2025/11/18 ソフト99の事案で顕在化 長期投資家に報いることができなかった場合のリスク

カーケア製品大手のソフト99コーポレーション(東証スタンダード)は2025年11月14日、創業家(堯アセットマネジメント)によるMBO(マネジメント・バイアウト)が不成立となる一方、シンガポールに拠点を置くアクティビストであるエフィッシモ・キャピタル・マネージメントによる対抗TOB(公開買付け)が成立したことにより、主要株主に異同が生じたことを発表した。従来の筆頭株主は創業家の資産管理会社であるサントレード(持株比率:15.03%)だったが、エフィッシモがサントレードに代わって筆頭株主となる(同:36.14%)。ソフト99は今度の見通しとして、エフィッシモが全株式の買付けを目指したTOBを再度実施する可能性があること、それが実現した場合には上場廃止となることに言及している(ソフト99コーポレーションのリリースはこちら)。

本事案は、創業家によるPBR1倍割れのTOB価格(後に引き上げ)でのMBOが、これを大きく上回る価格によるアクティビストの対抗TOBによって阻止されたケースである。キャスティングボートを握ったのが、12.4%を保有していたカーコーティング大手のKeePer技研(東証プライム)だ。KeePer技研は一旦は堯アセットによるTOBに応じる旨の契約を締結したが、一転してエフィッシモによる対抗TOBに賛同したことがMBOの成立を阻む決定打となった。一連の経緯は下表のとおり。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

2025年3月 KeePer技研が大量保有報告書を提出(12.4%)
22025年8月 ソフト99が、田中社長の設立した堯アセットによるTOBの実施を発表(1株2,465円)
2025年9月 KeePer技研が堯アセットとの間で、TOBに応募する旨の契約を締結
エフィッシモが1株4,100円による対抗TOBを発表
22025年10月 堯アセットがTOB価格を2,680円に引き上げ
KeePer技研がエフィッシモのTOBに応募すると発表
22025年11月 堯アセットによるTOBが不成立となる一方、エフィッシモによる対抗TOBが成立。エフィッシモは約36%を保有する筆頭株主となる。

KeePer技研は国内ファンドであるシンプレクス・アセット・マネジメントが保有していたソフト99株式を大量取得、これが・・・

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2025/11/18 ソフト99の事案で顕在化 長期投資家に報いることができなかった場合のリスク(会員限定)

カーケア製品大手のソフト99コーポレーション(東証スタンダード)は2025年11月14日、創業家(堯アセットマネジメント)によるMBO(マネジメント・バイアウト)が不成立となる一方、シンガポールに拠点を置くアクティビストであるエフィッシモ・キャピタル・マネージメントによる対抗TOB(公開買付け)が成立したことにより、主要株主に異同が生じたことを発表した。従来の筆頭株主は創業家の資産管理会社であるサントレード(持株比率:15.03%)だったが、エフィッシモがサントレードに代わって筆頭株主となる(同:36.14%)。ソフト99は今度の見通しとして、エフィッシモが全株式の買付けを目指したTOBを再度実施する可能性があること、それが実現した場合には上場廃止となることに言及している(ソフト99コーポレーションのリリースはこちら)。

本事案は、創業家によるPBR1倍割れのTOB価格(後に引き上げ)でのMBOが、これを大きく上回る価格によるアクティビストの対抗TOBによって阻止されたケースである。キャスティングボートを握ったのが、12.4%を保有していたカーコーティング大手のKeePer技研(東証プライム)だ。KeePer技研は一旦は堯アセットによるTOBに応じる旨の契約を締結したが、一転してエフィッシモによる対抗TOBに賛同したことがMBOの成立を阻む決定打となった。一連の経緯は下表のとおり。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

2025年3月 KeePer技研が大量保有報告書を提出(12.4%)
22025年8月 ソフト99が、田中社長の設立した堯アセットによるTOBの実施を発表(1株2,465円)
2025年9月 KeePer技研が堯アセットとの間で、TOBに応募する旨の契約を締結
エフィッシモが1株4,100円による対抗TOBを発表
22025年10月 堯アセットがTOB価格を2,680円に引き上げ
KeePer技研がエフィッシモのTOBに応募すると発表
22025年11月 堯アセットによるTOBが不成立となる一方、エフィッシモによる対抗TOBが成立。エフィッシモは約36%を保有する筆頭株主となる。

KeePer技研は国内ファンドであるシンプレクス・アセット・マネジメントが保有していたソフト99株式を大量取得、これが創業家によるMBOのきっかけとなったことは想像に難くない。KeePer技研によるソフト99株式の保有目的は「取引緊密化のための政策投資」だったが、その後の両社協議を経て「公開買付者が2025年8月7日付で開始している公開買付けに対し、提出者が保有する発行者普通株式の全てを一定の条件の下で応募することについて、公開買付者と合意した」ことが、「大量保有報告書(変更報告書)」に追記されている(KeePer技研が提出した大量保有報告書(変更報告書)」2ページの(2)【保有目的】参照)。


