとどまらず、政治的な介入を招くようになった。機関投資家側も政治的な動きを梃にESG投資を拡大してきた面は否めないが、だからといって規制を望んでいたわけではないだろう。政界においてESG否定派が広がる中、ESG投資を牽引してきたブラックロックは難しい舵取りを迫られることになりそうだ。

2022/09/01 【2022年9月の課題】報酬/指名諮問委員会における役員評価の役割分担と連携

2022年9月の課題

近年、コーポレートガバナンスの要である報酬/指名の透明性の確保、適正化等に向け、任意の報酬諮問委員会および指名諮問委員会を設置する会社が多くなっています。両委員会にはそれぞれ独立した機能がありますが、コーポレートガバナンスの全体像を踏まえ、役割分担のみならず、連携が必要となる場面もあります。特に役員の評価はいずれの委員会においても行われるのが通常です。そこで、役員の評価に関する両委員会の役割分担と連携をどのように整理すべきか考えてみてください。

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2022/09/01 ダイレクトリスティング“解禁”なら、CVCの出口戦略への影響は必至(会員限定)

2021年の日本の株式市場におけるIPO(Initial Public Offering=新規株式上場)社数は125社に達し、リーマンショック後の2009年の19社と比べると隔世の感がある。IPOの大きな目的は証券取引所(資本市場)を通じて資金を調達することにあるが、実は未上場企業がIPOせずに証券取引所に上場する方法も存在する。それが「ダイレクトリスティング(直接上場)」だ。

米国の最近の例では、音楽ストリーミングサービスのSpotify(Spotify Technology S.A.)やビジネスチャットツールを提供するSlack(Slack Technologies, LLC)がニューヨーク証券取引所への上場時にダイレクトリスティングを利用した。米国の場合、ベンチャー企業に対する資金供給が潤沢であるため、上場前に多額の資金調達に成功した企業の中には、資金調達のニーズはないものの株主に取引機会を与えるために上場はしたいという企業が少なくない。そのような企業がダイレクトリスティングを利用して上場することになる。

東京証券取引所(以下、東証)におけるダイレクトリスティング実施企業は杏林製薬(1999年4月上場)1社のみであり、その後20年以上も実施例がない()。こうした中、東証が2022年8月24日に公表した「IPO等に関する見直しの方針について」でダイレクトリスティングを「当取引所で実施する場合の実務上の留意点に関して、IPOとの相違点を踏まえつつ整理を行う」との方針を示したことで、にわかに注目が集まっている(同資料の8ページ参照)。

 既に地方の取引所に上場している企業が東証に上場する際に資金調達(募集売出し)を行わないケースはよく見受けられるが、これは既上場企業が単に市場を鞍替えしたにすぎず、未上場企業が利用するダイレクトリスティングとは異なる。

募集 : 50名以上の者を相手方として、新たに発行される株式などの取得の申込みの勧誘を行うことで、金融商品取引法上の規制対象となる。所有することとなる者ではなく、勧誘の対象者が50名以上であれば募集となる。「公募」ともいう。
売出し : 50名以上の者を相手方として、既に発行された株式などの売付けの申込み又はその買付けの申込みの勧誘を行うことで、金融商品取引法上の規制対象となる。証券取引所においては、創業者など大株主が保有している株式の一部を投資家に買ってもらう際に用いられる。売出しでは新たに株式を発行するわけではないため、企業にとっては資金調達にならない一方、創業者などは利益確定を実現することになるため、あまり売出し額が多いことは資本市場に好まれない。

東証が整理しようとしている「実務上の留意点」は、IPOを実施する企業が有価証券届出書を提出する義務を課せられるのに対し、ダイレクトリスティングの場合は当該義務を課せられていないということを念頭に置いている。もっとも、そもそも有価証券届出書の提出義務が1億円以上の募集・売出しをすることを前提としており、募集・売出しを実施しないダイレクトリスティングでは有価証券届出書の提出義務を課しようがない()。その結果、有価証券届出書に虚偽記載があれば課徴金の対象になり、罰則も適用される(いわゆるエンフォースメントがある状態)が、有価証券届出書を提出する必要がない企業にはそのようなエンフォースメントがないことになる。また、主幹事証券会社による引受審査も不要となる。その結果、投資家保護が不十分になりかねないため、ダイレクトリスティングは長い間活用されてこなかったという経緯がある。

