金融庁は2021年4月8日、毎年実施している「有価証券報告書の記載内容の適正性」を確保するための審査であるいわゆる有価証券報告書レビューを最新版を公表したところだ(全文は「令和2年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」参照)。2021年3月決算企業をはじめ、これから有価証券報告書を提出する企業は、特に「(令和2年度における)審査結果を踏まえた留意点」や「令和3年度有価証券報告書レビューの実施内容」を念頭において作成に当たる必要がある。今回の有価証券報告書レビューは45ページにもわたる長いものとなっているが、本稿では重要と思われる点を、「令和2年度有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき点」と「令和3年度 有価証券報告書レビューの実施内容」に分けてコンパクトに解説する。
有価証券報告書レビュー : ディスクロージャー制度の信頼性確保に向けた対応として、有価証券報告書の記載内容の適正性を確保するための審査。従来から、金融庁および財務局等が連携して実施している。毎年3月頃、金融庁のホームページにおいて、その事業年度に係る有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項とその年度に実施される具体的なテーマが公表される。
1.令和2年度有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき点
(1)令和2年度有価証券報告書レビューの対象項目
まず、令和2年度において実施された有価証券報告書レビューの対象となった項目とレビューのポイントは下表のとおり。新型コロナウイルス感染症の影響により、「(3) 重点テーマ審査」のうちセグメント情報についてはレビューが中止されている。
| 項 目 |
レビューのポイント |
| (1)新型コロナウイルス感染症の影響に係る仮定に関する追加情報の開示の審査
追加情報 :利害関係人が会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する適正な判断を行うために必要と認められる事項がある場合に行う注記のこと
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企業会計基準委員会が公表した議事概要「会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方」(2020年4月10日公表、2020年5月11日追補)にもとづき、新型コロナウイルス感染症の影響に係る仮定に関する追加情報の記載内容を審査
会計上の見積り :繰延税金資産の回収可能性の判断、減損会計における将来キャッシュ・フローの見積りなど、財務諸表を作成するにあたって必要になる様々な見積りのこと
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(2)法令改正関係審査
平成31年1月に施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」による改正(詳細は2018年11月5日のニュース『速報 「コーポレート・ガバナンスの状況等」の記載内容が大幅改正へ』を参照)について、有価証券報告書の記載内容を審査 |
令和2年度は「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」、「事業等のリスク」、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析( MD&A)」及び「監査の状況」が対象。 |
MD&A: 「Management’s Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operations」の略で、「経営陣による財政状態および経営成績の検討と分析」と訳される。有価証券報告書では【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】欄に記載する。
(3)重点テーマ審査
以下のテーマに着目して審査
・顧客との契約から生じる収益( IFRS採用会社のみ対象) |
(注)当初予定していたセグメント情報に関しては、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ中止。 |
次に、各審査(レビュー)結果のうち重要な点、および審査結果を踏まえた2021年3月期におけるポイントについて見てみよう。
(1)新型コロナウイルス感染症の影響に係る仮定に関する追加情報の開示の審査
金融庁は、追加情報を記載していない企業が挙げた下記の不記載の理由について「以下が合理的な理由かどうかは慎重に検討する必要がある」とコメントし、事実上、問題視している。
〇他の項目に記載しており重複を避けるため(審査対象企業の12%がこのように回答)
〇見通しが全く立たないため(同8%) |
上記審査結果を踏まえ金融庁は、「新型コロナウイルス感染症は未だ収束していない」とし、2021年3月期の有価証券報告書では、前期の有価証券報告書に追加情報で開示した内容の前提となった環境の変化を踏まえつつ、積極的な開示を求めている。
(2)法令改正関係審査平成31年1月に施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」による改正について
①経営方針、経営環境及び対処すべき課題等
審査の結果、主に以下の2点が指摘されている。
〇経営環境について、経営者の認識に関する記載がない(新型コロナウイルス感染症が経営環境に及ぼす影響など、直近の状況を踏まえた具体的な説明がない)。