大量保有報告書(変更報告書) : 上場会社の株式を5%超保有する者が、保有比率の変動や保有目的の変更等が生じた際に、金融商品取引法に基づき提出を義務付けられている開示書類。当該報告書には、株式の取得目的、重要提案行為に関する意向、発行会社との合意内容等が記載される場合があり、金融庁のEDINETを通じて一般に開示される。

こうした中、エフィッシモ(ファンド名:ECM マスター ファンド SPV 3)が対抗TOBを開始したことにより事態は急変することになる。エフィッシモは、堯アセットによる1株2,465円のTOB価格は「PBR1倍を下回る著しく割安な水準であり、少数株主利益が保護されていない」と批判、新たに1株4,100円によるTOBを開始した。これを受けて堯アセットはTOB価格を引き上げたが、PBR約1倍の水準にとどまっている。KeePer技研の大株主にはフィデリティ投信といったアクティブファンド、みさき投資といったエンゲージメントファンドが名を連ねていることもあり、KeePer技研の取締役らは、明らかに価格が高いエフィッシモのTOBに応じないと株主代表訴訟の対象になりかねないと判断、契約違反により生じるリスクと天秤にかけたうえで、エフィッシモに乗り換えたものと考えられる。


アクティブファンド : 市場平均を上回る運用成果を目指し、銘柄選定や売買を積極的に行う投資信託。
エンゲージメントファンド : 投資先企業に対し対話や提案を通じて企業価値向上を促すことを目的とする投資ファンド。

*過去3か月間の終値の単純平均値1,618 円に対して算出
** 2025年9月末のBPS(1株当たり純資産)2,687円で算出
指標 堯アセットマネジメント ECM マスター
ファンド SPV 3
当初 変更後
TOB価格 2,465円 2,680円 4,100円
プレミアム* 52.35% 65.63% 153.40%
PBR** 0.91倍 1.00倍 1.43倍


プレミアム : 買収価格と株価の差
BPS : 「Book Value Per Share:1株あたり純資産」の略称で、「株主資本÷発行済株式数」により算出される。

ソフト99は実質無借金のキャッシュリッチ企業(自己資本比率が87.5%、総資産に占める現預金の割合が34.4%)であり、その気になれば自己株消却による純資産の圧縮などの手法を使ったPBRの引き上げは容易であることを勘案すると、PBR1.43倍相当というエフィッシモが提案したTOB価格は過大とまでは言えないだろう。

KeePer技研へのソフト99株式の売却元となったシンプレクスは2014年12月に大量保有報告書を提出して以来、KeePer技研に売却するまで10年以上にわたる長期保有株主として存在していた。しかし、ソフト99のROEは過去5年平均で4.53%、直近期でも5.24%にとどまっており、PBRは0.5-0.7のレンジで推移するなど、投資パフォーマンスは長らく低迷していた。本事案は、長期投資家に報いることができなかった場合、その保有株式がまとめて競合企業、さらにはアクティビストに渡るリスクを改めて示したと言えよう。


ROE : ROE(Return On Equity = 株主資本利益率)とは株主資本に対する当期純利益の割合であり、「当期純利益 ÷ 株主資本」により算出される。

2025/11/17 「不完全な形での提出」か「延長申請」か 有報提出期限を前に迫られる経営判断

会社が監督官庁に提出すべき書類には提出期限が設けられているのが通常だが、提出期限までに提出できなかった場合のペナルティは書類によって様々となっている。ペナルティが厳しすぎることにより、担当役職員が提出期限の遵守に神経をすり減らす書類の代表格といえば有価証券報告書(以下、有報)であろう。周知のとおり、有報は事業年度終了後3か月以内に本店の所在地を所轄する財務局(または財務支局)にEDINET(電子開示システム)を通じて提出しなければならない。粉飾決算が発覚するなどした場合には、有報の提出期限の延長承認を申請し、承認を受ければ提出期限が延長されるが、提出が免除されるわけではないため、延長後の提出期限の遵守は必須となる。

有報の提出期限を守れなかった会社の役員(個人。主として社長やCFOが想定されているが、それらに限られるものではない)は5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金(または両方の併科)を科せられる金融商品取引法197条の2第5号)可能性がある。また、会社(法人)も5億円以下の罰金を科せられる可能性がある(両罰規定:金融商品取引法207条1項2号)。さらに、行政処分として課徴金(金額は直近の事業年度にかかる監査報酬相当額)の納付を命じられる。

以上に加えて、上場会社であれば、有価証券報告書を法定提出期限から1か月以内に提出できなかった場合には証券取引所の上場廃止基準に抵触することとなり、上場廃止となる(天災、重大なシステム障害、またはその他やむを得ない事情が生じたことにより内閣総理大臣の承認を受けて提出期限が延長されている場合は、その延長された期限から8営業日以内に提出できないと上場廃止となる)。この上場廃止処分が上場会社にとって最も致命的なペナルティと言える。

このペナルティの発動をギリギリで回避したのが・・・

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2025/11/17 「不完全な形での提出」か「延長申請」か 有報提出期限を前に迫られる経営判断(会員限定)

