2025/11/12 役員退職金の支給を巡る新たな留意点(会員限定)

近年、役員に対する退職金(以下、役員退職給与)を業績に連動した指標に基づき算定するケースが増えているが、その一部が法人税法の計算上、損金に算入できなくなる可能性が生じている。

役員退職給与というと、従来は「最終報酬月額×勤務期間月数×功績倍率」により算定されるのが一般的だった。現在でもこの算定方法を採用している上場会社は多い。このような従来型の役員退職給与は、法人税法上、「不相当に高額でない限り」損金算入が認められている(法人税法34条2項)。一方、業績に連動した指標に基づき算定される役員退職給与は、法人税法上「業績連動給与」に該当することになり、その金額が会社の売上や利益、株価などに関する指標に基づく事前に定めた計算方法により自動的に決まる仕組みになっており、かつ実際にその計算方法に従って支払われているという条件を満たさなければ損金として認められない(法人税法34条1項3号)。


業績連動給与 : 会社の利益や売上、株価などに関する指標に応じて支払われる役員報酬のこと。例えば会社の利益が増えれば報酬も増えることになる。あらかじめこれらの指標との関係を明確にした計算方法を、報酬規程や株主総会決議などで事前に定めておき、その方法に従って実際に支給されていれば、税務上も損金として認められる。

問題は、業績連動指標に基づく算定方法と従来型の算定方法(=非業績連動指標に基づく算定方法)が“混在”する役員退職給与の取扱いだ。この点は法人税法上も明確でなかったため、国税庁は2025年5月20日付で「非財務指標を組み入れた業績連動型株式報酬の税務上の取扱いについて」と題する文書回答事例を公表し、「業績連動指標に加えて非業績連動指標を組み入れて支給額等が算定される給与であっても、その給与について業績連動指標を基礎として客観的に算定された部分がある場合には、その部分は損金算入業績連動給与として取り扱っても差し支えない」との見解を示している。そしてこの文書回答事例は、業績連動型株式報酬が「役員退職給与」として支払われたケースについてのものであることが、当フォーラムの取材により判明している。

この文書回答事例は、「その部分は」という書き振りを踏まえると、「役員に支払われた報酬の一部にでも業績連動指標に基づくものが含まれていれば、支払われた報酬全体が業績連動給与に該当する」との解釈が前提になっているものと考えられる。この解釈の結果、上記のとおり「不相当に高額でない限り」損金算入が認められてきた従来型の役員退職給与と、業績に連動した指標に基づき算定される役員退職給与を一緒に支給した場合には、全体が「業績連動給与」として損金算入の可否判断が求められることになる。そして、従来型の役員退職給与は非業績連動指標に基づくものであり、法人税法が定める「業績連動給与」の損金算入要件を満たしようがないため、損金算入は認められないという結論になる。

これに対し企業側からは、これまで損金算入が認められてきた従来型の役員退職給与を損金不算入とすることに疑問の声が上がっている。従来型の役員退職給与を損金算入するには、従来型の役員退職給与と、業績に連動した指標に基づき算定される役員退職給与を明確に切り分けるため、両者を別々に支給するという異例の対応も考えられる。今後、譲渡制限付株式といった業績連動型の報酬を役員退職給与として支給する慣行に影響が及ぶ可能性もあろう。

2025/11/11 壮絶なパワハラをした社長が解任されない理由

社長がパワハラ行為を認定され、それを理由に退任に追い込まれる事例が相次いでいる。つい先日(2025年10月20日)も、青森テレビ(非上場)において、社長が机をたたく行為や社員への恫喝行為、「小学生でも分かるでしょう」「馬鹿野郎」といった発言をしていたことが問題視され、外部の弁護士をトップにした調査チームの調査の結果、“クロ”と認定され、代表取締役社長が辞任に追い込まれた(青森テレビのリリースはこちら)。先々月(2025年9月)には、化粧品メーカーのディー・アップ(非上場)でも社長のパワハラ(「野良犬」などの発言を伴う叱責)により自殺した元従業員の遺族が訴訟を提起し、東京地裁の「調停に代わる決定」を双方が受け入れ、会社と代表取締役社長が遺族に1億5千万円を支払うとともに代表取締役社長が辞任した(ディー・アップのリリースはこちら)。ディー・アップの事例では、労基署が社長のパワハラと元従業員のうつ病発症の因果関係を認め、労災認定している。

昭和の時代なら広く見受けられたようなパワハラ行為も、平成、令和と時代が移るにつれ、不適切な行為であるとの認識が浸透し、次第に減少してきた。ましてや、経営トップである代表取締役社長にパワハラ行為が認定されれば退任も当然という世の中になってきた。こうした中にあっても、社長が壮絶なパワハラ行為をしたことが第三者委員会で認定されても、社長の任を解かない上場会社も存在する。・・・

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2025/11/11 壮絶なパワハラをした社長が解任されない理由(会員限定)

社長がパワハラ行為を認定され、それを理由に退任に追い込まれる事例が相次いでいる。つい先日(2025年10月20日)も、青森テレビ(非上場)において、社長が机をたたく行為や社員への恫喝行為、「小学生でも分かるでしょう」「馬鹿野郎」といった発言をしていたことが問題視され、外部の弁護士をトップにした調査チームの調査の結果、“クロ”と認定され、代表取締役社長が辞任に追い込まれた(青森テレビのリリースはこちら)。先々月(2025年9月)には、化粧品メーカーのディー・アップ(非上場)でも社長のパワハラ(「野良犬」などの発言を伴う叱責)により自殺した元従業員の遺族が訴訟を提起し、東京地裁の「調停に代わる決定」を双方が受け入れ、会社と代表取締役社長が遺族に1億5千万円を支払うとともに代表取締役社長が辞任した(ディー・アップのリリースはこちら)。ディー・アップの事例では、労基署が社長のパワハラと元従業員のうつ病発症の因果関係を認め、労災認定している。

昭和の時代なら広く見受けられたようなパワハラ行為も、平成、令和と時代が移るにつれ、不適切な行為であるとの認識が浸透し、次第に減少してきた。ましてや、経営トップである代表取締役社長にパワハラ行為が認定されれば退任も当然という世の中になってきた。こうした中にあっても、社長が壮絶なパワハラ行為をしたことが第三者委員会で認定されても、社長の任を解かない上場会社も存在する。2025年6月20日に東証スタンダード市場に上場したばかりの伊澤タオルである。週刊文春の電子版が伊澤タオルの伊澤正司社長のパワハラ行為を配信し、世間を驚かせたのが2025年7月11日のことだ。同社はその1週間後の7月18日に第三者委員会を設置し、調査を委嘱した(同社による第三者委員会設置のリリースはこちら)。8月29日には追加調査の必要が生じたため第三者委員会による調査報告書の公表が延期となり、ようやく10月30日に調査報告書と処分、再発防止策が公表された(同社のリリースはこちら)。

調査報告書では、伊澤社長による以下の発言(抜粋)が事実であることが認定された。

「ふざけるのもええ加減にせえよ。お前らお遊戯やってんのかここ!親父とお袋にみせるだけのお遊戯やってんのか、お前ら。達成の見込みつくまで、朝礼終わらんよ。5時間でも6時間でもやるよ。ぼけぇ、お前、アホか。」
「全員立て、何座っとんねん、お前らアホ。人がこんな熱入れて喋っとんのに、何座っとるねん。話の途中でも、立て!おいわかったか、お前ら。」
「さっさと出ていけ。ルール守れへんのやったら、出ていってくれる?まじで気持ち悪いから、出ていけ。今すぐに出ていけ。」
「遊びに来てんのやったら来るな。盗人。泥棒。」
「仕事してるふりしやがって。うそつき。くそ。」
(年休を取得することについて)「権利ばっかり主張して」「権利ばかり主張するやつは■■(報告書では伏字)」
(年休を取得することについて)「評価に反映させる」「ボーナス下げる」
コロナに罹患する者への批判など

しかも、朝礼または営業会議には常勤取締役・常勤監査役が出席しており、伊澤氏のパワハラを伴う言動を実際に見聞していたにもかかわらず誰かが制止するということはなく、ほぼ黙認状態であった。ガバナンスが機能していないことには社員も気付いており、第三者委員会による従業員へのアンケートにおいて「役員が社長のイエスマンばかり」「役員は社長側の人間」などの意見が複数挙がっていた。

さらに、この調査報告書を受けて同社取締役会が決定した処分内容は明らかに不十分と言わざるを得ない。伊澤社長の退任はなく、「月額報酬の50%につき6か月間自主返納」にとどまるというかなり甘い処分だったからだ。

このような処分になった理由として、同社の取締役会は次のように説明している。

取締役会として伊澤氏の処分について、代表取締役の退任も含めて十分な時間を尽くして慎重に議論いたしました。主に、次の点について検討いたしました。
● 代表取締役として率先して順守すべきハラスメント防止の責務を果たせていなかった点
● 伊澤氏がハラスメントを二度と起こさないための経営体制の刷新
● 伊澤氏は単に代表権を有するだけにとどまらず、タオル製造における高度な専門性を有し、タオルの技術開発、協力工場に対するきめ細やかな技術指導、さらには主要な取引先との間に築き上げた強固な人的ネットワークなど当社の事業推進において代替不可能な役割を果たしているという事実

検討の結果、当社の競争優位性の源泉である伊澤氏個人の知見やノウハウの他者への継承は一朝一夕に可能なものではなく、伊澤氏が代表取締役を辞任した場合の当社の財政状態および経営成績に多大なる影響を及ぼす可能性を排除するため、引き続き伊澤氏を代表取締役としての任に当たらせることを取締役会として決定いたしました。

伊澤氏が代表取締役に留任するという結論になることは、同社がスタンダード市場への上場時に東証に提出した有価証券届出書(2025年5月19日提出)の【事業等のリスク】の「経営人材に関わるリスク」における記述から、ある程度想像はできた。

経営人材に関わるリスク(発生可能性:高、特定時期なし、影響度:高)
 代表取締役社長である伊澤正司は、当社の事業推進において重要な役割を果たしております。特段の事情により業務執行が出来なくなった場合、並びにそのような重要な役割を担い得る人材を確保できなかった場合、当社の財政状態及び経営成績に影響を及ぼす可能性があります。当社は、意思決定及び業務執行が特定の人材に依存することのないよう、取締役会や営業会議等において役員及び社員への情報共有・権限委譲を進め、組織的な経営執行体制を構築しております。

