会社が監督官庁に提出すべき書類には提出期限が設けられているのが通常だが、提出期限までに提出できなかった場合のペナルティは書類によって様々となっている。ペナルティが厳しすぎることにより、担当役職員が提出期限の遵守に神経をすり減らす書類の代表格といえば有価証券報告書(以下、有報)であろう。周知のとおり、有報は事業年度終了後3か月以内に本店の所在地を所轄する財務局(または財務支局)にEDINET(電子開示システム)を通じて提出しなければならない。粉飾決算が発覚するなどした場合には、有報の提出期限の延長承認を申請し、承認を受ければ提出期限が延長されるが、提出が免除されるわけではないため、延長後の提出期限の遵守は必須となる。
有報の提出期限を守れなかった会社の役員(個人。主として社長やCFOが想定されているが、それらに限られるものではない)は5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金(または両方の併科)を科せられる金融商品取引法197条の2第5号)可能性がある。また、会社(法人)も5億円以下の罰金を科せられる可能性がある(両罰規定:金融商品取引法207条1項2号)。さらに、行政処分として課徴金(金額は直近の事業年度にかかる監査報酬相当額)の納付を命じられる。
以上に加えて、上場会社であれば、有価証券報告書を法定提出期限から1か月以内に提出できなかった場合には証券取引所の上場廃止基準に抵触することとなり、上場廃止となる(天災、重大なシステム障害、またはその他やむを得ない事情が生じたことにより内閣総理大臣の承認を受けて提出期限が延長されている場合は、その延長された期限から8営業日以内に提出できないと上場廃止となる)。この上場廃止処分が上場会社にとって最も致命的なペナルティと言える。
このペナルティの発動をギリギリで回避したのが、東証スタンダード市場に上場している河西工業だ。3月決算の同社にとって、有報の本来の法定提出期限は6月末だが、2024年12月に子会社の決算の誤り(*)が発覚し、2023年3月期以降の過年度決算の修正が必要となったものの、その作業が難航。結果として2025年3月期の連結決算の確定も遅延し、2025年6月19日には、当初の提出期限である2025年6月末までの有報提出が困難であることを公表する事態となった。
* 河西工業のメキシコ子会社のKASAIMEXICANAS.A.DEC.V.のSCM(Supply Chain Management)部門が独断で発注書を再発行したことにより買掛金が過大に計上され、その後、当該過大計上に対して疑いを持っていた子会社の元社長及び経理責任者等が、親会社への報告や相談なく、支払期日の超過した買掛金を「過剰な債務」とみなして四半期ごとに帳簿から削除したことで、最終的に買掛金が過少に計上されていた。
そこで、河西工業は同日(6月19日)、金融庁に有報の提出期限延長を申請。6月27日にこれが承認され、提出期限は2025年9月26日まで延長された。
しかし、その後も社内調査が難航し、同社は延長後の期限(9月26日)までに有報を提出することができなかった。同社が延長後の期限までの提出が見込めない旨を開示したことを受け、東京証券取引所は同社株式を「監理銘柄(確認中)」に指定した。上述のとおり、延長承認を受けた場合、その(延長された)提出期限から「8営業日」以内に有報を提出できなければ上場廃止となる。河西工業は、2025年10月8日までに有報を提出しなければ上場廃止は不可避という状況に陥った。
監理銘柄(確認中) : 東証が、上場廃止基準に該当する可能性があるとして、その事実関係を確認している段階の銘柄のこと。企業の情報開示義務違反などが疑われる場合に、投資家に注意喚起する目的で指定される。指定時点では上場廃止が決定しているわけではないが、調査結果次第では廃止に至る可能性があるため、売買には慎重な判断が求められる。
ところが、同社は10月7日になっても有報を提出できず、最悪の事態が危惧されたが、提出期限の10月8日13時28分に有報の提出を完了した。EDINETの受付終了は17時15分であり、まさに土壇場で上場廃止を回避した格好となる。
実は、河西工業は2025年9月25日の時点では「今回の遅延は、不正や調査確認を要する事項の発覚ということではなく、集計過程におけるシステム上、作業上の瑕疵により、過年度を含めた作業に多くの時間を要することとなったものであり、現時点では10月8日までの提出には間に合う」と見込んでいた(河西工業が2025年9月25日に公表した「2025年3月期有価証券報告書提出遅延及び当社株式の監理銘柄(確認中)の指定の見込みに関するお知らせ」の2ページ目を参照)。つまり、同社は8日間の猶予期間内での事態の解決を見込み、金融庁に有報の提出期限の再延長申請を行わなかったものと思われる。