会社が監督官庁に提出すべき書類には提出期限が設けられているのが通常だが、提出期限までに提出できなかった場合のペナルティは書類によって様々となっている。ペナルティが厳しすぎることにより、担当役職員が提出期限の遵守に神経をすり減らす書類の代表格といえば有価証券報告書(以下、有報)であろう。周知のとおり、有報は事業年度終了後3か月以内に本店の所在地を所轄する財務局(または財務支局)にEDINET(電子開示システム)を通じて提出しなければならない。粉飾決算が発覚するなどした場合には、有報の提出期限の延長承認を申請し、承認を受ければ提出期限が延長されるが、提出が免除されるわけではないため、延長後の提出期限の遵守は必須となる。

有報の提出期限を守れなかった会社の役員(個人。主として社長やCFOが想定されているが、それらに限られるものではない)は5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金(または両方の併科)を科せられる金融商品取引法197条の2第5号)可能性がある。また、会社(法人)も5億円以下の罰金を科せられる可能性がある(両罰規定:金融商品取引法207条1項2号)。さらに、行政処分として課徴金(金額は直近の事業年度にかかる監査報酬相当額)の納付を命じられる。

以上に加えて、上場会社であれば、有価証券報告書を法定提出期限から1か月以内に提出できなかった場合には証券取引所の上場廃止基準に抵触することとなり、上場廃止となる(天災、重大なシステム障害、またはその他やむを得ない事情が生じたことにより内閣総理大臣の承認を受けて提出期限が延長されている場合は、その延長された期限から8営業日以内に提出できないと上場廃止となる)。この上場廃止処分が上場会社にとって最も致命的なペナルティと言える。

このペナルティの発動をギリギリで回避したのが、東証スタンダード市場に上場している河西工業だ。3月決算の同社にとって、有報の本来の法定提出期限は6月末だが、2024年12月に子会社の決算の誤り()が発覚し、2023年3月期以降の過年度決算の修正が必要となったものの、その作業が難航。結果として2025年3月期の連結決算の確定も遅延し、2025年6月19日には、当初の提出期限である2025年6月末までの有報提出が困難であることを公表する事態となった。

* 河西工業のメキシコ子会社のKASAIMEXICANAS.A.DEC.V.のSCM(Supply Chain Management)部門が独断で発注書を再発行したことにより買掛金が過大に計上され、その後、当該過大計上に対して疑いを持っていた子会社の元社長及び経理責任者等が、親会社への報告や相談なく、支払期日の超過した買掛金を「過剰な債務」とみなして四半期ごとに帳簿から削除したことで、最終的に買掛金が過少に計上されていた。

そこで、河西工業は同日(6月19日)、金融庁に有報の提出期限延長を申請。6月27日にこれが承認され、提出期限は2025年9月26日まで延長された。

しかし、その後も社内調査が難航し、同社は延長後の期限(9月26日)までに有報を提出することができなかった。同社が延長後の期限までの提出が見込めない旨を開示したことを受け、東京証券取引所は同社株式を「監理銘柄(確認中)」に指定した。上述のとおり、延長承認を受けた場合、その(延長された)提出期限から「8営業日」以内に有報を提出できなければ上場廃止となる。河西工業は、2025年10月8日までに有報を提出しなければ上場廃止は不可避という状況に陥った。


監理銘柄(確認中) : 東証が、上場廃止基準に該当する可能性があるとして、その事実関係を確認している段階の銘柄のこと。企業の情報開示義務違反などが疑われる場合に、投資家に注意喚起する目的で指定される。指定時点では上場廃止が決定しているわけではないが、調査結果次第では廃止に至る可能性があるため、売買には慎重な判断が求められる。

ところが、同社は10月7日になっても有報を提出できず、最悪の事態が危惧されたが、提出期限の10月8日13時28分に有報の提出を完了した。EDINETの受付終了は17時15分であり、まさに土壇場で上場廃止を回避した格好となる。

実は、河西工業は2025年9月25日の時点では「今回の遅延は、不正や調査確認を要する事項の発覚ということではなく、集計過程におけるシステム上、作業上の瑕疵により、過年度を含めた作業に多くの時間を要することとなったものであり、現時点では10月8日までの提出には間に合う」と見込んでいた(河西工業が2025年9月25日に公表した「2025年3月期有価証券報告書提出遅延及び当社株式の監理銘柄(確認中)の指定の見込みに関するお知らせ」の2ページ目を参照)。つまり、同社は8日間の猶予期間内での事態の解決を見込み、金融庁に有報の提出期限の再延長申請を行わなかったものと思われる。


現時点 : 2025年9月25日時点

有報の提出期限の“再延長”の申請は一定の条件下(後述)で可能であり、実際、過去には東芝のケースなどで再延長が認められた事例もある。ただし、この再延長に関する実務は従来から存在はしていたものの、金融庁のルール(企業内容等開示ガイドライン)上には定めがなかった。そこで2024年10月25日にルールが改正され、有報の提出期限の再延長は申請可能である旨が明文化されたという経緯がある(本ルール改正についての金融庁のリリースはこちら)。改正後のルールは下記のとおり。赤字の「当該申請の原因となった事実が、既に受けている延長承認の申請の原因となった事実とは異なるものであり」という部分がポイントとなる。