有価証券届出書 : 新規上場申請時や1億円以上の募集・売出しを実施する時などに財務局に提出する書類。有価証券報告書(上場会社が上場後に毎年財務局に提出する書類)に証券情報(募集・売出の株数や価額などの詳細が記された情報)が追加された様式となっている。
エンフォースメント : 法や規則といったルールを執行すること
引受審査 : 企業が株式や債券などを発行して資金調達をする際に、それらを引き受ける主幹事証券会社が行う審査業務のこと。

 上場企業は有価証券報告書を提出しなければならないとされており、これはダイレクトリスティングにより上場する企業も例外ではない。すなわち、ここでは上場後の有価証券報告書提出義務ではなく上場時の有価証券届出書の提出義務がないという問題が論点となっている。なお、杏林製薬の場合、上場前から有価証券報告書を開示していたという特殊性があった(金融商品取引法上、非上場会社であっても有価証券届出書の提出を行った会社は、翌年度以降有価証券報告書を毎年提出することが義務付けられている)。

「IPO等に関する見直しの方針について」では、グロース市場におけるダイレクトリスティングの在り方も検討するとしている。上述の通り米国では知名度の高い大型のスタートアップ企業がダイレクトリスティングを活用しているのに対して、現状の東証グロース市場では上場時の形式要件として「500単位以上の公募の実施」が求められる(同資料の10ページ参照)ため、そもそもダイレクトリスティングを使えない。

ダイレクトリスティングは資金調達を伴わないことから、既存株主にとっては新株発行による希薄化を避けられるという利点もある。グロース市場でダイレクトリスティングが解禁されれば、日本でもベンチャー企業の選択肢がIPOやM&A以外にも広がることとなり、CVCの出口戦略にも確実に影響を与えることになろう。

希薄化 : 1株当たりの価値が下がること。「希釈化」と同義。希薄化率は「新規発行株式数 / 既発行株式数」によって計算される。既存か部主からすれば、希薄化により一株当たり株主価値が低下するのみならず、議決権比率が低下し、投資先企業への影響力も薄まることになる。そこで、例えばある大手機関投資家は、株式報酬制度の導入に関する議案への賛成の条件として、「希薄化率が10%未満」であることを挙げている。発行済み株式数のみならず、今後実際の株式に転換される可能性のあるストックオプションや転換社債などまで含めた株式数をベースに計算された希薄化を「完全希薄化(Fully Diluted)」という。
CVC : 投資を本業としない事業会社が自己資金をベンチャー企業に投資すること(又はその組織)。CVCは社内の投資部門や子会社が運営するか、外部のVC(Venture Capital=ベンチャーキャピタル)に運営を委託することが多い。CVCもVCもベンチャー企業に投資を行うという点では同じだが、VCが投資先の将来的な上場によるキャピタルゲインを得ることを目的としているのに対し、CVCは自社とシナジーのあるベンチャー企業に投資し、協業等により本業の成長や拡大を目的としている点、大きく異なる。

 

 

 

 

 

 

2022/09/01 ダイレクトリスティング“解禁”なら、CVCの出口戦略への影響は必至

2021年の日本の株式市場におけるIPO(Initial Public Offering=新規株式上場)社数は125社に達し、リーマンショック後の2009年の19社と比べると隔世の感がある。IPOの大きな目的は証券取引所(資本市場)を通じて資金を調達することにあるが、実は未上場企業がIPOせずに証券取引所に上場する方法も存在する。それが「ダイレクトリスティング(直接上場)」だ。

