2022/01/19 リース会計基準変更へ 「重要性基準」という“逃げ道”は通用するか

企業の「総資産」が増加すれば、「利益/総資産」によって計算されるROA(Return On Assets=総資産利益率)は低下し、投資家には「資産を上手く活用できていない(利益を生み出せていない)」というネガティブな評価を受けかねない。これを回避する手法の一つが「リース」の活用だ。日本の会計基準では、リース料は毎期の費用に計上される(すなわち、賃貸借処理)一方、貸借対照表(B/S)には計上しなくてもよい(=オフバランス)ことになっているため、総資産が増えず、ROAの低下も防ぐことができる()。

 これが可能となるのは、「オペレーティング・リース」または「300万以下の所有権移転外ファイナンス・リース」のみであり、ファイナンス・リースは貸借対照表への計上が求められる。リースの種類については、2019年1月18日のニュース「本社建物のリース期間がROAに大きな影響も」の3、4段落目参照。

所有権移転外ファイナンス・リース : 「ファイナンス・リース」には、所有権は借り手には移転しないタイプの「所有権移転外ファイナンス・リース」というものがある。「所有権移転外」という言葉のとおり所有権が移転しないという点以外は上述のファイナンス・リースと同じだが、所有権が移転しないという点はオペレーティング・リースと変わらない。そう考えると、所有権移転外ファイナンス・リースは、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースの中間に位置付けられると言える。

こうした中、意図的にファイナンス・リースの基準(「支払いリース料総額の現在価値が、見積もり現金購入価額の90%以上」または「リース期間が耐用年数の75%以上」で中途解約もできないこと)を満たさないようにリース契約を仕組んでオペレーティング・リースにするなどの行為が行われてきたが、IFRS(国際会計基準)では、すべてのリースを貸借対照表に(資産および負債として)計上することが求められる。そこで、日本の企業会計基準委員会(ASBJ)は現在、リースに関する日本の会計基準を国際的に整合性のあるものとするため、IFRSをモデルとした会計基準の開発に向け検討を重ねている。リース会計基準が変われば、これまでオペレーティング・リースや所有権移転外ファイナンス・リースを活用してきた企業には大きな影響が及ぶことになる。

こうした企業にとって気になるのは、現行のリース会計基準における「重要性基準」が維持されるのかどうかという点だ。現行の日本のリース会計基準では、以下の場合、「少額リース資産」「短期のリース取引」として貸借対照表に資産計上しないことが容認されており、この結果、リースを貸借対照表に計上するケースが大幅に削減されているという実態がある。

a.所有権移転外ファイナンス・リースのうち、リース契約1件当たりのリース料総額が300万円以下のもの
b.リース期間が1年以内の取引

この点、ASBJは現在開発中の新リース会計基準においても、「300万円基準」「1年以内基準」という重要性基準を維持する方向で議論している。ただし、これらの重要性基準が維持されても、企業に大きな影響が及ぶことは避けられないだろう。その理由としては主に以下の2つが挙げられる。・・・

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2022/01/19 リース会計基準変更へ 「重要性基準」という“逃げ道”は通用するか(会員限定)

企業の「総資産」が増加すれば、「利益/総資産」によって計算されるROA(Return On Assets=総資産利益率)は低下し、投資家には「資産を上手く活用できていない(利益を生み出せていない)」というネガティブな評価を受けかねない。これを回避する手法の一つが「リース」の活用だ。日本の会計基準では、リース料は毎期の費用に計上される(すなわち、賃貸借処理)一方、貸借対照表(B/S)には計上しなくてもよい(=オフバランス)ことになっているため、総資産が増えず、ROAの低下も防ぐことができる()。

 これが可能となるのは、「オペレーティング・リース」または「300万以下の所有権移転外ファイナンス・リース」のみであり、ファイナンス・リースは貸借対照表への計上が求められる。リースの種類については、2019年1月18日のニュース「本社建物のリース期間がROAに大きな影響も」の3、4段落目参照。