企業内容等開示ガイドラインにおける有報の提出期限の再延長のルール
(有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い)
24-13
法第24条第1項各号に掲げる有価証券の発行者から、同項本文に規定する承認(以下24-13において「延長承認」という。)の申請があった場合には、以下の点に留意して、適切な判断を行うものとする。
(1) やむを得ない理由
法第24条第1項各号に掲げる有価証券の発行者から、延長承認の申請があった場合であって、おおむね次の場合に該当するときは、「やむを得ない理由により当該期間内に提出できないと認められる場合」に該当することに留意する。
① 電力の供給が断たれた場合その他の理由により当該発行者の使用に係る電子計算機を稼動させることができないこと、又はサイバー攻撃等により財務諸表若しくは連結財務諸表を作成するために必要なデータを取得できないことによる債務未確定等を理由として、提出期限までに財務諸表又は連結財務諸表の作成が完了せず、又は監査報告書を受領できない場合
② 民事再生法に基づく再生手続開始の申立てによる債務未確定等を理由として、提出期限までに財務諸表又は連結財務諸表の作成が完了せず、又は監査報告書を受領できない場合
③ 過去に提出した有価証券報告書等のうちに重要な事項について虚偽の記載が発見され、当事業年度若しくは当連結会計年度の期首残高等を確定するために必要な過年度の財務諸表若しくは連結財務諸表の訂正が提出期限までに完了せず、又は監査報告書を受領できない場合であって、発行者がその旨を公表している場合
④ 監査法人等による監査により当該発行者の財務諸表又は連結財務諸表に重要な虚偽の表示が生じる可能性のある誤謬又は不正による重要な虚偽の表示の疑義が識別されるなど、当該監査法人等による追加的な監査手続が必要なため、提出期限までに監査報告書を受領できない場合であって、発行者がその旨を公表している場合
⑤ 法第24条第1項各号に掲げる有価証券の発行者が外国の者である場合であって、当該者の本国の計算等に関する法令、慣行等により提出期限までに有価証券報告書を提出することができない場合
(中略)
(4) 提出期限の再延長について
既に延長承認を受けている発行者から、当該承認の対象となった有価証券報告書等と同一の有価証券報告書等について行われる再度の延長承認((5)において「再延長承認」という。)の申請については、企業情報が長期間にわたり開示されないことにより投資者が被る不利益が増大することに配慮した上で、当該申請の原因となった事実が、既に受けている延長承認の申請の原因となった事実とは異なるものであり、かつ、おおむね(1)①から⑤までのいずれかに該当するときは、開示府令第15条の2第3項の規定によるやむを得ない理由により同項第1項の承認を受けた期間内に提出できないと認める場合に該当することに留意する。

赤字部分の「当該申請の原因となった事実が、既に受けている延長承認の申請の原因となった事実とは異なるものであり」という記述を踏まえると、一度目の延長は「やむを得ない理由」(例:不祥事調査、監査の遅れ)があれば比較的承認されやすいが、二度目の延長(再延長)時には「一度目の延長申請時に予見できなかった新たな事実」が必須であり、承認のハードルが格段に上がる()。単に、調査が難航しているというだけの理由では承認されない。つまり、仮に河西工業が「訂正作業が終わらない」という理由で二度目の延長(再延長)を申請したとしても、新たな事実の発覚がない限り、当該申請は承認されなかったということになる。

* ちなみに、企業内容等開示ガイドライン改正後、有報の提出期限の再延長が確認されているのは、現在のところ、東証スタンダードに上場しているクシムのケースのみである。クシムは、2024年10月期の有報の提出について、2025年1月31日にまず「暗号資産の実在性並びにその管理の適切性の検証」および「経費支出の妥当性に関する検証」を理由に1回目の提出期限延長(2025年3月31日まで)の承認を受け、その後、2025年3月31日付で、同社グループが保有する暗号資産等の一部において過年度の決算数値の訂正が必要であることが判明した(=新たな事実の発覚)として、延長後の期限(3月31日)をさらに2025年4月30日まで延長するための再延長申請を行い、承認を受けている。同社は最終的に2025年4月28日にようやく2024年10月期の有報を提出している。

一方、有報提出期限の一度目の延長後に新しい事実が発覚しても、再延長を申請しない上場会社もある。粉飾決算で揺れるニデック(東証プライム)だ。同社は2025年6月27日、イタリア子会社における貿易取引上の問題等について調査するため、2025年3月期の有報の提出期限を9月26日まで延長申請し、承認された。その後、ニデックは9月3日、新たに見つかった中国子会社における購買一時金に関する不適切な会計処理の疑義、および同社やグループ会社においてそれぞれの経営陣の関与または認識の下で資産の評価減の時期を恣意的に検討していた疑義の調査のため第三者委員会を設置した旨を開示した。これはまさに「既に受けている延長承認の申請の原因となった事実とは異なる事実」と言えるものであり、有報の提出期限の再延長を申請できる要件を満たしているように思えるが、同社は再延長を選択しなかった。第三者委員会による調査等が継続する中、同社は9月26日、その影響を連結財務諸表等に反映していない段階で有報を提出したことになる。