この「経営人材に関わるリスク」は小規模企業の上場時には必ずと言っていいほど記載されるものだが、まさにそのリスクが顕在化したことになる。

伊澤タオルの取締役会が下した判断は、社長が退任するメリットとデメリットを比較考量すると、退任させるのは適切でないというもの。ハラスメントに厳しい目が注がれる令和の時代においては違和感のある判断であることは否めない。しかし、同社は東証上場会社とはいえ、従業員数76人(2025年2月末現在)という規模の会社だ。代表取締役社長がエンジンとなって会社を牽引しており、後継者も十分に育っていないことは容易に想像がつく。そのような状況下では、これも一つの経営判断と言えよう。今後の同社の成長発展のために重要なことは「再発防止策」の適切な設計に尽きる。

もっとも、その再発防止策にもいくつかの違和感を覚えざるを得ない。まず、会社が公表した再発防止策の一つに「代表取締役社長の後継者計画を3年以内に立案する。」とある点だ。後継者計画の実行(後継者リストの作成、権限移譲、教育等)に3年を費やすのならまだしも、計画立案に3年もかかるようでは本気度を疑われる。

また、第三者委員会の提言した再発防止策のうち下記の策(第三者委員会の調査報告書30ページを参照)は、会社が提案した再発防止策に記載されていなかった。

① 伊澤氏及び従業員が同時に出席する会議又は朝礼には、やむを得ない事由がある場合を除き、社外取締役又は社外監査役のうち最低1名の出席を義務付け、会議を途中で終了、中断できる権限を付与する。
② 伊澤氏及び従業員が同時に出席する会議又は朝礼の様子は全て録音し、これを社外取締役・社外監査役に提出し、保管させる。
③ 営業会議の司会進行は伊澤氏以外の者が担当し、同会議には伊澤氏はオブザーバー参加とすることとし、個々の従業員に対する直接的な指示・指導等を行わない。

これらの策が実施されれば非常に有効なけん制効果が期待できるだけに、再発防止策に盛り込まれなかったことには疑問が残る。

一方、再発防止策で、「全社員アンケートの定期的実施」「リスク・コンプライアンス委員会の委員長を伊澤氏から変更した上で、伊澤氏を同委員に選任しない」ことが掲げられた点は評価できる。従業員に対する定期的なアンケート結果が伊澤氏の関わらない「リスク・コンプライアンス委員会」でしっかり検討される流れが担保されるからだ。もし「リスク・コンプライアンス委員会」で伊澤氏のパワハラ再発が確認されれば、任意の指名・報酬委員会で同氏の再任議案の是非が検討されることになるだろう。

しかし、その指名・報酬委員会による再発防止策は十分なものではない。同社では伊澤社長自身も指名・報酬委員会の委員に就任しているが、この点については何ら手が付けられておらず、単に社外の常勤監査役1名を委員に追加するだけで終わっているからだ。同社は、委員長が独立社外取締役であり、委員構成が「3対1」(社長以外は社外役員)となるため、「伊澤氏の圧倒的優位性に対する牽制機能を維持できる」と説明する(同社のリリースを参照)が、そもそも「圧倒的優位性」の存在を認めるのであれば、リスク・コンプライアンス委員会と同様に、伊澤氏を指名・報酬委員会の委員から外すのが筋だろう。加えて、第三者委員会の報告書(26ページ参照)によれば、この常勤監査役は伊澤氏から呼び捨てにされる関係性にあり、かつ、伊澤氏のパワハラを「ほぼ黙認状態であった」と認定された人物である。伊澤氏の委員留任を正当化するための形式上の追加人事に過ぎないようにも見える。確かに、指名・報酬委員会での議論に経営実情を反映させるため、社長が委員に就くケースもあり、経済産業省の「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針(CGSガイドライン別冊)」によれば、「一定の合理性がある場合もある」とされている。しかし、「一定の合理性がある」のは平時の話であり、社長のパワハラが認定された「有時」においてもなお、社長が指名・報酬委員会の委員であり続ける必然性はない。仮に報酬案の原案策定、社内事情の把握等で社長の力を借りたいのであれば、必要に応じて社長を「オブザーバー」として参加させる方法もあったはずだ。

同社の寛大な処分と、再発防止策の十分性に対する疑念は、組織として本当に変わる意思があるのかという不信感を招きかねない。再発防止策の真価は、今後同様の問題を二度と起こさないという結果によってのみ証明されることになろう。

2025/11/10 ISSが日本向けポリシーを改定へ 「社外役員のサクセッション・プラン」が一層重要に

議決権行使助言会社最大手のISSは2025年10月30日に日本向け議決権行使助言方針(ポリシー)の2026年改定案を公表している。今回改定が検討されている項目は2つで、既に改定することを確定・公表済みの「独立性基準-在任期間の導入」と合わせると、下表のとおり3つの改定が2026年以降、順次適用される。以下、それぞれについて現行ポリシーと比較しながら解説する。

公表時期 適用開始 内容
2024年11月 2026年2月 独立性基準-在任期間の導入
2025年10月 親会社や支配株主を持つ会社の取締役会の独立性基準の厳格化
2027年2月 取締役会の多様性基準の厳格化

独立性基準-在任期間の導入
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2025/11/10 ISSが日本向けポリシーを改定へ 「社外役員のサクセッション・プラン」が一層重要に(会員限定)

議決権行使助言会社最大手のISSは2025年10月30日に日本向け議決権行使助言方針(ポリシー)の2026年改定案を公表している。今回改定が検討されている項目は2つで、既に改定することを確定・公表済みの「独立性基準-在任期間の導入」と合わせると、下表のとおり3つの改定が2026年以降、順次適用される。以下、それぞれについて現行ポリシーと比較しながら解説する。

公表時期 適用開始 内容
2024年11月 2026年2月 独立性基準-在任期間の導入
2025年10月 親会社や支配株主を持つ会社の取締役会の独立性基準の厳格化
2027年2月 取締役会の多様性基準の厳格化

独立性基準-在任期間の導入
社外取締役と社外監査役の独立性基準として「在任期間が12年以上である」が追加される(1年間の適用猶予期間が終了)。社外取締役に選任される直前まで社外監査役として会社に在籍していた場合には、社外監査役としての在任期間が合算されることになる。なお、監査役会設置会社の社外取締役や監査等委員会設置会社の監査等委員ではない社外取締役が、在任期間をはじめとする独立性基準に抵触する場合でも、当の本人は反対推奨の対象とはならない。

現行ポリシー 改定ポリシー
  • 会社の大株主である組織において、勤務経験がある
  • 会社の主要な借入先において、勤務経験がある
  • 会社の主幹事証券において、勤務経験がある
  • 会社の主要取引先である組織において、勤務経験がある
  • 会社の監査法人において、勤務経験がある
  • コンサルティングや顧問契約などの重要な取引関係が現在ある、もしくは過去にあった
  • 親戚が会社に勤務している
  • 会社に勤務経験がある
  • 会社が政策保有目的で保有すると判断する投資先組織において、勤務経験がある
  • 会社の大株主である組織において、勤務経験がある
  • 会社の主要な借入先において、勤務経験がある
  • 会社の主幹事証券において、勤務経験がある
  • 会社の主要取引先である組織において、勤務経験がある
  • 会社の監査法人において、勤務経験がある
  • コンサルティングや顧問契約などの重要な取引関係が現在ある、もしくは過去にあった
  • 親戚が会社に勤務している
  • 会社に勤務経験がある
  • 会社が政策保有目的で保有すると判断する投資先組織において、勤務経験がある
  • 在任期間が12年以上である

多くの国内機関投資家は既に「12年」「10年」といった在任期間を議決権行使基準に織り込んでおり(2024年11月22日のニュース「社外役員の在任期間を独自に設定する企業が増加も」参照)、今回のISS改定はこのトレンドを決定付けるものと言える。今後はISSのポリシーに沿って海外機関投資家においても反対行使が増加することが予想されるだけに、上場会社にとっては「社外役員のサクセッション・プラン」が一層重要になるだろう。

親会社や支配株主を持つ会社の取締役会の独立性基準の厳格化
上場子会社などに対する取締役会の独立性基準を「3分の1」から「過半数」に引き上げる(適用猶予期間なし)。当該基準に抵触した場合、経営トップ(会長または社長)および指名委員会等設置会社の指名委員長(独立社外取締役である場合を除く)が反対推奨を受けることになる。

機関設計 現行ポリシー 改定ポリシー
監査役会設置会社 親会社や支配株主を持つ会社において、株主総会後の取締役会に占めるISSの独立性基準を満たす社外取締役の割合が3分の1未満の場合、又はISSの独立性基準を満たす社外取締役が2名未満の場合、経営トップである取締役 親会社や支配株主を持つ会社において、株主総会後の取締役会の過半数がISSの独立性基準を満たさない場合、経営トップである取締役
監査等委員会設置会社
指名委員会等設置会社 親会社や支配株主を持つ会社において、株主総会後の取締役会に占めるISSの独立性基準を満たす社外取締役の割合が3分の1未満の場合、又はISSの独立性基準を満たす社外取締役が2名未満の場合、経営トップである取締役及び指名委員である取締役 親会社や支配株主を持つ会社において、株主総会後の取締役会の過半数がISSの独立性基準を満たさない場合、経営トップである取締役及び指名委員である取締役

ISSの競合である議決権行使助言のグラスルイスは既に、「支配株主を有する会社」の取締役会について「過半数」の独立性基準を設定しており、多くの国内機関投資家も同様の議決権行使基準を導入済みとなっている。対象が上場子会社等であるだけに、経営トップの選任が否決されることは考えにくいが、60~70%など目立って低い賛成率となった場合、アクティビストをはじめとする投資家から、少数株主利益を保護する体制の整備を求める声が強まることが予想される。

取締役会の多様性基準の厳格化
ジェンダー・ダイバーシティに関する基準を、「女性取締役1名以上」から「女性取締役10%以上」に変更する。1年間の適用猶予期間が設けられており、2027年2月から適用される予定となっている。取締役人数が10名超の会社の場合、女性1名では10%を満たすことができないため、複数化に向けた検討が急務となる。

