サステナビリティ開示の方向性が固まった。2025年10月30日に開催された金融庁の金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(以下、WG)では、7月に公表された中間論点整理で結論が出ていなかった項目が議論された(中間論点整理については、『サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するWG」中間論点整理のポイント』【前編】【後編】参照)。
まず「時価総額5,000億円以上1兆円未満」のプライム上場企業に対するSSBJ基準の適用開始時期については、サステナビリティ開示に関する国内外の動向(ISSB基準の採用・適用状況やEU・米国などにおけるサステナビリティ開示制度の整備状況、国内企業における開示準備の状況など)に特段の変化がないことから、中間論点整理で示されていたとおり「2029年3月期から」という方向性が維持される。
ISSB基準 : 「International Sustainability Standards Board Standards」の略称で、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が策定する、企業の気候・環境、社会、ガバナンスに関する情報開示の国際基準。投資家向けに財務的影響を重視した開示を目的とする。
SSBJ基準の適用対象企業の判断基準は「5年平均時価総額」、具体的には「前期末及びその前4事業年度末における時価総額の平均(5年平均時価総額)」を用いることが決まった。適用対象となる企業は「適用開始期の末日」時点でプライム市場に上場している必要があるものの、プライム市場以外の市場であっても上場していれば時価総額の算定はできるため、それまで他市場に上場していた企業も、「5年平均時価総額」を満たせば適用対象になる。
SSBJ基準 : サステナビリティ基準委員会(Sustainability Standards Board of Japan)が策定した日本企業向けのサステナビリティ情報開示の共通ルールであり、国際的なIFRSサステナビリティ開示基準(ISSB基準)と整合性を図った内容となっている。
5年平均時価総額に応じたSSBJ基準の適用開始時期は下表のとおり。時価総額は年によって変動することを踏まえ、2027年3月31日を「前期末」として算定した5年平均時価総額が1兆円以上3兆円未満(下表中の「第2段階」)であったとしても、その後、2027年3月31日を前期末として再算定した5年平均時価総額が1兆円未満となった場合には、適用開始を「2029年3月期」に1年間後ろ倒しする(下表中の「第3段階」)。
| 区分 |
算定時点(前期末) |
5年平均時価総額 |
適用開始期 |
| 第1段階 |
2026年3月31日 |
3兆円以上 |
2027年3月期 |
| 第2段階 |
2026年3月31日 |
1兆円以上3兆円未満 |
2028年3月期 |
| 第3段階(第2段階の例外) |
2027年3月31日 |
1兆円未満になった場合 |
2029年3月期に後ろ倒し |
一方、中間論点整理から方向転換されたのが、有価証券報告書の提出期限に関する取扱いだ。保証を義務化する段階で提出期限を「事業年度終了後4か月以内」に延長する案も検討されたが、早期開示を求める意見が多かったことや、保証制度導入後の2年間は保証範囲をスコープ1・2(自社および他社から購入した電力等による排出)、ガバナンス、リスク管理に限定するという方向性が示されたことを踏まえ、現行の有価証券報告書等の提出期限と変わらず「事業年度終了後3か月以内」とすることが決まった。ただし、企業側からは、事業年度終了後3か月以内という提出期限を維持した場合、限られた期間で開示データの整備や外部保証を受ける体制を構築するのは負担が大きいとの懸念も示されており、期限の柔軟化等を求める声が上がっている。
保証 : 開示されたサステナビリティ情報の信頼性を独立した第三者が検証・確認すること。
スコープ1・2 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。
2025年中に結論を出すこととされていた保証の担い手については、国際的な保証基準であるISSA 5000(保証基準)、ISQM 1(品質管理基準)、IESSA(倫理・独立基準)などと整合性が確保された基準に準拠して保証業務を実施する者とされ、かつ登録制とする方針が示された。監査法人に限らず、要件を満たす法人であれば登録が可能となる見込み。登録要件としては、①サステナビリティ開示や保証に関する専門知識と経験を有する業務執行責任者を十分に確保していること、②品質管理体制が整備されていること、が求められる。業務執行責任者には公認会計士資格を必須とする提案もあったが、最終的には資格要件は設けられなかった。品質管理体制については、品質管理部門や品質管理専任者を配置し、保証業務の担当チームが行った重要判断を第三者的に評価する仕組みを整備することが必要になる。