米国の最近の例では、音楽ストリーミングサービスのSpotify(Spotify Technology S.A.)やビジネスチャットツールを提供するSlack(Slack Technologies, LLC)がニューヨーク証券取引所への上場時にダイレクトリスティングを利用した。米国の場合、ベンチャー企業に対する資金供給が潤沢であるため、上場前に多額の資金調達に成功した企業の中には、資金調達のニーズはないものの株主に取引機会を与えるために上場はしたいという企業が少なくない。そのような企業がダイレクトリスティングを利用して上場することになる。

東京証券取引所(以下、東証)におけるダイレクトリスティング実施企業は杏林製薬(1999年4月上場)1社のみであり、その後20年以上も実施例がない()。こうした中、・・・

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2022/08/31 【役員会 Good&Bad発言集】PBRの向上(会員限定)

<解説>
プライム市場上場企業の半数以上がPBR1倍割れ

2022年7月29日に開催された第1回「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」で示された資料によると、プライム市場に上場している1,838社のうち、時価総額が250億円未満の会社は4社に1社(463社)あり、また、適合計画を開示している262社の約9割(88%)にあたる230社が、時価総額250億円未満のゾーンに分布していることが分かりました(2022年7月1日時点 2022年8月9日のニュース「市場区分見直しから4か月、見えてきた市場ごとの課題」を参照)。しかも、このゾーンに区分される上場会社はPBRが低く、理論上「解散価値」の方が高くなる“1倍割れ”が半数を超えている(54%)に上っていることには驚かされます。

適合計画 : 上場会社が、上場維持基準のいずれかに適合しない状態となった場合に提出を求められる「上場維持基準の適合に向けた計画」および「計画に基づく進捗状況」 を指す。「上場維持基準の適合に向けた計画」には、上場維持基準の適合状況、計画期間並びに上場維持基準の適合に向けた取組の基本方針、課題および取組内容を記載する。また、「計画に基づく進捗状況」には、上場維持基準の適合状況の推移および計画期間、取組の実施状況および評価、上記2つの項目を踏まえた今後の課題・取組内容を記載する。
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

このようにPBRが低いのは日本の証券市場の特徴と言えます。下のグラフは日米欧の主要企業の業種別PBRを比較したものです(経済産業省の経済産業政策新機軸部会が2022年6月13日に公表した「経済産業政策新機軸部会 中間整理」(以下、中間整理)の44ページの図4-3)。
64377a
なお、下図のとおり、PBRはPERとROEに分解することが可能です(中間整理の45ページの図4-4)。
64377b
そこで中間整理では、PBRをPERとROEに分解してTOPIX500構成企業をプロットした図も示されています(中間整理の45ページの図4-5)。
64377c
上図をさらに、ROE8%、PER12.5倍を目安として業界ごとの傾向を4つに分類すると下図のようになります(中間整理の45ページの図4-6)。
64377d
上場企業各社では、自社のPERとROEが上図におけるどこに位置するのかを把握して、対策を検討すべきです。

PBRの向上策

中間整理では、中間整理では、「PBRが1倍以下(株式時価総額が純資産を下回る)の企業は、1倍を超えるための一定期間(例えば5年間)の具体的かつ合理的な計画を立案し、公表するとともに、ステークホルダーに説明するべき」としており、としています(中間整理51ページ)。

その方策として、株主優待や自己株式の消却など株価を上げることを直接の目的とする策もありますが、それ以上に必要となるのはROICの低い事業や政策保有株式などを整理して、よりROICの高い事業に資金を投下して企業価値そのものを上げていく方策です(ケーススタディ「【株価】株価が安すぎるのでは?」も参照)。そのために参考にしたいのが、中間整理が「グローバル競争に直面している企業に求める5つの軸」です。中間整理では「CEO・取締役間などで徹底的に議論し、形式でなく「実質的」な企業改革を進め、その取組を統合報告書などで開示し、投資家と対話することで、企業価値向上に繋げるべき」としています(中間整理51ページ)が、これは「グローバル競争に直面している企業」だけでなく、「PBRが1倍以下(株式時価総額が純資産を下回る)の企業」のPCR向上策としても有意義な視点と言えます。