所有権移転外ファイナンス・リース : 「ファイナンス・リース」には、所有権は借り手には移転しないタイプの「所有権移転外ファイナンス・リース」というものがある。「所有権移転外」という言葉のとおり所有権が移転しないという点以外は上述のファイナンス・リースと同じだが、所有権が移転しないという点はオペレーティング・リースと変わらない。そう考えると、所有権移転外ファイナンス・リースは、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースの中間に位置付けられると言える。

こうした中、意図的にファイナンス・リースの基準(「支払いリース料総額の現在価値が、見積もり現金購入価額の90%以上」または「リース期間が耐用年数の75%以上」で中途解約もできないこと)を満たさないようにリース契約を仕組んでオペレーティング・リースにするなどの行為が行われてきたが、IFRS(国際会計基準)では、すべてのリースを貸借対照表に(資産および負債として)計上することが求められる。そこで、日本の企業会計基準委員会(ASBJ)は現在、リースに関する日本の会計基準を国際的に整合性のあるものとするため、IFRSをモデルとした会計基準の開発に向け検討を重ねている。リース会計基準が変われば、これまでオペレーティング・リースや所有権移転外ファイナンス・リースを活用してきた企業には大きな影響が及ぶことになる。

こうした企業にとって気になるのは、現行のリース会計基準における「重要性基準」が維持されるのかどうかという点だ。現行の日本のリース会計基準では、以下の場合、「少額リース資産」「短期のリース取引」として貸借対照表に資産計上しないことが容認されており、この結果、リースを貸借対照表に計上するケースが大幅に削減されているという実態がある。

a.所有権移転外ファイナンス・リースのうち、解約不能期間のリース料総額がリース契約1件当たり300万円以下のもの
b.リース期間が1年以内の取引

この点、ASBJは現在開発中の新リース会計基準においても、「300万円基準」「1年以内基準」という重要性基準を維持する方向で議論している。ただし、これらの重要性基準が維持されても、企業に大きな影響が及ぶことは避けられないだろう。その理由としては主に以下の2つが挙げられる。

① 「300万円基準」は、所有権移転外ファイナンス・リース取引についての重要性基準である。これに対し、ASBJが現在進めているリース会計基準の開発は、ファイナンス・リース、オペレーティング・リースの区分を廃止し、すべてのリースについて資産計上しようというもの。現在オペレーティング・リースに区分されている多くの不動産のリースは解約不能期間のリース料総額が1件当たり300万円超であるため、現行リース会計基準のような賃貸借処理にはならず、貸借対照表への計上は避けられない。

現行のリース基準の区分 300万円基準
現行リース会計基準 開発中の新リース会計基準
ファイナンス・リース 所有権移転 ×
(ファイナンス・リース、
オペレーティング・リースの
区分なし)
所有権移転外
オペレーティング・リース

② 現行リース会計基準で「短期のリース取引」に該当することなる「1年以内」の判定は「合意されたリース期間(解約不能期間)」に基づいて判断されるが、開発中の新リース会計基準のリース期間は「解約不能期間に合理的に確実な延長オプションの期間を加えたもの」とされる予定となっている。したがって、仮に解約不能期間(合意されたリース契約期間)が1年であったとしても、合理的に確実な延長オプションの期間を考慮すると1年を超える場合には貸借対照表への計上が求められることになる。新リース会計基準への移行に伴い、「1年以内」と判定されるリース契約は減少する可能性が高いということだ。

  リース期間
解約不能期間 合理的に確実な延長オプションの期間
現行リース会計基準 -(考慮しない)
開発中の新リース会計基準

以上のとおり、「300万円基準」「1年以内のリース取引」という重要性基準が維持されても、特に多数の不動産リース契約がある企業では、現行リース会計基準と比べリース資産として計上される範囲が大幅に増大することに変わりはない。