ISSA 5000 : 「International Standard on Sustainability Assurance 5000:サステナビリティ保証に関する国際基準第5000号」の略称で、国際監査・保証基準審議会(IAASB:International Auditing and Assurance Standards Board)が策定中の、サステナビリティ情報に関する国際保証基準のこと。企業が開示するESG情報等の信頼性を担保するための実務的枠組みを定める。
ISQM 1 : 「International Standard on Quality Management 1: 品質管理に関する国際基準第1号」の略称で、IAASB(国際監査・保証基準審議会)が定める監査・保証業務全般に共通する品質管理の国際基準のこと。組織としてのリスク評価、モニタリング、ガバナンス体制の整備などを求める。
IESSA : 「International Ethics Standards for Sustainability Assurance: サステナビリティ保証に関する国際倫理基準」の略称で、国際会計士倫理基準審議会(International Ethics Standards Board for Accountants:IESBA)が策定する倫理・独立性に関する国際基準。保証業務実施者に求められる独立性、誠実性、公正性などの原則を示す。
また、保証業務実施者は法人格を有し、一定の資本金・出資金など財務基盤を備えることが条件とされた。保証の質を担保するため、財務諸表監査に準じて、ローテーションルールを導入するとともに、非保証業務との同時提供を禁止し、保証業務実施者に対しては守秘義務を課す。さらに、保証業務実施者が企業のサステナビリティ情報の適正性の確保に影響をおよぼす恐れのある事実(法令違反事実等)を発見し、企業側がこれを是正しない場合、保証業務実施者は当局への通知義務を負う制度も導入される見込みだ。
ローテーションルール : 財務諸表監査の場合、監査責任者は7年連続担当後、少なくとも2年間の休止期間(いわゆる「パートナーローテーション」)を設ける必要がある。
SSBJ基準の適用対象外の企業の中にもサステナビリティ情報について保証を受けたいという企業は少なくない。金融庁は、①有価証券報告書における義務的保証の対象でない情報について保証を受けること、または②義務的保証の対象ではない企業が保証を受けることを「任意の保証」と定義したうえで、任意の保証に基づく保証報告書の有価証券報告書への添付を認める条件として、当該保証が①SSBJ基準に基づいて作成されたサステナビリティ情報に対するもので、登録されたサステナビリティ保証業務実施者によるものであること、かつ③登録業者が遵守する保証基準(上記ISSA 5000、ISQM 1、IESSAなどに準拠したもの)に沿ったものであること、を求めている。これらの要件を満たさない場合には、有価証券報告書へ保証報告書の添付を認めない。また、要件を満たさないでも企業が「任意に保証を受けた」旨を有価証券報告書に記載する場合には、例えば保証業務実施者の名称・登録の有無、準拠した基準や枠組み等を開示することが考えられるとしたほか、投資家が「義務保証と同等の信頼性がある」と誤認しないよう、例えば「本保証は任意で取得されたものであり、法的義務に基づく保証ではない」といった“警告的な文言”の記載を求めるべきとの意見も複数上がっている。
金融庁は11月中にも関連する内閣府令等の改正案を公表する予定であり、企業会計基準と同様にSSBJ基準を告示指定し、上表のとおり適用開始時期が確定している時価総額1兆円以上のプライム市場上場企業に対して適用を義務付ける方針を示している。また、SSBJ基準を適用し始めた事業年度から起算して2年間は有価証券報告書における二段階開示(準備状況に応じた段階的な情報開示)を認めるほか、SSBJ基準の適用範囲や進捗状況、二段階開示を適用している場合の対象項目や未開示の理由・対応方針、さらには、温室効果ガス削減目標など将来見通しに関する情報をどのような社内体制・手続で作成・確認しているかといった点についても開示を求める方向。
告示指定 : 行政機関が基準やルールを法令や制度の一部として公式に定めること。告示指定により基準等は法的効力を持ち、対象となる企業等はこれを遵守する義務を負うことになる。
このほか金融庁は、スコープ3排出量(サプライチェーン全体の温室効果ガス排出量)の算定・開示にあたっては、サプライチェーン全体のデータ取得に伴う不確実性を踏まえ、企業が合理的な方法で算定・開示を行った場合には虚偽記載とみなさないようにするセーフハーバー(一定条件下での責任免除)制度をガイドラインとして整備することも予定している。
スコープ3 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。