考え方 具体的な取組
①バランスシート経営改革 グローバルな競合相手をベンチマークし、貪欲に改革に取り組むことで、持続的にキャッシュフローを稼ぎ、市場からも評価を得て大規模に資金調達し、産業構造変化へ迅速、柔軟に対応する。無形資産を含め高速(スピード)・大規模(スケール)に投資及び価値創造をする。
単に損益計算書(PL)上の利益水準だけでなく、賃借対照表(バランスシート:BS)をベースに資本効率性を上げることに着目した経営を行う。特に、日本企業に特徴的と指摘される、現金保有、政策保有株式、高水準な内部留保は資本効率性を悪化させることから、これらの状況の把握と解消に向けた取組を行う。また、資本収益性と成長性をもとに、最適な事業ポートフォリオマネジメントを行う。
経営資源をコア事業の強化や成長事業・新規事業への投資に集中させるため、企業の長期ビジョンに基づく企業価値創造の観点から適合しなくなった事業について早期に撤退することも含めて、事業ポートフォリオの見直しとこれに応じた事業再編の実行を随時行う。
事業再編を促進するという観点から、事業再編実務指針を参考に、事業ポートフォリオに関する基本的な方針や事業ポートフォリオの見直しの状況について検討し、公表する。
②バックキャスト型長期経営 長期的な自社のありたい姿とビジョンを描き、どの分野でどのように社会課題の解決に取り組むのかを CEO や経営陣は熟考し、そこから今後の経営の在り方を導く経営が求められる。それに基づき、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを同期化させ、価値創造(イノベーション創出)ストーリーを構築し、ステークホルダーと対話していく。また、それにあわせた企業組織文化の変革に取り組む。加えて、人的資本経営の取組と両輪で、非財務情報の可視化を進めていく。
長期戦略と連動した実行戦略の策定・実施すべき。その中で、イノベーション創出体制の構築等を進める。「知の深化」と「知の探索」を同時に推進するイノベーションマネジメントを徹底する。また、アートの活用など中長期的にイノベーションを育む組織環境を作る。
「価値協創ガイダンス」等に基づいて、企業価値創造に向けた経営のあり方を整理し、非財務情報も含めて投資家に情報提供し、対話を進める。
「両利き経営」の考え方や、2019年7月に既存組織からのイノベーション創出(価値創造)を行うマネジメントシステムとして発行された国際規格 ISO56002、新規事業創出に取り組む企業のベストプラクティスなどを参考にしながら、体制を構築し、その旨公表する。
③マネジメントスタイル変革 リスクテイクでき、しがらみにとらわれない判断ができる CEOが経営力を発揮できる社内体制を構築する。
CEO の任期は各企業で自由に定められるが、数年間で順繰りにCEOを務める慣行の企業も多い。いわゆる「サラリーマン社長」でなく、任期を定めず経営にコミットする同族企業の方がパフォーマンスが高いとの調査もあり、また、社内で改革を遂行するためにはトップが変われば後戻りできると思わせないことが重要。CEOの任期を想定せず、中長期の価値創造にコミットできるようにする。その上で、CEOは日々の業務に忙殺されるのではなく、価値創造につながる中長期戦略の立案・実行に注力する。
また、CEOを支える、機能ごとの最高責任者(CXO:CFO、CHRO、CDO等)の設置による強力な執行体制を整備する。
CEOがリーダーシップを発揮しやすい社内の仕組み作りとして、CEO退任者からの影響力の排除、CXOの設置によるCEOを中心とした強力なトップマネジメントチームの組成等の体制を確保する。CEOや執行チームが中長期の戦略に注力するよう、マネジメントスタイルを変革する。
CEOの「任期」の廃止と就任年齢の若返りにより、CEO が精力的に経営戦略を実現できる期間を確保し、CEOはパフォーマンス等で不断に評価されるようにする。
④アグレッシブな成長を目指すためのマネジメント・ガバナンス改革 グローバルレベルで資質のあるCEOが、バランスシート経営やバックキャスト型長期経営を、特に中長期的にトップダウンで取り組むような体制を構築する。具体的には、モニタリング機能を重視したガバナンス体制への移行等により、経営のスピードと自由度を高めるほか、グローバル水準の長期インセンティブ報酬とする。
また、CEO候補者の育成のため、サクセッションプランを作成し、具体的なプログラム化をする。
グローバルで標準的である、過半数の独立社外取締役や、多様性ある取締役会を確立する。その際、社外取締役のメンバーは、世界水準の人材を集め、長期経営の方針について、CEOや執行側と徹底的に対話し、価値観を共有して進める。