なお、IFRSのリース会計基準には、「5千米ドル以下」という日本のリース会計基準とは異なる重要性基準がある(IFRS第16号)。したがって、連結財務諸表についてIFRSを適用している企業は、個別財務諸表についてどちらの基準を使えばよいのか判断に迷うところだが、日本独自の「300万円基準」しか使えないとなると、連結財務諸表、個別財務諸表それぞれで重要性の判断基準が異なるという問題が生じる。このため、IFRS適用企業は、「300万円基準」とIFRSの「5千米ドル以下基準」のいずれを選択することも認められることになろう。

2022/01/18 男女別の賃金開示、復活の可能性

昨日(2022年1月17日)招集された通常国会の冒頭で、岸田総理は今年の政府の基本方針や政策を示す「施政方針演説」を行ったが、新型コロナ対応などともに「新しい資本主義」という項目が立てられている。その中で注目されるのが、・・・

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2022/01/18 男女別の賃金開示、復活の可能性(会員限定)

昨日(2022年1月17日)招集された通常国会の冒頭で、岸田総理は今年の政府の基本方針や政策を示す「施政方針演説」を行ったが、新型コロナ対応などともに「新しい資本主義」という項目が立てられている。その中で注目されるのが、「世帯所得の向上を考えるとき、男女の賃金格差も大きなテーマです。この問題の是正に向け、企業の開示ルールを見直します。」との記述だ(「3 新しい資本主義」の(中間層の維持)」6、7行目参照)。

「企業の開示ルール」とは開示府令を指していることは想像に難くない。すなわちこの記述は、男女の賃金格差の是正を促すため、有価証券報告書において男女別の賃金の開示を求めているものと考えられる。

連結決算導入前の1999年3月期までは、有価証券報告書の「従業員の状況」欄で、従業員数、平均年齢、平均勤続年数、平均給与月額について“男女別”の開示が行われていたが、連結決算が導入された2000年3月期からはこれが廃止され、従業員数、平均年齢、平均勤続年数、平均給与月額を、男女を分けずに開示することとなった。

2012年には、内閣府に設置された『女性の活躍状況の資本市場における「見える化」に関する検討会』において、女性の活躍ぶりを示す指標等の1つとして、有価証券報告書で従業員の男女比率や女性管理職比率の開示が検討されたことがある。しかし、企業側から事務負担の増加や、女性が進出しづらい業種では数字だけが一人歩きする恐れがあるといった反対の声が上がり、見送られたという経緯がある。結局この際には、コーポレート・ガバナンス報告書において、企業が自社における役員への女性の登用の状況に関する情報を開示することが“できる”旨を「記載要領」において明示するにとどまった(その後、2014年10月には「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」が改正され、有価証券報告書の【役員の状況】に「役員の男女別の数」と「役員のうち女性の比率」を記載することが必須となり、女性の役員への登用状況の開示の場はコーポレート・ガバナンス報告書から有価証券報告書へと移された)。

今回は総理自らが施政方針演説で「企業の開示ルールを見直します」と言い切っていることや、機関投資家などがジェンダー・ダイバーシティを求める声も2012年当時とは比べ物にないほど高まっており、まったく状況が異なるだけに、ルール改正実現の可能性は高い。最速では来年(2023年)3月期に係る有価証券報告書から開示が求められることが考えられる。

男女の賃金格差が白日の下に晒されることとなった企業は、ジェンダー・ダイバーシティを重視する機関投資家から批判を受けたり、場合によっては役員の選任議案に反対票を投じたりするといった議決権行使行動を惹起することにもつながりかない。女性従業員の賃上げに向けたプレッシャーは高まることになりそうだ。

2022/01/17 温室効果ガス削減の切り札?週休3日制は広がるか

コロナ禍はリモートワークを否応なしに、そして一気に普及させたが、リモートワークへの評価はまだ定まっていないのが現状だ。労働生産性が低下する、通勤時間は節約できるが仕事と私生活の境目が曖昧になりワーク・ライフ・バランスがかえって崩れるといった問題点も指摘されている。

こうした中、・・・

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2022/01/17 温室効果ガス削減の切り札?週休3日制は広がるか(会員限定)