機関設計 現行ポリシー 改定ポリシー
監査役設置会社 株主総会後の取締役会に女性取締役が一人もいない場合、経営トップである取締役 株主総会後の取締役会に占める女性取締役の割合が10%未満の場合、経営トップである取締役
監査等委員会設置会社
指名委員会等設置会社

グラスルイスは当該基準についてもISSに先行して既に10%としており、さらに2026年から20%に引き上げることを公表している。また、将来的には「30%」など、閾値を引き上げる方針を公表している投資家もいる(2025年1月16日のニュース「『社外取締役過半数』かつ『女性取締役30%』がミニマム・リクワイヤメントへ」を参照)。したがって、上場会社としては、今回のISSの改定に対応するだけにとどまらず、さらなる高い女性取締役比率を目指した取り組みが必要となろう。

2025/11/07 【2025年10月の課題】2025年6月株主総会 議決権行使結果の個別開示を踏まえた機関投資家の動向 解答(会員限定)

ジェイ・ユーラス・アイアール株式会社
マネージャー 水嶋 創

会社提案議案に対する機関投資家の行使判断

(1)取締役選任議案
主要国内機関投資家の取締役選任議案に対する賛成率は図表1のとおりとなりました。

【図表1】本年4月~6月に開催された株主総会における主要国内機関投資家の取締役選任議案に対する賛成率と昨年比増減
791401

本年の賛成率を見ると、76.90%から93.08%まで、投資家によって相当程度の差があることが分かります。これには、ROE基準の閾値の違いと、同水準に抵触した場合の反対対象の違いが大きく影響した可能性があります。賛成率が最も低かった三井住友DSアセットマネジメントは、反対行使となる閾値を「3年連続で8%未満かつ国内上場企業中央値未満」と厳しく設定しています。さらに、この基準に抵触した場合には、社外取締役を含む3年以上在任の候補者の再任に反対すると規定していることから、反対行使が多くなっていると考えられます。一方、賛成率が最も高かったブラックロック・ジャパンのROE基準の閾値は「3年連続で5%未満」であり、さらに、「業種特性等を勘案」するとして救済の余地を残しています。基準に抵触した場合の反対対象も「責任があると考えられる取締役」に限定されていることから、反対行使が少なかったとみられます。


ROE : ROE(Return On Equity = 株主資本利益率)とは株主資本に対する当期純利益の割合であり、「当期純利益 ÷ 株主資本」により算出される。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

昨年との比較では、全ての投資家において賛成率の上昇が確認されます。その主な要因としては以下が考えられます。

✓ 業績の向上によりROE基準に抵触する企業が減少した
✓ 独立社外取締役の選任が進み、取締役会構成基準に抵触する企業が減少した
✓ 女性取締役の選任が進み、ジェンダー基準に抵触する企業が減少した
✓ 政策保有株式の縮減が進み、政策保有株式基準に抵触する企業が減少した
✓ TOPIX組入銘柄数の減少により、投資家の基準に抵触する企業が投資先から外れた

賛成率の上昇が最も大きかったのは三井住友トラスト・アセットマネジメントでした。ROE基準自体は厳格化(3年連続でTOPIX構成銘柄の下位1/4未満→3年連続でTOPIX構成銘柄の下位1/3未満)されたものの、ROE基準や政策保有株式基準に抵触した場合の反対行使の対象が「3年以上在任の取締役」から「3年以上在任の現代表取締役」に変更されたことにより、反対行使が大きく減少したと考えられます。

賛成率の上昇が最も小さかったのは野村アセットマネジメントでした。同社は取締役会構成基準を厳格化し、指名委員会の独立性が不十分な場合には、過半数の社外取締役の選任を求めることとしました。この基準変更によって、会長や社長の選任議案への反対行使が増加し、賛成率の上昇を抑制したと考えられます。

(2)剰余金処分議案
主要国内機関投資家の剰余金処分議案に対する賛成率は図表2のとおりとなりました。

【図表2】本年4月~6月に開催された株主総会における主要国内機関投資家の剰余金処分議案に対する賛成率と昨年比増減
791402

取締役選任議案と比較した場合、剰余金処分議案に対する賛成率は全体的に高いことが分かります。本年の特徴としては、相対的に賛成率が低い三井住友DSアセットマネジメントと三井住友トラスト・アセットマネジメントの賛成率がやや大きく上昇したことが挙げられます。この2社の配当基準の概要は以下のとおりです。

(三井住友DSアセットマネジメントの配当基準)
✓ 総還元性向が30%程度より低い
✓ ネットキャッシュ(現預金・有価証券から有利子負債を差し引いた金額)の対総資産比率が30%以上、かつネットキャッシュの月次売上高回転率が5ヵ月以上の状況下で、総還元性向が50%程度より低い
(三井住友トラスト・アセットマネジメントの配当基準)
✓ PBRが1倍未満かつ当期ROEがTOPIX構成銘柄の下位50%タイル水準未満の企業において、配当性向30%未満の場合、反対
✓ 総資産に対するネットキャッシュ(現預金+短期有価証券-借入金等)の比率が30%以上の企業において、配当性向30%未満の場合、反対
✓ 総資産に対するネットキャッシュ(現預金+短期有価証券-借入金等)の比率が30%以上の企業において、PBRが1倍未満かつ当期ROEがTOPIX構成銘柄の下位50%タイル水準未満、かつ配当性向50%未満の場合、反対


総還元性向 : 企業が利益をどの程度株主に還元しているかを示す指標。「総配分性向」「株主還元性向」とも言われる。「(配当金+自社株買いの金額)÷当期純利益」によって計算される。ちなみに、「配当性向」は当期純利益に占める「配当金」のみの割合を示す。自社株買いも株主還元の1つであるため、最近は配当性向とともに、総還元性向を開示する企業が多い。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
月次売上高回転率 : 月間売上高をネットキャッシュで割った指標で、キャッシュの効率的な活用度を示す。高いほど資金効率が良好ということになる。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
%タイル : 「パーセンタイル」と読む。データを小さい順に並べた場合に、例えば小さい方から数えて全体の75%に位置する値を75パーセンタイルという。75パーセンタイルは「第三四分位数」ともいわれる。25パーセンタイルは「第一四分位数」、50パーセンタイルは中央値を指す。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

両社とも上場企業に対して30%以上、バランスシートの状況等によっては50%以上の配当性向・総還元性向を求めています。昨年から本年にかけて両社の配当基準に改定のない中で賛成率が上昇したことは、日本企業全体の配当性向・総還元性向の改善を示していると言えそうです。

株主提案議案に対する機関投資家の行使判断

アクティビストからの株主提案のうち賛成率の高かった議案を抽出したところ、図表3のとおりとなりました。

【図表3】本年6月総会におけるアクティビストからの株主提案議案(賛成率30%以上)
791403

※本年6月に開催されたプライム市場上場企業の定時株主総会に付議された議案が対象
※主要国内機関投資家10社は、アセットマネジメントOne、アモーヴァ・アセットマネジメント(旧日興アセットマネジメント)、大和アセットマネジメント、野村アセットマネジメント、ブラックロック・ジャパン、三井住友DSアセットマネジメント、三井住友トラスト・アセットマネジメント、三菱UFJアセットマネジメント、三菱UFJ信託銀行、りそなアセットマネジメント

本年において可決された株主提案としては、Asset Value Investorsが栄研化学に対して提案した剰余金の配当等の決定を株主総会でも可能とする旨の定款変更議案(上表の#1)が挙げられます。主要国内機関投資家の個別開示を見ると、ほとんどの投資家が本提案に賛成したことが確認できます。なお、本議案の承認可決を条件として提案された自己株式取得議案(#9)は、主要国内機関投資家の賛成はなく否決されています。したがって、本定款変更議案への賛否は、株主還元強化の要否とは切り離して判断されたものと考えられます。他の企業においても、同様の提案は多くの主要国内機関投資家の賛同を得られていることが確認できます(#4,5,10)。

また、Nippon Active Value Fund (Dalton)がホギメディカルに提案した取締役選任議案も賛成率52%で可決されています(#2)。ただし、この議案に対する主要国内機関投資家の賛成は確認できませんでした。一方、日本グローバル・グロース・パートナーズ・マネジメントが東洋水産に提案した取締役選任議案に対しては、主要国内機関投資家の賛成が確認できました。ホギメディカルのケースでは、取締役候補者は提案株主である運用会社のCIOであり、一般株主との利益相反の可能性なども考慮され賛成に至らなかったと推測されます。これに対し東洋水産のケースでは、投資銀行や事業会社出身者を社外取締役として加えることが事業ポートフォリオ改革推進に資するとの提案者の主張が、国内機関投資家にも一定程度受け入れられたものとみられます。


一般株主との利益相反 : 例えば、会社の経営判断において運用会社の利益が優先される可能性、 特定株主の意向が取締役会に強く反映されることにより他の株主の声が軽視される可能性などが考えられる。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

2025/11/06 従来の実務を完全否定 取適法下では振込手数料減額禁止に~パブコメ結果の解説④~

上場会社に大きな影響を与える改正下請法(新通称は取引適正化法(取適法:とりてきほう))の実務対応に極めて有益なパブコメ結果を解説するシリーズの第4弾(最終回)では、下請法適用下での従来の実務を完全否定した「振込手数料減額の禁止」をはじめとする代金の減額、支払い遅延の減額をテーマとする。

第1弾:2025年10月7日のニュース『改正下請法、従業員基準への批判的な意見相次ぐ~パブコメ結果の解説①~
第2弾:2025年10月17日のニュース『取適法下での特定運送委託対応~パブコメ結果の解説②~
第3弾:2025年10月28日のニュース『取適法下での「協議に応じない一方的な代金の決定」の実務対応~パブコメ結果の解説③~

2026年1月1日から施行される取適法の適用対象となる取引では、「手形」による支払いが禁止される。もともと手形については、政府・銀行界が「2026年度末までに電子交換所における手形・小切手の交換枚数をゼロにする」ことを最終目標に掲げ、手形帳の新規発行停止などに取り組んできたことが奏功し、交換枚数が激減している。そのため、取適法が中小受託事業者への支払い手段としての手形払いを禁止しても、実務上の影響は限定的と言える。