購買一時金 : 企業が部品や原材料などを仕入れる際に、取引先(サプライヤー)から受け取る一時的な金銭的給付であり、通常は価格引き下げやリベートの形で提供される。

その理由として、ニデックは、第三者委員会による調査完了後に2025年3月期の有報の数値が訂正される可能性があることを踏まえ、ひとまず現時点で判明している情報で有報を提出し、第三者委員会の調査結果が出た後でそれを修正(訂正報告書を提出)するという方針を取ったことが考えらえる。有報の提出期限を再延長すると投資家が不安になり、株価が下がり、買収リスクが増す。また、銀行の融資姿勢も厳しくなるであろう。有報の提出期限を再延長したところで、提出期限に間に合わせることができないリスクは依然として残っている。そうであれば、ひとまず現時点で判明している情報で有報を提出し、後日必要に応じて訂正するという選択肢は合理的と言える。

現時点で判明している情報をもってひとまず有報を提出する方法のデメリットとしてまず挙げられるのは、監査人による監査意見が不表明になるということだ。不表明と言っても監査報告書が発行されないわけではなく、「意見を表明しない」という内容の監査報告書が発行されることになる。その監査報告書を添付して有報を提出すれば、有報の未提出という状況は回避できる。また、証券取引所から「監査報告書等において意見不表明が記載され、内部管理体制等について改善の必要性が高いと認められる」として、特別注意銘柄に指定される可能性が高いこともデメリットと言える。実際、ニデックも2025年10月28日付で特別注意銘柄に指定されている。さらに、株主総会を控えているのであれば、会社法の決算が報告事項ではなく「承認事項」になる点もデメリットと言える。すなわち、通常、株主総会では「決算を報告するだけ」で済むところ、監査意見が不表明だと「株主の承認」が必要になる(会社の決算内容に対して株主が「OK」と言わないと正式な決算として認められない)ということだ。このほか、「膿を出し切っていない」として投資家心理がネガティブになり株価が低迷する可能性もあるが、それは有報の提出期限を延長したところで同じことと言える。


特別注意銘柄 : 企業の不適切な会計処理等を受け、取引所が投資者保護のため指定する銘柄。指定は原則1年間継続され、改善状況に応じて解除・継続・上場廃止が判断される。

いずれのデメリットも有報を提出できずに上場廃止になるリスクと比べれば大したものではない。再延長しても提出期限に間に合わせることができないリスクがあるのであれば、ひとまず現時点で判明している情報で有報を提出する方が得策と言えそうだ。

2025/11/15 日本経済新聞(2025年11月15日朝刊)の17面(投資1)に、当フォーラム代表取締役・首席研究員である藤島裕三のコメントが掲載されました。

日本経済新聞(2025年11月15日朝刊)の17面(投資1)に、当フォーラム代表取締役・首席研究員である藤島裕三のコメントが掲載されました。MBOが不成立となった事案について、「一般にPBR(株価純資産倍率)1倍割れのまま退出することは資本市場のただ乗りとも捉えられかねない」としたうえで、「上場廃止後に企業価値が高まるなら、その成果を前もって既存株主に還元しないとMBOに支持は得られない」と指摘しています。

2025/11/14 同意なき買収における「株主意思」の意味

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員
吉村一男

東京地裁が牧野フライス製作所のニデックに対する対抗措置を肯定して以降、「時間稼ぎ」を目的とした対抗措置が散見される(2025年6月9日のニュース「同意なき買収に対する“時間稼ぎ”」参照)。例えばデジタルホールディングス(東証プライム)は、シンガポールの投資家であるSilver Cape Investments Limited(以下、シルバーケイプ)よりTOBの予告提案を受け、まさに「時間稼ぎ」のための対抗措置を導入している(2025年10月28日付の同社のリリースはこちら、捕捉資料はこちら)。


Silver Cape Investments Limited : 「シルバーケイプ・インベストメンツ・リミテッド」はシンガポールを拠点とするファミリーオフィス(富裕層による資産管理会社)であり、投資家でもある。長期的な視点での投資アプローチを特徴とする。日本企業のヤマトインターナショナルやデジタルホールディングスなどへの投資が確認されている。

デジタルホールディングスが対抗措置を導入したのは、シルバーケイプによる提案に含まれる条件が、一般株主にとって不利に働くおそれがあると判断したためだ。シルバーケイプの提案では、TOBで取得予定の3,535,700株(議決権比率18.93%)と、既に保有している 2,690,800株(議決権比率14.41%)を合わせた33.34%の議決権を握る計算になっており、全ての株式を取得するわけではない。デジタルホールディングスは、この条件のまま進むと、TOBに応じない株主が少数派として取り残され、意思決定や経営方針への影響力がさらに小さくなるおそれがあるとの懸念を示している。また、流通株式の比率が下がることで、株式を自由に売買しにくくなるなど、株主にとって不利な状況が生じかねないと指摘。その結果、「今のうちにTOBに応じた方が良いのでは」と感じる株主が増え、事実上の圧力(強圧性)が働く可能性があるとしている。そこでデジタルホールディングスの取締役会は、一般株主が冷静かつ公正に判断するための情報と時間を確保する必要があるとして、対抗措置の導入を決議したというわけだ。