コロナ禍はリモートワークを否応なしに、そして一気に普及させたが、リモートワークへの評価はまだ定まっていないのが現状だ。労働生産性が低下する、通勤時間は節約できるが仕事と私生活の境目が曖昧になりワーク・ライフ・バランスがかえって崩れるといった問題点も指摘されている。

こうした中、いまだに多くの感染者を出している欧州では、「週休3日制(週4日勤務制)」の導入を検討する動きが広がっている。

昨年(2021年)3月には、スペイン政府が週4日勤務制を試験的に導入することを表明したが、他国においても検討の動きがみられる。また、個別企業でも、英国の大手スーパーマーケット・チェーンの Morrisonsが、本社の従業員限定で、週4日勤務制を導入している。

全従業員を対象に週4日勤務制を導入したのが、英国の新興銀行Atom Bankだ。支店を持たないデジタルバンクである同社は、コロナウイルスのパンデミックをきっかけに、昨年11月1日から週4日勤務に踏み切った。その背景には、同社従業員の柔軟な働き方を望む声がある。Atom Bankは、全ての従業員の労働時間を週37.5時間から週34時間へ短縮。そのうえで、週5日勤務か週4日勤務を選択すること制度を導入した。従業員は週5日勤務でも週4日勤務でも総労働時間を短縮しながら同額の給与を受け取ることができるが、多くの従業員が週4日勤務を選択。従業員は月曜日もしくは金曜日を休暇とする傾向にあるという。この結果を踏まえ、Atom Bank は、週4日勤務が従業員のウェルビーイングを向上させつつ、事業の発展を図ることができる最適な働き方であると判断した。

ウェルビーイング : 幸福で、肉体的・精神的・社会的すべてにおいて満たされた状態をいう。

Atom Bankは、当制度導入の具体的なメリットして、以下の4点を挙げている。

まずはワーク・ライフ・バランスの改善だ。多くの従業員が、週4日勤務は仕事の生産性を保ちつつ、生活も充実させることができるとしている。2つ目が、長期間にわたって働くための健康の維持である。Atom Bankは、勤務日数を減らすことで、従業員が自身の健康ケアのための時間をとることができ、特にメンタルヘルスに好影響をもたらすとしている。3つ目が環境面への貢献だ。英国の環境保護団体 Platform London が昨年実施した調査によれば、2025年までに全ての英国企業が週4日勤務に切り替えた場合、温室効果ガス排出量は週5日勤務を継続した場合と比較して20%以上削減できるという。4つ目が効率的な働き方の実現だ。元々、Atom Bankは支店を持たないデジタルバンクであり、効率性が事業運営の根幹にある。労働時間を削減することで、改めて事業運営に必要な要素を見直し、より効率的な働き方を追求することにつながるとしている。

これらの中で、多くの企業にとって最もインパクトが大きいのは、温室効果ガスの削減効果だろう。週4日勤務は確実に効果が見込める極めてシンプルな温室効果ガスの削減方法と言える。既に日本でも、Zホールディングス、ユニクロ、日本IBMなどが週4日勤務制を導入しているが、気候変動対応を制度開示に組み込むための検討が進むなど(2022年1月13日のニュース「現行の開示制度の下で求められる気候変動開示」および同ニュースで引用しているニュース参照)、温室効果ガス削減へのプレッシャーが高まる中、温室効果ガスの削減と従業員のウェルビーイングを両立させる可能性を持った「賃金を減らすことなく労働時間を削減する」という形での週4日勤務制が日本でも普及するのか、注目される。

2022/01/14 仕入価格上昇に伴う「買いたたき」監視強化、大企業同士の取引も対象に

ここ最近、原油をはじめとするエネルギーコストや原材料価格、輸送費の上昇、円安の進行、賃金の上昇などにより、仕入全般にわたる価格上昇が懸念される中、内閣官房に設置された「新しい資本主義実現本部事務局」が中心となり、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」(以下、転嫁円滑化施策パッケージ)と題する政策パッケージが取りまとめられ、昨年(2021年)12月27日に公表された。これは、「成長と分配」の好循環を生む新資本主義の実現を目指す岸田政権のもと、仕入価格の上昇分を得意先に適正に転嫁させるための環境整備を狙いとしている。