手形払いが激減する一方で増加傾向にある支払い手段が、電子記録債権やファクタリングだ。取適法は、中小受託事業者への支払い手段としての電子記録債権ファクタリングを禁止していないものの、「支払期日までに代金満額相当の現金を得ることが困難なもの」は取適法が禁止する「代金の支払遅延」に該当するとしている。下請法の運用基準(~2025年12月31日)と取適法の運用基準(2026年1月1日~ )を比べると、「代金の支払遅延」の事例が下表のとおり変更されているので留意したい(なお、取適法に新規追加された特定運送委託関連の違反行為事例については、第2弾「取適法下での特定運送委託対応~パブコメ結果の解説②~」参照)。


電子記録債権 : 紙の手形や約束手形の代わりに、法務省が指定する「電子債権記録機関」のシステム上で記録・管理される債権のこと。企業間の「○○円を支払います」という約束を、インターネット経由で安全に登録・確認できる仕組みであり、紛失や偽造のリスクが少なく、処理もスピーディという特長がある。
ファクタリング : 企業が持っている「売掛金(後で受け取る予定の代金)」を、ファクタリング会社(資金調達を専門とする金融サービス業者)に買い取ってもらう仕組み。これにより、企業は代金の入金を待たずに、すぐに現金を得ることができるため、資金繰りが安定しやすい。

代金の支払遅延に関して運用基準に掲げられている違反行為事例の主な変更箇所
下請法の運用基準 取適法の運用基準
2-12 割引を受けられない手形の交付による支払遅延
親事業者は、生産設備等の洗浄作業を下請事業者に委託しているところ、下請事業者に対して、手形を交付することによって下請代金を支払っていたが、結果的に下請事業者が手形の割引を受けられず現金化することができなかった。
2-14 手形の交付による支払遅延
委託事業者は、中小受託事業者に対して、手形を交付することによって代金を支払っていた。
新設 2-15 電子記録債権の使用による支払遅延
委託事業者は、中小受託事業者に対して、電子記録債権によって代金を支払う際に、支払期日より後に満期日が到来する電子記録債権を使用し、支払期日に金銭を受領するために中小受託事業者において割引を受けることを必要とさせていた。
新設 2-16 一括決済方式の使用による支払遅延
委託事業者は、中小受託事業者に対して、一括決済方式によって代金を支払う際に、支払期日以前に決済日が到来する一括決済方式を使用していたが、決済に伴い生じる受取手数料を中小受託事業者に負担させていた。

2-15の事例は、「支払期日より後に満期日が到来する」という点において、中小受託事業者に資金繰り上の負担を強いていることから、違反行為に該当する。これに対し2-16の事例では、「支払期日以前に決済日が到来している」ため、支払期日と決済日の関係上、中小受託事業者に資金繰り上の負担を強いているとは言えず、むしろ早期決済により資金繰りが改善されている。それにもかかわらず違反行為とされるのは、決済に伴う受取手数料を中小受託事業者が負担する必要があるからであり、中小受託事業者は受取手数料分の代金を受領できていない、すなわち「支払いに遅延が生じている」と評価される。

なお、2-16の事例は、中小受託事業者からすると、手数料分が代金から差し引かれているように見えるため、後述する「製造代金の減額行為」に該当するとの誤解を招きやすい。しかし、「製造代金の減額行為」の主体は委託事業者に限定されているところ、この事例では手数料を受領しているのは金融機関であることから、「製造代金の減額行為」には該当しない。

また、取適法では、これまでの企業間の決済実務を“全否定”する形で、振込手数料分を代金から減額することを禁止している(下表参照)。具体的には、従来の下請法では、振込手数料の減額は「明示的な合意の存在」と「実費の範囲内であること」を条件に適法とされていたところ、取適法下では、中小受託事業者との合意の有無や、実費の範囲内であるか否かにかかわらず、振込手数料分を代金から減額する行為そのものが違法となる(2026年1月1日以降に委託する取引の支払時から適用)。


振込手数料分を代金から減額 : 例えば製造代金が100万円、銀行の振込手数料660円とすると、委託事業者が100万円を、振込手数料は受取人負担との条件で銀行に振込指示を行い(この振込指示により、委託事業者は「製造代金の減額行為」をしたことになる)、銀行間の決済を経て、最終的に受託中小事業者の銀行口座にが660円が減額された999,340円だけが振り込まれること。

代金の減額に関して運用基準に掲げられている違反行為事例の主要な改正個所
下請法の運用基準 取適法の運用基準
3-13 合意なく振込手数料を負担させることによる減額
親事業者は、プログラムの作成等を下請事業者に委託しているところ、下請代金を下請事業者の銀行口座に振り込む際の手数料を下請事業者が負担する旨書面で合意していないにもかかわらず、下請代金の額から振込手数料相当額を差し引いた。
削除
3-14 実費を超える振込手数料を負担させることによる減額
親事業者は、船舶の設計図の作成を委託している下請事業者との間で、下請代金を下請事業者の銀行口座に振り込む際の手数料を下請事業者が負担する旨書面で合意していたが、自社が実際に支払う振込手数料を超える額を下請代金から差し引いた。
削除
新設 3-13振込手数料を負担させることによる減額
委託事業者は、プログラムの作成等を中小受託事業者に委託しているところ、代金の額から中小受託事業者の銀行口座に振り込む際の振込手数料相当額を差し引いた。

振込手数料の減額を禁止する取適法の新ルールは、取引上の立場が弱い中小受託事業者からすると、そもそも対等な合意は期待できず、意思に反する合意を迫られる可能性が高いという点に配慮したもの。現状、振込手数料を受取人負担にしている上場会社は少なくないが、このような上場会社は、2026年1月以降の委託分の支払いから、委託先が中小受託事業者に該当するかどうかの判定(資本金基準だけでなく従業員基準が加わることにも注意。この点については第1弾「改正下請法、従業員基準への批判的な意見相次ぐ~パブコメ結果の解説①~」参照)を委託の都度行い、中小受託事業者に該当すれば(あるいはその可能性が相当高ければ)振込手数料を減額せずに振り込む(委託事業者負担とする)よう、社内手続きを変更する必要がある。

取適法で禁止されている「代金の減額」は振込手数料分の減額だけではない。取適法の運用基準には下記のとおり様々な「代金の減額」のパターンが例示されている。

運用基準で例示されている代金の減額のパターン
ア 消費税・地方消費税額相当分を支払わないこと。
イ 中小受託事業者との間で単価の引下げについて合意して単価改定した場合、単価引下げの合意日前に発注したものについても新単価を遡及適用して代金の額から旧単価と新単価との差額を差し引くこと。
ウ 委託事業者からの原材料等の支給の遅れ又は無理な納期指定によって生じた納期遅れ等を中小受託事業者の責任によるものとして代金の額を減ずること。
エ 代金の総額はそのままにしておいて、数量を増加させること。
オ 代金の支払時に、1円以上を切り捨てて支払うこと。
カ 中小受託事業者との合意の有無にかかわらず、代金を中小受託事業者の銀行口座へ振り込む際の手数料を中小受託事業者に負担させ、代金から差し引くこと。
キ 毎月の代金の額の一定率相当額を割戻金として委託事業者が指定する金融機関口座に振り込ませること。等

また、取適法では、代金の減額が違法と認定された場合、その減額した金額に対しても遅延利息が課されることとなったことも改正のポイントの一つに挙げられる。この改正は実質的なペナルティの加重を意味する。上場会社は従来にも増して法令遵守に努める必要がある。

公取は2025年7月16日に取適法関連の規則の改正案を示したうえでパブコメの募集を開始、2025年10月1日には集まった意見に対する公取の考え方および新規則を公表している。パブコメに寄せられた意見とそれに対する公取の考え方のうち、第1弾~第3弾で取り上げた論点以外の主要な論点をとりまとめたが下表だ(「備考」欄は当フォーラムが作成)。・・・

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2025/11/06 従来の実務を完全否定 取適法下では振込手数料減額禁止に~パブコメ結果の解説④~(会員限定)

上場会社に大きな影響を与える改正下請法(新通称は取引適正化法(取適法:とりてきほう))の実務対応に極めて有益なパブコメ結果を解説するシリーズの第4弾(最終回)では、下請法適用下での従来の実務を完全否定した「振込手数料減額の禁止」をはじめとする代金の減額、支払い遅延の減額をテーマとする。

第1弾:2025年10月7日のニュース『改正下請法、従業員基準への批判的な意見相次ぐ~パブコメ結果の解説①~
第2弾:2025年10月17日のニュース『取適法下での特定運送委託対応~パブコメ結果の解説②~
第3弾:2025年10月28日のニュース『取適法下での「協議に応じない一方的な代金の決定」の実務対応~パブコメ結果の解説③~

2026年1月1日から施行される取適法の適用対象となる取引では、「手形」による支払いが禁止される。もともと手形については、政府・銀行界が「2026年度末までに電子交換所における手形・小切手の交換枚数をゼロにする」ことを最終目標に掲げ、手形帳の新規発行停止などに取り組んできたことが奏功し、交換枚数が激減している。そのため、取適法が中小受託事業者への支払い手段としての手形払いを禁止しても、実務上の影響は限定的と言える。

手形払いが激減する一方で増加傾向にある支払い手段が、電子記録債権やファクタリングだ。取適法は、中小受託事業者への支払い手段としての電子記録債権ファクタリングを禁止していないものの、「支払期日までに代金満額相当の現金を得ることが困難なもの」は取適法が禁止する「代金の支払遅延」に該当するとしている。下請法の運用基準(~2025年12月31日)と取適法の運用基準(2026年1月1日~ )を比べると、「代金の支払遅延」の事例が下表のとおり変更されているので留意したい(なお、取適法に新規追加された特定運送委託関連の違反行為事例については、第2弾「取適法下での特定運送委託対応~パブコメ結果の解説②~」参照)。


電子記録債権 : 紙の手形や約束手形の代わりに、法務省が指定する「電子債権記録機関」のシステム上で記録・管理される債権のこと。企業間の「○○円を支払います」という約束を、インターネット経由で安全に登録・確認できる仕組みであり、紛失や偽造のリスクが少なく、処理もスピーディという特長がある。
ファクタリング : 企業が持っている「売掛金(後で受け取る予定の代金)」を、ファクタリング会社(資金調達を専門とする金融サービス業者)に買い取ってもらう仕組み。これにより、企業は代金の入金を待たずに、すぐに現金を得ることができるため、資金繰りが安定しやすい。