強圧性 : 企業価値の減少が予想されるTOB(公開買付け)において、一般株主が経済的に損をする可能性があるにもかかわらず、TOBに応募するインセンティブが生じる状況を指す。TOBを巡る課題の一つとなっており、金融庁・金融審議会の「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」では、強圧性のおそれを解消・低減させる措置として、全部買付義務の閾値(現行は3分の2)を引き下げる措置などが議論されたが、反対意見もあり、提言までには至っていない。

ただし日本では、・・・

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2025/11/14 同意なき買収における「株主意思」の意味(会員限定)

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員
吉村一男

東京地裁が牧野フライス製作所のニデックに対する対抗措置を肯定して以降、「時間稼ぎ」を目的とした対抗措置が散見される(2025年6月9日のニュース「同意なき買収に対する“時間稼ぎ”」参照)。例えばデジタルホールディングス(東証プライム)は、シンガポールの投資家であるSilver Cape Investments Limited(以下、シルバーケイプ)よりTOBの予告提案を受け、まさに「時間稼ぎ」のための対抗措置を導入している(2025年10月28日付の同社のリリースはこちら、捕捉資料はこちら)。


Silver Cape Investments Limited : 「シルバーケイプ・インベストメンツ・リミテッド」はシンガポールを拠点とするファミリーオフィス(富裕層による資産管理会社)であり、投資家でもある。長期的な視点での投資アプローチを特徴とする。日本企業のヤマトインターナショナルやデジタルホールディングスなどへの投資が確認されている。

デジタルホールディングスが対抗措置を導入したのは、シルバーケイプによる提案に含まれる条件が、一般株主にとって不利に働くおそれがあると判断したためだ。シルバーケイプの提案では、TOBで取得予定の3,535,700株(議決権比率18.93%)と、既に保有している 2,690,800株(議決権比率14.41%)を合わせた33.34%の議決権を握る計算になっており、全ての株式を取得するわけではない。デジタルホールディングスは、この条件のまま進むと、TOBに応じない株主が少数派として取り残され、意思決定や経営方針への影響力がさらに小さくなるおそれがあるとの懸念を示している。また、流通株式の比率が下がることで、株式を自由に売買しにくくなるなど、株主にとって不利な状況が生じかねないと指摘。その結果、「今のうちにTOBに応じた方が良いのでは」と感じる株主が増え、事実上の圧力(強圧性)が働く可能性があるとしている。そこでデジタルホールディングスの取締役会は、一般株主が冷静かつ公正に判断するための情報と時間を確保する必要があるとして、対抗措置の導入を決議したというわけだ。


強圧性 : 企業価値の減少が予想されるTOB(公開買付け)において、一般株主が経済的に損をする可能性があるにもかかわらず、TOBに応募するインセンティブが生じる状況を指す。TOBを巡る課題の一つとなっており、金融庁・金融審議会の「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」では、強圧性のおそれを解消・低減させる措置として、全部買付義務の閾値(現行は3分の2)を引き下げる措置などが議論されたが、反対意見もあり、提言までには至っていない。

ただし日本では、取締役会が対抗措置を講じることは認めているものの、実際にそれを発動する局面では株主の関与、すなわち株主総会で株主が判断することが求められる(2025年7月4日のニュース「牧野フライスへの同意なき買収が日本の企業買収法を再考する契機に」参照)。そこで実務では、対抗措置を正当化するために「株主が決めた」という論理が用いられることが多い。しかし、株主の判断には、提示された買収価格や条件、判断に与える情報の量や質など様々な要素が影響するうえ、株主の多くは短期的な株価や利益を重視する傾向があり、その判断が必ずしも企業全体の価値向上につながるとは限らない。

確かに、株主が外部からの圧力を受けずに買収への賛否を表明できるよう配慮された「オール・オア・ナッシング型」のオファーでは、株主の意思を尊重すれば最高の買収価格を提示した買収が成立することはあり得るが、それが必ずしも企業価値を最大化するとは限らない(短期的な株価や利益を重視した株主判断が、必ずしも長期的な企業価値にプラスとはならない可能性がある)。また、対抗措置には、買収者からその他の株主に利益を移転させる性質があるため(例:新株予約権を既存株主にだけ発行する対抗措置(ポイズンピル)では、買収者の持株比率が下がる一方、既存株主は新株を安く入手できることになる)、株主が対抗措置に賛成するかどうかの判断は、「企業価値ひいては株主共同の利益を確保し、又は向上させるかどうか」という観点ではなく、「対抗措置が発動されたこにより自分が享受する利益」を目的として行われる(すなわち、企業価値が上がるかは分からないが、対抗措置が発動されれば自分にメリットがあるから賛成する)危険性が指摘されており、株主の意思を確認することがどのような意味を持つのかについては、学者の間でもコンセンサスが得られてない。


