コーポレートガバナンス改革を実現するための具体的な指針として上場企業の間で定着している コーポレート・ガバナンス・システム・ガイドライン(以下、CGSガイドライン)の改訂に向けた議論が、経済産業省に設置された(第3期)コーポレート・ガバナンス・システム研究会(以下、CGS研究会)で2021年11月から進められてきたが、2022年7月19日、ようやく3度目となる改訂版(以下、改訂CGSガイドライン)が公表された。
コーポレート・ガバナンス・システム・ガイドライン : CGコードの主要原則を実践するための実務指針
<(第3期)CGS研究会関係の過去記事>
2022年5月11日のニュース『社外取締役の報酬改革などが俎上に 第3期CGS研究会の主要論点』
2022年6月23日のニュース『改訂CGSガイドライン、社外取に「社長・CEOの選解任に関与する覚悟」求める』
2022年7月4日のニュース『改訂CGSガイドライン、日本企業に変革を迫る2つのポイント』
改訂CGSガイドラインは本文だけで95ページあり、改訂前の53ページと比べ2倍近くにページ数が増えている。ページ数の増加を踏まえ、今回はエグゼクティブ・サマリーがついているものの、それも全11ページと、多忙な役員が一気に目を通すには若干ボリュームがある。そこで当フォーラムでは、エグゼクティブ・サマリーの見出しと該当ページへのリンクを下表にまとめたので、改訂CGSガイドラインを読む際に活用していただきたい。
| エグゼクティブ・サマリーの見出し |
改訂CGSガイドラインの該当箇所 |
| 1 取締役会の役割・機能の向上 |
(1)「監督」の意義 |
2.1 |
| (2)モニタリング機能を重視したガバナンス体制 |
2.3
2.4. |
| (3)監査等委員会設置会社へ移行する際の検討事項 |
2.4.3.
別紙2 |
| (4)社長・CEO の解任・不再任をめぐる議論の契機となる基準等 |
4.1.5
4.1.2. |
| (5)会社の抱える課題を踏まえた取締役の選任 |
2.5.2.
別紙 3 |
| 2 社外取締役の資質・評価の在り方 |
(1)社外取締役の資質 |
3.2.
3.3. |
| (2)指名委員会・報酬委員会の構成・委員長 |
別冊第一部 |
| (3)社外取締役の評価 |
別紙 1ステップ 8 |
| (4)ボードサクセッション |
別紙 1ステップ 9 |
| 3 経営陣のリーダーシップ強化のための環境整備 |
(1)執行側の機能強化の重要性 |
5.1. |
| (2)トップマネジメントチームの組成と権限の委譲 |
5.2 |
| (3)経営戦略等の策定・実行における工夫 |
5.3. |
| (4)経営・執行の機能強化のための委員会の活用 |
5.4. |
| (5)経営陣の報酬 |
4.2. |
| (6)幹部候補人材の育成・エンゲージメント向上 |
5.5. |
改訂CGSガイドラインの中でも役員として必ず目を通しておきたいのが、今回新たに加わった【別紙 3:投資家株主から取締役を選任する際の視点】(以下、別紙3)だ。別紙3で示された問題意識を理解するため、まず取締役会(Board)のあり方についての議論をおさらいしておこう。取締役会は従来の アドバイザリー・ボード型(Board1.0)から独立取締役を中心とした モニタリング・ボード型(Board2.0)へと進化してきたものの、モニタリング・ボード型には次のような問題点があると言われている(CGS研究会(第3期)第1回事務局説明資料の48ページ目を参照)。
アドバイザリー・ボード : 業務執行におけるコンセンサスを形成する場としての取締役会。「マネジメント・ボード 」とも言われる。
モニタリング・ボード: 経営陣の監督を主たる役割・任務とする取締役会
モニタリング・ボード型(Board2.0)の取締役会の問題点
| 情報の不足 |
取締役会の開催頻度が少なく、独立取締役が経営陣から得られる情報が不足しがち |
| リソースの不足 |
独立取締役は非常勤であり、自らの分析リソースを持たない |
| 意欲の限界 |
独立取締役の多くは報酬が低額かつ固定的 |
こうした中、新たな取締役会のあり方として出てきたのが「Board3.0」だ(Board3.0については2022年6月8日のニュース『「Board3.0」が注目される理由と現状の社外取締役に足りないもの』を参照)。Board3.0とは、投資のプロを取締役に選任すること等により経営陣による戦略の策定・遂行を効果的に監督する仕組みをいう(改訂CGSガイドラインの21ページの注33を参照)。例えば、ファンドを運営する投資のプロが経営陣から得られる豊富な情報を活用しながら(情報やリソースの不測の克服)、長期の株式報酬により高い意欲を持ちつつ(意欲の限界の克服)、戦略立案に参画するようなケースが想定される。
もっとも、実際にBoard3.0に移行した上場企業の事例の中には、現経営陣が能動的に投資家株主から取締役を選任して戦略立案に参画してもらったケースだけでなく、アクティビストに目を付けられた結果として(いわば受動的に)アクティビストから取締役が送り込まれたというケースもあろう。また最近では、「株主出身の社外取締役が増え公平性を欠く」として、非株主出身の社外取締役が抗議の意味を込めて退任した東芝の一件が話題を呼んだ。このように、日本でも少しずつ事例は増えつつあるものの未だ混迷状態にある「Board3.0」への理解を深めるべく、今回CGSガイドラインに新たに追加されることになったのが別紙3である。