円滑な転嫁を担保するうえで重要な役割を担っているのが「下請代金支払遅延等防止法(以下、下請法)」だ。下請法では「買いたたき」、すなわち親事業者が「下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」が禁止されている(下請法4条1項5号。下請法上の親事業者と下請事業者の定義についてはこちらを参照)。親事業者が下請事業者と下請代金の額を決定する際に買いたたきを行うということは、親事業者がその地位を利用して限度を超えた低価格を下請事業者に押し付けるということであり、その結果、下請事業者は利益を損ない、経営を圧迫されることになるからだ。

下請代金支払遅延等防止法 : 下請取引の公正化・下請事業者の利益保護のため、下請代金の支払い遅延禁止、下請け代金の減額の禁止、買いたたきの禁止など、親事業者と下請事業者の取引に関するルールを定めた法律

下請法におけるこの「買いたたき」禁止の規定は、政府が目指す円滑な転嫁の実現にも資するものと言える。なぜなら、価格上昇分を下請代金の額に転嫁しようとした下請事業者の要請を拒否する行為が下請法上の「買いたたき」に該当するとなれば、親事業者へ下請法上の制裁(公正取引委員会による報告徴収・立入検査、勧告)を科すことが可能になるからだ。そこで転嫁円滑化施策パッケージでは、「労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を取引価格に反映しない取引」は下請法上の「買いたたき」に該当するおそれがあることを、公正取引委員会の見解として明確にしている。

報告徴収 : 事業者に対して報告を求めること

ここで、何をもって「労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を取引価格に反映しない取引」というのかが問題となるが、・・・

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2022/01/14 仕入価格上昇に伴う「買いたたき」監視強化、大企業同士の取引も対象に(会員限定)

ここ最近、原油をはじめとするエネルギーコストや原材料価格、輸送費の上昇、円安の進行、賃金の上昇などにより、仕入全般にわたる価格上昇が懸念される中、内閣官房に設置された「新しい資本主義実現本部事務局」が中心となり、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」(以下、転嫁円滑化施策パッケージ)と題する政策パッケージが取りまとめられ、昨年(2021年)12月27日に公表された。これは、「成長と分配」の好循環を生む新資本主義の実現を目指す岸田政権のもと、仕入価格の上昇分を得意先に適正に転嫁させるための環境整備を狙いとしている。

円滑な転嫁を担保するうえで重要な役割を担っているのが「下請代金支払遅延等防止法(以下、下請法)」だ。下請法では「買いたたき」、すなわち親事業者が「下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」が禁止されている(下請法4条1項5号。下請法上の親事業者と下請事業者の定義についてはこちらを参照)。親事業者が下請事業者と下請代金の額を決定する際に買いたたきを行うということは、親事業者がその地位を利用して限度を超えた低価格を下請事業者に押し付けるということであり、その結果、下請事業者は利益を損ない、経営を圧迫されることになるからだ。

下請代金支払遅延等防止法 : 下請取引の公正化・下請事業者の利益保護のため、下請代金の支払い遅延禁止、下請け代金の減額の禁止、買いたたきの禁止など、親事業者と下請事業者の取引に関するルールを定めた法律

下請法におけるこの「買いたたき」禁止の規定は、政府が目指す円滑な転嫁の実現にも資するものと言える。なぜなら、価格上昇分を下請代金の額に転嫁しようとした下請事業者の要請を拒否する行為が下請法上の「買いたたき」に該当するとなれば、親事業者へ下請法上の制裁(公正取引委員会による報告徴収・立入検査、勧告)を科すことが可能になるからだ。そこで転嫁円滑化施策パッケージでは、「労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を取引価格に反映しない取引」は下請法上の「買いたたき」に該当するおそれがあることを、公正取引委員会の見解として明確にしている。

報告徴収 : 事業者に対して報告を求めること

ここで、何をもって「労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を取引価格に反映しない取引」というのかが問題となるが、転嫁円滑化施策パッケージが示した方向性は次のとおり。