加えて、上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示する。
(ⅰ)リスクテイクでき、しがらみにとらわれない判断ができること等の資質を有するCEOの選任
あるべきCEO像は各社のおかれた経営環境に応じて検討されるべきものであるが、決断力と実行力、変革力、構想力、高潔性、胆力といった資質項目は共通する。その上で、「GX、DX等企業組織の変革経験」、「他流試合の経験」、「グローバル経験」、「リスクテイクできしがらみにとらわれない判断ができること」は必須。
資質を有する者を社内だけに限らず、社外も含めてグローバルに人選する。CEO候補者の育成のため、サクセッションプランを作成・具体的プログラム化する。
具体的には、20・30代からの経営人材を選抜する、グローバル水準のリーダーシップ開発を行う、候補者リストには経営者の経験を持つ者を含めるといった取組を行う。
(ⅱ)CEO・経営陣のインセンティブ強化
株式を用いた長期インセンティブ報酬については、年々導入企業が増加している。リスクテイクを促すために、経営陣に対する長期インセンティブ報酬の活用をさらに進める。
特に、グローバルな競争の中で成長を目指す企業においては、海外も含めた優れた経営人材の登用という観点から検討する。
グローバル水準の長期インセンティブ報酬を導入する(海外と比較すると、目安としては 40~50%程度)。
役員のみならず、将来の幹部候補に対しても自社株報酬やストックオプションの積極的な支給や持株会の活用により、将来の企業価値に対する早い段階からの意識向上や、従業員エンゲージメントの向上を図る。
また、すでに欧米では ESG(環境・社会・統治)への取組の成果を株式報酬や長期インセンティブ報酬に取り入れている企業が多数に上り、日本企業がサステナブル経営に本格的に取り組むにあたって、報酬制度の改革も必要である。こうした観点から、長期インセンティブ報酬には、ESGなどの非財務情報をKPIとして組み込むことも検討する。
(ⅲ)取締役会の機能の強化
取締役会の独立性、多様性を確保する。特に、取締役会に社外者を入れることは重要であり、ジェンダー、国際性、年齢などの属性のみならず、経営経験などの職歴や専門知識の観点からの多様性を確保する。
取締役の過半数を独立社外取締役とする。取締役会は、経営陣の意思決定(および意思決定しないこと)に対して、グローバルマーケットを前提に、高速(スピード)・大規模(スケール)な価値創造につながるかという観点で評価・監督する。
特に、モニタリング機能を重視したガバナンス体制への移行により、取締役会や指名・報酬委員会が指名・報酬の決定等を通じて経営陣に対する監督機能を十分に発揮することを前提としつつ、小さな失敗は許容することも含め、果敢なリスクテイクを後押しする方向で、平時における CEO・経営陣のリーダーシップを支え、経営の自由度を高める。
CEOの選任については、
①独立社外取締役が委員長を務め、過半数を占める指名委員会において指名すること、
②社外も含めて広くグローバルに候補を探索した上で選任すること、
③指名委員会が主体的に関与してサクセッションプランを作成すること
とする。
また、社外取締役については、多様な経験に加え、成長戦略に資する議論ができる知見や強いコミットメント、企業経営に向き合う真摯な姿勢等が必要であり、これら企業として求める資質を備えた社外取締役の人選や評価を行い、企業の状況に応じた入れ替えを行う。
(ⅳ)資本市場によるガバナンス機能の発揮
エンゲージメントを通じて株主意見・提案に真摯に向き合うことは、中長期の企業価値向上の観点から企業変革を行う重要な契機となり得る。こうした観点から、社外取締役が自ら投資家との対話に積極的に関わること、そのための社内体制を整備する。
中長期の企業価値向上の観点から、真摯な買収提案に対し(いわゆる敵対的TOBも含め)、これを取締役会において真摯に検討することが取締役の重要な責務(善管注意義務)であることについて、特に社外取締役が十分に意識するようにする。
⑤人的資本経営 人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる人的資本経営への変革は、グローバルな競争を勝ち抜く企業にとっても不可欠。 人材版伊藤レポート2.0」を参考に、①CEOとともにCHROが主導して、全社的な経営課題を特定した上で、②動的な人材ポートフォリオを構築し、③多様な人材を徹底的に活かして付加価値の創出につなげる人的資本経営の取り込みを行う。
社員エンゲージメントの向上につなげる観点から、健康経営への投資を進める。