「オール・オア・ナッシング型」のオファー : 買収者が「応募株数が一定割合(例:過半数)に達した場合のみ、応募株を全て取得する」との条件を付けたTOBのこと。逆に、条件が満たされなければ、買収者は一株も取得しない。買収者が「少しずつ株を買い進めた場合、株主は部分的にしか株を売れないリスクや、買収成立の確実性が不透明な状況に置かれ、「早く応募しなければ損をする」といった心理的圧力を受けやすいが、オール・オア・ナッシング型のTOBでは、条件が満たされない場合は買収が成立しない(=応募株は手元に残る)ため、株主は「部分的に株を売るか売らないか」という中途半端な選択を迫られず、冷静にTOBへの賛否を判断できる。
ポイズンピル : 「敵対的買収者が被買収企業の株式の一定割合を取得した場合、既存株主は時価より安い価格で新株を購入できる」という権利(ライツ)を既存株主に与える手法。新株が発行されれば、敵対的買収者の持株比率は低下するとともに、1株当たりの株価も安くなり、敵対的買収者は大きな損失を被ることになる。「ポイズンピル(毒薬条項)という名称は、毒薬が回って体が弱るようなイメージがあることから来ている。

買収規制(TOB規制)が比較的緩やかで、敵対的買収が制度上は容易とされる一方、取締役会にはポイズンピルを含む強力な買収防衛策を発動する権限が認められている米国(特にデラウェア州)でも、株主の判断の限界が指摘されており、買収提案に対する株主の議決権行使は「ホブスンの選択」に似ていると言われている。すなわち、多くの株主が直面するのは「買収価格は理論上最良か」「公正か」といった抽象的な判断ではなく、むしろ「買収提案を受け入れた方が、受け入れないよりマシか」という現実的な判断にある。さらに学説では、①たとえ個々の株主が議決権行使に際して「株主としての利益」を追求しようとしても、専門知識や能力の不足から合理的な判断を行えない可能性があるとの指摘、②持株数が少ない株主にとっては、議決権行使に費用も時間もかけないことが合理的な行動となり得る(合理的無関心の問題)との指摘、③発行済株式の全てを保有する株主と発行済株式の一部しか保有しない株主を比較した場合、企業価値の向上と株主としての利益を同視できる関係が前者には存在するが後者には存在しない、などの指摘がある。


デラウェア州 : 専門的な商事裁判制度が整備され、企業法務の運用が安定していることから、米国デラウェア州には多くの大手企業や有名企業が法人登記をしている。
ホブスンの選択 : 見かけ上は選択肢があるように見えて、実質的には「受け入れるか受け入れないかの一択しかない」状況を指す表現。17世紀のイギリス、馬商人トーマス・ホブスン(Thomas Hobson)が、自分の馬を貸す際に「好きな馬を選んでよい」と見せかけて、結局は一番手前の馬しか選べなかったことに由来する。

英国も同様だ。英国では、買収対象会社の取締役が買収提案を妨げる行動を取ることを禁じる「ノー・フラストレーション・ルール(No frustration rule=買収妨害禁止ルール)」が設けられている。このルールは、取締役会が買収を阻むような行動(新株発行、重要資産の売却、買収防衛策の導入など)を株主の承認なしに行うことを禁じることで市場の公正性を保ち、株主が自由に判断できる状況を確保することを目的としているが、株主に有利な買収価格を引き出すことや株主利益を最大化することは目的としているわけではない。こうした中、株主にすべての判断を任せても必ずしも株主全体の利益につながるわけではなく、場合によっては取締役会が主体的に判断した方が株主の利益にかなうとの指摘がある。

日本では、今年(2025年)実施されたTOB規制改正が手続の明確化、一部の開示の強化など比較的小規模なものにとどまり(2025年8月4日のニュース「東証、企業再編の利益相反対応を強化 MBO等の手続が厳格に」参照)、さらに東京地裁が牧野フライス製作所事件決定で強圧的な買収に対しても取締役会による対抗措置の行使を許容した(2025年6月9日のニュース「同意なき買収に対する“時間稼ぎ”」参照)結果、日本の買収ルールは 「緩やかなTOB規制の下で取締役会の対抗措置を広く認める」という点で、米国型の方向に進むことがほぼ確実だと言われている。そうなれば、対抗措置を導入する企業は今後も相次ぐことが予想される。そして、取締役会は、対抗措置を導入・実施する際に「株主が決めた」ことを錦の御旗に掲げ、自らの判断や行動を正当性化しようするかもしれないが、これに対しては、果たして「株主の意思」の意味を理解しているのかとの疑問を抱かざるを得ない。上記のとおり株主の判断には限界がある中、対抗措置を講じる際には「どのような対抗措置なら株主の理解を得られるか」を常に問い続け、その正当性を丁寧に説明する姿勢が取締役会には求められる。