代金の支払遅延に関して運用基準に掲げられている違反行為事例の主な変更箇所
下請法の運用基準 取適法の運用基準
2-12 割引を受けられない手形の交付による支払遅延
親事業者は、生産設備等の洗浄作業を下請事業者に委託しているところ、下請事業者に対して、手形を交付することによって下請代金を支払っていたが、結果的に下請事業者が手形の割引を受けられず現金化することができなかった。
2-14 手形の交付による支払遅延
委託事業者は、中小受託事業者に対して、手形を交付することによって代金を支払っていた。
新設 2-15 電子記録債権の使用による支払遅延
委託事業者は、中小受託事業者に対して、電子記録債権によって代金を支払う際に、支払期日より後に満期日が到来する電子記録債権を使用し、支払期日に金銭を受領するために中小受託事業者において割引を受けることを必要とさせていた。
新設 2-16 一括決済方式の使用による支払遅延
委託事業者は、中小受託事業者に対して、一括決済方式によって代金を支払う際に、支払期日以前に決済日が到来する一括決済方式を使用していたが、決済に伴い生じる受取手数料を中小受託事業者に負担させていた。

2-15の事例は、「支払期日より後に満期日が到来する」という点において、中小受託事業者に資金繰り上の負担を強いていることから、違反行為に該当する。これに対し2-16の事例では、「支払期日以前に決済日が到来している」ため、支払期日と決済日の関係上、中小受託事業者に資金繰り上の負担を強いているとは言えず、むしろ早期決済により資金繰りが改善されている。それにもかかわらず違反行為とされるのは、決済に伴う受取手数料を中小受託事業者が負担する必要があるからであり、中小受託事業者は受取手数料分の代金を受領できていない、すなわち「支払いに遅延が生じている」と評価される。

なお、2-16の事例は、中小受託事業者からすると、手数料分が代金から差し引かれているように見えるため、後述する「製造代金の減額行為」に該当するとの誤解を招きやすい。しかし、「製造代金の減額行為」の主体は委託事業者に限定されているところ、この事例では手数料を受領しているのは金融機関であることから、「製造代金の減額行為」には該当しない。

また、取適法では、これまでの企業間の決済実務を“全否定”する形で、振込手数料分を代金から減額することを禁止している(下表参照)。具体的には、従来の下請法では、振込手数料の減額は「明示的な合意の存在」と「実費の範囲内であること」を条件に適法とされていたところ、取適法下では、中小受託事業者との合意の有無や、実費の範囲内であるか否かにかかわらず、振込手数料分を代金から減額する行為そのものが違法となる(2026年1月1日以降に委託する取引の支払時から適用)。


振込手数料分を代金から減額 : 例えば製造代金が100万円、銀行の振込手数料660円とすると、委託事業者が100万円を、振込手数料は受取人負担との条件で銀行に振込指示を行い(この振込指示により、委託事業者は「製造代金の減額行為」をしたことになる)、銀行間の決済を経て、最終的に受託中小事業者の銀行口座にが660円が減額された999,340円だけが振り込まれること。

代金の減額に関して運用基準に掲げられている違反行為事例の主要な改正個所
下請法の運用基準 取適法の運用基準
3-13 合意なく振込手数料を負担させることによる減額
親事業者は、プログラムの作成等を下請事業者に委託しているところ、下請代金を下請事業者の銀行口座に振り込む際の手数料を下請事業者が負担する旨書面で合意していないにもかかわらず、下請代金の額から振込手数料相当額を差し引いた。
削除
3-14 実費を超える振込手数料を負担させることによる減額
親事業者は、船舶の設計図の作成を委託している下請事業者との間で、下請代金を下請事業者の銀行口座に振り込む際の手数料を下請事業者が負担する旨書面で合意していたが、自社が実際に支払う振込手数料を超える額を下請代金から差し引いた。
削除
新設 3-13振込手数料を負担させることによる減額
委託事業者は、プログラムの作成等を中小受託事業者に委託しているところ、代金の額から中小受託事業者の銀行口座に振り込む際の振込手数料相当額を差し引いた。

振込手数料の減額を禁止する取適法の新ルールは、取引上の立場が弱い中小受託事業者からすると、そもそも対等な合意は期待できず、意思に反する合意を迫られる可能性が高いという点に配慮したもの。現状、振込手数料を受取人負担にしている上場会社は少なくないが、このような上場会社は、2026年1月以降の委託分の支払いから、委託先が中小受託事業者に該当するかどうかの判定(資本金基準だけでなく従業員基準が加わることにも注意。この点については第1弾「改正下請法、従業員基準への批判的な意見相次ぐ~パブコメ結果の解説①~」参照)を委託の都度行い、中小受託事業者に該当すれば(あるいはその可能性が相当高ければ)振込手数料を減額せずに振り込む(委託事業者負担とする)よう、社内手続きを変更する必要がある。

取適法で禁止されている「代金の減額」は振込手数料分の減額だけではない。取適法の運用基準には下記のとおり様々な「代金の減額」のパターンが例示されている。

運用基準で例示されている代金の減額のパターン
ア 消費税・地方消費税額相当分を支払わないこと。
イ 中小受託事業者との間で単価の引下げについて合意して単価改定した場合、単価引下げの合意日前に発注したものについても新単価を遡及適用して代金の額から旧単価と新単価との差額を差し引くこと。
ウ 委託事業者からの原材料等の支給の遅れ又は無理な納期指定によって生じた納期遅れ等を中小受託事業者の責任によるものとして代金の額を減ずること。
エ 代金の総額はそのままにしておいて、数量を増加させること。
オ 代金の支払時に、1円以上を切り捨てて支払うこと。
カ 中小受託事業者との合意の有無にかかわらず、代金を中小受託事業者の銀行口座へ振り込む際の手数料を中小受託事業者に負担させ、代金から差し引くこと。
キ 毎月の代金の額の一定率相当額を割戻金として委託事業者が指定する金融機関口座に振り込ませること。等

また、取適法では、代金の減額が違法と認定された場合、その減額した金額に対しても遅延利息が課されることとなったことも改正のポイントの一つに挙げられる。この改正は実質的なペナルティの加重を意味する。上場会社は従来にも増して法令遵守に努める必要がある。

公取は2025年7月16日に取適法関連の規則の改正案を示したうえでパブコメの募集を開始、2025年10月1日には集まった意見に対する公取の考え方および新規則を公表している。パブコメに寄せられた意見とそれに対する公取の考え方のうち、第1弾~第3弾で取り上げた論点以外の主要な論点をとりまとめたが下表だ(「備考」欄は当フォーラムが作成)。