〇主な事業と関連付けた経営方針・経営戦略の記載がない。 |
この審査結果を踏まえ、2021年3月期の有価証券報告書では、「経営環境」について以下の記載を求めている。
〇経営環境については、企業構造、事業を行う市場の状況や競合他社との競争優位性に加えて、自社の弱みや課題、経営環境の変化を踏まえた自社にとっての機会やリスクに関する経営者の認識を記載する。
〇各セグメントに固有の経営環境についての経営者の認識も併せて説明する。 |
新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた開示としては下記を求めている。「経営者が新たに認識した」といった記述からもうかがえるように、経営環境の変化を踏まえた記載が求められていると言えよう。
〇新型コロナウイルス感染症が自社の経営環境にどのような影響を与えているかについて、経営者が新たに認識した自社の弱みや課題、機会やリスク等も踏まえ、セグメントごとに具体的に記載する。
〇現状の経営環境の変化を踏まえて経営方針・経営戦略等を見直す場合、従前からどのような点を変更したかが分かるように記載する。 |
②事業等のリスク
審査の結果、主に以下の2点が指摘されている。コロナ禍においても過年度から記載内容が変わっていないことや、具体的なリスクの記載がないことが問題視されている。
〇過年度から記載内容の見直しがされていない(他の記載箇所に新型コロナウイルス感染症により大きな影響を受けた旨の記載があるものの、事業等のリスクでは一切触れられていない、など)。
〇事業等のリスクについて、顕在化する可能性の程度や時期、影響の内容、リスクへの対応策、などの具体的な記載がない。 |
審査結果で把握された上記の問題点を踏まえ、2021年3月期の有価証券報告書では、「経営環境」について以下の記載を求めている。「取締役会や経営会議等における議論の内容を踏まえ」といった記述からも、記載内容の具体性が重視されていることがうかがえる。
〇一般的なリスクの羅列や抽象的な記載ではなく、各社固有のリスクを具体的に記載する。
〇新型コロナウイルス感染症が経営成績等に重要な影響を与える可能性があると認識している場合には、取締役会や経営会議等における議論の内容を踏まえ「事業等のリスク」に記載する。 |
③経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)
審査の結果、主に以下の2点が指摘されており、このうち「仮定に関する項目はあるものの具体的な説明がない」という点については実例をあげて注意を喚起している。「継続して評価し、必要に応じて」といった記述は、投資家等に必要な情報を実質的に何も伝えていないに等しいだけに、避けるべきと言える。
〇複数セグメントを有するにもかかわらず、セグメントに紐づけた説明がない。
〇重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定に関する項目がなく、また、仮定に関する項目はあるものの具体的な説明がない。 |
「仮定に関する項目はあるものの具体的な説明がない」事例
【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】
(X)重要な会計方針及び見積り
当社グループの連結財務諸表は、我が国において一般に公正妥当と認められている会計基準に基づき作成されておりますが、この連結財務諸表の作成にあたっては、経営者により、一定の会計基準の範囲内で見積りが行われている部分があり、資産・負債や収益・費用の数値に反映されております。これらの見積りについては、継続して評価し、必要に応じて見直しを行っておりますが、見積りには不確実性が伴うため、実際の結果は異なる場合があります。
重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定については、「第5経理の状況1連結財務諸表等(1)連結財務諸表(連結財務諸表作成のための基本となる重要な事項)4会計方針に関する事項」に記載のとおりであります。。 |
この審査結果を踏まえ、2021年3月期の有価証券報告書では下記の点を踏まえた開示を求めている。「具体的に」という言葉が繰り返し登場していることを踏まえ、ボイラープレート(ひな形)的な記述を避けることは肝に銘じる必要があろう。
〇経営成績等の状況に関して、単に財務情報の数値の増減ではなく、事業全体とセグメント情報のそれぞれについて、経営者の評価を提供する。
〇重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定を具体的に開示する。
新型コロナウイルス感染症の影響に関する開示のポイント
(経営成績等の状況)
〇新型コロナウイルス感染症が、経営成績等に大きな影響を与えている状況において、「新型コロナウイルス感染症による影響」と「それ以外の影響」とに区分し具体的に記載する。
(重要な会計上の見積り)
〇会計上の見積りを行う上で企業が新型コロナウイルス感染症の影響について「会計上の見積りの開示に関する会計基準」に基づく注記等との関連を踏まえ具体的に開示する。 |
④監査の状況
審査の結果、主に以下の2点が指摘されており、これらの両方に該当する実例を示している。
〇監査役等の活動状況の記載が形式的な内容(会議に出席、書類の閲覧、等)にとどまる。
〇監査役等の具体的な活動が読み取れない。 |
上記2つの指摘事項に該当する事例
(X)【監査の状況】
①監査役監査の状況
当社における監査役監査は、監査基準の定めに基づき監査を実施しております。常勤監査役は監査計画に従い、取締役会その他重要な会議に出席する、重要な決裁書類を閲覧する、担当取締役からの業務執行に関する報告聴取を行う、などして、業務執行の適法性、業務の効率性を検証し、経営に関する必要な助言を行っております。