現時点 : 2025年9月25日時点
有報の提出期限の“再延長”の申請は一定の条件下(後述)で可能であり、実際、過去には東芝のケースなどで再延長が認められた事例もある。ただし、この再延長に関する実務は従来から存在はしていたものの、金融庁のルール(企業内容等開示ガイドライン)上には定めがなかった。そこで2024年10月25日にルールが改正され、有報の提出期限の再延長は申請可能である旨が明文化されたという経緯がある(本ルール改正についての金融庁のリリースはこちら)。改正後のルールは下記のとおり。赤字の「当該申請の原因となった事実が、既に受けている延長承認の申請の原因となった事実とは異なるものであり」という部分がポイントとなる。
企業内容等開示ガイドラインにおける有報の提出期限の再延長のルール
(有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い)
24-13
法第24条第1項各号に掲げる有価証券の発行者から、同項本文に規定する承認(以下24-13において「延長承認」という。)の申請があった場合には、以下の点に留意して、適切な判断を行うものとする。
(1) やむを得ない理由
法第24条第1項各号に掲げる有価証券の発行者から、延長承認の申請があった場合であって、おおむね次の場合に該当するときは、「やむを得ない理由により当該期間内に提出できないと認められる場合」に該当することに留意する。
① 電力の供給が断たれた場合その他の理由により当該発行者の使用に係る電子計算機を稼動させることができないこと、又はサイバー攻撃等により財務諸表若しくは連結財務諸表を作成するために必要なデータを取得できないことによる債務未確定等を理由として、提出期限までに財務諸表又は連結財務諸表の作成が完了せず、又は監査報告書を受領できない場合
② 民事再生法に基づく再生手続開始の申立てによる債務未確定等を理由として、提出期限までに財務諸表又は連結財務諸表の作成が完了せず、又は監査報告書を受領できない場合
③ 過去に提出した有価証券報告書等のうちに重要な事項について虚偽の記載が発見され、当事業年度若しくは当連結会計年度の期首残高等を確定するために必要な過年度の財務諸表若しくは連結財務諸表の訂正が提出期限までに完了せず、又は監査報告書を受領できない場合であって、発行者がその旨を公表している場合
④ 監査法人等による監査により当該発行者の財務諸表又は連結財務諸表に重要な虚偽の表示が生じる可能性のある誤謬又は不正による重要な虚偽の表示の疑義が識別されるなど、当該監査法人等による追加的な監査手続が必要なため、提出期限までに監査報告書を受領できない場合であって、発行者がその旨を公表している場合
⑤ 法第24条第1項各号に掲げる有価証券の発行者が外国の者である場合であって、当該者の本国の計算等に関する法令、慣行等により提出期限までに有価証券報告書を提出することができない場合
(中略)
(4) 提出期限の再延長について
既に延長承認を受けている発行者から、当該承認の対象となった有価証券報告書等と同一の有価証券報告書等について行われる再度の延長承認((5)において「再延長承認」という。)の申請については、企業情報が長期間にわたり開示されないことにより投資者が被る不利益が増大することに配慮した上で、当該申請の原因となった事実が、既に受けている延長承認の申請の原因となった事実とは異なるものであり、かつ、おおむね(1)①から⑤までのいずれかに該当するときは、開示府令第15条の2第3項の規定によるやむを得ない理由により同項第1項の承認を受けた期間内に提出できないと認める場合に該当することに留意する。 |
赤字部分の「当該申請の原因となった事実が、既に受けている延長承認の申請の原因となった事実とは異なるものであり」という記述を踏まえると、一度目の延長は「やむを得ない理由」(例:不祥事調査、監査の遅れ)があれば比較的承認されやすいが、二度目の延長(再延長)時には「一度目の延長申請時に予見できなかった新たな事実」が必須であり、承認のハードルが格段に上がる(*)。単に、調査が難航しているというだけの理由では承認されない。つまり、仮に河西工業が「訂正作業が終わらない」という理由で二度目の延長(再延長)を申請したとしても、新たな事実の発覚がない限り、当該申請は承認されなかったということになる。
