アクティビストら「物言う株主」にはコーポレートガバナンス改革や資本効率の改善を後押しする一面があることは認めつつも、「アクティビストに自社の株式を持たれるのだけは勘弁して欲しい」というのが多くの上場会社の経営陣の本音であろう。自社の事業や業界への理解が不十分なまま短期的な利益回収を最優先しがちなアクティビストと、中長期の企業価値の向上を追求する経営陣とではそもそも考え方、価値観、スピード感が異なるため、両者の間ではどうしても軋轢が生じやすいからだ。とはいえ、上場会社である以上は誰でもその株式を証券取引所で売買できるため、外為法による規制に抵触する場合を除けば、アクティビストに株式の取得を禁止するすべはない。
外為法による規制 : 外国投資家が上場会社(指定業種に限る)の株式を1%以上取得する場合には原則として事前届出を求め、政府による審査の対象とする制度。指定業種には、武器、航空機、原子力、宇宙関連、軍事転用可能な汎用品の製造業、サイバーセキュリティ関連、電気・ガス、熱供給、通信事業、放送事業、水道、鉄道、旅客運送、生物学的製剤製造業、警備業、農林水産、石油、皮革関連、航空運輸、海運といった業種が該当する。
もっとも、上場会社がアクティビストに対し自社の株式を取得しないよう「要請」することは可能である。例えば、アクティビストが上場会社の株式を取得した後、両者が対話を行う中で企業価値向上に向けた考え方の違いが鮮明になったような場合だ。
このような交渉は水面下で行われるのが通常だが、株主総会という公の場において、「議案」の提出という形で明確に意思表示したのが西松建設である。村上世彰氏グループ(株式会社シティインデックスイレブンス、株式会社エスグラントコーポレーション、株式会社南青山不動産、村上世彰氏および野村絢氏)から発行済株式の4分の1近くの株式を買い付けられた(2021年5月31日に提出された大量保有報告書に係る変更報告書によれば、村上世彰氏を除く4名の西松建設株式の保有割合は合計で23.87%)同社は、2021年6月29日に開催予定の定時株主総会に次の議案を提出した(同社の定時株主総会の招集通知参照)。
大量保有報告書に係る変更報告書 : 市場の透明性・公正性を高め、投資者保護を図ることを目的として、金融商品取引法上、株券等の大量保有者に対し提出が義務付けられている書類が大量保有報告書である。具体的には、①保有割合が5%超となった場合、②その後、保有割合が1%以上増減するなど重要な変更があった場合、それぞれ提出事由が生じた日から5営業日以内に「大量保有報告書」または「変更報告書」の提出が求められる。②の場合に提出するのが「変更報告書」である。
西松建設の2021年6月定時株主総会における第6号議案の内容
特定株主グループによる株式買増しの中止等要請に関する株主意思確認の件
当社(西松建設)取締役会が2021年5月20日付けで、特定株主グループ(村上世彰氏グループのこと)によるこれ以上の株式買増しに反対し、特定株主グループに対して、(a)当社に対する株券等保有割合または株券等所有割合の合計が25%を超える株式買増しを行わないこと(仮に既に当該合計が25%を超えている場合には、2021年5月21日以降株式買増しを行わないこと)、および、(b)仮にこれに反して株式買増しを行った場合には、当該株式買増しに係る当社株式等について、市場における売却(ToSTNeT-1の方法によるものを除く)または当社が別途合理的に指定する方法により速やかに処分することを要請(以下、本要請)したことにつき、株主の皆様のご承認及びご賛同をお願いする。なお、本議案の承認方法は、特定株主グループ及び当社の取締役等を除く出席株主の議決権の過半数の賛同によるものとする。
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ToSTNeT-1 : ToSTNeTはTokyo Stock Exchange Trading NeTwork Systemの略で、東京証券取引所の立会外取引(オークション時間外の取引)のこと。オークション方式で売買すると価格形成に影響を与えかねない大口取引などの売買に用いられる。直近値から上下7%以内の価格で相手方を指定して行う「単一銘柄取引」や構成銘柄の立会市場の直近値で算出する基準代金の上下5%以内の価格で相手方を指定して行う「バスケット取引」で利用するToSTNeT-1、終値取引を行うToSTNeT-2、自己株式立会外買付を行うToSTNeT-3がある。
本議案のポイントは2つある。
まず1つ目のポイントとして、本議案の決議は「本要請を行ったことについて株主の意思を確認する」という「宣言的決議」であり、村上世彰氏グループに直接何かを求めるのではないという点が挙げられる。したがって、仮に本議案が承認されたとしても、その効果は本要請についての株主の意思が明確になるだけであり、その結果、間接的に村上世彰氏グループに本要請の遵守を促すに過ぎない。つまり、たとえ本議案が承認されたとしても、村上世彰氏グループが本要請に反して株式を買い増すことは可能ということだ。
2つ目のポイントは、本議案に対し村上世彰氏グループおよび西松建設の取締役等は議決権を持たないということ(上記の議案の内容の赤字)である。つまり、本議案に村上世彰氏グループが反対票を投じることはできない。村上世彰氏グループから議決権を取り上げたことについて西松建設は、村上世彰氏グループと一般株主グループは本議案に関して利益相反が生じていることおよび会社法831条1項3号(*)の趣旨に基づくものであると説明している。
* 株主総会の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって著しく不当な決議がされたときは、株主総会決議の取消しの訴えができるという規定。