当事業年度において当社は監査役会を年〇回開催しており、個々の監査役の出席状況については次のとおりであります。
(以下略) |
このほか、「監査法人の 継続監査期間の記載がない」ことも指摘されている。会計不正が相次ぐ中、継続監査期間は投資家の関心事であり、EUでは既に監査法人のローテーション制度が導入されている(監査法人のローテーション制度については、2016年6月24日のニュース『「同一の監査人による監査期間」の開示が制度化された場合の企業への影響』参照)。記載がないことで投資家にあらぬ疑いを抱かれることにもなりかねないだけに、確実に記載しておきたい。
継続監査期間 : 同一の会計監査人に継続して監査を受ける期間
この審査結果を踏まえ、2021年3月期の有価証券報告書では下記の点を踏まえた開示を求めている。監査役および監査役会に対し、重点的に監査した点の情報提供を求めるなど、監査の形骸化防止に重点を置いた要望と言えよう。
| 〇提出会社の監査役及び監査役会の活動状況に関しては、単に会議の開催頻度や参加回数を記載するにとどまらず、具体的にどのような点を重点的に監査したか等の情報提供が必要。
新型コロナウイルス感染症の影響に関する開示のポイント
〇監査役等の活動のうち実施困難となったものがあれば、その内容及び代替的な対応を記載する。
〇会計監査人の監査の遂行に支障をきたす状況が生じた場合は、適正な監査の確保に向けて監査役等が、会計監査人とどのような協議を行い、どう対応をしたかについて、具体的に記載する。 |
(3)重点テーマ審査 顧客との契約から生じる収益(IFRS15号)の開示(IFRS採用会社のみ対象)
審査の結果、主に以下の点が指摘されている。「開示目的に照らすと改善の余地があると考えられる事項」としては、例えば、収益の分解情報と収益の分解情報以外の情報(特に履行義務の内容)との関係について、投資家が十分に理解出来るような説明がない点などが挙げられている。
〇顧客との契約から生じる収益に関する開示に関し、以下の各項目の開示等について、開示目的に照らすと改善の余地があると考えられる事項が識別された。
・収益の分解(*)
・履行義務
・残存履行義務に配分した取引価格
・履行義務の充足の時期の決定
・見積りを伴う判断 |
* 顧客との契約から生じる収益および当該契約から生じるキャッシュ・フローの性質、金額、時期および不確実性に影響を及ぼす主要な要因に基づく区分に当該収益を分解した情報のこと。具体例については2020年8月26日のニュース「
収益の分解情報、早期適用の13社はどう区分した?」を参照。
この審査結果を踏まえ、2021年3月期の有価証券報告書では下記の点を踏まえた開示を求めている。安易な開示の省略に釘を刺す内容となっている。
〇個々の開示要求に対する形式的な対応にとどまらず、関連する開示が全体として開示目的を達成するための十分な情報となっているか検討する。
〇基準で求められている開示を省略する理由として以下は適切ではないと考えられ再考が必要。
・特殊な履行義務ではないため
・業界慣行に従い処理しているため
・日本の会計基準による会計処理と差異がないため
〇重要性がないとして要求されている開示を省略する際は、その省略によって開示目的の達成に必要な情報の理解も困難になっていないかどうか検討する。 |
2.令和3年度 有価証券報告書レビューの実施内容
2021年3月期決算以降の有価証券報告書がレビュー対象となる令和3年度有価証券報告書レビューの実施内容は下表のとおり。令和2年度の有価証券報告書レビューでは、(1)の法令改正関係審査は新会計基準への対応、(2)重点テーマ審査は【経理の状況】(追加情報)に関する新型コロナウイルス感染症の開示がテーマだったが、令和3年度有価証券報告書レビューではこのうち(2)について、【経理の状況】に加え、新型コロナウイルス感染症に関する記述情報の開示もレビュー対象となる。令和3年度も“コロナ開示”が有価証券報告書レビューの重要テーマになるということだ。なお、顧客との契約から生じる収益は令和2年度に続きIFRS採用会社のみが対象となる。
| 審査の種類 |
レビュー内容 |
| (1)法令改正関係審査
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会計上の見積りの開示に関する会計基準」及び「会計方針の開示、 会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」の改正について、適切な記載がなされているか。 |
| (2)重点テーマ審査 |
・新型コロナウイルス感染症に関する開示(注1)
・顧客との契約から生じる収益(注2) |
(注1)新型コロナウイルス感染症に関連する、非財務情報(「経営方針・経営戦略等」、「事業等のリスク」、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」)、及び、 財務情報(「会計上の見積りの開示に関する会計基準に基づく注記」、「追加情報」)の記載を審査。
(注2)IFRSを任意適用する会社を対象に、顧客との契約から生じる 収益(IFRS 第15号)の適用状況を審査。会計処理や連結財務諸表の表示に加え、注記についても審査対象。
金融庁は2021年4月16日よりYouTubeの「金融庁チャンネル」で「記述情報の開示の充実に向けた解説動画」と題して、有価証券報告書の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」「事業等のリスク」「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)」「コーポレートガバナンスの状況等」について1コマ10分~20分程度の解説を配信している。有価証券報告書の作成に先立ち、開示業務に携わっている取締役や担当者は目を通しておきたい。