2025/11/13 辞任した監査役が「従業員」となったことで生じたガバナンス上の問題

常勤監査役には、会社で管理部門の要職(経理・財務・法務・内部監査の部長など)を歴任したベテランが就任するケースが多い。これとは真逆に、「常勤監査役」が辞任して「従業員」となる異例の人事を行い、ガバナンス上の問題を生じさせたのが、・・・

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2025/11/13 辞任した監査役が「従業員」となったことで生じたガバナンス上の問題(会員限定)

常勤監査役には、会社で管理部門の要職(経理・財務・法務・内部監査の部長など)を歴任したベテランが就任するケースが多い。これとは真逆に、「常勤監査役」が辞任して「従業員」となる異例の人事を行い、ガバナンス上の問題を生じさせたのが、東証スタンダード市場に上場しているアクアラインだ(同社はトイレ、キッチン、風呂などの水回りトラブルの解消を主力業務としており、東京湾アクアラインとは無関係)。

アクアラインでは、投資有価証券評価損の不計上や偶発損失引当金の不計上といった粉飾が発覚し、2025年1月10日に過年度の決算訂正を開示するに至った。その結果、同社株式は東京証券取引所より特別注意銘柄に指定された。そして、2025年5月の株主総会で取締役・監査役全員が交代した。


特別注意銘柄 : 企業の不適切な会計処理等を受け、取引所が投資者保護のため指定する銘柄。指定は原則1年間継続され、改善状況に応じて解除・継続・上場廃止が判断される。

新経営陣の下、再発防止に向けた改善施策が開始された矢先、新たな危機が発生する。2025年8月8日、改善施策推進の中心人物であった管理本部長が退職し、同ポストが不在となったのだ。特別注意銘柄の指定解除には、1年後の審査までに改善施策の遂行と内部管理体制の整備・運用が求められる。管理本部長は、まさにその「要」となるポジションである。改善施策の遂行に一時の停滞も許されない中、約1か月も「要」が不在という危機的状況を経て、同社は2025年9月3日に異例の人事を発表した。常勤監査役の古関氏が辞任し、業務執行ラインである管理本部長に就任したのである(同社のリリース「常勤監査役の辞任に関するお知らせ」を参照)。

会社法上、監査役会設置会社は監査役を3名以上置く必要がある。アクアラインの監査役は3名しかおらず、補欠監査役もいなかったため、古関氏の辞任は法的な「欠員」状態を必然的に生じさせるものであった。この人事は、「一時的な監査役の不在(監査役監査の停滞)」というガバナンス上のデメリットを甘受してでも、「管理本部長不在による業務の停滞」という目の前の緊急事態に対処することを優先した結果と言える。

しかし、古関氏が管理本部長に就任してからわずか1週間後の2025年9月10日、事態は一変する。同社のガバナンス委員会において、「古関氏は監査役を辞任したものの、後任が選任されておらず法的な欠員状態にあるため、なお監査役としての権利義務を有する「権利義務監査役」(会社法第346条1項)である。「権利義務監査役」が同時に使用人(管理本部長)に就任することは、明らかな『自己監査』に該当する」という致命的な問題が提起されたのである。そもそも、会社法第335条第2項で監査役は会社の使用人を兼ねることができないことが定められており、会社法第335条第2項が定める兼任禁止に違反していたとなれば、粉飾決算で失墜した同社の信用が再び根本から揺らぎかねない。

そこでアクアラインは、「2025年9月3日に行った古関氏の管理本部長就任を承認する取締役会決議の効力は生じていない」「同氏は監査役を辞任したものの、後任の監査役が就任するまでは権利義務監査役として常勤監査役としての職務を引き続き行う」と整理し直し、10月24日にその旨をリリースしている。

しかし、古関氏は管理本部長に就任後、ガバナンス委員会で問題が提起されるまでの数日間において既に管理本部長として決裁等の業務を行っていた。アクアラインは、古関氏が職務を停止するまでに行ったこれらの「事実上の行為」について、その有効性や事後処理を検討する必要に迫られている。同社は今後、外部専門家と連携し、必要に応じてガバナンス委員会の意見も聴取しながら、適切な対応を行うとしている。

監査役欠員の解消に迫られたアクアラインは、2025年11月28日に臨時株主総会を開催し、新たに監査役2名を選任する予定としている(同社の臨時株主総会の招集通知はこちら。なお、監査役候補者のうち1名は、「小泉チルドレン」として知られ、環境副大臣等を歴任した元衆議院議員の佐藤ゆかり氏である)。この2名が選任されれば同社の監査役は合計で4名となり、会社法上の監査役欠員状態は解消される。同時に、古関氏は「権利義務監査役」の地位から解放される。それ以降は自己監査の問題も解消されるため、古関氏は正式に管理本部長の職務に就くことが可能となる。

「前例がない」「他社例が見当たらない」ことには往々にしてその理由があるものだ。「常勤監査役→従業員」のような、通常では考えられない異例の人事を敢行する際は、何らかの重大な法的リスクを内包していないか、事前に顧問弁護士等と徹底的に洗い出しておくことが不可欠と言えよう。

2025/11/12 役員退職金の支給を巡る新たな留意点

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