(4)支払遅延(手形払等の禁止等)・減額に関する意見について(コメント243から278まで)
No. 意見の概要 考え方 備考
243 運用基準に記載されている違反行為事例である「2-16一括決済方式の使用による支払遅延」の「委託事業者は、中小受託事業者に対して、一括決済方式によって製造委託等代金を支払う際に、支払期日以前に決済日が到来する一括決済方式を使用していたが、決済に伴い生じる受取手数料を中小受託事業者に負担させていた。」について、)決済に伴い生じる受取手数料を中小受託事業者に負担させていた」としても、製造委託等代金に当該受取手数料を上乗せして支払う場合は、支払遅延には該当しないことを運用基準において明記すべきである。 製造委託等代金の支払について一括決済方式又は電子記録債権であって「中小受託事業者が当該支払手段の決済に伴い生じる受取手数料等を負担する必要があるもの」を用いた場合は支払遅延に該当するため、原案どおりとします。
なお、これに該当するか否かについては、個々の製造委託等について判断されるものであり、一概にお答えすることはできませんが、支払手段の決済に伴い中小受託事業者が受取手数料等を一時的に負担することとなる場合には、あらかじめ書面による合意(当該合意の内容を記録した電磁的記録の作成を含む。)の上、委託事業者が中小受託事業者に対し支払期日までに別途受取手数料等相当額の金銭を支払うなどにより、中小受託事業者が支払期日に製造委託等代金の満額に相当する現金を確実に受領しているようにする必要があります。また、その旨について、本法第7条の書類等の作成・保存をする必要があります(記録規則第1条第1項第8号ハ及び第9号ニ)。
パブコメ時の原案から変更なし。
中小受託事業者が決済に伴い手数料を一時的に負担することが「支払遅延」に該当しないための要件として、下記が明示された。
・あらかじめ書面による合意(電磁的記録でもよい)があること
・委託事業者が中小受託事業者に対し、支払期日までに別途手数料相当額の金銭を支払うこと
取適法第7条に規定する書類を作成・保存すること
246 (運用基準の)「第4 委託事業者の禁止行為」の2(5)に「満期日・決済日等が製造委託等代金の支払期日より後に到来するものについては、委託事業者が支払期日における割引料等を負担することとする場合であっても、支払期日に金銭を受領するために、中小受託事業者において割引を受ける等の行為を要するときは、金銭による支払と同等の経済的効果が生じるとはいえないことから、「当該製造委託等代金の支払期日までに当該製造委託等代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるもの」として取り扱う。」と記載があるが、具体的にどのような場合にこれに該当するのか具体事例を示し、記載の趣旨を明確にしてほしい。また、どのような金融サービスであれば本要件は満たすことが可能なのか具体例を示していただきたい。 「当該製造委託等代金の支払期日までに当該製造委託等代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるもの」か否かは、個々の製造委託等について判断されるものであり、一概にお示しすることはできませんが、運用基準では、想定事例として2-15や2-16を記載しています。なお、一括決済方式又は電子記録債権であって満期日・決済日等が製造委託等代金の支払期日より後に到来し、中小受託事業者に対する訴求権が行使され得るものは、「金銭による支払と同等の経済的効果」が生じるとはいえません。
また、委託事業者が支払期日における割引料等を負担することとする場合であっても、「支払期日に金銭を受領するために、中小受託事業者において割引を受ける等の行為を要するとき」は、「当該製造委託等代金の支払期日までに当該製造委託等代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるもの」として取り扱われ、支払遅延に該当します。
当該製造委託等代金の支払期日までに中小受託事業者に割引などの「行為」を要求する金融サービス(電子記録債権の割引手続き、ファクタリング会社との契約、金融機関への持ち込みによる債権譲渡など、中小企業が自ら動いて現金化する必要がある手続き全般)は、仮に手数料を委託事業者が負担するサービスであったとしても、中小受託事業者への支払方法としては使用できない(取適法の適用がない相手への支払方法としては問題ない)。
248 (運用基準の)第4・2特定運送委託において想定される違反行為事例2-13について
一般論として、請求書がないことを理由に支払わないことが支払遅延に該当することはある程度理解できるが、運送委託の場合、どのようなルートを用いたか、最終的な高速料金等が請求書が来ないとわからない場合もある。そのような場合にまで、請求書の発行がないことを理由に支払いを遅らせたことが支払遅延になるというのは実運用上難しいケースもあると思われる。なので、留保として、請求書が到着するまで支払額が明確にならない費目がある場合には、そうした費用については、請求書が到着してから速やかに支払えばよいという記載をしていただきたい。
御意見として承ります。 他業界に比べてDX化の遅れが目に付いた運送業界においても、取適法対応を機にDX化が進むことが期待される。
249 従量制料金については、請求書が提出されないことを理由とする支払遅延の例外にすべきである。(理由)従量制料金についても、請求書が提出されない際に、あらかじめ定められた支払期日に支払いを行おうとする場合、予測値による支払いにならざるを得ないが、確定していない金額での支払いを義務付けることは契約法の基本原則に反するものと思料。また、予測値と実績値で乖離が生じた場合に委託事業者が遅延損害金を支払う義務を負うのは公平ではないことに加え、仮に支払超過となった場合に返還請求権を行使して良いかも不明確である。 御意見として承ります。 意見に対して公取の考え方が示されなかったため、従量制料金であっても、請求書が提出されないことを理由に支払いを遅らせれば、支払遅延に該当することになる。
251 この金銭及び手形以外の支払手段について、例えば当社では、期日前割引という手形の利点はそのままに、リスク・コスト・手間を大幅に軽減するペーパーレスの支払システムを利用している。当該システムのウェブサイトにもあるとおり、「支払データ1件につき、システム使用料●円(税抜)をお支払いいただきますが、納入企業さまへの支払時に支払データ1件あたり支払手数料●円(税抜)を差し引いて支払うので、支払企業のご負担は実質無料となります(別途、銀行への振込手数料が必要となります)。」という仕組みで、必ずしも納入企業(中小受託事業者)に支払期日に満額の代金が振り込まれるわけではないが、このサービスも一括決済方式や電子記録債権と同様に取適法の規制対象となるのか。 御質問のケースについては、個々の製造委託等について判断されるものであり、一概にお答えすることはできませんが、製造委託等代金の支払について一括決済方式又は電子記録債権であって「中小受託事業者が当該支払手段の決済に伴い生じる受取手数料等を負担する必要があるもの」を用いた場合は支払遅延に該当します。 質問者が利用しているサービスのように「納入企業さまへの支払時に支払データ1件あたり支払手数料●円(税抜)を差し引いて支払う」サービスを利用している委託事業者は、現行サービスの取適法対応時期を調べておく必要がある。
255 現在現金払いが殆どであるが、一部サイト付きで電子債権やファクタリング方式での支払いを行っている。その場合に、手数料が発生し、それは製造委託等代金から差し引かれている。これは、「禁止事項の”減額”に該当する」との話を聞いた。その場合
➀手数料等を確認してその分上乗せして支払えば問題無いか?
➁見積りをもらい、その段階で「決済手数料は単価に織り込み済み」とするとして”運用上”問題無いか?
➂継続取引の場合、中小受託事業者から減額された金額を翌月の請求分に請求して貰い支払って”運用上”問題無いか?
➁&➂は基本的には法律に抵触するとも考えられるが、運用ではその様にしないと委託事業者も中小受託事業者も労力過多になると思われる。又、➀においても支払を依頼する機関においては手数料の金額が異なる為、支払の際にも確認の労力が発生するが、こちらは支払サイドの問題で解決できるので現実的かと思われる。
製造委託等代金の支払について一括決済方式又は電子記録債権であって「中小受託事業者が当該支払手段の決済に伴い生じる受取手数料等を負担する必要があるもの」を用いた場合は支払遅延に該当します。
なお、これに該当するか否かについては、No.243の御意見に対する考え方を御参照ください。
公取はNo.243の「考え方」で、決済に伴い中小受託事業者が手数料を一時的に負担することとなる場合に「支払遅延」とされないための要件を明示しているので参考にされたい(本表の一番上の行)。
256 (前略)
一括決済方式又は電子記録債権において、支払期日に金銭を受領するために中小受託事業者が割引料を負担して早期資金化を行い、支払期日に満額の受取ができないながらも①割引料相当額を委託事業者が中小受託事業者宛に別途支払う、または②製造委託等代金に予め割引料相当額を上乗せして委託事業者が中小受託事業者宛に支払うことで実質的に満額受け取ることができる、あるいは③その他に類する貌で割引料相当額を何らかの形で後から委託事業者が補填する場合、「金銭による支払と同等の経済的効果」は生じると考えられるため、これらは禁止行為にあたらないという理解でよいか。
(後略)
①~③のような方式で委託事業者が支払期日における割引料等を負担することとする場合であっても、「支払期日に金銭を受領するために、中小受託事業者において割引を受ける等の行為を要するとき」は、「当該製造委託等代金の支払期日までに当該製造委託等代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるもの」として取り扱われます。

一概にお答えすることはできませんが、割引を受ける等の行為を要するものであるか否かについては、個々の製造委託等について判断されることになります。

支払期日に割引を行うという状況は、そもそも支払手段の満期日や決済日が、製造委託代金の支払期日よりも後に設定されていることを意味している。そこで、中小受託事業者が支払期日に現金化するために割引という手間をかけなければならないということは「代金の引き換えが困難」な場合に当たるとして、禁じられることになった。
260 (運用基準の)第4の2(5)に、一括決済方式等の「満期日・決済日等が製造委託等代金の支払期日より後に到来するものについては、委託事業者が支払期日における割引料等を負担することとする場合であっても、支払期日に金銭を受領するために、中小受託事業者において割引を受ける等の行為を要するときは、金銭による支払と同等の経済的効果が生じるとはいえないことから…」とある。ここで問題にしているのは、「割引を受ける等の行為を要する」ことによって、手間がかかっていることか。だとすると、持参債務の原則(民法484条)の下、金銭化するには払戻し等の手間がかかるにもかかわらず、下請法上(そして取適法上も)、銀行振込みによる弁済が許容されていることと何が違うのか明らかにされたい。手間以外の何かを意味しているのであれば、それを明示されたい。 製造委託等代金の支払について、「支払期日に金銭を受領するために、中小受託事業者において割引を受ける等の行為を要するとき」は、中小受託事業者の能動的な行為を要するという点で、支払期日に製造委託等代金の満額に相当する現金を受領した状態となることが確保された銀行振込の場合とは異なると考えられます。 銀行振込は中小受託事業者に何も行為を求めないが、割引を受けるためには中小受託事業者による能動的な行為が必要になる。能動的な行為には手間がかかるため、「代金の引き換えが困難」な場合に当たるとして禁じられることになった。
267 (前略)
手形支払の禁止については、中小受託事業者の資金繰り負担軽減という観点から、趣旨は理解いたします。しかしながら、現在も手形による支払を部分的に行っている委託事業者においても、禁止措置が導入されることにより、財務上、実務上に大きな影響、負担が生じます。手形サイト短縮時(120日→60日)のように、対応のための猶予期間を設けていただくなど、柔軟な移行措置をご検討いただけますようお願い申し上げます。
(前略)
本法では御指摘の「猶予期間」等に係る規定はありません。
パブコメを経ても「猶予期間」は設けられなかった。このため、取適法が施行される前の2025年中に、取適法への対応を済ませるようにしておきたい。
268 2.手形払等の禁止(新第5条第1項第2号関係)
(1)適用開始時期についていつの取引分から適用になるのか、何を基準として考えればいいかわからない。考えられるケースとしては、次のような分類が考えられるが、どれを基準とすればよいのか。
①1月1日以降に「発注」した案件
②1月1日以降に「着手」された案件(12月発注、1月着手など)
③1月1日以降に「納品」された案件(12月発注・着手、1月納品など)
④1月1日以降に「支払」を行う案件(12月中納品、1月末支払など)
本法は令和8年1月1日から施行されるところ、本法の規定は本法の施行後に行われた製造委託等が対象となります。本法の施行前に製造委託等がされた場合については、なお従前の例によります。 2025年12月に製造委託等を行い、支払いが2026年1月となる場合であっても、製造委託等が取適法施行前に行われている以上は、支払いについて適用されるのは取適法ではなく下請法となる。
270 (振込手数料の減額につき)合意があっても違反認定される理由をご教示いただきたい。
取引上、売買以外にも様々な形での代金が発生しうるため、優越的地位の濫用が疑われない範囲においては、合意があった場合の表面上、減額にあたる取引については許容していただけないか?
例)各種データ連携におけるシステム維持費用の負担など
No.269の御意見に対する考え方を御参照ください。 No.269では、「振込手数料の負担について、書面等の合意があるものまで禁止とすることに違和感がある」旨の意見に対し、公取は「取引上の立場が弱い中小受託事業者は、委託事業者との間で対等な交渉を行うことが困難であり、書面等による合意があっても、意思に反し、振込手数料の負担を押し付けられる蓋然性が高いことから、中小受託事業者との書面等による合意の有無にかかわらず、減額に該当するとするものであるため、原案どおりとします。」との考えを示している。
オンライン受発注システムへの投資の回収を企図して、取引先からシステム維持費用等の名目で利用料を徴収する委託事業者が見受けられるが、「自社の発注業務の合理化を図るために電子受発注システムを導入し、中小受託事業者が得る利益がないにもかかわらず、「オンライン処理料」と称して、代金の額を減じる」行為は取適法の違反の行為(代金の減額)に該当する(取適法の運用事例の「3-9 システム利用料の減額」を参照)ので注意が必要である。
273 中小受託事業者の要望により振込回数を増やす場合の事務コスト等について
製造委託等代金の支払い回数について、基本的な支払い回数は月に一度以上と定めつつ、中小受託事業者の要望に基づき、予め定められた支払い日時とは別に、追加的に製造等委託代金の支払い回数を増やすことができる「即日出金」といった支払い手段を提供している場合、委託事業者における支払い手続き増加のため、追加の事務コストや外注費等を踏まえ、定期的な支払いに伴う振込手数料よりも過大な手数料が発生する場合がある。このような場合、上記1(1)アの趣旨も踏まえ、契約上定められた定期的な支払いに係る振込手数料については委託者負担としつつ、中小受託事業者の要望に基づき発生した追加的な支払い回数に伴う事務コストや外注費等については、従来通り発注者と中小受託事業者があらかじめ書面または電磁的方法により合意を取ることで、当該振込手数料を中小受託事業者負担とする取扱いとし、その旨運用基準において明記いただきたい。
支払方法については、事業者間で合意の上、委託事業者が製造委託等をした場合に直ちに明示することが求められるものであり、その支払方法をとる限り、製造委託等代金を支払うべき委託事業者においてその支払のために必要な費用を負担する必要があると考えられるため、原案どおりとします。 中小受託事業者の要望により振込回数を増やす場合でも、そのことが製造委託等をした際に明示されていれば、事務コスト等は委託事業者負担となる。
No.274にもNo.273と同様の意見と公取の考え方が示されている。
277 ボリュ―ムディスカウントの割戻金等、合理的理由に基づき中小受託事業者が委託事業者に金銭を振り込む際の振込手数料を中小受託事業者に負担させることは、「製造委託等代金の減額」に当たらないという理解で良いか。 ボリュームディスカウント等合理的理由に基づく割戻金(例えば、委託事業者が、一の中小受託事業者に対し、一定期間内に一定数量を超える発注を達成した場合に、当該中小受託事業者が委託事業者に支払うこととなる割戻金)であって、あらかじめ、当該割戻金の内容を取引条件とすることについて合意がされ、その内容について書面又は電磁的記録の作成がされており、当該書面又は電磁的記録における記載又は記録と明示されている製造委託等代金の額とを合わせて実際の製造委託等代金の額とすることが合意されており、かつ、当該明示と割戻金の内容が記載されている書面又は電磁的記録との関連付けがされている場合には、当該割戻金は製造委託等代金の減額には当たらないと考えられます。当該割戻金の内容として、振込手数料が含まれていることが合意されている場合には、当該振込手数料を中小受託事業者に負担させることは、製造委託等代金の減額には当たらないと考えられます。 割戻金の相殺がある場合には、「事前の合意」と「割戻金の内容が記載されている書面(電磁的記録でもよい)」があれば、振込手数料を中小受託事業者に負担させても製造委託等代金の減額には当たらないことが明示された。