さて、以上の解説をご覧いただければ、誰の発言がGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。

<正解>
GOOD発言はこちら

取締役C:「株価は企業価値を向上させることで結果的に向上させるものです。PBR向上策は企業価値向上策にほかなりません。まずは政策保有株式を整理するとともに、人材を費用として捉えて人件費は『安ければ安い方がよい』という考え方を改め、人材を「資本」として捉え直した人的資本経営の実践に取り組むようにしてみませんか。」
コメント:解説でお伝えした「グローバル競争に直面している企業に求める5つの軸」のうち、直近では人的資本経営がもっとも注目を集めています。取締役Cの発言は最近のトレンドを押さえたGood発言です。

取締役D:「例えば5年間の期間を区切って、PBRが1倍を超えるための計画を立案し、それを公表するとともに、ステークホルダーに説明するようにしてはいかがでしょうか。」
コメント:経済産業省の経済産業政策新機軸部会が2022年6月13日に公表した「経済産業政策新機軸部会 中間整理」の51ページでも同様の提案が行われています。取締役Dの発言はPBR1倍割れ企業にとってのタスクを明確に認識したGood発言です。

BAD発言はこちら

取締役A:「PBR向上策と言っても、結局のところ株価を上げることしか方策はないのではないでしょうか。」
コメント:PBRは「株価」と「1株当たり株主資本」が変数となるので、PBRを向上させるには「株価」を上げるとともに「1株当たり株主資本」の圧縮(効率的な経営の実現)が必要となります。確かに株主優待や自己株式の消却など株価を上げることを直接の目的とする方策もありますが、それ以上に必要となるのはROICの低い事業や政策保有株式などを整理して、よりROICの高い事業に資金を投下して企業価値そのものを上げていく方策です。取締役Aの発言はPBR向上策に対する誤解が含まれたBad発言です。

取締役B:「取引所の株価は投資家同士の需要と供給に応じて決まるものであり、わが社がどうこうできるものではない。PBR向上策を検討して実施することは、まさに経営が株価に振り回されることを意味し、本末転倒ではないか。」
コメント:確かに上場会社の経営陣が日々の細かな株価の値動きにとらわれるべきではありません。そして、取引所の株価形成の仕組みを考慮すると、「取引所の株価は投資家同士の需要と供給に応じて決まるものであり、わが社がどうこうできるものではない」というのは事実です。もっとも、上場会社としては投資家にとって「買いたい」と思わせるようにするための方策(企業価値の向上策)には日々取り組んでいかなければなりません。取締役Bの発言は企業価値の向上という上場会社が負う当然の責務すらも否定しかねない発言であり、上場会社の経営陣としては看過しがたいBad発言です。