* ちなみに、企業内容等開示ガイドライン改正後、有報の提出期限の再延長が確認されているのは、現在のところ、東証スタンダードに上場しているクシムのケースのみである。クシムは、2024年10月期の有報の提出について、2025年1月31日にまず「暗号資産の実在性並びにその管理の適切性の検証」および「経費支出の妥当性に関する検証」を理由に1回目の提出期限延長(2025年3月31日まで)の承認を受け、その後、2025年3月31日付で、同社グループが保有する暗号資産等の一部において過年度の決算数値の訂正が必要であることが判明した(=新たな事実の発覚)として、延長後の期限(3月31日)をさらに2025年4月30日まで延長するための再延長申請を行い、承認を受けている。同社は最終的に2025年4月28日にようやく2024年10月期の有報を提出している。
一方、有報提出期限の一度目の延長後に新しい事実が発覚しても、再延長を申請しない上場会社もある。粉飾決算で揺れるニデック(東証プライム)だ。同社は2025年6月27日、イタリア子会社における貿易取引上の問題等について調査するため、2025年3月期の有報の提出期限を9月26日まで延長申請し、承認された。その後、ニデックは9月3日、新たに見つかった中国子会社における購買一時金に関する不適切な会計処理の疑義、および同社やグループ会社においてそれぞれの経営陣の関与または認識の下で資産の評価減の時期を恣意的に検討していた疑義の調査のため第三者委員会を設置した旨を開示した。これはまさに「既に受けている延長承認の申請の原因となった事実とは異なる事実」と言えるものであり、有報の提出期限の再延長を申請できる要件を満たしているように思えるが、同社は再延長を選択しなかった。第三者委員会による調査等が継続する中、同社は9月26日、その影響を連結財務諸表等に反映していない段階で有報を提出したことになる。
購買一時金 : 企業が部品や原材料などを仕入れる際に、取引先(サプライヤー)から受け取る一時的な金銭的給付であり、通常は価格引き下げやリベートの形で提供される。
その理由として、ニデックは、第三者委員会による調査完了後に2025年3月期の有報の数値が訂正される可能性があることを踏まえ、ひとまず現時点で判明している情報で有報を提出し、第三者委員会の調査結果が出た後でそれを修正(訂正報告書を提出)するという方針を取ったことが考えらえる。有報の提出期限を再延長すると投資家が不安になり、株価が下がり、買収リスクが増す。また、銀行の融資姿勢も厳しくなるであろう。有報の提出期限を再延長したところで、提出期限に間に合わせることができないリスクは依然として残っている。そうであれば、ひとまず現時点で判明している情報で有報を提出し、後日必要に応じて訂正するという選択肢は合理的と言える。
現時点で判明している情報をもってひとまず有報を提出する方法のデメリットとしてまず挙げられるのは、監査人による監査意見が不表明になるということだ。不表明と言っても監査報告書が発行されないわけではなく、「意見を表明しない」という内容の監査報告書が発行されることになる。その監査報告書を添付して有報を提出すれば、有報の未提出という状況は回避できる。また、証券取引所から「監査報告書等において意見不表明が記載され、内部管理体制等について改善の必要性が高いと認められる」として、特別注意銘柄に指定される可能性が高いこともデメリットと言える。実際、ニデックも2025年10月28日付で特別注意銘柄に指定されている。さらに、株主総会を控えているのであれば、会社法の決算が報告事項ではなく「承認事項」になる点もデメリットと言える。すなわち、通常、株主総会では「決算を報告するだけ」で済むところ、監査意見が不表明だと「株主の承認」が必要になる(会社の決算内容に対して株主が「OK」と言わないと正式な決算として認められない)ということだ。このほか、「膿を出し切っていない」として投資家心理がネガティブになり株価が低迷する可能性もあるが、それは有報の提出期限を延長したところで同じことと言える。
特別注意銘柄 : 企業の不適切な会計処理等を受け、取引所が投資者保護のため指定する銘柄。指定は原則1年間継続され、改善状況に応じて解除・継続・上場廃止が判断される。
いずれのデメリットも有報を提出できずに上場廃止になるリスクと比べれば大したものではない。再延長しても提出期限に間に合わせることができないリスクがあるのであれば、ひとまず現時点で判明している情報で有報を提出する方が得策と言えそうだ。