Board3.0を理解するうえで誤解してはならないのが、株主出身の取締役だからといって何か特別な権限があるわけではないということだ。つまり、選任された取締役は株主共同利益のために行動することが求められ、「特定の株主やステークホルダー」の利害を代表するために行動することは許されない(改訂CGSガイドラインの別紙3の81ページを参照)。別紙3ではこの基本ルールを前提としたうえで、投資家株主から取締役を選任する場合の主な留意点として、①一般株主との利害の不一致、②利益相反、③情報管理、④独立性・社外性、⑤開示の5つを掲げている。①は選任時の問題、②から④は運用上の問題に分類できる。以下、それぞれについて解説する。
<選任時の問題>
別紙3は、投資家株主から選任した取締役と一般株主との間で投資の タイムホライズンが異なる場合、「一般株主との利害の不一致」が問題になり得ることを指摘している。例えば、投資家株主が長期投資のスタイルであるにもかかわらず、短期所有の目的の一般株主が多い場合や、逆に、投資家は短期での事業再編等を目論んでいるものの、中長期所有の目的の一般株主が多い場合などだ。出口までの期間の目線が異なれば、戦略への評価が変わってくることは避けられない。解決策としては、一般株主の理解を得るため、投資家株主から取締役を選任する際には、株主総会で選任理由を丁寧に説明しておくことが考えられる。
タイムホライズン : 投資してから回収に至るまでの予定期間
<運用上の問題>
別紙3は「運用上の問題」として、投資家株主から取締役を選任した場合には「利益相反」「情報管理」「独立性・社外性」が起こり得ることを指摘している。「利益相反」とは、当該投資家株主であるファンドが利害関係の当事者となる場面(ファンドやファンドの関連会社が会社の買収者や事業の譲受先となる場合、ファンドが会社の競合会社に対して投資を行う場合、ファンドと会社との間で訴訟や紛争が生じる場面など)が想定される。このような場合は、取締役会の意思決定に際して、当該取締役が関与しないなどの配慮が必要となる。
また、投資家株主から選任された取締役が戦略立案を行う際には会社の機密情報にアクセスすることになるため、情報管理について特別な配慮が必要となる。別紙3では、具体的に下記のような配慮が求められるとしている。
・取締役本人との間の守秘義務契約・誓約書の入手
・投資家株主との間の合意の締結により、取締役が投資家株主と情報共有してよい範囲や投資家株主関係者の秘密保持義務の明確化
・投資家株主にインサイダー取引規制の遵守を徹底させる
・フェア・ディスクロージャー・ルールへの対応のため、投資家株主に重要情報の公表前の守秘義務および売買禁止を課す |
フェア・ディスクロージャー・ルール:上場会社による情報開示がすべての投資家に対し公平に行われることを目的としたルール
重要情報 : フェア・ディスクロージャー・ルール上の「重要情報」とは「当該上場会社等の運営、業務または財産に関する公表されていない重要な情報であって、投資者の投資判断に重要な影響を及ぼすもの」をいう(金商法27条の36)。ちなみにインサイダー取引規制では「重要事実」との言い回しが使われており、FDルールの「重要情報」とは別の概念になる。
ファンドの出資比率や経営への関与の仕方によっては、投資家株主から選任された取締役の独立性・社外性が失われることも考えられ、この場合、東証の上場規則が定めるところの独立役員としての要件を充足するかどうかの検討が必須となる。別紙3では、投資家株主からの取締役の経営への関与の在り方によって社外性(非業務執行の要件)を失う可能性があるような場合には、「業務執行性について異なる解釈もあり得る行為については、いわゆるセーフ・ハーバー・ルールに基づき、保守的に取締役会の決議を経ておくことも検討に値する」(改訂CGSガイドラインの84ページを参照)としている。
セーフ・ハーバー・ルール : 予測困難な責任を回避するために企業の行動が委縮することがないよう、違法ないし違反にならない範囲を明確化すること。セーフハーバーとは「安全な港」という意味であり、セーフハーバー・ルールという言葉は、船が安全な港にいる限り海難を避けられることに由来する。
<開示の問題>
投資家株主から取締役を選任するにあたり、仮に当該投資家株主との間で何らかの合意をしたのであれば、当該合意について開示すべきかどうかを検討しなければならない。この点、別紙3では、例えば米国では「投資家株主による取締役候補者の指名権やスタンドスティル条項(買い手株主が会社側の合意を得ずに行う株式の買い増し等を禁止する条項)、相互非難禁止等を規定した和解契約(Settlement Agreement)を締結することが多い」ことを紹介しており、今後日本でもこうした条項について合意することが一般的になる可能性がある(改訂CGSガイドラインの84ページを参照)。その場合、別紙3では、以下の開示の要否を検討すべきとしている。
| 金融商品取引法に基づく開示 |
有価証券報告書における「経営上の重要な契約等」 |
| 上場規則に基づく開示 |
コーポレート・ガバナンス報告書における開示 |
| 適時開示事由ないしバスケット条項(「その他上場会社の運営、業務若しくは財産又は当該上場株券等に関する重要な事実」)に基づく適時開示 |
バスケット条項 : 規制の対象となる事実を細かく列挙して定める際に、広く網をかけるために最後に設置される「その他●●なもの」といった規定のこと。状況の変化や当初想定していなかった事態が生じた際にも弾力的に対応できるメリットがある。
前述したとおりモニタリング・ボード型(Board2.0)の取締役会にはいくつかの問題点があるため、現行の取締役会のあり方に限界を感じている上場企業は少なくないはずだ。Board3.0がこれらの諸問題を解決する策として有効かどうか、まだ評価は定まってはいないが、手詰まり感を解消することを模索する企業にとっては、取締役会のBoard3.0への移行は検討に値する。また、アクティビストから目を付けられて、結果的にBoard3.0に移行せざるを得なかった上場企業もある。こうした企業にとって、改訂CGSガイドラインの別紙3は必読と言えよう。