① 労務費、原材料費、エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について、価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来どおりの取引価格に据え置くこと。
② 労務費、原材料費、エネルギーコスト等のコストが上昇したため、下請事業者が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず、価格転嫁をしない理由を文書や電子メールなどで下請事業者に回答することなく、従来どおりの取引価格に据え置くこと。

裏を返せば、従来どおりの取引価格に据え置くことが下請法上の「買いたたき」に該当しないようにするためには、①「労務費、原材料費、エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性」について、価格の交渉の場において明示的に協議する、②下請事業者が取引価格の引上げを求めてきた場合、価格転嫁をしない理由を文書や電子メールなどで下請事業者に回答する、ことが必要になる。転嫁円滑化施策パッケージでは、中小企業庁が下請取引の監督を強化するため、現在120名の「下請Gメン」体制を来年度から倍増させ、年間1万社以上の中小企業の現場の声を聴取するとしているだけに、親事業者に該当することが多い上場企業は要注意だろう。

もっとも、そもそも下請法の適用対象とならない事業者間の取引(例えば大企業同士の製商品の売買など)には、下請法上の「買いたたき」禁止規定は適用されない。そこで転嫁円滑化施策パッケージでは、下請法の適用対象とならない取引であっても、労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を取引価格に反映しない取引は、独占禁止法の「優越的地位の濫用」に該当するおそれがあることを、公正取引委員会の見解として明確化することとなった(今後、公正取引委員会から何らかの文書が公表されることが予想される)。さらに、公正取引委員会の中に新たに「優越的地位濫用未然防止対策調査室」を設置し、転嫁の円滑化の実効性を高める。

また、転嫁円滑化施策パッケージには、「パートナーシップ構築宣言」(詳細は2021年10月1日のニュース『「パートナーシップ構築宣言」を利用したSDGsウオッシュに懸念の声』参照)の存在感が増す施策も盛り込まれている。具体的には、上場企業の間でコーポレートガバナンス改革の指針として定着している「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(CGSガイドライン)に、「望ましい取り組み」の一つとしてパートナーシップ構築宣言が加えられる。パートナーシップ構築宣言を実施した企業は2021年10月1日の約1,500社から2022年1月には4,500社と、わずか3か月で3倍に急増している。こうした中、転嫁円滑化施策パッケージでは、中小企業庁が同宣言企業全社に対して書面調査を実施し、宣言内容の実行状況をフォローアップするとしている。この取り組みは「パートナーシップ構築宣言」を利用したSDGsウオッシュの抑制につながることになりそうだ。

2022/01/13 現行の開示制度の下で求められる気候変動開示

既報のとおり、2021年9月以降、金融庁の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」では、気候変動への対応をはじめとするサステナビリティに関する開示を有価証券報告書で求めるべく議論を進めている(ディスクロージャーワーキング・グループに関する過去記事は本稿の末尾参照)。逆に言えば、現時点では気候変動に関する明示的な開示ルールは整備されていない。ただし、開示ルールが整備されていないからと言って、気候変動に関する開示を行わなくてよいということではない。投資家の投資判断において重要な情報であれば、現行の開示制度の下でも開示することになる。投資家との対話を促進する観点からも、むしろその必要性は増していると言えるだろう。

現行の有価証券報告書の開示ルールと気候変動に関する開示の関係をQ&A形式でまとめると下記のとおりとなる。・・・

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2022/01/13 現行の開示制度の下で求められる気候変動開示(会員限定)

既報のとおり、2021年9月以降、金融庁の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」では、気候変動への対応をはじめとするサステナビリティに関する開示を有価証券報告書で求めるべく議論を進めている(ディスクロージャーワーキング・グループに関する過去記事は本稿の末尾参照)。逆に言えば、現時点では気候変動に関する明示的な開示ルールは整備されていない。ただし、開示ルールが整備されていないからと言って、気候変動に関する開示を行わなくてよいということではない。投資家の投資判断において重要な情報であれば、現行の開示制度の下でも開示することになる。投資家との対話を促進する観点からも、むしろその必要性は増していると言えるだろう。

現行の有価証券報告書の開示ルールと気候変動に関する開示の関係をQ&A形式でまとめると下記のとおりとなる。

Q1.気候変動に関する開示は環境報告書やCSR報告書といった任意開示書類で行えば足り、有価証券報告書のような制度開示は、法律が整備されていない以上は不要である。Yes or No?