西松建設がこのような議案を提出するに至ったのは、このまま村上世彰氏グループが同社の株式を買い増していくと、株主総会における特別決議事項につき実質的な拒否権を有する保有割合(総議決権の1/3以上)に到達することとなるからだ。こうした状況の中、同社の独立社外取締役によって構成されている企業価値向上委員会および同社の取締役会は、仮にそうなった場合、下表の4つの理由から「一般株主とは大きく異なる利害」(ひいては自らの利益を極大化するための独自の要求施策)を有する村上世彰氏グループが、同社の中長期的な企業価値を向上させ、一般株主の利益に資するような施策に対して反対をすることでその実現を妨げる懸念があると判断した。
特別決議 : 議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その出席株主の議決権の3分の2以上の多数による決議。例えば定款変更、事業譲渡、株式の募集、取締役会の途中解任などにはこの特別決議が必要である。
| 本要請をした理由 |
西松建設の判断 |
理由①
過度な自社株買付けの要求 |
当社(以下、西松建設を指す)が2021年5月11日に公表した「中期経営計画2023」において、連結配当性向を継続的に70%以上とすることに加え、3年間で200億円以上の自社株買いを実施する株主還元を打ち出したにもかかわらず、村上世彰氏グループは、それでは不足であるとして、当社の所有する不動産の売却等を原資として、最大で2000億円規模もの大規模な自社株公開買い付け(自社株TOB)を実施することを提案してきた。しかし、当社としては、村上世彰氏グループの要求に従い過度に自社株買いを行った場合、財務状況が悪化し、事業継続不可能な状態に陥ると考えられ、当社の企業価値を大きく毀損すると考えている。 |
理由②
村上世彰氏グループは短期的な利益回収に主眼を置いている |
村上世彰氏グループは、当社に対する持株割合を、当社が自社株TOBによる自社株買いを行った場合に一段と有利な税効果を享受することが可能となる(みなし配当益金不算入の割合が50%から100%になる)点を理由として、当社の発行済株式等の3分の1超にまで高めたいと明言していることから、当社の持続的な成長や中長期的な企業価値の向上および一般株主の皆様の利益よりも、村上世彰氏グループが享受できる税務メリットを含めた短期的な利益(投資回収)に主眼を置いていることは明らかである。 |
理由③
村上世彰氏グループが企図する建設業界再編は西松建設にとってシナジーがない
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村上世彰氏グループは、当社の他、並行して大豊建設、東亜建設工業、東洋建設、東急建設の株式も取得しており、建設業界における業界再編を企図しているとの報道もある。実際に、村上世彰氏グループは、当社に対して、大豊建設との間で、経営統合を含むM&Aを行うよう、繰り返し提案してきている。しかし、当社としては、村上世彰氏グループが株式を有する他の上場建設会社との経営統合案について、シナジーを見込みにくく、当社の企業価値向上に資するものではないと考えている。 |
理由④
村上世彰氏グループは建設事業について十分な知見を有する人材を擁していない |
村上世彰氏グループは、当社の主力事業である建設事業について十分な知見を有する人材を擁していないだけでなく、現時点において、当社の経営への具体的な関与方針について何ら公表ないし説明しておらず、上記の自らのエグジットに直結する施策(自社株TOBおよび大豊建設との経営統合)を除き、当社の現経営陣との協議においても何ら十分な説明を行っていない。それにもかかわらず、村上世彰氏グループが株式買増しを続行し、当社の株主総会における特別決議事項につき実質的な拒否権を有するに至るような状況は、当社の一般株主にとって強い強圧性を有するものと考える。また、上記のとおり、建設事業につき十分な知見を有する人材を擁していない村上世彰氏グループが株式買増しを続行し、当社の株主総会における特別決議事項につき実質的な拒否権を有するに至った場合には、自らの利益を優先し、当社の中長期的な企業価値や一般株主の皆様の利益を蔑ろにするような要求等がなされることにより、建設事業を主力事業とする当社の経営方針や事業運営に重大な悪影響が及び、当社の持続的な成長またはその中長期的な企業価値および株主共同の利益の向上を阻害する可能性が生じかねないと考える。 |
ところが、ここから事態は大きく動く。2021年6月2日、西松建設が自ら提案した第6号議案を取り下げることを公表したのだ。これは、村上世彰氏グループが本要請の趣旨および内容について理解し、2021年5月21日以降、西松建設による2022年3月期第2四半期決算発表がなされるまでの間、村上世彰氏グループの保有割合が25%超となる買付け、株式取得を行わないことなどを内容とする合意に至ったため(同社は2021年5月27日付けで、村上世彰氏グループから「誓約書」も受領している)。
6月2日に第6号議案を取り下げることを公表したにもかかわらず、西松建設の株主総会招集通知(2021年6月9日の日付)には第6号議案が記載されているのは、単に招集通知の印刷の修正が間に合わなかったことが原因である。議決権行使書用紙の差し替えも間に合わず、議決権行使書用紙には第6号議案について賛否を示す欄が設けられてはいるものの、同社は、仮に株主が第6号議案について議決権を行使したとしても株主総会では集計しないとしている。
西松建設が第6号議案を取り下げることと引き換えに、同社は村上世彰氏グループに本要請を受諾させることに成功した一方、村上世彰氏グループも他の一般株主から「買い増しを望まない」という意思表明を突き付けられることを一旦は回避できたことになる。しかし、村上世彰氏グループが株式を買い増ししない旨を約束しているのは「2022年3月期第2四半期決算発表」までに過ぎない。また、村上世彰氏グループが現在保有している株式全部の売却を約束してくれたわけでもない。西松建設に限らず、同グループから株式を持たれている建設会社は、2022年3月期第2四半期決算の発表までにさらなる企業価値向上施策を打ち出す必要がありそうだ。