取適法第7条 : 委託事業者は、中小受託事業者に対し製造委託等をした場合には、公正取引委員会規則で定めるところにより、中小受託事業者の給付、給付の受領(役務提供委託又は特定運送委託をした場合にあっては、中小受託事業者から役務の提供を受けたこと)、製造委託等代金の支払いその他の事項について記載し又は記録した書類又は電磁的記録(中略)を作成し、これを保存しなければならない。

(5)明示義務に関する意見について(コメント279から299まで)
No. 意見の概要 考え方 備考
279 特定運送委託において、月額定額での契約を締結している場合、運送明細は発生するが、発注書のやり取りというものは現行、行われていない。施行後については、どう考え、どう対応する必要があるのか?
運送明細を発注書とするならば、支払期日や料金、支払方法が契約書に記載してある場合、その紐づけを運送明細に記載する運用が必要か?
特定運送委託をした委託事業者は、原則として特定運送委託をした都度、明示規則第1条第1項各号に掲げる事項(以下「明示事項」といます。)の明示をする必要がありますが、明示事項のうち、一定期間共通である事項(例:支払方法、検査期間等)がある場合に、あらかじめ当該事項を書面の交付又は電磁的方法による提供により明示したときは、その期間内においては特定運送委託の都度明示することは要しません(明示規則第1条第3項)。この場合において、その都度明示の際に、「代金の支払方法等については○年○月○日付けで通知した文書によるものである」等を明示することにより、その都度の明示と共通事項の明示との関連性を明らかにする必要があります(運用基準第3の1(1))。 これまで発荷主と運送業者の関係に下請法が適用されていなかった運送業界では、他業界と比べると書類のやり取りが圧倒的に少ない状況にあったが、取適法の適用を機に明示義務の遵守が不可欠となる。
287 製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第4条の明示に関する規則(明示規則)の第2条「電子メールその他のその受信する者を特定して」とは、例えば明示事項の一部を購買約款に記載し、公開されているウェブページに掲載して、閲覧できる状態にすることも(発注書に関連付けを記載すれば不特定の受信も)含めるべきである。
(後略)
明示規則第2条第1項第1号に規定する「電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信を送信する方法」とは、電子メール、EDI等のほか、ショートメッセージサービスやソーシャルネットワーキングサービスのメッセージ機能等、受信者を特定して送信することのできる電気通信を送信する方法をいいます(運用基準第3の3参照)。例えば、委託事業者が明示事項の一部を掲載しているウェブページをあらかじめインターネット上に設けている場合に、委託事業者が他の明示事項とともに、当該ウェブページのURLを記載して中小受託事業者宛てに電子メールにより送信する方法もこれに該当し得ると考えます。 明示事項の一部をウェブページに掲載して誰でも閲覧できる状態にするだけでは足りず(受信者を特定した送信ではないため)、委託事業者が他の明示事項とともに当該ウェブページのURLを記載して中小受託事業者宛てに電子メール等(電子メールだけでなく、ショートメッセージサービスやソーシャルネットワーキングサービスのメッセージ機能を含む)により送信することまで必要とされた。
290 運送委託については、物量の多さと変更頻度の高さから、全ての変更都度、書面改正の対応は実務上困難を極めると共に、運送会社にとっても煩雑な対応を強いられるため、初回の書面交付と実績確定時の書面交付で許容される運用を検討頂きたい。 御意見として承ります。なお、特定運送委託をした委託事業者による明示については、No.100No.279の御意見に対する考え方を御参照ください。 「初回の書面交付と実績確定時の書面交付」だけでは取適法違反となる(原則として特定運送委託をした都度、明示規則第1条第1項各号に掲げる事項(給付の内容(役務の内容)、報酬の額および支払期日など)の明示が求められる)ことが明確化された。
(6)物品の解釈に関する意見について(コメント300から312まで)
No. 意見の概要 考え方 備考
300 「物品」の定義は、現行の運用基準では動産に限り、不動産は含まれないものとされていたが、運用基準案において「有体物」と変更されたことにより、「不動産」も「物品」に含まれると解釈できる。例えば、修理委託の類型の中に「不動産の修理」が含まれることとなり、本法の適用対象となる取引が拡大されると考えられる。この解釈の変更は企業の取引や行動に影響を与えるため、定義の変更の趣旨および具体的な内容について明確にすべきである。
(後略)
運用基準において、「「物品」とは、有体物をいう。」とした趣旨は、例えば、建売事業者が建物を構成する資材・部材の製造を委託する取引が製造委託に該当し、本法の対象となるかが必ずしも明確ではなかったことから、そのような取引が本法の対象となるという解釈を明確化するためです。

なお、建設業法に規定される建設業を営む者が業として請け負う建設工事は、本法の対象となりません。

「不動産」も「物品」に含まれることになったが、建設業を営む者が業として請け負う建設工事は従来の下請法と同じく取適法の適用対象外とされた。
(7)型等に関する意見について(コメント313から322まで)
No. 意見の概要 考え方 備考
316 (運用基準の)1-1製造委託・「専らこれらの製造に用いる特殊な工具」とは、汎用性のない工具であって、目的物たる物品等の製造専用のものをいい、「工作物保持具」はいわゆる治具をいう。と規定されているが、ここでいう「工具」は法的な定義付けがなされているのか、なされていない場合は具体的にどういったものが対象なのか明示すべきと考える。 「専らこれらの製造に用いる特殊な工具」とは、汎用性のない工具であって、目的物たる物品等の製造専用のものをいいますが、具体的には、切削工具などを念頭に置いています。
例示の追記については、改正法施行後の事例の蓄積等を踏まえ、検討してまいります。
改正法施行後の「事例の蓄積」は、今後の「講習会テキスト」の更新時に反映されるものと思われる。
(8)その他の意見について(コメント323から364まで)
No. 意見の概要 考え方 備考
344 第一条第三項「それぞれ別の書類等」とあるが、ここでいう「別の書類等」とは、どのような基準で判断されるのか。この点、電磁的記録の多様性を鑑み、「運用基準」「講習会テキスト」等で明らかにしていただけないか。たとえば、委託事業者が中小受託事業者に対しプログラム(情報成果物)の作成を委託する場合、給付の内容を確定させてゆくこと、中小受託事業者から受領した給付の内容及びその受領日、給付の内容を検査すること、その検査の結果及びその検査に合格しなかった給付の取り扱い等の事項は、SlackやTeams等のビジネスチャットツールでコミュニケーションが重ねられ、自ずと電磁的に記録されてゆくことが多い。これらビジネスチャットツール上のコミュニケーション記録を法第7条の書類等(以下「7条書類」と略します。)とする場合、ひとつのスレッド(ビジネスチャットツールによって名称が異なるかもしれないが、特定の話題を設定した一つの掲示板単位との意)でツリー状にまとまっていれば、各話者の各投稿は「別の書類等」ではない、との理解で良いか。他方、複数スレッドに跨がっている場合(たとえば、給付受領後、検査に関しては別のスレッドを立てて、当該スレッドでコミュニケーションを重ねる等)は、それらスレッドは「別の書類等」となり、「その相互の関係を明らかに」する必要がある、ということになるのか。
本法施行後、法第4条の明示(以下、「4条明示」)方法としてビジネスチャットツールも許容されると理解しており、また、「下請取引適正化推進講習会テキスト(令和6年11月)」38頁において「現行法3条書面の写し」を「現行法5条書類の一部」とすることは可能であるとされていることから、発注から取引完了に至るまでのビジネスチャットツール上のコミュニケーション記録をもって、4条明示及び7条書類とすることが可能となるのではないか。
御意見として承ります。 SlackやTeams等のビジネスチャットツールは相当普及してきた。発注から取引完了に至るまでのビジネスチャットツール上のコミュニケーションの記録をもって、取適法4条の「明示」及び同7条の「書類」とすることが可能かどうか、今後の「講習会テキスト」における取り扱いが注目される。