A. 正解は「No」。気候変動に関する企業の経営方針、気候変動が企業経営に及ぼすリスク等に重要性があれば、有価証券報告書において開示することが必要になる。例えば、以下のような開示を行うことが考えられる。
・気候変動に関するリスクと機会を開示
・気候変動が自社にとってどのようなリスクがあり、戦略上重要なのかといった事実認識
・リスクの増減がどのように財務に影響を与えるかを定量的に開示

Q2.有価証券報告書においては、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が推奨している開示と同等の開示が求められる。Yes or No?

A. 正解は「No」。コーポレートガバナンス・コードの補充原則3-1③では「特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべき」とされているものの、現行の開示制度の下では、TCFDが推奨している開示と同等の開示をすることまでは要請されていない。したがって、開示内容は各社の判断による。ただし、既にTCFD提言の4つの枠組み(後述)に沿った開示を行っている上場会社も見受けられる。

TCFD : 主要国の金融当局(中央銀行、金融監督当局、財務省)やIMF(国際通貨基金)、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)などで構成される国際的な金融システムの安定を目的とする組織である金融安定理事会(FSB)が設置した組織。TCFDとは「Task Force on Climate-related Financial Disclosures」の略である。TCFDが2017年6月に公表した最終提言は、気候変動リスクに関する情報開示のフレームワーク(枠組み)のグローバルスタンダードになりつつある。

Q3.有価証券報告書の主要な経営指標において、各期の二酸化炭素排出量を開示しなければならない。Yes or No?

A. 正解は「No」。現行の制度の下では求められていない。ただし、温室効果ガスの排出量等の過去の実績値は、投資家が企業価値の分析を行ううえで有用な情報と言える。

 
Q2のとおり、現行の開示制度上はTCFDが推奨する開示と同等の開示までは求められていないものの、TCFD提言の4つの枠組み(下表参照)に沿った開示は有用と言える(4つの枠組みについては2021年7月7日のニュース「TCFD開示の4要素のうち有報での開示が必須となりそうな2要素とは?」参照)。

ガバナンス 戦略 リスク管理 指標と目標
気候関連のリスクと機会に係る当該組織のガバナンスを開示する。 気候関連のリスクと機会がもたらす当該組織の事業、戦略、財務計画への現在及び潜在的な影響を開示する。 気候関連リスクについて、当該組織がどのように識別、評価、及び管理しているかについて開示する。 気候関連のリスクと機会を評価及び管理する際に用いる指標と目標について開示する。

TCFDが推奨する4つの開示項目を現行の有価証券報告書で開示するとすれば、下表のような対応関係となることが考えられる。

TCFD開示項目 現行の有価証券報告書における開示欄
ガバナンス 【コーポレート・ガバナンスの状況等】
戦略 【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
【事業等のリスク】
リスク管理 【事業等のリスク】
指標と目標 【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】

現在のディスクロージャーワーキング・グループの議論の流れによれば、将来的には「サステナビリティ情報」といった項目が有価証券報告書に新設される可能性が高い(2021年12月9日『有価証券報告書に「サステナビリティ情報」欄が新設された場合の留意点』参照)。有価証券報告書の【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】欄で気候変動対応に関する自社の方針の全体像を示し、そのうえで、「サステナビリティ情報」欄において関連指標や取組みにといった詳細を記載することが考えられよう。

<ディスクロージャーワーキング・グループに関する過去記事>
2021年9月28日『気候変動など非財務の「開示基準」の行方
2021年10月5日「有価証券報告書における気候変動開示の論点
2021年11月12日「ダイナミックマテリアリティとTCFD開示の関係
2021年11月17日「有価証券報告書において任意開示書類を参照することの是非
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