中小の受託事業者は取適法に守られ、コスト上昇を理由に委託事業者へ値上げを要請することができるが、委託事業者はその価格上昇分を自社の顧客に転嫁できるとは限らず、現実には価格据え置きを余儀なくされることも少なくないであろう。この点は従来の下請法の枠組みにおいても問題視されてきた。結果として、サプライチェーンの中間に位置する企業が、仕入価格の上昇と販売価格の固定という二重の圧力に晒され、経営上の深刻な板挟みに陥る可能性がある。このような構造的な課題は取適法の下でも依然として解消されておらず、制度的な限界が浮き彫りとなっている。

さらに、従来の下請法の下でも、資本金基準を回避するために委託事業者が減資を行う、あるいは中小受託事業者に増資を強要する事例が確認されているように、今後は取適法化で新設される従業員基準を潜脱する動きも出現することが予想される。制度の趣旨を形骸化させるこうした行為は、公正な取引環境の構築を阻害するものに他ならない。

法律の枠組みが整備されたとしても、こうした構造的な問題や潜脱行為が続く限り、本来保護されるべき中小事業者の利益は不十分なままとなりかねない。今回の下請法改正は委託事業者に該当することが多い上場会社やその子会社に大きな影響をもたらすものとなったが、法の理念を実質化するため、今後も取引の実態に即した運用の強化や、継続的な制度の見直しは続くことになりそうだ。

2025/11/05 サステナビリティ開示の未確定事項に結論 「任意保証」に厳しいルール(会員限定)

サステナビリティ開示の方向性が固まった。2025年10月30日に開催された金融庁の金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(以下、WG)では、7月に公表された中間論点整理で結論が出ていなかった項目が議論された(中間論点整理については、『サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するWG」中間論点整理のポイント』【前編】【後編】参照)。

まず「時価総額5,000億円以上1兆円未満」のプライム上場企業に対するSSBJ基準の適用開始時期については、サステナビリティ開示に関する国内外の動向(ISSB基準の採用・適用状況やEU・米国などにおけるサステナビリティ開示制度の整備状況、国内企業における開示準備の状況など)に特段の変化がないことから、中間論点整理で示されていたとおり「2029年3月期から」という方向性が維持される。


ISSB基準 : 「International Sustainability Standards Board Standards」の略称で、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が策定する、企業の気候・環境、社会、ガバナンスに関する情報開示の国際基準。投資家向けに財務的影響を重視した開示を目的とする。

SSBJ基準の適用対象企業の判断基準は「5年平均時価総額」、具体的には「前期末及びその前4事業年度末における時価総額の平均(5年平均時価総額)」を用いることが決まった。適用対象となる企業は「適用開始期の末日」時点でプライム市場に上場している必要があるものの、プライム市場以外の市場であっても上場していれば時価総額の算定はできるため、それまで他市場に上場していた企業も、「5年平均時価総額」を満たせば適用対象になる。


SSBJ基準 : サステナビリティ基準委員会(Sustainability Standards Board of Japan)が策定した日本企業向けのサステナビリティ情報開示の共通ルールであり、国際的なIFRSサステナビリティ開示基準(ISSB基準)と整合性を図った内容となっている。

5年平均時価総額に応じたSSBJ基準の適用開始時期は下表のとおり。時価総額は年によって変動することを踏まえ、2027年3月31日を「前期末」として算定した5年平均時価総額が1兆円以上3兆円未満(下表中の「第2段階」)であったとしても、その後、2027年3月31日を前期末として再算定した5年平均時価総額が1兆円未満となった場合には、適用開始を「2029年3月期」に1年間後ろ倒しする(下表中の「第3段階」)。

区分 算定時点(前期末) 5年平均時価総額 適用開始期
第1段階 2026年3月31日 3兆円以上 2027年3月期
第2段階 2026年3月31日 1兆円以上3兆円未満 2028年3月期
第3段階(第2段階の例外) 2027年3月31日 1兆円未満になった場合 2029年3月期に後ろ倒し

一方、中間論点整理から方向転換されたのが、有価証券報告書の提出期限に関する取扱いだ。保証を義務化する段階で提出期限を「事業年度終了後4か月以内」に延長する案も検討されたが、早期開示を求める意見が多かったことや、保証制度導入後の2年間は保証範囲をスコープ1・2(自社および他社から購入した電力等による排出)、ガバナンス、リスク管理に限定するという方向性が示されたことを踏まえ、現行の有価証券報告書等の提出期限と変わらず「事業年度終了後3か月以内」とすることが決まった。ただし、企業側からは、事業年度終了後3か月以内という提出期限を維持した場合、限られた期間で開示データの整備や外部保証を受ける体制を構築するのは負担が大きいとの懸念も示されており、期限の柔軟化等を求める声が上がっている。


保証 : 開示されたサステナビリティ情報の信頼性を独立した第三者が検証・確認すること。
スコープ1・2 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。

2025年中に結論を出すこととされていた保証の担い手については、国際的な保証基準であるISSA 5000(保証基準)、ISQM 1(品質管理基準)、IESSA(倫理・独立基準)などと整合性が確保された基準に準拠して保証業務を実施する者とされ、かつ登録制とする方針が示された。監査法人に限らず、要件を満たす法人であれば登録が可能となる見込み。登録要件としては、①サステナビリティ開示や保証に関する専門知識と経験を有する業務執行責任者を十分に確保していること、②品質管理体制が整備されていること、が求められる。業務執行責任者には公認会計士資格を必須とする提案もあったが、最終的には資格要件は設けられなかった。品質管理体制については、品質管理部門や品質管理専任者を配置し、保証業務の担当チームが行った重要判断を第三者的に評価する仕組みを整備することが必要になる。


ISSA 5000 : 「International Standard on Sustainability Assurance 5000:サステナビリティ保証に関する国際基準第5000号」の略称で、国際監査・保証基準審議会(IAASB:International Auditing and Assurance Standards Board)が策定中の、サステナビリティ情報に関する国際保証基準のこと。企業が開示するESG情報等の信頼性を担保するための実務的枠組みを定める。
ISQM 1 : 「International Standard on Quality Management 1: 品質管理に関する国際基準第1号」の略称で、IAASB(国際監査・保証基準審議会)が定める監査・保証業務全般に共通する品質管理の国際基準のこと。組織としてのリスク評価、モニタリング、ガバナンス体制の整備などを求める。
IESSA : 「International Ethics Standards for Sustainability Assurance: サステナビリティ保証に関する国際倫理基準」の略称で、国際会計士倫理基準審議会(International Ethics Standards Board for Accountants:IESBA)が策定する倫理・独立性に関する国際基準。保証業務実施者に求められる独立性、誠実性、公正性などの原則を示す。

また、保証業務実施者は法人格を有し、一定の資本金・出資金など財務基盤を備えることが条件とされた。保証の質を担保するため、財務諸表監査に準じて、ローテーションルールを導入するとともに、非保証業務との同時提供を禁止し、保証業務実施者に対しては守秘義務を課す。さらに、保証業務実施者が企業のサステナビリティ情報の適正性の確保に影響をおよぼす恐れのある事実(法令違反事実等)を発見し、企業側がこれを是正しない場合、保証業務実施者は当局への通知義務を負う制度も導入される見込みだ。


ローテーションルール : 財務諸表監査の場合、監査責任者は7年連続担当後、少なくとも2年間の休止期間(いわゆる「パートナーローテーション」)を設ける必要がある。

SSBJ基準の適用対象外の企業の中にもサステナビリティ情報について保証を受けたいという企業は少なくない。金融庁は、①有価証券報告書における義務的保証の対象でない情報について保証を受けること、または②義務的保証の対象ではない企業が保証を受けることを「任意の保証」と定義したうえで、任意の保証に基づく保証報告書の有価証券報告書への添付を認める条件として、当該保証が①SSBJ基準に基づいて作成されたサステナビリティ情報に対するもので、登録されたサステナビリティ保証業務実施者によるものであること、かつ③登録業者が遵守する保証基準(上記ISSA 5000、ISQM 1、IESSAなどに準拠したもの)に沿ったものであること、を求めている。これらの要件を満たさない場合には、有価証券報告書へ保証報告書の添付を認めない。また、要件を満たさないでも企業が「任意に保証を受けた」旨を有価証券報告書に記載する場合には、例えば保証業務実施者の名称・登録の有無、準拠した基準や枠組み等を開示することが考えられるとしたほか、投資家が「義務保証と同等の信頼性がある」と誤認しないよう、例えば「本保証は任意で取得されたものであり、法的義務に基づく保証ではない」といった“警告的な文言”の記載を求めるべきとの意見も複数上がっている。

金融庁は11月中にも関連する内閣府令等の改正案を公表する予定であり、企業会計基準と同様にSSBJ基準を告示指定し、上表のとおり適用開始時期が確定している時価総額1兆円以上のプライム市場上場企業に対して適用を義務付ける方針を示している。また、SSBJ基準を適用し始めた事業年度から起算して2年間は有価証券報告書における二段階開示(準備状況に応じた段階的な情報開示)を認めるほか、SSBJ基準の適用範囲や進捗状況、二段階開示を適用している場合の対象項目や未開示の理由・対応方針、さらには、温室効果ガス削減目標など将来見通しに関する情報をどのような社内体制・手続で作成・確認しているかといった点についても開示を求める方向。


告示指定 : 行政機関が基準やルールを法令や制度の一部として公式に定めること。告示指定により基準等は法的効力を持ち、対象となる企業等はこれを遵守する義務を負うことになる。

このほか金融庁は、スコープ3排出量(サプライチェーン全体の温室効果ガス排出量)の算定・開示にあたっては、サプライチェーン全体のデータ取得に伴う不確実性を踏まえ、企業が合理的な方法で算定・開示を行った場合には虚偽記載とみなさないようにするセーフハーバー(一定条件下での責任免除)制度をガイドラインとして整備することも予定している。


スコープ3 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。